自由気ままに……

    作者:奏蛍

    ●獲物……お洋服を物色
    「あー! あの服とっても可愛いなぁ」
     きらきらとした瞳で見つめる少女の隣で、羽の生えた猫が不安そうに瞳を揺らす。
    「バイトしてもお洋服たくさん買えないしなぁ……」
     考えるように尖らせた唇は、非常に魅惑的だ。
    「だったら楽しいことするついでに、お洋服も買ってもらっちゃおうかなぁ」
     何かを想像した少女が恍惚とした表情を浮かべた。邪魔になってしまったら、そのとき考えればいい。
     そうと決まればと言うように、獲物を狙って足を踏み出そうとする。
    「にゃぁあーー!」
     それはダメー! と言うように、飛んだ猫が少女の顔の前で必死に鳴き声を上げる。
    「もう、邪魔しちゃダメでしょ? 悪いにゃんこちゃんね」
     ふふっと、猫の鼻先を指でつついた少女が横を通り過ぎる。
    「にゃ、にゃぁあ!」
     それでも猫は必死に少女を止めようとするのだった。
     
    ●猫
    「女の子が闇堕ちしそうになっているんだ!」
     教室に足を踏み入れた灼滅者(スレイヤー)たちに向かって、須藤・まりん(中学生エクスブレイン・dn0003)がずいずいっと迫った。みんなが来るのを待っていましたという感じだ。
     そして詳しい情報を話し始める。ダークネスの持つバベルの鎖の力による予知をかいくぐるには、彼女たちエクスブレインの未来予測が必要になる。
     通常、闇堕ちしたダークネスはすぐに人としての意識が消え去ってしまう。しかしこの少女はダークネスの力を持ちながら、人としての意識が残っているのだ。
     その形が猫のサーヴァントだ。少女の悪行を猫は止めようとはするが、ダークネスを止めることは不可能なようだ。
     この猫が少女の悪行を止めるのを諦めてしまったとき、少女は完全にダークネスとなってしまう。みんなにはそうなってしまう前に、闇堕ちしかけている少女を撃破することで救出してもらいたいのだ。
     もし間に合わず、猫のサーヴァントが消えてしまったときはそれ以上の悪行を防ぐために灼滅してもらいたい。
     猫は少女が本当に人を殺めてしまったとき、止めることを諦めてしまうだろう。そのため、少女を救うには人を殺させないことが第一条件だ。
     みんなには少女が狙った男と二人になったところで介入してもらうことになる。
    「場所はここだよ」
     まりんが指し示したのは、ショップの裏にある路地だった。ショップで求めるものを男に買わせた少女は、路地裏に男を誘う。
     男を上手く逃がしてもらった後、少女と戦ってもらうことになる。ここで注意してもらいたいことがある。
     猫が少女を殺しに来たと誤解してしまうと、少女と共に戦いに参加してしまうのだ。もし戦いになっても、猫は説得の声を聴いてくれる。
     救出しに来たことをわかってもらえれば、猫は戦うのを止めて、みんなの応援をしてくれるだろう。しかし少女に説得の言葉は一切通らない。
     どう接触してもらうかによって、猫の行動も変わってくるだろう。少女はサウンドソルジャーのサイキックとガトリングガンを使ってくる。
    「猫ちゃんを消さないように、頑張ってきてね!」
     まりんがみんなになら任せられると言うように、頷くのだった。


    参加者
    江良手・八重華(コープスラダーメイカー・d00337)
    橘・千里(虚氷星・d02046)
    波織・志歩乃(彷徨いナヴィガトリア・d05812)
    永星・にあ(紫氷・d24441)
    阿久津・悠里(キュマイラ・d26858)
    松葉・キラリ(小悪魔アイドルきらりん・d29175)
    白石・明日香(猛る閃刃・d31470)
    月森・ゆず(キメラティックガール・d31645)

