ガリリ、と硬い物を引きずる音が響き渡る。
無造作に引きずる刃は、しずまり帰った廊下に乾いた音と傷跡を残して行く。黒い古びたデザインの学ランを着た少年が、ふらりと地に足の着かぬような足取りで、刀を引きずり進みゆく。
目の前を歩くしょぼくれた人相の男のライトだけを頼りに、ずるりと刀をひきずり歩く。
ライトを前に掲げたまま、男はちらりと少年をうっとうしそうに振り返った。
「おい、早くしろ。俺も早く帰りてェんだ」
低い声で、男がそう少年に言う。
少年は無言で、じろりと視線を上げた。
ゾクリと背筋の凍るような恐ろしい視線、だが表情は笑って居る。笑うしかなかろう、笑うしか自我を保てなかろう。
表情は笑って居るが、中身は空っぽだ。
「ここにするか」
少年が、ぽつりと呟いた。
足を止めたのは、音楽室であった。何も聞こえない音楽室から、まるで何か音色が聞こえたかのように……一瞬少年は表情を和らげた気がした。
だがすぐに少年はまた元のように狂気じみた笑みに戻り、刀を振り上げる。
男はライトで音楽室を照らしながら、少年に問いかけた。
「何が生まれるんだ」
「観客のないピアニストさ。……ずっとヒトリで、闇の中で弾き続ける女。耳にした者は、その音色から逃れる事は出来ない。観客を死に引きずり込むと、またヒトリで弾き続ける」
永遠に、一人。
そう言った少年は、闇をじっと見つめている。
九州で発生していた都市伝説の事件に動きがあった、とい報告を聞いたのはつい先ほどの事であった。
教室で待ち受けていた相良・隼人は、まず今回の事件の流れについてざっと話をしてくれた。
「どうやらウチ以外の灼滅者組織があってな、その灼滅者達が九州のダークネス組織に拉致された上、闇堕ちさせられて使われてたらしい」
彼らは、現在も九州のどこかで都市伝説を生み出し続けているようだ。彼らの境遇を思い、眉を寄せる灼滅者も居る。
この事件を放っておくことは出来ない。
隼人は、九州のとある学園の地図を差しだした。
「次に出現する場所を特定してある。……福岡市内にあるこの高校に、深夜出向いてくれ。ここでこの都市伝説を生み出した張本人に会えるはずだ」
都市伝説を生み出しているものは……タタリガミと称する。
タタリガミは護衛として刺青羅刹を一人引き連れており、いずれも灼滅者達よりも強力である。特にこのタタリガミは接近戦に長けており、刀を使って攻撃を仕掛けてくる。
刺青羅刹は後方から攻撃する事が多いが、刺青羅刹は分が悪くなると逃げ出す傾向にあるという。
「だがお前達の目的は、タタリガミだ。このタタリガミはまだ高校生くらいで、話せば分かる可能性がある。助けに来た事をちゃんと話して分かってもらえりゃ、攻撃の手が緩む」
そうすれば、助け出すことも可能だと隼人は言った。
今回の目的としては、護衛の刺青羅刹を撃破するか、このタタリガミを助け出す事。そのどちらかが為されなかった場合、目的は果たせなかったという事だ。
望まず闇堕ちした、この孤独な少年をどうか助け出してくれ。
隼人はそう言って頭をさげた。
参加者 | |
---|---|
玖珂峰・煉夜(顧みぬ守願の駒刃・d00555) |
アプリコット・ルター(未覚醒のガーネットスター・d00579) |
龍宮・巫女(鬼狩の龍姫・d01423) |
シェレスティナ・トゥーラス(夜に咲く月・d02521) |
敷島・雷歌(炎熱の護剣・d04073) |
天堂・リン(町はずれの神父さん・d21382) |
園城寺・琥珀(叢雲掃ふ科戸風・d28835) |
凪野・悠夜(朧の住人・d29283) |
何時からか、少年の歩む道は闇に閉ざされるようになった。
言われるままに闇にケモノを放つたびに、自分はケモノと同じになっていく。この先にあるのも、そして自分の背にあるのもまた闇に違いない。
永遠の、闇の隧道……。
「おい、早くしろ。俺も早く帰りてェんだ」
