赤い紙、青い紙

    作者:森下映

     福岡県のとある中学校。
    「俺ちょっとトイレ」
    「あ、お前そこのトイレ、1番奥の個室には入んねーほうがいいぞ」
    「ばっ、個室に用ねえよ! けどなんでだ?」
    「噂があってさ、そこの個室で紙がなくて誰かいないかーって叫ぶと『赤い紙と青い紙、どちらがいいですか』って声がするんだって。それで、」
    「あーそういうのきいたことある! 赤い紙って答えると血がいっぱい出て死んで、青い紙って答えると血の気がひいて死ぬ、とかいうやつだろ。うちの学校にもあるのか」
    「ああ、七不思議に入ってるらしいぜ」

    「みんな、天生目・ナツメ(大和撫子のなり損ない・d23288)さんと、千布里・采(夜藍空・d00110)さんから九州の学校で多数の都市伝説が実体化して事件を起こしているという報告があったことは知ってるよね? 今回予知できたのは福岡県の中学校に現れる都市伝説だよ」
     頻発している七不思議の都市伝説についてはHKT六六六及びうずめ様の関与が疑われているが、確証はない。どちらにせよこのままでは多くの学生たちが被害にあってしまうので、急ぎ解決に向かって欲しい、と須藤・まりん(中学生エクスブレイン・dn0003)は言った。
    「その学校は3階建。その3階の端にある男子トイレの1番奥の個室に入って、誰かいないかと呼びかけると『赤い紙と青い紙、どちらがいいですか』って声がするんだ。で、赤か青か答えると都市伝説が現れる。どっちを答えても大丈夫だよ」
     都市伝説は1体で、体長2メートルほどの死神の姿をしている。
    「赤い紙と答えた人のことは鎌で斬り裂いて殺して、青い紙と答えた人からは生命力を吸い取って殺していたようだね。都市伝説が現れるのは夜間なことと、昔からあった噂だからあまりその個室が使われていないのは不幸中の幸いだけど、いつまた被害者が出るかわからないよね」
     トイレには人が通り抜けられるくらいの窓があり、校庭に面している。トイレ自体は一般的な学校の仕様、トイレ前の廊下も同様。都市伝説は答えた人のことを執拗に追ってくるので、誘導しての戦闘も可能だ。
     学校は夜10時には無人になるので、それ以降に侵入、接触することになる。トイレ、廊下は電気をつけることができるが、校庭は暗い。
     戦闘時、都市伝説は咎人の大鎌と殺人注射器相当のサイキックを使う。ポジションはクラッシャー。
    「それから、やっぱり今回も何者かの気配は感じるんだ。襲ってくることはなさそうだけど、事件解決後は安全のため、すぐに帰還するようにしてね。じゃあ、よろしくね!」


    参加者
    戒道・蔵乃祐(グリーディロアー・d06549)
    如月・春香(クラッキングレッドムーン・d09535)
    神乃夜・柚羽(燭紅蓮・d13017)
    狩家・利戈(無領無民の王・d15666)
    西園寺・めりる(お花の道化師・d24319)
    犬塚・小町(壊レタ玩具ノ守護者・d25296)
    真神・峯(秘めた獣の心・d28286)
    凍月・緋祢(コールドスカーレット・d28456)

