その重さは生きる為に

    作者:相原あきと

     そこは都内でも有名な公園だった。
     かなりの広さを持ち、ランニングや散歩のコースとしても重宝され、休日には芝生の広場で犬と遊ぶ家族や、子供とフリスビーやバトミントンをする父親などにも人気だった。
     その日、公園にいくつかある雑木林から1人の若者が芝生の大広場へと歩き出てくる。
     時刻は休日の昼過ぎ、芝生の大広場で人々が思い思いに過ごしていたが、その若者はまずはキョロキョロと周囲を確認し、広場の中央までゆっくりと歩いていく。
    「そろそろ、我慢の限界だよなァ?」
     そして若者――闇堕ちし六六六人衆となった九重・木葉(一握の・d10342)は自身の中で抗い続けるアイツに聞こえるように言うと、周囲の一般人をぐるりと見回し狙いをつけ。
     ドッ!
     芝の広場が真っ赤に染まる。
     それは六六六人衆の足元の影から生えているような真っ赤な植物の枝や触手。それらがいっせいに周囲の一般人を串刺しにしたのだった。

    「みんな、急ぎ集まってくれてありがとう」
     教室に集まった灼滅者達を見回しながら鈴懸・珠希(中学生エクスブレイン・dn0064)がまずは深呼吸し。
    「……今回みんなにお願いしたいのは、闇堕ちした学園の仲間が起こす事件の阻止よ!」
     闇堕ちした学園の仲間、名は九重・木葉(一握の・d10342)。六六六人衆との戦いで闇堕ちした元灼滅者。
    「彼は都内にあるとある大きな公園に現れるわ。ちょうど休日で大勢の人がその公園で遊んだりのんびりしたりしているの……このままだと、彼によって大量の犠牲が出る事になる」
     珠希が言うには、ここで介入できれば公園での犠牲者はゼロに抑える事も不可能では無いらしい。
    「彼はまだ完全なダークネスになってないの。ただ、もし今回のチャンスで彼を逃すようなことがあれば……完全に六六六人衆になるわ」
     珠希が断言する。
     彼に接触するにはその公園に向かい、芝生の大広場に行けば良いと言う。彼が大広場の中央で殺す対象を品定めしているタイミングで、灼滅者達は接触する事が可能だろう。この時点ではまだ犠牲者はゼロだ、そこからの動きが重要となる。
    「問題はダークネスの行動基準なんだけど……どうも、灼滅者との戦闘はできるだけ避けて、優先的に逃走を試みるみたいなの」
     しかも、珠希が言うには逃走中に一般人が残っていると、ダークネスは殺してから逃げるか人質に取るかをするという。
    「逃げられないような状況なら、ダークネスも諦めて戦闘に応じるみたい」
     とはいえ場所は広い公園だ、上手く人数が多い事を利用して取り囲めればなんとかなるかもしれない……。
    「ダークネスは自らを『九重・木葉』だと名乗るわ、わざわざその名前を言う意味は解らないけど……」
     戦闘になった場合、彼はディフェンダーとして戦うらしい。武器はナイフと血色の植物。身軽で体術とナイフの近接戦闘、そして血色の植物を使ったトリッキーな戦法をとるらしい。
    「それと……灼滅者の人格は、今もダークネスの中で抵抗を続けているみたいなの、上手く説得できれば敵は弱体化するわ」
     ただ、と珠希が真剣な表情で注意を促す。
    「ただ、説得に失敗したら……その時点で灼滅者の人格は消えてしまう……説得はリターンも大きいけど、リスクも大きいの。そこは肝に銘じて」
     しかし説得をしないで戦えばダークネスは弱体化せずに強いままだ。珠希はソレとガチンコで戦っても適切な戦法と諦めない覚悟があれば勝てる見込みはあるという。そして説得をせずに戦っても、相手を倒せれば灼滅者としての人格は抵抗を続けている状態なので救出は可能だと言う。
    「説得に成功して弱体化した敵を倒して彼を救出するか。説得に失敗して強いままの敵を倒して灼滅するか。もしくは、説得せずに強いままの敵を倒して彼を救出するか……取れる行動は3つだと思う」
     もちろん、敵に逃走されれば彼は次に見つけるまでに彼の人格は消滅し、完全なダークネスへと堕ちてしまう。
    「灼滅者としての九重木葉さんは、罪や運命、殺人衝動という、許せないけどどうしようもないものを背負って、その重みが生きてる実感になっていたみたい」
     説得では『言ってはいけない言葉』があるようだ、と珠希は言う。もしソレを複数が言ってしまった場合……説得は失敗する。
     珠希はそこで一度言葉をきり、集まった灼滅者達を真剣な表情で見回し言う。
    「どういう判断と決断をするかは現場に行く皆に任せるわ。でも……私はみんなが、1人増えて学園に帰ってくるのを、信じてるから!」


