闇の向こうに光を見た

    作者:飛翔優

    ●光は闇に飲み込まれ
    「……」
     少女が一人、立ち止まった。
     夜闇に沈む河川敷、冷たい水の流れる川の傍。月明かりはおろか街灯すらも差し込まない橋の下で。
     壁に背を預け、腰を下ろす。
     膝を抱えて座り込む。
     瞳を伏せ、溜め息一つ。虚空を見つめ、思考する。
     思考はいつか口を動かし、言葉となって世界を震わせた。
     なぜ、こんなことになったのか。
     何となく分かる。彼に、ミツルに何かあったのだ。ミツルが、何かをしでかしたのだ。
     ミツルは恋人。愛した人。
     ミツルは良い人、良すぎる人。
     人の役に立つことを生きがいとし、時には自分すらもないがしろにして人助けに没頭していた。それでも助けられない事もあった、怪我をしてしまうこともあった。
     そんなミツルが眩しくて、支えていこうと思った。支えていたつもりだった。けれど……。
    「……もう会えない、のかな……」
     会えないと、少女は呟き瞳を閉ざす。
     闇に体を、心を委ねていく。
     理由もわからぬまま、動くこともできないまま……。
     ……名を、篠宮江里子。高校一年生女子。
     ミツルの闇堕ちに巻き込まれ、ヴァンパイアと化した者……。

    ●夕暮れ時の教室にて
     灼滅者たちを出迎えた倉科・葉月(高校生エクスブレイン・dn0020)は、静かな表情をたたえたまま説明を開始した。
    「篠宮江里子さんという名前の高校一年生の女の子が、闇堕ちしてヴァンパイアになる……そんな事件が発生しようとしています」
     本来、闇堕ちしたならばダークネスとしての意識を持ち、人としての意識は掻き消える。しかし、江里子は闇堕ちしながらも人としての意識を残しており、ダークネスにはなりきっていない状態なのだ。
    「もしも彼女が灼滅者としての素養を持つのであれば、救いだしてきてください。しかし……」
     完全なダークネスとなってしまうようならば、灼滅を。
     一呼吸を置いた後、葉月は地図を広げ河川敷にある橋を指し示した。
    「皆さんが赴く当日の夜中、江里子さんはこの河川敷の橋の下にいます。赴けば会うことができるでしょう」
     後は接触し、説得を行えば良い……と告げた後、江里子の説明へと移行した。
     篠宮江里子、高校一年生女子。心優しい性格な反面引っ込み思案なきらいがあり、行動力のある人を羨ましく思う事もあった。
     恋人のミツルは特にまばゆく感じていた。ミツルが自分の身を顧みずに人の役に立ちたいと願い、行動する人物だったがゆえに、支えたいと思っていた。しかし……。
    「人助けが上手くいかないこともそれなりにあり、溜まっていた物があったのか……きっかけは不明ですが、ミツルさんがヴァンパイアに闇堕ちしました。江里子さんはそれに巻き込まれた形となります」
     江里子はミツルのせいで体に変化が起きた事を感じながら、どうすればいいのか分からず家を飛び出した。その後、さまよい歩き疲れた果て、橋の下で休んでいる……といった流れを辿る。
    「そんな彼女に投げかける言葉の内容はお任せします」
     そうして説得した後、成功失敗に関わらず戦いとなる。
     ヴァンパイアとなった江里子は、八人ならば倒せる程度の力量。妨害・強化能力に秀でており、技はダンピールの操る物と同質のものを仕掛けてくる。
    「以上で説明を終了します」
     地図などを手渡し、葉月は締めくくった。
    「今ならまだ、救うことができます。江里子さんだけでも。そしてそれはきっと、せめてもの救いなのだと……そう思います。ですのでどうか、全力での行動を。何よりも無事に帰って来てくださいね? 約束ですよ?」


    参加者
    神薙・弥影(月喰み・d00714)
    夕凪・真琴(優しい光風・d11900)
    アイリ・フリード(紫紺の薔薇・d19204)
    ホワイト・パール(瘴気纏い・d20509)
    アレス・クロンヘイム(刹那・d24666)
    型破・命(金剛不壊の華・d28675)
    二荒・六口(百日紅・d30015)
    橘・志乃(デザイアの断頭台・d30442)