    ■リプレイ

    ●出会いは裏路地で……
    「本来は猫が自由気ままな性格をしているはずなんだがな」
     帽子のつばに指で触れた江良手・八重華(コープスラダーメイカー・d00337)が呟いていた。ショップに入り、自由気ままに好きなものを男に買わせて行くのは少女。
     そんな少女に猫が必死に鳴き声をあげている。
     八重華の声に橘・千里(虚氷星・d02046)がスケッチブックに何かを書いている。そして猫って大変だなぁ……と書いたページを千里が持ち上げる。
     しかしその表情からは何も読み取れない。変わらない表情のまま、黒い瞳で少女を追っていく。
     ウィンドウに映る顔の角度が変わると、右頬の模様が見え隠れする。
    「それにしても、闇堕ちしてもサーヴァントが残ってるなんて、変わってるよねー」
     羽の生えた猫を目で追っていた波織・志歩乃(彷徨いナヴィガトリア・d05812)が、口にしながら頷いた。眼鏡を指で持ち上げながら、じーっと猫を見る。
     知識欲が強い志歩乃だけに、興味深げに猫のサーヴァントを見つめる。
    「あ、出てくるみたいよ」
     黒髪を揺らした松葉・キラリ(小悪魔アイドルきらりん・d29175)が声を出した。キラリの言葉に、灼滅者たちが音もなく移動を開始する。
     ショップから出てきた少女は、魅惑的な笑みを浮かべて路地裏に男を誘導していく。
    「そろそろです?」
     状況を図るように永星・にあ(紫氷・d24441)が瞳を微かに細めた。それに合わせて、左の目を通る傷が形を変える。
     ゆっくりと振り返った少女に八重華が狙いを定める。
    「待ちな」
     男に少女の手が伸びた瞬間、八重華が言葉と同時に魔法光線を発射させた。それが合図となって、一気に灼滅者たちが飛び出す。
    「させるかあぁぁぁぁ!!」
     大きな声と同時に、少女と男の間を目指して白石・明日香(猛る閃刃・d31470)が地を蹴った。鋭い眼光で少女を見つめ、その前に立ちはだかる。
    「そのまま、振り返らず表通りまで走れ!」
     後ろを振り向かず、少女から目を放さないまま明日香が声を出した。言われた男の体が震える。
    「逃げてください」
     何が起きたのかわからずに硬直する男ににあがさらに声を出す。しかしどうしていいかわからずに、男は戸惑うように視線を彷徨わせる。
    「はよ逃げっ!」
     いつまでも動き出さない男を、月森・ゆず(キメラティックガール・d31645)が怒鳴りつける。はっとした表情を見せた男が慌てて走り出すのを確認した阿久津・悠里(キュマイラ・d26858)が、改めて少女と猫を見る。
    「さて、では一つ……」
     すっと伸ばした右手は縛霊手によって、獣の腕のように見える。
    「ハッピーエンドを始めよう」
     悠里の言葉に、猫が威嚇の声を上げる。
    「そのハッピーエンドって、あたしが幸せになる……ってことだよね」
     妖艶に瞳を細めた少女の口元が意味深な笑みを形作るのだった。