    参加者
    詩夜・華月(白花護る紅影・d03148)
    安土・香艶(メルカバ・d06302)
    華槻・灯倭(月夜見・d06983)
    イブ・コンスタンティーヌ(愛執エデン・d08460)
    ジアン・ミヤノ(双生故郷・d09773)
    桜塚・貴明(櫻ノ森ノ満開ノ下・d10681)
    ナタリア・コルサコヴァ(スネグーラチカ・d13941)
    法螺・筑音(流転せし蛇乃環・d15078)

    ■リプレイ


    「絶対に連れ戻すぜ……始めるぞ」
     都内の某公園、無線で各自が持ち場に付いたのを確認した法螺・筑音(流転せし蛇乃環・d15078)が、全員に合図を送り一気に雑木林を駆け抜け芝の大広場に出る。
    『一般人は俺達が』
    『ぜたい、みな助けます!』
     無線の向こうから一般人の避難役を買って出てくれた安土・香艶(メルカバ・d06302)とジアン・ミヤノ(双生故郷・d09773)の声が聞こえた。
     香艶とジアン以外の灼滅者達は四方八方(華槻・灯倭(月夜見・d06983)の霊犬である一惺など、サーヴァントも含めれば十二方に達する程)から広場の中央を目指す。
    「げ、灼滅者だァ、ゲンキィ?」
     木葉が灯倭達に気が付き言うと、即座に後ろを向き逃げようとし……足を止める。
    「よう、九重。ぶん殴りに来たわよ」
     そこにいたのは血潰華を手にした詩夜・華月(白花護る紅影・d03148)。
     慌てて左右を視線だけで確認するも、殺界形成を発動させつつ走り込んでくる桜塚・貴明(櫻ノ森ノ満開ノ下・d10681)や、諭吉らサーヴァント達も一斉に向かってくる。
    「ずいぶんと揃えたもんダ。俺も運が無いネ」
     もしくはアイツの運が良いか……。 
    「捕まえた、もう逃がしてあげませんよ木葉くん」
     完全に包囲した事を確認したイブ・コンスタンティーヌ(愛執エデン・d08460)が言う。
    「それで?」
    「愛しています、殺させてください」
    「生憎どちらも興味が無いネ」
     木葉の足元から血の色をした植物が芽吹き急成長を開始する。
    「絶対、9人で帰りましょう。状況を開始します。未来を革命する力を!」
     ナタリア・コルサコヴァ(スネグーラチカ・d13941)が殲術道具を解放し、それが戦い開始の合図となった。


    「今はとやかく言うつもりはねぇ。待ってる連中の想いはこの拳に乗せる。それがオレ達の流儀ってもんだろ? なぁ木葉ァ!」
     気持ちを乗せると共に異形へと変じた鬼の腕で筑音が木葉へと殴りかかる。木葉は咄嗟に半身を殴られつつ回転。
    「邪魔しないでヨ、って頼んでもダメ?」
     狂気の笑みを浮かべつつ、回転を利用しナイフで筑音を狙おうと――ピクリ、殺気を感じて飛び退く。瞬後、先ほどまでいた空間を螺旋の捻りを加えた華月とイブの槍がそれぞれ突き貫く。
    「こんなに頼んでるのに、怖いネッ!」
     間一髪で回避した木葉が殺意を無尽蔵に解放する。殺意の嵐が前衛に立つ灼滅者の全身を蝕んでくる。だが、その威力は列減衰によって散らされ。
    「行くよ!」
     相棒への声掛けと共に殺意の嵐の中切り込んで行くのは灯倭。霊犬の一惺が斬魔刀を口に加えて先陣を切り、それを木葉が左のナイフで迎撃。その僅かな硬直を見逃さずに灯倭が流星のごとく跳び蹴りをかまし、仕方なく右手で灯倭の足を掴んで受け止めた木葉はその足を放さずそのまま大地に叩きつけようと。
     斬ッ。
     腕が斬りつけられた。
     それは貴明の霊犬たる無天だった。口にした斬魔刀に血が滴っている。
    「この――ぐああああっ」
     思わず口に出た言葉は半ばで断ち切られる。
     背後から猛烈な連打の拳を受け、そのあまりの勢いに吹き飛ばされる。
     大地に三点着地を決めギリリと睨む木葉、そこに立っていたのは拳に閃光を纏わせた貴明だった。
    「なら……っ!」
     両手足で跳ねるよう空中へと飛び、そのまま灼滅者の囲み輪を越えようと試みる。
    「私達を無視出来る余裕があるんですか?」
     目の前にナタリアが現れ空中でクルセイドソードとナイフが火花を散らす。
    「ここは通しません!」
     2人同時に着地し、しかし即座に地を蹴る木葉。
     木葉の足下から鋭く尖った赤き枝が急速に伸び、さらにナタリアの目前で幾重にも枝分かれして数十の枝が突き刺さる。
    「押し通るサ」
     フッと笑みを浮かべて枝に貫かれた横をすり抜けようとする木葉。
     だが――。
    「――通さないと言いました!」
     木葉の胸が逆袈裟に切り裂かれ鮮血が舞う。
     赤い枝に襲われた瞬間、咄嗟に霊犬の諭吉が庇い、自由になったナタリアが再び立ち塞がったのだ。
    「灼滅者が……良いサ、本気で殺してやるヨ!」
     そして、空気が変わる。

