すっかり日も落ち真っ暗になった河川敷。近所に住む中学1年生の光希(みつき)は、ある目的のために河川敷にやって来た。
「……やった! 見て見て、また成功したよ」
毒入りのキャットフードを食べた野良猫は、光希の力によって動く死体となってよみがえった。
最初は車に轢かれて歩道で死んでいた猫をアンデッドにしたのだが、他に猫の死体を見つけることはできなかった。なので仕方なく近所の野良猫に毒入りのエサを食べさせ、アンデッドにすることを試みた。すでに光希には4匹の猫のアンデッドが付き従っている。そして、光希はもう1匹の猫を抱えていた。その猫は普通の猫とは違い、背中から翼を生やした不思議な姿をしている。その姿にはどこか神々しいものが感じられる。
何が気に入らないのか翼を持つ猫は光希の腕の中で暴れ出し、光希の手を引っかいた。
「痛……ッ!」
猫は地面に降り立ち、アンデッド化した猫たちを追い払おうとするように低くうなる。しかし、猫にはそれ以上のことはできない。
「大丈夫だよ……きっとうまくいくから」
光希はタオルに包んだ包丁を取り出して眺める。光希の頭の中は、ある計画のことでいっぱいだった。
翼の猫は光希が包丁を持っている方の袖に噛みついて引っ張るが、光希は上の空で気にしない。
「これでお母さんを生き返らせる方法を見つけるから……」
「中学1年生の女の子、光希さん……1ヶ月くらい前に病気でお母さんを亡くしてから、闇堕ちが徐々に進行してきてしまったの」
事件の全貌について、須藤・まりん(中学生エクスブレイン・dn0003)は解説する。
野良猫の死体を見つけたとき、光希は初めて自身の能力に気づく。彼女の闇堕ちが進行し、アンデッドを作り出すことができるようになったのだ。しかし、光希は能力のすべてを理解している訳ではない。自分には死者の魂を肉体に宿らせる力があると思い込んでいるようだ。
「例え起き上がって動いても、死体は死体でしかないよね? でも、光希さんの解釈は違うものなの。お母さんの魂を呼び戻して、新しい肉体に宿らせようとしてる……それはつまり――」
まりんは一瞬言いよどんだが、皆に光希がしようとしていることを話す。
「自分のお母さんを生き返らせるために、他人の命を奪うつもりなの……野良猫たちをアンデッド化していたのは、本番で失敗しないための実験みたいだね。そんなことしても、お母さんは生き返らない……手遅れになる前に、誰かが止めてあげないと」
光希の心境を思い量るようにまりんは一瞬沈んだ表情を見せるが、皆に情報をもらさず伝えていく。
「光希さんはダークネスの能力を持っているけど、完全に闇落ちした訳じゃない。今の彼女の人間としての意識は、猫のサーヴァントの姿となって彼女の計画を止めようとしているの。サーヴァントは彼女の残された良心のようなもの……サーヴァントが光希さんを止められないと諦めて消えてしまったら、闇堕ちが完全なものになってしまうわ。もし、手遅れになったら、灼滅するしかない……でも光希さんが誰かの命を奪う前なら、救ってあげることができるはずだよ」
光希と接触するには、光希が5匹目の野良猫を見つける河川敷に向かう必要がある。それ以前の正確な居場所は予測できていないため、河川敷が唯一接触できる場所になる。戦闘になれば、光希は『エクソシスト』と同じ能力値のサイキックを駆使して攻撃を行う。光希に従うアンデッドの猫たちも戦闘に加わるが、所詮は猫なので大した力は持たない。
光希を救うためには、光希を倒さなければならない。猫のサーヴァントにもそのことを理解させる必要がある。でないと応戦し、光希を守ろうとするだろう。味方だと理解させることができれば、攻撃されることはない。
「大事な人を取り戻したい気持ちはわかるけど、それでも間違ったことはしちゃいけないよ! 光希さんを助けたい気持ちが強ければ、みんなの言葉が光希さんに届くかもしれない」
参加者 | |
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伊舟城・征士郎(弓月鬼・d00458) |
