タタリガミの学園~死神は私の仮構

    作者:日暮ひかり

    ●scene
     強い夕陽が教室の窓からさしこんでいる。眩いばかりの橙色を浴び、女生徒は昏い瞳を幽かに細めた。
    「……どうしてこんな事に協力しないといけないの?」
    「うッせえな……テメエんな事言える立場だと思ってンのか、ああ!?」
     ガン、と教室の机を蹴り飛ばす羅刹の身体には、刺青があった。
     退屈そうに欠伸をしながら、苛々と爪先を動かす男の様子を一瞥し、女生徒は不快そうに眉を顰める。そして、手に持った学級日誌を静かに捲った。
     黒いセーラー服に、真っ黒な髪。血のように赤いスカーフが鮮やかに映える。彼女の制服は、この学校のものではなかった。『放課後の死神』――別の或る学校でそう呼ばれた、どこにもいない虚構の少女のもの。
    「……夜が来るわね」
    「あァ?」
    「そうね、その前に終わらせて帰りましょ。帰れなくなるかもしれないもの」
     少女の呟きを聞いて、羅刹はいっそう眉間の皺を深くした。気色悪ィな、と。
     
    ●warning!!!
     学園が騒々しい。鷹神・豊(エクスブレイン・dn0052)も事前に資料を読みこむ暇がなかったのか、珍しく書類を眼で追いながら、教室内の灼滅者達へ語りかけた。
    「忙しいところ悪い。近頃九州の学校で発生していた、七不思議都市伝説の事件があったろ。あれについて重要な報せが入った為、急遽集まって頂いた」
     新たな灼滅者組織の発見。未発見種のダークネス。
     それだけでも大事件だが、その組織の灼滅者が、九州のダークネス組織に拉致され、利用されている――というのだ。
     鷹神は資料を捲ると、一瞬眉間に皺をよせた。そして、深く息を吐く。
    「……七不思議事件の原因がわかった。あの都市伝説は、闇堕ちさせられた組織の灼滅者『七不思議使い』が生み出している……」
     彼らは今も、九州各地の学校で、新たな都市伝説を生み出す事を強要され続けている。
     学園は即刻現場の学校へ向かい襲撃、救出する方針を決定した。誰もそれに異論はないようだった。
     
    「闇堕ちさせられた灼滅者だが、タタリガミという現在までに戦った事のないダークネスになる……という情報が入っている。加えて、護衛の刺青羅刹が1体ついているようだ」
     刺青羅刹の男は、神薙使いと龍砕斧のサイキックを使い、タタリガミを守る。見張りだけの任務に飽き飽きしており、周囲の警戒も怠っているようだ。
     タタリガミは、自分がこれまでに生み出した都市伝説の中で、最も戦闘力の高いものの姿と能力をとる……という変わった特性を持つそうだ。
     その姿には見覚えがある、と鷹神は言った。
     『放課後の死神』の名を与えられた、鳴るはずのないチャイムで死の世界へと誘う少女。
    「タタリガミは殺人鬼と咎人の大鎌に近い力を使い、襲ってくるだろうが、心の底ではまだ灼滅者の意識が抵抗を続けている」
     ダークネス二体を相手取るのは楽とはいえない。だが自分達が救出に来た灼滅者である事を訴え、信じてもらう事ができたなら、タタリガミの攻撃は鈍る。
     もちろん、そのうえで撃破すれば、従来通り救出が可能だ。
    「つい最近対応して貰った事件で、俺はタタリガミと同じ姿の都市伝説を視ている。本来の人格は高1の少女のようだ。……関わってしまった以上、やはり何となく気懸りでな。救出してやりたい……と、思う」
     怒鳴っていたほうが落ち着くな、と鷹神は再度深く息を吐き、資料を置いた。
    「その事件で感じたという『業の臭い』と、彼らの関連性は不明だ。俺としては、情報の乏しさを申し訳なく思う所もあるが……今わかる範囲で最善を尽くしたい。頼む」
     エクスブレインは一度深々と頭を下げると、いつも通り勝気な笑顔を浮かべる。
    「骨の折れる仕事だ。羅刹の灼滅か、灼滅者の救出、どちらかが達成出来れば上々だろう。朗報を願っている。こっちもこっちで、君達が留守の間に調査を進めとかないとな」