     芝の大広場にいた一般人たちは適切なEPSの効果もあり自主的に逃げる人々がほとんどで、逃げ遅れや足の遅い者へのフォローも香艶とジアンが問題無く進めていた。
     その時だ。
     ジアンと香艶の肌が総毛立ち広場の中心を振り返る。
     遠目でもわかった。次々と大地から生えてくる真っ赤な細身の木々が。
    「アヅチさん……」
    「ああ、急ぐぞ」


     戦いは赤い林の中で行われていた。
     すでにサーヴァントはほぼ全滅、残っているのはダメージコントロールまで気を配っていたナタリアのビハンド・ジェドのみ。
    「畏れよ」
     枝の攻撃を回避すると同時、大地に手をつき華月が畏れを身に纏うと、手を獣の顎のように構え、木葉を噛み砕かんと接敵。だが木葉は回避せずに華月へ接近、すれ違い様に華月は一撃を放つが……浅い。
     だが、すれ違った木葉に炎を纏って蹴り込んでくるのは灯倭。
     仰け反ってギリギリ回避した木葉の前髪がジュッと焦げ、その無理な姿勢を狙い打ちするように今度はイブの氷が撃ち放たれた。
    「やってくれるネ」
     氷の直撃をくらった木葉は、舞うようにナイフで空間を斬りつける。
     轟っ!
     赤き毒の烈風が前衛を薙ぐ。
     だが木葉の舞はそれで終わらない。2回攻撃。連続で烈風が後衛を薙ぎ払う。
    「そろそろ、誰か死ぬかァ?」
    「そうは、思わないぜ?」
     その声は木葉が今まで聞かなかった声だった。振り向くと目前に迫った螺旋槍の穂先が目に入る。
     ギャギッ!
     ナイフで受け流し致命傷こそ避けたが、割って入ってきた香艶の槍は木葉の太股を抉る。
    「よぅ、ハジメマシテ、九重木葉。俺は安土香艶だ、よろしくな」
    「チッ」
     さらに追撃でダララッとコムンマルが掃射してきた機銃をバックステップで避わし距離をとる木葉。そして、その隙に傷ついた仲間たちの心を立ち上がらせる癒しの音が響きわたる。
    「お待たせしました、ヒナン終わりました!」
     香艶に続き現れるジアン。
     再び増えた灼滅者に木葉は目を細めつつ、ジアンの異変に気が付き指摘する。
    「足が震えてるゼ? 怖いなら帰りなヨ」
     正直、ジアンは戦いが苦手だった。
     それでも過去と向き合って生きる事を決めた自分は……。
    「だいじょぶ、きっとみんなで帰れます」
     小さく呟くと、足の震えが気にならなくなった。

     赤い枝がナタリアを貫こうと伸びた瞬間、その眼前にはジェド、ビハインドに庇われたナタリアは祈るようなポーズから流れるような動作で木葉へ魔法弾を命中させる。
     苦悶の表情を浮かべる木葉だが、それは灼滅者も同じだ。
     早々に回復役のサーヴァント達を落とされたのはかなり痛い。
     事実、霊犬持ちとして体力が低く攻撃に専念していた貴明などは自己回復にも頼る事になっている。
     木葉がナイフを煌めかせ前衛を攻撃した……次の瞬間、木葉を狙う筑音の背後にいつの間にか生えていた赤い木が、一気に筑音を締め上げ致命の一撃を喰らわせる。筑音が限界に達したのを目の端で捉えて木葉が笑み――ドスッ。
     驚く木葉、その右腕に筑音の放った氷のつららが突き刺さっていた。
    「……まだ、足りねぇ」
     筑音が凌駕し呟く、それは魂の力。
    「少なくとも五発はぶち込む! ウチの連中の声を、その身体に刻み込んでやんよッ!」


