勧誘される褐色の巨漢

    作者:雪神あゆた

     とあるボクシングジムにて。サンドバックをたたき続ける褐色肌の巨漢の姿があった。
     彼にトレーナーが声をかけた。
    「ボブさん、今日も精がでてるねー」
    「イエス! ボブ、頑張るネ! HAHAHA!」
     サンドバックを叩きながら、応えるボブ。
     ボブは、ケツァールマスク配下のアンブレイカブル。今は普通のボクシングジムでトレーニングしている。ボブ以外は皆一般人だが、ボブはジムになじんでいるようだった。
     突然。ドス! 激しい音ともに、入口の扉が吹き飛んで壁にぶつかる。
     扉は蹴り飛ばされたのだ。
     入口から、扉を蹴り飛ばしらしい二人の女が入ってくる。
     二人はともに20歳前後。一人が黒いゴスロリドレスをまとい、もう片方はワンピースを着ている。
     ゴスロリドレスの女が、体中から殺気を飛ばしながらしゃべる。
    「ボブ・ザ・デンジャラス。あなたに朗報よ」
    「ローホー?」
    「ケツァールマスクを見捨てて、私たちシン・ライリー派につきなさい。好待遇を保証してあげる」
     女たちはシン・ライリー派のアンブレイカブルだったのだ。
     ボブは中指を突き立てる。
    「オトトイキヤガレ、HAHAHA!」
    「ふーん。拒絶するんだ」
     黒ゴスロリ女はどこからかガトリングガンを取り出した。白ワンピースの少女も、鎌を取り出す。
     しばらくの後。
     ジムに濃厚な血の匂いが漂っていた。床のそこかしこに、一般人の死体。女たちの鎌や銃撃が、一般人を巻き込んだのだ
     立っているのは、女二人とボブ。
     ボブは額から大量の血を流しながら、吠える。
    「ブッコロスウウウ!」
     ボブの張り手がゴスロリ女の顔にめり込んだ。ゴスロリ女は吹き飛ばされ、壁に激突。
     ボブは走る。壁にめり込んだゴスロリ女をつかみ、肩にかじりつく。
     が、
    「ふふふ……強いわ……でもっ」
     ゴスロリ女は笑う。
     いつのまにか、ボブの背後にワンピース女が立っていた。ワンピース女は鎌を一閃させ――ボブの命を絶ち切った。
     
     教室で、姫子が説明を開始する。
    「獄魔覇獄で戦った、獄魔大将シン・ライリーの動きが、双葉・幸喜(正義の相撲系魔法少女・d18781)からの報告で判明しました。
     獄魔覇獄の失敗が原因なのか、シン・ライリーの配下は、同じアンブレイカブルのケツァールマスクの配下と、抗争するらしいのです。
     ダークネス同士の抗争に関わる必要は本来ありません。が、抗争に巻き込まれ多くの一般人が被害を受けます。放っておけません。
     抗争が起きる前に現場に行き、抗争を未然に防いでください」
     ケツァールマスク派のアンブレイカブルの名は、ボブ・ザ・デンジャラス。
     戦闘では次の三つの技を使いこなす。
     閃光百烈拳相当の張り手や手刀。
     ジャンプし体を床に叩きつけ、大震撃に似た衝撃波を発生させる技。
     鋭い歯によるデスサイズ相当の噛みつき。
     他に態勢が崩れれば、シャウトでの回復も行う。かつて学園の灼滅者と戦闘したことがあるが、その時よりも全体的に能力が上がっている。
    「現場は、京都にあるボクシングジム。ボブはそこで一般人にまじり練習をしています。
     皆さんが現場に着いてから、シン・ライリーの手下がくるまで十分な時間がありますので、一般人が抗争に巻き込まれないよう、何らかの対策をとってください。
     でも、ボブは『シン・ライリー派のアンブレイカブルが襲撃してくる』といっても、逃げ出すことはありません。むしろ、大喜びで迎え撃とうとするでしょう。
     なので、被害を抑える為には、シン・ライリー派のアンブレイカブルが来る前に、ボブと戦い、灼滅するなり撤退させるなり、したほうがよいでしょう」
     ボブは自分からは、一般人を巻き込もうとはしない。ボブを灼滅なり撤退させれば、シン・ライリー配下のアンブレイカブルも来ず、一般人が殺されることもなくなる。
     
    「シン・ライリーは獄魔覇獄では失敗しました。でもこのまま引き下がるとは思えません。今回の事件も、新たな作戦の前哨戦かもしれません。
     けれど、まずは目の前の被害を防ぐことから始めましょう。一般人の方々を皆さんの力で守ってあげてください。お願いします!」
     姫子は深々と頭を下げた。


