転職祝いは血の雨で

    作者:立川司郎

     昼間のファミレスは、人もまばらであった。
     案内をしようとする店員を断り、男はネクタイに手を掛ける。彼はどこにでもいるようなスーツ姿に黒いバッグを抱えた男で、どこにでも居そうな眼鏡を掛けた青年であった。
     中に入ると、奥の喫煙席でジャケットにTシャツ姿の男が三人、こちらに気づくと立ち上がって一礼した。
    「お呼び立てして申し訳ありません、根岸さん。……私、こういうものです」
     差し出された名刺を受け取り、男が目を通す。
     どうやらこの三人は、HKT六六六の者であるらしい。三人とも同じようなTシャツを身につけており、サラリーマン風というより芸能関係の業界人といった風貌である。
     一番奥の席を取ったのは、話しを聞かれない為であった。
     根岸と呼ばれた男は、静かに話しを聞き返す。
    「私を呼んだという事は、斬新コーポレーションが先のセイメイとの交渉に失敗した事もご存じなんですね」
    「はい。それで、改めて根岸さんも我がHKT六六六へ加入して頂けないかと、そういうお話に伺った次第です」
     彼らは現在のHKT六六六について、簡単に根岸へ説明した。これは立派なヘッドハンティングである。
     さらに彼らは、契約金として金を用意した。
     札束が三つ入った封筒が、差し出される。
    「景気の良い方に動くのが賢いやり方だと思われませんか?」
     満面の笑みで、彼らはそう根岸を説得した。
     金。
     女。
     殺し。
     HKT六六六なら、何でも手に入る。
     そして、今絶好調!
     ……などと都合の良い話しを30分も続けられた根岸は、心を動かしたのだった。
    「分かりました。お話をお受けしましょう」
     根岸はうなずくと、HKT六六六と書かれたTシャツを受け取ったのだった。HKTの三人は、拍手喝采で迎え入れる。
     店内の視線がこちらに向くが、そんな事を気にする様子はない。
     さて。
     根岸はTシャツを見つめる。
    「では……景気づけにまずはこの店内を血祭りにして、それから九州行きのチケットを取るとしましょうか」
    「「「さすがは根岸さん、私もそれがいいと思っていました」」」
     三人は声を合わせて同調した。
     
     新たな事件が次々起こる中、相良・隼人(高校生エクスブレイン・dn0022)は温かそうな綿入れを羽織って報告書に目を通していた。
     これは、斬新コーポレーションに関するものである。
    「……実はな、詩夜・沙月(紅華の守護者・d03124)からの情報で、HKT六六六の強化一般人が斬新コーポレーションの六六六人衆をヘッドハンティングしている事が分かった。合意した後、こいつらはファミレス店内を血の海にして九州に飛んじまう」
     それを未然に防いで欲しいのだと、隼人は話した。
     時間は平日昼間。
     まず店内にHKT六六六の強化一般人が三人、5分前にやってくる。この時点で介入して倒してしまうと、六六六人衆を逃す事になる。
     四人が合流したあと、話し合いが終わったら六六六人衆の根岸はHKTTシャツを着る為にトイレに行く。
    「まあ奥の席だからトイレが近いんだがな、このトイレに行っている間に襲撃すると、トイレから気づいて出てきて攻撃してくるまで2分は稼げる。こいつらが店内で暴れようとする以上、あまりまごまごしていると店員や客が犠牲になるから注意してくれよ」
     店内には客と店員含めて15人近くがいる。
     根岸と強化一般人もナイフを使うが、根岸の方が一枚上手である。トイレタイム以外ならタイミング次第で奇襲も可能だが、四人を一度に相手取ると若干手こずるだろう。
    「一般人を護る為にゃ、立ち回りが肝心だ。今回の目標は4人を片付ける事だが、だからといって一般人を見殺しにしていいとは言ってねェからな?」
     隼人は念を押してそう言った。


    参加者
    葛葉・有栖(紅き焔を秘めし者・d00843)
    無道・律(タナトスの鋏・d01795)
    楯縫・梗花(流転の帰嚮・d02901)
    静闇・炉亞(君咲キ刻ム蝶・d13842)
    ポルター・インビジビリティ(至高堕天・d17263)
    深海・水花(鮮血の使徒・d20595)
    綾辻・刻音(ビートリッパー・d22478)
    霧亜・レイフォード(黒銀の咆哮・d29832)

