七つ目の怪談

    作者:海乃もずく

    ●七不思議言えますか
     放課後、最終下校のチャイムが鳴り響く。教室内は既に薄暗い。
    「……ねえ、七不思議、いくつ知ってる?」
     教室の片隅で着替えながら、部活が終わった女生徒たちが、たわいない会話を交わしている。
    「私が知ってるのは、『目の光るベートーベン』でしょ、『歩く二宮金次郎像』、それから『あかずの教室』。あとは……何だっけ」
    「『プールの霊』と、『踊る人体標本』は?」
    「知ってる知ってる。残りは……そう、『ひとりでに鳴るピアノ』!」
     怪談話自体は怖いけど、興味を引くことも事実で。
    「あとはねぇ……」
     彼女たちは話を続ける。
     それは七つ目の怪談話。この中学に伝わる6つのどの怪談話にあてはまらない、欠けたピースを埋める最後の一話。
     ――そして、彼女たちが話し終えた時。
     教室の背後に、黒い黒い闇がわだかまり、人型になる。
    『イマ、7ツ目ノハナシヲ、シタノハ、ダァレ……?』

     ――翌日発見されたのは、苦悶の表情で息絶えた、女性徒たちの死体……。
      
     
    ●学校の七不思議、その七つ目
    「天生目・ナツメ(大和撫子のなり損ない・d23288)さんと、千布里・采(夜藍空・d00110)さんから、九州の学校で都市伝説による事件が連続しているという報告がありました」
     五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)は、九州の地図を黒板に貼りながら、事件の概要を話しはじめる。
    「福岡県のある中学校に、学校の怪談が実体化した都市伝説があらわれます。この都市伝説の灼滅を、皆さんにお願いします」
     場所が九州に特定されている事から、HKT六六六及び、うずめ様の関与が疑われているが、確証はない。
    「ですがどちらにせよ、被害が拡大する前に、速やかな対策が必要です」
     今回の敵となる都市伝説は、『七つ目の怪談』だという。
    「学校の怪談を七つ全て知った人は殺される――そんな話から生まれた、七不思議の都市伝説です」
     姫子の説明によると、この学校では、既に6つの怪談が知られている。
     曰く、『目の光るベートーベン』、『歩く二宮金次郎像』、『あかずの教室』、『プールの霊』、『踊る人体標本』、『ひとりでに鳴るピアノ』。
    「この6つの怪談話以外の話を『七つ目の七不思議』として話すと、『七つ目の怪談』という名の都市伝説が現れます」
     時間は午後6時以降、場所は中学校の敷地内で、屋内であること。その場の同席者は最低でも2人。
     怪談話の内容は、定番ものでも、創作でも構わない。既に挙がっている6つと重複しておらず、学校が舞台であればいい。
    「『七つ目の七不思議』は、動く人影のような姿をしています」
     近くの相手を包み込んで熱を奪い、遠くの相手に対しては睨みで動きを封じ、あるいは影のしぶきで薙ぎ払うという。
    「皆さんなら心配はいらない相手でしょうが、重々気をつけてください。それと……」
     言葉を選びながら、姫子は捕捉を続ける。
    「何者かの気配は感じますが、襲ってくる事はなさそうです。事件解決後は、安全のため、すぐに帰還するようにしてください」


    参加者
    下総・水無(少女魔境・d11060)
    庭月野・綾音(辺獄の徒・d22982)
    翠川・朝日(ブラックライジングサン・d25148)
    山田・霞(オッサン系マッチョファイター・d25173)
    左藤・大郎(撫子咲き誇る豊穣の地・d25302)
    可罰・恣欠(リシャッフル・d25421)
    狼久保・惟元(白の守人・d27459)
    雨摘・天明(空魔法・d29865)

