ラミネーター

    作者:来野

     夜の歓楽街。七色にきらめくイルミネーションが眩い。そのくせ、隙間の闇は深いのだ。
     ビルの谷間の小さな公園も、その例にもれない。何かがわだかまっている。
     そんな淀みの中に、一人の少女が立っていた。この寒空に黄色いTシャツ姿。『HKT』の文字が大きくプリントされている。HKT六六六の強化一般人だ。
    「ええっとじゃあ、これでどう?」
     少女は指を三本上げて見せる。それに対して首を横に振ったのは、地味な灰色の作業服を着た男だった。
    「困ったなあ。何を約束したら転職してくれるの?」
    「やりがい」
     作業服の男が、ぼそりと答えた。
    「やりがいぃ?」
     語尾を跳ね上げる少女だったが、ふと、口をつぐんだ。睫を伏せる。
    (「ちょっとだけ、わかる、かな」)
     一つ頷き、眼差しを上げた。
    「じゃあ、お兄さんがやりがい感じる相手をあたしが探すよ。それで、どう?」
    「獲物をか。それじゃ、お嬢ちゃんが損だろう」
    「いいって。仲間になってくれるなら」
     作業服の男は押し黙った。眉間を押し揉み、やがて口を開く。
    「わかった」
    「ほんとっ?」
    「二言はない」
     少女は笑顔を満開にして、黄色いTシャツを差し出しす。
    「これ着て。で、どんなのを殺したいの?」
    「デブ」
    「ええっ?」
     男はその場で作業服の上を脱ぎ捨て、Tシャツの袖に腕を通す。センスなど気にしちゃいない。外の通りへと顎をしゃくった。そちらを見た少女が、ぱちりと目を瞬く。
    「ああいう人?」
    「あぁ」
     素晴らしいプロポーションの女が通り過ぎようとしている。この男は、単に口が粗雑なのだ。むしろ面食い。
     スレンダーな少女は、小さく笑って肩をすくめる。
    「なんかムカつくけど、お祝いだし。さくっと行っちゃおう!」
     そして、身軽に駆け出した。見送る男の名は、堤・一途(つつみ・かずと)という。
     斬新コーポレーションの社員だった。
     
    「HKT六六六の強化一般人が、斬新コーポレーションの六六六人衆を味方に引き入れて殺人事件を起こす事が判明した。情報提供者は、詩夜・沙月(紅華の守護者・d03124)さんだ。ありがとう」
     告げる石切・峻(高校生エクスブレイン・dn0153)は、手に透明な梱包用テープを持っている。
    「殺しを成功させてしまうと、気分の上がった六六六人衆はHKT六六六に加わるために九州に向かってしまう。そうならないように、殺人を未然に防いで欲しい」
     お願いします、と頭を下げた。
    「場所は夜の歓楽街。週末で、人通りが多い。不幸中の幸いというか、六六六人衆は見通しの悪い小さな公園の中にいる。そこで灼滅できれば被害は最小限に抑えられるはずだ、が」
     峻は眉根を寄せる。
    「問題は、HKTの強化一般人だ。公園を出てすぐの路上で、被害者となる女性に声をかけようとしている。力づくで邪魔をするか、もっとグラマーな美人を差し出すか、とにかく巻き込まれないようにして欲しい」
     教室内から声が上がった。
    「被害者は、ぼん・きゅっ・ぼんの女性限定?」
    「うーん。こだわるのは殺し方であって性別や年齢じゃないから、男でも豊満なら、まあ。いけるんじゃない、かなあ」
    「それ、どんな男。大体、なんで体型が条件なの」
     そこです、と峻が手の上で放ってつかみ直すのは透明ガムテープ。
    「六六六人衆は、斬新コーポレーション社員だけに変な殺害方法にこだわる。まともな頃は大手運送会社の引越し部門で梱包の鬼と呼ばれていた男だ。使うサイキックは透明で幅の広い粘着テープのような何からしい」
     ぴ、と音を立ててテープを引き出す。
    「繭か蛹のようにぐるぐる巻きにして身動きも呼吸も奪い、じわじわと締め上げて苦しめ、最後にきゅっ、と」
    「もういい!」
     大人しく黙る峻だった。生きたままラミネート。自分で言っていても少し引くところがあったのだろう。
    「業大老や天海大僧正級の貫禄だと、男でもすごく締まる気はするな。それはともかく、戦闘中もそうした攻撃を繰り出すだろうから、キュアが大切だ」
     ちなみにHKTの少女が使うのは、バタフライナイフだという。
     公園の見取り図と敵の能力一覧をメモで回し、峻はテープを置いた。
    「斬新コーポレーションの斬新京一郎社長が、白の王セイメイとの交渉に失敗したことは皆も知るところだと思う。しかし、彼は未だ健在だ。また動き出してしまう前に、勢力を削ぐことは重要だと思う。どうか、よろしく頼みます」
     ことは人の生死に関わるというのに、奇矯な面ばかりが目立って取り沙汰される。その不埒さが、恐ろしい。
    「必ずや灼滅してくれ」
     そう締めくくる顔に、戯れた色は無かった。


