その礼拝堂は、静かな街の片隅にある。
小さく、古く、さしたる由来があるわけでもない。しかし、隣接した施設の子供たちにとっては、身と心のより所だった。
そうした赤レンガの建物が、今は無骨なフェンスに取り囲まれている。掲げられているのは『解体工事のお知らせ』の文字。
売り払われたのだ。不況と地回りの嫌がらせに負けた持ち主は、とうに行方をくらました。なのに、中に人の気配がある。
時は、夕刻。西陽が赤い。
祭壇を背に一人の少年が立っている。派手さはないが、大人びた顔立ちの子だ。
その前に作業服姿の男が二人、向き合っている。解体業者と思われる彼らが握り締めているのは、鈍器として振るうに十分な工具だった。
少年が、口を開いた。
「三つ数えたら、死ぬ気で殴り合え。助けるのは生き残った一人だけだ。やらなければ二人とも殺す」
男たちはなす術もなく頷いた。様々な恐怖が去来して、まともな判断が下せない。
なによりも、少年のまとう空気が、どこかおかしいのだ。冷たく固く、まるで似つかわしくない。
そして、彼の肩の上には一匹の猫が浮遊している。背に翼を持った猫。どれだけ奇妙でも、それが現実だった。
「なぁ~ん」
猫が一声鳴いた。諭すかのような、低く穏やかな声だ。しかし、少年は耳を貸さない。
「なぁ~ぅ」
今度は肩に降り立とうとした。彼は見ることもなく手の甲で押し退け、親指を倒す。
「一つ」
カウントが始まった。カチリ、という微かな音が鳴る。
瞬きをする少年の右目は、暗い色の水晶へと変わり始めていた。
「男子高校生がノーライフキングへと闇堕ちしかけている。救出をお願いします。駄目なようならば、いっそ灼滅して欲しい」
石切・峻(高校生エクスブレイン・dn0153)が、そう告げた。少年の名前は逢坂珪(おうさか・けい)、高校一年生。
「現場には二名の一般人と、一匹の猫がいる」
教室から疑問の声が上がる。
「猫?」
「そう。正確には猫のサーヴァント。どうやら闇堕ちした彼の人間としての意識を担っているらしい。殺人教唆を止めようとしている。ダークネスに敵うはずもないのに」
それゆえに、灼滅者たちの力が必要なのだった。
「今回の件には、二つほど留意点がある。まず、できることならば、一般人の解体業者たちを外に逃がして欲しいということ」
珪は三つ数えると言っている。その間に突入を果たせば、殺し合いは始まらないだろう。
「殺意が君たちへと転じてしまうのが申し訳ないが、どうか頼む。相手が屍王では、仮に遺体であってすら遠ざけないとならない。で、二つ目の問題点は猫のサーヴァントだ」
峻は、もの思わしげな顔付きで続ける。
「この猫が制止を諦めて消えてしまうと、彼は完全に闇堕ちしてしまう。そうなった時は、ダークネスを灼滅することで解決して欲しい」
「消えなかった時は?」
「救出に来たのだと理解できたなら、猫は戦わずに君たちを応援する。主を殺しに来たと誤解したら、ダークネス側に立って参戦するはずだ。だから、説得をする場合は、猫に対して行うことになるな。当人には、説得が通じない」
仮にすぐ戦闘となってしまっても、その最中に猫を説得することは可能だ。猫が消えていなければ、最終的にKOすることで救出できる。
「礼拝堂には、正面口と裏口、それと側面に並ぶ大きな窓がある。突入できる場所は多い。祭壇があり左右に長いすの並んだ、当たり前の造りだ」
時間帯は夕刻で、西陽が射し込んでいる。珪が用いるサイキックは、エクソシストと咎人の大鎌に相当する六種類。
「施設や礼拝堂の人たちはずいぶん前に立ち退きを迫られて、今、どうしているのかもしれない。こうなるまで、長い忍耐の時間があったのだろう。仮に一般人の一人が生き残ったところで、不死者として蘇らせたもう片方に殺させることは想像に難くない」
