仮面の魔獣、再び

    作者:九連夜

    「ハッ!」
     丸太のような太さの脚が一閃し、100kgを越える大型のサンドバッグが「く」の字型に折れて跳ね上がる。
    「フッ」
     凄まじい勢いで振り子のように戻ってきたところへ全力の肘打ち、さらに半回転して裏拳の一撃。再び吹き飛んだサンドバッグの勢いに、天井の鉄骨に結わえられた太い鎖がギシギシと軋んだ。構え直した壮漢がさらに蹴りを放とうとしたところへ……。
    「グリフィンマスクだな」
     聞く者を一瞬で凍り付かせるような、冷え冷えとした声が響いた。
    「!」
     壮漢は眼前に迫ったサンドバッグを筋肉でできた巨腕で抱き止め、勢いを一瞬で殺した。振り向いた男の顔はプロレスラーが被る覆面、伝説の魔獣グリフィンを模したそれだ。
    「ご同業……いや、我々の仲間ではないな。何用だ?」
     油断なく尋ねた壮漢の前に、どこか刃を思わせる雰囲気をまとった道着姿の男たち4人が進み出る。先頭に立つ細い眼の男が淡々と告げた。
    「勧誘だ。貴様もシン・ライリー殿は知っているだろう。ライリー殿は来るべき闘いに向けて協力者を募っておられる」
     その脇から別の男が言い添える。
    「貴様は日々強くなるための修練に明け暮れていると聞いている。ならばケツァールなどではなく我等シン・ライリー派につくがいい。強者が揃っているからな」
    「ふん」
     グリフィンマスクと呼ばれた壮漢は笑い飛ばした。
    「ライリー殿の実力には敬服しているし、軍団抗争に裏切りや分裂は付きものだ。しかし、貴様らが欲しいのは協力者ではなく、手駒だろう? 」
    「……礼を尽くすのは一度だけだ。あくまで拒むというのなら」
     挑発めいた台詞に冷酷に答え、4人の男たちが一斉に壮漢を取り囲む。ただならぬ雰囲気にジムの中にいた他の訓練生たちがざわめいた。それらに一瞬、気遣わしげな視線を送ると、グリフィンマスクは腰を落として両腕を顔の前で構えた。ファイティングポーズだ。
    「次戦は武蔵坂の連中のつもりだったのだがな。構わん、俺はいつ何時、誰の挑戦でも受ける! レスラーとしての誇りにかけてな!」
    「ならば死ねぃ!」
     細い眼の男の言葉と共に、道着姿の男たちは一斉に壮漢に躍りかかった。
     ――そして。
     凄まじい破壊の暴風が吹き荒れる。ジムの器具を、併設されたリングを、頑丈に作られた壁や床を、さらには異次元の闘いを半ば呆然と見守る訓練生たちをも巻き込んで、ダークネスの振るう強力な力の余波は無慈悲にも周囲の全てを蹂躙した。その暴力の嵐の中で、ぶつかり合う5つの影は次第にその数を減らしていく。残り4つ。3つ。
    「おおおっっ」
     手負いの壮漢が吠えた。小柄な男が繰り出した蹴りを食らいながら前に出る。首と脚を掴んで一瞬で固定し、直後に軌道すら見えぬ高速の投げ。床に叩き付けられた男が瞬時に塵と化す。
    「あとひと……」
    「終わりだ」
     体勢を立て直した直後だった。最後に残った細い眼の男が、背後から四指を揃えた貫手を放つ。
    「ガッ」
     心臓を背後から突かれ、グリフィンはよろめいた。口から血と呟きが漏れる。
    「ま、まだだ……今度こそ、観客全てを湧かせる、最高の試合を……勝利を……」
    「無理だ。……随分と手こずらせてくれたな」
     壮漢が無理矢理に振るった裏拳をかいくぐり、男が再び貫手を繰り出す。それは真正面から壮漢の喉笛を貫き、巨体の動きは完全に停止した。
     
