炎獣、落陽を追い掛けて

    作者:雪月花

     どうすれば良かったのだろう。
     どうすれば、伝えられたのだろう。
     心の深みにはまり、彼の意識は闇の中へと沈んでいく……。

    「な、なんだありゃあ……!?」
    「それ以上近付いちゃなんねぇ、ありゃあ恐ろしいモンだ」
    「まさか、山神様のお怒りの顕れか……?」
     山間の小さな村の男達が、赤々と燃える炎を纏った少年の姿を遠巻きに見つめていた。
     突如現れた、たてがみを思わせる豊かな淡い金の髪と赤い鋭利な角を持つ半人半獣の少年は、まるで大切な何かを守るかのように奥地にある源泉を占拠してしまったのだ。
     その肌には踊る炎のような模様が浮かび、手足は重々しい鎖に繋がれている。
     遠巻きにはよく分からなかったが、その身体にはあちこちに傷が残っており、傷口から血の代わりに炎が噴き出ていた。
     近付こうとする者を威嚇する少年の姿に恐れをなした人々は、不安げに見守るより他はなかった。
    「どうしたら怒りを収めてくれるんじゃろう……」
     年寄りを囲んで村人達が話していた時だった。
    「……!」
     山の向こうからオォンと木霊した、まるで遠吠えのような音に、少年は顔を上げる。
    「アレ、ハ……」
     小さく呟いた少年は後ろ足で力強く岩を蹴り、高く跳躍するとそのまま風のように山中へと消えた。
     獣の動作に驚いた村人達は、へなへなと座り込んで彼のいなくなった方を眺める。
    「た、助かったのか……?」

     手足を縛る鎖が重い。
     それは柵(しがらみ)。
     これまで結ばれた絆が、後ろ髪を引くように彼の足取りを重くする。
     それでも、行かなければならないと感じた。
     赤い夕陽が、消えてしまった影達に重なって、獣の意識を混濁させる。
     あの光が沈む時、この心も燃え尽きてしまうのだろうか?
     
    ●炎獣、落陽を追い掛けて
     廊下を急いでいた灼滅者達は、道すがら他の灼滅者や矢車・輝(スターサファイア・dn0126)と出会った。
    「みんなも、神羽・悠(炎鎖天誠・d00756)さんのこと、聞いたんだね」
     輝は張り詰めた表情で彼らを見回す。
    「行こう……剛さんが待ってる」
     いつもの教室で、土津・剛(大学生エクスブレイン・dn0094)は静かに待っていた。
     その表情は何処か疲れを窺わせたが、掻き消すように口角が上がる。
    「……皆、よく来てくれた」
     そう言って、彼は悠と思しきイフリートが発見されたことを告げた。
     サイキックアブソーバーから齎される情報を洗って、やっと彼を見付けたのだから。
     後はきちんと灼滅者達に託さねばならない、剛はそう言外に語っているようだった。
    「彼が闇堕ちした場所から少し離れたところにある山間の村で目撃され、もう暫くすると遠吠えのようなものを聞いて山中に向かうようだ」
     彼が聞いた声は同族のイフリートのもののようだが、たまたま付近を通り過ぎただけで、悠が追い掛けようとする頃にはもう何処かに行ってしまっているらしい。
    「そちらは事件を起こす様子はないから、今は神羽を助けることだけを考えて欲しい。彼の精神も、瀬戸際まできているようだから……」
    「悠さん……」
     悠の闇堕ちを目の当たりにしていた輝は、強く拳を握り締めた。
    「彼は仲間のイフリートを探すよう山中を西に移動していく。まずその痕跡を辿りながら追いつかなければならない。それに、難しい話なんだが……彼は手負いの状態で、攻撃しようとすれば敵とみなし、話を耳に入れられなくなってしまう可能性があるんだ」
     イフリートと優の意識が混濁している状態にあるが故ではないか、と剛は言う。
    「足を止めて貰う為に取り囲むなりするにも、攻撃的な行動はしちゃいけないんだね」
     輝の言葉に剛は頷いた。
    「説得が上手くいけば、イフリートとしての力は弱まる。それまでは防御や回復に重点を置いて、神羽の心を取り戻せる確信が得られた時に、皆で一気に灼滅するのが最良だろう」
     一度きりのチャンス、救出が叶わなければ灼滅せざるを得ないが。
    「神羽は、過去に自らの炎で親友を死なせてしまったことと、先日相対したイフリートを助けられなかったことを重ねて、深い後悔に呑まれ掛けているようだ。それを掬い上げ、人に戻してやれるのは……お前達しかいないと思う」
     そう灼滅者達に託した剛に、輝も顔を上げて一同を見た。
    「大切な人をなくした痛みは、簡単に癒えるものじゃないけれど……それでも、悠さんには帰って来て欲しいよ。迎えに行こう、みんなで」


