夜の音楽室

    作者:森下映

    「遅くなっちゃった!」
     宮崎県のとある高校。生徒会の仕事をしていた女生徒は、時計の針が9時を回っていることに気がつき、あわてて生徒会室を出る。
    「えっと、警備員さんのところから出るんだったよね……あれ?」
     廊下の奥から、ピアノの音がきこえてきた。生徒会室は3階。確かに同じ階には音楽室があるが……。
    (「誰かいるなら、一緒に出ないと閉じ込められちゃうかも」)
     女生徒は音楽室へ行き、ドアを開ける。ピアノの前に生徒らしき人影。
    「ねえ君! もう帰らないと……」
     女生徒の背筋が凍りついた。
     振り返った生徒の顔には……口しかない。
    「イッショニ……カエッテクレルノ……?」
     その口が喋る。
    「キャアアアアアアア!!!」
     途端音楽室のドアが閉まり、女生徒はそのまま出てこなかった。

    「天生目・ナツメ(大和撫子のなり損ない・d23288)さんと、千布里・采(夜藍空・d00110)さんから、九州の学校で多数の都市伝説が実体化して事件を起こしているという報告があったことはもうみんな知っているかな?」
     須藤・まりん(中学生エクスブレイン・dn0003)が言った。
    「場所が九州に特定されている事から、HKT六六六及び、うずめ様の関与が疑われているけど、確証はなし。どちらにせよこのままでは多くの学生達が被害にあってしまうから、急いで解決に向かって欲しいんだ」
     今回予知で発見された都市伝説は『夜の音楽室に現れる少年』。夜9時を過ぎた頃聞こえてくるピアノの音に誘われて音楽室に行った生徒は殺されてしまう。
     接触は3階で待機し、ピアノの音がきこえてきたら音楽室に行けばいい。音楽室は電気を点けることができ、校内への侵入にも支障はないが、警備員がくる可能性はあるのでその対処は必要だ。
     都市伝説は少年1体のみ。使用サイキックは神薙使いと魔導書相当。ポジションはジャマーで、学校に伝わる『自殺した男の子の霊がピアノを弾いている』という七不思議が元になっているため、寂しがるような台詞を吐く。
    「それから……やっぱり何者かの気配を感じるんだ。襲ってくることはなさそうだけど、事件解決後は安全のため、すぐ帰還するようにしてね。じゃ、よろしくね!」


    参加者
    幌月・藺生(葬去の白・d01473)
    小碓・八雲(鏖殺の凶鳥・d01991)
    ヒカリ・アークライト(ワールシュタットの幼き王・d06173)
    桜庭・翔琉(徒桜・d07758)
    本田・優太朗(歩む者・d11395)
    夜川・宗悟(騙り手・d21535)
    名無・九号(赤貧高校生・d25238)
    クレンド・シュヴァリエ(救済への執着・d32295)