    参加者
    風宮・壱(ブザービーター・d00909)
    江楠・マキナ(トーチカ・d01597)
    皆守・幸太郎(カゲロウ・d02095)
    室本・香乃果(ネモフィラの憧憬・d03135)
    楯守・盾衛(シールドスパイカ・d03757)
    アレクサンダー・ガーシュウィン(カツヲライダータタキ・d07392)
    トランド・オルフェム(闇の従者・d07762)
    居木・久良(ロケットハート・d18214)

    ■リプレイ

    ●1
     面白い事はないか。耀く夕陽も、日誌を捲る音も、何ら心に響かない。
     男の軽率な欲求は、思いもしなかった形で、叶った。

    「がッ!?」
     教室の前後扉が開くとほぼ同時に、羅刹は全身を強打した。
     江楠・マキナ(トーチカ・d01597)とアレクサンダー・ガーシュウィン(カツヲライダータタキ・d07392)のライドキャリバー、ダートとスキップジャックが同時突撃をかけたのだ。相棒達が上手くやった事を扉の影から見届けると、二人は殺界を張り、戦の気配を遮断する。
    「新しい灼滅者の組織は興味がわくが、組織ごと乗っ取られ強制闇堕ちさせられているとは厄介な事になっているな……」
    「他にも世を忍んで戦ってる人達がいるのかな……後手後手になっちゃって辛いけど、絶対助けようね」
     まずは、目の前の一人を確実に。段取り通り、八人は前後の扉から教室へなだれこむ。
     風宮・壱(ブザービーター・d00909)は助走をつけ、廊下と教室の境を跳び越える。壁にもたれる鬼へドロップキックを見舞い、反動を利用して窓側まで跳んだ。居木・久良(ロケットハート・d18214)も壱の後に続き、退路を塞ぐ。
    「ムリヤリ闇堕ちさせて従わせるなんて、おじさん達、ダークネスのカザカミにもおけないね! ……ん? アレ、この場合らしいのか」
    「……そうかい、褒め言葉あンがとよ坊主……御礼に叩き潰してやらァ!!」
     羅刹の咆哮をよそに、後衛の室本・香乃果(ネモフィラの憧憬・d03135)と皆守・幸太郎(カゲロウ・d02095)が二つの扉を閉め、封鎖する。包囲されたと悟ったタタリガミは眦をつりあげた。学級日誌から闇がたち昇り、鎌の形を成す。
    「助けに来たよ。君がしたかったのはこう言うことなの?」
     ゆっくりと、噛みしめるような久良の言葉。タタリガミの唇が僅かに震えたかに見えた。
    「そんなはずはないよね。俺達が君を自由にする、信じて欲しい」
    「うるせェガキ共だ。やれ『トキトウ・ユキ』!」
    「…………っ」
    「ヤられる前に殺ッちまえッてネ。ワンワンカーニバル開幕だァ!」
     楯守・盾衛(シールドスパイカ・d03757)の操る影の犬が、三つの首を擡げて死角からかじりつく。羅刹が拳を握った刹那、盾衛の上半身が弓なりに後ろへ反った。彼の上ぎりぎりを香乃果の槍が通過し、羅刹を押しやるように突く。
    「その人を利用するのはやめて!」
    「毎度ケンカの押し売りでェす、こンにちわ・この前振り・お元気ィ?」
    「この前……?」
     リンボーダンス態勢のままの盾衛に、タタリガミ――ユキは眉を寄せる。その姿は二人が戦った都市伝説、放課後の死神そのものだ。
     だがユキは二人を知らないのだろうか。盾衛は腹筋のみで身体を起こすと、素早く後方へ退く。トランド・オルフェム(闇の従者・d07762)が香乃果と入れ替わりに、十字を象った長槍を敵へ突きたてた。
     貫けない。
     まるで岩を突いたような手応え。羅刹は槍を力任せに引き抜くと、右腕に妖気を集め始めた。灼滅者の連撃を立て続けに浴びながらも、異形の腕は膨れあがっていく。
     ――敵は強敵、されど彼女の瞳はまだ光を失ってはいない。まだ希望はあります。
     黒い礼服を翻し、トランドはユキの方を振り返った。
    「私達は元の貴方と同じ灼滅者です。別の組織ではありますが、同じ灼滅者として貴方を苦しみから解放したいのです。どうか私達を信じてください」
     お手本のような弧を描く彼の唇は、感情を読ませぬ仮面を被ったよう。しかし、眼鏡の奥で鋭さを増す双眸が誠の想いを物語っていた。
     鬼の拳が久良の鳩尾をへこませる。たまらず床に転がる彼を、ユキは戸惑いの眼で見た。
    「早くやれ!!」
     ぎり、と唇を噛み、ユキが闇を放出した。前衛を吞みこむ殺気の中、久良は揺るがない心で痛みを押しのけ、立ち上がる。
    「オレは、オレ達は、君の力になるために、君を助けるためにやって来た。見てて欲しい、絶対に助けてみせるから!!」
     薄紫の淡い光が広がり、散漫な殺気を静かに散らしていく。久良の叫びに応えるように、幸太郎は味方を守る法陣を床の上に描き出した。壱も強く頷き、夕陽に左腕を掲げる。
     灼熱色のグローブから迸る癒しの緑光が、盾の紋章を描いて久良を護る。灼滅者達の真剣な眼差しに、羅刹は厭な笑みを返した。
    「クク。青いなァ」
    「もう、今彼女と話してるんだから静かにしてくれないかな? っていうか、キミちょっと刺青負けしてない??」
     マキナが銃を構えていた。トリガーが引かれ、炎の弾丸が爪先から遡るように敵の体を貫いていく。
    「綺麗な蜂の巣柄にしてあげるよっ!」
     傾いだ上半身めがけ、止めの大炎弾を一発。電流にも似た反動が全身を震わせる快感に、自然と笑みがこぼれた。面白くなってきた、とばかりに羅刹もマキナを睨んで嗤う。
     羅刹は変形した爪を振りかざし、前衛を次々薙ぎ払った。ユキもその後を追ってくる。
    「……私達の組織は制圧されたわ。今はウズメ様に従うしかないの」
     羅刹に薙ぎ倒された壱は反射的に飛び起き、久良の前に滑り込んだ。血飛沫があがる。治癒力を奪われ、土気色と化した傷を抑える壱の眼は、怒りに染まりかけていた。
     掃射音が断続的に響く。弾幕の裏で幸太郎はゆっくりと息を吐き、再び法陣を展開した。天魔の力と癒しを得た前衛は、また鬼へ立ち向かう。壱も平常心を取り戻したようだ
     どんな状況でも、最善の回復手がある。慎重に考えてきた、ゆえに焦りはない。全身から気怠さを追い払った幸太郎は、ユキへ真摯に語りかけた。
    「毎日同じ事の反復は退屈だろう。強いられてるのも嫌だろう。少なくとも俺達の組織は、当人の自由意思で動ける。お前が運命を自分で決めたいのなら、俺達は力を貸す」
    「テメエ……!!」
     羅刹が怒りの眼をむけた時、太い腕が男の肩口と足を掴んだ。アレクサンダーは羅刹の巨体を魚でも扱うように抱え上げると、頭から床に叩きつけた。
    「鰹の一本釣りリフト!」
     強い振動が走る。鈍い叫びが響き、強化を砕かれた鬼の腕が萎んでいく。久良は香乃果に元気づけるような笑顔を向け、橙に染まる床板を強く蹴った。
     皆が羅刹を牽制してくれている。夕暮れの教室はあの日と重なるようで、でも、違う。心細くない。
     祈るような思いで香乃果は口を開いた。今度は、彼女を助ける。助けられる――!
    「私達は貴女が生み出した存在と会いました。その姿は寂しそうで、手を取り合えない事が悲しかった」
     え、と小さく声が聞こえた。納めた自在刀を肩に担いで、盾衛がにや、と笑う。
    「食べ残しッてのも好きくねェのよネ。乗りかかッたタイタニック、最後まで面倒見よウじャねェの」

