バグベア・バイキング!

    作者:飛角龍馬

    ●バグベア
     まるで絵本の世界に入り込んだみたいだと、睦月雪子は思った。
     お城のパーティー会場を思わせる綺羅びやかなホール。
     真っ白なクロスの敷かれた円卓が、幾つも並び、食器の用意も整っている。
     雪子は気がついたら、会場中央の円卓席に座らされていた。他には誰の姿もない。
     いるとすれば――せっせと料理を運んでくる怪物達だけだ。
     彼らもまた、絵本で見た通りの姿だった。
     クマの縫い包みの首を切り落としたような大きな体は、影で出来ているように真っ黒。
     胴体の部分に、白く落書きしたようなぐるぐるの目が二つ。そしてそのすぐ下には、鋭い歯が並ぶ大きく裂けた赤い口。何故かみんな白い前掛けとコック帽を身につけている。
     そいつらは確か、絵本の中では『バグベア』とか呼ばれていたはずだ。
     言いつけを守らない悪い子を懲らしめる、恐ろしい化け物。
     ふと見ると、一体のバグベアが料理を手に、円卓のそばに立っていた。
    「ケーキ?」
     問うと、デコレーションケーキの乗った皿を手にバグベアが頷く。
     そう言えば誕生日だったことを思い出して、雪子は目の前に置かれたケーキを眺めた。
    「……いただきます」
     フォークを使って口に含む。白い生クリームは甘く、頬が落ちそうになるほど美味しい。
     でも、それも初めのうちだけだった。こんな大きなケーキ、一人では食べきれない。
     そうこうしているうちにも、他のバグベアがどんどん料理を運んでくる。山盛りサラダに七面鳥の丸焼き、お寿司にピザに大盛りパスタ。
     小学校に上がって少しの女の子に、それだけの料理を食べきれるわけがない。
     でも食べなきゃと、雪子は自分を追い詰める。食べなきゃ、またお母さんに叱られる。
     お母さんに叱られるような悪い子は、バグベアに食べられちゃうんだ――。
     それでもついに限界が来て、雪子が手を止める。
     そばで見ていたバグベアが雪子に覆いかぶさるように、大きな口でかぶり付いた。
     悲鳴を上げるまもなく、ケチャップみたいに赤い血が真っ白なテーブルクロスに散った。
     
    ●イントロダクション
    「食べ続けなければ殺されてしまうとしたら、悪夢ですよね」
     五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)は教室の灼滅者達に言って、
    「今回、皆さんにして頂きたいのは、シャドウの悪夢に囚われている女の子の救出です」
     少女の名前は睦月雪子。小学校低学年の女の子だ。
    「睦月さんは小食な方で、お家のご飯や小学校の給食なども辛く感じていたようです」
     残してはいけない、と。その心に、シャドウがつけ込んで、悪夢を見せているのだ。
    「絵本という言葉が出てきたけれど、それも関係あるのかしら」
     顎に指を当てて考えていた橘・レティシア(大学生サウンドソルジャー・dn0014)が問いかける。姫子は頷いて、教卓の上の絵本を皆に見せた。
    「睦月さんの不安を大きくさせたのが、この『バグベア・バイキング』という絵本です。ご飯を残す悪い子は、バグベアに食べられちゃうぞ♪ というお話らしく……シャドウはこの絵本の世界を利用して、睦月さんを苦しめているんです」
     悪夢の舞台は、パーティ会場のようなホール。
     円卓席が幾つも並び、真ん中の席に雪子が座らされている。
    「皆さんにはまず、睦月さんの悪夢に侵入してもらうことになります」
     悪夢への侵入にはソウルアクセスが必要となる。
     雪子の家はかなり立派だが、二階の窓の鍵が開いているため侵入は容易だ。
    「悪夢内で必要となるのは、シャドウの邪魔をすること。具体的には、睦月さんと一緒に、楽しく料理を食べ続けることです」
    「楽しく、というのが重要な部分ね」
     姫子は頷いて、
    「睦月さんの不安を取り除いてあげつつ食事を進めていくと、シャドウが出てくる筈です」
     悪夢の中では次々に料理が運ばれてくるが、好きな品をオーダーしても構わない。いわゆるオーダーバイキング形式らしい。
    「料理の数に圧倒されず、より楽しく食事ができれば、救い出した後の睦月さんの食事への向き合い方も変わってくる筈です」
     続いて姫子はシャドウの戦闘能力について説明を始める。
    「戦闘になると、シャドウは大きめのバグベアの形を取り、配下のバグベアを全部で三体呼び出します」
     バグベアは首のない黒いクマの縫い包みのような巨体で、胴に大きな口を持っている。
    「使用してくるのは『シャドウハンター』相当、『影業』相当のサイキックで、シャドウ本体はクラッシャー、配下のバグベアはディフェンダーのポジションを取ります」
     言い終えると、姫子は教室の灼滅者達を見渡して、
    「説明は以上です。……大変でしょうけど、どうか無理はしないでくださいね?」
     何やら意味深に締めくくった。


