八つ当たりと止める猫

    作者:時任計一

    (「負けた……」)
     1人の少女が、とぼとぼと帰路についている。背負うのは、畳まれた道着。道場の帰り道らしい。
    (「それも、5人に……」)
     フォローすると、彼女が弱いわけではない。むしろ強い方だ。だが相手は、何歳も年が違う、上級生ばかり。いい試合ばかりだったのだが、彼女の力では、相手にわずかに及ばなかったのだ。
    (「もう……暴れたぁてしゃあないわ。あの公園をメチャクチャにできたら……」)
     その時だった。彼女の体が、闇に包まれ始めたのは。
    「あ……あっ……!」
    「ニャー! ニャーッ!!」
     突如、どこからか羽の付いた猫のような姿の生き物が現れる。だがそれと同時、彼女の体は、完全に闇に包まれてしまった。
    「…………」
    「……ニャ?」
     猫は首をかしげて少女を見る。すると少女は、ゆっくり顔を上げて、言った。
    「せやなぁ……まずはこの公園壊してしまおか。イラついたんやからなぁ、しゃあないよなぁ?」
    「ニャーーーッ!!?」
     ニヤリと笑う少女を、猫は必死に彼女を止めようとする。しかしそれも虚しく、少女は破壊活動を開始した。


    「猫……じゃなくて、闇堕ちしようとしている一般人が出たわ! あんた達には、それを止めてもらいたいの!」
     やや高めのテンションで、藤堂・姫(しっかりエクスブレイン・dn0183)は話を始めた。
    「今回闇堕ちしかけるのは、春風・清香(はるかぜ・さやか)っていう、小学3年生の女の子よ」
     清香はその日、空手の道場で、5、6歳程年の離れた道場生5人に惜敗する。そのストレスで、周りの物を壊したいと望み、闇堕ちしてしまうのだ。
    「彼女の人間としての意識は、猫のサーヴァントの姿となってその場に残ってるわ。だから、完全にダークネスにはなり切っていないようね」
     猫はダークネスの行いを止めようとしているが、サーヴァントにダークネスを止めることはできない。猫が、ダークネスを止めるのを諦めてしまった時、彼女は完全にダークネス……アンブレイカブルとして堕ちてしまうだろう。
    「その前に、清香ちゃんを救出してほしいの」
     人間としての意識が猫の方に行っているため、清香に説得は効かない。猫が存在する内に彼女を倒してしまえば、救出できるだろう。しかし、もし猫が消えてしまったら、彼女を灼滅する以外に手は残されていない。
    「現場の状況を説明するわ。時刻は午後5時、夕方ね。彩香ちゃんは帰り道の公園で、破壊活動を開始するわ」
     住宅街のど真ん中だ。人通りは、それなりにあると考えた方がいいだろう。
    「清香ちゃんを助けるには、まず彼女を一度倒す必要があるわ」
     前述の通り、猫サーヴァントが健在の状態で清香を倒せば、彼女は灼滅者として生き残る。そうでなければ、灼滅せざるを得ない。
    「問題は、猫の扱いね。猫の目的は、主人を助けて、凶行を止めることよ。あんた達がそれをしに来たんだって分かってくれれば、邪魔はしてこないはずよ。むしろ、応援してくれるんじゃないかしら」
     しかし、『清香を殺しに来た』と勘違いされれば、猫は清香と一緒に戦闘に参加し、敵対することになってしまうだろう。何とか説得して、戦闘から外れてもらう必要がある。
    「清香ちゃんは、ストリートファイターとロケットハンマーの物と同質のサイキックを使ってくるわ」
     ポジションはクラッシャー。手痛い一撃に気をつけなければならない。
    「清香ちゃんも、猫サーヴァントも……その運命は、あんた達にかかってるわ。何とか彼女たちを助けて、できればここに連れてきてあげて。じゃあこの件、あんた達に任せたわよ! お願いね!」


    参加者
    稲垣・晴香(伝説の後継者・d00450)
    神凪・陽和(天照・d02848)
    折原・神音(鬼神礼讃・d09287)
    夕凪・緋沙(暁の格闘家・d10912)
    レイッツァ・ウルヒリン(紫影の剱・d19883)
    縹・三義(残夜・d24952)
    日輪・白銀(汝は人狼なりや・d27689)
    永・雨衣(トコシエノハナ・d29715)

