綯い交じる紅、夢現に揺蕩う黒

    作者:志稲愛海

     漆黒の影に、滴るかの如く綯い交じる紅。
     山奥に在る朽ちた屋敷にその『影』が辿り着いたのは、決して偶然ではなかった。
     此処は――『彼女』が一度幽明境を異にした地であるから。
     左目を中心に仮面を纏うかの如き容姿、血色の光がぼうと灯る目。
     そして人間のものに比べ一回り大きな片腕は、影の毛皮を纏い獣化したような異形。
     屋敷に姿を現したのは、漆黒に紅が滲む影を操る、シャドウであった。
    「……ッ」
     激しい激闘の後であるのだろう。
     纏う衣服は所々破損し、此の地に辿り着いたばかりの頃は手負いの状態であったが。
     胸前の虚空に浮かぶスペードのスートをより濃い血色へと漲らせれば、受けた衝撃も癒えて。それでも抜けぬ深いダメージも、暫く休めば回復するものだ。
     だが……そんな傷よりも、この紅と黒のシャドウを、未だ現つ世に縛るもの。
     それは、その腕や脚や首に絡みつく、漆黒の鎖であった。
     万物の行き着く果ては、虚無と喪失。
     そしてそんな何れ滅び逝くモノの、その果への旅路を護り見届けたい。
     しかし――その為には先ず、この忌まわしく絡みつく鎖を、断ち切らねばならない。
    「……かつての仲間をこの手にかければ、何時までも私を縛るこの鎖も砕けるだろう」
     刹那、千変万化の武具へと成り、朽ちた屋敷に伸びる影。
     そして紅と黒の『影』は、此の地で待ち受ける。
     己を律し縛る、灼滅者であった『彼女』の心の具現を。闇に堕ちながらも堕ちきれず、黒と紅の境界を彷徨いながらも抵抗する残滓を。
     現世に縛り付けるこの鎖を断ち切る為に……未だ堕ち切れぬ己に、決着をつけるべく。
     

    「……見つけたよ。一先ずは無事で、よかった」
     飛鳥井・遥河(中学生エクスブレイン・dn0040)はそう一瞬ホッとしたように息をついたが。すぐに表情を引き締め、集まった灼滅者達へと続ける。
    「先日起きた、パンタソスに暗殺部隊が放たれた事件はまだ記憶に新しいと思うんだけど。その際の戦闘で闇堕ちした煉がね、見つかったんだよ」
    「煉が? では、煉は無事なんだな?」
     綺月・紗矢(小学生シャドウハンター・dn0017)の言葉に、遥河はこくりと頷く。
     パンタソスを抹殺せんと放たれたシャドウ・『処刑者』ディミオスはかなりの強敵で。彼との戦闘の際に仲間を逃がすべく闇落ちし、暫く安否が不明であった神代・煉(紅と黒の境界を揺蕩うモノ・d04756)だが。
     その後、処刑者の手を逃れていた事が、未来予測で察知されたのだ。
    「でもね、闇堕ちした煉がシャドウになってしまった事には違いないよ。そしてシャドウは、灼滅者のみんなのことを待ってるんだ」
    「わたしたち、灼滅者を?」
    「うん。まだ今の煉はね、完全には闇に堕ちてない状態で。残っているそんな彼女の灼滅者としての意思が、シャドウを現世に縛る鎖となってるみたい。だから……シャドウはその鎖を断つ為に、灼滅者のみんなを屠らんと待ち受けているんだ」
     真紅のスペードを浮遊させ、血色が滲む様に混ざった色を湛える影を操るシャドウが待つその場所は、山奥に在る朽ちた屋敷。
     戦場となる屋敷内は、朽ちてはいるが崩壊するような脆い状態などではなく、室内でも問題なく戦えるだろう。広さもあり、大きな障害物もなく、視界も窓から射しこめる光で充分確保できるという。
    「シャドウになった煉も、堕ちる以前から得手としていた操影法……千変万化の武具となる影を巧みに操って戦うよ。あとはシャドウのサイキックと、獣の様な影の毛皮を纏った腕から放ってくる人狼のサイキックに類似する攻撃も仕掛けてくるんだ」
     シャドウの目的は、煉のかつての仲間であった灼滅者達を屠り、完全に闇堕ちする事。
    「でもね、シャドウの闇の奥底でいまだ抵抗し続けている煉まで声を届ける事ができれば、再び彼女を灼滅者に戻せる可能性も今ならまだあるよ。ただ、もしも灼滅者に戻す事が不可能な状態になってしまった時は……ダークネスの灼滅を、お願いするね」
     遥河はエクスブレインとして、そう告げた後。
    「でも煉は、オレにとっても大切な友達なんだ。なんとか見つけることができたからさ……あとはみんなに、煉のこと、お願いするね」
     今度は彼女の友人のひとりとして、小さく笑んで続ければ。
    「ああ。煉はわたしの友達でもあるからな。それに煉が、そう簡単に闇に負けるとは思えない。みんなで、連れ戻してくる」
     紗矢もぐっと、以前彼女から貰った鈴蘭の根付を握り締め、大きく頷く。
     そんな紗矢や皆に、遥河はモーヴの瞳を細め頷き返してから。
     気をつけていってらっしゃい、と、灼滅者達の背中を見送るのだった。