    ■リプレイ


    「今回は学校じゃよくある七不思議の1つが相手ですか……」
     本田・優太朗(歩む者・d11395)が言った。
    「本当に、都市伝説はいろいろな意味で種類が豊富ですね」
    「学校の怪談とはまた懐かしいものを」 
     耳にイヤホンを当てたまま、マフラーに唇を埋めるようにして夜川・宗悟(騙り手・d21535)が言う。
    「その手の児童文学も小学校位の時には散々読んでいたよ。音楽室といえば……有名な作曲家の肖像画が動くとか」
    「音楽室っていうのは、どうしてこう必ず怪談の舞台になるんだろうな?」
     小碓・八雲(鏖殺の凶鳥・d01991)が言った。
    「これだけは全国何処に行っても変わらないと思うぞ」
     ︎幌月・藺生(葬去の白・d01473)は、
    「夜の学校ってなんだかわくわくしますが……」
     今回は色々懸念もあり、楽しんでもいられない。無事に帰れるよう頑張らないと、と思う。
    (「襲って来ることはなくて気配だけ感じるっていうことは、悪意を持ってこちらを見ている感じではないのかな。観察しているのかも?」)
     藺生も興味がないわけではないが、残っても本当に危険がないという確証はない。戦闘後の行動は今の段階でも統一されておらず、藺生はみんなの安全が気にかかっている。
    (「HKT六六六にうずめ様、か……」)
     桜庭・翔琉(徒桜・d07758)も気になってはいた。しかし今回は長居は禁物だとも考えている。もし自分達の動向を伺っているのだとしたら。
    (「今は下手に行動しない方がいい」)
    「都市伝説とはいえ自殺した少年という設定な1人でいるのは寂しいよな……でも生者を巻き添えにしてはいけない」
    「ええ。学生の犠牲者をこれ以上出すわけにはいきません」
     天使の人形を抱いた、妹であるビハインド、ブリューヌを伴った、クレンド・シュヴァリエ(救済への執着・d32295)が言った。クレンドにとって都市伝説は自分にとっての『悪』であり、それを滅するのが彼の目的だ。
    (「気配の主……話し合って通じるって言うならお話ししてみたいね」)
     ヒカリ・アークライト(ワールシュタットの幼き王・d06173)は、そんなことを考えながら、指先で首から下げた金の鍵に触れつつ廊下の窓枠に寄りかかっている。とはいえ、ヒカリも積極的に残るつもりはない。万が一遭遇した時のための警戒は怠らず、早めに帰るのが希望。
    「さあ、そろそろ『物理的救済』の時間かな?」
     ヒカリ独自の『灼滅』の表現。ヒカリが身体を起こした。つられ、暗い窓に映りこんでいた後ろ姿もふいと揺らぐ。
     音楽室からきこえるピアノの音。
    「行こうか」
    「はい」
    「わっ!」
     ヒカリの丸く大きな紅玉色の瞳がもうひと回り大きくなった。
    「びっくりしたあ……いつからそこにいたの?」
    「すみません」
     名無・九号(赤貧高校生・d25238)は軽く頭を下げてみせた。


     優太朗が音楽室のドアを開けると、ピアノの音が止んだ。翔琉が電気を点ける。都市伝説の少年が、ピアノの椅子から降りた。
    「帰る時間だ」
     クレンドが言う。
    「イッショニ……カエッテクレルノ……?」
    「いや……残念ながら帰るのはお前だけだ」
