大きなお姉さんは狙われていますか?

    作者:宝来石火


     身長2m40cmを優に超える美女が、180kgの錘をセットしたバーベルをそれぞれ片手に一本ずつ持ち、体の周りで弧を描くようにブンブンと音を立てて振り回している。
     都内某所の総合格闘技ジムの一角で起こっているこの異常極まる光景も、連日連夜のこととなれば、練習生達も改めて眼を見張ることはない。
     だから。その日のジムが不意にざわついたのは、他でもない。
     彼女の前に、朱染めの拳法着を纏った男達が三人。ジムに入ったことさえ誰にも気付かれぬまま、いつの間にか立ち並んでいたからである。
    「探したぞ、ユグドラシル美美」
    「……何の、ご用、ですか?」
     先頭に立った男の言葉に、コシティに励むその手を止めず、視線さえも流さず。美女――美美と呼ばれた彼女は尋ねた。
    「単刀直入に言おう。
     シン・ライリー様の列に加われ」
    「ケレン味のない、言い方です、ね……」
    「武道家にそんなモノは必要ない」
    「プロレスには、欠かせません」
     ガララァン――という一語で表すには生ぬるい。鉄の塊がコンクリートに跳ね落ちる音がジムに響いた。
     バーベルを足元に落とした美美は、首にかけた紫のタオルで額の汗を黙って拭う。
    「……単刀直入な返事を期待しているのだが?」
    「私は……いつだって、プロレスの味方です」
    「列に加わるならば、闘法にまで口は出さん」
     ハァ、と。美美は重い溜息を漏らす。その表情はタオルに覆われ隠されている。
    「そもそも……相手を間違えてんのよぉ……」
    「何……?」
     ジャラランッ!
     突然鳴り響く、鎖の音色。何処からかと迷う筈もない。美美が手にしたタオルを一振りした、そのほんの一瞬でそれは無骨な黒鉄の凶器へと変じたのだ。
     鎖を手にした美美の表情は、やはり見えない。彼女の顔をタオルに代わって覆うのは、飢えた狼の意匠を凝らした綾羅錦繍たる紫のマスクである。
     メッシュの奥の瞳を睨めつけ、美美は吠えた。
    「私はもう、大樹じゃぁない……ソレを呑み込む狂乱の牙、フェンリル美美よぉ!」
    「この交渉、決裂と断じた!」
    「遅ぇのよチビどもぉ!」
     ぎゅぁるるる!
     その音の響いたのは、技の後。音速を超え、鞭の如くに鎖がしなり、男達を薙ぎ払う。
    『キェァッ!』
     三者一様に怪鳥音を発して、男達はそれぞれに身を躱した。或いは伏せて。或いは跳んで。獲物を見失った美美の『牙』は、リングの鉄柱を叩き割り、サンドバッグを砂と襤褸のゴミ山と化す。その軌跡に巻き込まれた一般人の居なかったのは、果たして狙いか偶然か。
    「この業、貴様に避けられるかッ!」
    「誰も避けやしねぇわよぉ!」
    『三撃必殺! ヒェァァッ!』
     男達の手刀が奔る。正しく縦横無尽。縦に。横に。奥に。三次元空間の一切に逃げ場を残さぬ刃なき斬撃は、その場の全てを賽に斬った。リングも。バーベルも。床も。天井も。練習生も、コーチも。
     唯一つ。美美の巨体を除いて。
    「……避ける素振りさえ見せぬとは。
     それも……!」
     表情を変えない男達の額に、脂汗が垂れる。
     男達が振るった右手は、いずれもぐしゃぐしゃに砕け、指の一本一本があらぬ方を向いていた。周囲の全てを手刀の余波で割った男達の掌を、美美の受けが逆に噛み砕いてみせたのである。
    「私はもぅ……逃げ……な――ッ」
     仁王立つ、美美の全身から血が吹き出す。その骨こそ断たれることはなかったものの、総身あらゆる肉という肉を斬られていた。
    「惜しい女だが……未練は、断つ!」
     男達は揃って一息に、左の穿掌を突き立てた。
     

