大きなネコと小さなネコ

    作者:J九郎

     夜の街を、一匹のネコが疾走していた。赤みがかった茶色い毛を持ち、野性味溢れるその風貌はヤマネコを思わせる。 
     だが、ネコといっても、その大きさは普通ではなかった。全長は2メートルを超えており、ライオンやトラといった大型の猫科動物よりも大きいくらいだ。
     そして何より。頭に生えた2本の角と燃えさかる尾が、そのネコがただのネコでないことを如実に物語っている。
     異形のネコは、ただ本能の赴くままに疾走し、気付けば町外れの化学工場の敷地内に入り込んでいた。
     と、そのネコの前に、もう一匹のネコが立ちはだかった。同じく赤みがかった茶色い毛を持つそのネコは、背中の羽で浮遊しており、こちらも明らかにただのネコではない。しかし大きさは普通の家猫よりも小さいくらいで、巨大なもう一匹に比べるとあまりに頼りなかった。
     だが、羽の生えたネコは果敢にもネコパンチで巨大ネコの進行を阻止しようとし、
    「シャアアアッ!!」
    「にゃおんっ!」
     そして、華麗に吹っ飛ばされていたのだった。
     
    「嗚呼、サイキックアブソーバーの声が聞こえる……。一人の少女が、闇堕ちしてイフリートになろうとしていると」
     神堂・妖(中学生エクスブレイン・dn0137)が、集まった灼滅者達に陰気な表情でそう告げた。
    「……彼女の名前は明石・燐(あかし・りん)。ただ、彼女はまだ完全には闇堕ちしてなくて、人間としての意識が残ってる」
    「もしかして、その意識が猫のサーヴァントになってるとかかな?」
     垰田・毬衣(人畜無害系イフリート・d02897)が思いつきで口にした発言に、しかし妖は頷いた。
    「……そう。明石さんの人間としての意識は、猫のサーヴァントになって、暴走してるイフリートを止めようとしてる」
    「自分で言っておいてなんだけど、ちょっとびっくりなんだよ! でも、、サーヴァントじゃダークネスを止められるとは思えないんだよ」
     毬衣の言葉に、再び妖が頷く。
    「……もし猫のサーヴァントが、暴走を止めることを諦めて消えてしまったら、彼女は完全に闇堕ちしてしまう。その前に、イフリートを撃破して明石さんを救出して欲しい」
     そして、もし救出が間に合わず、猫サーヴァントが消えてしまった場合は、それ以上の悪事を重ねる前に暴走イフリートを灼滅して欲しいのだと、妖は続けた。
    「……暴走イフリートと接触できるのは、化学工場の敷地内に入ってから。明石さんを闇堕ちから救うには、『戦闘してKO』する必要がある。猫サーヴァントが残っている状態でKOすれば、明石さんは灼滅者として生き残れるはず」
     イフリートはファイアブラッドと同等のサイキックを使ってくるという。
    「……注意して欲しいのは、化学工場内で炎を使うと、引火して爆発を起こす可能性があること」
     爆発に巻き込まれても灼滅者やダークネスはバベルの鎖の力でダメージは受けないが、周囲への被害は大きくなるだろう。そして、被害が大きくなればなるほど、猫サーヴァントがショックで消えてしまう可能性も増えてくる。
    「……猫サーヴァントは、みんなが明石さんを救出に来た事が分かれば、戦闘に参加せずに応援してくれるはず。……でも、イフリートを殺しに来たと誤解されたら、イフリート側にたって戦闘に参加してしまうかもしれないから、注意して」
    「闇堕ちしそうな女の子を放ってはおけないんだよ! アタシ達が絶対救ってみせるんだよ」
     毬衣が拳をぎゅっと握りしめ、周りの灼滅者達もそれぞれに頷いた。


    参加者
    七鞘・虎鉄(為虎添翼・d00703)
    御幸・大輔(雷狼蒼華・d01452)
    星野・えりな(スターライトエンジェル・d02158)
    アルヴァレス・シュヴァイツァー(蒼の守護騎士・d02160)
    垰田・毬衣(人畜無害系イフリート・d02897)
    淳・周(赤き暴風・d05550)
    神子塚・湊詩(白藍ハルピュイア・d23507)
    炎道・極志(可燃性・d25257)