我慢強い人間の怒りは暗く熾烈で、どこまでも容赦がない。
「そんなえげつないことをしてしまう前に、どうか助け出してくれないか。本来の彼の気性は、猫の行動に表れていると思う。よろしくお願いします」
峻は頭を下げ、一人の少年の未来を灼滅者たちへと託した。
参加者 | |
---|---|
黒鐘・蓮司(グリムリーパー・d02213) |
花園・桃香(はなびらひとひらり・d03239) |
空井・玉(野良猫・d03686) |
東堂・イヅル(デッドリーウォーカー・d05675) |
アイナー・フライハイト(フェルシュング・d08384) |
霧月・詩音(凍月・d13352) |
栗元・良顕(粗品・d21094) |
菅谷・慎太(陽色のシアン・d29835) |
●罪深き断罪
外から見る限り、礼拝堂は粛々とした静寂に満ちていた。白い鎧に似た工事フェンスも一役買っていたかもしれない。
両開きの扉の片方にアイナー・フライハイト(フェルシュング・d08384)が、もう片方に霧月・詩音(凍月・d13352)が身を寄せる。
猶予はたったの3カウント。
冷える手の中で携帯電話の液晶が輝いた。文字列を表示する。送信者は裏口側の菅谷・慎太(陽色のシアン・d29835)。
『待機完了』
次の瞬間、アイナーと詩音が分厚い扉を押し開ける。ダンッという重たい音が、煉瓦の壁を震わせた。
「それ以上は、させない」
「……礼拝堂で血生臭い決闘とは、随分と無粋な事をされているようですね」
工具を手にした男が二人、戸口を向く。状況を飲めていない。
その奥に立つ少年は、片手を頭の脇に上げている。折られている指は二本。
扉を開けた二人の間から黒鐘・蓮司(グリムリーパー・d02213)が駆け込む。
(「拠り所、立ち退き……解体。なるほど、切っ掛けとしちゃ十分ってか」)
真っ直ぐな中央通路の先で、少年が残りの指を倒した。拳の左右から音もなく長柄が伸びる。虚空で羽ばたいていた猫が、かっと口を開く。
「シャーーッ!!」
威嚇の声を上げた。柄の先から伸びた鎌の刃はまるで獣の鉤爪。振り下ろすダークネスの動きに躊躇いはない。
サ、と音を立て、床に赤黒い飛沫が飛び散った。
「ひぎゃ!!」
業者たちが悲鳴をあげる。尻餅をついているが、無傷だ。押し退けられたのだ。彼らの間に倒れているのは、
「っ……ぅ」
祭壇の後ろの扉から飛び込んだ慎太だった。胸板を深々とやられながら、二人を庇う。
「助けに、きました! このまま……じっとしていて」
屍王の鼻筋に薄い皺が浮く。正面に気を取られて、背後からの侵入を見逃した。
傷ついた胸へと石突を突き出し、脚を踏みつけて、その場に押さえ込もうとする。逃さない。とどめを刺すつもりだ。
「なぅっ」
猫が短く鳴いた。そこに、ギャンッという車輪の音。
空井・玉(野良猫・d03686)がライドキャリバー『クォリア』を差し向け、長柄の軌道を脇へと逸らす。
柄を回して避けたノーライフキングだったが、その脚に飛び込んできたものがあった。花園・桃香(はなびらひとひらり・d03239)の霊犬『まっちゃ』だった。
「邪魔、を」
屍王の足許が乱れた。桃香は、業者の脇に屈み込む。
「するか」
ダークネスが片手を持ち上げる。薔薇窓からの光が、どす黒く染まった。直線を駆け切った蓮司が敵の肘の下へと飛び込む。
「ねぇ、アンタ」
仲間を押し退けた代わりに、自らが薄黒い光に打たれる。びしゃりという衝撃が、窓ガラスを震わせた。
「……いろんな物を踏み躙れて満足っすか」
倒れ込んだ彼の言葉に、屍王が眼差しを向ける。見つめる瞳の片方は、もう目蓋が歪むほどに水晶化が進んでいた。そんな目でまともな見方ができるはずもない。
「ああ」
