タタリガミの学園~おかくれの鏡

    作者:六堂ぱるな

    ●かくして不思議は植えこまれ
     夕暮れの橙色が床を染める学校の階段を、少年が上がる。
     付き添う男の着崩れた和装から、覗く肌には鮮やかな刺青があった。それだけで不穏な雰囲気ではあるが、額に角が三本も生えていれば職種を問う以前の問題だ。
     階段は途中で折り返して2階に向かい、踊り場が設けられている。
    「とっとと始めろ。グズが手間とらせやがって」
     少年を小突いた男が欠伸をひとつ、校舎の壁に寄り掛かった。
     俯いて鏡に手を添える少年のポケットには、小さな携帯が収まっていた。

    ●もたらされた手掛かり
     ラブリンスターの語る『武蔵坂学園以外の灼滅者組織』。
     そこに所属する灼滅者こそ、九州で頻発していた都市伝説の原因だった。ダークネス組織に拉致され闇堕ちさせられ、都市伝説を生み出すことを強いられている。
    「座視はできん。救出作戦を敢行する」
     埜楼・玄乃(中学生エクスブレイン・dn0167)は手早く資料を配った。
     
     最大障害は刺青羅刹だ。
     羅刹標準装備の神薙使いのサイキックに、サイキックソードも使って攻撃してくる。裏方に近い護衛を押しつけられ、不満で油断しきっている。隙をつくのは容易いだろう。
     闇堕ちした灼滅者――『タタリガミ』というらしい――の少年はチェーンソー剣と断罪輪のサイキックに近い攻撃をする。
     というのも都市伝説の内容は、階段の踊り場にある鏡の前に夕方一人で立ち、携帯のカメラごしに鏡を見ると後ろに少年が映りこむ。それを見ると鏡が割れて引きずりこまれ、神隠しに遭うというものだ。その割れた鏡を武器として使うのであろう。
    「彼はイヤイヤ従っているので、うまく説得できれば攻撃を鈍らせられる」
     闇堕ちしている以上、灼滅者の少年も一度は撃破しなくてはならない。すぐ傍に監視役の羅刹もいるし、戦わなくては灼滅されるから抵抗するが、争いが本意でないのは明白だ。
    「諸兄らが救出に来たのだと訴えて、信じてもらえれば彼を救出することもできるだろう。この辺りは闇堕ちしたての諸兄らと変わりない」
     今回の作戦は刺青羅刹を灼滅できるか、闇堕ちさせられた灼滅者を救出できれば成功となる。無論、両方達成できればそれに越したことはない。
    「諸兄らが無事に戻ることは必須事項だ。くれぐれも気をつけて行って貰いたい」
     玄乃はファイルを閉じ、会釈して一行を送り出した。


    参加者
    帆波・優陽(深き森に差す一条の木漏れ日・d01872)
    火室・梓(質実豪拳・d03700)
    巴津・飴莉愛(白鳩ちびーら・d06568)
    鳳蔵院・景瞬(破壊僧・d13056)
    鈴木・昭子(金平糖花・d17176)
    プリュイ・プリエール(まほろばの葉・d18955)
    サイラス・バートレット(ブルータル・d22214)
    真神・峯(秘めた獣の心・d28286)

