タタリガミの学園~剥き出しの筋肉と殺意

    作者:泰月

    ●侵入者達
    「おい、タタリガミの嬢ちゃんよ。もたもたしてないでさっさと済ませろよ」
     夜の校舎に、退屈に苛立つ男の声が響く。
     声の主は『HKT』とプリントされたTシャツを着た男。
     そして言われた方は人体模型――内臓モデルではなく筋肉解剖モデル――にそっくりの姿をしていた。その手にはタブレットが光を放っている。
     タブレットをいじっていた人体模型のそっくりさんは、渋々と言った様子で階段を上がっていく。
    「クソ、護衛つまらねぇ。コイツ喋んねぇし、誰もいねぇからはりきって殺せねぇし。いっそ誰か妨害しに……ハッ、来るわけねぇよなぁ」
     その後に続く殺意だだ漏れのTシャツ男は、自分が護衛にあるまじき事を呟いているのに気付いていないようだった。

    ●その名はタタリガミ
    「集まってくれてありがとう。九州の学校で発生していた、七不思議の都市伝説。あれについて新しい情報が得られた話は聞いてる?」
     集まった灼滅者達に、夏月・柊子(高校生エクスブレイン・dn0090)は、そう話を切り出した。
    「『武蔵坂学園以外の灼滅者組織』の灼滅者が、九州のダークネス組織に拉致されて無理矢理闇堕ちさせられたらしくてね」
     その力で都市伝説が生み出されていて、それは今も続いていると言う。
    「このまま放っておけば、都市伝説は増えるし、闇堕ちさせられた灼滅者は利用され続けるわ。放ってはおけないでしょ?」
     そこで、彼らが都市伝説を生み出す為に九州の学校へと出向いてきた所を襲撃、救出する作戦を行う事になったと言うわけだ。
    「皆に行って貰うのは、長崎のとある中学校よ」
     そこに現れるダークネスは、2人。まずHKTの六六六人衆。
    「HKTのTシャツを着た彼は、護衛役ね。殺人鬼と同じサイキックに、解体ナイフを持っているわ」
     そしてもう一人。
     闇堕ちさせられた灼滅者――ダークネス種族名、タタリガミ。
    「こちらは、『筋肉解剖模型』そっくりの姿よ」
     内臓が描かれた人体模型ではなく、筋肉と骨格を見せるための人体模型だ。
    「どうやら『夜な夜な動く理科室の人体模型』と言う七不思議の都市伝説の姿と能力を持っているみたいね。闇堕ち前の名前は判らなかったけれど、私と同じ高一なのは判ったわ。まだ、上手く説得できれば、攻撃を鈍らせる事は出来る筈よ」
     どうやら、まだ完全に闇堕ちした状態ではないらしい。
     自分達が救出に来た灼滅者である事を訴えて、信じて貰った上で撃破すれば、救出する事はおそらく可能だとの事だ。
    「護衛のHKTか、闇堕ちさせられた灼滅者。どちらかは倒して来て欲しいわ。急な話だけど、よろしくね。気をつけて行ってらっしゃい」


    参加者
    雨月・ケイ(雨と月の記憶・d01149)
    夕永・緋織(風晶琳・d02007)
    伊庭・蓮太郎(修羅が如く・d05267)
    キング・ミゼリア(ロイヤルソウルはうろたえない・d14144)
    ヴィア・ラクテア(ジムノペディ・d23547)
    蜷川・霊子(いつも全力投球よ・d27055)
    冬咲・白雪(怯えるミルクティー・d27649)
    八月一日・梅子(薤露蒿里・d32363)