    ■リプレイ

    ●季節はずれの怪談話
     夕方の薄闇が、徐々に夜の闇に侵されていく体育館。誰かの足音が、ギィィ、と床板をきしませる。
    「準備はいいかな?」
     そう言って、山田・霞(オッサン系マッチョファイター・d25173)は仲間達へと振り返る。
    「うん、いつでも始められるよ」
     周囲を見回ってきた雨摘・天明(空魔法・d29865)が、霞に頷く。
     可罰・恣欠(リシャッフル・d25421)が並べているロウソクの薄灯りだけが、体育館内を照らしている。床にのびたそれぞれの影が、別の生き物のように揺らめいていた。
     体育館の中央近くに、8人きり。わずかな光源しかない体育館は、暗くて四隅までは見通せない。
     天明と恣欠が人除けを済ませたため、もう、この体育館は誰も入ってこれない。来るとしたら都市伝説か、あるいは。
    (「都市伝説の裏にいる何者か……HKT?」)
     左藤・大郎(撫子咲き誇る豊穣の地・d25302)は懐中時計をそっと服の中にしまい、ポケットの上から大事そうに手のひらをあてる。
    (「いや、もしかしたらHKTが探している何か、とか……」)
    「それじゃ、いくね。……これが、七つ目の怪談話だよ」
     大郎の思考は、庭月野・綾音(辺獄の徒・d22982)が口を開いたことで、自然と切りかわる。
     しんと静まり帰った体育館。ロウソクの炎による、オレンジの明かりに陰翳をつくられながら、綾音はおもむろに語り始める。
    「私の知ってる話は、これ。……校舎二階の女子トイレ、右列二番目の個室では、毎夜声が聞こえます。――『赤いちゃんちゃんこ着せましょか、青いちゃんちゃんこ着せましょか』」
    「……私の聞いたことのない怪談でございますね」
     翠川・朝日(ブラックライジングサン・d25148)が呟き、落ち着かなげに身じろぎをした。
    「なんだかこういうの、ドキドキするよね。ちょっと怖いけど、楽しみだなー……」
     天明に小声で話しかけられ、朝日はぎこちなく頷く。
    「私は、べ、別に怖くないんてありませんし……都市伝説であって、幽霊とかそういうのではございませんし……」
     朝日の手は、ハンズフリーライトのスイッチをさまよっている。雰囲気づくりのために今は消してあるが、一刻も早くライトをつけたい様子。
    「……最初に入った女性教師は答えます、『赤いちゃんちゃんこ下さいな』。戻らない女性教師を心配し、トイレに入った別の教師が見たものは……」
    「見たものは……!?」
     ごくり、と息をのみ、身を乗り出す下総・水無(少女魔境・d11060)。
    「真っ赤に染まった壁と床と天井、その中で倒れている血塗れの女性教師……!」
    「キャー!」
     水無が楽しそうに悲鳴をあげ、天明が息を呑む。朝日は硬直した表情で、霞の後ろへ引っ込んだ。
    「続き、いい?」
    「お願いします。綾音ちゃんの話、めっちゃ怖いですねっ♪」
     宵闇色の瞳を輝かせ、話の続きを促す水無。
     そんな彼女たちの姿を視界に入れながら、狼久保・惟元(白の守人・d27459)は用心深く、周囲に目を向けている。
    (「九州に集中しているのは意図的に起こしているとも考えられます。……あまり、良い趣味ではないですね」)
     万が一にも奇襲などされないようにと、惟元は静かに集中をはかる。