    ■リプレイ

    ●迷う猫に向けて
     日も落ちてきた公園に、灼滅者達は到着した。そこでは、猫のサーヴァントの制止も聞かず、破壊活動を行おうとしている少女、春風・清香の姿がある。
    「ん? なんやあんたら、何しに来たん?」
     清香がこっちに気付いた。縹・三義(残夜・d24952)は素早く周囲の音を遮り、続いてレイッツァ・ウルヒリン(紫影の剱・d19883)は殺気を展開し、一般人を遠ざける。同時に灼滅者達はスレイヤーカードを解放、戦闘態勢を整えた。
    「フーーーッ!!」
     主人が攻撃される、と思ったのか、猫が警戒してくる。同じ頃、三義の霊犬、ひとつが、猫と友達になりたくて仕方ない気持ちのまま突進するが、
    「ひとつ、マテ」
     三義の静止で、ぴたりと止まった。
    「私達は、助ける為に来ました。清香ちゃんと……あなたを」
     一歩前に出て、永・雨衣(トコシエノハナ・d29715)がそう言う。続けて、レイッツァと稲垣・晴香(伝説の後継者・d00450)も同じようにして、猫の方に呼びかけ始めた。
    「えーと、猫さん? 僕たち春風さんを倒しに来たんじゃないよ」
    「私達は、彼女と同種の存在。特に私は、彼女と同じく格闘の道を歩む先達で、同志でもあるわ。あの子に、共に歩む仲間になってもらうために、拳を交えに来た、というわけよ」
    「厳密には、確かに一度は負けてもらう事になるんだけど……彼女の力を止めるには同じ力じゃないと難しいんだ。今だけ許してくれるかな?」
    「……ニャ?」
    「なに、負けてもらう? 気に入らへんなぁ、その言葉……なら、まずはあんたらに負けてもらうで!」
     首をかしげる猫と対照的に、清香はそう言って地面を蹴り、夕凪・緋沙(暁の格闘家・d10912)に襲い掛かる。攻撃を受けた緋沙は、自分を回復し、仲間に言う。
    「守りを固めましょう、まだ猫さんとの交渉が終わってませんから」
     それにうなずいた灼滅者達は、一斉に散り、清香の攻撃をいなしながら猫への説得を続けた。続けて言葉をかけるのは、日輪・白銀(汝は人狼なりや・d27689)と緋沙、それに折原・神音(鬼神礼讃・d09287)だ。
    「今の清香さんを止めるには、力で話し合わないといけません」
    「多少乱暴な手段を使わないといけませんけど、決して殺すような真似はしません」
    「私たちは彼女に人として生きて欲しい。そのために、この八つ当たりを止めます」
     猫はオロオロと周囲を見回している。そんな時、清香の一撃が神凪・陽和(天照・d02848)を貫いた。陽和は帯の束ですぐに自分を癒し、まだ猫に説得を続ける。
    「私達は清香さんを助けたいんです。その為には清香さんを一度倒さなければなりません」
    「一度彼女を止めないとお話もできないでしょう? 私たちに任せていただけませんか?」
    「乱暴で申し訳ありませんが、必ず、彼女を取り戻します」
     陽和の言葉に、雨衣と白銀が続く。まだ迷う猫に、三義は更に言葉を続けた。
    「ちょっと状況がわかんないと思うけど、この超かわい……、……普通の犬ね、ひとつっていうんだけど。似たような境遇でね、ちょっと放ってもおけないんだ」
     ひとつは柔らかい鳴き声を上げ、こくりと小首をかしげる。
    「大丈夫、俺はすべてのも毛玉に対して優しいから安心して――もちろん、人間にもね」
     三義がそう言うと、ひとつははっとしてくるりと回り、つやつやの毛皮をアピールする。その、灼熱者達の説得の様子を一通り見ていた猫は……
    「……ニャ、ニャーーッ!!」
     ふわりと浮き、戦線から離れ、応援するような動きをし始めた。説得が成功したと見た灼滅者は、清香に向かって改めて構え直す。
    「ん、なんや? やっとやる気になったんか?」
    「えぇ、ここから第2ラウンド開始よ」
     薄く笑って、晴香がそう言う。同時に雨衣は、懐のお守りを軽く握って清香に一礼し……
     戦いが始まった。