    参加者
    アリシア・ウィンストン(美し過ぎる魔法少女・d00199)
    古室・智以子(中学生殺人鬼・d01029)
    白鐘・睡蓮(幽明境の導火・d01628)
    音鳴・昴(ダウンビート・d03592)
    五美・陽丞(幻翳・d04224)
    小谷・リン(小さな凶星・d04621)
    明鏡・止水(高校生シャドウハンター・d07017)
    ルリ・リュミエール(バースデイ・d08863)

    ■リプレイ

    ●夢と現の境界線
     紅の彩が滴る漆黒の影は、より一層、曖昧に揺らぎ彷徨う。
     果たして今在るのは、夢か現か。
     いや、此処は未だ『現』――絡む鎖が確固たる証拠。
     これこそ神代・煉の心の具現、抵抗の残滓だから。
     だが、それを断ち切ればいい。
     彼女の嘗ての仲間を、此の場所で、此の手で屠る事で。
     
     眼前に佇む廃墟の中で、煉――いや、シャドウは待ち構えているのだという。
     煉を完全に闇へと堕とすべく、自分達を殺す為に。
     しかし、引き返そうとする者は誰一人いない。
    「ったく、ついこの間今年もよろしく言っておいて何やってんだか」
     ましろをくしゃり撫でつつも嘆息するのは、音鳴・昴(ダウンビート・d03592)。
     だがその言葉とは裏腹に、彼が闇に堕ちた煉を心配している事が、隣に並ぶ五美・陽丞(幻翳・d04224)にはよく分かっていて。
    「煉、大切な、くらすめいと、お友達。絶対に、連れて帰る……ぞ」
     昴や陽丞と同様、兄であるビハインドを伴う小谷・リン(小さな凶星・d04621)にとっても、煉は大切なクラスメイト。
     そして彼女を迎えに赴くのは勿論、級友達だけではなく。
    「仲間が闇堕ちするとはのぅ、一喝と参るかのぅ」
    (「余計なことは考えない。必ず、助けるの」)
     アリシア・ウィンストン(美し過ぎる魔法少女・d00199)や古室・智以子(中学生殺人鬼・d01029)、そしてルリ・リュミエール(バースデイ・d08863)や白鐘・睡蓮(幽明境の導火・d01628)、同じクラブの面々も沢山駆けつけている。
     それに。
    (「あの依頼で無事に帰れたこと、その借りを返す」)
     煉と共にパンタソスの一件に携わった、明鏡・止水(高校生シャドウハンター・d07017)の姿も。
     そして灼滅者達が、朽ちた扉を開いた――その時。
    「!」
     屋敷中に満ち蠢くのは、紅と黒の『影』。
     そしてそれは頓て千変万化の武具と成る。灼滅者達を、屠る為に。
     そんな『影』――煉に、まず声を投げるのは、アリシア。
    「その時妾はいなかったが仲間は無事帰っている」
     煉が闇堕ちしなければ、正直、先日の依頼はどうなっていたか分からない。
     睡蓮は、彼女の決断をクラブ長として……否、仲間として、咎めるつもりはない。きっと、自分も同じ選択をしただろうから。
     そして以前己が対峙したコルネリウス関連の事件で煉が堕ちた事に、遣る瀬無さを感じてもいた。
     でもだからこそ……己の身に燃え盛る焔を宿すべく、睡蓮は力を開放する。
    「友を導く焔を掲げよう」
     たとえどんな境であったとしても。
     導火として、彼女の帰り道を照らし出して。戻るべき場所へと、連れて行く為に。
    「さぁ来い! 煉。我が炎の光彩と影の共演を始めようか」
     それに、こんな形ではあるが。闘技にて頂点を目指す仲間と加減抜きの本気で闘える事が、楽しみでもあるから。
     そんな睡蓮に、シャドウは血色の瞳を細め、応える。
    「貴方達を此処で屠れば、未だ私を縛るこの鎖も砕ける。覚悟してもらうよ?」
     ひたすら強さを求め邁進する普段の煉に比べ、その印象はどこか落ち着いていて女性的であるが。
     操る『武具之影-無相-』は、より一層深い漆黒を湛え、鋭き閃きを宿している。
     そして。
    「!」
     肩まで変化した腕は、影の毛並みを持つ獣のもの。
     刹那、灼滅者を切り裂かんと振るわれる、強烈な鋭撃。
     だが、決して怯む事無く。
    「少し、頭冷やそうか」
    「全力で、必ず煉さんを助けるの!」
     智以子の纏うオーラが従順な黒き桔梗を綻ばせると同時に。アリシアがマジカルロッドCure exを掲げれば、詠唱圧縮した魔力が一矢と成って。魔法の矢と雷拳が、シャドウへと叩きつけられる。

