猫が止める異「種」格闘技戦

    作者:夕狩こあら

     夕暮れに染まる動物園、閉園を知らせる音楽を聞きながら、一人の少女が入口ゲートをくぐろうとしていた。
    「にゃにゃにゃ~っ!」
     否。その傍には懸命に彼女の歩みを止めようと、猫がまとわりついているのだが、一般人の目には見えず、また少女自身も目に留めぬようだ。
    「強者と戦いたい……強い、強い何かと……!」
     血走った彼女の瞳は、自分の奥底より漲る力を十分に叩き付けられる何かを探して流離い、己の肩を必死に掴む猫も目に入らないようだ。
    「にゃ! にゃ!」
    「……邪魔」
     尚も視界を遮る猫を煩わしく思った少女は、裏拳で薙ぎ払う。
    「にゃっ~!!」
     痛撃に啼いて消滅した猫は、しかし暫くすると再び姿を現して、
    「にゃ~ぁ……」
     先を歩く少女の背を再び追いかけたのだった。
     
    「一人の少女が闇堕ちして、アンブレイカブルになろうとしています」
     神妙な面持ちで集まった灼滅者達を見渡し、五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)が静かに言った。
    「彼女の名は武神・桃華、小学3年生です。数多の武術大会で優勝を重ねた彼女は、もはや人間では物足りず、動物園の猛獣を相手に選んだようです」
     まだ幼い彼女が強者として導き出したのが、猛獣という訳か。
    「桃華は僅かに元の人格を遺しており、ダークネスの力を持ちながらもダークネスになりきっていません」
     特徴的なのは、彼女の傍に居る猫。
    「現在、桃華としての意識は猫サーヴァントの姿となり、その悪行を止めようとしていますが、サーヴァントにダークネスは止められません」
     そこで、灼滅者の力が必要になる。姫子は更に続けた。
    「猫サーヴァントが悪事を止めるのを諦めて消えてしまう前に、彼女を撃破し救出して下さい」
      姫子の言に、灼滅者が頷きを返す。
    「桃華が向かうのは、校区内にある動物園。閉園間際にやって来ます」
     広い園内に入られると厄介だ。動物を襲う危険もある為、彼女と接触するのは入口前の広場が良いだろう。
    「彼女は、幼少より鍛え上げた古武道と格闘術を駆使し、ストリートファイターの技で攻撃してくるほか、手に抱えた『動物図鑑』を魔導書の如く使用して敵に迫ります」
     暫し思案する灼滅者達に、姫子が更に言葉を重ねた。
    「猫サーヴァントは、皆さんが桃華を救出に来た事が理解できれば、戦闘に参加せずにこちらを応援してくれます。しかし、彼女を殺しに来たと誤解した場合は、ダークネス側に加勢してしまうでしょう」
     桃華の意識が投影された猫サーヴァントが残っている状態で彼女を撃破すれば、救出できる。消えれば……灼滅するしかない。
    「猫サーヴァントと戦闘になった場合も、戦闘中に説得可能です」
     鍵は猫サーヴァントにある。灼滅者達は力強く頷いた。 
    「強靭な力の捌け口を見失った少女……、もしか皆さんなら、その想いも力も受け止められると信じています。どうか、ご武運を」
     姫子から動物園の地図を受け取った灼滅者達は、静かに闘志を燃やして席を立った。


    参加者
    藤柴・裕士(藍色花びら・d00459)
    殿宮・千早(陰翳礼讃・d00895)
    リリシス・ディアブレリス(メイガス・d02323)
    煌・朔眞(秘密の眠り姫・d05509)
    天城・優希那(の鬼神変は肉球ぱんち・d07243)
    北条・葉月(独鮫将を屠りし者・d19495)
    榊・拳虎(未完成の拳・d20228)
    空本・朔和(おひさまスタンピード・d25344)