    参加者
    犬神・沙夜(ラビリンスドール【妖殺鬼録】・d01889)
    佐島・マギ(滑走路・d16793)
    平鹿・アソギ(彷徨う青薔薇・d19563)
    葦原・統弥(黒曜の刃・d21438)
    紫皇・櫻(尸桜の寵姫・d24701)
    白星・夜奈(夢思切るヂェーヴァチカ・d25044)
    鴨川・拓也(修練拳士・d30391)
    水無瀬・涼太(狂奔・d31160)

    ■リプレイ


     灼滅者八人は、ドアをスライドさせ、ボクシングジムの中に入る
     ジムの中では、マットの上で腹筋をするもの、リングでヘッドギアをつけスパーリングをするもの、それぞれ練習に熱中している。
     ひときわ目立つのは、ジムの奥でサンドバックをたたく存在。褐色肌で肥満気味の巨漢だ。彼は、ケツァールマスク配下のアンブレイカブル、ボブ・ザ・デンジャラス。
     運動着を着た佐島・マギ(滑走路・d16793)はボブに近づいた。
    「このジムで一番強い人と、勝負をしにきました! つまり――ボブさん、あなたと!」
     マギは声を響かせ、ボブをビッと指す。
     葦原・統弥(黒曜の刃・d21438)がマギに並び、落ち着いた声で説明する。
    「腕試しのため、仕合をボブさんに申込みにきました。負けた方はここを立ち去り、以後訪れない。ルールは命を取らないこと。
     どうです? この条件で試合を受けてくれませんか?」
    「オウケイ! オマエら、ブチのめす!」
     ボブは、ニィィ、と笑う。
     鴨川・拓也(修練拳士・d30391)はジムの一般人たちに頭を下げ、
    「押忍! 申し訳ありませんが、ジムをお借りしたいと思います! ボブさんと自分たちだけにしてください!」
     と頼み込んだ。怪訝な顔をする一般人たち
     ボブは、「カンキャクを、オイダス? ナゼ?!」と不快そうな声を出す。
     紫皇・櫻(尸桜の寵姫・d24701)は表情を変えず、淡々と問いかける。
    「私たちがここで戦えば、一般人の皆を巻き込んでしまうかもしれない。それでいいの?」
     よくないでしょう、と櫻は首をかしげた。
     平鹿・アソギ(彷徨う青薔薇・d19563)は、首をぶんぶん横に振る。
    「無関係な人の血で染まったリングでの戦いなど、認める訳にいきませんよねっ」
     そうでしょ、とボブを見つめるアソギ。
     犬神・沙夜(ラビリンスドール【妖殺鬼録】・d01889)は穏やかな口調で説く。
    「同じジムにいる、同好の士を巻き込み傷つける事は、そちらの意にもそぐわないでしょう? あなたとは周囲を気にせず、全力で戦いたいのです」
     害意をみせず頼み込むように、沙夜はいう。
     ボブは、
    「ウグ……グ……」
     とうなるが、それ以上反論しない。
     白星・夜奈(夢思切るヂェーヴァチカ・d25044)はそれを見て、体中から殺気を発散。一般人たちを避難させた。
     夜奈はボブへ鋭い視線を向け直し、口の中だけで言う。
    (「今回はころさない。たぶんてき、だけど、きっとまだ、わるいこと、していない……」)
     一方、水無瀬・涼太(狂奔・d31160)はエアシューズのつま先で床を軽く蹴り、構えた。
    「命は賭けねェとはいえ、バトルだ。正々堂々、ガチで勝負しようじゃねェか」
    「オゥケィ!」
     涼太の声にかぶせるようなボブの野太い声。ボブも両腕を肩の高さに持ち上げ、手を前に突き出すように、戦闘態勢をとった。
     涼太とボブの視線がぶつかる。