    「――やぁ。正月気分は、もう抜けたかい?」
     居並ぶ灼滅者を前に、鳥・想心(心静かなエクスブレイン・dn0163)は手の内のカイロを名残惜しげに懐に仕舞いこんで、話を始めた。 
    「獄魔覇獄の件が原因か、他に何か理由があるのかは分からないけれど。
     ……シン・ライリーの配下が、ケツァールマスク配下との抗争に突入する予測が見えた」
     双葉・幸喜(正義の相撲系魔法少女・d18781)の報告を軸として、同様の予測が他にも幾つか上がってきている。想心が見たのも、その内の一つだ。
     アンブレイカブル同士の争い。本来ならば灼滅者が関わる必要のないことだが、一般人に被害が出るとなれば話は別だ。
    「私が見たのは、ユグドラシル美美……いや、フェンリル美美がシン・ライリー配下の勧誘を蹴り、そして殺される未来だよ」
     ユグドラシル、或いはフェンリル美美。2m30cmを超える巨体を誇る、その内に狂乱の牙を潜めた巨漢女子レスラーである。
     以前に灼滅者達は彼女とリングで戦い、その狂気を目覚めさせもした。
     予知から察するに、どうやら彼女はマスクを被ることでその狂気を自在にオン・オフ出来るようになったらしい。縮こまりがちだった素の態度も幾らか大きくなったようで、それに見合ってか背丈の方も更に伸びた。
    「場所は都内の総合格闘技ジム。三階建のビルを貸しきって使っているということだから、立派なものだね」
     美美が居るのはそのジムのトレーニングルームだ。簡単なトレーニングマシンや器具一式にサンドバッグやスパー用のリングまで置かれている。広さも十二分といえるだろう。
    「シン・ライリー一派に狙われている……と彼女に伝えても、それで逃げ出すようなことはないだろうね。むしろ、プロレス的に『美味しい』展開だと喜び勇んで待ち受けることになる」
     ならば、どうするか。
    「アンブレイカブルに一番わかり易い説得は、力づくってことさ。シン・ライリーの配下が来る前に、美美を撃退することだ」
     灼滅するなり、負けを認めさせて帰らせるなり。そうして、シン・ライリー配下と美美を遭わせなければ、一般人を巻き込むような戦いは起こらない。
    「美美の戦闘スタイルは、基本的には以前と変わりない。プロレス的な技を一通りと、鎖や噛み付きを含む反則技だ」
     但し、フェンリル美美として覚醒したために、以前よりずっと血を見る戦いぶりになっていることは間違いない。ハードコアな勝負になることは避けられないだろう。
    「シン・ライリーが何を企んでいるのかはわからないけれど――まさか、何の企みもないはずもない」
     或いは今回の件もまた、何らかの策の一端であるのかも……と。そこまで言って、想心は首を振った。
    「先のことは、後さ。今は、君達の手で救える人達を救い上げて貰いたい」


    参加者
    龍宮・神奈(殺戮龍姫・d00101)
    海老塚・藍(アウイナイト・d02826)
    閃光院・クリスティーナ(閃光淑女メイデンフラッシュ・d07122)
    久我・なゆた(紅の流星・d14249)
    マサムネ・ディケンズ(乙女座ラプソディ・d21200)
    ヴィタリー・エイゼンシュテイン(ヴェリシェレン・d22981)
    天霧・佳澄(高校生殺人鬼・d23566)
    奏川・狛(獅子狛楽士シサリウム・d23567)

    ■リプレイ


    「――あら、お久しぶりです!」
     トレーニングの手を止めて、2m40cmの美女が和気に富んだ挨拶を口にする。
     閃光院・クリスティーナ(閃光淑女メイデンフラッシュ・d07122)――灼滅者達の先頭に立って扉を開いた彼女の顔を、美美は覚えていた。
    「えぇ、お久しぶりですわ。
     お見かけした所、心身共に成長していらっしゃるようですわね」
