雪に迷う女

    作者:波多野志郎

     山奥の自然公園――そこは、冬の一時期は閉鎖されることになっている。万が一の事故を防ぐため、であるがそれは一つの伝承に基づくものでもあった。
    『――――』
     無人の公園を、一体の狼が駆け抜けていく。狼はその澄んだ青い瞳で、周囲を見回した。そして、小さな石碑を見つけると歩み寄り、雄叫びを上げた。
     その雄叫びに答えるように、ゆっくりと浮かび上がるのは純白の着物を着た女だ。白い、否青白い肌の女は胸元から伸びた鎖を鳴らしながら歩き出す。それを見送った狼は、音もなくその場から立ち去った。
    『……ドコ?』
     女は、小さく呻く。答えは、どこにもなかった……。

    「人間に騙されて山に置き去りに雪女が、この時期には姿を現わして人を襲うって伝承らしいっす」
     あんま気分のいい伝承じゃないっすね、と湾野・翠織(小学生エクスブレイン・dn0039)は、ため息混じりにこぼした。
     今回、翠織が察知したのはスサノオが生み出した古の畏れの存在だ。
    「今も、その公園は冬になると雪が危険だったのもあるんすけど、閉鎖される習わしなんすよ。でも、このままだと時期が外れて開放されても、ずっとさ迷っていた季節外れの雪女に襲われちゃうっす」
     そうなると、犠牲は免れない。この時期の間に倒してしまおう、そういう話だ。
    「人払いの必要もないっす、普通に昼間に挑んでもらっても問題ないっすね」
     ただ、足元はかなり雪が積もっている。足元への注意は、しっかりとしておくに越した事はないだろう。
    「敵は一体、雪女っすね。実力はダークネスには、及ばない程度っす。とはいえ、油断はしないで確実に対処できるよう、作戦を練ってもらいたいっす」
     伝承では哀れな存在だが、これは古の畏れだ。倒せなければ、犠牲者が出る――その瀬戸際である事を忘れないでほしい。
    「何にせよ、悪いのは伝承の人間であって現代に生きてる人じゃないっすからね。悲劇の続きが惨劇ってのは、より気分が悪いんで、しっかりと対処を願うっす」


    参加者
    新園・雪(座敷童・d01384)
    二夕月・海月(くらげ娘・d01805)
    志賀野・友衛(高校生人狼・d03990)
    桜・泉(陽の下の暗殺者・d26609)
    日輪・天代(汝は人狼なりや・d29475)
    花見川・そら(華うつし・d31163)
    鍵山・このは(天涯孤独のフォクシーウルフ・d32426)
    月代・菖蒲(エーリアス・d32652)