    ■リプレイ


    「2メートルの死神って大きいですね……」
     持参したランプで校舎のほうを照らすように見ながら、西園寺・めりる(お花の道化師・d24319)が言った。如月・春香(クラッキングレッドムーン・d09535)が殺界形成を展開しており、住宅街ではあるが人が近づいてくる心配はない。今は、都市伝説の呼び出し役として、戒道・蔵乃祐(グリーディロアー・d06549)とともに校内へ向かった犬塚・小町(壊レタ玩具ノ守護者・d25296)が持参したサイリウムを、待機組で校庭にまいている最中。ナノナノのもこもこもめりるを手伝っている。
    「怖い七不思議なんですー……わたし、暗い都市伝説に妙に縁があるですよ……」
     めりるは今までに出会った、家の奥で手紙を書き続けている少女や、夕暮れ時に公園で子どもを永遠に引き止める少女の都市伝説を思い出す。
    「学生が集まる場所って、いろいろな噂も集まりますし、そして広まりやすいですよね」
     神乃夜・柚羽(燭紅蓮・d13017)が言った。小町と蔵乃祐がつけているのか、校舎のところどころに電気が灯っていく。柚羽は七不思議の都市伝説が現れるというトイレの方向を見上げ、
    「赤い紙青い紙の話もきいたことがあります。ですが死神の姿とは初めて見聞きしますね。トイレから手がでてきて襲い掛かってくるものだと思っていました」
    「そういやさー」
     狩家・利戈(無領無民の王・d15666)が辺りを見回すようにしながら言った。
    「タタリガミってダークネスが都市伝説を生み出す黒幕って話なんだろ? そいつらぶっ潰せば都市伝説って生まれないんかね?」
     ラブリンスターからの情報が気になる利戈。何か反応がないかと、わざと周囲に聞こえる声で話す。
    「ん……都市伝説の全てがそういうわけでもないだろうけど」
     ナノナノのちぇっくんとともにサイリウムをまきながら、真神・峯(秘めた獣の心・d28286)が言った。
    「でも、都市伝説に対する存在はいるわけだね」
    (「七不思議を操る灼滅者か……」)
     無理やり闇堕ちさせられたらしい灼滅者。峯は、ダークネスを敵と考えている自分たちとは考えの違う存在――例えばダークネスと共存しようだとかダークネスの下でもいいといえるような――がいることは仕方ないと考えている。しかし自分から選んだわけでもなく従わされているのならそれは。
    (「許せない、ことだよね」)
    「ナノ……?」
     峯の緊張感を感じてか、ちぇっくんが心配そうに峯の方を見る。峯は、ぽん、とちぇっくんの頭に手をおき、
    「まぁ……今は目の前の敵に集中しようか」
    「ナノ!」
    (「七不思議使い様……」)
     凍月・緋祢(コールドスカーレット・d28456)は、住宅街に影響が出ないよう方向に気をつけて光源を設置しながら、もしかしたら近くにいるのかもしれない灼滅者のことを考えている。
    (「次は、必ず助け出します」)
     今は救出できないことは歯がゆいが、仕方がない。
    「……今回は都市伝説の灼滅を優先いたしましょう」
    「はい! 被害が出る前に食い止めるですよ!」
     めりるが言った。
    「そろそろかしらね」
     校舎の3階に電気が点いたのをみて、春香が言い、ビハインドの千秋も戦闘に備える。戦いの開始は近い。


     問題のトイレの個室。小町は、首に巻いている3人は包めそうなほど長いマフラーの端を、そっと肩の後ろへ送る。そして、ふう、と軽く息を吐いて気持ちを整えると、
    「誰か……いる?」
     数秒。
    『赤い紙と青い紙、どちらがいいですか』
     男とも女ともつかない、なんとも形容しがたい声がした。小町は右手の聖剣をぐっと握り、
    「……赤い紙をくれないかな?」
     途端、びゅうと風を斬り裂く音とともに巨大な刃が振り下ろされる。が、
    「お化けチックな相手にこそ、この剣だよね」
     祝福されし、破邪の聖剣。白光の斬撃が向かい、死神の刃と激しくぶつかった。その間にバン! と小町はドアを蹴る。
    「大丈夫ですか」
     待機していた蔵乃祐が駆け寄った。そして手の甲から展開したシールドを小町へ与えて盾とする。
    「うん! ……次くるよ! 行こう!」
     黒く長い外套の中に浮き上がる白骨の顔。小町は窓枠へ手をかけると、一気に両足で乗り越え、外へ飛び出た。小町を援護するため、死神より先に続いて蔵乃祐も飛び降りる。眼下にサイリウムの光。たなびく小町のマフラーが、彼女の身体と一緒にくるっと一回転、幻想的に渦を描いた。
    (「この都市伝説も恐らくタタリガミの……」)
     追ってくる死神を肩越しに感じつつ、蔵乃祐は思う。今回は彼らに接触出来ないことは蔵乃祐も歯がゆい。だが、
    (「無理矢理利用されているのなら。都市伝説を倒すことが少しでも彼等を救う助けになれば」)
     自己満足にすぎないかもしれない。それでも。
    「そういうの気に入らないです。……!」
     空間がねじ曲げられたかのようだった。突然自分のすぐ隣にぽっかりと闇が広がる感覚。蔵乃祐の傍ら、黒い外套、長い鎌を着地の体勢に入る小町へ振り下ろそうとする死神へ、蔵乃祐は即座に自分の影を向かわせる。空中に黒インクをぶちまけたかのように、影の触手が広がり、死神を捕らえた。その間に小町はESPの助けを借り、羽織ったカーディガンの裾をふわり、ふくらませて着地。続いて蔵乃祐も着地する。
    「へっ、空中じゃ身動きできねえだろ? 喰らいやがれ!」
     拳に雷光を走らせ、利戈が跳び上がった。利戈は薙ぎ払おうとする死神の鎌をくぐり抜けて懐へ入り、死神の顎を強烈に叩き上げる。死神が大きく後ろへ飛ばされている間に、峯はエナジーの光輪を分裂させて自分の盾と従え、小町を守るように位置をとった。蔵乃祐は後衛へ下がり、ちぇっくんは死神へしゃぼん玉を飛ばして牽制する。
    「!」
     刹那、空中に無数の刃が現れた。刃はめりると春香へ襲いかかり、死神は自ら召喚した刃の隙間を抜けて、小町を追いかけようとする。が、刃をすり抜けたのは死神だけではなかった。高い回避力を十分に生かし、無傷で駆け込んだ春香が、杖のように細いcresc.fortississimoのネックを操り、三日月のようなボディを振り下ろすと同時、逆側からは千秋が霊撃を放つ。
    「ナノ〜?」
     傷を負っためりるを心配するもこもこ。めりるは、師匠と慕う人から受け継ぎ、さらに研ぎ直した日本刀、朝霧十三刀真打「蓮花翡翠」を携え、
    「まだまだ大丈夫ですよ! もこもこ、しゃぼん玉です!」
    「ナノ!」
     もこもこの放ったしゃぼん玉がぱちんと弾けた。死神の動きが惑う間に、めりるは刀を手に死神の真正面へ駆け入る。
    「切れ味はいいはずですよ。鍛錬の成果をお見せするです!」
     刀を上段に構え、めりるが地面を蹴った。勢い、こげ茶の髪が交じるピンクの一房とともに舞い上がり、刀が振り下ろされる。対して防御に鎌をふりかぶる死神。しかし、めりるは全身の力を使い、自分よりはるかに大きい死神を、武器ごと強烈な斬撃で叩き割った。
     ぐらりとよろけた死神の手から鎌が消える。かわりに細長く錆びた様相の注射器が現れた。死神は自分へその針をさし、傷を癒しながらさらに小町を追いかける。
    「……追いかけっこに夢中でいらっしゃいますね。私も参加させていただきましょう」
     緋祢が死神の背後へ一気に間合いを詰めた。緋祢の漆黒の髪が、1度溶けこむように死神の影に消え、次の瞬間、赤い瞳の映える横顔、視線のみを残して飛び抜ける。途端死神の外套がめくれ、青白い骨が落下し、ガシャガシャと音をたてて地面とぶつかるそばから消滅していく。さらに、
    「戦う時は1人に目を取られると死角からの攻撃に気付けませんよ」
     死角に潜んでいた細い影がもう1人。死神の外套の至るところに切れ込みが入り、破け散る。
    「御注意を」
     指先にオーラを灯したまま、柚羽が言った。
     