神威・天狼(十六夜の道化師・d02510) |
鏑木・カンナ(疾駆者・d04682) |
不破・桃花(見習い魔法少女・d17233) |
山田・透流(自称雷神の生まれ変わり・d17836) |
狂舞・刑(暗き十二を背負うモノ・d18053) |
狼久保・惟元(月詠鬼・d27459) |
梢・藍花(影踏みルーブ・d28367) |
日が沈み真っ暗になった河川敷に、1人の少女が訪れていた。少女の周りには複数の猫が集まっており、5匹の猫は生気のない濁った目をしている。猫たちが集まる中心で、少女・光希が無言でタオルに包んだ包丁の刃先を見つめていると、頭上を飛ぶ1匹の影が光希の手元を狙う。
「きゃっ!」
光希のサーヴァントである翼を持つ猫はタオルを引っ張って光希の持っていた包丁を落とす。落ちた包丁の柄をくわえ、すばやく川の上へと飛んでいく。光希が止める間もなく、猫は川に包丁を落としてしまった。
「どうして邪魔をするの?」
頭上高く飛ぶ猫は、声を荒げる光希に何かを言いたそうにじっと見つめる。
「こんな事を繰り返してちゃいけないって、あなたも判ってるのよね?」
光希の問いかけに答えたのは、河川敷へとやって来た灼滅者たちの1人、鏑木・カンナ(疾駆者・d04682)だった。
光希は驚いてカンナたちの方を見る。サーヴァントの猫は狂舞・刑(暗き十二を背負うモノ・d18053)の発動する『殺界形成』の殺気に反応したのか、「シャーッ!」と威嚇する声をあげる。
「猫さん、もう大丈夫だよ」
梢・藍花(影踏みルーブ・d28367)は予測通りの猫のサーヴァントの姿を認めると同時に、サウンドシャッターを展開する。
光希は金髪の派手な姉さんのカンナと悪人面の刑を含む8人を見て警戒し後ずさる。
「ふ……不良さん?」
不気味に光る猫たちの目が、光希の前へと出る。
「僕たちは一言で言えば、あなたと同じ種類の存在ですよ」
そう言って1歩踏み出す伊舟城・征士郎(弓月鬼・d00458)に向けて、サーヴァントの猫はカッと牙をむき出す。
明らかな敵意を見せる猫に対し、神威・天狼(十六夜の道化師・d02510)は説得を試みる。
「俺たちは光希を助けに来たんだ。彼女を猫を殺すように仕向けている意識から覚まさせるために、ちょーっと手荒な真似が必要になるけど――」
猫は大きく翼を広げたかと思うと、前足を突き出して天狼に向かって突進する。
風を切る音を響かせて飛ぶ猫を天狼がかわすと、皆は戦闘に備えて散開する。
空中を滑空する猫に向けて、不破・桃花(見習い魔法少女・d17233)は呼びかける。
「待ってください! わたしたちは光希さんを助けたいだけです、あなたの味方です」
サーヴァントの猫は反応を示したように見えたが、アンデッドと化した猫たちは音もなく飛びかかる。
ビハインドの黒鷹が征士郎の前に進み出ると、猫の1匹が爪を立てて黒鷹の腕に組み付く。黒鷹が猫を易々と空中に放り投げると、征士郎は黒鷹の背後から剣を構えて飛び出し、一撃で猫を切り伏せる。
ライドキャリバーのハヤテが飛び出してきた1匹をはね飛ばすと、カンナは十字の槍で猫の急所を的確に突きとどめを刺した。
猫たちが応戦する中、光希はおろおろとした表情で8人を眺めている。それでも猫たちを引かせようとしない光希に対し、狼久保・惟元(月詠鬼・d27459)は語りかける。
「これ以上命を奪っても、お母さんは戻ってきませんよ」
光希の表情は、惟元の言葉を聞いた途端に変わる。
光希が多くを理解しないまま使用している能力について、刑は事実を伝える。
「アンタのやっているのは、魂を肉体に宿らせるなんてのじゃねぇ。アンタのそれは、ただ死体を死体のまま、アンタの意のままに動かせる様にしているだけなんだ」
光希は腕を抱きしめて首を振り、「ウソ……」とか細い声でつぶやく。事実を受け入れようとしない光希に、天狼は訴えかける。
「……母親を動く屍にしたいの? それは……光希が望んだことと違うんじゃないの?」
目的を否定された光希は、潤んだ目で天狼を睨むと、