    参加者
    置始・瑞樹(殞籠・d00403)
    守安・結衣奈(叡智を求導せし紅巫・d01289)
    ルコ・アルカーク(騙り葉紡ぎ・d11729)
    豊穣・有紗(神凪・d19038)
    レナード・ノア(夜行途・d21577)
    ターニャ・アラタ(破滅の黄金・d24320)
    十文字・瑞樹(ブローディアの花言葉のように・d25221)
    葉真上・日々音(人狼の狭間に揺れる陽炎・d27687)

    ■リプレイ

    ●不可分とタイトロープ
     ギラつく街明かりが夜の雲を照らし、空が薄っすらと白く光る。かん高く笑う女の声と、流れる銀玉の音がけたたましい。
     裏通りから漂うすえたビール瓶の匂いが鼻につく。往来する人々は、皆、歩道の真ん中を歩いている。道端は何が飛び散ったかもわかったものじゃないからだ。
     そんな界隈で、ターニャ・アラタ(破滅の黄金・d24320)が足を止めた。もの問いたげな仲間たちへと背を向ける。
    「やはり止めてくる。先に行ってもらえないか」
     語り口は硬いが、まだ小学二年生。行き違う者たちが次々と軍服少女を振り返り、また、自分の世界へと帰っていく。
     駆け戻った先では葉真上・日々音(人狼の狭間に揺れる陽炎・d27687)とルコ・アルカーク(騙り葉紡ぎ・d11729)が、道路を封鎖するためのバリケードを探していた。
    「封鎖はやめよう」
     ターニャの提案に、え、と動きを止める。
    「バベルの鎖――」
     発想を責めるものではない。時と場合なのだった。今回の予知においては一般人女性の存在と敵の言動がリンクしている。そこに絡む全ての見直しが必要となるのではないか。
     車道を大型の街宣車が通り過ぎ、足許がびりりと揺れる。危うい感覚。日々音とルコが顔を見合わせ、頷いた。
    「せやな」
    「急ぎましょう」
     ビルの壁面時計が、長針を進める。
     彼らが駆ける前方、公園の脇に魅惑的な女のシルエットがあった。銀色のボラードの間から、黄色いTシャツ姿の少女が駆け出して来る。公園の見通しは悪く、中の様子が窺いにくい。
     少し離れた路上、守安・結衣奈(叡智を求導せし紅巫・d01289)が物陰に身をひそめ、携帯電話を操作する。
    「正面口側歩道上、今、HKTが出てきたよ」
     公園を挟んだ裏口側の生垣の陰で、レナード・ノア(夜行途・d21577)が液晶へと指先を走らせた。路上の先に見慣れたシルエットが見えてくる。
    「こちら待機中。もうすぐターニャたちが戻りそうだぜ」
     足許では、豊穣・有紗(神凪・d19038)の霊犬・夜叉丸が指示の通りに控えている。傍らの十文字・瑞樹(ブローディアの花言葉のように・d25221)が、胸元で指先を握り締めた。
    (「絶対に被害は出させない」)
     決意のほどは固い。事前に地形を確認してある。携帯越しの情報でも、正面の様子はおおよそ思い浮かべることができた。ドレスをまとった胸元は、いつもからは考えられないほどに豊かな曲線を持ち上げている。
    「詰め物だ」
     仲間たちにはそう説明してあるが、本人だけは真実を知っていた。正真正銘の本物。もったいなことに、普段はさらしで抑え込んでいる。
     そしてその時、反対側の歩道上。身軽に踊り出たHKT六六六の少女が、今、右手を持ち上げた。目指す女性の背は、もう少し前方。
    「そこのぷるっぷるなおねぇ……」
     しかし、少女の細い指が触れかけたのは、タンクトップに浮かび上がる見事な大胸筋。
    「え」
    「え」
     振り返った女性と少女とが、同時に目を丸くする。カクッと首を傾けたのは、黄色いTシャツの少女。
    「お、ネェ……、にぃー、さん?」
     語尾がぎこちない。置始・瑞樹(殞籠・d00403)が、女性との間に立ちはだかっていた。
     身長180cm超。男の方の瑞樹である。

