猫と共に血の饗宴を阻止せよ!

    作者:南七実

     土手をあがり、あの角を曲がったら、目的地である建物が見えてくる。
     美也が通っている中学校だ。
     正面玄関から堂々と入って、目についた者から刺そう。子供も大人も容赦はしない。
    「ふふ……」
     邪悪な微笑みを浮かべた少女は、ぺろりと舌なめずりをした。
     用意した刃物は10本。とにかく殺したい。皆殺しだ。体の奥底から漲ってくる闇の力を、惜しみなく存分に発揮してやろう。
     標的の中に美也の友人も混ざっているのかと思うと、ゾクゾクする。
     見ていろ、美也――オマエの居場所は、この私が失くしてやる。
     と、その時。何かが少女の前に立ち塞がった。
     羽根のある猫だ。
    「……またオマエか。しつこいぞ」
    「みゃ! みゃーみゃーみゃあああっ!」
    「うるさい」
     舌打ちをする少女。学校へ向かう道中、自分の下僕であるこの猫が周囲をくるくる浮遊しながら邪魔をし続けている。斬り捨てても、何度も復活してきて同じことを繰り返すのだ。
    「みゃみゃ、みゃー、みゃー!」
    「鬱陶しい。どけ!」
     ザン!
     少女の刃が一閃し、行く手を阻む猫の体を無残に分断した。悲しそうな声をあげながら儚く消える猫を冷たい目で一瞥してから、少女は学校へと向かう。
    「止めても無駄だ。さて、賑々しく――血の饗宴を始めようか」
     
    ●血の饗宴を阻止せよ!
    「状況はざっとこんな感じだ」
     教室に集った灼滅者達に未来の状況を語って聞かせた巫女神・奈々音(中学生エクスブレイン・dn0157)は、そう言って眉根を寄せた。
    「中学校を襲おうとしているのは、闇堕ちしてダークネス『六六六人衆』になってしまった少女だ。名を如月美也という。本来は淑やかな少女だったようだが、闇堕ち後はかなり男らしい口調と立ち振る舞いをしているな」
     これまで、闇堕ちした少年少女を幾度となく救ってきた武蔵坂学園。
     今回は美也を救いに向かえばいいのかと、灼滅者達が任務の確認をする。
    「うん。美也が灼滅者の素質を持つ一般人だというのは、従来の救出任務と同じだ。しかし……」
     闇に落ちながらも完全なダークネスになりきれず、僅かに自我を残している通常のケースと比べて、今回は明確に違うところがある。
     それは勿論――美也の行く手を阻んでいる「猫」の存在だ。
    「これがどうやら、美也のポテンシャルが創り出した『猫のサーヴァント』のようなんだ。何度美也に拒まれ、消されても、すぐに復活して、彼女がこれからしようとしている殺戮行為を阻止しようとしているが……状況は芳しくない。サーヴァントがダークネスを止めるなど、そもそも不可能な話だしな」
     未来予知の中ではまだ、猫のサーヴァントはめげずに頑張っている。だが、それも時間の問題。阻止する行為を諦めて猫が消滅してしまった時――美也は完全に六六六人衆となってしまう。
    「そうなる前に、なんとか彼女を救出して欲しい」
     もしも手遅れなら、美也が大量殺人を引き起こす前に灼滅することになるだろう。
     