    ■リプレイ

    ●光は闇に飲まれても
     夜闇に沈む河川敷、聞こえてくるのは川の流れる音ばかり。月明かりはおろか街灯すらも差し込まない橋の下を、灼滅者たちは覗きこむ。
     暖かな灯りで照らした先、膝を抱え俯いている少女を見つけたから、橘・志乃(デザイアの断頭台・d30442)は穏やかな調子で話しかけていく。
    「女の子が夜遅く、こんな場所に一人でいたら危ないですよー?」
    「……え?」
     小さな呟きと共に、緩慢な動作で顔を上げていく少女。憔悴しながらも心優しそうな顔立ちを持つこの少女こそが今宵救い出す相手、篠宮江里子だと断定し、志乃は言葉を続けていく。
    「私達はあなたの手助けをしにきたんです」
    「……それは、どういう」
     志乃は語る。己等の立場を、世界のことを、ダークネスと灼滅者の事を。
     その上で、おどけた調子で呼びかける。
    「助けを求めることは弱さではありません。さあ、思い出してください。あなたのしたいことはなんですか? いつまでこんな場所で悲しみにくれているつもりです。何もせずに、このまま闇の中に閉じ籠もるなんて許しませんよ」
     救済の手段を、辿るべき道筋を。
    「今が、あなたが変わるための、一歩を踏み出す時なんです」
    「自己犠牲も厭わない恋人さん……素敵だね、羨ましいよ」
     言葉を引き継ぐように、アイリ・フリード(紫紺の薔薇・d19204)が穏やかな調子で語り始めた。
    「でも、その優しさが必ず報われるとは限らない……それが、今回の事の引き金なんだろうね」
    「……」
     俯いていく江里子を見据え、拳を握り告げていく。
    「言いたくはないし聞きたくないだろうけど、あえてはっきり言うよ。多分、恋人さんは人間には戻れない」
    「……やっぱり……そう、なんですね……」
     掠れるような呟きを聞きながら、ただ真っ直ぐに見据え伝えていく!
    「あなたまで、それに引き摺られて闇堕ちしたらだめ。今ここで諦めなければ、恋人さんに逢って想いを伝えられる日も来るかもしれない。結果的に灼滅するとしても……彼に本当に必要なのは、僕達じゃない。あなただよ」
     返答は、ない。
     どちらにせよ、答えを出すにはしばしの時間が必要か。
     ならば、せめて……。

     長い時間、橋の下で膝を抱えていただろう江里子の体。凍えたままでは思考も上手くまとまらないだろうから、型破・命(金剛不壊の華・d28675)が歩み寄り、しゃがみ込み、静かな仕草でカップに注いだほうじ茶を差し出していく。
     熱に触れたか顔を上げた江里子に笑いかけながら、受け取るよう促していく。
    「暖かいのモン飲めばちったぁ落ち着くかもしれねぇぜ?」
    「……ありがとう、ございます」
     恐る恐る受け取り口をつけていく江里子を、命は見守った。
     頬に赤みが戻って行くのを眺めながら、思考を導くための言葉を投げかけていく、
    「お前さんの恋人は、いつも誰かを助けるようなやつだったんだろ?」
    「……はい」
    「じゃあその恋人を助けられるのは誰だぃ?」
     返答は、沈黙。
     故に、命が答えを示す。
    「いつも恋人が頑張る姿を見て、支えてきたお前さんだけだぜ。こんな暗くて寒ぃところで、ひとり寂しくしてちゃいけねぇや」
    「私もいつも面倒見てくれてる人の役に立とうとして失敗ばかりだから、目的が達成されない苛立ちとかは理解できるよ……。でも、あなたがそれに引っ張られたらダメ。本当に好きなら自分の意思で動いて」
     更にはホワイト・パール(瘴気纏い・d20509)が自分に重ね合わせながらの言葉を投げかけて、江里子の思考をサポートした。
     カップを握りしめたまま瞳を伏せていく江里子に対し、続いて二荒・六口(百日紅・d30015)が言い放つ。
    「そのまま男と同じくダークネスとなってここで終わるか、生き残って男の志を継ぐか……どうしたいかは自分で決めろ」
    「……」
     返答はない。
     ほうじ茶を口にすることもない。
     待たず、六口は続けていく。
    「感染し、ヴァンパイアとして闇堕ちしてしまった事を不幸だと嘆いてもいいだろうが……。このまま何もしないか、それともチャンスに変えるかはお前次第だと思うぞ」
    「……」
     発破にも似た問いに答えるためか、ゆっくりと、江里子が顔を上げていく。
    「私に……できるでしょうか? 私なんて、ミツルに比べたらなんの勇気もない、臆病者で……」
     瞳は不安に濡れていた、迷いに揺れていた。
     言葉は……。

