永久の旅路は檸檬の味とともに

    作者:篁みゆ

    ●檸檬の誘惑
    「ちくしょー、喉乾いたぜ。水飲み場が空くのなんて待ってらんねぇ」
     夕闇迫る高校のグラウンド。グラウンドの外れ、特別教室のある校舎の影になっている水飲み場に一人の男子生徒が駆け込んだ。体操着を着用し息を切らしている彼は運動部なのだろう。校庭に満ちていた掛け声は静まったことから、部活は終わったのだと解る。
     きゅっ……蛇口をひねると溢れだしたその水を、一滴もこぼさんとするようにごくごくと喉を鳴らして飲み込む。こんな外れに来なくとも水飲み場はあったがそこには運動部の者達が列をなしていて、とてもじゃないが並んで待っていられなかったのだ。
    「あー! うめぇ!」
     男子生徒は蛇口を閉めて手の甲で口元を拭っう。ようやく人心地ついたその時。
    「あの……」
     か細い女の子の声が聞こえた。振り向くと校舎の作った影に、ジャージ姿の女子が立っているではないか。
    「あの、お疲れ様ですっ……いつも部活頑張っている姿、凄いかっこ良くて……その……これ、食べて下さい!」
    「え? オレ? いいの?」
     男子生徒はきょろりと首を巡らせたが他に生徒はいない。ということはこの少女は紛れも無く自分に話しかけていて。
    「はい、檸檬のハチミツ漬けなんです」
    「うまそー! いただきまーすっ!!」
     可愛らしいタッパーを受け取って一切れ口に入れる。彼は気づいていない。レモン味を味わっている間に、死へと手を引かれていることに。
     

    「見つかったんやろか?」
    「ああ、采君の報告通り、九州の長崎県での事件を見つけたよ」
    「詳細、お願いしてもいいやろか?」
     千布里・采(夜藍空・d00110)の言葉に神童・瀞真(大学生エクスブレイン・dn0069)はもちろん、と頷いて集まった灼滅者達に向き直った。采が席についたのを確認して、口を開く。
    「天生目・ナツメ(大和撫子のなり損ない・d23288)君と、千布里・采(夜藍空・d00110)君から、九州の学校で多数の都市伝説が実体化して事件を起こしているという報告があったんだ。場所が九州に特定されている事から、HKT六六六及び、うずめ様の関与が疑われているけれど、確証はない」
     瀞真は和綴じのノートを開きつつ、続ける。
    「どちらにせよこのままでは、多くの学生達が被害にあってしまうから、急ぎ解決に向かって欲しい」
     ターゲットの都市伝説は長崎県の共学の高校の七不思議が実体化したものだ。部活の朝練が終わる頃か放課後の練習が終わる頃に、運動部と解る姿の男子が、一人でグラウンドの外れの特別校舎の影になった水飲み場で水を飲むと現れる。
    「この学校の七不思議には『水飲み場の少女』というものがあってね、めったに使われないこの水飲み場に檸檬のハチミツ漬けを持った少女が現れるというものなんだ」
     都市伝説ももちろん檸檬のハチミツ漬けをもって現れる。『いつも見てました』『作ってきたので食べて下さい』とハチミツ漬けを差し出すが、ハチミツ漬けを食べないと悲しげに消えてしまうから注意が必要だ。ハチミツ漬けを食べると、食べている間に隠し持っていた包丁で襲いかかってくる。
    「囮を立てる必要があるだろうね。それとこの水飲み場は余程のことがなければ生徒達は近寄らない。グラウンドには、この学校の制服やジャージを着ていれば紛れ込めるだろう。小学生は難しいかもしれないけれど」
     朝練の後か放課後か、時間は選べるがデメリットも存在するのでそちらも視野に入いれておくのがいいだろう。
     都市伝説の少女はレモン汁を飛ばしたり、包丁を使ったりして攻撃してくる。
    「よほど油断をしなければ君達なら勝てると思うよ。それと、今回は何者かの気配は感じるけど襲ってくることはなさそうだ。だから事件解決後は安全のためにすぐに帰還するようにして欲しい」
     そう言って瀞真はノートを閉じた。


