月下、ならざるもの

    作者:西灰三


     宵闇の中、その闇に溶けるような黒衣を纏った男が一人、胸元には無残な十字傷があるが男はそれを意に介する様子はない。そしてそんな彼の前で一人の男が倒れている。
    「失せろ、ここは貴様には過ぎた場所だ」
     レニー・アステリオス(星の珀翼・d01856)から生じた『黒棘の王』と僭称するダークネスは古びた教会の廃墟に立っていた。彼の黒水晶の腕に倒されたヴァンパイアは塵となりこの世界から消えていく。敵が死んだのを確認するとダークネスは赤い視線で周囲を見やる。
    「さて、まずは……」
     彼は中庭の片隅に打ち捨てられていた犬の死骸に力を与える。
    「貴様も犬は好きだろう?」
     ダークネスは他に誰も居ないというのにそううそぶいた。その様子を見ていたのは煌々と輝く月ひとつのみ。
     

    「アステリオスさんの行方が分かったんだ」
     有明・クロエ(中学生エクスブレイン・dn0027)がカンナビスとの戦いの折に闇堕ちして姿をくらませたレニーの現況を説明する。
    「闇堕ちしたアステリオスさんのダークネスは『黒棘の王』と名乗ってとある廃教会にいるよ。どうもここを拠点にして力を溜めようとしているみたい」
     逆に言えば攻めこむのなら今の内が良いという事だろう。力をつけていないこのタイミングなら戦いにはできるだろう。
    「このダークネスはエクソシストと妖の槍のサイキックで攻撃してくるよ。あと配下に犬のアンデッドが3体ほど。こっちは噛み付きとかひっかきとか。ダークネスを守るように戦うよ」
     集団戦の想定は必要だろうと彼女は言う。戦場となる中庭にも戦闘を阻害する要素はないようだ。
    「あと、どうもこのダークネスなんだけどアステリオスさんの意思を挫きながら戦っているみたいなんだ。「居場所がない」みたいにそそのかして。だからここでみんなが撤退したりしちゃうともう助けられないんだ」
     つまりチャンスは一度きり。
    「『黒棘の王』の言葉ごと叩き伏せれば助け出せる目はあるよ。それじゃ頑張ってきてね、行ってらっしゃい!」


    参加者
    護宮・マッキ(輝速・d00180)
    相良・火鳥(不撓不屈の紅翼・d00360)
    風間・海砂斗(おさかなうぃざーど・d00581)
    森本・煉夜(斜光の運び手・d02292)
    神宮時・蒼(大地に咲く旋律・d03337)
    ディアナ・ロードライト(暁に輝く紅玉・d05023)
    神楽・識(ヤクザ系鉄パイプマイスター・d17958)
    天枷・雪(あの懐かしき日々は・d28053)