    参加者
    葛木・一(適応概念・d01791)
    リュシール・オーギュスト(お姉ちゃんだから・d04213)
    楠木・恵(空を斬る風見鶏・d06300)
    ムウ・ヴェステンボルク(闇夜の銀閃・d07627)
    六車・焔迅(彷徨う狩人・d09292)
    小鳥遊・亜樹(見習い魔女・d11768)
    セリス・ラルディル(蒼き光は誰がため・d21830)
    結川・叶世(夢先の歩・d25518)

    ■リプレイ

    ●静けさの中に
     暁に輝いた太陽も、今や西の空へと降りてゆく。
     山中へと至った灼滅者達は、既に探索を始めていた。
    「彼の匂い、僕の鼻では嗅ぎつけられないな」
     狼に戻っていたムウ・ヴェステンボルク(闇夜の銀閃・d07627)は、人の姿を取って首を振った。
    『仕方ないよ。僕達も、罪の匂いでは悠さんを探り当てられないからね……』
     ハンドフォン経由の矢車・輝(スターサファイア・dn0126)の声に、葛木・一(適応概念・d01791)も溜息をつく。
    「隠された森の小路も使いどころを考えないとな。木々が動いたら、アイツが残した形跡が見えなくなっちまうかも」
     その言葉に、小鳥遊・亜樹(見習い魔女・d11768)の箒に猫の姿で乗せて貰っている結川・叶世(夢先の歩・d25518)が頷く。
     彼ら4人は先行して回り込み、悠の進路を遮る役割を担う。
    「大丈夫だよ、こんなに悠くんに帰ってきてほしいって人がいるんだから」
     亜樹はあどけない笑みを叶世に向けた。
     彼らや別働している輝に協力し、捜索と説得に名乗り出てくれた学園の仲間は33人にも上っている。
     輝と共に森を捜索する純也と慎太。
     何処かにあるだろう、草を掻き分けた跡や何かが焼け焦げた跡……。
     僅かな差異も見逃さぬよう、国臣も暗がりに目を凝らした。

     一方後詰めの4人も、木立の間を進む。
    「やっぱり、テレパスは一般人相手以外には応用出来ないわよね」
     肩を竦めるリュシール・オーギュスト(お姉ちゃんだから・d04213)。
     彼女は遥との思い出を呼び起こせるよう、偽サンタを倒した時と同じサンタ服を纏っていた。
    「地道に捜索していくしかないでしょうね」
     空を染める夕日の片鱗を眺めていた六車・焔迅(彷徨う狩人・d09292)が、仲間達を見遣って呟く。
    「待っててくれよ、ハル」
     楠木・恵(空を斬る風見鶏・d06300)は焦燥を堪える。
     遥は彼にとって、学園に来て初めての友達だった。
    (「こんなところで失ってたまるか!」)
     同じクラブで、仲間達と親交を深めてきたのだ。
    「早く見つかるといい、がな」
     セリス・ラルディル(蒼き光は誰がため・d21830)は逆に、悠とは特に知人ではない。
     だからこそ、第三者の目線で立ち回れたらと考えていた。

     やがて夕暮れも深まる頃、悠らしきイフリートは発見された。
    「ではこちらも急ぎます。行きましょう、皆さん」
     輝から連絡を受け、焔迅はESPにより開けた道を示す。