    ■リプレイ

    ●薄暮の中で
     茜色の少し手前、夕焼けの近い陽の射し込む校舎の中。
     一行は無事侵入を果たしていた。学校関係者に見つかった場合は卒業生だと主張するつもりだった火室・梓(質実豪拳・d03700)が、ほっと息をつく。
    「九州で多発していた都市伝説の正体はこれでしたか。必ず止めないといけないですね」
    「……近いぞ」
     業の匂いにサイラス・バートレット(ブルータル・d22214)が一行を導きながら顔をしかめた。鼻が曲がりそうなこの匂いは羅刹が残虐な行いを重ねた証。
     気配を消し、先頭に立つ鈴木・昭子(金平糖花・d17176)は驚くほど無表情だった。
     廊下の先がホールにつながり、中央にある階段に一行は慎重に近づいた。音を立てないよう気をつけながら、けれど、巴津・飴莉愛(白鳩ちびーら・d06568)は逸る気持ちを抑えかねていた。同じぐらいの年頃の、七不思議使いの少年と友達になりたいから。
    「とっとと始めろ。グズが手間とらせやがって」
     面倒そうな胴間声が聞こえてくる。
     柱の陰から見上げると、階段の踊り場には小学校に似つかわしくない刺青をちらつかせる羅刹と、小突かれて鏡の前に立つ少年が見える。それはデモノイド化の儀式に利用された自身の過去を思い出させ、サイラスが小さく唸った。
    「……使われっ放しは気に食わねぇ」
     名前さえまともに呼ばれることもなく、したくもない事を強制させられて、でも誰にも助けを求められない。少年の気持ちを思うと、帆波・優陽(深き森に差す一条の木漏れ日・d01872)はいたたまれない想いと怒りに胸を噛まれる。
     少年が鏡に手をつくと、水面に波紋が広がるように鏡面にさざ波がたった。
    (「いつもフシギな事だらけでスが、今回はコトサラでスね」)
     息をひそめ、ナノナノのノマと寄り添いながらプリュイ・プリエール(まほろばの葉・d18955)は思う。
     襲撃の瞬間に音を断ち、壁にもたれた羅刹に奇襲を加え、次いで人払いの殺界形成――手順通りにやるだけだ。真神・峯(秘めた獣の心・d28286)の緊張が伝わってか、ナノナノのちぇっくんもいささか気合いの入った面持ちになった。
     標的を前に、鳳蔵院・景瞬(破壊僧・d13056)の僧服をまとめる襷がずるりと蠢く。
     全員の視線が交わった。
    (「さあ、それじゃ救出に行きましょうか」)
     梓の音になりきらない呟きを合図に、灼滅者たちは解放した得物を手に床を蹴った。
    「おやおや、随分と隙だらけだ!」
     欠伸をしかけていた羅刹の耳に飛び込んできたのは、笑いすら含んだ景瞬の声。
     愕然と壁から背を離した瞬間、プリュイと峯が一帯から戦場の音を切り離す。
    「いたいけな少年をいじめるのは感心しないな、鬼退治と行こうじゃないか!」

    ●鮮やかな害意
     朗らかな声が終わるより早く殺気を放ち、景瞬は襷として使っている意志ある帯を滑らせた。身を乗り出した羅刹の肩に食い込んだ襷が、血の糸を引いて戻ってくる。
     ちりん。鈴の音を響かせた昭子が懐に踏み込み、繰り出した『鈴咲』が羅刹の鳩尾をしたたか抉った。
    「ぐおっ!」
     体の内側から破裂せんばかりの魔力の爆発。よろけた横っ面に優陽の拳を覆うように発現した盾が打ちつけられ、頭上からは峯の蹴撃が落ちてくる。彼女と呼吸を合わせたちぇっくんのたつまきに襲われ、息つく暇もなく梓の拳が炎をまとって捻じ込まれた。
    「先制攻撃、いっきまース!」
     明るい声とは裏腹にプリュイの縛霊手が輝きを放つと、床から発現した方陣が羅刹の動きを蝕む。ノマから放たれたしゃぼん玉をかわす暇もありはしない。
    「躊躇する必要がねぇってのも久しぶりだ。……遠慮なくやらせて貰おうか」
     吐き捨てざまに放つサイラスの槍の一閃が、螺旋を描いて深々と脇腹を貫いた。
     ほぼ同時、飴莉愛のウロボロスブレイドが羅刹の体にからみつき、全身を引き裂きながら飴莉愛の手元へ戻る。

     血にまみれて膝をつく羅刹と灼滅者たちを見て、少年が怯えた表情で鏡を背に立ち竦んだ。目の下にクマのういた彼は一同を落ち着きなく眺め、痩せた顎が震えている。
     昭子はなるべく静かな声で話しかけた。
    「わたしたちは、あなたを助けに来ました。あなたと同じ灼滅者です」
    「もう大丈夫、いりあ達がこのおじちゃんやっつけちゃうから。必ずあなたを、家族やお友達のところに帰れるようにするよ」
     飴莉愛も口を添えると、少年が驚いたような顔をした。
    「え、灼滅者? どういう」
    「このグズ! こいつら始末するぞ!」
     途端に羅刹が怒号を放ち、少年はびくりと震えあがった。目をつぶった少年の背中で鏡にひびが走り、砕けていく。欠片はふわりと浮いて、少年を守るように宙を舞い始めた。
     羅刹の前にゆらりと立ち、サイラスが淡々と問いかける。
    「へぇ、そいつは『グズ』かい。……なら、そういうテメェは何様だろうな。ウグイス野郎、か?」
    「なんだと?!」
     一見飄々とした彼の態度からは想像しにくいほど、彼は羅刹に強い敵意を覚えていた。その隙にプリュイが笑顔で少年に話しかけてみる。
    「コンニチハ、楽しそうなお顔じゃなイでスね? 歪めテ強制されタ生き方になんて従わなくて良イでスよ」
    「その七不思議は、由縁もない羅刹に好き勝手遣われるためのものじゃない。あなたのちからは、あなたのもの。取り戻すお手伝いをさせてください」
     あくまで穏やかに、けれど決然と昭子が告げる。
    「怖がることはない、その行為はそこの羅刹君に強要されているのだろう?」
     堂々と笑みさえ浮かべた景瞬の言葉に、少年が羅刹からの視線に怯えるように首を竦めた。梓も羅刹の顎めがけ、雷光迸る拳撃を見舞いながら声をかける。
    「私達もうずめ様と敵対しています。ダークネスと戦っているあなた達の仲間です。こちら側に戻ってきて、私達と一緒にもう一度戦ってください」
     相容れない時はぶつかるかもしれないが、自らやりたいと思ったことならば頭ごなしに否定はしないと峯は思う。けれどこれは違う。やらされているのだ。
    「そんなよく分かんない奴の良いように使われるなんて君だって嫌だろう? 君だって君自身のやりたいことをやるべきなんだ!! だからその為に助けさせておくれよ!!」
     羅刹と少年を捕えようと意志ある帯を迸らせ、景瞬も訴える。
    「少々手荒だがまずは君の闇を払わねばならない。だが、必ず救って見せる! 約束しよう!」
    「耳貸すんじゃねえ!」
     景瞬の声を押し潰すように、異形の腕で梓に殴りかかりながら羅刹が吠えた。