「じゃあこの能力は何のためにあるの!? 死体を操れるなら、人間を生き返らせることだってできるはずよ! 絶対にそうだ! 必ず方法を見つけて、お母さんを生き返らせるんだっ!」
そう叫ぶように言い放つ光希の指先は、徐々に水晶のような結晶に覆われ鋭く長い爪の形を成していく。次第に光希の闇の本性が垣間見え、相手を狙うように爪の先端を向ける。
「あなたたちも不思議な能力を持っているなら、何か知っているんじゃないの? 教えて……方法を教えろっ!」
爪の先端が輝きを放つと、一筋の鋭い光が惟元を射抜こうと照射される。しかし、寸でのところでライドキャリバーの刻朧が体を張って攻撃を防いだ。
藍花は母親の死を受け入れられない光希の気持ちを思い、切ない表情を浮かべながら、
「みつきちゃん……勘違いしてる。お母さんが、悲しむだけ……だよ」
攻勢を見せる光希に備え、藍花は前線に臨む者の周囲に白い炎を展開し、その能力を高めていく。
「戦う気ならしょうがない……その気ならこっちとしてもやり安いよ」
山田・透流(自称雷神の生まれ変わり・d17836)はそうつぶやくと、上空から光希たちの様子をうかがう猫に向かって話す。
「光希さんを元に戻すためには、彼女をボコボコに打ちのめさなきゃならない。私たちは今からそれを実行する。万が一私たちが判断を誤って彼女が重傷を負ったら、あなたが私を殺してもいい。私の命を預ける」
「……にゃあ!」
真摯に光希との戦いに向き合う覚悟を見せる透流に、サーヴァントは見届ける意向を示すかのように空中で一声鳴いた。
透流がサーヴァントに攻撃を思いとどまらせる間、天狼の殺気が光希とアンデッドの猫たちを覆い牽制する。心臓を締めつけられるようなとてつもない恐怖と緊張に支配され、光希たちはすくみ上がる。そこに惟元の『除霊結界』が発動され、結界の中に納まった猫たちは力を吸収されたようにバタバタと倒れていく。アンデッドの猫はすべて動かなくなった。結界の照準から退いた光希は、肩で息をしながらも攻勢を崩さない。
「悪いけど、遠慮なく行かせてもらうわ」
「そーやくん、お願い」
「刻朧!」
カンナ、藍花、惟元はそれぞれのサーヴァントに指示を出し、光希への追撃を促す。光希はサーヴァント3体からの集中攻撃を必死に振り切り、桃花に狙いを定めて迫る。
「教えろ! 方法を教えろっ」
光希の輝きを放つ爪が目の前に迫るが、桃花は冷静な剣さばきで光希を押し返す。
「わたしもお母さんがいなくなってしまったら、同じことをしたかも知れません。でも! こんなことは光希さんのお母さんも望んでいないはずです!」
光希は桃花の言葉に聞く耳を持たず、対峙する桃花に再び襲いかかろうとする。しかし、黒鷹の『霊障波』がそれを阻む。光希はやむなく桃花から距離を取り後退する。
「おい、俺の相手もしてくれよ!」
言葉を発した刑の方に視線を向けようとした瞬間、光希は刑の黒いエナジーの弾丸をまともに食らう。派手に地面に倒れた光希の水晶の爪は、起き上がる拍子に一部が砕け落ちていく。刑のサイキックにより体が毒にむしばまれるのを感じながらも、光希は立ち続けようとする。
必死になる光希に同情しながらも、透流は小さな体に似合わない大きさのガントレットを容赦なく振るい、噴射機能のスピードを生かした強烈な一撃を光希にお見舞いする。光希はどうにか透流の攻撃に耐えたが、水晶の爪はボロボロの状態になっていた。
征士郎はエアシューズの能力を解放し、限界が目に見えている光希に向かっていく。助走から地面を蹴って光希に飛び迫る征士郎のキック。光希にかわせる余裕はないように思われたが、手を突いて倒れ込みながらも大きく地面をえぐる征士郎のキックを避けてみせた。
光希は右手を掲げて尚も反撃に転じようとする。惟元は影を伸ばし、攻撃を防ごうと光希の右手を絡め取る。その瞬間、頭上に現れた影に気づく。
「ただちかくん!」
藍花のただならぬ声に反応し、惟元は頭上を見上げる。そこにはすでに、多面体の結晶が密集して形作られたいびつな十字架が浮かんでいた。十字架からあふれる光が無数の光線となって一帯を眩く照らし、カンナ、藍花、惟元を捉える。