    ●手負いの獣
     探る気配が途絶え、炎獣は途方に暮れていた。
     鎖を引き摺る足取りは鈍り、もう止まってしまいそうだ。
     小さな音がして、鋭い視線を巡らした先には茂みから頭を出した蛇。
     疲弊しきった獣は、動物が己の炎を恐れ逃げていくことを失念していた。

     ――イフリートがはっとした時には、もう遅い。
     其処此処に感じる気配を警戒する彼の目前に、亜樹の箒が降り立った。
    「見付けたよ、悠くん」
     低く身構えた炎獣に、亜樹の少女のようなかんばせが綻ぶ。
    「こんなところでひとりぼっちで、寂しくなかった?」
     話の間に、叶世は人の姿に戻る。
    「会いにきたよ、悠くん」
     スレイヤーカードの力を解放してはいるものの、武器はまだカードの中。
     必要以上に怖がらせないように。周囲に立つ者達の多くも、武装していない者が多い。
     狼になっていたムウと一も、人の姿を取り戻す。
    「いつまで迷子になってんだ。悠、迎えに来たぞ。皆で帰ろうぜ」
     彼らを交互に睨み返してくる炎獣に、一は軽く笑って見せた。
    「すぐに助けてやるからな!」
     そして、イフリートの後方から姿を現す後詰めの面々。
    「ハル! もう何処にも行かせないぜ!」
     先陣を切った恵は、強い決意を込めた言葉を発した。
    「怪我したままどこへ行くんですか。ダメですよ、ちゃんと手当てしないと……」
     皆と一緒に威圧を押さえた間合いを図り、リュシールも優しく話し掛ける。
     メディックの輝以外は全員ディフェンダー、守りに特化した布陣を敷いた。
    「クッ……」
    「学園のみんなが待ってるよ。帰ってきて」
     身を固くし、毛を逆立たせたイフリートを亜樹が宥めた。

    「怖くない怖くない。クッキイでも食べるかい」
     菓子をちらつかせる有無に、イフリートはぐるると唸り後退りする。
    「……優しい方ですね」
     だが今ならと切欠を掴み、焔迅が口を開く。
    「この世は儘ならない事が多いもの。仕方がなかったと諦めず、堕ちる程苦しんでしまうなんて」
     しかしこのまま彼の心が消えてしまえば、その後悔も無駄になる。
     だから、彼を連れて帰ると焔迅は告げた。
    「優しい貴方の心の為に。貴方の帰りを待つ人達に、同じ嘆きを与えない為にも」
     敵意の中に怯えを隠したイフリートが炎をけし掛けてきても、叶世は痛みに耐え険しい顔は浮かべないように勤めた。
     彼が苦しんでいるのは、人の心を持つからこそ。
     お節介なのかも知れない……でも私は貴方に、心を失って欲しくない、と。
     何度も、ひた向きで優しい彼の名を呼ぶ。
     楽しいこと、これから沢山あるよ、と。
     苦しみを数える為に悠くんはいる訳じゃない、貴方が背負っている物を分けて欲しい人がいるよ、と。
    「悠くんは私の大切な友達だよ。優しい貴方を見ているとね、あったかい気持ちになるの」
     薄ぼんやりとした色を宿す瞳に浮かぶ、強い意思の光を彼に向けて。
    「……それに頑張る姿もね、好きだよ。きっと悠くんがみんなを幸せにしたいから、だから頑張るんでしょう? そんな貴方だから、選択をした責任まで、全て背負おうとするのかな……無くした物への思いは悠くんの物だから、私、忘れてって言えないや」
     目を伏して、少女は優しく微笑んだ。
     涙が滲んだ瞳が、再び炎獣へと向けられる。
    「でも数えて欲しいの。苦しみだけでなく出会った人の数を、喜びを。見て、みんな悠くんに会いに来たんだよ」
     戻ってきてよ、みんなの、わたしの為に。
     手を広げ、居並ぶ面々に視線を向けて。
     叶世は言葉のバトンを次の手に受け渡す。

    「わんわん、回復は任せて下さい!」
     その間も、瑠禍はシールドリングを重ねて、皆が傷付かないよう気を配る。
     ヴィンツェンツと彼のビハインドが攻撃を遮り、レナードが癒しを重ねる中、説得は続く。