    「お集まりいただき、ありがとうございます。獄魔覇獄で戦った獄魔大将シン・ライリーの動きが、双葉・幸喜(正義の相撲系魔法少女・d18781)さんからの報告で判明しました」
     五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)はそんな風にして、教室に集った灼滅者たちに依頼を切り出した。何でもアンブレイカブル――狂える武人たちの派閥のなかで、シン・ライリーの配下と、ケツァールマスクの配下が抗争を繰り広げているというのだ。
    「シン・ライリーの獄魔覇獄での敗退が何らかの形で影響しているのかも知れませんが、詳細は不明です。本来はダークネス同士の抗争に私達が関わる必要はないのですが、この抗争を放置してしまうと、多くの一般人が争いに巻き込まれて被害を受けてしまうのです」
     だから抗争が起こる前に現場に向かい、アンブレイカブル同士の激突による周囲への被害を未然に防ぐこと。それが依頼の内容だという。
    「ケツァール派のアンブレイカブルレスラーは『グリフィンマスク』と言いまして、プロレス団体のジムに出稽古に来て練習をしているところを襲撃されます。一本気なアンブレイカブルの例に漏れず、彼は基本的に挑まれた勝負は受けるタイプです。単純な説得、つまりは『逃げろ』と言っても聞き入れません」
     ではどうするか?
     いろいろ方法は考えられるが、相手がアンブレイカブルなだけに、一番安直なのはとにかくぶちのめすことだという。ただし、と姫子は表情を曇らせた。
    「この『グリフィンマスク』は以前に灼滅者と闘って破れたことがありまして……その試合のことがとても悔しく、そして楽しかったらしく、それ以降は再戦を目指してひたすら修行に励んでいたようなのです。言わば、私達が育ててしまった難敵といっていいでしょう。何らかのルールを設定した『試合』ならともかく、灼滅を狙う場合はそれなりの覚悟が必要になります。幸い、彼はケツァール派なので『周囲つまり観客に迷惑をかけるな』と言えばその点は問題無く通じますし、また前の試合のおかげで武蔵坂学園には思い入れがあるらしく、私達の言うことには少なくとも耳を傾けてくれます」
     最優先の目的はあくまでも一般人への人的被害を防ぐこと。それを念頭に置いて行動方針を決めて欲しいと姫子は告げた。
    「彼の使う技ですが、前回の対戦からさほど変わっていません。ただし修行の成果か、一つ新技が加わっているので注意して下さい。強大な耐久力にはさらに磨きがかかっています」
    『レオンキック/グリフィンニールキック(鋼鉄拳相当)』
    『スープレックス各種(地獄投げ相当)』
    『グリフィンライジングラリアート(抗雷撃相当)』
    『イーグルウィングフェイスロック/イーグルハンギングクロー(縛霊撃相当)』
    『グリフィンフェザーラリアート(龍翼飛翔相当)』
     黒板に技の名前を一通り書き出すと、姫子は改めて灼滅者たちに向かって一礼した。
     黒板に技の名前を一通り書き出すと、姫子は改めて灼滅者たちに向かって一礼した。
    「獄魔大将シン・ライリーがこのまま引き下がるとは思えません。今回の件も新たな作戦の前哨戦なのかもしれません。ですが、まずは皆さんの手で強敵を退け、無関係な人々の命を守って下さい。どうかよろしくお願いします」


    参加者
    巴里・飴(砂糖漬けの禁断少女・d00471)
    館・美咲(四神纏身・d01118)
    九条・舞(殲滅の怒涛・d01523)
    檜・梔子(ガーデニア・d01790)
    月詠・千尋(ソウルダイバー・d04249)
    乱獅子・紗矢(獅子心乙女・d13748)
    ルーセント・アメリア(心身乖離・d30922)
    谷良・奈衣子(紅月花・d32086)