    ●交わる紅
    「遠慮はいらないよね! 思いっきりいくよ!」
     刹那唸るは、ルリの異形巨大化した腕から繰り出される殴打。未来予測を生かし、シャドウの能力の隙をつく様に、相手の強化を壊す衝撃を重ねんと全力で拳を叩き込めば。
     仲間を守りきるべく、赫怒と共に身を呈し、最前線へ踏み出すのは睡蓮。
    「影の操作が苦手な私に一手教授して貰おうか」
     流石、堕ちる前の煉も得手としていただけあり、まさにシャドウの戦術は洗練された千変万化の操影法。血色滲む其の影は、時には大太刀となり振るわれ、また帯状に形を変えれば、強烈な弾丸を射出してくる。
     だが睡蓮は、確りと漆黒の影を見据えながらも。
    「灯りなら私が灯し続けるぞ」
     その背に、燃え盛る炎の翼をはばたかせる。
     そして、紅と黒渦巻く戦場を果敢に駆ける色は、雪の如き真白。
    「そこのシャドウはこっちでボコってやっから、お前はさっさと戻れっつーの」
     霊犬のましろを前へ送り出した昴が、蔦の装飾絡む和弓をぐっと番えれば。
    「お前居なかったら、あの教室のマイペースどもの相手だれがすんだよ」
     共に級友を連れ戻すべく並ぶ悪友から贈られた弓から放たれる、彗星の如き一矢。
     しかし、そんな声にも、ふっと嗤うシャドウ。
    「形在るモノは何れ砕けて消える。その行き着く果ては須らく虚無と喪失。でも、そんな世に在っても強き意志を宿すモノ……其の行き着く果てに何を見て、得て、如何に潰えて逝くのかな」
    「わたしは、わたしたちは、だーくねすと、話していない、煉と話しているんだ」
     だがそうシャドウへと言い放ったのは、リン。
     あまり普段から表情に変わりのない彼女であるが。シャドウにではなく、煉へと聞こえるようにと。霊撃放つ兄の凪継と共に、破邪の白光宿りし剣でシャドウを斬りつけながらも、精一杯、声を張り上げる。
    「音鳴も、五美も、くらすの人も、いる! また、あのくらすで、てすとの点数で競い合おう」
     親友である煉とは、これまで一緒に出かけたり、沢山話もしてきて。
     何となく察しはつくものの……それは自分の口から言う事ではなく、煉本人が語るべき事だと、陽丞は思うから。
    「俺の意志が折れない事はこの剣が、君が一番分かってくれているよね。断ち切れない想いがある事も知ってる。でもそれはここに帰って来なきゃ断ち切る事さえ出来ないよ」
     折れぬ決意が冠された細身の片手半剣を手に、仲間の傷を癒すべくオーラを漲らせる。
    「煉くんが堕ちてしまったら、お祖父様の命を無駄にしてしまうよ。今、煉くんがいる場所は……護る場所はそこにはないよ」
     誰でもない、煉から贈られた剣を握り締めながら。
     そして煉が闇に堕ちる覚悟を決めたからこそ、護られたものは沢山ある。
    「あのときのメンバーは無事に学園に帰ることが出来た。あのシャドウボードの主も無事だ」
     止水が先日の依頼で無事ソウルボードから脱出できたのも、彼女のおかげであると言えよう。
     だが……まだあの一件は、終わってはいない。
    「遍く全ての存在は生者必滅、何れ滅び逝くモノ。そうだろう?」
    「シャドウ、お前に用事はない。用があるのは、神代にだけだ。俺達が出来るのは、お前が戻ってくる手伝いだけ」
     止水は煉を導くべく、煉へと声を掛けながらも。影を宿した得物から繰り出す一撃を、敵へと叩き付けて。
     シャドウは向けられた猛攻にすかさず血色のスペードを虚空に宿し、回復をはかった後。巧みに影の形を変えては、多彩な武具による闘法で、灼滅者達を屠らんと強烈な衝撃を繰り出してくる。
     だが決して誰も倒れさせはしないと飛んでくる回復をその身に受けて。
    「わたし達が、煉さんの纏う影を払う光になるの」
    「煉の闇、妾が解き放つ!」
     智以子とアリシアが、シャドウ目掛け、同時に息のあった動きをみせる。
     刹那、魔法少女服を翻し叩き込まれたアリシアの魔力が、紅綯い混じる漆黒の影の内側で大きく爆ぜて。足元に漆黒の紫陽花を咲き上がらせ、死角へと入った智以子の斬撃が、敵の急所を断たんと鋭く放たれる。
     彷徨いし闇を払拭し、煉を解放する、光となる為に。
    「煉さんには夢が目標があるんでしょう? それをクラブの皆と叶えるために、ずっとずっと努力してきたんでしょう?」
     さらにそう続けるのは、ルリ。
     ルリは愛用のギガドリルランスを、ぐっと強く握りしめて。
    「なら、一緒に叶えようよ!皆で一緒に! だから、帰ってきて!」
     日々高みを目指し励む煉の姿を思いながらも、氷の衝撃と共に、そう声を上げれば。
    「真に強い者は武技にのみ留まらない。死の感触を知るからこそ生を謳歌し「人を識る」のだ」
     ルリや赫怒と連携をはかる睡蓮が生み出した、激しい炎の奔流が。血色滴る漆黒の影を、鮮やかな焔の色で染め上げんと燃え盛る。
     私の知っている神代・煉は、そんな人間だ――と。