    ■リプレイ


     寒々とした月の下、凍えるような月光が褪せた鐘楼を照らす。かつては白に塗られ清廉さを見せていたであろうその姿は、見るも無残な姿になっている。
    「ここにいたのかあ」
     そんな廃墟を望めるところに風間・海砂斗(おさかなうぃざーど・d00581)を始めとする灼滅者達はいた。この朽ちた教会の主に用のある者達だ。彼らは建物の姿を認めると足早に進む。
    「……何者だ」
     黒棘の王が彼らの存在に気づいたのは腐りかけの扉を蹴破った音が静寂を破ったため。同時に数十を超える足音が響き彼の居た中庭を取り囲む。姿は渡り廊下の壁に阻まれて見えないが彼を逃さない腹積もりだろう。そして彼の前に姿を表したのは八人の男女。
    「やれやれ困った子……ね」
     神楽・識(ヤクザ系鉄パイプマイスター・d17958)は淡々と彼の姿を見て呟いた。
    「……貴様等は……」
    「……初めまして、ですね、王様」
    「よくぞ来た、と言いたいが、我が宮の着工はこれからでな。日を改める気はないか? 今ならば……」
    「……申し訳、ありませんが、……アステリアスさんを、返して、もらい、ます……!」
     神宮時・蒼(大地に咲く旋律・d03337)の言葉に黒棘の王は灼滅者達を睨む。
    「ねぇレニー……聞こえるかしら、迎えに来たの。中々帰ってこないから心配したわ」
    「いっしょに帰ろうよー」
    「引きずってでも連れて帰るわよ、皆でね」
     ディアナ・ロードライト(暁に輝く紅玉・d05023)と共に海砂斗と識が呼びかける。彼らだけではない、周りを取り囲む【星葬剣】を主としたレニーの友人たちもその意思でここに来ている。
    「フフ……」
    「何が可笑しいの?」
     砲口の設えられた杖を天枷・雪(あの懐かしき日々は・d28053)に向けられながらも嘲る様に黒棘の王は嗤う。
    「奴の居場所はもうどこにも無く、果てるのも時間の問題だというのに?」
    「居場所がない、か。よくもまぁそんな言葉を真に受けたものだ」
    「私が嘘を言っているとでも?」
     森本・煉夜(斜光の運び手・d02292)の言葉に黒棘の王は剣呑な視線を向ける。
    「嘘でなきゃそんなもっともらしく言わねえよ」
     相良・火鳥(不撓不屈の紅翼・d00360)の拳は既に握られていた。中に握りこまれているのは語られぬ思い。
    「……ハッ。私を倒し此奴を取り戻すと。無意味なことを、例え私を倒したとしても……」
    「よう戦友。そんななりで僕に勝てるのかい? さっさと目を覚まして、続きを始めようか!」
     護宮・マッキ(輝速・d00180)が黒棘の王の言葉を遮り、レニーに対して話しかける。まるでいつもの雑談と同じ様に。
    「……良かろう、ならば貴様等も此奴も纏めて望みを断ってやろう……!」
     怯む事のない灼滅者に対し、黒棘の王は怒りと共に殺意を剥き出しにする。その観客は月だけだ。


     黒棘の王が尖兵として呼び出したのは三匹の犬、ただの犬ではなく眷属として力を与えられた犬の躯だ。それに対して灼滅者達は明確に前衛と後衛を分けて対応する。ディアナと颪、刃や識、水藤・光也(闇払い・dn0098)、ブラックポメが食らいついてくる犬を抑えこみその隙に攻撃手がダメージを与えていく形だ。
    「ごめんね、レニーさん」
     海砂斗の呼び寄せたマジックミサイルが犬の腐った胴に突き刺さる。衝撃で足がよろめくものの痛痒を感じているようには見えない。
    (「……確かに犬の耳はついているが……」)
     レニーが好きなのはこのような存在ではない、と煉夜の中で否定の意が浮かぶ。言葉と共に放たれるのはフリージングデス。彼だけではなくディアナと共に放たれたサイキックは犬達を凍りつかせていく。
    「フッ、いいのか? そのように扱って」
    「もうこいつらは終わっている」
     黒棘の王の黒水晶から放たれる赤い光線を、辛うじてよけながら煉夜は返す。
    「命を弄ぶクソ野郎が……ッ!」
     火鳥の鋼の拳が犬の背を割り砕く。もうそれ以上動けなくなったのか数秒手足を動かしたあと止まる。
    「何を怒ることがある? 死んでなお残る体に使命をくれてやったに過ぎないというのに」
    「……わんこさんの為にも……、此処は、早く、眠らせて、あげましょう……」
     蒼が相手の言を耳にし頭を振る。目の前のノーライフキングは自分達と全く違う考えの持ち主なのだ。手早く敵の前衛を片付けようとマッキと雪は鋭い攻撃を立て続けに重ねていく。
    「そのように手荒に扱っては、お前達の望む奴が帰って来る場所がなくなってしまうかもしれないぞ?」
    「この犬たちは使役されるためだけの仮初の……偽物の命。それを輪廻の輪に戻しただけ。レニーなら…この可哀想な命を救うためにきっとこうすると思うから」
    「レニー、大丈夫よ。この犬は貴方のせいではないわ。私たちがもう一度安らかに送ってあげる」
     ディアナと識がマッキと雪に切り裂かれて深手を負った犬達にとどめを刺す。黒棘の王はその様子をつまらなさそうに見る。
    「仕方あるまい、私も本気を出すとしよう」