    ■リプレイ

    「グリフィンさん、お客っすよ。武蔵坂学園とか何とか」
     饐えた汗の臭いが漂うジムに野太い声が響いた。鍛えた肉体をTシャツ一枚に包んだ若者に続いて入ってきたのは、プラチナチケットを指に挟んだ乱獅子・紗矢(獅子心乙女・d13748)を先頭にした灼滅者たちだ。待っていたかのように錆びたロッカーの影から巨大な男が現れた。グリフィンマスク、魔獣のマスクのアンブレイカブルだ。
    「ほう、これは珍客だ」
     一同を見回す途中で動きが止まる。
    「久しぶりじゃな」
     館・美咲(四神纏身・d01118)は軽く手を上げ、旧知の敵に挨拶をした。
    「おお、いつぞやのデコ娘か」
    「だ……」
     美咲が固まった。おデコをきらりんと光らせながら。
    「誰がデコ娘じゃあ!」
    「こら、落ち着けって」
     暴れ出した美咲を取り押さえる紗矢に代わって谷良・奈衣子(紅月花・d32086)が前に出る。
    「単刀直入に言います。すぐにこの場を去ってもらえないでしょうか」
    「なに?」
     不審げな壮漢に檜・梔子(ガーデニア・d01790)が簡単に事情を説明する。間もなくシン・ライリー派のダークネスが勧誘に来ること。闘えば、多大な被害が出てしまうこと。
    「……というわけで退いてもらえる?」
    「闘わずに逃げろ、と?」
    「闘いがお望みならボクらが受けるよ。ただし」
     軽く肩を竦めて月詠・千尋(ソウルダイバー・d04249)が答える。
    「3分1ラウンド、こちらはタッグで計4試合。敵が来る時間が不明だから、できればすぐに退いて欲しいんだけどねぇ」
    「ふうむ」
     考え込むグリフィンに巴里・飴(砂糖漬けの禁断少女・d00471)が言い添えた。
    「生死を賭けて戦うなら、それは満場の観客が見守る前で、歓声に包まれてやるべきだと思います。グリフィンさんが最も望む場所で……」
    「よかろう」
     巨漢は意外にあっさりうなずいた。
    「そういう闘いに目覚めたのもおまえたちのおかげだ。が」
     不敵な笑み。
    「俺を満足させられるか?」
    「やってみるよ。ところで」
     九条・舞(殲滅の怒涛・d01523)が集まってきた練習生たちに告げる。
    「皆さん、この建物から出てもらえない?」
    「なに!?」
     無礼極まる一言に練習生たちが殺気立つが、そのとき凄まじい打撃音が響いた。皆が振り向くと、ルーセント・アメリア(心身乖離・d30922)が重いサンドバッグを軽々と蹴り飛ばしていた。
    「お分かりかしら? 私たちは『グリフィンマスクさん側』の人間よ。巻き込む気はないの」
    『王者の風』が吹く。若者たちはひるみ、そしてひるんだ自分に気付いて愕然とした。
    「すまんな。では早速」
     不承不承出て行く練習生たちを尻目に、グリフィンマスクは嬉々としてリングに上がった。
    「俺は強くなった。おまえたちで試させてもらおう!」