    「いえいえ、そちらこそ……。
     あ、初顔の人もいっぱい、ですね。ケツァールマスク師匠の下でレスラーしてます、美美と言います」
    「これは、どうも、わたくし奏川狛と申します。美美さんのお噂は武蔵坂でも……」
    「こちらこそ、皆さんのご活躍の程は……」
     丁寧な挨拶に奏川・狛(獅子狛楽士シサリウム・d23567)が頭を下げれば、美美も負けじとペコペコ下げる。
    「……狂乱ヒールって聞いたんだけど?」
    「今は素顔だし、リングの下だから……」
     ヴィタリー・エイゼンシュテイン(ヴェリシェレン・d22981)の素朴な疑問に、ラグドールを模した白いマスクの下の困り顔が伺える様子で海老塚・藍(アウイナイト・d02826)は答えた。
     挨拶合戦を終え、美美は改めて灼滅者達の顔を見回す。
    「――今日は何のご用です、武蔵坂学園プロレスの皆さん」
     自動的に学生プロレスの一員にされていることに苦笑しつつ、龍宮・神奈(殺戮龍姫・d00101)は答えを返した。
    「あなたに一つお知らせを持ってきたのよ、お姉さん」
    「お知らせ?」
     首を傾げた美美を……いや、辺り一帯を強烈な殺気が襲う。
     忽ちざわめくジムの中。マサムネ・ディケンズ(乙女座ラプソディ・d21200)は近くに居た同い年程度の練習生を捕まえて、軽い口調で言い放った。
    「悪ぃけど、ちょっとここでスパーリングしたくてさ。
     危ねーからみんなでロードワークでも行っててくんね?」
     その軽い「危ねー」がどれほどの危険であるか。殺気の強さが物語る。
     広くもないドアが一時混みあい、後には灼滅者達とアンブレイカブルだけが残った。
    「――観客なしの、つまらない殺し合いがお望みで?」
     明らかに機嫌を損ねた美美に、藍が前に踏み出し、説明を始める。
    「ケツァールマスク派と、ライリー派が抗争していると聞きました」
    「……耳聡いんですね、あなた」
     マスクを被った藍の正体はその体格と甘い声とでバレバレであるが、敢えて一々言及はしない美美である。
    「もし、ここで美美さんとライリー派の刺客が戦えば、一般人にも被害が及んだと思います。
     それは、そちらのルールにも反する事ではないですか?」
     ある程度得心いったように美美は頷く。
    「それで、皆さんが先に来て人払いを?」
    「それだけじゃ足りねぇ」
     強い殺気に同調したように、ヴィタリーは荒い口調で首を振る。
    「アンタにはここを出てってもらいたい。で……」
    「ケツァールマスクさんか同じ派閥の人と合流して……なるべく一人にならないで貰いたいんです!」
     そう続けた久我・なゆた(紅の流星・d14249)からの要望に、美美はやはり眉を顰める。
    「強敵と戦うチャンスから逃げ出せ、と?」
    「オレ達じゃ、燃えないか?」
     マサムネの変わらぬ口調の中に混ざる、熱。顰めた眉がぴくん、と跳ねた。
    「元より、言葉だけで通るとは思っていません。
     コントラ・マッチを申し込みます。こちらの条件は、先ほど言ったとおり」
    「まあつまりは、負けた方が勝った方の言うことを聞く――と言うだけの事ですわ」
     ほんの少し考えて、美美は言う。
    「じゃあ、私が勝ったら……皆さんの内誰か、こちら側に堕ちて来て下さい」
    「わかりました」
     藍の即答。交渉に時間をかけすぎてライリー派の乱入を許すわけにはいかないし、いずれにせよ、やる前から負けることを考えるバカはいないのだ。
     交渉成立。
     うん、と頷きバーベルを置き、美美はリングへと向き直った。
    「丁度リングもあることですし、ここで――」