    ■リプレイ

    ●理科室の邂逅
    「なんだ開いてるじゃねえか。誰か中に……いるわけねえか」
     ガラリと音を立てて理科室の扉を開いた男は、鍵が開いていた事実を気にせず、真っ暗な部屋に足を踏み入れた。
     その後に、タブレットを手に人体模型――筋肉解剖模型が続く。
    「ちっ。灯りくらいつけろよ」
     模型が何かを探すように動きを止め、男は舌打ちして電灯のスイッチを探し始め――窓際の机の陰から伸びた光が、2人を照らし出した。
    「なんだぁっ!?」
     突如向けられたライトの眩しさに2人の動きが止まった隙を逃さず、数人が男に飛びかかった。
    「ちっ!?」
     ギィンッ。
     男が咄嗟に抜いたナイフと光を纏った剣がぶつかり、金属音が響く。
     そこに白銀に輝く槍が螺旋に回って突き込まれ、雷気を纏った拳と鬼の様に巨大化した拳が叩き込まれた。
    「誰だお前らァ!」
    「初めまして、私達も同じ灼滅者で……貴方を助けに来たよ」
     飛来した護符を切り落として男が上げた誰何の声に、夕永・緋織(風晶琳・d02007)が答えて灯りのスイッチを入れる。
    「……?」
     理科室全体が明るくなった事で、解剖模型――タタリガミは、半円状に囲む8人の視線が主に自分に向いていると気付いたようだった。
    「自分たちは灼滅者組織の武蔵坂学園、HKTの企みを潰しに来た」
    「安心して! そいつからあなたを絶対に助けてみせる! 勿論、闇堕ちからもね!」
     伊庭・蓮太郎(修羅が如く・d05267)が所属を明らかにし、蜷川・霊子(いつも全力投球よ・d27055)もストレートに言葉を重ねる。
    「……」
     しかしタタリガミの表情は変わらず、反応したのはHKTの方だった。
    「何で武蔵坂の灼滅者が……ま、いいか! お前ら殺せば、俺のカブも上がるだろ! 護衛なんてつまらん仕事ともおさらばだ!」
    (「……知らない相手ですね。と言うか」)
    「随分とバカっぽいですね」
     目の前の殺意だだ漏れで喜色を浮かべる顔が、潜入時の記憶にある顔と一致しない事を確信し、ヴィア・ラクテア(ジムノペディ・d23547)は、続く言葉をぼそりと口に出していた。
    「シャツもイケてないのに、頭の中も残念だなんて。ロイヤルさのカケラもないわ」
     溜息混じりに続けたキング・ミゼリア(ロイヤルソウルはうろたえない・d14144)の目線は『HKT』と描かれたTシャツに。
    「ミゼリア様もラクテア様も、そのくらいで。確かに頭の出来も見目もよろしくないですが、Tシャツはあの方達のご趣味でしょうし、言わぬが花……嗚呼、申し訳ございません。私も言葉が過ぎましたね」
     八月一日・梅子(薤露蒿里・d32363)は微笑を浮かべてフォロー……はせず、しれっと落とした。
    「馬鹿にすんじゃねえぞゴラァ!」
    「ご、ごめんなさいなのです!」
     HKTの怒声に、冬咲・白雪(怯えるミルクティー・d27649)のうさぎのぬいぐるみを抱き締める腕が、思わず強張る。
    「謝る必要はありませんよ」
     雨月・ケイ(雨と月の記憶・d01149)が落ち着かせるように静かに告げる。
    「おい。作戦変更だ。先にあいつらぶっ殺すぞ! 張り切れ!」
     青筋浮かべたHKTに促され、タタリガミは渋々と言った様子で身構えた。

    ●喋らないタタリガミ
     理科室の大きな机は、そう動かせるものではない。
     床と机上。高さの違う2つの足場を舞台に、戦いは進んでいた。
    「……!」
    「やるじゃない。でもまず殴るのは、こっちなのよね!」
     無言で砲弾の様に突進したタタリガミに吹っ飛ばされた霊子は、笑みを返してHKTに飛びかかった。
     摩擦の炎を纏った蹴りを叩き込んだ次の瞬間、HKTの姿がかき消えた。
    「俺かよ。アイツ助けるんじゃねえのかよぉ!」
     その声に咄嗟に身を捩ったヴィアの背中を、ナイフが切り裂いた。
    「だ、大丈夫、なのです。武蔵坂ってところから、助けにきました、なのですよ」
     白雪はどもりながらHKTの言葉を否定し、縛霊手から癒しの霊力を放つ。
    「武蔵坂学園には、僕達みたいに貴方と同じような力を持った仲間が沢山います」
     槍の穂先から鋭く冷たい氷をHKTに放ちながら、ヴィアは武蔵坂がどんな組織であるかと補足。
    「見捨てる事などありません。私達に任せて頂ければ、必ず助けることが出来ますわ」
     梅子もHKTの言葉を否定するようにタタリガミに声をかけ、仲間を覆う障壁を広げる。
    「その為には一度倒す必要があるので、後で貴方と戦う事になります」
     ケイは戦う必要性をタタリガミに伝えながら、手に護りの符を掴む。
    「他の連中見捨てて、1人だけ助かれって事――」
    「少し黙っていろ!」
     此方の言葉尻を捉えようとしたHKTの声を、蓮太郎の声とジェット噴射の音が遮った。
    「七不思議使いよ、こいつの言葉を真に受けないでほしい。他の七不思議使いも、自分たちの仲間が助けに行っている」
     杭打ち機を叩き付けたままHKTを睨みつけて告げる蓮太郎の横を、タタリガミが腕を伸ばして駆け抜けた。
    「っ……私も、堕ちた事あるの。だから……貴方に何かあれば悲しむ人も居ると思う……無事に帰って欲しいの」
     筋肉剥き出しの太い腕を叩きつけられながら、緋織は金色の瞳でタタリガミを真っ直ぐ見つめる。
     闇に堕ちた辛さも、残された辛さも知ってるからこそ。強く帰還を願い、翼の意匠を持つ錫杖を振るって雷撃をHKTに放つ。
    「僕も病院って別組織がピンチだった時に、この学園に救って貰いました。戻れたとしてもまたHKTに闇落ちさせられる……なんて心配はいらないですよ」
     ヴィアは、後の心配はないとタタリガミ告げて、黒髪を揺らしHKTの背後に回りこんで斬り付ける。
    「概ね皆が説明した通りだけど。こちらの一番のウリは、アナタに何かを強要する人がいないってコトよ」
     キングは一瞬眼鏡をずらし紫の瞳をタタリガミに向けてから、気品溢れる拳を連続でHKTに叩き込む。
    「悪意のまま、害をなすような七不思議を作る必要はありませんよ」
    「ああ。もう、望まぬ不思議を語る必要はない」
     護りの符を飛ばすケイの言葉に、蓮太郎も頷く。
    「えと、あの、ここから一緒に帰りましょう、なのですー」
     白雪も、再び縛霊手の指先から癒しの霊力を放ちながら、声をかける。
     模型の顔の表情筋が動く事はなく、タタリガミに声が届いたか、まだうかがい知る事は出来なかった。