     すでにジェドもコムンマルも主人達を庇って消滅していた。個々人の作戦にミスは無く、被ダメージの大きい者は運悪く攻撃が集中されたからに他なら無い。
    「ガチで殺りあってるのになァ」
    「望む所」
     木葉の言葉に簡潔に答えた華月が、血潰華を頭上で回転させながら突っ込んで行く。
     それを見た木葉が、足下から赤く鋭い枝を生み出し、それが勢いよく伸び華月を襲う。だが、腕を腹を足を貫かれようと華月は突進をやめず、血潰華の先端が木葉に届く。
     ドガッ!
     溜めていた魔力が連続で爆発し、吹き飛ぶ木葉。
    「……だが、お前も終わりダ」
     木葉が立ち上がりつつ言う通り、華月は力つきガクリと膝をつく。
     しかし、それだけだ。
    「(抗う意思があいつの中にあるのなら、些末な言葉は不要、全力でぶちのめして、引き摺ってでも連れ帰るわ)」
     魂の力で無理矢理身体を動かし、再び血潰華を構える。 
     ギョッとする木葉。
     弱体化していない完全な自分相手に、なぜそこまで戦えるのか……。
     ダークネスが刹那の間、何かに気を取られていると感づいたのはイブだ。一足飛びで距離を詰め懐に潜り込むと閃光百裂拳を叩き込む。追撃、連撃、ラッシュ……木葉の体が拳の勢いで僅かに大地から浮き。
     ――ドス。
     だが、突如背中に鈍痛が走り、それと共にイブの視界は暗転する。
     どさり……倒れたイブの背中から木葉がナイフを抜き、「やっと1人かヨ」と嘆息する。
    「まだ……ですよ」
     イブがぐぐぐと震えながらも凌駕する。
    「想司先輩や絢矢先輩やルコや儘ちゃん、わたくしはこの場に来られなかった、今もクラブで帰りを待つ皆の気持ちを背負ってきてるんです」
     嘆息する木葉。
    「だから……まだ、倒れるわけにはいきません」