    参加者
    仙道・司(断罪の英雄・d00813)
    月見里・无凱(深淵揺蕩う紅銀翼・d03837)
    ライラ・ドットハック(蒼き天狼・d04068)
    神崎・摩耶(断崖の白百合・d05262)
    波織・志歩乃(彷徨いナヴィガトリア・d05812)
    桜井・夕月(もふもふ信者の暴走黒獣・d13800)
    天堂・リン(町はずれの神父さん・d21382)
    白石・作楽(櫻帰葬・d21566)

    ■リプレイ

    ●いざ、食事会へ
     絵本や縫い包みが飾られた、女の子らしい一室。それが雪子の部屋だった。
    「依頼でソウルアクセスするのは久々だ……」
     ベッドに眠る雪子は胸元で手を組んで目覚める気配もない。少女の手に手を添えて、月見里・无凱(深淵揺蕩う紅銀翼・d03837)が精神を集中させる。
    「お邪魔するぞ」
     雪子の額にそっと手を当てながら、神崎・摩耶(断崖の白百合・d05262)が言う。
    「我、魂に刻まれし扉の鍵を持つ影狩人、我が請えに応じ給え」
     无凱の口から言霊が紡がれ、灼滅者達が精神世界に導かれる。
     
     綺羅びやかな会場の中心で、少女は途方に暮れていた。
     円卓の上にはケーキをはじめとした幾つもの料理。一人で食べきれる量ではない。
     フォークを手に俯きかけた時、円卓の上に人影が落ちた。
    「こんにちは、雪子さん」
     最初に挨拶したのは、白石・作楽(櫻帰葬・d21566)。
    「良い香りだな。ご相伴にあずかっても構わないだろうか?」
     摩耶が穏やかなトーンで問いかけて、
    「多すぎるならお手伝いするよー? 無理に食べることはなんもないからー!」
     波織・志歩乃(彷徨いナヴィガトリア・d05812)の提案は、困り果てていた雪子にとって一筋の光明に違いなかった。
    「是非、御一緒させて頂きたくて。如何でしょう」
    「えっと、あの……はい……」
     仙道・司(断罪の英雄・d00813)の明るい働きかけに、雪子が頷きを返した。
     そうと決まれば話は早い。灼滅者達がそれぞれ席につき、共に大きめの円卓を囲む。
    「はじめまして雪子ちゃん、ぼくはリンと言います」
     隣に座って爽やかに笑う天堂・リン(町はずれの神父さん・d21382)に、雪子も控えめに自己紹介。
    「ご飯は美味しく楽しく、が基本ですからねー。皆で賑やかに食べるのもいいものですよ」
     桜井・夕月(もふもふ信者の暴走黒獣・d13800)が言いながら、卓上に並んでいた食器を取り寄せ、料理を取り分けていく。
    「……任せなさい。無理をすることはないのよ」
     雪子の正面の席で、ライラ・ドットハック(蒼き天狼・d04068)がケーキの皿に手を伸ばして言った。許可を取り、手近なナイフで切り分ける。
    「また随分立派なケーキですね」
     感心するような无凱の言葉通り、それは大きなケーキだった。
     雪子はホッとしてライラに小さく礼を言った。
    「皆で食べれば、きっと楽しいひと時になる筈よ」
     橘・レティシア(大学生サウンドソルジャー・dn0014)が言って、鼻歌交じりに取り分けを手伝い始める。
    「なんだか注文、待たれてるみたいだね……」
     志歩乃が傍らに立つバグベアを見て言った。
     コック帽を被り前掛けをした、首のない熊のような怪異。
    「私達も頼まなければな。私は飲茶を所望しよう」
    「……バグベア、まずはパフェよ。そして、甘味をありったけよ」
     摩耶とライラが真っ先にオーダーして、皆が続いた。
     頷いたバグベアが料理を取りに行く。
    「ひとまず今あるのを食べてしまいましょうか」
    「賛成ー!」
     リンの一声に志歩乃が応じて、
    「ではまず、食事の挨拶からですね」
     夕月が言いながら姿勢を正し、
    「えーと、それじゃ……いただきますー!」
     志歩乃の言葉に皆が唱和。賑やかな食事会が幕を開けた。