     灼滅者達が介入できるタイミングは、美也が中学校へ向かう道すがら。既に始業時間は過ぎ、通勤時間帯からもずれているため、人通りは少ないはずだ。
    「美也が移動するルートは地図に書き込んでおくが……途中で河川敷を通ることになるから、そこを狙うのがベストだろうな。街中の道端で戦うよりは動きやすいはずだ」
     闇堕ちした者を救出するには、一度戦ってKOするしかない。
     美也に接触すれば、ほぼ問答無用で戦闘となる。彼女が持つのは解体ナイフ。サイキックもそれに準じたものを駆使してくる。六六六人衆としての序列は不明だが、灼滅者8人で撃破できないほどの強敵ではないようだ。
     闇堕ちした本人を説得しながら戦うというのが、従来行ってきた基本的な救出作戦。しかし今回は――。
    「彼女の自我はすべて猫のサーヴァントとして出現している。だから、闇堕ちした美也本体には説得が全く通じないと思ってくれ」
     美也が中学校へ向かう間ずっと、猫のサーヴァントが出現しては消されるという状況が繰り返されている。どのように接触を図るか、よく考えて行動しなければならない。
     しつこく止めようとする猫サーヴァントを、美也がこの河川敷で斬り捨てるタイミングがあるようだ。
    「君達のことを『美也を助けに来た者』だと理解してくれたなら、猫のサーヴァントは戦闘に参加せず応援に回る。だが、もしも『美也を殺しに来た者』だと判断されてしまったら……猫のサーヴァントは君達を敵とみなし、美也側について攻撃を仕掛けてくるだろう」
     つまり、美也を救うためには、猫サーヴァントの信用を勝ち取ることが必須となる。
    「サーヴァントが人語を解するのは知ってのとおりだし、戦闘になってしまっても声は聞こえる。心に響く言葉を投げかけて、猫を説得してくれたまえ」
     ただし、態度と言葉があまりにも食い違う場合や、美也を本気で灼滅しようとする者がいる場合、説得は通じにくくなるだろう。猫サーヴァントに何を伝えるのか、どう説得するのか、事前によく考えておく必要がある。
    「美也はかなりの猫好きだったらしい。友達の間では『ミャー』という渾名で呼ばれていたようだ。この猫の鳴き声はまるで、彼女の名前を呼んでいるようにも聞こえるな……猫も、なんとかして美也の悪事を止めたいのだろう」
     救出か、灼滅か。美也の運命は灼滅者達に委ねられることとなる。
     できれば彼等を救ってやってくれ――神妙にそう言って、奈々音は説明を終えた。


    参加者
    小碓・八雲(鏖殺の凶鳥・d01991)
    千条・サイ(戦花火と京の空・d02467)
    天樹・飛鳥(Ash To Ash・d05417)
    桜庭・翔琉(徒桜・d07758)
    レイン・ティエラ(氷雪の華・d10887)
    葉新・百花(お昼ね羽根まくら・d14789)
    唐沢・一也(残響を聞く者・d22673)
    赤石・なつき(そして心をひとつまみ・d29406)