     先に動いたのはボブ。拓也の顔面に――ボブの右の掌がめり込む。張り手だ。さらに左手がぶつけられ――拓也は両膝を床につける。
    「ガアアアアア!」
     ボブは吠え、口を開けた。牙のように鋭い犬歯が照明を反射する。ボブは『牙』で、拓也の隣にいた涼太に、噛みついた。血が飛んだ。
     後衛のアソギは、ボブの攻撃に目を見張る。
    「早いですね……今、体の動きが見えませんでした」
     アソギは顔付きを今まで以上に真剣なものに変える。
    「それでも、清く正しく勝負すると決めたんです、私たちも全力で皆さんを支えないと。ですよねっ! ナユタ!」
     アソギは手に持った札を握りしめた。札に守りと癒しの力を込め、拓也に投げ渡す。
     拓也はアソギの札の力で、立ち上がる。
    「押忍! ボブさん、今度は自分たちから行きます、引き続きご指南願いします! ――水無瀬さんっ!!」
     片手を天井に向けて伸ばし――霧を発生させる。魔力を含んだ霧が拓也や涼太を包み、強化させる。
    「おお、任せな。――ボブ、いい一撃だったな。礼をしてやる」
     涼太もナユタのふわふわハートと拓也の霧で態勢を立て直す。相手の懐に飛び込んだ。そして拳を下から上に突き上げる。ライドキャリバーも機銃掃射で支援。
     はたして涼太の拳は、ボブの顎に命中。拓也の霧が強化した打撃は強力。ボブの体を天井近くまで吹き飛ばす。
    「マギもいきます! 常晴さん合わせてください!」
     マギと常晴はボブを見上げ、跳んだ。
     マギと常晴は跳びながら、腕を振る。ボブの巨体めがけ、電撃を宿した拳と霊撃とを繰り出した。
    「グオッ!?」ボブは呻き、地面に落下。
     だがボブは立ち上がり、ジム中央のリングのコーナーポストをよじ登る。
     次の一分後、ポストから跳び落ち、床に頭をぶつける。ジム全体が震え――衝撃がマギたち灼滅者後衛を襲った。
     衝撃は、櫻と沙夜にも届く。
     櫻は崩れてしまいそうな態勢をかろうじて整え、体を横に回転させる。水晶の翼とドレスの裾を揺らしながら、哀悼の十字架でボブの腹を打つ! フォースブレイク!
     揺れるボブの巨体。櫻は横にいる沙夜に呼びかけた。
    「畳みかけ、お願いできるかしら?」
    「了解!」
     沙夜も衝撃に倒れず踏みとどまっていた。沙夜は指先をピアニストのように滑らかに動かした。手から伸びる細い糸でボブを襲う。
    「さっき言った通り――全力で戦わせてもらう」
     糸をボブの胴体に、腕に、足に、巻き付ける。ボブの肉を締めあげる!

     戦闘は続く。
     夜奈はロングコートを羽織ったビハインド、ジェードゥシカに視線を送る。ジェードゥシカは霊障波を放った。
     夜奈自身はボブへ接近。敵の側面をとった。夜奈はしゃがむ。縛霊手を嵌めた手を一閃させた。夜奈の指がボブの足の腱を切り裂く。黒死斬!
     ボブは夜奈に向き直った。腕を振り上げる。しゃがみ込んでいた夜奈、彼女の脳天を、ボブは手刀で打つ。さらに打つ。
     夜奈は打たれながらも、冷静な声を仲間へ発した。
    「……足を、きった。動き、にぶってる、はず。だから、トーヤ……」
     統弥が夜奈に頷き、ボブとの距離を一気に詰めた。
    「今の技の威力も、只事ではない――でも、僕たちだって負けませんっ!」
     統弥は斬艦刀を振り上げた。黄金の王冠が描かれた黒い刀身で、ボブの肩を――斬る!
     流れる大量の血。ボブは血を流し続けながら、にたぁぁ、唇の端を釣り上げた。


     灼滅者の攻撃でボブの傷は増えていく。だが、ボブはより陽気に笑う。
    「HAHAHAHA!」
     ボブが振るう手刀を、常晴が体で受け止めた。
     マギは常晴に目で礼をし、そして近くにいる統弥に声を飛ばす。
    「統弥さん、攻撃を放ったばかりの今がチャンスです」
    「――なら、そのチャンス、確実にものにしませんとね。いきましょう!」
     統弥とマギは、ボブの左右の側面をとった。統弥は月光の輝きを放つ剣を振り、マギは踏み込み妖の槍で突きかかる。
     統弥の刃がボブの魂を損傷させる! マギの槍の穂先がボブの肉体を貫く!
     上半身をのけぞらせるボブ。
     涼太はライドキャリバーに命じた。
    「あのでけェ体にぶちかましてやれ!」
     ライドキャリバーは主に従いボブに突撃。
     ライドキャリバーが注意をひきつけている隙に、涼太はボブの背後をとった。胴をつかみ、ボブを投げる。ボブは床に激突した。
     両手を広げ、大の字で倒れるボブ。涼太は油断なくボブを見た。倒したか? 意識を奪えたか?
     疑問に答えるように、
    「HAHAHAHA!」
     むくり。ボブが身を起こす。
    「オマエタチノ、攻撃、ベリーナイス! ファンタスティック!」
     ボブの膝はかすかだが、震えている。灼滅者の技は効いたのだ。だがボブは楽しげだった。