    ■リプレイ

     最後に静闇・炉亞(君咲キ刻ム蝶・d13842)が中に入ると、奥から店員が現れて深々と礼をした。
     外の冷たい風は遮断され、中は温かい空気で満たされている。
     いらっしゃいませ。
     何名様でしょうか?
     店員の問いかけに楯縫・梗花(流転の帰嚮・d02901)が答えながら、奥の席へと案内をしてもらった。無道・律(タナトスの鋏・d01795)を除いた七名である為、必然的に席は決まってくる。
     一番年少のポルター・インビジビリティ(至高堕天・d17263)は、無言でそっと梗花達の後ろに隠れるようにして立っていたが、梗花が歩き出すと着いていった。
     ちらり梗花が奥を見ると、既に三名が座って待っていた。
     四人と三人に分かれて、彼らから少し離れた窓側に席を取る事にする。一見すると勉強の為に集まった先輩と後輩。
    「何か食べる?」
     梗花がメニューを回すと、ひょいと葛葉・有栖(紅き焔を秘めし者・d00843)は手に取ってパラリとデザートを見始めた。炉亞もつられて、デザートを選んで居る。
     いちごパフェ。
     それとも、パンケーキ?
     話ながら見ている二人は、今から戦闘を控えている灼滅者には見えないだろう。ファミレスにはあまり馴染みのない梗花は、ほっとして笑みを浮かべる。
    「みんなドリンクバーでいいんじゃない? あ、私はパンケーキ食べたい。……少し時間かかりそうだしね」
    「ドリンクバー?」
     有栖が言うと、梗花が首をかしげた。
     ドリンクバーを有栖が指さすと、梗花はようやく察した。彼らの話がどれ位掛かるか分からないが、デザートを食べる時間くらいはあるだろう。
     それぞれ注文を終えると、ドリンクを飲み始めた頃に扉が開いた。
     入り口を見ていた霧亜・レイフォード(黒銀の咆哮・d29832)が皆に視線を投げると、各人普段通りに過ごしながら向こうの座席を見る。事前情報通り、トイレ側の席にいた三名の前へサラリーマン風の男が着席した。
     そして窓の外から、楽器ケースを抱えたコート姿の律が歩いて来るのが見える。
     入り口で案内を断ると、待ち合わせだからと窓際の席へと律は移動した。
     戦いの時間が近づき、ふと炉亞が深海・水花(鮮血の使徒・d20595)の緊張した様子に気を止める。
    「どうかしましたか? 紅茶、冷めてしまいますよ」
    「ええ、少し熱かったようです」
     何事もなく水花は答えた。
     店内に居る客は大人だけではなく、小さな子供を連れた母親達も居る。そんな所で戦いを始めなければならない事に、少し心が痛む。
     水花の表情は、それだけでは無かったが……。
    「……やれやれ」
     霧亜の溜息をきき、水花は四人の話に耳を傾けながら紅茶に口を付ける。 
     彼らの話は盛り上がっていたが、店員達も聞いているのか聞いていないのか、特に眉を寄せたり危ぶむ様子もなかった。
     HKT六六六の拍手喝采までは。
    「「「さすがは根岸さん、私もそれがいいと思っていました」」」
     三人の声が店内に響き渡る。
     根岸は例のTシャツを手にしており、席を立ち上がった。
     綾辻・刻音(ビートリッパー・d22478)はそっとヘッドホンを外して、小さく呟く。
    「……煩くて、ここまで聞こえてくる」
     根岸の姿が消えるのを待つと、刻音は皆の意志を確認するように見つめた。こくりと頷き、律に視線を送る。
     律も準備完了。
     カードを掴んだ霧亜が、声を上げる。
    「今が好機! 仕掛けるぞ!!」
     カードから力が解放されると、霧亜はガンナイフを構えた。
     椅子を蹴って立ち上がった有栖は、店内を見まわしながら怒号を上げる。
    「みんな、怪我したくなかったら、今すぐここから離れて!」
     声を上げた有栖からは、ただならぬ気迫が感じ取れる。
     不安そうにする客や店員達に、もう一度急かすように早くと叫ぶ。律はコートを脱いで制服に似た服で客の避難を促すが、さすがに今ここに客として座っていた中学生の律では、誘導するには弱いだろう。
     律が梗花を振り返ると、彼が即座に殺気を放った。
     立て続けに、水花と刻音が店内の音を遮断する。
     ただならぬ様子を感じ取った客や店員達は、目の前で炉亞が標識なんかを振り回しているのを見て慌てて逃げ出していった。
    「ありがとう」
     律は梗花や炉亞に礼を言うと、逃げ出した客や店員達を追い立てた。既に、三人に仲間が襲いかかっている。
     根岸が現れるまでに避難を終えなければ、一般人が犠牲になってしまうだろう。
     転んだ子供の手を取り、律が立ち上がらせる。水花がこちらを不安そうに見ているのに気付いた律は、大丈夫と頷いてみせた。