    ●ダークネスの力
    「喰らいやぁぁっ!」
     大きく飛び上がった清香は、空中から晴香に大振りの一撃を仕掛ける。対する晴香は、仲間からの支援を一時止め……真正面からそれを受けた。
    「ぐっ……ふふ、そんなに物を壊そうとして、ヒールレスラーにでもなるつもり?」
    「……なっ!?」
     瞬間、晴香の凄味を帯びたラリアットが、清香に叩き込まれた。転げ回る清香に、晴香は堂々と言ってのける。
    「物に当たるよりは、私と異種格闘技戦、やってみない?」
    「全く無茶やるねぇ。倒れちゃっても知らないよ?」
     そう言ったのは、レイッツァだ。彼は、やれやれと言った様子で体の帯を晴香に巻きつけ、その怪我を瞬時に癒していく。その間に、片腕を巨大化させた神音が、清香に迫っていた。
    「八つ当たりなら、こちらにもしてもらいましょうか……殴り合い、歓迎ですよ。こちらが勝ちますけどね!」
    「もういっぺん……言ってみぃ!」
     神音の一撃が、清香を貫く。だがその衝撃に耐え、清香は電撃を帯びた拳を、逆に神音に振りかざした。
    「その衝動、私達が受け止めます」
     そこに割り込んだのは白銀だ。彼女は清香の拳を剣で受け流し、シールドを纏った拳で注意を引きつけていく。そしてそれが成功した所に蹴りを放ち、清香を打ち据えた。
    「雨衣さん、シュトール!」
    「はい。それでは……行きます」
     白銀の呼びかけに、雨衣はそう丁寧に返し、槍を構える。そして少し力を溜めた後、清香に対して突撃し、そのまま突っ切った。続けて、白銀の霊犬、シュトールが後を追い、そのまま刀で斬りかかる。
    「さて、続けていくよ」
     三義は後方からそう言い、地面を思いっきり踏み込むと、片腕を鬼と化し、その腕での正拳を喰らわせた。そして、
    「ひとつ!」
     三義がそう呼びかけると、短く鳴いたひとつがたたたっと走ってきて、三義の頭をトンと飛び、くわえた刀での追撃を仕掛けた。
    「あぁもう、うっとうしいなぁ……そこぉっ!」
     清香はそう焦れたように叫ぶと、地面を殴り、灼滅者の後方に衝撃波を響かせた。後列に控えた灼滅者が打撃を受けるものの、既にレイッツァが対応し始めている。
    「痛ったいなぁ……けどねぇ、僕らが倒れるわけにはいかないんだっ」
     レイッツァが癒しの風を吹かせる。風は後列を覆い、今受けた被害の多くを回復させた。
    「あちらは大丈夫そうですね、こちらも続けましょう」
     そう言う緋沙は、シールドを展開させ、勢いを付けての一撃殴打で清香を打つ。それに続いて、近い距離に入り込んだ陽和が、攻撃に入ろうとしていた。
    「行きますよ? 受けて下さい」
     次の瞬間、陽和の重い飛び蹴りが、清香を貫いた。一瞬ふらつく清香。だがその足は、一歩も後ろに退こうとしない。
    「くっ、やるやないか……でもあたしはもう負けんで。この力があるからなぁっ!!」
     清香はそう、笑いながら言い、両腕を構え直す。
     猫の応援の声が聞こえる。だが戦いは、まだ終わる気配を見せてはいなかった。