    ●数多の聲
     戦場に休みなく飛ぶのは、鋭い斬撃や激しい衝撃だけではない。
     それは、煉を救いたいと駆けつけた、沢山の仲間の声。
    「おい煉何してやがるとっとと帰ってこい! オレはまだ一度もお前に勝ててねぇんだ! 勝ち逃げなんてさせねぇぞ!!」
    「もう一度貴女とお話したい、剣の手合せもしてほしい……お友達に、なりたい! だから、戻ってきて!」
     そう煉へと声を掛けるのは、誠とレイラ。
     最戦線には、陽丞がいて、昴もリンもいるから、心配していない――だから六は回復支援をしつつも、級友の煉に伝える。
     皆で早く帰っていっぱい遊びたいって。俺の大切な場所の一つ、欠けさせないって。
     成海も、同じ。煉の明るい笑顔が、元気な声が、あの教室には必要で。煉と一緒に、卒業したいから。
    「こんなとこでシャドウに心持ってかれたら困るンだよ。その鎖全力で引っ張ってやっから、死んでも離すんじゃねーぞ」
     そして毬衣と煉の思い出は、二年前の地獄合宿。
    「煉さん、一緒に走ったの覚えてる? アタシはよく覚えてるんだよ。いっぱい思い出を作るためにも、戻っておいでなんだよ!」
    「相変わらず黒髪が綺麗な煉、出来ればまた美味しい手料理を作って頂きたいのですよ」
     戦闘のフォローに入りつつも、さらり靡くその黒髪に笑んで。
     智慧がちらり見せるのは、煉から貰った時計。
    「煉!」
     紗矢も鈴蘭の根付を握り、皆をサポートしつつも、友の名を呼んで。
     友である事は勿論、自身も闇堕ちした過去を持つ紗矢の必死な声を聞きながら。
     有無は、望む者がいれば心霊手術をと、戦況を見守りつつも思う。
     きつとさういふ君たちだからこそ、彼女も負けずに居られるのだらう――と。
     そして煉と面識はないが。紗矢の友達を、同じ学園の灼滅者を救いたいと、綾も声を掛けて。
    「煉、さん、貴女を、想う人、こんなに、いる、よー!」
     聖也も、紗矢や皆と、後方から皆を支援する。これからも成長し、多くの人の助けになりたいという思いを持って。自分に出来る事を、全力でやっていきたいから。
     そして皆を守る様に全力で戦場を駆けるのは、ニホンオオカミの姿をした瑠禍。宥氣も、同じ学園の灼滅者である彼女を救うべく、臨機応変に、自分の出来ることを。
    「大事な人たちが待っています! その人達への声に、耳を傾けてください!」
     そう投げかけるのは、文具。
     自分の声が、自分より関わりを持つ人達との架け橋くらいにはなるはずだと。
     掛ける言葉はそういくつもない。けれど、だからこそ綴は役割を尽くす。
    「お前がどれだけ暴れようが、怪我は全部癒す。だから戻ってこい。……お前には誰も殺させない」
     闇に堕ちても尚、シャドウに抗う鎖と成る煉の強さ。
     それを、無駄にするものかと。
    「倒れるものか! 神代だって、まだ戦っている!」
     友衛も、煉や仲間と共に戦うべく、戦場を駆けて。
     颯音は思う。虚無と喪失――これを否定は出来ないけれど。
    「こうして先輩を想い駆け付けた皆さんも、その一つの形です。喪失を、虚無を越えた先へ。どうか一緒に」
     其処に至る道筋はきっと、痛苦だけではないから。
     そしてクロエが語るのは、前に考えた煉の解放ワードの意味。
    「面影は死者の想念を括り断ち切るのです。その影が千変なのは1人も零さず解き放つためなのです」
     それから最前線で戦う睡蓮やルリ、煉自身を信じつつも、彼女に告げる。
     今なら罰ゲームのメイドさんは許してあげますからね、と。