     解放と同時にぽんと飛び出したナノナノのエンピレオが跳ねると、ポルターは腕を砲口へと変質させてHKT六六六の三人に狙いを定めた。
     驚きながらもHKT六六六が即座に武器を構えたのは、さすがと言うべきか。
    「我らが輝かしい契約に文句を付けるとは!」
     笑いながら攻撃を仕掛ける三名の攻撃を、ポルターと梗花が受け取める。締め付けるような殺気の中、霧亜はポルターの小さな背に攻撃から庇われながら、キャリバーを前へと押し出す。
     狭い通路を塞ぐようにして横付けにしたキャリバーは、三名の体に機銃を叩き込んだ。
     標識を構えた炉亞が、彼らの前にブルーのサインを点灯させる。
    「ここは一方通行ですよ」
     煌々と輝くサインを掲げながら、炉亞が笑顔で言い放つ。
     怯んだ彼らに、更に霧亜のキャリバーが攻撃を浴びせた。
    「手加減無しで一斉攻撃だ!」
     弾丸が降り注ぐHTK六六六の横から、振り上げた霧亜の斬鑑刀が凪払う。切り裂かれながら、三人それぞれポルター達に襲いかかった。
     攻撃を標識で受け止め、イエローサインを放つ梗花。
     閃光のように放たれたサインが、梗花達へ彼らの攻撃への注意喚起となった。ふ、と微笑むように梗花は息を吐く。
    「通路が限られているのは、好都合だったね。君達が居たのが店内の端だったのも、被害が広がらずに済んで良かった」
     そう言うと、弾き飛ばされた小さな鉢植えを、異形化した腕でぽんと受け止めて傍にそっと置いた。
     店内ではお静かに。
     そういうと、ふと笑った。

     店内に聞こえる悲鳴が止むのを、水花は耳を澄まして願っていた。
     霧亜のキャリバーが前を塞いでいるが、彼らは飛び越えてくる可能性がある。注意を引くように飛び出した水花は、ダイダロスベルトを放って男の腕を貫いた。
     それを即座に引き抜き、手を休めずに裁きの光で照らす。
    「輝かしい契約と仰いましたか。……人々が殺されるのが、輝かしい事であるはずがありません」
     静かな口調であったが、水花には強い意志が感じられる。
     しかしHKT六六六は営業スマイルで返す。
    「そうですか。あなた方とはお話合いは出来ないようですね。……残念ですが!」
     男がそう言いながらナイフを翳すと、竜巻が放たれた。風が含む毒に、キャリバーの機体も侵されていく。
     しかし霧亜は、フルスロットルの指示を出す事はない。
     この程度の傷ならば、まだ大丈夫だと分かって居る。
     何かを待っているようだった霧亜はトイレから誰かが現れるのに気付くと、その男の顔をしっかりと確認した。
    「あいつだ、ゼファー!」
     霧亜に返答するように、ゼファーは機銃掃射をトイレの入り口に放った。弾丸を浴びながら、男が悲鳴を上げて壁に隠れる。
     スーツの内側に着ていたTシャツが、しっかり目に映った。
    「な、何事ですかこれは!」
    「根岸さん、灼滅者です!」
     HKT六六六の一人が根岸に応えるが、直後断末魔の声を上げて刻音の槍で貫かれた。抉るように足を削った槍は、消滅まで待たずに次の標的に向けて刻音の手元に戻る。
     す、と髪をかき上げると刻音は残った二名に視線を向けた。
    「そこで耳障りな音鳴らさないでくれないかな」
     今は、こっちの……音。
     刻音はそう呟くと、踏み込んだ。
     狭い通路で槍を思うがままに振り回し、切り裂く刻音。目の前の攻撃から守る梗花は、防御と治癒に徹してくれていた。
     毒がじわりと浸食しているが、梗花は再びオーラの力を自らの体内で活性化させる。
    「ここは通さないよ」
     梗花の音は強い音。
     刻音が槍を一閃させると、HTKと書かれたTシャツを切り裂いた。まるでプレミアもののフィギュアでも壊されたような声を上げて、男が慌てる。
    「破ったな、このシャツを!」
    「うるさい」
    「煩いじゃない、ゴメンなさいしろ!」
    「嫌よ」
     刻音が応えると、炉亞が後方から標識を掲げた。
     青から赤に変わったサインが、残った二人の動きを引き留める。むろん片手には殺人注射器を構えて、攻撃に備えていた。
    「残念ながら、僕達は最初からあなた方HKT六六六にも斬新コーポレーションにも興味は無かったんですよ。……いえ、残念というのはおかしいですね。ちっとも残念なんかじゃないですから」
    「残念だろ! HKTと斬新なコラボだぞ!」
    「違う意味で残念ですね」
    「なんだと?」
     毒の風を放ったHKTの風を受けて、毒が体に染みこんでゆく。それでも炉亞が笑顔を絶やさなかったのは、それが彼であるからだし……。
     それに、毒を放った男の体は刻音の槍で貫かれていたからだ。
     リングが体の前に展開され、ちらりと炉亞が振り返るとリングスラッシャーを構えた律が立っていた。
    「間に合ったようだね。避難は完了したよ」
    「ナイスタイミングです」
     炉亞の返事に、律がポルターへと視線をやった。
     HKTは片付いているが、問題は……。
    「あなたの音、聞こえなくなっちゃったね」
     刻音が槍を引き抜くと、水花が丁度もう一人の傍に立っていた所であった。傍にいたHKTの体が、消えていく。
     静かに祈るように目を閉ざしていた水花は、すぐに残った根岸の方に向き直った。