    ●2
     足の負傷に苦しむ羅刹に向け、アレクサンダーのチェーンソー剣が唸りをあげ始める。
    「こんなむさい奴を剥く趣味は無いのだがな……」
     学生帽のつばを押さえ、アレクサンダーは片手で豪快に剣を振り回す。刃は羅刹を幾重にも切り刻み、肉と防具を抉り取っていく。波模様の刺青が見えた。
     鰹の頭を供えたスキップジャックが、その波めがけて跳ぶ。炎が、毒が、身体を蝕んでいく。羅刹は清めの風を呼んだが、とても癒しきれない。
    「やっぱ柄じゃねェな、回復はよ」
     香乃果とマキナが動きの鈍ったユキに銃を向けていた。めんどくせぇ。そうぼやき、庇おうと動く。
    「行けっ、ダート!」
     ダートが跳ねた。突撃の推進力を乗せた丸鋸が敵の胸部を抉り、先の回復を無意味にする。その隙を無駄にせず、香乃果とマキナは同時に引き金をひいた。
     次々発射される漆黒の弾丸が、吸い込まれるようにユキを貫いていく。協奏曲めいた銃声が響く中で、マキナは彼女の本心を探す。
    「それはキミの本当の姿じゃないんだよね。キミの本当の姿が見たいな」
    「……。でも私、こんな事に手を貸して。巻き込まれた人だってきっといるわ」
    「駄目だ。えっと、ユキさん!」
     振るわれた虚空の鎌の前に、壱が飛びだした。
    「…………君自身を取り戻させて」
     血塗れで床に転がりながらも、壱はユキへ笑顔を向ける。
    「どうして、そこまで……」
    「シンプルだよ、同じ灼滅者なんだから。俺達は、仲間を助けるために命懸けで行動する……君の自由と笑顔を取り戻すために!」
    「自分に与えられた力でそれができるというのなら。やらないという答えは無いでしょう」
     起き上がった羅刹へ、久良とトランドが走っていく。敵を跳び越えた久良が首元に炎の蹴りを打ち下ろせば、鋭さを増したトランドの槍が喉元を突き上げる。元々赤い槍は、一層禍々しい血染めの十字架へと変貌した。
     威いこそ衰えたとはいえ、ユキの攻撃は急所に入れば驚異。この際どい戦いの最中でも、トランドは優雅に笑ってみせる。
     まだ救えるなら。
     手を差し伸べて、闇の奥底に沈んだ彼女を引っ張り上げたい。
     皆の表情が、言葉が、灼滅者の魂を揺さぶっていく。
    「おいユキぃ。裏切りやがったらテメエの仲間がどうなッかわかってンのか……」
    「キミの他の仲間達も私達の仲間がしっかり助けに行ってる! 言うこと聞く必要全然ないよ!」
    「ンだと!?」
    「女性一人守れないばかりか、暴力をちらつかせなければ心一つ動かせませんか。男性の風上にも置けませんね」
     マキナの一言に目を剥く羅刹を見て、トランドがふっと笑みに冷たさを乗せた。いよいよ激昂した鬼を狩りに、灼滅者達が動きだす。
     信用してもいい、と思っている。
     それでも浮かぬ顔をやめないユキをちらと見返り、盾衛は目を細めた。
    「ま、生きたくもねェッてンならボサッとしてろ、ココでブッ殺してやる」
     じゃらじゃらと音を立て、自在刀が伸びる。その切っ先はどこへ向かうのだろう。
    「ケド、テメェがテメェのまま生きてェンならジタバタしてみナ、後はコッチでどうにかしてやらァ」
     ぶっきら棒に言い捨てると、答える間もなく彼は駆けていった。羅刹の方へ。
     立ちつくすユキへ、幸太郎は声をかける。どうする。奴隷と自由人の違いは、自分の運命を自分で決められるか否か――。
    「お前はどっちだ」
    「私は……」
     奴隷じゃ、ない。壱の傷を帯で覆いながら、幸太郎はそうか、と頷いた。