    ■リプレイ


     ――そこは、一面雪の世界だった。
    「ううっ……寒いの……。早く帰ってこたつでぬくぬくしたいの……」
    「はう……でも、備えあれば憂いなしですの」
     震える鍵山・このは(天涯孤独のフォクシーウルフ・d32426)へと、暖かいコート着込んだ新園・雪(座敷童・d01384)が手袋に包まれた手でカイロを手渡す。このははそれを受け取って、ようやく人心地ついたように息を漏らした。
    「雪女の伝承……そうやって置き去りにされた者が居る、という事なのだろうか。かつて何があったのか、少し気になるな」
     二人のやり取りに、志賀野・友衛(高校生人狼・d03990)は白い吐息と共にそうこぼす。ただ立っているだけで、体が末端から悴んでいく――体だけでなく、心さえ凍えてしまいそうな寒さだった。
    (「口減らし。伝承とはいえ、哀れね。それに、まだ何も……いえ。それでも、畏れは滅ぼすわ。一度スサノオに堕ちて同じことをした、私が」)
     決意を固めた日輪・天代(汝は人狼なりや・d29475)は、ふと見る。雪に呑まれた公園の奥から、一つひ人影が歩いて来るのを。
    『…………』
     純白の着物を着た女だ。白い、否青白い肌の女が胸元から伸びた鎖を鳴らしながら歩くその姿に、二夕月・海月(くらげ娘・d01805)は真っ直ぐに告げた。
    「帰り道は知らないが、終わりへの道なら案内しよう」
    『…………』
     雪女が、歩みを止める。その虚ろな表情を、桜・泉(陽の下の暗殺者・d26609)は真摯に受け止めた。
    「こういうのを見ると、人間こそ何よりも恐ろしい存在だと感じますね。とても悲しくて、苦しくて、辛かったのだと思います、でも、もう、悲しまなくていいんです。終わりにしましょう」
    『……あ、あ、あああああああああああああああああああああああああああああ!!』
     あ、の単音からなる叫び、あるいは悲鳴に、周囲の気温が一気に下がっていく。その中で、花見川・そら(華うつし・d31163)は静かに呟いた。
    「可哀想な伝承で生まれて、それでも人を襲うんだってなったら、倒すしかない。可哀想、だけれどね……」
    「スサノオが招く古の畏れ……実物を見るのは初めてです。とはいえ、務めを果たします」
     月代・菖蒲(エーリアス・d32652)は、スレイヤーカードを手に取る。戦うと決めた、その覚悟を持って唱えた。
    「闇はより深きへと還せ」
    「もえろ、ましろのこころ」
     菖蒲が、天代が、灼滅者達が戦闘体勢を整えていく。雪は眼鏡を外しながら、言った。
    「もうすぐ雪解けの季節ですの。名残雪はどなたかが来られる前に溶かしてしまいますの」
    『――ぁあああああああああああああああああああああああああ!!』
     直後――雪女から吹き付けた吹雪が、戦場を駆け抜けた。


     ビキビキビキ!! と雪が凍てついていく。それを踏み砕き、友衛は狼がごとく疾走した。
    「畏れとして呼び出されてしまったのなら、止めなくては――!」
    『あ、あ……ド、コ……?』
     畏れを倒さなければいけない――人狼の強い使命感を持つ友衛は、その幼子のような問いかけに一瞬表情が曇る。だが、それを振り払うように、半獣化させた鋭い銀爪を繰り出した。
    (「浅い――!?」)
     しかし、友衛の幻狼銀爪撃は雪女を浅く切り裂くのみだ。雪女が足元の雪から巨大な拳を生み出して友衛へと殴りかかる――それを、ライドキャリバー の風伯は、突撃で粉砕した。
    「厄よ、退け……!」
     ヒュオ! と菖蒲を中心に、清めの風が戦場に吹き抜けていく。その風に背を押されたように、海月が駆け抜けた。
    「行くぞ」
     その一言で十分だ、海月の手を肩から伝わったクーが包み、刃を化す。海月は一気に加速すると、雪女の眼前で死角へと滑り込んだ。シャ! と雪の上を滑り抜けると、手刀で雪女の足を切り裂く!
    「ぴよちゃんの口ばしですの」
     ととん、とそこへ走り込んだのは雪だ。ギュルル! とぴよちゃんの嘴が回転する――体で、雪の螺穿槍が繰り出される。その一撃に肩を打ち抜かれ、雪女がふらついた。
     直後、白い世界が黒く染め上げられていく――泉の鏖殺領域だ。
    「ようこそ、私の世界へ」
     泉が放った殺気の黒が、内側から白に食い破られる。荒れ狂う吹雪、そこへ迷わずそらが飛び込んだ。
    「カノン!」
     霊犬のカノンが、そらに続く。そらの跳び蹴り――スターゲイザーの重圧が吹雪を貫き、カノンも斬魔刀を繰り出した。ザァ! と重圧を受けて吹き飛ばされながら、雪女は雪の上を滑った後に踏みとどまる。
    「隙ありッ! ……よそ見してたでしょ?」
     その懐に忍び寄っていたのは、このはだ。半獣化したその爪で深々と雪女の脇腹を切り裂き、駆け抜けていく。
    「さぁ、小手調べはこのぐらいでいいでしょう?」
     白き炎をその身から吹き出させながら、天代が告げた。一歩、二歩、よろけるように踏み出した雪女は、答えない。
    「……来るの」
    「ッ! 風伯」
     このはの警告に、菖蒲が咄嗟にその名を呼んだ。雪女の足元から飛び出した巨大な拳を、風伯は自らの車体で受け止めた。風伯が軽々と吹き飛ばされ、一輪で雪を巻き上げながら必死に着地する。
    『あ、あああああああああああああああああああああああああああああああ!!』
     そして、再行動――雪女の操る吹雪が、灼滅者達を飲み込んだ。