    ●呂尚ならず
    「おぉ、ぼんっできゅっ。じゃなくて、あ、ちょ!」
     HKTの少女が、その場で跳ねた。瑞樹(男)は一瞥を残し、さらっと公園内に入り込む。有無を言わさずに、一般人女性との距離を空けた。
    「そっちは、ああああぁ。待って!」
     慌てた少女は、後を追いかけて公園へと駆ける。結衣奈が、携帯電話へと視線を落とした。
    「引き離し成功したよ。行動開始」
     そう電波に乗せて、有紗と共に公園の入り口へと向かう。あっけにとられた顔で立ち尽くす女性は、頬に片手を当てて彼らの動きを見送った。
    「あらら、元気ねえ」
     自分が間一髪のところで助けられたことに、まだ気付いていない。感謝はあとで込み上がるだろう。
     ボラードの隙間を抜けたところで、置始の歩みは駆け足へと変わった。公園のど真ん中にうっそりと佇む男が見える。輪郭は薄黒く、定かではない。
     追いすがるHKTの少女が、明るい声を張り上げた。
    「見て、見て。すっごく……おっきいよ!」
     得意げな声に視線を巡らせる六六六人衆だったが、獲物が自ら向かってくる様子に眉根を寄せる。片側の柵の方へと後ずさった。
    「おい、お嬢ちゃん」
     注意が逸れかねない。置始は上着から腕を抜いた。ばさり、という音と共に脱ぎ捨てた衣服が翻り、隆々とした上半身と青白く輝くシールドとが闇へと浮かび上がる。
     堤が一時、足を止めた。
    「何を釣り上げた」
     片手を上げて前へと突き出す。ビッ、という音を立てて置始の足許の土くれが弾け、足首から脛、太腿へと、異様な輝きが生じた。
     続いて公園内へと駆け込んだ仲間の目の前で長身が揺れ、膝がガクリと落ちる。一瞬後に迸る鮮血はアキレス腱から後方へとおびただしい。
     覚悟があったか、許より表情の薄い横顔はただ地を睨んで苦痛を訴えようとはしない。
    「これは、ただのデカ物じゃない」
     攻撃を一身に受けて、まだ、意識を保っている。灼滅者だ。それを見て、HKTの少女が手の中で銀色のナイフを回した。
    「え。斬新過ぎた?」
     回すと回る。回って飛ぶのは刃のように見えて、闇よりも黒い瘴気の旋風だった。
     逃げられない。片手で地を押した置始の前へと、黒と白の二色の犬の影が飛び込んでくる。そして、土気色に蝕まれて地へと叩きつけられた。
    「夜叉丸っ」
     主である有紗が放つ神薙刃の一陣が、黄色いTシャツの少女の足許を抉り、後ろへと飛びすさらせる。
    「あわっ」
     その隙に公園中央へと駆け込んだのは、正面から結衣奈、裏側からレナード。堤はHKTの二の腕をつかんで引き、じりじりと後退する。
     やや遠く、車道から急ブレーキを踏む音とクラクションの応酬が聞こえてきた。裏口側から一気に広がった殺気が、公園から人を遠ざけ始める。レナードが公園内の音を閉じ込めて遮断し、これで人払いは成功。件の女性も、今頃は雑踏の中だ。
     堤の右手がこめかみの脇に、左手が逆の肩の下へと上がった。ピ、という微かな音が弾けるが、そこには何も見えない。
     結衣奈がマテリアルロッドを握って構えた。真正面に対峙する。
     堤は少しずつ踵の位置をずらして正面口の方へと動き、呟いた。
    「だめだ。細っこい」
     彼女と有紗、二人を見ての暴言だった。
    「豊穣ちゃんには、成長期があるよ! わたしだって、もう少し背があったら」
     そう励まして駆け込む結衣奈。毒を癒した夜叉丸に、尾で撫でられている有紗。
    「トランジスタか」
     迎えて、堤の右手が動いた。闇を凪ぐロッド。フォースブレイクの爆音と振動。ピリリッという鼓膜をも引き裂くような音が、公園内に響き渡る。
    「ッ、アア!」
     倒れこんだのはHKTの少女だった。そしてまた、ぼそりと堤の声が落ちる。
    「いるじゃないか」
    「……っぅ」
     足の付け根から腰、肋、胸元と異様な艶に巻かれ始めたのは、瑞樹だった。結衣奈を庇って飛び出した、女の方の瑞樹。
     守護の花の名を冠したドレスが、目を欺くほどの艶めきに彩られ、それは首を越えて唇まで。舌の動きが止まる。瞬きも止まった。長い黒髪は、もう風にもそよがない。
    「いいのが」
     堤が左拳で彼女の刃を押し退けた。