    「まかせて! 回復するよ!」
     小町の聖剣に刻まれた言葉が、風となって前衛を吹き抜ける。自分への付呪も浄化の手段ももたない敵。危険な刃の攻撃による状態異常をいち早く取り除く小町の判断は、戦況の優勢を後押しする。
     蔵乃祐の放出した白炎が前衛を包んだ。死神が攻撃の標的を見失いかける中、利戈が飛び出す。
    「ひゃっはー! 死神は浄化だー!」
     手の甲から展開した障壁で、利戈が死神を殴りつけた。死神のどんよりと暗い目の空洞の奥に怒りの炎が上がる。誘導当初は列攻撃をはさみながら執拗に小町を追いかけていた死神だが、利戈と蔵乃祐の攻撃で怒りを煽られ、単攻撃の対象も分散してきている。
     利戈へ死神が注射器を向けた。が、注射器の針は利戈の前に飛び込んだ峯の、クロスさせた肘下へ刺さる。
    「……っ、」
     針から生命力を吸い取られていく感覚に峯は思わず眉をしかめた。
    「ナノ!」
     ふらつく峯にちぇっくんがハートを飛ばす。そして峯から注射針を引き抜き、飛び抜けようとした死神へは、
    「毒には毒をです!」
     同じく手に注射器を構えためりるが跳び掛かった。もこもこのハートも届き、体勢を立て直した峯は、拳に全身の闘気のオーラを集束。追って駆け出す。
     めりるの注射器の針が、死神の外套上から突き刺さった。毒が死神を蝕んでいくところへ春香の放った鋭い光条が重ねて刺さる。『悪しきもの』は春香の光に深々と貫かれ、続けて千秋の毒の波動に押し戻された正面、羽根から煌き散るロッドを両手の指先で押さえた柚羽が爪先で跳んだ。咄嗟に真後ろへとびのこうとする死神。しかし、
    「はい、捕まえました」
     背後、頭上から緋祢が縛霊手を振り下ろす。放出された霊力の網が、魔力を朝の水滴のように煌めかせ、死神をその場へ捕らえた。次いで振りかぶられた柚羽のロッドが煌きを落としながら、死神の胸元へ一撃。柚羽の漆黒の瞳が見すえる先、ロッドから魔力が死神の体内へ送りこまれ、死神は不気味な叫び声をあげる。
     そして下方、機を逃さず近接へ入り込んだ峯の拳が強烈な連打を加える。注射器から持ち替えられた鎌が周囲を薙ぎ払おうとした時には、すでに緋祢も柚羽も、峯も間合いにはおらず、ただ柚羽の注ぎ込んでいた魔力が外套の下で爆発を起こしただけだった。