     白一面の世界で、天代が駆け抜けていく。ほどけた髪が風になびく――それは、まさに白狼の疾走だった。
    『あ、ああああ、ああああ――ああああああああああああああああああ!!』
     雪の拳が、一つ、二つ、三つと天代を襲う。一つ目を天代は切り上げた霊刀『あやめ』で切り飛ばし、二発目をその勢いを利用したサマーソルトキックで蹴り砕く。三発目を、着地した天代は反応する事無く――。
    「通しませんっ!」
     泉の振り下ろしたMessinggebetが完全に、粉砕する! そして、天代の白い炎を伴った回し蹴りと、泉の豪快にバルディッシュの一閃が同時に雪女を捉えた。
    『あ、ああ……!?』
    「荒ぶる蒼炎よ……当たってぇっ!」
     ゴォ! とこのはのバニシングフレアが、雪女を飲み込んだ。その炎の中へと、海月は赤色標識にスタイルチェンジした交通標識を手に駆け込んだ。
    「ここから先は、お前の帰るべき場所じゃない!」
     放たれた海月のレッドストライクが、雪女を切り裂く。直後、バキン!! と炎さえ凍らせる冷気が吹き荒れた。その氷を砕き、海月は後退。雪女は、その冷気を風に乗せ、吹雪として周囲へと解き放った。
    「く……ッ!」
     それに、菖蒲は清めの風を吹かせる。
    「これは、追い付きそうにないかな?」
     そらはすかさずリバイブメロディを奏で、カノンも浄霊眼による回復で、フォロー――その回復を受けながら、雪はにゃんたさんへと語りかける。
    「にゃんたさんごっついぱんちですの」
     ドォ! とごっついぱんち――雪の鬼神変が、雪女を吹き飛ばした。軽い雪女は、体重を感じさせない動きで着地する。そこへ、ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガッ! と風伯の機銃掃射がそこへ叩き込まれた。
    「ここ――!」
     友衛が、雪を蹴って跳躍。燃え盛る踵を、雪女へと落とした。焼き斬られながら、雪女はふらつく。どこ、と口の動きだけで呟く雪女に、友衛は痛みを覚えるほど強く、拳を握り締めた。
    (「道に迷うのは心細いものだ、帰りたい場所があるなら尚更に」)
     海月は、思う。あの雪女が、もしもただの人間であったのならば――こんな雪の中に置き去りにされた時、どんな想いだったろうか? それは、想像も出来ないような苦痛であったはずだ。
    (「でも共感はしても同調はできない。私は敵を倒す為にここにいるのだから」)
     放置をすれば、罪のない命が失われる。それだけは違う――それだけは、許されてはならない。これは、そういう話なのだ。
     だから抱擁は振り払い、嘆く声に耳を塞いで、思いきり殴りつけよう――寂しい人が早く眠れるように。
    (「護ります……。後悔しないで済むように!」)
     回復役に徹していた菖蒲が、そう硬く決意する。無力だった自分に打ち克つために――ただ守るのではない、守り抜くのだ!
    『あ、あああああああああああああああああああ、あああああああああああああ!!』
     雪女が、抱き着いてくる。その動きに、友衛は息を飲んだ。助けて欲しいと伸ばされる腕、それが自分へとしがみついてくる――しかし、その腕がヒュガガガガガガガガガガガガガ! と繰り出されたマジックミサイルによって弾かれ、相殺された。
    「畏れも鬼も滅する為に、私は力を尽くす!」
     そして、銀爪へと畏れをまとわせ友衛は振り抜いた。その斬撃を受けて、雪女は一歩、二歩と後ずさる――そこへ、海月が踏み込んだ。
    「クー!」
     クーが影が飲み込み、腕から手へと――海月は、そのトラウナックルを渾身の力で叩き込んだ。雪女の足が浮かび上がり、吹き飛ばされる。それを、そらとカノンが同時に追った。
    「合わせて!」
    「任せてください! 風伯!」
     カノンと刃と風伯の突撃が、空中の雪女を捉える。切り裂かれ吹き飛ばされた雪女を、上からそらがスターゲイザーでゴォ! と蹴り落とした。その落下地点に大量の護符を舞わせ、菖蒲が駆け込む。力強く軽やかな疾走、その動きはまさに鬼の舞だ。振るった刃が、雪女を大きく切り裂く――切り裂かれた雪女が、雪の上を転がっていった。
    「露も残さず。冷たい炎に、溶けて消えなさい」
     そこへ白狼――天代が、疾走する。燃え盛る霊刀『あやめ』の白い一閃を受けて、雪女はそれでもふらりと立ち上がった。
    「続けて行きます!」
     天代が横へ跳んだ瞬間、そこへ泉が入れ替わりで駆け込む。燃える右の回し蹴りが、雪女をそのまま薙ぎ払った。一回、二回、雪の上を雪女が転がっていく――そこに、雪がぴょんとジャンプした。
    「ぴょん太さんきっくですの」
     まさしくカエルよろしく高く跳んだ雪は、落ちる勢いを利用して雪女へと蹴りを叩き込む。ドォ! と雪を振るわせる重圧――スターゲイザーが、雪女を雪へと埋没させた。
    『あ、あ、ド、コ……?』
     それでもなお、さ迷うために雪女は立ち上がる。帰る場所などどこにもない――あるいは、もう残っていない古の畏れへ、このはは一気に駆け込んだ。
    「さようなら……なの」
     キン! とこのはの日本刀が、鍔鳴りをさせる。放たれた一閃が、雪女を断ち切った瞬間だ。パキン、というすんだ破砕音、それだけを残して、雪女は氷細工のように砕け散っていった……。