     トイレから出るなり機銃掃射を浴びた根岸であったが、状況を飲み込むと即座に攻撃に転じた。
     ナイフを手に、するりと踏み込む根岸の動きはさすがにHKT達とは違って場慣れしているものであった。
     その前にナノナノとたった二人で立ちはだかったポルターは、怯む事なく片手の砲口を根岸の方へと向ける。
    「こんな子供も使わなければならないとは、灼滅者も人材不足ですか」
     根岸の言葉に、ポルターは無言のまま。
     だからどうだ、としか思わなかったし勝てなければ大人だろうと意味は無い訳である。エアシューズで跳躍を繰り返し、根岸の攻撃を躱して行く手を阻むポルター。
     切り裂く刃による傷は、エンピレオが癒してくれていた。
    「……向こうが終わるまで、相手になるわ。……それが役目だから」
     そう告げると、ポルターは名乗った。
     根岸の攻撃がポルターの細い足を切り裂き、血を滴らせる。ナイフを自在に使いこなす根岸は、やはりポルター達だけでは少し分が悪い。
     再び根岸が懐に入り、ナイフを首筋に当てる。
     だがそれが引かれた時、手元にエンピレオが飛び出していた。
    「…エンピレオ…」
     ポルターの声が、ナノナノの名を呼ぶ。
     だがナイフが更にナノナノを切り裂く前に、ガンナイフから放たれた弾丸がナイフを弾いた。厳しい表情で、水花が根岸の手元を狙っている。
    「これ以上あなたに罪を犯させません。……あなたはここで逝くのです」
    「何度も何度も、よくも邪魔してくれましたね」
     根岸は殺気を放ち、叫んだ。
     水花は攻撃の隙を伺いながら、仲間に視線を送る。
     標識を構えた炉亞がレッドサインを点灯させると、梗花がふわりと体を浮かせて蹴りを放った。蹴りを受け止めながらも、レッドサインが根岸の動きを鈍らせる。
    「……はっきり言うとさ、そのシャツダサいの」
     有栖は朱いバベルブレイカーを根岸にねじ込みながら、言った。
     あはは、と笑いながら有栖のバベルブレイカーが根岸の体をねじ切っていくが、血肉を浴びて有栖は笑顔である。
    「そんなPCで5分で出来そうなシャツ、うちの仲間じゃ誰も着てくれないから」
     ショックを受けている根岸に、水花が静かに近づく。
     そして閃光を放ちながら十字架を降臨させると、微笑んだ。
    「大丈夫ですよ、気にする事はありません」
    「……そ、そうですよね」
     根岸は思わず武器を取り落とし、水花の手を握り締めた。
     ぽつり、とポルターが声を出す。
    「動ける?」
    「大丈夫、傷は癒えたはずだよ」
     律が応えると、ポルターは律のシールドリングが傷を癒してくれたのを確認して砲口を根岸に向けた。
     ポルターの砲口が火を噴き、根岸を吹き飛ばす。
     無言で根岸に攻撃を続けるポルターに続き、有栖が刀を抜いて足元を切り裂いた。
    「どこに逃げるの?」
    「逃げられはしない」
     霧亜はそう言うと、ゼファーとともに弾丸を浴びせた。
     弾雨が止む頃、水花は目を伏せて手を胸の前で組んでいた。どのような者であれ、罪を憎んで人を憎まずである。
    「安らかにお眠りください」
     そこに残ったのは、すっかり切り裂かれてボロボロになったTシャツだけであった。

    作者:立川司郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年2月1日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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