    「お前が感じてるのは柵なんかじゃねぇよ、悠が繋いできた絆だ」
     拳を握り締め、一はイフリートを見据える。
    「助けてやれなかった奴やお前を待ってる奴等、そして悠自信からも逃げ出すなんて絶対許さないかんな。オレは親分だからさ、子分が泣いてるままほおって置くなんて、二度とごめんだ」
     そうして、両手を大きく開く。
    「届かなかった分ももっと手を伸ばせよ、オレ達ひとりじゃ強くなんかないんだぜ!」
     部長の言葉に、リュシールも声を上げた。
    「……いつかのクリスマスのこと、覚えてます?」
     語ったのは、共に受けた依頼の思い出。
    「サンタは夢を運んでくれる偉大な存在って言いましたよね。こんなお別れしたんじゃ、子供達が神様もサンタも信じられなくなっちゃうでしょ……ねえ、戻ってきて下さい」
     傷を受けた仲間に集気法を施しながら、彼女は対角線上にいた路地裏ラジカルの面々へと視線を向ける。
    「起きた現実から目を背ける為に、闇を深めてどうするんだい?」
     エリアルが冷静な目線で語り掛ける。
    「そのまま獣になったら、どうすれば良かったと煩悶する事さえ叶わなくなる。後悔でヤケクソになるなら人に戻ってからにしなよ」
     イングリットは、絆は柵でも先輩の行く末を妨げる重りでもないただそこにあるだけのモノで、支えられ勇気付けられるものだという。
    「その温かみと優しさを忘れないで、思い出して下さい。少し手を伸ばせばすぐ掴めます。……それが先輩が培ってきた絆なんッスから」

    「悠は勝手にニエの事を祀り上げたままどこに行くつもりなんですかね? にえは、悠の中のニエを人に戻して貰ってからじゃねーと、悠に勝手に居なくなられると困るんですよ」
     仁恵は悠がいないと寂しい人が沢山いるという。勿論自分も。
    「後悔してんなら、失敗したくないなら、もっかい目ぇ思いっきり開いてよーく見て下さい。ハルさんが探してる『仲間』は、ここです!」
     今ここに居る、と春は呼び掛けた。
    「みんなに甘えて下さい。ハル兄、ちょっとカッコつけすぎ……オレは、カッコ悪い兄ちゃんが良い」
     悟は以前ライブで世話になった礼を告げ、また肩を並べ戦おうと言う。
    「お前が頑張ったから竜種をとめることもできたし、仲間の命を護ることもできたんや! もう、独りで頑張る必要はあらへんから、また一緒に頑張ろや!」
     彼と手を繋いだ想希も訴える。
    「皆あなたが頑張ったこと知ってます。苦しいのはあなたが人だから。一人で頑張らないで、苦しまないで。あなたが紡いだ絆を信じて、戻ってきて下さい」
    「ヒノヤギさんの説得に失敗したのは、貴方だけの責任ではありません」
     皆の責任だと真夜は続け、悲しみで今までの縁を捨てぬよう願った。
    「ヒノヤギに貴方の言葉は届いていたわ。でもねヒノヤギには彼の矜持があった。だから悠の言葉を受け入れられなかった」
     でも、今の悠なら彼の気持ちが分かるのではと山吹は告げた。