     戦いが続き、前衛が傷ついても、灼滅者達は焦らない。スキップジャックと交代でアレクサンダーが前に出てきた。下がる機体を追おうにも、マキナとダートが作るふぞろいな弾幕に前進を阻まれる。
     説得が長引けば危なかった。だがユキは早々に戦意を失い、羅刹が包囲を破るには火力が足りていない。窓。扉。どこも駄目だ。視線が忙しなく泳ぐ。
    「おいおいそんなことではHKBの輩に笑われるぞ? うずめとやらの顔にも泥を塗る事にならないか?」
    「うわーおじさん大変だ! もしかして、逃げることばっかり考えてるからこんな仕事に回されたのかな?」
     かっとした羅刹は疲弊した壱に殴りかかったが、拳を止めたのはアレクサンダーの強靭な筋肉だ。トランドが軽やかに跳び、とんと羅刹の肩に着地する。強い重力を受けた鬼の身体は床に押しつけられ、骨の折れる音が響いた。いよいよ羅刹は這いつくばって逃げ、ユキの足を掴もうとする。
    「来るな! コイツがどうなってもい……」
    「やめて!!」
     香乃果が前に立ち塞がり、両手を広げた。優しげなアズライトの眸は、あの日教室に残した花の色。
    「このまま闇に溶けては駄目。貴女の全てをここで終わらせないで」
     は、と声を漏らす羅刹の背中に、硬く冷たい塊が押しつけられた。
     銃口。
    「本日出弾大解放、ジャンジャンバリバリ燃え燃えファイヤーッてなァ!」
    「ぐおおおおおッ!!」
     吐きだされる埒外の熱と鉄が、刺青を赤黒く塗り変えていく。味方さえ耳を塞ぎたくなる絶叫と砲声の中、盾衛が何を叫んでいたか。正確に聴こえたのは、唯一人。
    『……テメェの生き死にの筋道くれェ、テメェで決めてみせやがれオラァ!!』
     ユキはぐっと息を吞み、死神の鎌で羅刹の首をかき切った。な、と声をもらした首も体も炎に飲まれ、夕陽に溶け、やがて燃え尽きる。
    「……お願い、元に戻して……覚悟はできてる、から」
     逃げないわ。
     私も灼滅者だもの。
     日誌を抱く腕は強張っていた。けれど仲間達はユキの意思を汲み、休まず攻撃を続ける。
    「やれやれ、頑張ったら眠くなったな」
     そうぼやく幸太郎は念を入れ、最後の法陣を張る。
    「やれば出来るじゃん、ダート」
     ダートをこつんと叩き、マキナは銃を担ぐ。二人を眺め、香乃果は小さく微笑んだ。
     貴女は、私達と同じヒト。だから同じ方向を見て、一緒に歩む事が出来る。
    「ユキさん、どうか私達と一緒に来て下さい。貴女と未来へ歩いて行きたいの」
    「うう……あああッ!!」
     僅かなダークネスの意思が放出させる殺気に、威力は殆どない。久良は赤い文様のハンマーを振りあげた。炎を宿した槌が、上段からユキへと打ち込まれる。
    「はああああああッッ!!」
     互いの体が軋むほどの一撃に、何故だろう。朝陽のような――光を、見た。