    ■リプレイ

    ●接触
     やけに重そうなコートを羽織った美也が、迷いのない足取りでこちらへ向かってくるのが見えた。
     猫の姿は確認できない。おそらく彼女の邪魔をして消されてしまい、まだ復活していないのだろう。
     土手の上に立った千条・サイ(戦花火と京の空・d02467)は、周囲をざっと見回した。平日の昼間ということもあって、人の姿はまばらだ。犬の散歩をする老夫婦など数人が川向こうに見えるが、これから戦場になるであろう近辺に一般人の姿はなかった。
    「大丈夫そうやな、今のところは」
    「けれど……やはり、人払いは確実にしておきたいですね」
     無関係な者を戦いに巻き込む展開はなんとしても避けたい。葉新・百花(お昼ね羽根まくら・d14789)の言葉に肯いた桜庭・翔琉(徒桜・d07758)が殺気を放出すると、ほどなく河川敷周辺から一般人の姿が完全に消えた。
    「殺界形成の影響があるのは一般人だけだものね。これで、気兼ねなく動けそうだ」
     取り返しのつかない事態になる前に何とか美也を助けたい、と天樹・飛鳥(Ash To Ash・d05417)は思う。だがそれにはまず、猫サーヴァントの信用を勝ち取らなければならない。
     灼滅者達が待ち受けている事など気づきもせず、美也はどんどん近づいてくる。
     と、その時――彼女の歩みが止まった。たったいま復活したらしい猫のサーヴァントに、行く手を阻まれたからだ。
    「みゃう! みゃあぁっ」
    「またオマエか」
     美也を止めようとする猫の必死で愛らしい姿を見て一瞬もふりたい衝動に駆られたレイン・ティエラ(氷雪の華・d10887)が、今はそれどころではないと欲求を振り払い「行こう!」と脱兎のごとく駆け出した。
    「邪魔だ」
     鳴き続ける猫を煩わしそうに睨みつけた美也が、幾本もの刃物が括りつけられているコートの内側に手を入れて、無骨なナイフをズルリと取り出す。
    「……させるか!」
    「なっ!?」
     間一髪、レインを追い越して美也の眼前に飛び込んだ翔琉が、自らの体を盾にして猫を抱え込んだ。
     ザンッ! 鋭い痛みが彼に襲い掛かり、周囲に鮮血が飛び散る。さすがダークネス、一撃が苛烈で重い。
    「こらこら、動物虐待はいただけないな!」
     レインが大げさな身振りで美也の注意を引きつけ、その動きを牽制する。
     追って駆けつけた唐沢・一也(残響を聞く者・d22673)が、傷ついた翔琉と猫を庇うように美也の前に立ち塞がった。
    「あっぶねぇ! 猫助、大丈夫か? 俺らはお前らを助けに来た。もうちょっと頑張ろうじゃねぇか」
     美也に斬られるのを覚悟していた猫は、唐突に現れた謎の集団に驚き、動揺する。この人間は自分を庇って刺された。美也が――遂に美也が人を傷つけてしまったのだ!
    「みゃ……みゃああああ!」
     深い悲しみと絶望、そして諦めに囚われた猫の悲痛な叫びがこだまする。
    「安心しろ、俺達は美也を元に戻すために来たんだ」
     自分を抱え込む人間がまだ生きていることを、猫は不思議に思う。
    「大丈夫。なつきたちは、簡単にやられたりはしません。これぐらいの傷、すぐに治せます」
     指先に集めた霊力で翔琉の刺し傷を癒した赤石・なつき(そして心をひとつまみ・d29406)が、やや緊張気味だが真摯な笑みを猫へ向けた。
    「まだ諦めるには早い。オレも含めて、此処にいるうち五人は如月美也と同じ……殺人衝動と向き合って、打ち勝っている。希望はある。誰より……お前がそれを諦めるな」
     諭すような小碓・八雲(鏖殺の凶鳥・d01991)の言葉に、猫が何らかの反応をしかけた時。
    「くっ。くくくくく……くはははははははは!」
     美也が突如、鬼気迫る形相で笑い出した。
    「思った通り、人を刺すのは楽しいな。もっと、もっと血を! よし、学校へ行く前にここでオマエ達とリハーサルをするとしよう!」
     血を浴びて随分と興奮しているようだ。いきなり飛び込んできた集団の正体など問い質しもしない。いや、そんな事は彼女にとってどうでもいいのだろう。
    「う……やっぱり、大人しくしていてはくれないよね」
    「くはははははッ!」
     笑いながら突撃してきた美也の一撃をスレスレで避けた飛鳥が、シールドを拡げて前衛陣の防御を強化する。
     こちらから攻撃するつもりはまだないが、黙って刺される訳にもいかない。レインは美也から視線を外さず、彼女の足止めをするべく身構えた。
    「みゃ……」
     翔琉の手から離れた猫の表情が、「一体何が始まるのか」と言わんばかりに強張る。
    「やほー猫。急にすまんなー、手ェ貸しに来た」
     サイはなるべく深刻にならないよう、緊張をほぐすように軽めの口調で状況の説明を始めた。
    「俺らは美也とおんなし力持ってる存在や。今の美也はダークネスいう輩に身体使われとって、あんたが消えてまうと完全に乗っ取られるギリギリの状態や。わかるか?」
     急に言われても信じられないかもしれませんが、となつきが言葉を引き継ぐ。
    「それを防ぐには、戦って大人しくさせないといけないのです。ちょっと乱暴ですけれど。以前なつきもそうやって助けてもらいました。だから死んだりしません。大丈夫です」
     美也おねえさんの身体がこれ以上勝手なことをしないうちに、なつきたちに止めさせてくださいと、なつきは必死で猫に語りかける。
    「み、みにゃ~?」
     知らない人間に沢山話しかけられて戸惑う猫。
     その脇で、美也が哄笑しながら刃物を振り回し、防戦を買って出た灼滅者達を攻め立てているのが、何ともシュールな光景であった。
     百花は構わず続けた。
    「私達は美也さんを止めに来たの。殺しに来たんじゃないのよ? 美也さんの中の悪い部分と戦いに来たの」
     防戦のさなか、美也の刃物を食らった一也が一歩後退し、自己を回復しながら猫に語りかける。
    「判るだろう? このままだと、お前の本体は人を殺す。でも如月は運がいいな。完全に闇堕ちする前に俺達と会えたんだ。この運……無駄にしないでくれよ!」
    「みゃ……」
     つまりどういう事だろうといった感じに首を傾げた猫を見て、翔琉が簡潔にまとめてやった。
    「美也を元に戻すためには、攻撃して一度倒さなければならない、ということだ」
     倒すという言葉を聞いて、猫がビクッと身を震わせた。
    「ぐっ!」
     美也に刺されてドサリと倒れ込んできたレインが、百花の祭霊光に癒されながら猫を諭す。
    「美也には少し痛い目をみて貰う事になっちゃうけれど、そうしないと君を救えない。大丈夫、信用してみてくれないかな。今の君じゃ、止められないだろうから。代わりに俺達がやるよ」