静かに口許を綻ばせて頷く。
惨劇の予感がたち込めた。この持久戦、勝とうともおびただしい血が流れる。
その時、開け放たれた扉の側から回復が届いた。逆光の位置で黄色の交通標識を掲げているのは、東堂・イヅル(デッドリーウォーカー・d05675)。その足許近くには、霊犬『ワルツ』が控え、彼を手助けしている。
傷口の塞がりかけた慎太が、業者の一人を助け起こす。もう一人を、桃香が担ぎ上げた。男の耳元へ声を届ける。
「助けに来ました。外に出たら、すぐに逃げて下さいね」
「あ、ありがたい」
大の大人が、子供の腕にすがる。屍王の青白い怒りが、どっと勢いを増した。走り出した二人へと大鎌の刃が迫る。背後から刈るつもりだ。
左からアイナー、右から玉が止めに入った。業者の首を逃した刃が、彼らの胴を深々と切裂く。と、同時に屍王もまた押さえ付けられて追うことができない。柄を伝って拳にまで流れてくるのは、止めた二人の鮮血だ。ぬめりで握りが緩みそうになる。
「ギッ」
歯噛みするダークネスの目蓋が裂けた。濁った灰褐色の結晶が突き出てくる。アイナーが淡と声を発した。
「その体で、人を傷付けさせる訳にはいかない」
玉が、顔を上げる。
「助けに来たんだ。あの2人を、じゃあない。此処にいる全員を」
片目と片目が視線をぶつけた。足許に血溜りが広がり始める。
「少し、荒っぽくなるけど。この気持ちは、本当だから」
小さな鈴の音が鳴った。
ただ見詰めるばかりだった猫が、首を捻っていた。
●人なき家の獣
業者を担いだ二人が礼拝堂から駆け出していく。
それを確認してから、イヅルは周囲を見渡す。底冷えがする。住む者を失った家は一気に古びるというが、事実のようだ。
(「大切に思っている場所が無くなってしまうのは悲しいことだな」)
訝しげにしている猫の方を向いた。
「俺達は決して逢坂さんを傷付ける為に来たんじゃない。だからどうか、逢坂さんの最後の希望であるキミも諦めないでほしい」
イヅルの姿を猫は静かな目で見つめている。頼もしげに見つめ返す瞳は、珪と同じサーヴァント使いのもの。彼の落ち着いた声音は、神経を刺激しない。羽ばたきの音が穏やかさを取り戻す。
蓮司が、顔を上げた。目の前には、屍王の鎌がある。
「本当に優しいんですね。自分の体で好き勝手されてもどんだけ邪険にされても、穏やかに、一生懸命に止めようとして」
彼の声に、猫は眩しいものを見る目をした。
「……ここ、とっても大切な場所なんでしょーね。でも、このままじゃ全部壊れる。籠められた思いも何もかも『あいつ』に穢される」
屍王の大鎌から血の雫が落ちる。
「……ここは任せてくれませんか。絶対に止めてみせますから」
猫が気遣わしげに彼の足許に舞い降りる。その背へと詩音の声が届いた。
「……さっきの人達は、私的には恨まれても当然だと思いますけど」
迫害を受けた記憶を持つ彼女は、必ずしも人を善だと言わない。辛辣な響きに、猫が振り返る。丸くなった目に驚きが窺えた。
「そんな奴らの血で、大切な場所を汚す必要は無いでしょう」
外で遠ざかる足音が聞こえる。礼の言葉もそこそこに、業者たちが逃げ出したのだろう。
「……大切な人達は、まだ生きているんでしょう? 生きていれば、いつか再会する機会もあります。此処で己自身を見失えばそれすらも失う事になりますが、それでも良いんですか?」
猫の眼差しがもの思う色へと変わる。どことなく人への鬱屈を感じさせるこの少女は、それでも救出に手を貸したのか。
「なぁ~?」
猫の方からも問い返すような声だ。ノーライフキングが、それを蹴り付けた。蓮司が身を挺して床に転がる。
「んなっ!」
当惑し、背を弓なりにした猫が一歩下がる。そこへ、救出を終えた二人が帰ってきた。桃香が、猫の方を見た。