    ●七つ目の出現
    「そういえば、武蔵坂学園って七不思議とか……ないか」
     綾音の話が続く中、天明が小さく呟く。さあ、と惟元が首を傾げた。
    「僕も聞いたことはないですね」
    「不思議の塊過ぎて、絶対七つじゃ足りないもんね」
     一方、後ろのほうでは、恣欠が何やらゴソゴソと。
    「可罰君、それは何ですか?」
    「シイッ」
     口元に人差し指を立てた恣欠は惟元に片目をつぶって見せ、おもむろにコンニャクつきの釣竿を構える。
     紐の先に揺れるコンニャクは、霞の後ろでガタガタ震えている、朝日の首筋めがけ――。
     べちょり。
    「ひぃぃぃやぁぁぁっっ!?」
     体育館じゅうに響き渡る朝日の悲鳴。綾音も驚いて怪談話をストップする。
    「ああいや、何でもないよ、庭月野くん。……ほら、朝日くんも落ち着いて」
     霞は、自分の背中にひっついて縮こまる、朝日へとなだめるように声をかける。
    「……これは全てプラズマでございます。錯覚なのでございます……!」
     ガタガタ震えながら、朝日は霞の背中に隠れてブツブツ呟いている。
    「きっと都市伝説の仕業でショウ。おぅのれ都市伝説……許しはしませんよォ!!」
     しれっと都市伝説に罪をなすりつけ、恣欠は役目を果たしたコンニャクをしまった。
    「いやいや、中々怖いもんだ」
     苦笑混じりの霞。
     場が落ち着いたのを見て、綾音は話を再開する。
    「事件を受けて捜査に乗り出した警察、次に入った女性警官は答えます、『青いちゃんちゃんこ下さいな』。呼びかけても返事が無い事を心配した別の警官、扉を開けて見たものは――」
     綾音は一旦言葉を区切り、一気に結末へ。
    「――身体の血を抜かれ、青くなって事切れた女性警官の姿でしたとさ」
     ヒッ、と誰かが(恐らくは朝日が)息を詰まらせる音がした。
    「これが七つ目。『赤いちゃんちゃんこ、青いちゃんちゃんこ』」
     綾音は話し終わると同時に、ランタンをつける。
     それと、同時。
     ――霞が、空間の一角に視線を向ける。
    「……来たぞ」
    「油断せずに、気をつけていきましょう」
     大郎も落ち着いて皆に声をかけつつ、スレイヤーカードを取り出す。
     次々とランタンやランプが灯る中、恣欠は消火用バケツにロウソクを投げ込む。まぶしい光が、その場にあらわれた影――『七つ目の怪談』を照らし出す。
    『……イマ、7ツ目ノハナシヲ、シタノハ、ダァレ……?』
     複数の光源に照らされた影は、朧なままに、ひょろりとした人の形をつくっていた。
    「七不思議の七つ目を知ると死ぬ、まあテンプレですよね」
     そう言いしな、都市伝説の至近にいた水無は、素早い動作で距離をとる。スレイヤーカードから魔槍を取り出し、水無は構えの姿勢をとった。
     惟元の傍らには、一台のライドキャリバーがあらわれる。
    「さて、刻朧。貴方とこうして共に戦うのは初めてですね。よろしく頼みましたよ」
     惟元に応えるように、ライドキャリバーの刻朧は、ブルン、と一つエンジンをふかした。