    ■リプレイ


     陽が傾き、空が橙に染まり始める頃に動物園の入口ゲートを潜ろうとする者は余程居ない。チケット売り場の窓口に佇む係員は、出口ゲートを通り抜けた親子連れに手を振ると、再び閑散とした広場を眺めて頬杖を付いた。
    「……ん?」
     背を見送るばかりの係員が、ふと顔を上げる。
    「こっちに暴漢が向かってる。危険だから奥へ逃げろ!」
    「えっ」
     毎度閉園を知らせる音楽を聞く平和な耳に、鋭い声が割って入った。麗顔を緊迫に満たして駆け寄ったのは、北条・葉月(独鮫将を屠りし者・d19495)。彼が園内の一方向を指差せば、動揺した係員は直ぐさま立ち上がって誘導に従う。
    「逃げるんこっちやで」
    「は……はいっ!」
     閉園を間近にしてゲートに向かっていたカップルも王者の風を浴びたか。プラチナチケットを使用して誘導に当たった藤柴・裕士(藍色花びら・d00459)を園内の関係者と思い込んだ二人は、彼に促されるまま奥へ奥へと逃げていく。
    「……暴漢つっても、女の子だけどな」
    「嘘は吐いてへん。俺達正直者やし」
     怪我なく去った一般人の背を見送りながら、フッと緊張を解いた葉月が呟けば、人懐こい笑顔を浮かべた裕士が朗らかに答える。暫し微笑を交わした二人が振り返って仲間に合図すると、
    「この時間の入園はもう出来ないでしょ? 営業妨害にはならないわね」
     ゆっくりと広場に向かって歩いてきたリリシス・ディアブレリス(メイガス・d02323)が、之に応えて殺界形成を施した。神秘を帯びた殺気により一般人の進入を絶った後は、
    「わっ……と、っとと、広場はこっちですよね?」
     天城・優希那(の鬼神変は肉球ぱんち・d07243)がサウンドシャッターを展開して広場を戦場へと整える。平坦な道ながら爪先を引っ掛けてしまう彼女の鈍臭さは、バリアフリー施設の天敵か。
    「だいじょうぶ? ケガしてない?」
     体幹を崩した優希那に回り込んで手を差し伸べたのは、空本・朔和(おひさまスタンピード・d25344)。愛機ぶらっくすわんを超低速で駆り、心配そうに上目見る少年も立派な灼滅者。
    「ありがとうございます、朔和様」
     眼前に伸びた小さな手に、優希那が花顔を緩ませて手を重ねた時、
    「良いおまるだな」
    「おまるじゃないよ、すわんだよ! すわんカッコいいんだよ!」
     冷静に投げられたテノールに朔和が反駁した。声主の殿宮・千早(陰翳礼讃・d00895)は少年の主張を十分に受け止めると、犀利な眼差しを一点に注いで更に声を落とす。
    「……来たか」
    「えっ、――あ……」
     極めて静かな足音、ただ背負う殺気は重苦しく、膨らみ続ける闇は音を立てそうな程。漆黒に窪んだ眼で万物を凝視しながら、少女が虚ろに歩いて来た。
    「強い者と……強い、何かと……」
    「武神・桃華、っすね……」
     既にアンブレイカブルと化した肉体から返事はない。究極の武を求め彷徨うその姿に無言の是を受け取った榊・拳虎(未完成の拳・d20228)は、デトロイトスタイルに構え前衛に立つ。
    「彼女の気持ちはよく分かるっす。俺もあんな風になった事、あるっすから」
     ブラックフォームにて戦闘力を高める拳虎の背に、人形と見紛うほど美しい佳顔を備えた煌・朔眞(秘密の眠り姫・d05509)が殲術道具を解放しながら続いた。
    「そして、拳虎くんが戻ってきたように……桃華さんもきっと救われるわ」
     灼滅者の思いは一致している。肉体の暴走を留めようと懸命に傍を浮遊する猫が、彼等の意思を一つにさせている。
    「猫さんに敵意はありません、……仲良くしましょ?」
     少女を見守る猫に目を遣った朔眞は、淡い桃色の瞳をふわりと細めて笑った。
     その親しげな表情に惹かれた猫が翼を翻して此方を向くと、同時にアンブレイカブルが絶叫して震える。
    「強さが欲しいッ、私を満たしてくれる強さが欲しいッッッ!」
     夕陽に染まる宙に下り行く夜の帳、それを拒むように天を突き上げた咆哮に応えんが為、灼滅者が地を蹴った。