     ズン、と美美の巨体が震えた。その大きな背中を魔法弾が撃ち抜いていくのを、灼滅者達は目の当たりにした。
     制約の弾丸――その奇襲を仕掛けたのは、片隅でじっと仲間達の交渉を見守っていた天霧・佳澄(高校生殺人鬼・d23566)である。
    「ちょっ、佳澄っち!?」
    「そんな、不意打ちなんてっ!」
    「なんて――プロレスじゃ日常茶飯事、だろ?」
     如何にもふてぶてしく、仲間の非難の声を迎え入れるように受け止める佳澄。その手には、ジムの隅にあったパイプ椅子がぶっきらぼうに握られている。
     口端に咥えた飴の棒がくんっ、と跳ねて嗤った。
    「ゴングだぜ」
     ――バギシッ、と美美の脳天に振り下ろされるパイプ椅子。吹き飛んだ座面がガララ、ラン、と床を跳ねる。
     ダークネスを相手に全く無意味なその一撃こそは、正しく最上級の挑発。
     すわ、殺伐とした殺し合いの幕開けか――緊張の奔る中、神奈は見た。
    「あら、まあ……笑ってるわ、お姉さん」


    「――ハッ、ハハッ。
     アハハハッ!」
     首にかかったフレームだけのパイプ椅子を、壁に投げるようにして美美は振り払った。
     誰もの視界から頭の隠れたそのほんの一瞬。美美の顔を狂える狼のマスクが覆う。
    「チョーシくれてんじゃねぇわよチビがァ!」
     美美――フェンリル美美は巨体を揺るがせ、吼えた。
    「纏めて来なぁ、食い尽くす!」
    「あぁ、食ってみやがれっ!」
     獰猛な笑みを浮かべて、ヴィタリーは美美の言葉に真正面から飛び込んだ。
     比喩ではない。狂狼に向け銀狼は高々と跳躍し、その靴底を美美の顔面に向けピタリと揃える。
    「食って、ヤケドしなぁ!」
    「ぢぃッ!」
     ごうっ、とヴィタリーは炎に燃えた。
     グラインドファイアの灯ったその脚が美美の顔面を貫く瞬間、ヴィタリーの纏もまた炎のように華やかに鮮やかに飾り立つ。
     美美の求める「ケレン味」に満ちた一撃が、美美の上体をガクンと90度近くまで反り飛ばさせた。
     続けざま――その変身ぶりに負けるものかと、狛は自身の戦士の力を解き放つ!
    「転身っ!」
     その一瞬、美美は巨大な緑の柑橘類を幻視した。高らかにホルンの音が鳴り響いた気さえする。
     それは、全身を重厚なシークヮーサーモチーフのアーマーで包んだ雄々しき姿――獅子狛楽士シサリウムが誇るファランクスフォーム!
     そのアームガードから撃ち出されたシークヮーサーの皮……もといレイザースラスト。
     それを、美美は胸元寸前で受け止めるが、しかし!
    「まだまだぁ、グゥゥゥゥース!」
     ファランクスフォームの巨体が唸りを上げた。
     自身の腕から伸びる皮を掴んで、シサリウムは回る。回り、回り、皮を掴んだ美美の巨体を振り回す!
    「なぁ……ッ!?」
     ハンマー投げに倣うジャイアントスイング。果実の皮とは思えない強度でそれを支え、二回転、三回転……二桁の大台に乗ると同時、美美の体はリングのコーナーポストに叩きつけられる!
    「ちィ……!」
     舌打ちしつつ、美美はトップロープを掴んで体を支える。
     2m40cmのその長身は、リング下からコーナーポストと目線を揃えるのだ。
     だから。美美に向けられたその声は、彼女よりほんの少しだけ上から聞こえた。
    「背が高過ぎるのも、考えものね」
    「ぐっ……!?」
     リングコーナーの鉄柱に座り込んだ神奈によって、美美の上体がフルネルソンに捉えられる。
     それも、腕を使ってではない。美美を絡め取るのは長くしなやかな、美脚。
    「さぁ――リングインよ!」
     ぐぅん、と体全体で反り返る。緑の髪が弧を描く。
    「ぬ……ぐぁっ!」
     ――ずどんッ!