    ■リプレイ

    ●奮闘する猫
     山猫の姿をしたイフリートが、夜の化学工場の敷地内を疾駆する。その行く手を塞ぐように工場の建物が迫ってくるが、イフリートは足を止める様子を見せない。
    「にゃー、にゃー」
     イフリートの周囲を浮遊していた羽の生えた猫が、肉球を押し当てるように何度もパンチを繰り出す。イフリートはわずらわしげに、炎を纏った尾っぽで猫サーヴァントをペちっと叩いた。イフリートにすればうるさい虫を払ったかのようなその一撃でも猫サーヴァントにとっては重い一撃で、その体がひゅるひゅると吹っ飛ばされていく。
    「おっと!」
     貯水タンクに激突しそうになっていた猫サーヴァントを、御幸・大輔(雷狼蒼華・d01452)が飛び込むようにして受け止めた。大輔はきょとんとする猫サーヴァントをそっと撫でながら、
    「よく頑張ったね。こんな小さな体で怖かっただろうに」
     そう優しく声をかける。
    「けど安心して。お前を、お前達を助けに来たよ。もう一人で頑張らなくても大丈夫だ」
     その言葉に猫サーヴァントがイフリートの方へ目を向ければ、そこにはイフリートの前に立ちはだかる炎道・極志(可燃性・d25257)の姿。
    「工場内には行かせねえ! アンタの攻撃は体で受け止める!」
     イフリートの突撃を、文字通り体を盾代わりとして受け止める極志の手には、武器の一つも握られてはいない。
    「信じられんだろうが俺達はお前の敵じゃない! 味方だ! お前の主人を助けたい!! だが俺達だけじゃお前の主人は救えない……。だからお前の力も貸してくれ! 頼む!!」
     そして極志は、大輔の腕の中の猫サーヴァントへ向けて、そう叫ぶ。信じてもらうのに武器は邪魔と、未だスレイヤーカードの封印は解かぬままで。
    「正しい心を持つ者の魂弾き出して大暴れする悪しき魂め! 叩きのめして元の明石が体を取り戻せるようにしてやる!」
     続けて、やけにはっきりとした声が、猫サーヴァントの耳に飛び込んできた。次の瞬間、焔の様に血の様に、どこまでも紅い闘気の塊が、イフリートの横腹に炸裂する。
    「シャアアア……ッ!」
     イフリートの注意が、闘気弾を放った淳・周(赤き暴風・d05550)に向けられた。だがそれは周の望むところ。あらかじめ工場内の地図を入手して可燃物の場所を確認していた周は、イフリートを少しでも可燃物から遠ざけるつもりだった。
    (「助けを呼ぶ者の下へ颯爽と、必ずやってくるのが『正義のヒーロー』なんだからな!」)
     周はチラッと猫サーヴァントの方へ目をやると、『割り込みヴォイス 』を発動させ、
    「アタシ等が来たからにはもう大丈夫だ! ちゃんと皆護って元に戻れるようにするから安心していいぞ!」
     そう笑いかける。
    「にゃ? にゃ?」
     いまいち事情が飲み込めないのか、頭の上に?マークをいくつも浮かべていそうな猫サーヴァントに、星野・えりな(スターライトエンジェル・d02158)はメロディに乗せて事情を簡潔に説明していく。 
    「私たち、あなたを助けに来ました。今は全て、私たちに任せて下さい! きっと助けますから!」
     ――私たちは彼女の身体と戦うけど、味方である事。彼女に起きたことが何かを知ってる事。まだ彼女が助かる事。その為には身体を1度倒して止めないといけない事。
     美しい歌声で、えりなは猫サーヴァントに語りかけていった。
    「声、聞こえてるよね? どうすればいいか、自分がどうなるか分からない。その力、僕達も持ってるんだ。そして僕達なら、君を助けられる。必ず、元に戻してあげるよ」
     えりなの歌声が止んだ後にそう続けたのは、神子塚・湊詩(白藍ハルピュイア・d23507)だ。両手が翼と化し、足は鳥のそれ。まるで神話に登場するハーピーのような姿の湊詩だからこそ、その言葉には説得力が生まれる。
    「分かったかな? アタシたちは味方なんだよ。燐さんを止めるために、お手伝いしてほしいんだよ」
     湊詩の後を受けて、イフリートの着ぐるみ姿の垰田・毬衣(人畜無害系イフリート・d02897)がそう確認すると、猫サーヴァントはコクコクと頷いて見せた。灼滅者達の言葉は、猫サーヴァントにきちんと伝わったようだ。
     そして、イフリートとの戦いはその間も続いていて。
    (「助けられる人をみすみす見逃したりしない!」)
     アルヴァレス・シュヴァイツァー(蒼の守護騎士・d02160)が妖の槍に螺旋の如き捻りを加えて、イフリートを刺し貫く。
    「にゃー!」
     戦いの様子を見ていた猫サーヴァントは、いてもたってもいられなくなったのか、大輔の腕から飛び出し、イフリートへと向かっていった。
    「アタシも一緒に行くんだよ! でもその前に、念の為に囲っておくんだよー」
     毬衣が『サウンドシャッター』を展開させた上で、猫サーヴァントの後を追いかけていく。
    「にゃー」
     猫サーヴァントが尻尾についたリングをふるふると振ると、発生した巨大な魔力の輪がイフリートの頭上から降りかかり、イフリートの動きを封じ込めた。その様子を見たアルヴァレスは、猫サーヴァントに対し騎士道に則り頭を下げる。
    「初めまして、貴女の手助けをしに来ました。必ず貴女を助けます、だから希望を捨てないでください」
     アルヴァレスの言葉に、猫サーヴァントもちょこんとお辞儀を返す。
    「シャーッ!!」
     だが、イフリートは力尽くでリングの戒めを解くと、猛り狂ったように炎を放った。
    「がぅぅっ……!」
     毬衣が咄嗟に猫サーヴァントを庇い、そして工場へ向かっていた炎は、
    「ライフで受けるっ!!」
     『救出班』と描かれた襷をかけた七鞘・虎鉄(為虎添翼・d00703)が、その体を張って受け止めていたのだった。