    ●うるさいHKT
     それから数分。灼滅者達は、HKTだけを攻撃し続けた。
     タタリガミの攻撃が、明らかに鈍くなるまで。
     それは、此方の呼びかけへの答えとするには充分な変化だ。ダークネスである今、言葉で了承を得られる筈もない。
    「私たちの力を見せて上げる! だからあなたの力も見せてちょうだい!」
     霊子は笑みを浮かべ、雷気を纏った拳をタタリガミに叩き込む。
     こうなればやる事は、闇堕ちした学園の仲間を助ける時と、なんら変わりはない。後は信じて戦うだけだ。タタリガミの中にいる、七不思議使いの意志を。
     だが、HKTがその邪魔となる。
     灼滅者達が敢えて作っていた包囲に穴に気付いているのかいないのか。HKTは逃げようとはしなかった。
     かと言ってタタリガミを庇うわけではなく、連携もなくバラバラに戦うだけだが、それがかえって始末が悪い。
    「ちっ。使えねえ嬢ちゃんだ。その分は、俺がはりきって殺すぜ!」
    「そっちが『ハリキッテ殺し隊』なら、こっちは『ハリキッテ助け隊』よッ!」
     キングの白銀の槍を掻い潜ったHKTが、ナイフから毒を放つ。
     高序列の者に比べれば格が落ちるが、腐っても六六六人衆。放っておけば、此方の負傷は増すばかりだ。
    「考えや行動まで、本当に悪趣味ですわね……」
     仲間を庇った梅子は微笑を崩さず軽く毒づいて、纏うオーラを癒しに変える。
     ケイと白雪が癒し手として回復に専念しており、それでも足りない分はこうして各自でまかなう事で、灼滅者達は2体の敵と渡り合う。
    「ねえ、HKTさん。もう逃げてくれないかな?」
     逆に疲れを見せ始めたHKTに、緋織が撤退を促してみる。
     HKTが逃げるならば、もうここしかないと言うのもあったが、彼女はメンバー中ほぼ唯一、HKTにも憎悪や嫌悪を抱いていなかった。
    「土産にアンタの首でもくれるならな!」
     だが、HKTの答えは複雑に変形した刃を緋織に突き立てる事だった。
    「あわわわ。えと、えと、すぐに癒しで回復を……」
    「救いようがないですね」
     緋織の肩から腕を伝い足元に落ちる朱を見て、白雪が大慌てで癒しの霊力を、ケイは小さく溜息を吐いて護りの符を飛ばす。
    「ふん、逃げる気がないなら、一切遠慮なく叩き潰してくれよう。お前を見ていると、腹が立つばかりだ」
     表情は変えずHKTへの嫌悪を口にして、蓮太郎が拳を握る。
     元々、タタリガミが他人の思惑で戦わされる事に腹を立てていたのだ。
    「戦いというものは、己自身の意思で選び取らねば意味はない。七不思議使いよ、お前を戦いの場に引きずり出してきた者を、俺は決して許しはしない」
     鋼のように鍛えられた蓮太郎の拳が、纏う殺気ごとHKTを打ち抜いた。
    「あなた達の好きには、もうさせませんよ」
     ヴィアは、漆黒の髪に影の刃を合わせて斬り付ける。
     因縁は抑えて深追いは避けるつもりでいたが、こうなれば遠慮は無用だ。
    「そいつを殴るのは任せたわよ!」
    「こちらは抑えておきますわ」
     飛び込んできたタタリガミの膝に、霊子が破邪の光を纏った剣をぶつけ、梅子が横から縛霊手を叩きつけ霊力の網を絡みつかせる。
    「……仕方ないね」
     小さく呟いて、緋織が翼弓を構えて引き絞る。羽根の軌跡を残した矢は、彗星の様にHKTを撃ち抜いた。
    「ハリキッテ助け隊、ナメんじゃねえぞぉぉぉ!」
     唐突に漢気モードになったキングが、杖を振り下ろす。体内で魔力の爆ぜた衝撃に、HKTは平伏すどころか倒れて消えていった。

