タタリガミの学園～子供たちの怨み腕

■リプレイ

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　旧校舎内部の準備を終え、月雲・螢（線香花火の女王・d06312）が昇降口から出ると、近くでハリー・クリントン（ニンジャヒーロー・d18314）がなにやら苦戦しているのが見えた。
「ハリーくん？　どうしたの、それ。……『アリアドネの糸』？」
「ん、ああ螢殿か。左様、どうにも思っていた用途には使えぬようでござってなあ」
　ハリーの足からは、確かに赤い糸が伸びている。が、その糸は、手に取ろうとしても触れず、ただハリーとこの地点を結ぶ役割だけを果たしていた。
　それ以上のこと――例えば、誰かと誰かを繋いだり、信号を送ったりという使い方はできないようだ。物理的な糸ではない、と言ってもいいだろう。
　この誤解が致命的な失敗にならない事を祈りつつ、それぞれ作戦進行に戻る。

　生暖かい風が吹き込む。
　予知どおりに２人のダークネスが現れた。
「ホントに誰もいねーじゃねーか……つまんねー」
「そう自分で言ってたじゃない。お前、アリジゴクの成虫か何かなの？」
「あん？」
「学もないのね。救えない」
　さして広くない校庭を歩く彼らに、少なくとも後ろを行く刺青羅刹には、警戒の色はない。
　――つまり、接触は容易だった。
「知ってるぜ俺。確かウスバカゲロウっつーんだよな？　ウス、バカ、ゲロウ」
「あぁ？」
　天霧・佳澄（高校生殺人鬼・d23566）の呼び止めに、刺青羅刹はだらだらと振り向いた。その奥、タタリガミのこちらを見やる視線は鋭い。
「僻地へよーこそ角野郎。俺たちが、お望みどおりの不測の事態ってやつだぜ？」
「……あの、どうも、羅刹さん。……お暇、なんですね、よっぽど」
　契葉・刹那（響震者・d15537）が佳澄に続く。
「羅刹が女の子のお守りだなんて、ちょっと、情けないかも……です」
　刹那が勇気を振り絞って言うと、その仕草に、羅刹はやにわに色めき立った。
「お？　お？　なにこれ、真面目に頑張る俺にボーナス？　そういう『ハカライ』っての？」
「知らない。……好きにすれば？　いい機会だし」
「ッたってよォ、さすがに仕事はあるし」
　言いかけた所に、螢が割って入る。
「ご不満かしら、おにーさん？　鬼ごっこの方が、そんなお仕事より楽しいのではなくて？」
「あ。
　こりゃやっぱりそっちだ。はは、参ったね……。
　絶対に、楽しくなりそうだ」
　タタリガミと螢とを見比べて、気配を重くする羅刹。その面に佳澄のコールドファイアが叩き付けられたのが、作戦開始の合図となった。

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　校庭の真ん中に、独り。
　残されたタタリガミは、刺青羅刹が充分に離れたと見たか、敷地外へと駆け出し始めた。
「逃げる……か。好都合だが、見失うわけにもいかん。行くぞ！」
　笹銀・鐐（赫月ノ銀嶺・d04707）の号令と共に、物陰に隠れていた説得班の５名が姿を現す。その気配に感づいたタタリガミは、即座にノートパソコンを開いた。
「分断工作！？　それともお目付けか……どちらにせよ！」
　モニターの青白いバックライトが、タタリガミの包帯顔を照らし出す。
「聞いてくれ！　俺たちは――」
「七不思議『校庭溺死事件』！」
　鐐の叫びは、ごぼ、と泡に消えた。宙に浮く水塊が、瞬時にして彼の顔を飲み込んでいる。
「聞く耳持たないわ。何としても、私はあいつらから逃げるの」
「――ご、が、はっ！」
　鐐はなんとかその影響下から抜け、顔を上げた。
「俺たちは、武蔵坂学園の灼滅者だ！　あの羅刹やＨＫＴたちと、闘っている……！」
「灼滅者？　武蔵坂……へえ、そう」
　タタリガミの表情が変わる。
「悪いけど、余所様に灼滅される気にはならないわ。ならせめて、私は」
「違うよ！　ボクたちはそんなことの為に来たんじゃないよ、おねえちゃん！」
　即座の否定を入れたのは鳳翔・音々（小悪魔天使・d21655）だ。彼はタタリガミの懐に入り、上目遣いに見上げる。
「ボクたち武蔵坂学園は、闇堕ちしてしまった人をたくさん救ってきました。灼滅ではなく、元の人間に戻すことで」
「元、の――？」
　と、タタリガミに生まれた戸惑いを見て、荒覇・竜鬼（鏖龍・d29121）は構えを解いた。
「ええ、そうです。人の心を持ち続ければ、己の闇を討ち祓うことが出来る。
　それは、あなたにもきっと出来る事です。灼滅者であるあなたならば」
　合わせて、殺気や警戒心すらも消し去ったかのような竜鬼の態度に、タタリガミは溜息をつく。
　そして、すこしだけ笑った。
「……ふふっ、奇麗事を言うのね、他人の癖に。それで？」
「全くの事実でござるよ。しかし、それで、とは？　拙者たちとは戦わぬのでござるか？」
　ハリーが試すように問うと、タタリガミは無表情に髪を手櫛で梳いた。
「戦闘中に情報収集してもおかしくないでしょ、鈍感。例えばさっきの命知らずとかは」
「無論、仲間でござる。こうしてお主と話す場を設けるため――」