    ●舞い散る炎
     イフリートは執拗に暴れ回り、そのたびに炎を周囲に振りまいていく。
    「燐、聞いて。お前は灼滅者としての力に目覚めたんだ。けどその力が暴走して今のお前を苦しめてる」
     その炎が延焼しないように体で受け止めながら、大輔はイフリートに声をかけ続けていた。
    「俺たちが全部受け止めるから。苦しいのも、辛いのも全部消してあげるから、俺たちを信じて」
     大輔の隣では、虎鉄も同じように炎を受け止めている。
    「化学薬品の絡んだ火災は、専用の消火設備を用いないと危険。水とかノーマルな消火器だと薬剤が反応して悪化する可能性がある。OK?」
     虎鉄の蘊蓄に、頷いたのは極志だ。
    「要は、化学薬品に燃え移ったら止めようがないってことだな? なら、燃え移らせないようにするしかねえ!」
     極志は飛び散る火の粉を、その拳で打ち落としていく。えりなのビハインドである“お父さん”は、猫サーヴァントに炎が当たらぬよう、不動の構えで猛火に耐え続けていた。
    「お父さん、みんな、頑張って!」
     えりなの歌声が、イフリートの炎で傷ついた仲間達を癒していき、
    「動きを封じさせてもらうよ」
     炎が止んだ隙をついて、湊詩がバベルブレイカーを構えてイフリートに向かっていく。翼を羽ばたかせて推進力に変えた一撃は、イフリートに身をかわす暇すら与えず、高速回転する杭がその身を貫いていった。
    「絶望する前に倒せば戻れるなら、きっちり救い出さねえとな!」
     続けて、周の放ったどこまでも黒い影が茨となってイフリートの全身に絡みついていく。
     杭に貫かれ、影の茨に絡みつかれて身動きの取れなくなったイフリートに、拳に雷を宿した毬衣が向かっていき、
    「がぅーっ!」
     強烈なアッパーカットを、イフリートにお見舞いした。イフリートはふらつきながらも、まだ自由になる前脚から炎を発して、毬衣に反撃を試みる。だが、そこへ素早く虎鉄が割り込み、
    「その攻撃も、ライフで受けるっ!!」
     妖の槍をかざして、しなやかな前脚の一撃を食い止めていた。
    「止めます、今ならまだそれが可能だから……」
     アルヴァレスはイフリートの注意を引きつけるように、その額に向かってマテリアルロッドを向けると、至近距離で魔力を炸裂させる。
    「ギャウウウッ!」
     イフリートが悲鳴を上げて悶える。心なしか、イフリートの発する炎も弱くなってきているようだった。