    ●七不思議使い
    「えとえと、回復は任せてください、なのです」
    「未熟者の身ですが、精一杯勤めさせて頂きますわ」
     白雪が癒しの霊力を飛ばして仲間を支え、梅子放つ圧縮した魔力の矢がタタリガミの体を撃ち抜く。
     HKTが消えて、残るタタリガミの動きは更に鈍くなっていた。
     成り行き上の結果だが、HKTを先に灼滅した事は無駄ではなかったと言う事だ。
    「あとちょっとよ。すぐに、助けてあげるからね!」
    「今だけ耐えてくれ。またお前自身の意思で不思議を語れるようになる」
     霊力の網が絡みついた所に、キングと蓮太郎が左右から拳の連打を叩き込む。
    「元に戻れるから、諦めないで……貴方も学生として過ごせる時間、沢山あるよ」
    「七不思議とか学校の怪談って、恐れられつつも、卒業した人の記憶に残り親しまれるものじゃあないかと、そうあって欲しいと思います」
     緋織とケイが同時に放った光の砲弾が、タタリガミを撃ち抜いて。
    「僕達はダークネスと戦う為に集まったのです。貴方はもう一人ではないです」
    「私たちの力、判って貰えたかしら、ね!」
     ヴィアが放った鋭い氷が突き刺さり、凍ったタタリガミの体を炎を纏った霊子の足が蹴り上げる。
     ピシリと、氷が砕けると共にタタリガミの姿も崩れて薄れていく。
    「良かった……七不思議のニンゲンさん、裸じゃないのです」
     そこに見慣れぬ制服姿の線の細い少女が現れて、白雪が安堵したように呟いた。

     治療を済ませた灼滅者達が見守る中、七不思議使いの少女は目を覚ました。
    「名前なんて言うの? アタシはキング! 実は王子なのよ♪」
    「八雲。八雲・珪(やくも・けい)よ。……王子?」
    「そうよ、ヴァカチン王国の。ヴァチカンじゃないわよ」
    「…………どこ?」
    「あはは。私は、夕永緋織よ」
    「奇遇ですね。私も片仮名ですが、ケイなんです」
     首を傾げる少女――珪に、灼滅者達は順番に名乗っていく。
    「うん。怪我もなさそうね。支障がなければ、色々聞いてみたいけど。場所を変えるのが先かしら」
    「そうですね。帰る当てはありますか? 送りますよ」
     安堵したように笑みを浮かべた霊子の言葉に頷いて、ケイがそう申し出る。
     しかし珪は少し考えて、首を横に振った。
     拠点はあったが、ダークネスたちに制圧された後の事が判らないと言う。
    「そう言う事なら、学園に来てみませんか?」
    「そうね、今すぐ全面的な協力関係を結ぶにはまだ早いでしょうケド」
     ヴィアの提案をキングも促して、答えを待つ。
    「そうさせて貰う。……何から何まで、ありがとう」
     珪はしばし思案し、小さく頷いて保護を受け入れた。
    「そうと決まれば、長居は無用ですわね」
     梅子はそう言って立ち上がると、理科室から顔を覗かせて廊下の様子を伺う。
     何もない筈だが、用心に越した事はない。ダークネス2体と戦って、余力はろくに残っていない。
    「武蔵坂にお送りします、なのです。これが本当の『送りオオカミ』なのですー」
    「いや、送りオオカミの意味違うだろう」
     ドヤ顔で言って豆柴程の子狼に変身して廊下に出る白雪に、蓮太郎が思わずツッコミを入れながら続く。
     次々にその後に続き、最後になったヴィアは窓の外――軍艦島のある南の方に視線を送ってから、理科室を後にする。
     誰もいなくなった理科室は、あるべき夜の静寂に包まれていた。

    作者:泰月 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年2月20日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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