男が低い声で、少年に言った。
少年は無言で、じろりと視線を上げる。
しかしその先にぽつんと光が灯ったのが見え、男から視線を反らした。光が、こちらを照らしている。
「こんばんは」
細い声が、廊下の向こうから聞こえて来た。
小さな声の主は、静かに礼をして挨拶をする。アプリコット・ルター(未覚醒のガーネットスター・d00579)は彼の目を出来るだけ見つめるようにして、こう続けた。
助けに来ました、と。
そっと園城寺・琥珀(叢雲掃ふ科戸風・d28835)が天堂・リン(町はずれの神父さん・d21382)に目配せをすると、リンは拳を握り締める。アプリコットの声は、しんと静まった闇の中に、ひとすじ響いた。
琥珀はその中で、殺気を放って人の侵入を阻む。
玖珂峰・煉夜(顧みぬ守願の駒刃・d00555)は、音を遮断して剣戟を覆い隠す。
状況に気付いた男は、苛ついたように武器を持つ手に力を込めた。
「何だテメェ…」
言い終わらぬうちに、飛び込んで来たリンが拳を叩きつけた。反射的に、タタリガミの少年が刀を構えてリンの攻撃を受け止める。
怯んだ羅刹は、タタリガミの後方に控えたまま即座に巨大な腕を唸らせた。
「何でここに人が居やがる!」
人、それも灼滅者。
羅刹は状況を把握して、攻撃に転じた。
タタリガミは、ゆるりと刀を身構える。冷たい視線に、笑顔を浮かべた彼は羅刹の命ずるままに、リンに斬り付けた。
リンを庇うように前へ留まった煉夜のキャリバー白獄が、傷を残して刀を弾く。
「悲しい笑みですね」
ぽつりとリンは、タタリガミに言う。
無言で威圧するようにタタリガミは刀を一閃した。刀がリンの腕をかすめ、アプリコットを背に庇うようにしてビハインドのシェリオがその傷を負う。
タタリガミの表情に反応はないが、攻撃は素早く的確であった。
羅刹は彼を盾にするようにして、縛霊手で結界を展開させる。タタリガミの元へ踏み込んでいたリンは白獄のフォローを受けたが、シェリオは結界に囚われる。
羅刹の結界が捕らえた相手へ、再びタタリガミの刀が襲いかかった。
「……戦るしかないのか」
バベルブレイカーを構えた凪野・悠夜(朧の住人・d29283)の表情が変化し、にいっと笑う。
静かに見守っていた悠夜は前のめりに飛び込み、タタリガミの攻撃に対してドグマスパイクをお見舞いする。
タタリガミを威圧するように、バベルブレイカーを駆使する悠夜。その視界に、羅刹は入っていない……羅刹の相手は、悠夜の役目ではないのだ。
彼らを相手取ってもまだ、タタリガミには余裕があった。
「早いね……早めに片方片付けた方が良さそうだ」
煉夜は冷静な表情で、風を放った。ふわりと柔らかな風が煉夜の元から前へと流れ、シェリオ達の痛みを和らげる。
ほっと息をついたのは、シェリオを見ていたアプリコットである。
ただただ、切り刻むしか意志を表せない堕ちた魂を、アプリコットは兄の背中越しに見つめた。
「大丈夫、です。皆……貴方を助けに、来てます」
貴方の、仲間の所にも……私達の仲間が。
アプリコットの言葉に、タタリガミは攻撃で応えるしかない。
攻撃を仕掛けたタタリガミに攻撃で応じるのは、彼を救い出す為。
そう分かって居ても、羅刹に指示されるままに戦うタタリガミを傷つけるのは気が咎めた。仲間が傷つく度に、縛霊手の力でいやしていく煉夜。
彼の攻撃を白獄に阻止を任せ、仲間に声を掛けつつ煉夜はタタリガミにも声を掛ける。
「俺達は君を解放する為に来たんだ!」
煉夜の呼びかけに、羅刹は嘲笑を返す。
今は堕ちたタタリガミに、呼びかけても無駄だと。
「悪いがコイツは、俺達の物なんでな」
羅刹の縛霊手が、剣を切り上げたシェレスティナ・トゥーラス(夜に咲く月・d02521)に伸びる。
視線を受け、シェレスティナが羅刹の腕を閃光とともに切り裂いた。傷口を開いた腕を庇いながら、羅刹が悲鳴を上げる。
無言で、タタリガミは羅刹を庇うようにシェレスティナに刃を向ける。