    ●バグベア・バイキング 
     雪子を悩ませていた料理は灼滅者達が加勢して完食し、頼んだ料理がやってくる。
     香り高い中国茶を、摩耶が人数分の湯飲み茶碗に注いで、それぞれの前に置いた。
     作楽の頼んだカナッペが食卓に彩りを添えている。クラッカーの上に野菜やハム、チーズなどが乗せられた軽食だ。
    「あの……ありがとう、ございます」
    「……いいのよ。食べることは幸せなことなのだから」
     雪子に返すと、ライラは運ばれてきたケーキやらパフェやらを次々と平らげていく。
    「ピザも来ましたよー」
     皿を受け取りつつ、夕月は雪子に危害が及ばないよう、さり気なくバグベアを警戒。
     夕月にピザを取り分けてもらい、雪子はぺこりと頭を下げた。
    「のんびりでいいですからね。好きなのを取ってあげましょう」
     リンが安心させるように雪子に声をかけ、作楽が穏やかに続いた。
    「色々な料理があるからな。皆のお勧めを聞いてみるのも良さそうだ」
    「スコットランド人としては、やはりオススメ出来るのはこれです!」
     司が自信満々に勧めたのは、フィッシュ&チップス。白身魚のフライに、ポテトフライが添えられた伝統的な料理である。
     雪子は初めて見たのだろう。
    「美味しそう……」
    「ね、でしょう!」
     司が嬉しそうに取り分けて渡し、少女の顔が綻んだ。
    (「こういう場所では頼もしいな……」)
     摩耶も熱々の小籠包を口にしつつ、クラブ仲間の司のやり取りを見ながら微笑した。ふと同じ学部のレティシアに目を向けると、微笑が返ってくる。
    「あ、来ましたね。良かったらこちらもどうぞ」
     作楽がバグベアから受け取ったのは、クロカンブッシュ。
    「わぁ……すごい」
     プチシューや飾り菓子で円錐状に作られたそれを見て、雪子が目を輝かせた。
     趣向を凝らした菓子を眺めながら、无凱は優雅な所作でステーキを口に運びつつ、
    (「まさか年初めの依頼が、初めての依頼と似たような内容とは」)
     幾ら美味しいものでも、度が過ぎれば悪夢にも成り得るということだろう。
     事実、バグベアは明らかに灼滅者達をも追い詰めるように料理を運んできているようだ。
     食べ終えてすぐにロースハムを出された无凱は負けじと、
    「イイですか? 料理とは味わって食べるモノ! そんなに急かしたんじゃ君達が作ってくれた料理が美味しく食べられないじゃないですか!」
     小首を傾げながら聞いていたバグベアが去っていく。少しは時間稼ぎになっただろうか。
    「外国の料理、あんまり味わったことないのもあるねー。えっと、このお野菜は?」
     志歩乃が目を向けたのは、温めたソースの小皿が添えられた野菜料理だ。
    「バーニャ・カウダよ。皆で食べられるし、野菜も大事でしょう?」
    「もしかしてレティシア先輩、イタリアンが好きなんですか? あ、これもらいますね」
     小皿に盛ったボロネーゼと交換に野菜を手に取り、訊いたのは夕月だ。
    「他にも色々あるけれど、何だか食べやすくて。でも、これも美味しいわ」
     途中だったフィッシュ&チップスを口に運び、レティシアが顔を綻ばせる。
     とは言え、彼女とてそれほど多くを食べる方ではない。他のテーブルで食事を進めている灼滅者達の姿も励みになっていた。 
    「楽しんでますかー?」
    「あ、悠花さん!」
     司がハイタッチを交わし、悠花はレティシアにも同じように声をかける。