     美美の体は天井すれすれを掠めながら宙へと舞い上がり――後頭部からリングマットに音を立てて突き刺さった。
    「レッグ・ドラゴンスープレックス……じゃあ、ちょっと安直かしら」
     美美は素早くホールドを解くと、ハンドスプリングで立ち上がってみせる。
     巨体に見合ったタフネスと、見合わぬ身軽さ。それを讃えるような勇ましい音楽が、不意にリングの上に響いた。
    「この曲、は……!」
    「入場テーマがないと、しまらねーじゃん?」
     ニマリ、と笑って高らかに音楽を響かせる、マサムネ。力強いその音色に、次第にサイキックの力が伴っていく。
    「――Vivere est militare!」
     サビのリズムに言葉を乗せて、全力で解放されるマサムネの力!
     その声に心身を揺さぶられながら、マスクの下で美美は笑った。
    「『生きることは戦い』……良いこと言うじゃねぇのよぅ……。
     そう、生きることは戦いよ! 人生はプロレスなのよ!」
    「プロレスだけじゃ、ありませんよ!」
     吼える美美の真正面。構え、凛と叫んだのはなゆたである。
    「空手も人生、です! 受けきれますか!」
    「杉板割るのたぁ、違うわよチビがぁ!」
     美美の踏み込み。なゆたの踏み込み。全く同時にリングを揺らし、同時に繰り出す蹴りと蹴り!
     ――バチンッ!
    「つぅ……ッ!」
    「生意気に、シビレる……っ」
     美美のミドルとなゆたのハイとが同じ高さで交錯した――否、過去形で語るのはまだ早い。
    「だあぁぁぁァ!」
    「ち、ビがぁぁぁッ!」
     バチン、バチン、バチンッ! 二合、三合……刃を幾度も交えるように、ミドルとハイとが左右交互に互いの脚を撃ち据えあう!
     ――ビシィン! と、一際の肉打つ快音が響いて、二人の体は同時によろけた。美美の脚はマスクと同様、灼滅者達の炎に焦がされている。
    「大丈夫? 今治すからっ」
    「ッ!?」
     自身の後ろ、ずっと下から聞こえた声に美美はハッ、と振り返る。
     果たして、声の主――藍は美美の眼前に居た。まるで小柄な猫のよう、美美の振り向くと同時に高々と飛び上がると、その膝に肩に、脚を手をかけて更に飛び、飛ぶ。
    「今日は、治療に専念ですっ」
    「残念ねぇ……噛み合えると思ったんだけど」
     美美の頭上、宙空を駆ける白描の言葉に、既知の者を相手取るような口調で呟く美美。
     ナノナノの紫とともに素早くなゆたの治療に当たる藍を置いて、美美はリング中央へと向き直った。 
    「……纏めて来いって、言ったわよねぇ……?」
    「ええ、そう仰いましたわね」
     リング中央。閃光輝く髪を靡かせてクリスティーナは立っていた。戦いの始まりから、ずっと。
    「ですが……やはり、あなたとはこうして始めたかったもので」
    「いつまでも、格上気取ってんじゃねぇわよぉ!」
     クリスティーナが前に指しだした両の手と、互いに指を絡ませるように美美の手が掴み絡んで抑えあう。
     体格差も1対8も関係なく。二人の戦いは手四つによる力比べから始まった。


     観客無きその決闘に臨む者達が何故これほど魅せる戦いに拘っているのか。合理的な説明をできる者は居ないだろう。
     不意打ちで戦いの口火を切った佳澄でさえ――いや、あるいは彼こそが。一番「プロレス」に拘っていたのかもしれない。
     美美の狂乱に対し、彼は計算高く残酷なヒールに徹した。誰かと組み合う隙をつき、美美の背後から斬りかかる。ダンベルにマシンの錘、天井の蛍光灯まであるもの全て攻撃に交えて凶器に使った。
    「こういうのも込みで、てめぇの言う『プロレス』だろ?」
     折りたたみ式机に向けての雪崩式DDTを切り返され、逆に自身の脳天で机を叩き割るに至るまで。正に完璧なヒールぶりだった。
     これほどの極悪ヒールを前にしては、美美の狂乱の血も大いに荒れた。
     ぎゅうん、ぎゅんと極太のチェーンが唸る度に鮮血が舞う。しかしそれでも灼滅者達の前傾ファイトは変わらない。
     クリスティーナが巨人殺しの基本に忠実な脚殺しで果敢に攻める。ヴィタリーがその牙の如くに技を振るえば、頭を、延髄を撃ち抜いていく。
    「コーレーグース……キィィィクッ!」
     島唐辛子のオーラも鮮やかに、シサリウムのスワンダイブ・キックが美美の頭を撃ち抜けば、一気に勝利を決めるべく敢えて前に出た藍の、ショートレンジラリアットがよろめく美美の片足を鮮やかに掬い上げる。インパクトの瞬間にだけ一瞬鬼神変を展開するのがテクニックだ。
     浮いた脚に飛びつき、脇に抱えた神奈がにやりと笑う。
    「回すわよ」
    「了解グースっ!」
     キックからそのままヘッドシザースホイップへと移行したシサリウムと、ドラゴンスクリューを繰り出す神奈のツープラトン!