「つまり、捨石にしたのね」

　その時アルディマ・アルシャーヴィン（詠夜のジルニトラ・d22426）は、挑発班からの定期連絡が途絶えていることに気づいた。
　事前に用意していたインカムで通信を繋ごうとするが、直ぐの応答がない。
「月雲先輩！？　応答を……契葉先輩も、天霧先輩！　聞こえてますか！」
　アルディマの様子に気づいた他の灼滅者たちも、それぞれにインカムを操作するが。
『アルディマか……？　あま――だ。すまん、追いつ――ザ、ザッ』
　ザァァァァァァ……。
　わずかな通信以降、挑発班側から連絡が来る様子はない。
　アルディマは無言で、インカムを耳から外し、ポケットにしまいこんだ。

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　破壊され用を成さなくなったインカムを投げ捨て、佳澄たちは次の罠がある地点へと急ぐ。
　幸いなことに――と言うべきだろう――まだこちらに脱落者はいなかった。木造の階段を駆け上がりながら、佳澄は消火器をロケットハンマーで殴り飛ばし、刹那は床上に紐を張って足取りを鈍らせようとする。その手前で、螢が置いたトラバサミが確かに刺青羅刹の足首に噛み付いた。
　しかしそのことごとくを無視される。ダークネスの膂力は、バベルの鎖は、トラバサミを踏み抜き紐を蹴っ切り、薬剤の霧に眼を開けたまま突っ込むことを容易く行わせるに足るものであった。
　無人の野を行くが如し。
「あハァ……！」
　踊り場を曲がった刺青羅刹が、その場で右腕を引き、上を行く灼滅者たちを笑って眺める。螢は咄嗟に足を止め、予想される衝撃に対し構えた。
「！　螢さんっ！」
「いいから行って！　このくらい、まだ――」
「どしたオラ女、お疲れかァ！？」
　ド――ガッ！
　すくい上げの一撃が、螢を上階の天井まで吹き飛ばす。背と腹を強かに打った彼女は、着地にしくじってうつ伏せに落ちると、赤色混じりの咳を吐いた。
「折角のドレス……が、ッ！　だ、台無しじゃない……ッ！」
「あー？　そういうのが好きなんだよ俺は」
　一段一段、階段を上がってくる刺青羅刹。その脅威に、螢のビハインド『ゆい』が立ち向かう。
「ゆ……？」
　螢は腕を伸ばした。
「その隙に、なんてのは趣味じゃねえけどよ！」
　佳澄は袖口からダイダロスベルトを引き抜くと、伏した螢にラビリンスアーマーを施す。
「こうする他にどうすればいいのか、俺にはわからねえ……刹那も頼まあ」
「は、はい……！」
　それに刹那のエンジェリックボイスも合わされば、彼女がすぐにでもＫＯされそうだった状況は脱することができるだろう。
（「でも……それでも、３人なら」）
　歌う為の最初の一息を吸い、刹那は思った。
（「３人しかいないのなら、時間の問題かもしれませんね」）
　階段の下では、映像よりも雄弁な破壊音が、途切れることなく続いている。