     桃華が狙うは猛獣だが、視界を遮る者は全て邪魔者と見なし、暴悪の拳にて蹴散らすのみ。魂の欠片である双翼の猫にもそうしたように、彼女は対峙する灼滅者を薙ぎ払うつもりだった。
     暗黒の闘志に硬度を増した拳が踏み込んだ瞬間、
    「駆け付けるのが遅くなってごめんなさい。桃華様の体を取り戻すお手伝いに来ました」
     優希那が制約の弾丸にて初動を楔打った。細指より弾かれた魔弾は、桃華が突き出した拳を盾と変え突進力を奪う。
     茜の空を裂いて飛び込んだ魔力の結晶に驚いた猫は、咄嗟に桃華を守ろうと前脚を動かしたが、
    「ちょっと手荒な方法になってしまうのですが、私達を信じて少しだけ待ってて貰えませんか?」
     その瞳の何と優しいこと。優希那に振り向いた猫は盾にと割り入る動きを躊躇い、ただ猛る桃華の視界に入った。
     然しそれが肉体を支配した闇の麒麟に触れる。
    「邪魔!」
     骨をも破砕する練磨の拳が翼を叩き折ろうとした瞬刻、朔和の縛霊撃が絡め取った。
    「にゃんこいじめちゃダメだよ! 動物には優しくしなくちゃダメなんだよ!」
    「くっ……」
     深淵に沈む桃華を真っ直ぐ見つめる主の声に応じたか、意を汲んだぶらっくすわんが颯爽と躍り出て猫を守る。
    「悪い奴は殴ってもいいけど、モノを言えない動物や弱い人には優しく、それが本当に強い人なんだよ!」
     硬質に黒光る盾に守られた猫は、その言に何を感じたか。歯噛みしながら捕縛を払おうとする桃華を見つめ、暫し静観する。
    「絶対に殺したりなんてしないよ! だから、ちょっと離れて待っててほしいな!」
    「其処で見ていろ」
     歴戦を勝ち抜いた王者なら、闘い方で伝わる事もあるだろう。言葉少なに足元の影を燻らせた千早は、深黒の刃を地に滑らせて桃華の足を縛した。死角より忍び寄った影に拘束を許した桃華は、ハッとして下を見るも、
    「大丈夫よ、状況は分かっているわ」
     眼前に迫った艶のある声に釣られて真向かう。
    「か……、はっ」
     漲る魔力が尾を引き、鋭い脚蹴りが軌跡を描いて胴を穿った。衝撃に体躯を折りながら顎を上げて見れば、リリシスが銀髪を靡かせて着地している。
    「あの子……いえ、貴方と言うべきかしら? 貴方を止めに来たのよ」
     中々面白い状況だと、闇堕ちした桃華と意思ある猫を流し目に見やって言う彼女に、猫は黙して動かない。ただ尾に付いたリングが僅かに揺らいでいるのは、この場に現れた灼滅者なる者が我が身に迫る惨状を理解し、且つ救出する手立てを持ち合わせているのかと逡巡するかのようで。
    「多少、実力行使になるけれど……俺達を信じて欲しい」
     その科白に偽りがない事は瞳の輝きで伝わる。猫はフワリと浮かんだまま、葉月が桃華へと痩躯を翻す様を見届けた。
    「がァ……フゥ、ッ!」
     マテリアルロッド『Cassiopeia』から流れ込む膨大な魔力に、小さな身体が大きく波打つ。全身に雷の疾走する如く激痛を味わった桃華は、然し之を悦ぶように口端を持ち上げると、跳ね上げた体躯を迫り出して葉月に向かった。
    「っと、流石はアンブレイカブル。強烈やな」
    「っ!」
     稲妻を放つ拳が裂いたのは、裕士が繰り出した灼熱の焔。鬼神の如き剛拳を脚蹴りで相殺した彼は、衝撃波で頬に傷を走らせるも、親しげな笑みはそのまま。心の壁を感じさせない彼の人柄が、猫の瞳にどう映ったか――。
     答えは直ぐに出た。
    「怖いかも知れないけど、絶対、大丈夫。今は信じてくれ……な?」
    「あなたの強くなりたい気持ちが悪くて、この事が起こったんじゃないんですよ」
     雷光閃く拳撃に言葉を乗せて飛び込む拳虎を援護し、朔眞は殺気満ちる闘志の鎧に斬撃を疾駆させて桃華の懐を開いた。連携を成功させた二人は、然し図鑑を開いた少女の指に遅れ、
    「ぐ……ッ!」
    「きゃ、っ」
     爆風と共に噴出した猛炎に身を包んだ。
    「あばばばっ! しっかりして下さい~」
     咄嗟に清めの風を戦がせた優希那は、その頬に別の風を感じて横目見ると。
    「あ……」
     幽光を帯びたリングが、彼女の回復に重ねて二人に癒しを施していた。