    ●すがるべき先
     骨が軋むほどの腕の一撃を代わりに引き受け、優陽が吐息を漏らす。一撃の重さは流石と言うべきだろうか。だが、負けるわけにはいかない。
    「きっと凄く辛かったよね。もうグズなんて呼ばせはしない。闇に堕ちても、抗おうと懸命にもがける貴方の心はそこの羅刹よりずっと高潔だから。全力で貴方を元に戻せるよう頑張るから!」
     追う腕をかいくぐり、優陽が操る『Silver Moon』が火を噴いた。空振りした隙に鳩尾を抉って焦がす。続いて羅刹の傷口を引き裂いて、サイラスが言葉を重ねた。
    「よぉ。いい様に使われて、いい加減ウンザリしてねぇかよ? だったら手ぇ伸ばせ。あと少し粘れ。必ずこっち側に引き上げてやる」
     誰を信じていいのか、心揺れる少年の目が初めて灼滅者たちを捉える。
     七不思議はだれかがここにいた、彼がここにいる証。
     人から人へと語られてきた想いの証。だから、昭子は手を差し伸べた。
    「七不思議、すきです。ねえ、思い出して、手を伸ばして。一緒にかえりましょう」
     震える小さな身体はただ怯えているように見えたけれど。
     次の瞬間彼から放たれた、防具ごと切り刻むはずの鏡の破片の一撃は、峯にわずかな傷をつけたにとどまった。
    「貴様……!」
     気色ばむ羅刹の唸り声を振り切るように、少年が灼滅者の包囲に自ら飛び込む。
     攻撃を受け入れたタタリガミの少年は防御らしい防御もせず、やがてあっけないほど簡単に床に崩れ落ちた。
     少年の元へ駆け寄った飴莉愛は、彼を抱えると後ろへ下がった。仲間も彼女を飲み込むように戦線を前に押し出す。

     闇堕ちから救われた少年は一回り身体が小さくなり、目の下のクマはすっかりなくなっていた。彼を階段を下りた廊下の壁にもたせかけ、飴莉愛はすぐに戦線へ戻る。
     あとは羅刹を倒すだけ。傷は蓄積しているが、灼滅者ももう遠慮する必要はない。
     包囲陣形に苛立ちを露わにして、ノマの放つしゃぼん玉を避けきれず、羅刹が吠えた。
    「貴様ら、こんなことをしてただで済むと思うなよ!」
    「児童相手のローゼキなんテ、お天道サマと立派なおツノが泣いてまスよ!」
     羅刹に肉薄したプリュイのワンピースが翻り、南瓜パンツからすらりと伸びた足が床を滑ると炎をまとう。早い回転からのハイキックがまともに入って、衝撃と炎が羅刹を襲った。怪我の重い優陽へ景瞬の袖をまとめた襷が一筋離れ、彼女を守るように細い体を覆う。
    「貴様はこれでも食らえ!」
     乱戦の距離から放たれた風の刃が唸りをあげ、割り込む暇もなく景瞬を引き裂いて吹き飛ばした。階段を転げ落ち、少年の傍らまでも滑っていく。
    「景瞬くん!」
     悲痛な昭子の声が彼を追った。一度ならず羅刹の光刃を受けていた彼には致命的な一撃だった。が。
    「なんの、これしき!」
     打撃を凌駕し、景瞬がはね起きた。この羅刹を仕留めるか、仲間が撤退を決断するまで倒れるわけにはいかない。
     唖然とする羅刹のこめかみへ、高々と地を蹴った峯が。膝の裏へ梓の鋼も打ち砕く拳が同時に一撃を加える。ちぇっくんの放ったたつまきで視界を奪われた羅刹の背へ、飴莉愛のロケットハンマーがエンジン全開で叩きつけられた。
    「『グズ』って言った方がグズなんだよ~や~い、出っ歯~ぼさぼさあたま~」