    ●第一試合
     リング上の敵を見据え、奈衣子はぐっと手を握り締めた。
    「千尋さん、試合の一番最初です、全力全開で派手に行きましょう!」
    「了解した。……リリースッ!」
     千尋は指に挟んだカードを天に掲げる。凛々しい黒服姿への変化と同時に宙に舞い、千尋はコーナーポストの上から敵を見下ろした。
    「人知れず闇を狩る影のエージェント、月詠千尋!」
     手にした鋼糸と槍を眺めてグリフィンは鼻をならした。
    「魔獣狩りというわけか。面白い」
    「では私も」
     軽やかにロープを飛び越えた奈衣子は左足を半歩前に、握った拳を腰の高さで構える。
    「谷良奈衣子、参ります!」
     宣言の直後に紗矢がゴングが打ち鳴らす。
    「ハッ!」
     奈衣子が動いた。鋭い歩法で距離を詰める。全力を右の拳に乗せる。
    「ムン!」
     吠えた壮漢の腹筋に拳が突き刺さるが、小揺るぎもしなかった。
    (「なんて堅い肉体……」)
     反射的に飛び退いたその目の前を、唸りをたてて豪腕が通過する。
    「ふっ!」
     脇に回り込んだ千尋が槍を繰り出すが叩き落とされる。
    「悪くはない。が、軽いな」
     グリフィンが両腕を上げて鍛え込んだ肉体を二人にさらす。
    「来い。受けてやろう」
    「言われるまでも無く!」
     奈衣子は身体を低く這うような高さに沈め、突進した。同時に千尋がコーナーポストに跳ぶ。もう一度蹴って上空へ。
    「蝶のように舞い、蜂のように刺す!」
    「秘奥義! 流星落墜脚!」
     黒い弧に焔を纏って振り下ろされた脚が脳天に、またいきなり垂直に跳ね上がった奈衣子の、円弧を描く踵蹴りが側頭部に打ち込まれた。目を瞑り身体を固めてグリフィンが耐える。
    「まだです!」
     奈衣子はさらに至近距離に潜り込んで拳の連打、千尋は蹴りと槍を繰り出す。強烈な打撃音が何度も響き、黒と銀の弧が幾条にも描かれる。凄絶な乱舞の中で壮漢が目を開いた。
    「!」
     掲げられていた両腕が瞬間に振り下ろされた。攻撃中の二人が一瞬で潰される。
    「まあ、この程度……む?」
     壮漢が顔を歪めた。その腕に光るものが絡み付いていた。マットに伏せたまま千尋が笑った。
    「やられて終わりは性に合わなくてね」
     首だけ上げて叫ぶ。
    「行け奈衣子、思いっきりぶちかませッ!」
    「ええ!」
     瞬間的に跳ね起きた奈衣子が敵の後ろに回る。両脇に腕を差し入れ首の後ろでホールド。
    「体格が違うけどやってみせる!」
    「俺にスープレックスだと……!」
     壮漢の動きが止まった。千尋の手から伸びた鋼糸の仕業だ。
    「はぁぁッ!」
     奈衣子は絶叫、全身を大きく反らせた。
     ドラゴンスープレックス。
     弧を描いた奈衣子の身体の上で巨体が一回り大きな弧を描き、マットに激突した。
    「くっ」
     壮漢が顔をしかめて跳ね起きる。再び三人が構えたとき、ゴングが試合終了を告げた。

    ●第二試合
    「さて、と。俺の出番か」
     紗矢は両拳を打ち合わせるとリングイン。
    「よろしくお願いしますね」
     元気な挨拶で続いたのは飴。その後を追って、キャリバーのデウがエプロンに飛び乗った。
     ゴングと同時に突っかけたのは紗矢だった。己の距離に入るや右、左、右と拳を次々に繰り出す。格闘技というよりは喧嘩、それも先手必勝を旨とした圧倒的な畳みかけだ。
    (「タフな敵だ、とにかく体力を削る!」)
     その横をデウに乗った飴が駆け過ぎ、急反転してキャリバーごと突っ込んだ。
    「行きます!」
     拳を背中に突き込む。掴みかかってきた腕は躱したが、デウがひっかけられた。鋼の機体がマットに叩き付けられ、ひしゃげる。
    「やっぱり甘くない……!」
     呟いた飴の視線の先で、グリフィンの巨体が浮いた。
    「ぐぅっ!」
     旋風のような浴びせ蹴りを紗矢は両手を交差させて受けた。強引に前に出て放ったバックハンドブローは逆に受け止められる。投げられると思った瞬間、紗矢は己の右腕に力を集中、鬼神の巨腕がロープを掴む。
    「おっと。ロープ・エスケープだぜ?」
    「む?」
     想定外の反応にとまどった壮漢の懐に小柄な影が入り込んだ。飴だった。
    「隙あり!」
     腕を取る。サイキックの力を交えて相手の態勢を崩して全力で背負った。
     一本背負い。容赦無く頭から落とす「地獄」式の。
    「つぅ」
     マットに突き刺さったグリフィンの顔が苦痛に歪んだ。続いて容赦無く蹴りを放とうとした飴の足首が掴まれ、転がされる。
    「本気にさせたな」
     みき、と自分の首関節が軋む音を飴は聞いた。巨腕で視界を塞がれ片腕を極められる。意識が飛びかけた瞬間、圧力が消えた。
    「忘れるなよ、1対2だ」
     紗矢の鋼鉄の拳を脇腹に受け、巨漢は飴を離して飛び退いた。飴は顔を上げ、血反吐らしきものを無理矢理飲み込んで、叫んだ。
    「本気のまま来て下さい!」
    「ああ、来いよ!」
     それからは足を止めての凄絶な殴り合い蹴り合い投げ合い、いや意地の張り合いだった。飴と紗矢の足がふらつき、グリフィンの身体も揺れる。時間切れ間際で二人は同時に飛び離れた。リング中央に立つ相手を挟んで身構えた。
    「何を見せてくれる?」
     むしろ楽しげな敵を目掛けて同時に突進した。同時に右腕を上げる。
    「クロス……」
     二人の腕が覆面を捉えようとした瞬間、壮漢の両腕が上がった。
    「駄目だ」
     二人の腕より一瞬早く、豪腕が紗矢と飴の顔面に叩き込まれた。崩れ落ちかけ、しかし二人は踏みとどまる。紗矢は左腕を異形に変じさせ、飴は突進して来たデウに背中を押されながら。
    「ボンバー!」
     虚を突かれたグリフィンの頭部に、二人の左腕が挟むように叩き込まれた。巨体が揺らぎ、精根尽きた飴と紗矢が膝をつく。そこへ鳴り響く、ゴング。