    ●救うための戦い
     一応、一通りの説明は伝わったようだ。猫は下を向いて考え込んでいる。
     見ず知らずの人間の言葉を信用していいのか?
     戦って倒す? もしそのまま美也が死んでしまったら?
     自分は従僕として、美也を守るために彼らと戦うべきなのでは?
     そんな風に悩んでいるようにも見える。
     けれど――猫は顔を上げて翔琉を見つめた。あの人間は自分を庇ってくれた。それに彼らはまだ、誰一人として美也に対して攻撃を仕掛けてはいない。
    「飽きた」
     唐突に美也の動きが止まった。直前まで浮かべていた笑顔が消え、見るからに不満そうな表情になっている。
    「オマエ達、これだけ刺しているのに何故死なない? しぶとくてつまらんな。やはり学校へ行って、弱い奴を片っ端から」
    「ここは通さへん。どうしても言うんなら、俺達全員殺して突破するしかないで」
     勿論簡単にやられるつもりもないんやけどなとサイが美也の台詞を遮り、彼女の行く手に立ち塞がった。
     無駄と知りつつも、八雲は美也へ言葉を叩きつけてしまう。
    「如月、その猫は他の誰でも無い……おまえ自身の心が生んだものだ。凶行に抗おうとする強い心そのものだ。殺すなら……その殺意を殺してみせろ!」
     すると美也は瞠目し、そして再び邪悪な微笑を浮かべた。
    「なるほどな。それなら……その猫を完全に殺せば、美也の魂も消えるという事だな」
    「!」
     刹那、地面を蹴った美也が一瞬にして猫との距離を縮めた。
    「ひにゃー!」
    「悪いけど、やらせるわけにはいかないよ!」
     体を投げ出して美也の刃を背に受けた飛鳥が、自らが庇った猫に血まみれの笑顔を向ける。
    「ボク達が美也を助け出してみせるから、決して諦めてはいけないよ……!」
    「みゃあああぁぁ……みゃ、みゃああー!」
     涙目になりながらも、これまでにない力強い声を上げた猫が、一也の背をぐいっと押すような仕草をした。
     これは、もしや。
    「いいのか?」
    「にゃ!」
     これ以上美也に人を傷つけて欲しくないと思ったのだろうか。どうやら猫は灼滅者達を信用してくれたようだ。そう判断した一也が、鋭い声を発する。
    「皆、攻撃開始だ!」
    「了解――久当流……封の太刀、撃鉄!」
     上段の構えから振り下ろされた荒神切 「天業灼雷」が、隙だらけだった美也に襲いかかる。
    「ぐわっ!?」
    「一気に畳みかけるで!」
     突然の反撃に対応しきれずバランスを崩した美也の死角へ飛び込んだサイが、オーラを滾らせ、敵の急所を断ってその足取りを鈍らせた。追い打ちをかけるべく螺旋の捻りを加えた一撃を繰り出した翔琉が、苦痛に顔を歪めた美也を真っ直ぐに見据える。
    「待っていろ、すぐに助け出してやる」
    「よ、よくもやってくれたな……殺す、殺す殺す殺す、殺してやるうぅぅッ!」
    「わうっ!」
     狂乱する美也の刃から主を守ったのは、霊犬のギン。半獣化させた腕を一振り、銀の爪で相手を引き裂いたレインが、殺人衝動に突き動かされる美也に同情の目を向けた。
    「その衝動、良く分かるよ。昔は俺もそうだったからね……でもさ、絶対後悔するよ。だから、止める。俺の我がままだけれど、絶対に止める」
    「うん、猫とも約束したからね。必ず阻止するよ!」
     先刻受けた傷の痛みなどものともせず、飛鳥が影の触手を伸ばして美也の体を絡め取った。
    「ぐ、うぅ……」
     ぐらりとよろける美也の動きを更に鈍らせるべく、なつきが黒死斬で一閃。
    「なつきも以前、皆に助けてもらった……だから今度は、自分が頑張る番!」
    「私がここにいる限り、美也さん、あなたに殺人は犯させないっ!」
     後方に下がった百花は、美也の動向から目を離さず、仲間が傷つけられれば即座に癒しの手を向けられるよう油断なく身構える。
    「殺す殺す殺す殺す殺す殺すぅぅぅぅぅぅぅッ!」
     最初の余裕はどこへやら、四方八方から攻撃を食らった美也は、髪を振り乱して闇雲にナイフを振り回し始めた。
     ビハインドのリサが、前へ出た主を援護するように霊障波を放つ。美也の懐に飛び込んだ一也は、彼女と刃を交えながら、絞り出すように言葉を吐き出した。
    「殺したいのは俺も同じだ。だが、俺はまだ人だ。だれでも殺したいわけじゃねぇ、今生きている人を守るために戦ってんだ。お前の家族や友人もな……刃の使い道を誤るな。目ぇ覚ましてもらう為にも、一旦大人しくなってもらうぞ!」
    「う……ぐぐぅ」
     灼滅者達の凄まじい猛攻に、美也は全力のサイキックで対抗する。だが、それも長くは続かず。
    「久当流……外式、夜刀御雷ッ!」
    「ぐわあっ! そんな、馬鹿な……」
     八雲の神霊剣に膝を折った美也が、そのままゆっくりと地面に倒れ伏す。
    「みゃ……あ」
     空中で歯を食いしばるようにして灼滅者達の恐ろしげな戦いを見守っていた猫は、美也のKOと同時に弱々しい鳴き声を上げた。
     そんな猫の様子を見ながら、サイがそっと溜息をつく。
     正直、灼滅者とは化け物であるという実感が彼にはある。それに灼滅者化しても殺人衝動は消えない。美也にとってそれが良い事なのかどうか。それでも己のまま生きたいのであれば――。
    (「……ま、手ェくらいは貸したろか」)
     さしあたり今は、心霊手術で美也の傷を回復しておいてやることにしよう。