    「後悔はしてもいいの。間違えない人間なんて、いないのだから……そこからどうするか、が、きっと大事なんだよ」
     緋織は彼の痛みを肯定する。
    「オマエは頑張った。結果が自分自身認められるものじゃなくっても、それでもオマエは、オマエを認めてイイんだよ。オマエが認められないなら、俺が保証する」
     安心して戻って来いと、人に戻った治胡は告げた。
    「後悔の念があるなら、立ち止まるべき、だ」
     セリスは静かに紡ぐ。
    「後悔出来るということは、自分と向き合えてはいる。きっと、そのまま行ってしまえば後悔出来なくなることを後悔することになる、ぞ。後悔を糧に、前に進んでくれる人がいなければまた同じことが起こると思う……」
     曇りのない、彼女の真っ直ぐな言葉だった。
    「だから、私は一度は過ちを乗り越え、戦ってきた貴方を信じたい。そして、どうか戻ってきて欲しい……今まで貴方と一緒に歩んできた人達も、待っているから」
     その言葉を、ムウが継ぐ。
    「大切な人を自分が傷付けてしまうのは、辛いよな。僕も昔、大事な人を傷つけて死なせてしまったことがあるからからよくわかるよ。そのことを忘れずに戒めとするのは間違ってない」
     自らの過去、その痛みを思い、彼は悠の心に寄り添う。
    「でもな、そのままウジウジするのはその友達が悲しむと思うんだ、自分のせいであいつが挫けてしまったって。だからというのも変かもしれんが、君が傷付けてしまった者達の分精一杯生き抜くんだ。それが傷つけ、命を奪ってしまった者達への一番の供養になる筈だ」
    「失うことも傷つけることも辛いだろうな。だが……己をあんま責めるもんじゃないぜ? 何でも一人で抱え込むな、何の為のダチなんだよ、ちょっとは頼ってやれ。いつまでも心配掛けてないで早く帰って来いよ」
     続いたのは、雷歌の諭す言葉。
     紡ぐ言葉と想いは続く。

    ●燃え尽きる前に
    「神羽くん、聞こえているかしら? こんにちは。迎えに来たわ」
     次に声を掛けたのは、徒然蝶々のすずりだ。
    「仲間を探しているのでしょう。だから、ね? わたしたちはあなたの仲間だから、迎えに来たの」
     彼女は悠の決断を認めた上で、彼の不在に皆が悲しむことを伝えた。
    「ここに来たんはなー、神羽さん。神羽さんの為でもあるんやけど…何より、うち自身の為に来たんや。うちが助けたいから、戻ってきてほしいから、もっと一緒に居りたいから来たんや!」
     難しいことはようわからへんと言いつつ、日々音も説得を重ねた。
    「……皆にこれだけ言わせておいて、知らん顔出来るお前じゃないでしょ。自信満々に素直を自称してたの、俺は忘れてないからね」
     挑むような調子で、櫟は炎獣を見詰める。
     渾名で仲良くなれるのか、証明してくれるんじゃないの、と。
    「悠おにーさん、またみんなでくだらない話しよ。沢山遊んで沢山ばか騒ぎして、それからそれから、部長の花のおにーさんをいじって漫才みたいなくだらないやりとりをしよう…!」
     和茶はにっこりと笑う。
    「寒いですしー早々に学園へ帰りまして、温かいものでも食べに行きましょー? 皆で何処かへ遊びに行くのも楽しそうですー。遊びのお供には是非とも、神羽さんの笑顔が必要だと思うんですけどー」
     間延びした言葉だが、流零は悠の心を慮っていた。
    「炎獣の君、俺の大切な家族を、親友を守ってくれて有難う。けれど、俺達が欲しいと願うのは君の奥底に眠る子なんだ。明るくて、優しくて、一生懸命で、抱え込みがちな不器用な彼を」
     颯音は炎獣自身にも語り掛けていた。
     そして悠には。
     帰ろう、ここは暗くて寂しいと。独りぼっちにしたくないと。