    ●第三試合
    「さーて、次はあたしたちの番だよ」
     屈伸運動をしながら軽々とリングに上がったのは舞。
    「ええ、私たちのコンビネーションプレイ、見せてあげましょう!」
     膝を軽く曲げただけの跳躍でコーナーポストに昇って見せたのは、赤と銀のコスチューム姿のルーセントだ。
    「ほう、レスラーか?」
     グリフィンが問うと、ルーセントはマスクの下で微妙な表情になった。
     ゴング。
    「始めよっか」
     言いつつ舞は動かない。ルーセントも。
    「来ないのか? ならば行くぞ」
     やや意外そうな感じでグリフィンが言い、走り出す。
    「力勝負は明らかに不利だよね。でも」
     迫る敵を尻目に、お気楽な調子で呟く舞の眼がわずかに細まった。
    「速さと技なら、やり方次第! 行って!」
    「ええ!」
     ルーセントがくるりと背を向けた。そのまま跳んだ。
    「む?」
     宙を仰いだグリフィンの頭上で背面跳びの姿勢から半回転、脚が星の輝きをまとった。
     マーシャルアーツキック。
     軽業じみた一撃はわずかに身体を引いたグリフィンの肩口を直撃、その一瞬の間に舞が疾った。巨体の影に回り、その首回りに腕を巻く。
    「どんなに鍛えてたって、絞め技には弱いよね?」
     囁き、一気に締め上げようとした途端、顔面に後頭部が叩き付けられる。思わず鼻を押さえて下がったところに蹴りが来た。肺の空気を全部吐き出して咳き込み、キッと顔を上げた。
    「何すんのよ! 鉄拳制裁っ!」
    「合わせます!」
     思わず作戦を忘れて放った怒りのアッパーと、ロープへ跳んだルーセントのフライングボディアタックをくらい、壮漢は大きく跳び下がって息をついた。
    「相変わらずチームワークがいいな。だが」
     グリフィンが再びコーナーポストに飛び乗ったルーセントを見た。
    「こんなのはどうかな?」
     突き刺さるようなフライングニールキック。飛び立つ一瞬の隙を斜め下から捉えられ、撃墜された形でルーセントがマットに激突する。
    「伊達にグリフィンを名乗ってはいない、飛んだり跳ねたりも得意だ」
     そのままトップロープに着地、さらにロープからロープ、コーナーポスト。目まぐるしく跳び回りながら繰り出される脚と腕に打たれ翻弄され、ルーセントと舞は背中合わせになった。
    「お返ししないとね」
    「はい。相手が飛ぶ魔獣なら」
     舞の囁きに答え、ルーセントは跳んだ。舞の肩を蹴って、高く高く。
    「翼を、折る!」
     目標を外したグリフィンの右腕を蹴り、さらに空中で相手の首に両足を巻く。反った。フランケンシュタイナー。
     一瞬遅れて墜ちる魔獣の左腕を舞が横から掴み、下に潜り込む。一本背負い、しかも逆関節の。
    「いよいしょぉぉぉぉ!!」
    「はぁッ!」
     三つの身体がまとめてマットに激突した。重なるようにゴングが響く。