     黒棘の王がそう言った直後、彼は夜天に黒水晶の十字を掲げる。浮かび上がるそれから放たれるのは赤き光線の雨。光は固まるように動いていた灼滅者達の体を貫いていく。
    「私に刃向かった罰だ、貴様達も物言わぬ躯となるが良い」
     黒棘の王は勝ち誇る。確かにダークネスと灼滅者の間には圧倒的な力の差がある。けれども灼滅者たちからは闘志は消え去っていない。
    「……それだけの力で勝ったつもり?」
     雪の身を包む軍服には幾つもの穴が空いている。だがその傷の量とは真逆に彼女の言葉からは力は失われていない。
    「この程度で私も、彼を助けるために集まった人達は折れない」
    「フン、言うものだな。お前達を倒せば居場所など……」
    「周りを見てみなさい。これだけ貴方の帰還を待ち望む仲間がいて、それでもまだ居場所がないだなんて言えるの?」
    「戻ってこいレニー!君の戦う場所はここじゃない」
     雪の問いかけを受け、マッキの言葉を聞き、黒棘の王は改めて灼滅者達を見る。その視線から感じ取れる意志の強さは雪以上に強いものだ。
    「貴方の力に頼って、終わったら帰ってねって。虫のいい話だとは思ってるのだけれど……。でも私はレニーの友達だから……レニーをいじめる貴方の味方にはなれないわ」
     ディアナもまた猛攻の中立ち上がり氷を放つ。それを援護として蒼が攻撃を掻い潜りながら話しかける。
    「……アステリアスさんは……何度も、堕ちた僕を、呆れないで、救って、くださいました。だから、今度は、僕の、番です……!」
    「そんなものは貴様のただの罪滅ぼしに過ぎん!」
    「……そうかもしれません……でも……居場所は、そう簡単に、無くなりません。……現に、こうして、アステリアスさんを、助けに、たくさんの方が、いらっしゃってる、じゃないですか…!」
    「そんなことは……!」
    「何言ってんのとげとげ。居場所がないどころかいないと困るっつーの!」
     海砂斗がダークネスの言を止めて、更に激しく火鳥が叫ぶ。
    「黙ってろ、クソ野郎! てめえが居場所を語ンじゃねえ。俺ァ、妹君が惚れた男と話してンだ、てめえは黙ってろ」
    「な……」
    「なあ、周りの連中、見てみろよ。どいつこいつもしょげたツラしてやがる。帰りが遅ェからこうして迎えに来られてンだ、それだけじゃ居場所にならねえってか!」
     火鳥が吠える。それは力と魂の叫び。彼に続けて取り囲んでいる者達からも声が黒棘の王に向けられる。
    「仲間のことよく分かってない癖に適当な事言わないで下さい」
    「さぁ何時までぼっちごっこ続けてるつもりですか! これでぼっちとか、本物のぼっちに失礼でしょ!」
    「君の事を、心から受け止めてくれる人ばかりだ。僕らのいる所が、君の居場所さ」
     想希と昨夜、耕平が口々に話しかける。彼らだけではなくそれぞれにレニーをどう思っているかを黒棘の王にぶつけていく。
    「くっ……」
    「お前の刻印は既に体だけではなく魂に刻まれている。聞こえるだろう、声が」
     煉夜が怯む黒棘の王から視線を後ろに向ける。そこにはクリスと桃夜がとある人物とともにいた。
    「ほら、さっさと戻ってこないと怒っちゃうよ~♪」
    「さぁそんな格好つけてないでアイサの言葉を聞きなよ」
     彼らと共にいたのは逢紗、彼女はすっとレニーに向かって語りかける。
    「私が貴方の居場所になれるかは分からない……でも、共に居場所を作れると信じているわ」
     例えこの場にいる仲間たちが居場所でなかったとしても、ならば作れば良いと彼女は言う。その言葉に気圧されたのか黒棘の王は胸の傷を抑えてよろめく。今まで受けてきたどんなサイキックよりも強くその体を揺らがした。その姿を見て識は目を細める。
    「本当に居場所がないのは王なんて自称して場所を奪い取るしか能のない貴方のほうじゃないかしら?」
    「何を言っている……!?」
    「さっきの言葉をそっくり返してあげようかしら? 『失せろ、ここは貴様には過ぎた場所だ』」
     彼女が冷徹に言い放つと黒棘の王の黒水晶に僅かなヒビが入る。おそらくは相手の中で主導権が揺らぎ始めているためだろう。
    「ならば! ここで! お前達居場所を力尽くで打ち壊してくれよう……!」