     包囲を逃れられず、羅刹には理解できないことばかりだった。
     何故ここにいることがわかったのか。わかったとして、あんな子供一人の為に、こいつらはどこからやってきた?
    「あんなガキの為に?!」
     ちりん、と鈴が鳴る。
    「同じ灼滅者というだけで。どこかで同じように抗うひとたちがいるというだけで」
     ずっと怒っていた。
     羅刹の言動、行動。すべてが許せなくて。
    「動く理由なんて、それで充分なのですよ……あなたには、きっと、わからない」
     昭子の拳が続けざまに捻じ込まれた。胸、腹、鳩尾と一撃ごとに羅刹の動きは鈍くなり、よろけ、膝が崩れる。その頭上に舞った優陽の蹴りが、延髄を潰さんばかりに打ち下ろされた。衝撃でふらついた空隙の一瞬、槍を飲み込んだサイラスの寄生体が現れた腕が、深々と羅刹の腹を貫く。
    「……バカ、な」
     流れ出す血は見る間に砂のように乾いた粒となり、羅刹の体も見る間に髪の先まで白く変わると、細かく砕け始める。それが刺青羅刹の最期だった。

    ●救われた不思議
     塵も残さず羅刹が消え失せると、優陽は周囲を見回した。衝撃でこすれたり削れた後ぐらいはいくつかあったが、なんとか胡麻化せそうだ。
     仲間の怪我を癒した景瞬は、壁にもたせかけたタタリガミの少年を振り返った。
     少年が呻き声をあげて目を覚ます。その途端、目の前にいた大柄な景瞬に驚いたのか、壁にはりついて声もなく喘いだ。
    「ふむ、怪我は大丈夫かな?」
     少年が頷きを返した。それから我に返ったように、自分の手足を眺めて目を瞬く。
    「……戻れたんだ」
     と、突然目の前に、小さな手が差し出された。
    「わたし、ともえづ・いりあ。あなたは?」
     飴莉愛の明るい笑顔と手を順に見て、少年が手を握り、おずおずと口を開いた。
    「えいじ。映示」
    「よろしくね、映示君♪」
     眩しそうに飴莉愛を見た少年――映示が一行をそっと見回す。他者に虐げられていたせいか、直接目を合わせることに怯えがあるようだ。景瞬はまず、映示に状況を説明することにした。
    「私たちは武蔵坂学園に所属する灼滅者だ。君が羅刹君に連れられてここにくるとわかったので、救出に来たのだよ!」
    「そうなんだ……」
     ちょっと茫然とした様子で映示が呟く。掃除を済ませた優陽が柔らかい笑顔を浮かべて映示を見やり、仲間へ顔をあげる。
    「まだ先生達もいるでしょうし、引きあげましょう」
    「賛成だ」
     周辺警戒をしていたサイラスが首肯した。学校関係者に目撃されれば厄介だ。作戦の成功に安堵した梓が笑顔で仲間を見回す。
    「みんなで九州観光でもして帰りましょうか。あ、七不思議使いの組織のところに行かなきゃいけないですね」
     梓の言葉には、映示がふるふると首を振った。
    「僕たち攻め込まれて、皆怖い人たちの手下にされちゃったんだ。だから僕、行くとこもう、なくて……」
     七不思議使いの組織はどうやら、うずめ様の勢力に制圧されているようだ。身を寄せる先すらないのであろう。心細そうな映示に飴莉愛が再び笑顔を向けた。
    「いりあの家に泊まらない? 鎌倉だよ。広いよ。ゆっくりしてから連絡とったり帰り方考えたりしようよ」
    「え、いいの?」
    「うん!」
     元気よく頷く飴莉愛をぽかんと口を開けて眺めた少年が、不安そうに一行へ目をあげた。プリュイが楽しげに舞うノマを撫でながら声を弾ませる。
    「アナタ達のおハナシ聞きたイでス」
     その傍らでは峯が、メモ帳片手にキャンディをもぐもぐするちぇっくんに吹き出しながら笑いかける。
    「さあ、ボクたちと行こう」
     最後に自分を見上げた映示に、昭子は微笑み、手を差し伸べた。ちりんと鈴が鳴る。
     戦いの最中、彼に訴えたその言葉をもう一度、繰り返した。
    「一緒にかえりましょう」
     差し出された手を、小さな手がとる。

     一行はこうして七不思議使いの少年を救出し、九州を後にした。
     学園にまた新たな仲間を迎えることになるのか――そんな予感を胸に、一行は帰途についたのだった。

    作者:六堂ぱるな 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年2月20日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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