    「私に……ミツルの」
    「諦めないで下さい」
     紡がれゆく自虐を遮るため、夕凪・真琴(優しい光風・d11900)が言葉を挟んだ。
    「ミツルさんがこのままどうなってしまうのか、分からないままで良いのですか?」
     人を助けるのは難しくて、助けられない事もあったかもしれない。けれど……。
    「このままでは今までの事も本当に無駄になってしまいます。そんな事にはさせないであげて下さい」
     それでも残せる物はあるはずだと、諦めずに光を信じていれば……光と風が導いてくれるはずなのだから……!
    「ミツルさんの心を救うには、江里子さんの言葉が必要だと思います。たとえ仮に小さな光でも、それはきっと道しるべになります。あなたがミツルさんの光になってあげて欲しいです」
    「私が……」
     再び瞳はふせられた。
     江里子はカップを抱えて俯いた。
     体の震えは、もうない。
     踏み出せぬ心に最初の一歩を進ませるための勇気を与えるため、神薙・弥影(月喰み・d00714)がしゃがみ込み、目線を合わせながら優しく語りかけていく。
    「ミツルさんの事、とても好きだったのね。こうして貴女が貴女でなくなってしまいそうになる程に」
    「……うん」
     返答を得た上で、続けていく。
    「変わる事は悪く無い事よ。でも、今の貴女の変化はよくないものだわ。貴女が大切にしているものを壊そうとする、そんな変化なの」
    「……うん」
     愛する人の闇堕ちに引きづられて自分も、と言うのは悲しいもの。そういう負の連鎖は断ち切らなければならないのだから……。
    「大切なもの、壊したくなものがあればその変化に身を任せてはダメ。自分をしっかり持って、戻ってきて」
    「君の大切な人を思い浮かべて欲しい。もう一度自分のまま会ってみたくはないだろうか? そう思うのであれば今から助けるのでもう少しだけ抗って欲しい」
     アレス・クロンヘイム(刹那・d24666)が締め括り、江里子の様子を観察する。
     しばしの沈黙の後、江里子は命にカップを返した。
     ゆっくりと、けれどもしっかりとした動作で立ち上がり、顔を上げて口を開く。
    「できるかなんてわからない。今も、できないって思ってるかもしれない。でも……やらないといけないから……お願い、今は、私を……」
     江里子の体が、深い闇に抱かれた。
     吸血鬼と化していく光景を眺めながら、灼滅者たちは距離を取る。各々武装を始めていく。
     闇を払い、江里子を救い出すために、さあ、川のせせらぎと橋だけが見守る場所での戦いを始めよう。