    ●怖い話と灼滅者
     灼滅者達の灯す複数の光の中で、2m近い人影がひゅるりと背を伸ばす。両手を広げた影からは、どす黒い闇が吹き出す。
     後方へ向けて飛び散る闇のしぶきを、大郎と彼のライドキャリバーが阻む。
    「気になることはありますが、今はそれよりも何よりも、事件の解決が先決です」
     大郎は盾からエネルギー障壁を展開、守りを固めて都市伝説の『たたり』の波動を受け止める。
    「キャリバーさん、お願いします!」
     大郎と連携するライドキャリバーは、エンジン全開で都市伝説に迫り、機銃の連弾を浴びせた。
    「さあ、遊んであげますよお人形さん!」
     機銃にひるんだ影へと、水無は帯を射出する。影の都市伝説は体を縮め脱出を試みるが、まとわりつくサイキックエナジーの流れは完全にはふりほどけない。
     水無のダイダロスベルトに戒められた都市伝説へと、恣欠は鋼糸『インビジブル・スレッド』の狙いを定める。
    「7つ目の怪談というのは実に曖昧な存在ですねェ……。ただ7つ目であって、7つ目の何かではないのですかラ」
     恣欠が死角に回り込んだ瞬間、都市伝説の腕先がいくつかに細かく分断された。鋼糸が、ランタンの光に鈍く反射する。
    『……7ツ目ハ、死ノ、ノロイ……』
    「まぁ……7つ全て知った者は殺される……それ自体が7つ目というオチなのでしょウ……」
     恣欠は手元に鋼糸を収め、胡散臭い笑みを一層深くする。恣欠の方へと向き直ろうとした都市伝説の胸部から、ぞぶりと銀爪が飛び出した。惟元が背後に回り込み、与えた銀爪の一撃。
    「怪談話をしているときにこんな相手が現れたら、普通は驚くでしょうね」
     惟元は半獣化した自身の腕を、都市伝説の体から勢いよく引き抜く。惟元と挟み撃ちになる位置には、ライドキャリバーが回り込む。
     緑の瞳に容赦の無い光を宿す惟元の意思を反映するように、ライドキャリバーの刻朧は突撃を重ねて影の外装を剥ぎ取っていく。
    「僕の場合、実家が神社なので、霊に対して怖い意識はないのですよね」
    「私も、灼滅者になってから、怪談も全然怖くなくなっちゃったなあ」
     惟元の背後から前に出た綾音は、セミロングの髪をなびかせながら、影の動きに合わせて併走する。綾音のデモノイド寄生体から生成された強酸は、影の全身を覆うようにむしばんでいく。
    「でも、庭月野の怪談話、楽しかったよ。夏の怪談もいいけど、冬場の寒さもなかなか怖さを引き立てるよね」
     天明から前衛へと、サイキックのエナジーが帯状に放たれる。仲間の防御を高めながら、天明は朝日へと心配そうな目を向けた。
    「翠川、まだ怖いなら、あたしの後ろにいていいよ」
    「いえ、問題ございません。やはりただの都市伝説でございますね。本物の幽霊など、最初からおりません。もちろん分かっていました」
     普段より早口で答えながら、朝日は床を蹴る。エアシューズが炎をまとい、影の都市伝説の肩口深くに、蹴りのつま先がめり込んだ。
     影はぐらりと体をよろめかせるが、そうしながらも、赤く光る二つの眼で朝日を捉える。そして……七不思議が呪いという指向性を得て、朝日へと真っ向から襲いかかる。
    『死ノ、ノロイ、……死ネ』
     都市伝説が一回り大きくなり、朝日に向けて注がれる力が増大する。その寸前、巨大な鈍色の盾が、横合いから都市伝説に激突した。
     朝日と都市伝説の間に割り込んだ霞は、WOKシールド『大盾』を掲げ、自らを壁として攻撃を食いとめる。無骨なシールドは、天明が施した帯の守りで強化されている。
     霞の上腕筋が膨れあがる。鈍色のオーラを拳にまとわせ、霞は自らの拳を思い切り都市伝説にたたき込んだ。影が飛散し、都市伝説の上半身がありえない方向にねじ曲がる。
    「その程度で怪談とは、笑わせてくれるね?」
     姿を失いながらも、なお身を起こす都市伝説へと、水無が距離を詰める。
    「怪談の時期にはちょっと季節外れですね。余計な怪談が増える前に、さくっと片付けてしまいましょう」
     都市伝説が水無に向けて、ぶんと大きく腕を振る。巧みなバックステップで攻撃を回避する水無。水無の掲げた槍の周囲に、幾つもの冷気のつららがあらわれる。
    「さようなら。これで怪談話もおしまいですね」
     無数に降り注ぐ氷の刃に切り刻まれて、穴だらけになった影は、散り散りになって霧散していった。

    ●帰途は速やかに
     事件解決後は、安全のため、すぐに帰還するように――そう、エクスブレインは言っていた。
    「では、戻りましょう」
     戦闘終了に開いた懐中時計ををしまい、大郎は気持ちを切りかえて撤退のために声をかける。
    「そうですね、怖い話にはまだちょっと時期が早いです」
     ……色々と気にならないと言えば嘘になりますが、と付け加える水無も、すぐにこの場を去ることには異論はない。
    「何か、気になることがあるの?」
     去り際、体育館の出口。無意味に意味深な視線を送る恣欠に、天明が声をかける。天明の問いには答えず、恣欠は意味ありげに独りごちる。
    「さて、何がでてくるのカ……今はまだ、ということでしょウ……」
     恣欠が見ていた方向に惟元も目を向けるか、これといって変わったものはないように見えた。一つ頭を振って、惟元は転がったランタンを回収する。
    (「現段階では敵意がないのですから、放っておいても大丈夫と考えておきましょう」)
     深入りは禁物、と彼らは速やかにその場を後にする。
    「何者かの気配、まさか本物の……。いえ、早く帰りましょう」
     何度も後ろを振り返りながら、朝日は小走りに出口を目指す。
    「ここまで来れば、もう心配はないかな。みんな、お疲れ様」
     校舎を離れ、霞がそう声をかけたときには、どことなくほっとした空気が流れた。
    「……実は、あの怪談には続きがあって」
     帰りの道すがら、思いついたように綾音が口を開く。
    「黄色いちゃんちゃんこ下さいな。そう答えると何も起こらず、声も二度と聞こえる事は無くなった……ってね」
     これで本当に、7つ目の怪談、おしまい。
     そう言って綾音は、穏やかに微笑んだ。

    作者:海乃もずく 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年2月1日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 4
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