    ●永久の子
     全身を鉛色の帯状の光で包み、HKTの少女が立ち上がる。白々とした眼差しのレナードが、ダイダロスベルトを射出しようとして、位置取りに困窮した。
    (「おいおい。変態さんかよ……参ったわ」)
     堤は十文字の腰を片腕に抱いて引きずり、HKTはナイフを彼女に向けて振りかぶっている。
    (「何が楽しいんだか」)
     その時、レナードの横顔をかすめて祝福のそよぎが生じ、ざ、と前方に向けて吹き抜けた。
    「遅くなった」
     合流を果たしたターニャの手にあるのは、彼女を主と選んだクルセイドソードだった。十文字の髪がふわりと舞い上がり、瞬きが戻る。上手く動かなかった指先が、小さく跳ねた。
     相手は六六六人衆。見知ったその思考は、既に逃亡を選んでいるだろう。ターニャは、堤の動線の先を指差してみせた。判断が手堅い。
    「この寒空にも関わらずTシャツに作業服姿か。せめてジャンパーでも羽織れば良いものを……奇特な者達だ」
     彼女の言葉に、HKTの少女が足を止めた。ぽかり、と目を見開いている。
    「寒い、の?」
    「止まるな」
     堤が声を上げたが、その時にはレナードの許から伸びた帯が虚空を引き裂き、黄色いTシャツの腹を貫いていた。
    「あぁあっ、カ、ッハ!」
     少女は、あふれる血の中で舌を泳がせ、腹を抱いて崩れ落ちる。笑っているような驚いているような顔で、堤の腕から逃れる十文字を見ていた。伸びやかなその姿。
    「そ、っかぁ、そ……っぅ、ぶ」
     まだ成長期がある、と結衣奈は言った。灼滅者の時間は動いている。だから、寒さも感じる。ただの人だった頃の少女にも一喜一憂があった。だが、忘れ果てた。
     堤は読みの通りに正面口へと動き、手をHKTの少女の方へと動かした。同時に浮き上がる淡く黄色みがかった光。『KEEP OUT』の文字が取り巻くのは、散る寸前の少女の全身だ。
     その時、正面側をふさいだ影があった。ほっそりとしていて小さい。
    「秘術、日々音ミラージュ!」
     どっとほとばしる白い炎を仲間たちに届け、日々音が立ちはだかっていた。
    「テープなんか貼ったら剥がす時痛いやろ! せめてリボンとか、可愛いモンにしぃや!」
     傷ついた少女を肩に担ぎ上げ、堤がそちらを見た。
    「剥がさない。……ちっさいな」
     なっ、と口をあく日々音。
    (「世の中ないすばでーか! スタイル一番なんか! 見た目でヒトを判断するなんて許さへんでぇ!」)
     腕でぐっと目許を拭ってみせる。
    (「……別に泣いてへんもん! これは心の汗や!」)
     芸達者だ。担がれた少女が、逆さになったままで少し笑った。
    「リボン……全身だと、なんか……えっちぃ、よ……」
     そこに、旋回する槍が突っ込んで来る。
    「ぐ……っ」
     堤の脇を打ったのは、遅れを取り戻しに来たルコだった。旋風輪の効果で、自分の方へと敵の怒りを引きつける。
     HKTの少女が、彼の喉へとナイフを突き出した。ざくり、という一撃と同時に、刺した当人も大きく揺れる。
    「痛ったい! 優しくして下さいよっ」
     口ではそう言うが、ルコの顔付きはどこか事態を楽しんでいる。その脇を抜けた有紗の影が、少女の喉を真横に引き裂いた。ひゅっ、という掠れた呼吸が爆ぜる。
    「……黄色い、の……欲し、かっ……た、なぁ」
     可愛いリボン。少女は声を途切れさせ、ただのお荷物と化した。ルコの喉許から銀の刃が消える。一体、終了。
     結衣奈が妖の槍を脇に構え、たんっ、と地を蹴った。
    「梱包するのは嫌いじゃないけど、梱包されるのはごめんだよ!!」
     鋭く突き出した槍穂は堤の腰に突き立ち、踏み出そうとした次の一歩を阻んだ。
    「くっ」
     突き出た柄を逆手につかみ、堤が苦痛の声を噛む。
    「嫌いじゃない……か。俺は、好きだ」
     ピシッ、という音が虚空で爆ぜた。