    ●3
     黒いワンピースに黒い髪。赤いリボンが似合うあの娘と並んで歩いた道。真っ赤な夕陽の中で別れて、それが最後なんて、思わなかった。
     別れ際の言葉が、今も耳に残っている。
    『ドーモ、新手の七不思議・お助けリンボーマンDEATH。ねェどンな気持ち、生きててNDK……』
     違う。

     飛び起きたユキが見たものは、ブリッジのポーズでにやにや笑う盾衛と、その隣で苦笑する香乃果だった。闇堕ちまで考えていたくせに、よくやる。
     ――最悪。そう返し、ユキは泣きそうな顔で笑った。
    「……放課後の死神、倒してくれたんだよね。良かった」
    「あの人は、本当に誰でもなかったんですか……?」
    「……うん。でも、ちょっと。友達に、似ちゃって。……喜んでるよ。あの娘も灼滅者だったから……もう会えないけど」
     こんな時だしさ。助けて、って思っちゃったんだね。きっと。
     その痛みはどことなく、皆にも察せられた。
     アレクサンダーは改めてユキの様子を観察する。外見に変わった特徴はなく、普通の人間に見える。ただ本当の姿は『放課後の死神』とはまるで違う、今時の女子高生だ。
    「七不思議使いか。不思議なものだな」
    「あ、自己紹介……私、七不思議使いの時任友季。ありがとね、本当」
    「うん、よろしく! で、これからどうしよっか。一旦俺たちと来る?」
     気付けば陽が沈みかけ、夜の気配を帯び始めていた。壱とマキナの提案に従い、一行は友季を学園に連れ帰り保護する事に決めた。
    「……皆の学校か。なんかちょっと楽しそう」
     そう言い、にへと笑った友季の顏に『死神』の陰はもうない。トランドと久良が笑みを返す。缶コーヒーを最後の一滴まで飲み干し、幸太郎は腰を上げた。
    「さぁ帰ろうぜ。夜は良い子が寝る時間だからな」
     負けないで。夜を超え、必ず朝は来る。香乃果とマキナに手をひかれ、友季は歩き出した。橙色の教室よりずっと温かい場所へ、ゆっくりと。

    作者:日暮ひかり 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年2月20日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 1
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