彼の攻撃を白獄やシェリオ達に任せてはいるが、タタリガミの一撃は重く腕を痺れさせ、羅刹は結界で足止めを図ってくる。
タタリガミに手を伸ばしたいが、羅刹がこう邪魔をしていてはそれもままならない。追い詰めるように斬り付けていくシェレスティナ。
すると、悠夜が上段から強烈な一撃を加えた。
鬼気迫る悠夜の剣圧に押され、羅刹が踏みとどまる
「……さっさと仕留めろ!」
サポートは性に合わねェんだ、と呟きながら悠夜が羅刹を剣で斬り払う。怯んだ羅刹に、更に集中攻撃を浴びせる敷島・雷歌(炎熱の護剣・d04073)と紫電。
それを凪払うタタリガミの攻撃は、容赦なく二人も白獄達も切り裂いていく。羅刹が再び結界を展開すると、それに気付いたアプリコットが指を翳した。
指輪から発した呪詛が、羅刹を直撃する。
「……」
言葉は無いが、体の震えを押さえて攻撃に転じるアプリコット。これ以上、仲間とタタリガミの邪魔させない為にと。
じわりと呪いが体を蝕みはじめると、羅刹は身を引いた。
「くそ、コイツの仕事を見届けて帰るだけのはずだったのに……」
「だったら、帰ってください」
精一杯の言葉をアプリコットが投げる。
これ以上は追いはしない、と。
更に一撃、雷歌がオーラキャノンを放つと羅刹は身を翻した。
「足止めをしろ!」
羅刹はタタリガミに指示をすると、駆け出した。羅刹が引き返していくのを見届けると、雷歌は受けの姿勢を取る。
タタリガミの斬撃が、上から振り下ろされた。
かろうじて富嶽を振り上げて受け止める、雷歌。タタリガミの攻撃は重く、ギリギリと押しつぶす彼の刃の向こうに笑いが見える。
「手荒な歓迎になって……悪かったな」
呻くように、雷歌が言う。
龍宮・巫女(鬼狩の龍姫・d01423)が状況を見ながら、風を巻き上げる。神薙の風が、廊下に吹き荒れてタタリガミの体を切り刻んでいく。
それでもタタリガミの力は、緩まなかった。
本当なら、タタリガミを足止めに使って逃げるような羅刹を逃がしたくはない。だが、今はタタリガミを救い出すのが優先だと、巫女は自分に言い聞かせる。
「ごめんなさい。あなたが知っているかどうか分からないけど、助け出すには一度私達があなたを倒すしかないの」
話す巫女の言葉を聞き入れているかどうか、焔を纏った腕でタタリガミの腕を掴んだ雷歌を振りほどき、更に斬り付け暴れるタタリガミ。
剣がまとう影が、立ちはだかる雷歌を捕らえて縛り上げた。
琥珀は指輪から弾丸を打ち込みながら、タタリガミの動きを封じていく。弾丸を受けながらも、タタリガミはからっぽの笑顔で雷歌を締め上げた。
「貴方を闇堕ちから救いたい。私達もあなたと同じ、灼滅者なんです」
「救い……出す? ダレを、何処に」
からからと笑いながら、タタリガミは言う。
笑いながら、一撃を振り下ろした。空を切り裂く一撃がシェレスティナを切り裂く。
振り上げた刃が切り裂いた腕を庇うことなく、シェレスティナはカウンターで斬り上げた。鮮血が飛び、シェレスティナとタタリガミの血が床に零れた。
まだ生きているじゃない、とシェレスティナは呟く。
「君の中にいるダークネスを倒さないと、君が戻って来られないんだ。だから、君も負けないで……こっちに戻っておいで!」
「戻る? 戻れない。一人だ。……この闇で一人で、闇を歩く……その為に呼ばれたんだ!」
戻れない。
いや、戻さない。
それはダークネスの声であったかもしれない。
シェレスティナは、ダークネスであるタタリガミを追い詰める為、踏み込んだ。タタリガミの刃がシェレスティナを再び狙うが、雷歌の富嶽が受け止めた。
受け止めきれない衝撃が、雷歌の体を痺れさせる。
少し、表情を和らげて雷歌が言う。
「一人にしない為に来たんだ」
一緒に戻る為に。
雷歌の言葉に、一瞬力が緩んだ。琥珀が指輪を構えるが、タタリガミの動きを見切るとその腕に攻撃を放った。