    参加者
    千布里・采(夜藍空・d00110)
    戒道・蔵乃祐(グリーディロアー・d06549)
    桃之瀬・潤子(神薙使い・d11987)
    柊・司(灰青の月・d12782)
    暁月・燈(白金の焔・d21236)
    神桜木・理(空白に穿つ黒点・d25050)
    犬塚・小町(壊レタ玩具ノ守護者・d25296)
    龍宮・白姫(白雪の龍葬姫・d26134)

    ■リプレイ

    ●青春の1ページ
     風も冷たく日の傾くのも早いこの時期、それでも運動部の少年少女達は放課後、グラウンドで汗を流す。その中にジャージ姿の神桜木・理(空白に穿つ黒点・d25050)の姿もあった。どこの部からも誰何の声がかからないような距離、はたから見ればどこかの部活の一員に見えるような距離を保ってランニングをしている。
    「淫魔かと思えば都市伝説……男の心理突くのは一緒ですね」
     呟いたのは屋上からグラウンドを見下ろしている龍宮・白姫(白雪の龍葬姫・d26134)。どの部活も集合がかかり、散っていた生徒達がそれぞれ集まってゆく。そろそろ部活が終わるのだろう。となれば『始まる』時間だ。
    「先輩想いの美少女都市伝説、いいですね……!」
     この学校指定のジャージを身にまとった戒道・蔵乃祐(グリーディロアー・d06549)は、件の水飲み場が目視できる位置の物陰で少々興奮した様子。
    「都市伝説とは言え、女の子に無償で優しくしてもらえる機会なんて早々ないですよ。いや羨ましくは無いんですけどね。いや羨ましくは無いんですけどね」
     大事なことなのだろう、二度同じ文句を繰り返した。
    「塩レモンは知ってるけど……檸檬の蜂蜜漬けって美味しいのかな?」
    「身体を動かした後に食べると美味しいいいますね」
     桃之瀬・潤子(神薙使い・d11987)の零した疑問に柔らかく千布里・采(夜藍空・d00110)が答えた。
    「檸檬を頭のなかに思い浮かべるだけで唾液が止まらないですよ」
     蔵乃祐は水飲み場へ視線を向けたまま、ごくんと唾液を飲み込む。
    「そんなに美味しいのなら、一度食べてみたいかもっ」
     彼の言葉を聞いた潤子はその言葉をまっすぐに捉えたが、もしかしたら『可愛い女の子が差し入れしてくれる檸檬の蜂蜜漬け』が蔵乃祐の唾液を溢れさせたのかもしれない。
    「レモンの蜂蜜漬け……なんだか青春の香りがしますね……って、ちょっとじじくさいですか?」
    「そんなことないとおもうよ」
     制服に身を包んで隠れている柊・司(灰青の月・d12782)のつぶやきに、にこにこ笑顔で犬塚・小町(壊レタ玩具ノ守護者・d25296)が応じる。運動部への差し入れに檸檬の蜂蜜漬け、確かに少女漫画にでも出てきそうな青春の一コマのである。
    「この都市伝説も元になるような逸話があったのでしょうか」
    「七不思議の元になるエピソードがあったのかもしれへんね」
     いずれにせよ放っては置けません、告げる暁月・燈(白金の焔・d21236)に采が答え、頷いた。
    「蛇が出るか鬼が出るか。でも全員でちゃんと帰りましょ」
     水飲み場へ視線を向ければ、理がちょうど蛇口に手をかけようとしているところだった。一同の間に緊張が走る。
     部活終わりで寛いだ生徒達の声が聞こえる。それよりも蛇口からこぼれる水の音のほうが、不思議と一同の耳朶を叩いた。
    「あの……」
     理が顔を洗って蛇口を締めたその時、か細い声が理の肩を叩いた。フェイスタオルで顔を向いて声のした方へ首を巡らすと、ジャージ姿の少女が立っている。
    「あの、お疲れ様ですっ……いつも部活頑張っている姿、凄いかっこ良くて……その、これ、食べて下さい!」
    「……くれるのか? 美味しそうだな。ありがとう」
     都市伝説の少女が差し出したタッパーには綺麗にスライスされた檸檬が並んでいた。理は手を伸ばし、1枚摘んで口元へと持っていく。無防備とも取れる、ものを食べている時間。けれども理はいつ襲われても防げるようにと気を張りながら檸檬を口に入れる。檸檬の酸っぱさと蜂蜜の甘さが丁度いい具合に交じり合って、口内へと広がった。
    「美味しいです……かっ!?」
     少女の握った包丁が理の腹部を狙う。空飛ぶ箒を使って落ちるように屋上から現れた白姫を筆頭に、物陰に隠れていた七人の灼滅者達が姿を現した。