    「ええ、皆と一緒だから……」 
     好物の鯛焼きを食べ終えたばかりのコセイが足元で、わふっ、と鳴いた。
     作楽は暫し席を離れ、近くの円卓に座る同じ部の面々と料理を手に談笑中。
    「瀬川さんはホットケーキ三段重ねか」
     美味しそうに口に運ぶ蓮に、味は聞くまでもない。霊犬のルーもおこぼれに与り、
    「銀都クンは……屋台のメニューか」
    「積年の夢だったからな!」
     綿飴、たこ焼き、焼きそばなどなど、ずらりと並ぶ中から作楽はあんず飴を分けて貰う。
     別の卓ではサーニャがスプーンとフォークを手に持って、
    「ふっふっふ、甘党をなめないでもらおうか!」
     パフェにケーキにプリンアラモード、次々と甘味に手を出していく。
     望はと言えば、ここぞとばかりにバレンタインのためのチョコを幾つも品定めしていた。
    「甘いものばかりでは何なので満漢全席もお願いします」
     とか言ってしまえる辺り凄まじい。
     顔を覆うフードで表情は窺い知れないが、奈落もまた大盛りの丼物や肉料理の皿を空にしていく。
     作楽が戻ると、司が好きな絵本を尋ねていて、
    「あ、その絵本ならボクも知ってますよ!」
     絵本好き同士、雪子が嬉しそうにはにかんだ。
     ライラは皿を山と重ねながら、勢いを緩めることなく何杯目かになるパフェを空にする。
    「よく食べ、よく眠り、よく遊ぶのはとても大事だ。だが、あくまでも、優雅に。感謝して、良く味わって食べるのが礼儀だぞ」
     そんな風に諭して胸を張る摩耶も、食べるペースはライラと肩を並べるほど。
     リンは摩耶の言葉に頷きながら、
    「感謝の気持ち、大事ですよね。あとは出来るだけ味わって、食べ……ることが」
     バグベアがさらっと置いた料理に、リンの目が釘付けになる。
     ピーマンの肉詰めだ。
     リンの様子を見た夕月が察して、
    「あー……」
     感謝とか味わって食べるとか言ってしまった手前、実は苦手なんだとも言えず、
    「お、おお美味しいですよ……! 雪子さんもどうですか?」
    「ええと、私、ピーマン苦手で。……でも」
     首を横に振った雪子だったが、リンの姿を見て、えいっと一かけら口に運んだ。
     二人一緒に涙目になる。だが、それも価値ある経験だ。
     皆で楽しく食事をする体験から、雪子は少なからず学びを得ていた。
     賑やかな食事会が佳境を迎える。
     頃合いを見て、志歩乃が皆に目配せした。
     一同が頷き、
    「もうごちそうさま、だよっ」
     志歩乃は尚も給仕しに来たバグベアに、飲み干したコップを逆さまにして、
    「無理やり食べたところで美味しくも楽しくもないし、作った人と食べ物に失礼でないかなー!」
     言った途端、バグベアの両手から皿が落下し、乾いた音をたてて割れる。
     思わず息を呑む雪子に、
    「なに、時には断る勇気も大事ということだ。心配することはない」
     摩耶が言い、リンと共に雪子を庇うように立った。
     全員が立ち上がり、身構えると同時。
     バグベアの体が燃え上がるように膨れあがり巨大化、胸にハートのスートを浮かび上がらせる。
     シャドウだ。
     巨大なバグベアの形をしたシャドウの周囲に、黒い火柱が立つように三体のバグベアが出現。 
    『ア……アアァアアァ……!』
     シャドウが両手を振り上げ、機械で歪ませたような異質な叫びを響かせた。