    ●新たな仲間
     よく頑張ったと労って頭を撫でてやろうと、百花がそっと猫に近寄った。隙あらばもふりたいと思っていたレインも、彼女に負けじと手を伸ばす。しかし、猫は「みゃあ」と嬉しそうに一声鳴いて、美也に吸い込まれるようにして消えてしまった。
    「みゃー。結局触れなかった、残念……ねえ翔琉、あの猫どんな触り心地だった?」
    「え? ああ、ふわっふわだったな」
    「……やっぱり、もふりたかった……」
     名残惜しそうなレインの横で、自分の胸にそっと手を当てる百花。
    「……私の中にも……猫さん、居るのかな?」
     八雲は、気を失ったままの美也に厳かに語りかける。
    「命懸けでお前を救おうとした相棒……大事にしてやるんだぞ」

     しばらくして意識を取り戻した美也は、闇堕ち中には見られなかった穏やかな表情で、灼滅者達を見上げた。
    「えっと……この状況って、一体。え、あ……きゃあ、なにこれ!」
     いきなり騒ぎ出しオロオロする美也。どうやら自分が着ていたコート(刃物満載)に驚いているようだ。
     ただ、何が起こったか全く理解できないという事でもないらしい。
    「わわわ私、こんなもの持ち出して何を……あの、皆さんが止めてくれたんですか?」
     話を聞けば彼女、大量の宿題に向き合っているうちに教師達を殺害したくなり、制御できず闇堕ちしてしまったらしい。これまでに殺人衝動が襲ってきたときは、刃物コートを作成しつつ架空の殺人計画を練ることで何とかそれを抑えていたというのだが。
    「美也、内から溢れるその力に溺れてはいけない」
     自分を失うことなくその力を発揮することだって出来る、俺達みたいに――そう言って、翔琉が美也の手を取って立ち上がらせた。
    「行こう、一緒に。俺達は仲間だ」
     灼滅者としての心得や学園について彼女に詳しく教えなくてはならないな、とレインは苦笑する。
    「君と同じ境遇の子もいるかもね」
    「皆さん、初対面とは思えない親近感が……無性に額をこすりつけたくなるんですけど、なんでかな。私、猫みたい」
     無意識のうちに猫サーヴァントになっていた自我の影響だろうか。
    「ところで猫は好き?」
     レインの質問に「大好きですよっ」と答える美也。
    「実は俺も猫好きなんだよねー」
     和気藹々と日常会話が弾むのも、闇の脅威が封じられた安堵感によるものなのだろう。
    「ともあれ、任務完了です。皆さん、お疲れ様でした。おやつがありますので、よろしければどうぞ」
     そう言ってなつきが、仲間の掌に金平糖をころころんと配ってゆく。色とりどりの甘味は、傷つき疲れた体を優しく癒してくれそうだ。
     ありがとうと美也からも笑顔を向けられ、なつきははにかみながらにっこりと頷いた。
     

    作者:南七実 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年2月17日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 3
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