    ●めくれたページ
    「可愛い女の子にそんな包丁の使い方、してほしくないですねぇ」
     包丁で刺されるよりは、やっぱり美味しい料理を作ってもらうほうがいい、蔵乃祐は指輪から魔法弾を放つ。
    「プラチナも、お願いしますね」
     盾を前衛の前に広げ、守りを固める燈。その声に鳴き声で応えた霊犬のプラチナが少女へと迫った。
    「ほんまは奥ゆかしい女の子の話やったんやろなぁ。蜂蜜漬けの檸檬、一口くれへん?」
     殺界形成を展開した采が優しく声をかける。都市伝説の少女の表情が、すこしばかり和らいだような気がした。そんな彼女を、采が放った影が捕らえる。そこに飛び込んだのは采の霊犬。言葉で指示せずとも意思疎通はばっちりなのだ。
    「神桜木君、回復しますね」
     司の喚んだ光条が理を貫く。だがそれは敵なる者には害となるが仲間である理にとっては癒しとなって。
    「柊、ありがとう」
     短く感謝を告げ、理は盾を広げる。その時、少女が動いた。取り出した容器を振るう。飛び出した琥珀色の液体が後衛を狙った。甘ったるい香りと粘度からして、これは蜂蜜だろう。
    「あなたも、じきに動けなくなるでしょう」
     白姫が少女との距離を詰め、右手にはめた縛霊手で殴りつける。同時に広がった霊力が、少女を縛り付けた。
    「差し入れっていう不意打ちは青春につきものだけど、そういう不意打ちは青春ぽくないと思うっ」
     サウンドシャッターを展開した潤子は、白姫の霊力に絡め取られた少女へと迫り、見惚れてしまうほど美しい模様の入った剣を振り下ろした。少女が、悲鳴を上げる。
    「いくよっ!」
     小町が両手に巻きつけた包帯状の武器を振るう。少女はそれを避けようとしたがよけきれずに体勢を崩した。すかさずその隙を狙い、蔵乃祐が殴りつける。後を追うように動いた燈の炎を纏った蹴撃に、少女は身体を二つに折った。プラチナは小町の傷を癒やすために動く。
    「どないな想いで此処から校庭の練習見てたんやろなぁ」
     言うなれば、少女の想いの結晶が檸檬の蜂蜜漬けだったのだろう。采は逸話の元となった少女に思いを馳せつつ、少女に接近して。霊犬は攻撃をする主人の傷を癒してゆく。
    「後ろは任せて、皆さん攻撃して下さい」
     司は暖かな光を浴び、自らの傷を癒やす。まだ大丈夫だ。貴重な手番を回復に回すより、攻撃に使って欲しい。その思いが言葉となって出た。
    「……憧れの相手に近づきたい気持ちだったんじゃないのか?」
     異形巨大化した腕で殴りつける直前に、理は少女へと問うた。都市伝説として顕現したこの少女は元になった逸話の少女ではないため返事は期待できなかったが、それでも聞いてみたかったのだ。
    「ずっと、ずっとずっとずっと見てましたっ……!」
     少女がレモンの汁を飛ばす。狙われた白姫と蔵乃祐を、燈と理が庇った。
    「憧れの人への想いが攻撃と結びつくなんて、不思議ですね」
     ゆったりと述べた白姫は、左手の中指にはめた指輪から魔法弾を放つ。魔法弾は狙い過たず少女の身体を貫いた。続いて潤子が、洗練された動きで少女へと殴りかかる。合わせるようにして小町が、ロッドを振り下ろした。彼女の動きに合わせて長いマフラーとイヤリングが揺れる。
    「あ、あ、あ……」
     身体の中を蹂躙する小町の魔力に、少女は悲鳴にならない声を漏らし、ふらりと身体を揺らした。そんな彼女に深く埋め込まれたのは、蔵乃祐の魔法弾だ。
    「被害を出すわけには、いきませんから」
     痛みに震える少女は可憐で儚げで哀れにも見える。けれども攻撃の手を緩めるわけにはいかないのだ。自分や仲間に言い聞かせるように呟いて、燈は少女との距離を詰めた。力強い一撃の後、プラチナがその傷を抉る。
    「こんなに美味しそうな檸檬やのにねぇ」
     少女の想いとその結晶が人を害なすことに使われているのに心を痛めているのだろう、呟いた采は一刻も早く終われと狙い定めて剣を振り下ろした。それに合わせて霊犬も刀を振るう。司の喚んだ清らかな風が前衛の三人を癒やし、浄化してゆく。
     理が彼我の距離を詰めて殴りつけると、ふらつきながらも少女は包丁を振るった。しかし、狙いが定まらない。それは、青春を綴ったページが終わろうとしていることを表している。
     畳み掛けるように白姫の『理現 【英雄を探す龍の脚】』が少女に絡みつき、死角に素早く入り込んだ潤子が深く斬り裂く。
    「これで最後にしようね」
     小町が上段に構えた刀を振り下ろす。少女の悲鳴が途切れたその時、その姿はもう空気に溶けてしまっていた。蜂蜜の甘い香りも檸檬の酸っぱい香りも、全て消えていった。