     その後も、灼滅者は攻撃を仕掛け続ける。ボブを流血させ、消耗させた。何度となく、床に這いつくばらせた。
     が、ボブはその度に起き上がる。
    「HAHAHAHA! オマエラ、戦士ノ中ノ戦士! ――ボブが、オマエラ、マルカジリィ!」
     ボブは跳ぶ。腰を地面にぶつけ、衝撃波を発生させ――後衛の体勢を崩させる。
     さらに、ボブは間近にいた拓也の頭を噛んだ。鋭い牙を強く強く彼の頭部に押し当て流血させる。
    「ナユタは拓也さんの回復を! 私は後衛のみんなを回復させますから!」
     アソギはナユタに指示し、自身は息を大きく吸い込んだ。
    「皆さんもあと少し、あと少しがんばってくださいっ!」
     皆を鼓舞しつつ、目を閉じて意識を集中。目を開く。風が吹いた。清らかな空気が後衛の体勢を立て直させる。
     拓也もナユタのハートの力で、出血が止まるのを感じた。拓也の目はボブを見ている。
    「技を受けきり反撃――これがプロレス、これがプロレスラー!」
     感嘆しつつ、拓也はしゃがむ。足を延ばしてジャンプし、抗雷撃! ボブの顔に拓也の拳が当たる。鈍い音。打撃は敵の体力を大幅にそいだ。
     ボブはふらつきつつ、反撃しようと手を伸ばすが――、
     櫻が藍色の瞳の目を細めた。
     櫻は『受難―Longinus―』の柄を握りしめ――螺旋の突きを放つ!
     櫻の一撃がボブの腕を穿った。動きを止め、叫ぶボブ。
     沙夜は、叫ぶボブの前に立つ。赤の瞳で彼を見つめ、息を吸い込み、腹の底に力を入れる。
     沙夜は腹をめがけ、拳を放つ。漆黒の髪を揺らしつつ、トラウナックル。
     沙夜の拳の威力と幻影に押され、ボブは一歩二歩と後退する。
     そのボブにジェードゥシカが霊力を放った。
     夜奈もボブを追う。足を上げる。炎を宿した爪先でボブの顔を――蹴る。ボブに両膝をつかせる。
     夜奈はさらに追い打ちの蹴りを放とうとして、直前で足をピタリと止めた。
     櫻と沙夜が合図を送ったのだ。ボブはすでに瀕死。これ以上は攻撃せず、降伏勧告するべきだ、と。
     夜奈は「……わかった」と了承しつつ、けれど、いつでも相手を蹴れる体勢を崩さない。
     櫻と沙夜はボブに近づいていく。
    「命を取らない腕試し――それが約束だったわね?」
    「いずれ私たちは今より強くなる。再戦の機会が楽しみでしょう? ならば今は退くことも一興と思いませんか?」
     ボブは夜奈、櫻、沙夜、彼女らの顔を見つめ――。
    「……戦士ヨ、オマエタチ、ツヨイ……ギブアップ、ダ」


    「ヤナたちの、かち……やくそくは、まもって、ほしい」
    「オウケイ」
     夜奈がまだ殺気を放ちながら言うと、ボブはよろよろと立ち上がる。壁に手をつきながら、出口を目指す。
     ボブの背中に、統弥、涼太、沙夜が声をかけた。
    「こちらが八人でなければ負けていたでしょう。貴方の力に敬意を表します。お元気で」
    「人死にがでず、穏便に済んでよかったぜ。なにより――楽しいガチバトルだった」
    「お疲れ様でした。再戦の機会があった時は――よろしくお願いしますね」
     統弥は敬意を込めた口調で、涼太は親指を立て、沙夜は清楚な笑みを浮かべて。
     拓也とマギも声をかけた。
    「押忍、ありがとうございました! よき修練となりました!」
    「マギも押忍でございます! ありがとうございました!」
     拓也が空手の作法にのっとった礼をし、マギも拓也の真似をしながら頭を下げる。
     ボブは振り返る。
    「サンキュウ、戦士タチ、サンキュウウ! イズレ、アオウ!」
     そういうと、背中を向け、手をひらりとあげ、ジムから去っていく。
     櫻はボブの背中を見つめていた。
    「彼のように一般人に危害を加えず、社会に溶け込んで暮らしていこうとするダークネスばかりなら、私たちももう少し平和な関係を築けるのかしら」
     ボブの背中が見えなくなるまで見つめる櫻。
     アソギは後片付けの準備をしながら、皆に笑って見せた。
    「ともあれ――一般人の方々が巻き込まれずに済みました。本当に良かったですねっ!」
     そう。灼滅者たちの活躍で、一般人の被害は避けられた。
     アソギの言葉に、仲間たちは頷き、それぞれの笑顔を浮かべる。

    作者:雪神あゆた 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年2月15日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 5
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