     桃華の意識は理解した。灼滅者の行動と言葉が、己を救いに来たのだと心から悟らせた。
    「あなたの力は傷付ける為の力ではありません。大切なものを守るための力なのですよ」
     同じ方向を見つめ、共に回復を捧げる猫に頬笑する優希那の傍を、疾風が駆ける。
    「いくよ、すわん!」
     爆音を噴かしたエンジン音を返事に、朔和がスターゲイザーを放った。婚星の如く空より降る蹴りに合わせて彼の愛機が突撃すると、強重力に押し潰された桃華が苦悶に声を絞る。
    「ぐ、ゥウッ!」
    「見た目に反して疾く動くおまるだな」
    「おまる言うな。言ったら泣くぞっ! ほんとに泣くぞっ!」
     クールな突っ込みも、千早なりの褒め言葉。
     朔和の声を耳に微笑した彼は、追撃に妖冷弾を撃ち込み、桃華の全身を凍てつく氷柱で貫いた。しとど降る冴えた楔は微動すら許さず、桃華は憤怒に睨み返すのみ。
    「辛く厳しい修行を今まで乗り越えて来たのは何の為だ?」
    「うぅ……ウッッ」
    「欲望に負けるな。自分の心の主人になれ」
     猫は彼の言葉をじっと聴いて見守る。桃華の理性を宿した瞳が潤んで見えるのは、決して気のせいではない。
    「はっ、流石に良いもん持ってやがる。だが、これしき!」
     至る所に裂傷を走らせながらも暴走する肉体が、染み込んだ格闘術を以て葉月に迫る。
    「お前を心配している奴が目の前に居るんだ、目を覚ませ!」
     彼は寸での間合いで攻撃を往なしながら、焔逆巻く蹴りを合わせて接近戦を御した。戦闘の優位に立ち、彼女に強者の存在を示すのも力強い道標となる。
    「世界にはもっと強い人がいっぱい居るで」
    「……ク、ウ」
     そして、彼女の渾身の思いを受け止める術も彼等は心得ていた。
    「桃華が戦うべきなのは、動物とかそんなんじゃなくて……でも先ずは、自分の中のそれを倒さんとあかんね」
     裕士は闇雲に放たれる灼熱の奔流から仲間を庇うと共に、傷負う事で心の芯を揺り動かす。何も胸算した訳でない、小さな桃華に妹を重ねた本能がそうさせたのだ。
     優希那と共に裕士へ癒しを届ける猫を、更に突き動かしたのはリリシス。
    「貴方も手伝いなさい、まだ諦めた訳ではないのでしょう?」
     手本を見せたか、若しか誘い導いたか。彼女は縛霊撃で肉体の自由を奪うと、赤い瞳を煌かせて振り向く。自らも叱咤の一撃を入れろと言うのか。
    「あなたを救いたいと思う心は、猫さん、あなたが一番強いと朔眞は思いますよ」
     朔眞の鈴を振るような声、同時に放たれた尖烈のドグマスパイクを援護に、意を決した翼が風を切った。
    「邪、魔……よ……ッ!」
     眼前に迫る猫に拳を突き出した桃華は、それを掻い潜った肉球に横っ面を叩かれる。
    「……むむ、今のは猫パンチ……?」
    「決まった、カウンター!」
     朔眞が瞳を丸くして見つめ、拳虎が拳を挙げて歓喜する。桃華の意識が闇に抗った瞬間、それを促したリリシスも小気味良く微笑んだ。
    「こういうのって理屈じゃないんすよ」
     拳の力を知る拳虎は、言葉にならぬ思いを分かち合う術として真正面からの殴り合いを持ち込む。闘う相手を見失って彷徨った少女の、遣り場のない激情が理解できる彼は、
    「俺にぶつけてこい! 俺も、俺の精一杯で、受け止めてやるから!」
     アンブレイカブルを前に力不足は百も承知で、桃華の格闘術にボクシングスタイルにて応えた。
    「フゥッ……フウウッ!」
     禽獣を相手にするより満足のいく戦い――彼女にそれを与えられるのは、灼滅者だけ。
     夕闇に染まる静かな広場に、拳のぶつかり合う音が幾度も木霊する。
    「拳虎、援護するよ!」
    「フォローし合うのも俺達の流儀だ」
     朔和と葉月が戦力を補填し、結束が強大な闇を凌駕する様を、猫の瞳に映した桃華は聢と見届けた。
    「此方に来い、桃華」
     審判を下したのは、千早の神霊剣。少女の拳が自ら繰り出した衝撃に千切れるのを認めた彼は、破邪の聖剣にて彼女を貫き、敗北を知らしめる。
    「大丈夫、次はいい夢を見られるわ」
     声もなく息を吹いて崩れた少女に、朔眞の凛然たる声が手向けられた瞬間、猫は何かを認めたように一鳴きして――消えた。