    ●猫との対話
    「あなたの悪行、まかり通るなんて思ったら大間違いなんだからー!」
     今のままじゃハッピーエンドは来ないと言うように、志歩乃が宣言する。すっと帽子を被り直して、志歩乃が気合を入れる。
    「聞け、空気の輝かしき淑女よ」
     そして力を解放させて、バベルの鎖を瞳に集中させていく。
    「不意打ちしてごめんね、でも止めるにはアレしかなかったのっ」
     毛を逆立てる猫に志歩乃が落ち着いてと言うように声をかける。
    「アイドルフォース、降臨!」
     さらに力……そうまさにアイドルの力を解放させたキラリが身構える。予想通りというか、男を助けるために乱入した灼滅者たちを猫は敵認定していた。
    「いきなり襲うような真似してゴメンっ!」
     耳を下げて睨みつける猫に、ゆずも声をかけた。
    「……でも今だけでええ、アンタの本体さん、止めさせてっ……!」
     このまま放っておいたら、もう元に戻れなくなってしまう。ゆずの言葉に猫の耳がぴくっと動く。
     しかし少女は反応することなく、軽やかなステップで灼滅者たちを攻撃していく。
    「彼女には誰も傷つけさせはしないし、殺させない!」 
     少女の攻撃から身を守るように構えながら、明日香がさらに猫に声をかける。そして魔力を宿した霧を展開させていく。
     灼滅者たちの言葉の意味を正確にとらえようとするように、ゆらりとリングの付いたしっぽが揺れた。
    「私たちはその子が人を殺すのを防ぐために来たの!」
     そして少女を殺しに来たわけでもないことをキラリが告げる。その言葉が本当なのかを確かめるように、猫の瞳が細くなった。
     心に伝えるために、可能なら抱きしめて直接言葉を伝えたいと思うゆずだ。けれどこの警戒の様子を見るに、今そんなことをしたら攻撃と受け止められかねない。
     ひとまず天上の歌声を響かせて、傷を負った仲間を回復させていく。
    「やあ、怖い思いをさせてすまない」
     信じようか信じまいか……境界で揺れる猫の力を抜かせるように、悠里が声を出した。冷静さが取り柄の悠里だけに、落ち着いた声が猫の視線を緩めさせる。
    「君の事情は理解しているつもりだ」
     男性めいた物言いで、悠里が猫から少女に視線を移す。そしてまた猫に視線を戻した。
    「その上で、君を止めて助けたい」
     悠里の言葉に八重華が頷く。
    「お前と目的は同じだ」
     少女を殺しに来たのではなく、助けにきたのだと……。
    「その力を良い方向に導く為の、力添えをしてやる!」
     だから協力して欲しいと、スケッチブックの筆談ではなく合成音声で千里が伝えながら帯を射出させる。矢のように飛び出した攻撃は、真っ直ぐ少女を狙っていく。
     千里たちが男を逃がしたのはそのためだし、猫もそれを望んでいたはずなのだ。少女を守るために戦わなければと思っていた猫の耳が吟味するように揺れる。
     そんな猫に驚かせたことを謝りながら、にあが霊的因子を強制停止させる結界を構築していくのだった。

    ●救うために……
    「あなたが私たちに協力してくれれば、その子を救える」
     戸惑う様子を見せる猫に、キラリが任せてと言うように真っ直ぐ見つめた。灼滅者たちに視線を向ける猫に、悠里がにっこりと笑ってみせる。
    「必ず助ける。だから少しだけ、君も我々を信じてみて欲しい」
     安心させるように大丈夫と頷いた悠里を見た猫が、少女に視線を向ける。
    「にゃあ」
     何かを訴えるように鳴くが、少女は手にした武器を構えた。そして爆炎の魔力を込めた弾丸を大量に撃ち出していく。
     弾丸を受けながらも、悠里が前に飛び出す。それに合わせてライドキャリバーのイグゾーションが突っ込んだ。
     ふわりとイグゾーションを避けた少女に、悠里の大腕が迫る。殴りつけると同時に網状の霊力が放射された。
    「くっ!」
     息を飲んだ少女が不機嫌そうに顔を歪める。けれど猫は灼滅者に向かって牙を剥くことはなかった。
     早く終わればいいと言うように耳を下げる。
    「あの子の悪い心だけをボクらの力で祓うからっ……!」
     そんな猫に向かって一声かけたゆずが、歌声を響かせて悠里を回復していく。
    「では、改めて……今日は初のゲリラライブだぁ!」
     初めての依頼ということで、猫の説得が出来たのを確認したキラリが声を上げた。そして一気に飛び出した。
    「あなたの弱点……そこね!」
     狙いを定めたキラリが少女に攻撃を仕掛ける。悠里の霊力から逃れた少女がぎりぎりでキラリの刃を避けた。
     ほっとしたように息を吐いた少女がはっと瞳を見開いた。いつの間にか跳躍していた千里が、螺旋の如き捻りを加えた一撃で少女を穿つ。
    「止めるぞ、お前の主を」
     オーラを収束させながら、八重華が猫に言葉をかける。そして狙いを少女に定めた。
    「猫にすら止めさせるとは、呆れたやつだ」
     本当に呆れたように呟きながら、オーラを一気に放出させる。避けようと飛んだ少女を、オーラは貫いていく。
    「見ているのが辛いなら、目を瞑って見ていなくても大丈夫ですよ」
     少女が傷つくたびに、震える猫をにあが必ず助けるからと励ます。そして駆け出した。
    「かわいいものが欲しいという気持ちは良く分かります」
     可愛いものが好きなにあだけに、本当にその気持ちはわかる。けれど人にねだってまで手に入れたいというのは我儘でしかない。
     にあの言葉を聞きながらも、少女は何が悪いと言うように笑みを浮かべた。その表情に、ひとまずはこの少女を倒すしかないと正確な斬撃を繰り出す。
     痛みに息を飲んだ少女をさらなる痛みが襲う。素早い動きで死角に回り込みながら、明日香が斬り裂いたのだ。
    「炎よ宿れ、敵を断てー!」
     タクト形の短剣に炎を宿した志歩乃がさっと少女に向かって振る。流れるような動作と一緒に、宿った炎が少女に叩きつけられるのだった。