    「なぁハル、痛みは分け合うものなんだよ。知ってるだろ? おれだって失くしたくない!」
     恵は小指に結んだ赤いリボンを掲げた。
    「消えたものの大きさを考えるよりも! お前自身が今日まで築き上げてきた絆を見ろォ!」
     リボンを棚引かせ薙いだ腕の後方に並んでいるのは、絆部のメンバー達だった。
     彼らが思い思いの場所に着けているリボンは、繋がる絆の証。
    「ミヅ!」
     恵の声に、三ヅ星が応える。
    「ねえ。ボク達の声、聞こえる?」
     彼は語った、自分達の出会いと別れを。もう戻らない存在を。
    「大事な人達を傷つけて、一番後悔するのは神羽君だ。だからボクは君をほっとかない」
     恵は順番に仲間を呼んでいった。
     馬鹿悠、と小袖は毒づきながら言う。
    「悠、お前には一番泣かせたくない奴、大切な奴がいんだろが。……ひよりを泣かせんな。俺がお前を泣かせるぞ」
    「僕に出来る事は高が知れてます。それでも、あなたの力になりたいと……神羽悠をなくしたくないと……どうすれば伝わりますか?」
     咲耶も必死に訴え掛ける。
    「私……信じてるの。悠くんは、仲間をすっごく大事にする人。それは、1年以上一緒にいてよく分かったんだよ。だから、戻らないなんて、人を傷つけるなんてアナタが望んでるはずないって」
     強い想いを心の裏に、瑠音も語った。
     七は割り切れない気持ちはそのままでいいと告げる。
    「俺は勝手だからまた悠と、皆と笑い合いたい。引き連れた痛みもいつか心の奥で大切に仕舞っておけるよう、今を一緒に過ごそうぜ」
     まだまだ遊び足りないんだと。
    「今だからいうけど、私、悠くんに助けられたことがいっぱいあるやんね!」
     リノは感謝を伝える。
     逆に悠が辛い時は力になりたいと思っていたことも。
    「ハルちゃんが本当に救わなきゃいけないのは、此処に居る、此処に集まった面々じゃないっすかね。ほら、今にも泣き出しそうな子も居るっすよ?」
     愛はそう言って、ひよりを見遣った。
     彼女は泣きそうな顔で、悠くんが大好きと呟く。
     何かの為に一生懸命になって抱え込んでしまうところも、彼の優しさで大切な一部だと。
    「わたしね、ずっと悠くんの隣に居たいし隣に居て欲しいよ。悠くんの居ない世界なんて嫌だよ」
    「届いたかハル。そんな冷たくて重い鎖とって、もっとあったかいもん結ぼう!」
     恵はイフリートの目を捉え、声を上げた。
     炎獣の見開かれた瞳から、一筋光が零れ落ちる。
    「み、ンナ……ひよ……」
     帰りたい、戻りたいよ。
     大切な絆の待つところへ。
     そう言っているかのように、炎獣は片腕を上げた。
     セリスは微かな笑みを浮かべた。
    「頑張った、な」
     青い瞳に幾許かの安堵を灯し、妖の槍を構える。
    「この炎……貴方の為に使わせて頂きます!」
     焔迅の柔らかな雰囲気が、暑く鋭いものへと変わる。
     攻撃に適したポジションへと移り、己の片腕を獣のそれへと変えた。
    「困ったりしたら相談に乗るから来な。だから、早く戻って来い!」
     ムウはそう言葉を発すると、高く飛んで踵に流星の煌めきを宿しイフリート目掛けて急降下する。
     それを合図代わりに、一斉に攻撃サイキックが閃いた。
    「一!」
     構えたリュシールの声に、一が視線を送り応える。
     彼の足を両手で高く押し上げて。
    「行っ……けぇえええーーっ!」
    「ズバーンと、いっくぜえええぇ!!」
     少女の叫びと共に、勢いをつけた一が熱いビートを奏でながらイフリートに突っ込んだ。
     更なる集中砲火を喰らった炎獣の咆哮が響く。

     倒れる少年を、多くの者達が駆け寄り支える。
     規則的な呼吸を確かめ、恵はその側にへたり込んだ。
    「はぁ……安心したら力抜けちまった……ひよりん、これハルに結んでやってくれねぇか?」
    「うんっ」
     悠に抱きついて泣いていたひよりは、彼から受け取ったリボンを少年の指に結んであげた。
     悠の容体を見て、セリスは身を退き輪の中から外れる。
    「良かった……」
     ほっとしている輝に頷くと、彼はセリスを見返し目を細めた。
    「悠さん、明日が誕生日なんだって」
     年を重ね、時を重ね。
     灼滅者達の往く道は、これからも時に苦しく理不尽なことがあるだろう。
     伸ばした手が届かないことも。
     それでも、きっと。
     心と心を繋いだ絆があれば、乗り越えてゆける。
    『お帰り。寝坊助め、皆待っとるぞ!』
     サポートに徹していた篠介は、彼が目覚めたらそう言おうと決めていた。
     皆何を話そうかと、胸を膨らませている。
     木々が縁取る暗い空には、星々が瞬いていた。

    作者:雪月花 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年2月5日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 1/感動した 6/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 7
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