　この時。
　校庭の説得班は、挑発班の応答不能をもって、彼らが間を置かず全滅するものと判断していた。

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　不意に音が止む。
「あー……一方的暴力超楽しー……で、ナンの用だよ」
　無残に破壊しつくされた踊り場に、刺青羅刹と、タタリガミの両名がいた。
「そんなものに随分入れ込むのね。子供みたい」
「ハ、まだまだ生きのいいのが残ってる……それよりもどうした、タタリガミさんよ」
　刺青羅刹は、見るもおぞましい爽やかな笑顔でタタリガミに振り向いた。
「俺はてっきり逃げたかと思ったぜ。ま、そうなったら追っかけるけどよ」
「……いい知らせよ。お前にその『生きのいいの』を呉れてあげる。私、いらないから」
「おう、マジか？　そろそろ追っかけっこには飽きてきた所だ、気がきくじゃねえか」
　タタリガミは階下に手招きをする。複雑な表情の灼滅者たちが、それに従った。

　保身に走るけど、元灼滅者のよしみで、一つ譲歩してあげる。
　それが、タタリガミの少女が出してきた提案であった。
　刺青羅刹に敵わないタタリガミが、機嫌をとる為に灼滅者たちを売るという保身。
　代わりに、刺青羅刹との戦いの際、タタリガミが敵側に参戦しないという譲歩。
　その通りにすることが、最善の選択であったかはわからない。だが、決断はなされたのだ。

「じゃ、ちょっとそれで楽しんでっからよ。その間にてめー、宿題やっとけ？」
「……チッ」
　そう来るか、と舌打ちを残し、タタリガミはどこかへと消えていく。その間、刺青羅刹は灼滅者たちが横を素通りし、一堂に会することを許していた。
「みなさん……どうして、ここへ。タタリガミさんは？」
「……状況判断の結果です、契葉先輩。ともあれ、ご無事で何より」
「これを無事と言うなら、そうかもね……」
「いや、そうじゃねーよ。聞きたいのはそっちの都合じゃねえ！　タタリガミはどうなった！？」
「大きな声ださないで下さいよお！　でも、ごめんなさい。こうなるまでに、間にあわなく……」
「話は、つつがなく聞いてもらえたでござる。しかしながら、元の灼滅者に戻すまでには至らず……音々殿お一人のせいにはござらぬよ」
「だって……だって……！」
「反省会は後にしようぜ。仲間だろ？　俺たちは」
「…………」
「……いや、なんか言えよ、荒覇」
　鐐は言うが、竜鬼は答えない。刺青羅刹がこちらを伺うのを、じっと険しい眼で睨みかえしているからだ。
「もーいーぃかーい？　まァーだでーすかー！？　あのさ、そうやってシカトされっの、俺すっげえむかつくんですけど！　でェすけどォ！」
　元々フラストレーションを溜め込みやすい性格だったのか、刺青羅刹は苛々しながら繰り返し床を踏みつけていた。
「あーっ、キレたわ。キレた。追っかけっこは終いだ！　今から殺すから、待ってろテメ――」
　そう言って刺青羅刹が、こちらへ歩き出そうとした時。
　生暖かい風が吹いた。