    ●悪夢の果てに
    「一期は夢よ、ただ狂え」
     作楽が言葉と共に能力を解放。和服姿のビハインド――琥界が守るように立ち現れる。
    「さぁ! 楽しい食事会も終幕だ。君達には御退場願おうか」
     灼滅者達が一斉に力を解き放つ中、无凱がいち早く標識を掲げる。
     戦闘開始に則した図柄が、前衛の灼滅者達に耐性を与え、注意を喚起。
     シャドウが動いたのはその時だった。不気味な叫びと共に両手を掲げ、大きく裂けた口から漆黒の弾丸を射出。同時に三体のバグベアが刃のような影を走らせる。
     整然と並んだテーブルが弾け飛び、黒々とした攻撃の連続が灼滅者達を襲撃。
    「任せろ」
     迎え撃つ摩耶が、縛霊手を構えて高威力の弾丸を受け、琥界と夕月の霊犬であるティンが自ら斬撃を受けた。
     作楽が縛霊手――花色姫法帖を構えて念じ、生じた一陣の風が摩耶達の傷を癒やす。
     司が意志を持つ帯を放出したのは、ほぼ同時。
    「好きにはさせませんよ!」
     翼のように舞い上がった帯が、うねりながら三体のバグベアを拘束した。
    「……シャドウを庇わないと、死ぬよ?」
     ライラが拳を――愛用の武器を握り締める。巻き起こった竜巻がテーブルを巻き込みながらバグベアを襲った。
     怯んだ三体のバグベアに、摩耶の暴風を伴う回し蹴りが炸裂。
     リンが踏み込み、一体めがけて雷を宿した拳を見舞って、
    「……今!」
     後方から駆けてきた夕月が鬼神変を放ち、よろめいた怪異に深くめりこんだ。
    「弱ったのから行くよー!」
     志歩乃が突き出した妖の槍に貫かれ、一体目のバグベアが消滅。
    「これで……っ!」
     反撃を掻い潜り、味方の援護を受けたリンがロケットスマッシュ。バグベアの一体をのけぞらせ、
    「本日のサブデニッシュは、僕達による手作りバグベア料理を御馳走するよ……!」
     无凱が赤色標識に変化した標識を振りかぶり、
    「オイシク召し上がれ♪」
     振り下ろした。
     ぐしゃりと音を立ててバグベアペーストが出来上がる。
    「お粗末さま!」
     言ってシャドウに无凱が向けたのは、魔石が目を引く波型の刃を持つ細身の長剣。
     その時、司の除霊結界がシャドウもろとも生き残りのバグベアを縛り上げ、叫びを挙げたシャドウが打撃を仕掛けようとしたライラの足を絡めとった。
    「……!!」
     无凱の神霊剣で深く切り裂かれながらも、生き残ったバグベアが大きく口を開けてライラを呑み込む――と見るや、その裂かれた傷から光が放たれ、巨体が内側から爆発した。
     フォースブレイク。
     レティシアの歌声に包まれながら、ライラが武器を構えてシャドウを睨み据える。
     再び攻撃に移る灼滅者達。
     盾となる配下を失ったシャドウが、集中砲火を受けながら、大口を開けて吠えた。
     瞬間、その異形の両手が伸び、幾本もの爪が摩耶の全身を裂き、えぐる。
    「っ、く……これは重いな……」
     すかさず集気法で自らの傷を癒やし、作楽が祭霊光を、ティンが浄霊眼を向けた。
     シャドウの一撃は相当の威力を持っていた。
     傷を負いながらも、それでも灼滅者達は怯まず攻撃を続ける。
     レティシアが展開したヴァンパイアミストが前衛に力を与える中、志歩乃がタクト型の短剣を閃かせ、シャドウに不可視の斬撃を与える。
     雄叫びを挙げながらシャドウが漆黒の弾丸を放つものの、
    「――させるかぁっ!!」
     リンが渾身の力でロケットハンマーをぶん回して弾丸を相殺、不意に上空に気配を察したシャドウは影を伸ばして迎撃しようとするが、夕月の伸ばした影に足を縛られてバランスを崩し、
    「行っけぇぇぇぇ!!」
     司の飛び蹴りがシャドウに炸裂。
    「丸焼きがお似合いだよ!」
     志歩乃のレーヴァテインがシャドウを炎で包み込んだ。
     怒りを含んだ悲鳴が轟く。
     燃え上がりながら、シャドウの巨体は逃げるように消え去った。
     