    ●消える猫
     振り下ろした明日香の攻撃を少女が受け止める。
    「まさか、オレが誰かを助けるために闘うなんてな」
     思わず苦笑しながら明日香が呟くのと同時に、少女のサイキックと自分のサイキックがぶつかって相殺される。衝撃に飛んだ体が地面に激突する前に、明日香が身をよじった。
     そして無事に着地する。
    「だけど、引き受けたからには必ず助ける!」
     言い切った明日香の瞳には救い出すという強い意思が見える。
    「あなたも踊ろ♪」
     同じように衝撃に飛ばされた少女にキラリが軽やかなステップで迫った。攻撃に押される少女の顔が歪む。
     間合いを取るようにキラリから飛び下がった少女は荒い呼吸をしながら、ガトリングガンを持ち上げる。そして前にいる灼滅者に向かって弾丸を嵐のように連射していく。
     撃ち抜かれる仲間の後ろから、千里が妖気を冷気のつららに変えて矢のように放った。貫かれた少女の体がふらりと大きく揺れる。
     その間にゆずが仲間を回復させていく。攻撃を受けたにあもまた、剣に刻まれた祝福の言葉を風に変えて傷を癒していく。
    「その悪い心だけ斬ってあげるんだからー!」
     地面を蹴った志歩乃がふわりと跳躍する。どうして少女が闇堕ちしてしまったのかは、志歩乃にはわからない。
     けれど不満が爆発する前に、今ここで押さえて上げなければと構える。もしかするとすでにもう爆発してしまった結果なのかもしれないが……。
     ともかく出来ることを頑張ると、非物質化させた志歩乃の攻撃が少女に決まる。
    「そろそろハッピーエンドの時間だ」
     何の予備動作もない状態から一気に迫った悠里が少女を蹴った。飛ばされた少女が息を飲むのと同時に、八重華が飛び出す。
     納刀状態のまま、しっかりと柄を握った。
    「よりマシな物になる前に、俺が一度殺してやる」
     一気に抜刀された刃が少女の体を斬り捨てた。バランスを崩した少女の体が地面に落ちる。
    「その内学園で会おうぜ。買い物と飯ぐらいは付き合ってやる」
     八重華の言葉と一緒に、ドサッという音が響く。気づくと猫が少女のそばに来ていた。
     目を瞑ったまま動かない少女の頬をそっと舐めて、猫がみんなを見る。可愛らしい鳴き声をあげた猫は消えた。
     そしてすぐに少女が瞳を開いた。ゆっくりと起き上がった少女に、志歩乃が手を差し出した。
    「ごめんね、力づくでー」
     その手を取った少女を立ち上がらせながら、戻れると信じていたからこそだったと志歩乃が伝える。
    「私、キラリだよ。小悪魔アイドルのきらりん、覚えておいてね!」
     目覚めた少女に嬉しそうにキラリが笑顔を見せる。そして少女のために、柔らかな歌声を響かせた。
    「良ければ学園に来ませんか」
     撫でる前に消えてしまった猫を残念に思いながらも、にあがそっと少女にマフラーをかける。学園と言われた少女が首を傾げた。
    「良ければ聞かせてくれないかな、君の名前を……」
     何と呼べばいいか戸惑った悠里が尋ねる。
    「新しく生まれた戦友に、初めましての挨拶がしたいんだ」
     笑った悠里につられるように、少女の頬が微かに緩むのだった。

    作者:奏蛍 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年2月21日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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