    ●鎖からの開放
     シャドウに絡みつく鎖は、現世に影を繋ぎ留める枷。そしてそれは、煉の心の具現。
     まだ彼女の意志は、闇の中で決して消え失せてはおらず。
     むしろ皆の声に呼応する様に、シャドウを縛る鎖が、ジャラリと鳴る。
     そんな眼前の影から、目を逸らさずに。
    「人には必ず影が伴う。影は常に人であるからこそ側にある。深い闇の中に影は決して映らない。照らす光明があるからこそ尊い物なのだ」
     煉に声を投げ、刃を交わし合いながらも続ける睡蓮。
    「吐き出したい物があるなら全て見せてみろ。一片残さず私が焚き上げてやろう」
     影を鮮やかに映し出す、眩き炎をその身に纏いながら。
    「!」
     そんな赤き標識の一撃と、赫怒の撃ち出す機銃掃射に、一瞬シャドウは足を止めるも。
     尚も、大太刀と化した鋭く重い影の刃を、睡蓮へとすかさず返す。
     だが仲間を庇い、前へと立ち続ける彼女の傷と状態異常を癒すのは、ましろの浄霊眼。
     そして戦場に響き渡る、昴の歌声。
     共にこの場に立つ仲間の為に、そして煉の為にも。
    「誰も倒れさす気ねーし、まして殺させる気もねーよ。迷子んなる年でもねーだろ、さっさと帰んぞ」
     不器用ゆえに、面と向かってはなかなか言えないけれど。
     素直に口に出せない気持ちを乗せた神秘的な旋律が、闇色を湛える影を包みこむ。
     迎えに来た。帰るぞ……と、そう優しく語りかけるかのように。
     リンと陽丞も絶妙のタイミングで、同時に動きをみせて。
    「いつか君が堕ちた俺を必ず救ってくれると言ってくれた様に、俺も君を救いたい」
    「わたしが、堕ちた時、煉は助けてくれた。こんどは、わたしが、助ける番」
     まるで親友が歩む道を作るかのように、蔦の形を成した陽丞の影がシャドウを縛らんと伸び、白い花を咲かせれば。リンの、一切手を抜かない暴風の如き強烈な回し蹴りがシャドウへと炸裂する。
    「君の闇は俺達が引き取らせてもらうから。帰って来きて、煉くん」
    「煉の帰りを、わたしは、待っている。煉と、一緒じゃなきゃ、いやだ。一緒に、おにぎり、食べよう。もっと、一杯、遊ぶんだ」
     堕ちたら必ず救うと約束してくれた、親友の為に。
     以前堕ちた時、人間として生きていくべきだと、そう声を掛けてくれた友達の為に。
     大切なクラスメイトを連れて帰るべく。投げかける声とシャドウへの攻撃の手を、一切緩めはしない。
     止水も続き、撃ち出した漆黒の弾丸を、シャドウへと浴びせながらも。
    「パンタソスに、借りを返して貰うんだろう?」
     先日の依頼を完全に終わらせるべく、煉へと声を掛け続ける。
     あの依頼が完全に成功となるその時は……煉が、学園に戻ってきた時だから。
     そして彼女が戻るまで、誰一人倒れさせはしない。
    「……くっ」
     沢山の声と灼滅者達の放つ衝撃をその身に受け、大きく揺らぐシャドウ。
     そして纏う服に刺繍された勝利の女神を、此方に引き寄せる様に。流星の煌きと重力を宿すルリの重い飛び蹴りが、さらに見舞われる。
     これまで、深い繋がりはなかったけれど。煉が目標に向かって努力し、その姿がとても尊いものだと、ルリは知っているから。
     だからこそ、今回ルリは煉を迎えに赴いたのだ。
    「これから友達になるために、煉さんにお帰りなさいを言うために。ルリは、ここにいるんだよ!」
    「もうすぐ、春が来るの。また、みんなでいっしょに、桜を観にいくの」
     そしてルピナス刻まれた『貪欲の黒』を手に、ジェット噴射で一気に相手の懐に入った智以子は。
    「だから、はやく戻ってくるの」
     一瞬隙が生じたシャドウの死の中心点を、モロに貫く。
     これから来る春を、一緒に迎える為に。
    「ぐ……!」
     その衝撃を受け、より大きく紅と黒の影を、ぐらり揺らめかせるシャドウ。
     そんな影を打ち破り、今こそ闇から煉を救い出さんと。
     アリシアが満を持して振るったのは、魔力と思いを込めた、強烈な一撃であった。
    「力に飲まれるのは使い方を誤った証、これを以て断罪とする!」
    「……!」
     叩き込まれた魔力が刹那激しく爆ぜ、その闇ごと内側から敵を打ち破って。
    「煉……!」
     地に倒れた紅と黒の影は消え去り――此の場に残ったその姿は。
     灼滅者である、煉のものであった。