    「怪我だいじょうぶ? 立てる?」
     意識を取り戻した桃華が見たのは、心配そうに目覚めを待っていた朔和の大きな瞳。横たわる四肢が柔らかく包まれていたのは、リリシスが倒れる彼女を支えたからだ。
    「な、桃華ちゃんやんな?」
    「はい……」
     状況が飲み込めず戸惑う少女を察したか、裕士は桃華の視線まで腰を落とすと、妹に語るような優しい言葉で簡単に経緯を話す。不意に頭を撫でたのは、一人で抱えきった彼女への労いと慰みか。
    「そんな……私……」
     桃華は本ですら読んだ事のない事件の顛末に困惑し、自らの罪に眉根を寄せようとしたが、
    「凄まじい力だったな。英才教育の粋を見たようだ」
    「あっ、あの……はわわ」
     落ち込む少女を別の感情へと持ち込む千早の話術に助けられる。
     そうして桃華が灼滅者の輪に解け込んだ所で彼女を支え起こしたリリシスは、仲間達と瞳で確認し合いながら学園の存在を切り出した。
    「あなたや、朔眞達のような人が沢山集まっているんですよ」
    「私と同じような……」
     説明の合間に朔眞がにっこりと微笑めば、桃華の不安も次第に拭われていく。
    「学園に来れば、もっと強い奴がゴロゴロ居るぜ? きっと飽きる事なんてねぇだろうさ」
     成程見渡せば個性的で魅力溢れる人ばかり。目の前で笑みを溢す葉月達より強い者が居るなど想像も出来ないが、興味は深まるばかりで、
    「俺達と……俺と一緒に、もっと世界を見てみようぜっ!」
    「…………はい!」
     拳虎が熱くそう言った時には、桃華は力強く頷いていた。
    「ま、こんなところかしらね」
     自らの力で立ち上がった彼女を祝福したリリシスは、手際良く説明を終えると、彼女が起きるまでに全ての傷を癒し終えた優希那を密かに労い言を譲る。
    「動物図鑑を手放さない桃華様は、本当は動物が大好きな優しい女の子なのですねぇ」
    「あ……これは、私の……」
     崩れ落ちる瞬間まで抱えていた動物図鑑。その装丁を慈しむように撫でた優希那は桃華に差し出し、
    「さ、一緒に動物を見に行きましょう?」
     広場の時計を指差して顔を綻ばせた。残す時間は僅かだが、彼女の好きな動物の一つは見られるだろう。
    「……ありがとうございますっ!」
     桃華は優しい破顔に武闘家らしい礼をした後、その手を取って入口ゲートを潜った。
     少女の新しい一歩は、灼滅者の尽力によって輝かしく開かれる。夕暮れの空もそれを祝ってか、夜の帳を下ろすのを少し躊躇ったという。

    作者:夕狩こあら 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年2月14日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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