    ●時と共にある限り
     近い。結衣奈から見れば、堤はすぐ目の前だ。奥歯を噛み締め、手に力を込める。
     堤が無事な方の脚を蹴り上げ、傷から槍を抜く。手から発せられものは誰の目にも見えない。反動で後ろに揺らいだ結衣奈の視界が、力強い背に塗りつぶされた。痛みが来ない。
    「貴様か」
     庇って共に倒れ込んだのは置始・瑞樹。ざっ、と地面の泥が爆ぜる。堤は狙いを果たさなかった手を持ち上げ、指先をバラバラに動かした。息もつかせぬ二撃め。
    「硬い野郎だ」
     だが、またも果たせない。追撃を阻んだのは、また、瑞樹。十文字・瑞樹。破邪の白光を発して斬り込み、胴に食い込むタイトフィットの一撃をその場で受け止める。
    「……っぅ」
     ぎちぃっ、という嫌な音が闇空に響いた。だが、彼女は盾。皆を護る大盾だった。引きずられそうな踵を踏み締め、決して引かない。
     回復手であるターニャには、攻撃の暇さえ与えられない。再度のセイクリッドウィンド。冬枯れの樹が、くすんだ枝を騒がせる。そして、仲間の傷はふさがり始める。建て直しは、彼女にかかっていた。
    「数の暴力は極めて有効だ、次に活かす機会はないだろうが身を以て学べ」
     彼女の言を耳にして、堤が笑った。この場において、最初で最後の笑みだ。
    「ああ、学んだ。次は――」
     ビッ、という音。日々音が交通標識を構え、レナードが駆け込む。
    「要らん!」
     裏切りの男であっても、配下を受け入れた以上、もはや二言はない。地から一気に生じる攻撃を、ルコの足が受け止めた。日々音が振りかざす標識は、赤。
    「絶対禁止! 日々音ストライク!」
    「ガッ!」
     南の国にはもう行けない。ガクリと硬直した堤の胸板に、レナードのマテリアルロッドが突き出された。慌てず、騒ぎもせず、だが力押しの一撃。
     どうっ、と力が弾けた。配下持ちの六六六人衆を相手取るほどに、彼らは育っている。
    「ッ、アガ、ァ!!」
     爆音に、足許が鈍く揺れた。黒く濃い靄が夜空へと一気に駆け登り、周囲のビルの壁をビリビリと震わせる。その中に逃げ隠れしていた者たちは、皆、ただ、耳をふさぎ目をつむるばかり。
     日常が戻って来た時、そこに残るTシャツの残骸はもはや黄色くもなく、ただ薄汚れて引き裂けたゴミ屑だった。所詮人殺しの希望、いや、絶望だ。
     遠くで街宣車ががなりたて、酔客がはしゃぐ。公園内に満ちるものは、ぶつけ合った殺意の名残と静寂。
     結衣奈が立ち上がった。
    「お疲れ様!」
     労いの声をかけて、ターニャと共に後の始末を始める。
     頷く十文字・瑞樹の横顔を彩るものは、微かな悲しみの色だった。寒さも憂いも失ってはいない。花色のドレスが、風をはらんで柔らかく揺れる。
     彼らの時は、鮮やかに動いていた。

    作者:来野 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年1月31日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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