    「イッショニ……」
    「俺は」
     クレンドは不死贄からシールドを展開し、
    「聞き分けの悪い子が嫌いでな。悪いが君を滅させてもらう!」
     クレンドが少年に向かって駆け出した。次の瞬間、少年は手元の楽譜をぱらりと開き、気づいた藺生が少年の攻撃に先んじて、交通標識を『炎・怒り注意』の黄色標識へスタイルチェンジ。前衛に耐性をつける。
    「縛られし君よ、哀れな君よ!」
     後方からヒカリの声が通った。
    「ぼくが現世から救ってあげるのだよ! ……ハレルヤ!」
     ヒカリがスレイヤーカードを解放。現れた弓を手に、癖のついた青い髪をふわり揺らしてヒカリが後ろへ飛び抜けると同時、爆発が起きた。足をとめかけたクレンドの前ではプリューヌが兄への禁呪を肩代わりしており、翔琉は近接にとんだ呪を近くの仲間に飛んだ呪とともに体内へ飲み込み、爆発に耐えきる。
    「ありがとうございます」
    「!」
     あまりの影の薄さに誰をかばったかよくわかっていなかった翔琉は、背後の九号の声に一瞬驚いた。後ろを抜け、前に進み出た九号からいたく静かに、意志を持つ帯が空を切り少年へ向かう。
    「その力の流れを……殺すッ!」
     右手に荒神切 「天業灼雷」、左手にノイエ・カラドボルグ。八雲の撃ち込んだ斬撃が、音符の体を為した呪と絡み合い、拮抗していた。そしてついに呪を消滅させるや否や、少年の髪、肌、制服、全身に傷が入り、破片が散る。瞬時に死角に入り込んでいた八雲が、一瞬にして少年の全身を切り刻んでいた。
    「イタイ……ツライ……サミシイ……ヨ……」
     泣きごとをうめく少年の胸を九号の帯が容赦なく貫く。少年の色のない唇から血がどうとこぼれた。傷を癒す間を与えず真っ向へ駆け込んだ翔琉が聖剣から白光の斬撃を放ち、ピアノの方向へ飛ばされた少年を、ぶつかる寸前、クレンドがシールドで逆側へ向かって殴りつける。
     次いでプリューヌにトラウマを引き出され、よろ、と身体をゆらがした少年は、シールドの力に行動を支配されるがまま、クレンドが間合いを抜ける前に、その背中へ巨大に膨れ上がらせた片腕を振り下ろした。
    「いって、」
     マフラーをなびかせ飛び込んだ宗悟が、巨大化した腕を額の前に掲げた肘下で受け止める。走り抜けるクレンド。藺生のつけた耐性のおかげで、宗悟の身を燃やす炎はそう大きくはならないが、重ねて受けたダメージは少なくない。少年は再び楽譜へ手をかけた。
    「回復します」
     優太朗の治癒の力を宿した温かな光が宗悟を包み、炎が消える。
    「サンキュ、っと」
     完全に傷が癒えるのを待たず、宗悟は身体を素早く沈めた。ばっと右手を開き、攻撃を仕掛けようとする少年。しかし、
    「痛いのかな、苦しいのかな? すぐ楽になるからね!」
     一見少女のようにも見える微笑みを浮かべながらヒカリが矢を撃ち放つ。彗星の如き威力をのせ、唸りをあげる矢が少年の胸に突き刺さった。衝撃に少年の身体が大きく振れる。が、次の瞬間には、自分の足に顔がつきそうなほど激しく前に振り戻された。
    「やられっぱなしではね」
     宗悟が言う。少年の片脚は、ぶらんと先が揺れそうにばっさりと断たれていた。
    「イタイ……ヨ……」
     か細い声を出してみせる少年を、宗悟は冷たい眼で見下ろした。