    「まだ……まだまだァ!」
     大勢は決しつつあったが、尚も狂狼は叫んで立ち上がる。
     その眼前に、マサムネが立つ。美美の激しい攻撃を受け、片腕は殆ど動かない。しかしその、もう一方の腕だけでナックルパートの乱打を見舞う。
    「オレの拳、見きれるか……?」
    「片腕なんぞねぇ!」
     美美は、避けも防ぎもせずその腕を振り上げた。マサムネの攻撃その全段を受けてでもチョップを振り下ろさんとした時、その視界に赤髪が跳ねる。
    「ならこれで……両腕ですっ!」
     マサムネの横に立ち、なゆたが掌打の連打を放つ。彼女もまた、美美の攻撃を受けて片腕をだらんと垂れ下げていた。
     二人並んでの閃光百裂拳を前にしては、美美も剛腕振るう余裕などあろうはずもない。
     同時に繰り出された渾身のストレートと会心の裏拳を受けてよろめく美美の懐に、すかさずクリスティーナが飛び込んでいく。
    「これで、決めますわよっ!」
     呼吸とテコとタイミング、そして決着を誓う気合の力で美美の巨体を担いでみせるクリスティーナ。かつて勝利を飾った必殺のデスバレーボムの態勢に、しかし美美は必勝を嘯く。
    「二度も同じ技で決まるなんてこたぁねぇ!」
    「ありませんわよねっ!」
     美美の体がクリスティーナの肩上で、ぐるりっと90度回される。完全に虚を突いた、ボムからドライバーに変じる閃光の早業!
    「づぁッ……!?」
     投げっぱなし気味に叩き付けられた美美の巨体が、僅かに浮き上がる。
     その瞬間に、銀狼は駆けた。浮いた美美の首を鷲掴み、ジャンプする。
    「どうしたぁ……フェンリルってぇなら、噛み付いてきやがれ!」
    「ぐ、がぁぁぁッッ!」
     美美の絶叫の響く中、ダァァァン、とリングが揺れた。ヴィタリーはチョークスラムを決めたその姿勢のまま、倒れた美美の体を片膝でフォールする。
     誰も数え上げる者のない、3カウント。
    「……なるほど、大した牙だぜ」
     呟いて美美の首から離したヴィタリーの手に残るのは、美美のマスクの裂けた一部。そして、自身の腕に刻まれた、噛み跡の如き深い傷だった。


     戦いを終えて。
     マスクを外した美美と灼滅者は、或いは健闘を讃え合い、或いは三度目の再戦を誓い合い。先の激戦に何の遺恨もないかのように別れを告げる。
     美美には勢力間の情勢について知識も興味もなく、情報面で有用とは言いがたかったようである。
    「……一般人巻き込むような真似はすんなよ。そいつが客じゃなくても、だ」
     よりによってヒールの佳澄がそう言うものだから、美美は少し苦笑して頷いた。
    「では……次に会う時は、きっと歓声の中で」
     傷だらけの体を窮屈そうに屈めて、美美はジムを後にした。

    作者:宝来石火 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年2月2日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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