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「――七不思議」
　それは正義の死刑宣告のようにも聞こえ。
　少女の勇気を振り絞った告白のようにも聞こえた。
「『焼け死んだ子供たちの怨み腕』」
　どこからともなく聞こえてくるその声と共に、旧校舎の廊下は、腕を生やした異界へと変化する。
「てんめえぇええエエエ！　タぁタぁリぃガぁミぃいいいいいいいいいいいいいいいい！」
「悪いね。でも、知らないだろうけど、私はお前を大嫌いなのさ。唐変木」
　腕は一斉に刺青羅刹を捕らえると、それぞれ好き勝手な方向に敵を捻り上げた。抵抗する刺青羅刹が強引に引き剥がし、両腕で払いのける、それらは一瞬の内にかき消えた。
　痛みだけを残して、幻のように。
　そして風景は、灼滅者たちが周囲を囲んでいるものへと切り替わる。
「ナマ言ってンじゃねえええええええッ！」
　拳を滅法振り回す隙だらけの腹に、竜鬼の交通標識が深く突き刺さった。
　会心の手応えに、戦鬼の頬が笑う。
「ぐゥえ……！」
「…………」
　竜鬼は無言で標識を引き、仲間に間合いを譲った。
　爪先で跳ね調子を計るハリーが、仕掛ける。
「センザイ・イチグー！　ニンジャケンポー、シールドバッシュ！」
　ボバァアン！
　一瞬のタメから弾け、次の一歩で天井を蹴り、肩口から鋭いＶ字に叩き上げる！
「こいッ……チョコマカとオ！」
　怒りの反撃が、跳び退るハリーに追いつき、貫いた。
　刺青羅刹本気の拳に、跳び落ちる時以上の速度で弾かれるハリー。
「ハッ！　俺、今夜はこればっかりかぁ？」
　その彼を、佳澄のダイダロスベルトが守る。煙を上げる腹部を中心に、より堅固な鎧となって。
「いいさ存分に踊ってやらぁ……なら、やられた分やりかえすぞ、刹那！」
「は、はいぃ！」
　と、刹那は霊犬『ラプソディ』を回復に走らせると、自身は姿勢を低く、敵に突っ込んだ。
　一本の矢と化すイメージ。
　知らず涙滴が落ちるのを空に溶くよう、全身ごと足を回して。
「倒し……ます！」
　低空ジャンピングソバット。たたらを踏む刺青羅刹に、鐐の赤い瞳が近づく。
「俺たちは、貴様等のような……」
　鐐はロッドを構え。
「やるってかァ、ええ、灼滅者！　オラ来いよ！　ブチ砕いてやらぁあ！」
　刺青羅刹は拳を引き。
「貴様等のような支配者など、認めはしない！」
　双方振りかぶってからの渾身の一撃が、衝突点の空気を蒸発させる。
　その手応えに笑う刺青羅刹の首筋を、背後からかけられる酸性毒が痛烈に焼いた。
「わっとと……えへへ」
　目を血走らせて振り向く刺青羅刹に、音々は寄生体を引っ込めごまかそうとする――フリをする。ディフェンダーとして、できれば敵の注目を分散させたいという狙いがあった。一応だが。
「――『我が名に懸けて！』」
　それが若干の効果を示しているうちに、アルディマは炎の聖剣を完成させた。
「悪鬼は、必ず打ち倒す！」
　滑らかに地を蹴り、切先を走らせる。
　夜闇を切り開く光跡が、刺青羅刹を袈裟懸けに断った。
「グ……！？」
　予想以上に強力なサイキックで畳み掛けられ、刺青羅刹は目を白黒させる。
　慢心に歯噛みする刺青羅刹に、追い詰めたはずの灼滅者が、悠々と立ちふさがった。
「ゆいが世話になりましたね。消されてないのはいいけれど、許す理由にはなりません」
　唇を怒りで艶やかに彩って、螢は嗤う。
「昔から相場は、３倍返しと決まっていますから」
　ズ……。
　抱擁の距離から、敵の腹を剣で貫いた。
「３回死ぬような目に合わせないと、気が済まないわ」

●
　その後。
　満身創痍になりながらもなんとか刺青羅刹を下した灼滅者たちは、タタリガミを探して旧校舎内を歩き回る。
　しかし結局、彼女の姿を見つけることはできなかった。
　校庭の足跡は消え、何の手がかりも残っていない。
　彼女と戦い倒すことで、元の灼滅者に戻すことができるというのは、伝えてあった。
　なのに今、こうして行方をくらます理由。保身か、それとも……。
　重傷者まで出すこととなった自分たちの身を慮ってのことか。
　聞く相手がいなければ、真実を知ることはできない。
　冬の夜の冷たい風が、戦い終えた灼滅者たちの身を凍えさせた。
「でも、とりあえず……」
　校庭に集まり、戦場であった旧校舎を眺める。
「……生きてる罠、全部回収しないと」
　誰かがそう呟いた。

作者：君島世界	重傷：月雲・螢（線香花火の女王・d06312） ハリー・クリントン（ニンジャヒーロー・d18314）  死亡：なし 闇堕ち：なし
種類： 公開：2015年2月20日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 5／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 0
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