    ●咆える炎獣
    「シャアアアッ!!」
     イフリートが高く咆えると、全身に纏っていた炎が一際大きく燃え上がり、周囲に飛び散っていく。
    「何度やったって無駄だ! 俺が全部受け止めてやる!」
     その炎を、極志が身をもって受け止め、
    「断ち切るんだよ!」
     毬衣が無敵斬艦刀を盾代わりとして味方を庇う。サーヴァントの“お父さん”も、炎を避けようともせずに黙々と灼滅者達を守り続けている。
     と、飛び散った炎の一部が、工場の方へ飛んでいった。
    「爆発させてたまるか!」
     だが、周が身を挺して炎を防ぎ、可燃物への引火を阻止する。
    「きっと彼女……何が起きたか解らずパニックなんでしょうね……」
     えりなは闇墜ちしてしまった燐を気遣いつつも☆お星様ギター☆の旋律で皆を元気づけ、
    「にゃおん」
     猫サーヴァントも尻尾のリングから発する輝きで回復の支援をしていた。
     その間にも、虎鉄が、イフリートの発する炎の勢いが弱まったタイミングを見計らい、
    「今度は、僕のターンっ!!」
     鬼神と化した腕で、イフリートに殴りかかる。
    「フシャアアアアッ!!」
     激昂したイフリートが、反撃とばかりに虎鉄に飛びかからんとするが、
    「猫サーヴァント……可愛いけれど、たった一匹で助けようとしてた、立ち向かう勇気がある子。僕も見習わなきゃ」
     そこへ、湊詩の放った制約の弾丸が飛来し、イフリートの眉間に直撃した。イフリートはその一撃で硬直し、反撃の機会を逸してしまう。そして、動きを止めたイフリートへ駆け寄るのは、蒼き杖『蒼玉』を構えた大輔。
    「必ず燐を闇から引き上げる。一人になんてさせない!」
     強い決意と共に『蒼玉』から放たれた魔力が、イフリートの身を包む炎を吹き飛ばしていく。
    「全力で助けます……僕等の力はその為にあるのですから」
     アルヴァレスが無防備となったイフリートの懐に飛び込み、想いを込めた拳の連打を叩き込んだ。
    「ギニャアアアアッ!!」
     一際高い悲鳴と共に、イフリートの体が、ドウッと倒れた。

    ●明石・燐の帰還
     倒れたイフリートの体が縮んでいき、次第に一人の少女の姿に変じていく。
    「にゃー」
     同時に、心配そうにその様子を見ていた猫サーヴァントの姿が、闇に溶け込むように薄れていった。
    「あ……」
     極志が残念そうに手を伸ばすが、その時には既に猫サーヴァントの姿は完全に消えていて。
    (「猫、触って帰りたかったな……」)
     残念そうに肩を落とす極志の隣では、毬衣も、
    「もふもふしたかったんだよ……」
     がっくりとうなだれていた。
     と、
    「ううん……」
     倒れていた少女――明石・燐が、意識を取り戻し、ゆっくりと上体を起こした。
    「終わりました、ね。燐さん大丈夫ですか?」
     アルヴァレスが素早く着ているコートを脱ぎ、燐にかける。
    「わたし、は……」
     目覚めた燐に、えりなが優しくメロディに乗せて、
    「私たち、皆、武蔵坂学園という学校の生徒です。ここは私たちを護ってくれる学校です。燐さんも、ぜひ。ご一緒に」
     自分達の立場を説明し、燐を学園へと誘った。
    「さあ、一緒に帰ろう。俺たちと学園に」
     大輔もそう言って燐に手を差し出す。燐は自分を囲む8人の灼滅者達の姿を順番に見回すと、
    「おぼろげですけど、覚えてます。わたしに何が起こったのかも、皆さんのことも」
     そう口にし、しばし考え込むようにうつむいた。しかし、やがて決心したように顔を上げると、おずおずと大輔の手を取る。
    「ようこそ、武蔵坂へ」
     それは、一人の少女が灼滅者として覚醒し、武蔵坂学園の仲間入りを果たした瞬間だった。

    作者:J九郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年2月12日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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