痺れた腕を押さえ、タタリガミが後ろによろりと下がる。
そこに飛び込んだ悠夜が、バベルブレイカーをねじ込んだ。容赦をするのは、ダークネスに手加減するのも同じ。
悠夜の一撃は、タタリガミの体を貫いた。
……ふ、とその瞬間悠夜の表情が変わる。
「望まない自分になる苦しみは、僕にもよく分かる」
「……何が……分かると……」
声を洩らすタタリガミを、静かに見返す悠夜。ずるりとバベルブレイカーを抜き放つと、膝をついた彼を見下ろした。
闇の中に取り残され、ぽつんと後ろで見守るしかない『彼』は、聞いているだろうか。琥珀が、彼の前に進み出て静かに微笑んだ。
「今まで闇に堕ちた人をたくさん見て来ました。でも、あなたは戻れます」
「信じて頂戴な。誓って嘘なんか言わない。だから……あなたも自分の闇と戦って!」
ウロボロスブレイドを放った琥珀と同時に、巫女はタタリガミの一点へとバベルブレイカーを打ち込んだ。
闇を打ち払う為の、死の一点に。
力尽きて倒れたタタリガミの体に、巫女が手を伸ばす。
そっと肩に手を添えると、彼の瞼がふと揺れる。
「手加減出来る状態じゃなかったから……」
そう言う巫女の声は、少し心配そうだった。
既に羅刹の影は周囲に無く、タタリガミが目を覚ますまでの間ぐるりと周囲を見回した煉夜と悠夜達によれば、恐らく撤収したのだろうという事だった。
「羅刹達がどこに向かったのか、いずれ分かるだろう。だから……っと、目を覚ましたようだよ」
煉夜が気付いて、タタリガミの顔を覗き込んだ。
ぼんやりと周囲を見まわし、彼が体を起こす。起き上がる彼の体に手を貸すと、雷歌が残った力で彼に気を送り込んだ。
「容赦なくやったから、大分怪我をさせてしまったようだな」
ふ、と煉夜は笑った。
ちょっと申し訳ないと思ったが、致し方あるまい。
「……お前達は一体、誰なんだ」
ぽつりと低い声で、彼が問うた。
シェレスティナが灼滅者組織であると告げると、彼は今までの事を思い出すように視線をめぐらせ思案した。
すぐにシェレスティアが、それを否定する。
「今はとにかく、ゆっくりしていて。落ち着いたら、追々思い出すといいよ。シェル達の学校に来て傷を癒しながらでもいいし、また遊びに来てもいいし。……その時にお話しよう」
「分かった」
こくりと彼が頷く。
彼の顔からあの笑顔が消えている事に、リンがほっと肩を落とす。からっぽの笑みで取り繕う必要は、もう無いのだ。
やはり、無理に笑って居るよりもそうして自然にしている方が良い。リンは声を掛けようとして、アプリコットがシェリオの手を掴んだままソワソワとしているのに気付いた。
夜の学校には、アプリコットだけでなく誰でも長居したいものではなかった。
「込み入った話は後にするとして、一つだけ教えてほしいな。君の、名前は?」
「俺は蒼二」
「じゃあ蒼二、初めまして。よろしくな」
タタリガミではない彼に、手を差しだすリン。
くったくのないリンの笑顔に、少し迷って彼も手を取った。ここを後にして学校に引き返す頃には、風は冷たくなっていた。
どこか不安になるような風。
だけど、このどこかにまだタタリガミ達が居るのだとしたら。
じっと無言で空を見つめる琥珀を、悠夜がふと振り返る。
「どこかで、まだ……戦いを強いられているタタリガミが居るのかな」
「そうですね。だとすれば、放ってはおけません」
それは、何があっても救いたいという意志。この先の戦いを思うと、悠夜はどこか落ち着かない気持ちであった。
それが高揚感なのかどうかは……。
作者:立川司郎 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2015年2月20日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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