「猫さん、私達はあなたを助けに来たんです! 本当は皆の居場所、守りたいだけなんですよね……? 今のあなたは心を闇に囚われている状態。私達が必ず取り戻しますから……!」
慎太が頷き、割って入る。
「彼はまだ元に戻れます。誰かを手にかけさせたりしません。その前に助けるには、一度意識を失わせる必要があります。必ず彼を取り戻します。僕達を信じて待ってもらえませんか?」
それまで黙って見ていた栗元・良顕(粗品・d21094)が、口を開いた。どこか心そこにあらずの面持ちで。
「殺し合いをやめさせに来たんだ。灼滅が目的じゃない。猫くんが、諦めなければダークネスになる以外の道があるし、私たちはそれを助けられる」
落陽は大きく傾き、窓から差し込む光は紫色に変じようとしていた。たっぷり着込んでいる彼だが、それでも無人の礼拝堂は寒い。ず、と鼻を鳴らす。
猫も寒々しげに、なぁ、と鳴いた。その声に、良顕はうんと相槌を打つ。なにやら適当なのだが、まるで通じているかのような光景になるから不思議だ。
煙に巻かれたような猫を見て、アイナーが後押しをする。
「止めなければ、いつか君の意識は消えてしまう。倒せば、意識も体も元に戻れるんだ。人を傷付ける事までは、望まなかったはずだ。……?」
彼の腕の下で何かが身震いをした。気付いて見返ったその時、
「ッ、アアアッ!!」
ダークネスが、鎌の柄を大きく振った。止めていた二人を払いのける。
ぎょっとした様子で猫が立ち止まる。背から床に叩きつけられて、しかし、玉は頭を持ち上げた。口の中が生臭い。
「建物がそっくりそのまま残ってても、場所ってヤツは壊れるんだよ。そういう感情で事を起こすと、特に」
肘で床を押す。
「私の時は、そうなった」
自らの事実を吐いたそれは、何よりも切実な叱咤だった。その姿を見つめた猫は、一声も立てずに地を蹴った。灼滅者たちの脚の間をジグザグに駆け抜けて、後方へと身を引く。
そして、立てた尾の先で、リングをくるりと回す。そうすれば灼滅者たちの傷が癒えると信じて。
●二度と失いはしない
(「……いや。本当は、事情なんてどうでも良いんだ。何がしかの理由があるとか無いとか、そんな事で人死にが認められる訳でもない。だから、アレだ」)
玉の手に顕現したもの、それは咎人の大鎌『Rancor』。行き場を失くした、それは誰に向けた憎しみだっただろう。
「行くよクオリア。為すべき事を為す」
ダークネスの動きは止まらない。高窓の明かりを打ち消すかのような暗雲を頭上に巻き起こし、どっと闇を降り注がせて来た。危険だ。彼らは、ここまでひたすら攻撃の手を封じられ削れている。
それまで後ろに引いていたイヅルが、一気に前へと駆け込んだ。
(「まだサーヴァントが居る分、祈りは届くと信じたいところだ」)
携えているのは、妖の槍。突っ込む槍穂が鎌の刃と噛み合い、ガリガリッという異音が鼓膜を削る。
相打ちだが、屍王の足許が乱れた。踵を祭壇に押し付けて、なんとか持ちこたえている。
「ク、ッ」
ワルツが回復に回り、斜め後ろの猫が低く鳴いた。詩音が斬影刃を放ち、敵を退かせる。だが、自分が間合いより逃れられない。
ゥンッという唸りと共に鈍色の波動が押し寄せて、彼女を巻き込んだ。机へと叩き付けられる。頭を一振りして衝撃を払った額の上へと、冷たい屍王の手が伸びてきた。
「……ぅ」
徹底的に殺害を狙ってくる。殺せば、彼らを自らの腕の中に収めることができる。それを知るからだ。
息の根を止めようとする瞬間の法悦の笑みは、声もなく物狂おしかった。
アイナーの利き手がぐるりとひるがえる。ガンナイフの刃が、我欲の腕の内側を斬り裂いた。頭上に浮き上がり始めていた暗雲が、散り散りに消える。