    「これで安心して春を迎えられますの」
     眼鏡をかけながら、雪は吐息と共にそうこぼす。それに、このはは雪女が砕け散って消えた場所を見下ろして、呟いた。
    「それにしてもあの雪女……どこか寂しそうだったの」
     エクスブレインが告げた伝承の中身を思い出しながら、このはは深いため息を漏らす。
    「あたしと、どこか似てる……ずっと一人で、寂しかったのかな」
    「古の畏れはなんか寂しいのが多いよな、戒めとしてそういう話ばっかり残ってるのかな」
     海月は、思う。そうならないように、後の人々のための教訓として生み出された伝承の登場人物達は、救われるのだろうか? 誰かのために、そのような悲劇の登場人物にされた者達は、何を報われるのか――それは、あまりにも難しい答えの出ない疑問だった。
    「…………」
     それでも、そらは黙祷を捧げた。確かにここにいた哀れな雪女のために……それくらいは、してあげたかったのだ。
    (「これで救われるわけじゃなくてもさ」)
     そのそらの姿を見て、天代の口から言葉がこぼれる。
    「……覚えておいて、あげるわ」
     呟いてから、畏れに同情的な言葉をかける自分に天代は困惑した。倒したすべき相手に、感情移入してしまったその事実に、ぼんやりとした表情はそのままに、天代は口を噤んだ。
     そこに、一陣の冷たい風が吹き抜けていく。
    「はう……寒いですの。早く帰ってお汁粉頂きたいですの」
    「ああ、風邪ひかないように早く帰ろう」
     小さく身震いした雪に、海月はそう言った。灼滅者達は、雪の公園を歩き出す。薄い雲に覆われた空を見上げて、ふと友衛は呟いた。
    「このスサノオが畏れを生み出したのは、確認できているだけで既に4度目か……スサノオの力がこれ以上増す前に尻尾を掴めれば良いんだが、なかなか手が届かないというのは歯痒いな」
     呼び起こした古の畏れの力を手に入れるスサノオの特性を考えれば、その焦りも当然だ。この空の下、どこかにスサノオがいる……どうすれば、そこへ手が届くのか? 友衛は、それを考えずにはいられなかった……。

    作者:波多野志郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年2月13日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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