    「煉、闇に飲まれるとは何事じゃ!? 飲まれて良いことなんて一つも無いぞ」
     普段見せぬ表情で、意識を取り戻した煉を叱るアリシア。 
    「とはいえ一件落着じゃ、戻ったら心配させた皆に顔を出すのじゃ」
     だがすぐにそう、瞳を細めて。
    「煉さん、おかえりなさいなの」
     智以子も、煉におかえりなさいを。
     そして。
    「煉、おかえり……!」
     リンに抱きつかれる煉に、嘆息する昴。
    「めんどくせーから、こんなこと二度とさせんな……」
     陽丞はそんな様子に、やっぱり素直じゃないなぁと少し苦笑するも。目が合った六と、小さくそっと笑んで。
     止水が皆に囲まれる彼女を見ながら、これで先日の依頼も完全に終わったと、安堵の表情を宿せば。
    「腹へっちまった……早く帰って飯にしようぜ? 寮長が美味い飯作って待っててくれてるからよ、煉!」
     そんな誠の言葉に頷いた煉へと、睡蓮とルリも、改めて告げる。
    「お帰り、煉」
    「煉さん、お帰りなさい!」
     そしてそんな皆に、煉が微笑んで返すのは――ありがとうと、ただいまの言葉。

    作者:志稲愛海 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年2月11日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 2/感動した 9/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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