    ●闇に残りし輝きは
     江里子が吸血鬼へと変貌を遂げた時、弥影は交通標識を制止を促すものへと塗り替えた。
    「だめよ、ここから先は通せんぼなんだから」
     言葉と共に跳躍し、大上段から振り下ろす。
     不可視の力に阻まれながらも衝撃を与え抑えつけていく光景を横目に、命は陣を降臨させた。
    「早く終わらせようぜ、なぁ!」
     言葉と共に、角に飾られた鈴が鳴る。
     鈴の音にを聞きながら、ホワイトは右腕に宿る瘴気を杭の形へと変化させた。
    「……」
     言葉は紡がず踏み込んで、真っ直ぐに杭を突き出していく。
     避けようとした吸血鬼の体が不意に止まり、右肩にかすめさせる事に成功した。
     江里子が抑えこんでいてくれているのだろう。吸血鬼の動きは酷く鈍く、容易く攻撃を加える事ができていた。
     反撃もまた弱々しく、意に介するほどではない。
     ならばと纏い始めた霧を破るため、六口が一本の矢を放った。
    「させない。彼女のためにも、な」
    「……」
     ならば……とでも言うかのように、吸血鬼は長い爪に紅蓮のオーラを走らせ跳躍。
     アレスに向かって振り下ろした。
    「……この程度か」
     盾を掲げ、アレスはやすやすと受け止めた。
     受け止めてなお伝わってこない力に眼を細めながら、静かな想いを巡らせていく。
     どんな状態であれ相手が行きている限り、希望は残るはず。
     その為に、江里子は全力を尽くしている。
     故に……!
    「っ!」
     叶えるため、力任せに押し返す。
     よろめく吸血鬼の懐へと踏み込んで、炎を走らせた手甲を突き出した。
    「もう一度言う。君の大切な人を思い浮かべて欲しい。その思い出もう少しだけ、抗って欲しい」
    「大丈夫。もうすぐ、光と風がきっと導いてくれるはずですから」
     言葉を繋ぐ形で、真琴は喉を震わせた。
     更には風を招き入れ、万全の状態を生み出した。
     風に抱かれながら、アイリは向かう。
     バベルブレイカーを握りしめ、真っ直ぐに杭を突き出しながら……。
    「今が耐える時だよ……もうすぐに終わる、もう少しじっとしててもらうよ」
     杭が右肩を貫いた時、志乃も駆けた。
     脚を炎熱させ、再び霧に紛れようとした吸血鬼へと向かっていく。
     鳩尾に、飛び膝蹴りを叩き込む!
    「次……トドメを、救済の一手をお願いします!」
    「……」
     小さくうなずき、ホワイトは駆けた。
     瘴気を非物質化させながら、ただ真っ直ぐに腕を突き出した。
     貫き通した物、不可視の力。
     吸血鬼の抱きし闇の力。
     ボロボロの腕で、ホワイトは倒れていく江里子を抱き止める。
     腕には鼓動、耳には安らかなる眠りの証。
     救い出す事ができたのだと、灼滅者たちは江里子の介抱へと移行する……。

    ●少女は光ある場所へと辿り着き
     程なくして、灼滅者たちの治療も完了した。
     後は江里子の目覚めを待つだけとなった段階で、ホワイトは安堵の息を吐いていく。
     無事に済んでよかったと、後は目覚めるのを待つだけだと。
     アイリもまた微笑み、呟いた。
    「良かった、本当に」
     自分のような境遇の人を救いたい、そう決めて武蔵坂にやってきた。
     そして、救う事ができた。仲間とともに支える事ができた。その想いを、胸に抱きながら……。
    「ん……」
     様々な思いを抱く灼滅者たちが見守る中、江里子は目覚めた。
     状況を理解すると共に、紡がれたのは謝罪の言葉、感謝の言葉。
     ひと通り受け止めた上で、弥影は問いかける。
    「私達は貴女と同じような存在よ。ね、私達と一緒に来ない?」
    「私たちにもお手伝いさせていただけませんか? 小さな光も集まればきっと大きな光になりますから」
     真琴もまた誘いの言葉を投げかけて、柔らかな笑顔を浮かべていく。
     若干迷う素振りを見せながらも、江里子は口を開き……。
    「ええと、私は……?」
     答えを紡ごうとした時、命が暖かなカップを頬へと当てた。
    「ま、急いで結論出す必要もねぇ。ちょいと人心地ついたほうが、気持ちも固まるだろ……なぁ?」
     かかかと笑う命を前に、江里子は微笑みながらカップを受け取った。
     ほうじ茶を飲み、ほうと白い息を吐いた後、力強い光を瞳に宿し口を開く。
    「……うん。私の方こそ、お願いします。迷惑をかけるかもしれないけれど……でも、私にできる事があるなら。この力を役立てる事ができるなら……」
     紡がれしは、決意の言葉。
     未来へと歩き始めた証。
     志乃は優しく微笑み、手を差し出す。
    「これから、よろしくお願いします」
    「はい……!」
     しっかりと握り返してくれたから、力を込めて引き上げた。
     立ち上がっていく江里子を見据えた後、アレスは皆に背を向けていく。
    「それじゃ、まずは帰還しよう。既にもう、遅い時間だ」
     否を唱えるものはいない。
     灼滅者たちは一路、武蔵坂学園へと舵をとった。
     遊歩道を歩き帰路を辿る中、六口は一人空を仰ぐ。
     闇堕ちする者の多くが、自分の心に偽りなく素直で、他人を思いやれる者が多い気がする……と。
     今宵、否応なしに……それでも自分の意志で決断した、江里子のように。

    作者:飛翔優 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年2月2日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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