     ジアンが傷ついた仲間に祭霊光を使い戦線を維持すれば、灯倭が赤い木々を利用し死角から青水晶で造られた雪花型の武器を投げ、風切り音から察知した木葉がそちらに赤い枝を放って相殺、その隙に今度は香艶が銀色の帯を射出、ガキンと火花が散りナイフで受け止め――ると同時、横から現れた筑音に赤い標識で頭をぶん殴られ大地を滑る木葉。
    「……いい加減、諦めろヨ」
     立ち上がった木葉が言うと共に、筑音に向けて赤い枝が高速で伸びその腹を貫く。
    「誰もが……諦めたり、躊躇したりすると思ったら……大間違い、だ」
     串刺しにされたまま筑音が吐き捨てる。視界の端にはすでに倒れた華月が見える。
    「木葉を頼む……そう、託されてきたんだ。連れ戻す為なら、オレたちは手段を選ばねー」
    「どういう……」
     木葉が疑問をぶつけるも、その時には筑音の意識は途切れ身体から力が抜ける。
     ガッとその身体を支えたのは貴明だ。
    「そう、私たちは覚悟を持って来ました」
     ゆっくり寝かせ、メガネの奥の視線は鋭く木葉を睨みつける。
    「私たちは……あなたを、倒します」
     すでに2人が倒れた、緩い撤退条件ならこの時点で終わっていただろう。だが貴明の、灼滅者達の中に撤退の文字は無い。
     それだけではない、例え何が起ころうと闇堕ちしてでも目の前のダークネスだけは倒す、その覚悟がある。
     ダークネスがそれを察して愕然とする。
    「1つ、教えろヨ」
     なんとか立ち上がり木葉が問う。
    「アイツは、可哀想な奴なんだ……罪や衝動を未だに許せず、その重みに潰されそうになってやがる……どうして、誰も言ってくれない」
     周囲の赤き植物にゆっくりと赤い葉っぱが生まれザワザワと天を覆い太陽の光を遮る。
    「どうして! どうして『お前は悪くない』って言わねェ!」
     暗く赤い森の中で独り叫ぶような木葉。
     一歩、そこに踏み出したのは灯倭だ。
    「わかるよ。どうにもならないことは沢山ある……私も、そうだよ……同じ殺人鬼だし、受け入れるには重たくて、拒絶するには必要すぎて……でも、だからわかる。その重さが、木葉くん自身を造ってるって」
    「何……?」
     驚くような表情を浮かべる木葉。対して灯倭の瞳は真っ直ぐ。
    「だから、私はそんな木葉くんで、そのままで、良いと思う」
     ぽんっと灯倭の肩が掴まれる、見れば香艶。出発前に言い争いもした、けれどそれも全て共通する強い思いゆえ。だから、笑みを浮かべて灯倭の言葉に同意し香艶も横に並ぶ。
    「今だから言ってやる。『一歩一歩進んできた今までのお前を、否定しないでよ』……覚えてるか? お前が闇堕ちした人間に向かって言った言葉だ」
     木葉が震えるように俯き、前髪で顔が隠れる。
    「誕生日だろう? 戻って来て、お前を待ってる奴らにしっかり祝って貰え」
    「たくさんの想い、背負ってるキモチ、それがあるから誰かのために戦えるのではないですか?」
     高ぶる気持ちを抑えきれぬと言った様子でジアンも1歩踏み出す。
    「優しくて強い貴方に戻ってきて欲しいです!」
    「……なぜだ!」
     はらはらと頭上を覆うような赤い葉っぱが散り始める。
    「お前らの方が、アイツを理解しているってのかよ!」
     最後の力を振り絞って木葉が大地を蹴りナイフを振りかぶる。
     だが、ジアンたちの列を飛び越えた影――ナタリアが木葉の目の前へ現れ即座にナイフを持つ手を抑え仲間達を庇う。
     そして背後へと無音で迫っていた貴明の、変化させた鬼の腕がダークネスの最後の体力を根こそぎ断ち切った。
     ドウッと大地に倒れる木葉。
    「残念……お前に殺させてやるのも、お前を殺してやるのも、どうやら次まで……お預け……ダ」
     ――パンッ!!!
     赤い枝が、葉が、植物たちが、その言葉と共に一気に弾け、消滅した。


     九重・木葉(一握の・d10342)は太陽の下、青い芝の上で目を覚ます。だが心を占める感情は……。
    「光と闇は表裏、切り離せるものではありません」
     見透かされたような言葉にハッとする。そこにいたのはナタリアだ。
    「どうにもならない衝動や感情が抑えられくなった時はさ、こうやって何度でも迎えに来るよ」
     ナタリアの言葉を引き継ぐように灯倭が優しく声をかけ。木葉は上半身を起き上がらせる。心も体も痛かった。
    「本当は、沢山伝えたいことあったんですからね、木葉くん」
     イブがそう言うと木葉に手を伸ばす。
    「一緒に帰りましょう。木葉くんを、大切な仲間だと思ってる皆さんの元へ」
     イブの手を取り立ち上がると、無言で貴明が肩を貸してくれた。
     と、目の前に立ち塞がる影。
    「”木葉にぃに”に伝言だ! 『ご飯作って待ってる。ご飯がさめないうち に、帰ってくるように』だとよ! お前が要らねえっつうなら、俺が貰ってやるからな!」
    「それは……困るな」
     木葉の返事に満足げに笑みを浮かべる香艶。
    「ココノエさん、今度、紹介したい人がいるんです!」
     ジアンの突然の申し出に疑問を浮かべる木葉。
    「その子に逢ったら……もしかしたら、その……それで、その人は――」
    「ジアン」
     必死なジアンを、灯倭に肩を貸してもらいながら立つ筑音が止める。
    「それは帰ってから、ゆっくり話すんじゃ、ダメか」
    「あたしも、そうしてくれると、助かるわ」
     同じくナタリアに肩を貸してもらい立つ華月が言うと、ジアンが「お二人がケガしてるのにスイマセンスイマセン」と慌てて謝り、その光景に思わず木葉は口許に笑みが浮かぶ。
     帰ってきた……この、皆がいる、日常に。
    「……お帰りなさい、木葉くん」
     肩を貸す貴明が言い、一瞬、会話を止めた他の皆が木葉を見つめ。
    「ああ……ただいま」
     暖かな太陽の光は、青く広がる芝の上に9人となった仲間達の影を優しく描くのだった。

    作者:相原あきと 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年2月21日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 4/感動した 5/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 10
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