    ●青春のあとがき
    「大丈夫?」
    「回復しましょう」
     仲間達の怪我の心配をする潤子の横で、司と燈が戦闘中では直しきれなかった分の傷を癒していく。
    「みんな、お疲れ様!」
     8人で過ごすのはここまで。この後はここに残留する者と帰還する者に別れる。潤子の言葉にお疲れ様と言葉を交わし合ったのが解散の合図。
    「くれぐれも慎重に。気をつけてくださいね」
    「ああ」
     帰還する燈の声掛けに、理が頷いた。
    「気をつけてくださいね」
     司も言葉を残し、帰途へつく。本当は残留にはあまり賛成じゃない。仲間が危ない目に遭うかもしれない、そう考えるだけで辛い。とてもとても心配だ。
    (「でも」)
     司は一緒に残る決断ができない。それがすごく歯がゆく感じるし、薄情だと自己嫌悪したりもするけれど、せめて残る仲間の前ではそんな素振りは見せないでいたかった。
    (「僕が不安な顔してても仕方がないでしょう」)
     だから残る仲間の前ではいつも通りに振る舞った。
    「じゃあ、私も行くね。気をつけてね」
     今のところ変な気配は感じない。潤子もその場を離れる。
    「私は上で待機していますね」
     白姫は空飛ぶ箒で屋上へと上がった。怪しい人物や異変がないか、空からチェックするのだ。
    「一応心霊手術をしておきましょうか」
     蔵乃祐は理へと心霊手術を行った。その間に小町は、万が一に備えてスマホの録音機能をオンにして。采は水飲み場に寄りかかり、神経を集中させて辺りを警戒していた。
     だが、心霊手術が終わっても何者かが現れる様子はなく、特に気配のようなものを感じ取れることもなかった。
     采の発案で水飲み場を中心に何かしらの痕跡がないか探してみたが、特に見つかったものはなかった。
     落ちかけていた陽が完全に落ちても何者かが現れる気配はなかった。エクスブレインの言った通り、襲ってくることも姿を表すこともないようだ。残っていた一同も、これ以上待っても成果は得られぬと判断して引き上げることにする。
     第一目標である都市伝説の撃破は果たしたのだ。この水飲み場で男子生徒が襲われることはないだろう。もっとも七不思議を利用して告白しようとする少女は現れるかもしれないが、それは微笑ましい青春の1ページとなるだろう。

    作者:篁みゆ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年2月3日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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