桃香が断罪輪を手にすると床に癒しの陣が浮き上がり、さっと広がる。満身創痍の仲間の身を、穏やかな治癒の力が包み込み始めた。
「グ……」
脇へと一歩逃れて構え直そうとした屍王の肩へと、トンッ、と突き立ったものがある。良顕の注射器『刺したりできるやつ』だった。力が抜ける。
彼はドレインが好きらしい。暖かいような気がするからだというが、
(「でも屍王って暖かくなさそう」)
寒中にキンと冷えた涼味を啜ることになったか。
(「確かに帰る場所が無くなると寒くなるしな……でもその行動は守ろうとしてると言うより……ただ恨みを晴らしてるだけって感じがする……」)
家を追い出されたという良顕らしい想いだが、実に全くだ。
灼滅者たちの粘りが効いて、ノーライフキングは少しずつ後退を余儀なくされる。気がつけば、背が正面の壁にぶち当たっていた。
「……ッ?!」
踵で後ろを探る。退路がない。
詩音が、すっと息を吸い込んだ。今度は外さない。
「奪われし祈りの場所に響くは無音の慟哭、渦巻く嘆き、悲しみ、怒り、されど共に語り、笑い合った日々、その記憶は色褪せる事無く、永遠に続く――」
唇からあふれ出すディーヴァズメロディの歌声が、高い天井へと幾重にも反響した。
「ウ、ッアア!!」
心を掻き毟られた屍王が硬直する。鎌を握る指先が跳ねて柄が足の上へと落ちた。
拾おうと伸ばす手へと振るわれるのは、玉のRancor。深い傷を負った腕を押さえたダークネスが、耐え切れずに後ろへと背を預けて顎を持ち上げる。蓮司が、その正面に立った。纏うオーラは、鬼哭をも絶ち常闇へ堕とすという『無哭兇冥 -瀾-』。
「ちょいとばかり痛ぇっすよ。覚悟してください」
固く握った拳を一度引き、思い切り突き出した。
「ハ、……ッグ!!」
一発、二発、三発。凄まじい殴打の衝撃が、礼拝堂の空気を揺るがす。屍王の吐く血が蓮司の手をどす黒く汚す。
ガツンッという音が壁を震わせ、それを最後に静かになった体が崩れ落ちた。顔面を押さえた手指の間から、甲高い音を立てて水晶の欠片が崩れ落ちる。
「なぁ~ん」
見つめていた猫が中央通路を真っ直ぐに歩き、祭壇の前で皆へと向き直った。
鈴を鳴らして頭を垂れたその姿は次第に薄れ、やがて、かき消える。
●終りは始まりのために
彼らは約束を果たした。
ぶっ倒れた珪が目を開けたのは、傷を癒してもらった果てにまっちゃに一舐めされてからだった。ぶるっと身を震わせて瞳を巡らせると、灼滅者たちの姿がそこにある。
「……」
見知らぬのか、懐かしいのか。何もかもわからなくなった顔つきで見つめた。一人、一人。
慎太の、
「雰囲気あるすてきな場所です。このまま取り壊しになってしまうのは、すごく寂しいですね……」
という声に目蓋を伏せ、ふっと体の力を抜く。
桃香がぺこりと頭を下げた。
「助けるためとはいえ手荒な真似をしてすみませんでした」
珪が、指先を微かに揺らす。頭を上げてもらおうと手を差し出した。
「実はあなたのように助け出された方、他にもいるんですよ。私も、その一人」
桃香は、その事実を示す。
「良ければ私達の学校に……来ませんか?」
珪の顔に驚きの色が浮かんだ。口の中で舌先を動かし、言葉を探す。長い躊躇いの末に両腕を目の上にやり、ひどくかすれた声を発した。
「俺は、善き人ではないけれど」
そこからは、ただもう、唇の動きだけ。
君たちのいる場所なら、と。
作者:来野 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2015年2月14日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 3
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