    ●灼滅者の力
     清香は目線を緋沙に合わせ、
    「次はあんたや!」
     そう言って、力を込めた拳を振ってくる。しかし、それを受け止めた緋沙はひるまず、清香に言葉をかけた。
    「もう負けない、ですか……私も格闘家ですけど、でも、負けたからそれでお終いではありませんよ」
    「何っ!?」
     清香の問いに、緋沙は言葉ではなく、拳を返した。正拳の直撃にわずかにひるむ清香を見て、緋沙は仲間に声をかける。
    「隙ありです、続いてください」
    「わかりました!」
     応える白銀が、非物質化した刃で清香を斬り裂く。続けて、縛霊手に力を込めた雨衣が、清香の懐に潜り込んだ。
    「渾身の一撃です……受けて下さい」
     衝撃音と共に、雨衣の拳が清香に叩き込まれた。綺麗に急所を捉えた一撃だ。ダメージも相当なものになっているだろう。
    「さぁ、まだ続きますよ!」
     攻撃は更に続く。神音は鋭い風の刃を作り出し、清香に向けて飛ばした。威力は折り紙付きだ。しかし清香は、風の刃を真正面から受けて神音に突っ込み、そのまま正拳を叩き込もうとした。
     だがその攻撃は、シュトールが身代わりとなって受け止めた。シュトールは鳴き声でひとつと示し合せ、2匹で清香に六文銭の嵐を叩き付ける。
    「よくやったね、ひとつ」
     三義はひとつを一撫でしてそう褒め、自分も風刃を繰り出し、着々と清香を押していく。
    「くっ……!」
     押される清香の前に、陽和がトンと立ち、言葉をかける。
    「貴女の強くなりたいと思った理由は何ですか? 少なくとも、何もかにも壊すような強さではないはず……武術の試合で負けたことは、終わりではありませんよ。勝つようにますます武術の腕を鍛えるきっかけです……私は、それで強くなりましたからね」
    「ぐ……」
    「いつか聞かせてもらうためにも……戻って来てもらいますよ」
     そう言うと同時、陽和は強烈な打撃を清香に向けて放つ。相当効いている様子はあるのだが、まだ清香は、膝を折ろうとはしない。
    「うる……さいわぁ!」
     そう叫び、清香は陽和に拳を振る。だがその前に、白銀が立ち塞がった。
    「その悲しみ、私達にぶつけて下さい。受け止めてみせますから!」
    「らぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
     清香の正拳が、白銀を貫いた。重い一撃。だがそれでも、白銀は耐え切った。レイッツァは即座に、白銀を回復させる。
    「もー、本当にみんな無茶ばっかりだよね……でも、無茶でもしないと、キミは助けられないよね?」
     レイッツァはそう言い、猫のサーヴァントに目を向ける。
    「ニャ? ……ニャ!」
     猫は、分かったのか分からないのか、そう言って応援を続けていた。
    「チャンス! これで……決めるよっ!」
     好機と見た晴香はそう言い、清香に迫る。そしてその小さな体を掴み、バックドロップを決めた。
    「かはっ……」
    「ニャ?」
     清香の喉の奥から声がもれるのと同時に、猫が鳴いたと思うと、瞬間、猫の姿が消えた。しかし晴香は、フィニッシュを決めたかと思うと、そのまま清香から抑え込み3カウントを取って魅せる。
    「あたた……ギブギブ!!」
     清香はそう言い、地面をバンバンと叩く。ある意味平然としている所、猫が消えた所を見ると、どうやら救出に成功したようだ。晴香はすぐに抑え込みを解き、その場に横になる清香の頭を撫で、
    「おかえりなさい」
     と一言言った。
     清香の方はと言うと、状況が分かっていないようで、ぽかんとした顔で晴香の顔を見ていた。

    ●期待の新星
     呆然とする清香に、ひとつがすり寄っていく。無意識なのか、ひとつの頭を撫でる清香に、レイッツァが優しく笑い、
    「大丈夫?」
     と声をかけた。
    「あぁうん、今は何とも……」
     そう言う清香に、雨衣と、ひとつを抱き上げる三義が話しかける。
    「お疲れ様、無事でよかった」
    「戻って来れたようで、何よりだね」
    「うん、今はほんとにお疲れ様だよ……」
     最後にレイッツァからも声がかかるが、清香はまだ良く状況が把握できていないようだ。
    「あのー……これは一体、どーなっとんの?」
     灼滅者達は、清香のこの言葉に応え、彼女に今起こったことの説明を行った。一通りのことを聞いた後、清香は急にかしこまって、
    「いやー……この度はホンマにご迷惑おかけしました」
     と、深々と頭を下げた。それを見て、陽和が彼女に言葉を返す。
    「気にしないでください。私達も、助けたくて助けたのですし」
    「これはごてーねーに……ホンマにおーきに。いやしかし、また負けてもーたなぁ……やっぱ悔しーわ」
     そう言い、ため息をひとつつく清香。それを見て、晴香は目を光らせて次の言葉を発した。
    「リターンマッチなら何時でも受けるわ。ウチの学園に来ればすぐにでも、ね♪」
    「学園……武蔵坂学園やったっけ? うーん、オトン達とも相談してみなあかんけど……うん、あたしは行ってみたいな。だって、あんたらみたいな強い人が、たくさんおるんやろ?」
     そう、目を輝かせて言うのだ。それに灼滅者達は半ば呆れつつ、白銀は次の言葉をかけた。
    「……また戦いましょう。今度は二人で、模擬戦でもいかがですか?」
    「模擬戦! ええな! やるやる!」
     体は相当参っているはずなのだが、清香はノリノリだ。次いで、神音と緋沙も、彼女に声をかける。
    「だったら、強くなれるよう一緒にトレーニングしましょうか?」
    「試合で負けた悔しさをバネに、もっと努力して強くなって、皆を見返してあげましょう」
    「オッケーや! こーなったら、誰よりも強くなったるで!」
    「この灼滅者としての力、人々を、仲間を助けるために、共に磨きましょう」
     続けて、白銀がそう言う。これに対し清香は、
    「望むところや!」
     と、元気よく返事をした。
    「では、最後に」
     雨衣はそう前置きして、清香に向かって話しかける。
    「ようこそ、武蔵坂学園へ」
    「歓迎しますよ、清香さん」
     そう言い、白銀は清香に手を差し伸べる。清香は、少し照れたような素振りを見せて……力強く、その手を取った。

    作者:時任計一 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年2月16日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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