     殺気と音の壁で囲われた音楽室。遠隔攻撃の多い少年に対し、灼滅者たちは外と内からの連携で揺さぶりをかけていく。
     少年が楽譜を転写するように前衛の身体へ、五線譜に並んだ音符を刻み込んだ。しかし前衛に人数を多く揃え、威力の減衰を狙っている灼滅者たちの布陣。精神を暴走させる効果は全員には通じない。
    「翔琉さん、宗悟さん、頼みます」
     ソードを構え、祝福の言葉を変換した風を開放しながら、怒りに支配されていない2人へ優太朗が言う。
    「了解」
    「OK。今回復する」
     宗悟は手元のナイフから前衛を包み込む夜霧を展開。翔琉は自身を包む闘気を癒しのオーラとかえ、クレンドを正気に戻す。
     相手のジャマーポジションに対して立てられた作戦は非常にうまく機能していた。加えて、
    「痺れてなさいなのです」
     交通標識を『一時停止』の赤色標識にスタイルチェンジ、藺生が少年を殴りつける。少年のキュアに対して藺生もジャマー位置から行動阻害をつけ返し、完全な自由は与えずに戦闘は進む。
     少年が光線を放った。八雲はその軌道にメツェライ・フッケバインの漆黒の裾の残像のみを残し、一気に少年の間合いへ距離を詰める。構えられたノイエ・カラドボルグへ、少年は楽譜をバラバラに巻き上げながら、風の刃を差し向けた。
    「……させるかっ!」
     ギリギリ八雲の前に飛び込んだクレンドの手足を風が斬り裂き、楽譜が頬へ傷をつける。不安定な体勢。が、クレンドは左足のエアシューズの車輪を斜めに床へ押し、右足で少年に蹴りを入れた。少年の体が浮き上がる。その真上、
    「剣よ……応えろッ!!」
     クレンドの後ろから飛び抜け、さらにもう1段高く跳び上がった八雲が、意志を力に変える魔剣を構えていた。
    「久当流……外式、夜刀御雷ッ!」
    「イ、」
     非物質化された剣に絶たれても少年の姿は変わらない。しかし霊的防護と内なる魂は確実に断ち切られ、輪郭が、存在をそのものが、質の悪い画像のようにぐらりと揺らぐ。
    「いきます」 
     少年の影から声がした。鉄パイプのようなロッド、鈍器を握った片腕がにゅっと伸ばされ、少年の身体を殴りつける。走り抜ける九号とすれ違う緋色のオーラは宗悟のナイフに宿されたもの。ぐさりと刺さった刃の先から、宗悟は少年の生命力を自分の中へと流し込み、引きぬいた瞬間、九号の注ぎ込んでいた魔力が爆発を起こした。
     刹那、少年が破壊の呪を後衛へ描く。ヒカリへの射線に翔琉が飛び込んだ。優太朗は呪に対して裁きの光条を放つ。翔琉の身体を呪が爆破。その後ろ、片足で軽く跳び上がったヒカリが輝く光輪を少年へ向かわせた。交錯する炎と光。爆発に裂ける皮膚、充満しきる血の匂い。
    「もう一押しだな」
     口元の血を拭い、翔琉はエアシューズで音楽室の壁際へ駆け出る。ザン! とヒカリの光輪が少年の首筋を斬りつけた。光条が呪を灼き尽くすのを目の端に確認、続けて飛ばされた光線の隙間を駆け、優太朗は翔琉へ温かな光を届ける。
     今回の依頼、優太朗の覚悟は深い。それは彼がダークネスと戦い続ける理由、そして自分の意志で選んだ道を行く、彼の常の覚悟とも繋がっているのかもしれない。
     風の力で回復を試みるも、少年は傷を癒しきれない。その足元から藺生の影が触手となって這い上がり、少年の全身を縛った。
    「ウ……ウ……ハナシテ……」
     翔琉の言葉通り、灼滅は近い。少年は震える手で楽譜を破り、精神を暴走させる紋章を刻み込もうとするが、命中率は落ち、暴走にかかったものは数名。それも攻撃を畳み掛けるこの段階なら戦闘に影響はない。
     炎上がるエアシューズで翔琉が床を蹴って跳び上がった。対角、死角に入り込んだ宗悟が足止めに少年の腱を断ち、その肩の上をすり抜け、後方からヒカリの放った意志を持つ帯が唸り、飛ぶ。
     翔琉が少年の顔面を蹴りあげた。全身が燃え上がる。少年は消火のための風を起こそうとするがその間もなくヒカリの帯がザクリ身体を貫き通し、クレンドの神威光の手の殴打に、まるで数百年を経たかのようにボロボロに朽ちた楽譜が床へ落ちた。続けてプリューヌの霊撃が襲い、
    「久当流……外式、禍津日ッ!」
     振り下ろされた八雲の荒神切 『天業灼雷』から影の斬撃が向かう。斬撃は強烈に少年を突き飛ばし、トラウマを出現させた。トラウマに翻弄される少年を、優太朗が霊魂を断つ聖剣で真横に斬りつける。
    「お眠りなさいなのです」
     膝をついた少年の背中に、藺生が槍の妖気から作りだした氷弾を落とす。
    「サムイ……サミシイ……イタイ……」
     床へ縫い付けられたようにはいつくばった少年は、手足の先を凍らせながら、ぶつぶつとか細い声でつぶやきつつ、消えていった。
     が、
    「う……」
    「?! まだ何かっ?!!」
     藺生がびくりとする。声はピアノの下から。優太朗は警戒しながらピアノの下を覗き込み、
    「大丈夫ですか、九号さん」
    「は……い……」
    「大丈夫じゃなさそうだけど?」
     ヒカリが言った。


    (「何も感じないか」)
     戦闘後の音楽室。後片付けをしながらクレンドはDSKノーズを発動したが、『業』の匂いは感じない。片付けをしながら藺生は音楽室を調べてみたものの、こちらも手がかりになりそうなものはない。
     そして優太朗は音楽室内に隠れて残り調査するつもりだったが、決行の条件として考えていただけの同意は得られなかった。
    「無事事件解決、てことを伝えに戻ろうか」
     翔琉が言った。それからでもできることはある。

    作者:森下映 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年2月1日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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