    ●続く日々に良き食事を
     視界が飴細工のように歪んだかと思うと、灼滅者達の意識は現実に帰還していた。
    「ああ、お目覚めですね」
     薄目を開けた雪子に、リンが真っ先に声をかけた。
    「良かった、大丈夫そうみたいだねー」
     志歩乃が安心したように胸に手を当てて言う。
    「あ……えっと、あの……」
     雪子は上半身を起こすと、言いよどんでシーツを握りしめた。
     色々な想いが混ざりあって、急には言葉が出てこない。
    「無理せず、ゆっくりでいいんですよ。食事と同じようにね」
     无凱が穏やかに吐息して、言った。  
    「愉快な食事会だったな。最後は少々殺伐としたが」
     先に撤収するサポートの面々を見送りつつ、作楽が言う。
    「料理を味わい、楽しむこと……心に留めて置いてもらえると嬉しいな」
     摩耶の言葉に雪子は頷いて、
    「楽しかった、です……とても」
    「それは何よりですね」
    「ああ、食べることは人生の楽しみの一つ。出来るだけ堪能するといい」
     夕月に続いて无凱が言い、頷いた。
    「あとは、無理せず自分のペースで、ね」
     レティシアが微笑と共に言い、その傍らで司が机の上の家族写真を見やりながら、
    「そうだ雪子さん。……お母さんの事もキライにならないで下さいね。雪子さんの身体が心配だから怒るのですから」
     両親を亡くした司にとって、それは今なお痛む胸を抱えて、紡いだ言葉なのだろう。 
     事情は知らなくとも、想いを込めた司の言葉に、雪子は大きく頷いた。
    (「あ、でもボクには学園の皆がいるから寂しくないですけどねっ♪」)
     事実、夕月がこの後、灼滅者達を食事に誘おうと考えていたりする。
    「……さてと、長居はできないわね」
     ライラが言って、部屋を出ようとする。その声に、雪子はハッとして、
    「あ、あの……ありがとうございます」
     夢から抜け出る直前、ライラがそっと雪子に告げた言葉があった。
    『……良い食事を。ケーキは笑顔で食べるものよ』
     それは、彼女なりの労いの言葉だっただろうか。
    「私……忘れないですから……!」
     夢の中で教えてもらったことを、そして不思議な食事のひと時を。
     続く少女の日々に、きっと食事は良きものとしてあり続けるだろう。

    作者:飛角龍馬 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年1月31日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 5
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