     先ほどよりも動きが鈍い、戦っている灼滅者たちはそう感じ取る。もっとも追い込まれた黒棘の王の攻撃は苛烈にはなっている。
    (「……これならば。あとは古人曰く叩いて直せばいいだけか」)
     闇に身をやつす事も無いだろうと煉夜の脳裏に判断が閃く。あとは気を抜かずに黒棘の王を仕留めるだけだ。海砂斗がトラフィックマーメイドと名付けられた交通標識を構える。
    「きれいだし気にってるんだおれ。ありがとレニーさん」
     青から赤へ一度だけ色を変じて振り下ろされた一撃が黒棘の王の体を打つ。追い込まれて行く敵に対し決着をつけようと次々と灼滅者達が迫る。
    「……今度は、逆に、なって、しまい、ました、ね。……次は、僕が、頑張る番、です」
    「貴様らの努力など……!」
     蒼の鬼の腕に黒水晶を砕かれ、黒棘の王は苦悶の表情を浮かべる。ディアナは揃えて反対側から攻める。
    「貴方の人形は既に闇に帰したわ。統べる臣もなくたった一人で、何の王様なの……?」
    「五月蝿い! ならば貴様らが下僕となれ!」
    「あなたに従えるのは死して屍と化した犬くらいよ」
     ディアナの赤い一撃を防ぎ、返す刃で識の鬼の爪を弾く。だがその度にその身体に纏う水晶は砕けていく。そして彼の両腕が防御に徹する事ができなくなった隙をついて雪の魔導カノン落涙が敵の胴を強く打つ。その衝撃が強く効いたのか、黒棘の王の体を吹き飛ばす。枯れた生け垣でその身が止まるものの既に相手の身体はぼろぼろだ。
    「このままでは……!」
     黒棘の王は立ち上がりながら灼滅者を睨めつける。彼にとって恐ろしいほどに劣勢の状態だ。この時、マッキが誰よりも早く動いた。
    「こ、これは……!?」
     空飛ぶたくさんのブルマ。手加減しないマッキの全力である。なおスレイヤーカードに隠し持っていたらしい。
    「こんなものが効くものか! うざったい!」
     全力でそれらを撃ち落とす黒棘の王。だがそれが大きな隙となる。
    「……妹君が、逢紗がッ……待ってるぞ、殴ってでも……連れ帰るッ!」
     ダークネスの隣にいたのは火鳥。その右手は最後の拳。黒棘の王が反応するよりも速く動いた。
    「歯ァ食い縛れェ!」
     その一撃は胸の十字傷を打つ。衝撃はそこから広がり、すべての黒水晶を打ち砕いた。


     レニーが目覚めた時、その場にいた灼滅者達の顔が明るくなった。その中でマッキの顔を見て彼はぼやく。
    「……ブルマは勘弁してよ」
     苦笑しながら彼は立ち上がる。そんな彼に海砂斗が話しかける。
    「よかったあ。おかえりレニーさん! またみんなで遊ぼうね! 森本さんに企画用意してもらっちゃおう!」
    「……そこで俺に振るか」
     煉夜はそう返す。そんな中で識が振り返る。
    「出番よ、逢紗」
     ディアナが逢紗の道を開けて二人の間に道を作る。そして二人は抱き合った。
    「おかえりなさい、レニーさん……もう、心配させないでね」
    「……ただいま」
     お互いに抱きしめ合い、無事を確かめ合う二人。かくて無事にレニーは戻った。

     そこから少しばかり離れて。雪は遠巻きにその様子を見ていた。僅かに言い残した「おかえりなさい」の言葉は月だけが聞いていたか。そんな彼女の視界にやはり距離を取る蒼の姿を見る。おもむろに近づくと彼女は軽く頷いた。そして改めてレニー達の様子に目をやると小さく呟いた。
    「……ボクの時も、皆さん、こんな、気持ち、だったのでしょう、か……」
    「きっとそうだったと思うぜ」
     はっと顔を声の方向に向けると、背を向けて去っていく火鳥の姿があった。
    「居場所なんざよ、一期一会でしかねえ。だから尊いんだ。……大事にしときな」
     彼はこちらに顔を向けずに歩いて行く。

     月は知っている。この場所で一つの再開と一つの別れがあったことを。

    作者:西灰三 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年2月12日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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