     空気を死神の声が震わせた。冷静かつ回復に手厚い布陣の灼滅者たちは、勢いにのり都市伝説を追い詰める。
     再び空中に無数の刃が召喚された。蔵乃祐は瞬時に刃の合間に動線を見出し、紙一重で避けながら駆け入る。緋祢は自分に向かってきた刃の1つを、炎を纏った足元で蹴り止め、そのまま振りぬいて着地すると、手元のソードを非物質化させて内周へ切り込んだ。
     最後の刃をくぐり抜けた蔵乃祐は、後ろ側の足へ重心を戻し、踏み切ってシールドを展開。クッと手首を固めると、死神を見返るように殴りつける。死神は暴走する精神に任せて空いた蔵乃祐の間合いへ逆に入りこむと、周りごと薙ぎ払おうとした。しかし、春香のギターでの殴打がそれを許さず、さらに蔵乃祐から死神を遠ざけるように千秋の霊撃が死神を吹き飛ばす。
     そしてもこもことちぇっくんのハートが飛び交う下、地を疾走するめりるの影。
    「影に飲まれるです」
     めりるの言葉と同時、地面から影がぐわりと立ち上がり、大輪のラフレシアとなって咲いた。花弁に飲み込まれた死神はもがき抜けだそうとするが、影はもがけばもがくほど逃げられなくなる蜘蛛の巣のようにまとわりついて離れない。
     影が地面に溶けると入れ替わり、トラウマが出現。翻弄される死神の後ろ、柚羽の聖剣の細い切先緋色のオーラが長く尾をひき、死神の魔力を奪い取ってたなびく。取り返さんとばかり死神は、柚羽へ注射器の針を向けた。が、柚羽は細身の身体をたんとしならせ、かわした上、かわりに死神を峯の半獣の腕に光る爪が襲う。
     爪とぶつかり、バキン、と音をたてて注射器が割れた。その破片と押し寄せる空気を凍らせるような死神の唸りから身を守るように逆の腕を構え、峯は死神の外套の中深く、爪を突き刺す。対角、小町は聖剣に白光をたたえ、利戈の固く握った拳には王気・紅が灼熱の劫火のように燃え猛る。
     背中に斬撃の気配を感じ、1度身を縮めて死神をとびこえた峯とすれ違い、小町の放った斬撃が死神へ命中した。そして、
    「潰し、穿ち、ぶち壊す!我が拳に砕けぬものなど何もない!」
     利戈の激しい連打が死神の外套を巻き上げ、身体を折り、中の骨を打ち砕いて粉にしていく。
    「死神なんざ、お呼びじゃねえんだよ!」
     利戈の最後の一撃、燃える王気に支配され、死神の身体が跳ね上がった。着地点、緋祢は聖剣をすっと下方へ構え、
    「これで、終わりです」
     非物質化された聖剣が死神を下から上へ切り割いていく。まるで霊魂が分離したかのようにぶれ、二重になった死神の姿が、真っ二つに裂けた。風のような鳴き声のような叫びのような音を残し、死神は消滅した。


    「もこもこ、ありがとうです」
    「ちぇっくんもおつかれさまなんだよ」
     サイリウムを集めを手伝っていたナノナノたちに、めりると峯が言った。そして、
    「ん、大丈夫そうですね」
     めりるは大事な刀の刃こぼれを確認する。と、
    「おまたせ!」
    「お待たせしました」
     校舎内の電気を消しに行っていた小町と蔵乃祐が戻った。
    「……何か見つかったかしら」
     春香の問いに、2人は首を横にふる。
    「何か残してくれていれば、ここでも確証がとれたのですけれど……やはりそう簡単にはいきませんか」
     柚羽が言った。
    「あー、会ってみたかったよなあ〜!」
     利戈が言う。
    「うずめ、何をやろうとしているんでしょうね」
     蔵乃祐が言った。表面だけをみれば、学校で起きた七不思議の都市伝説、という事件。しかしその裏側には。タタリガミの存在は確認されたが、蔵乃祐の言う通り、うずめの真の目的はまだわからない。
     死神を生み出したタタリガミも闇堕ちから救える日はくるだろうか。
    (「いつか……必ず……」)
     暗く戻った学校を振り返り、緋祢は心の中で繰り返した。

    作者:森下映 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年2月15日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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