光線は惟元の額の真横をかすめていき、血が頬の上に流れ落ちる。それでも惟元は光希の腕を縛りあげたまま、「痛いですか? 苦しいですか?」と光希の目を見据えて言葉をかける。
「あなたが手にかけた『小さな命』も、あなたと同じように苦しかったはずですよ」
光希は野良猫たちの命を奪ったことを指摘され、顔色を変える。
闇の深みへと向かう光希を正したいという思いから、惟元は説得を続ける。
「命を奪っていい理由なんてないんです。罪を犯すよりもあなたが健やかにまっすぐ生きることで、お母さんを喜ばせることができるのでは?」
惟元の言葉に惹きつけられる光希は、一瞬周りが見えなくなる。透流はその隙を突いて影の刃を忍ばせ、背後から光希を切り裂いた。
「これで終わりにしよう……」
そう言う透流の目の前で光希の体は大きく傾き、そのまま地面に倒れ込む。
光希の指先を覆っていた水晶は跡形もなく砕け散り、光希がまとっていた禍々しい空気も消え去ったように感じた。
起き上がる気配がない光希の元に、空中から見下ろしていたサーヴァントの猫は真っ先に寄っていく。
「にゃあ?」
しぼんだ気持ちを現すように、猫のしっぽと耳はすっかり垂れ下がっている。
皆で光希を仰向けの状態にすると、藍花は光希の手を取り白炎の力を注ぎ込む。
「大丈夫、すぐ治すね」
しばらく様子を見守っていると、光希はゆっくりとまぶたを開く。
「うぅ……」
「悪かったね、手荒な真似して……」
カンナに支えられながら、光希は上体を起こす。視界にアンデッドの猫の死体が映ると、光希は震え出し後悔に苛まれる思いを吐露する。
「わたし……なんで、こんなこと……」
涙を浮かべてうつむく光希に、カンナは優しく語りかける。
「亡くなった人は戻らないわ、悲しい事だけど……大事な人を失いたくない気持ちは痛い程に分かるけど、ちゃんと向き合ってお別れをしてあげてほしいわ」
カンナの言葉に耳を傾ける間も、光希はボロボロと大粒の涙を流す。
「1度でいい……1度でいいから、またお母さんに会いたかったの」
「あなたも、本当は理解されていたのでは? 死者を生き返らせることはできないと――」
光希は征士郎の言葉を否定せず、更に涙を流して号泣し始める。
「にゃあ……」
光希が落ち着くのを見計らっていると、猫は光希の膝にのぼり、頬を伝う光希の涙を舌で拭い取る。
つぶらな瞳に光希を映す猫の気持ちが、今の光希には不思議とわかるように思えた。
「猫ちゃん……」
気づくとそばにいた不思議な猫のことが、光希には未だによくわからない。謎の多い存在の猫をじっと見つめていると、猫の体は徐々に神々しい光に包まれ、光希の中に吸い込まれるように姿を消した。
呆然と光に包まれる猫を見ていた刑は、
「こいつは……」
「光希さんの良心として、元の状態に戻ったということでしょうか?」
と、首をひねる桃花。
「消えちゃった……」
猫が消えてしまい、光希は少し寂しそうな表情を浮かべる。
「君の猫に会いたいなら、方法はあると思うよ」
天狼の言葉に、光希はぱっと顔を上げる。
「武蔵坂学園に来てみない?」
「武蔵坂学園?」
光希は天狼の言う聞き慣れない校名を繰り返す。
征士郎は光希に、
「武蔵坂には光希様のような経緯をたどって訪れる方が多くいらっしゃいます」
光希は学園の存在に大いに興味を示す。
「あの……あのね……」
藍花はそーやくんの後ろに隠れながら、もじもじと提案する。
「野良猫さんたちの……お墓を作ってあげたい、な」
学園に戻る前に、野良猫たちを弔うため皆で協力して河川敷の片隅の土を掘り起こした。
作者:夏雨 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2015年2月18日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 3
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