    ●第四試合
    「ではトリを飾ろうぞ。四神降臨、纏え白虎!」
     美咲は大きくジャンプ、空中で純白の装甲が顕現する。
    「マスクヒロイン『ガーデニア』参上!」
     親指で首を掻き切る梔子の仕草も堂に入ったものだ。
    「さあ来い!」
     招くグリフィンマスクも連戦の疲れは見えるものの、その表情は生気に溢れている。
    「確かに変わったようじゃの、お主」
     美咲が呟いた。
    「ああ、全て受けきって勝ってみせる!」
     突進。しかし強烈なタックルを美咲は素早く身を退いて躱し、脇から拳を叩き込む。
    「な?!」
    「あの時の妾とはひと味違うから、とくと味わうが良い」
     美咲がにやりと笑う。
    「安心せい、全力で戦い、会場を盛り上げ、万雷の拍手の中で勝利する、それが望みであろう? 噛み合わぬ試合はせん、付きおうてやるわ! ――こいつがな」
    「そこでこっちに振る?」
     梔子は文句を言いながらも手刀を振りかざす。閃光をまとうチョップが続けざまに壮漢の胸に叩き込まれた。反撃の蹴りはキャリバーのライちゃんが車体を歪めつつ受け止める。
    「タッグとして魅せればいい、か」
     グリフィンは身体を沈めた。もう一度突進。タックル。今度はかわせず捕まり、美咲は上空に放り投げられた。
    「俺には無縁の話だが、尊重しよう!」

     そしてしばしの間、言葉の代わりに拳と蹴り、投げが交わされて。
    「ガーデニアバスター!」
     梔子が叫んだ。美咲に蹴りを放ったグリフィンに横から組み付いてのサイドスープレックス。綺麗に決めた、と思ったが相手は即座に立ち上がってくる。ふう、と梔子は汗をぬぐった。
    (「やはり合わせ技が要るかな。二人で協力して投げるツープラトン……」)
     何かないかと考えたところで、視界の隅で何かが光った。同じく汗を掻いた美咲の、大きなデコの反射だった。
    (「よしこれだ!」)
     梔子は嬉々として告げた。
    「館先輩、ツープラトン行きます! 額にサイキックを集中して下さい! ライちゃんはそいつの動き、止めておいて!」
    「なぬ?」
     振り向いた美咲の身体を、梔子はいきなりボディスラムの態勢に抱え上げた。
    「お、おい!」
    「さあ喰らえ! ガーデニアシャイニング、インパクト!」
    「のわぁぁっ!」
     地獄投げ+たぶんスターゲイザー。梔子がぶん投げた白い流星が、思わず足を止めたグリフィンの胸板に激突した。壮漢が膝を突く。
    「くぅ、なんちゅう無茶を……」
     一息遅れて美咲が頭を振って立ち上がると、目の前で仮面が笑っていた。
    「相変わらずの威力だ。だが俺はまだ戦える!」
    「じゃあ、今度はボクとライちゃんの連携も受けて欲しいね」
     キャリバーに梔子がまたがる。
    「望むとこ……」
     ピーッ!!
     そのとき窓の外から響いた鋭い警報音が、ゴングの代わりに闘いの終わりを告げた。

    「デウ」
     愛機の名を呼んだ飴が窓に走り寄るのと入れ替わりにビハインドが舞い降り、奈衣子に近づく。奈衣子が一礼した。
    「ライリー一派があと数分で到着します。お早く」
    「ハッ」
     グリフィンは笑った。
    「乱入者ともう一戦も一興と思ったが」
     胸の辺りを押さえる。
    「その余裕無しだ。思った以上だ、灼滅者ども」
    「退避ルートの目星はつけておいた、退こう!」
     入り口から顔を出した千尋が皆を促す。
    「じゃ、逃げよっか」
     舞が軽い調子で告げ、先導するように走り出す。
    「うむ!」
    「ライちゃん、おいで!」
     美咲と梔子もリングを降りて共に走り出す。
    「西側の道を使えば敵には遭いません」
     ルーセントが足を止めずに壮漢に告げる。その逆側に紗矢が近づいた。
    「今度は邪魔が入らない、ちゃんとした場所でな」
     笑みと共に告げた紗矢の背中をグリフィンマスクは叩き返し、笑い声で答えた。
    「ああ。いつか、どこかのリングで!」

    作者:九連夜 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年2月9日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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