タタリガミの学園~黄昏の不協和音

     永遠にも思えるほど鮮やかな夕暮れ色の音楽室。
     中学生くらいの年頃だろうか。タキシードに似た服装の少女が、スコアノートを前に立ち尽くしていた。
     短く切り揃えた黒髪に切れ長の黒瞳、身にまとう色も黒。そのほくろひとつない色白の肌とそれを包むシャツだけが白く、足元は衣装と違う闇色に溶けていた。
     傍らの巨大な弦楽器を優しく抱き寄せる彼女に、『HKT』と大書されたTシャツの上から腹を掻きながら男が言い放つ。
    「胸がねぇからよく似合うな、その格好」
     その一言に、細いチェーンに吊られた華奢な細工のヘ音記号が、少女の慎ましい胸でかすかに揺れた。
    「あなたには一生縁がないだろうな」
     意趣返しと言うには弱い言葉を返し、絃にそっと弓を添える。
    「ああ。こんなところでガキの子守りなんかするのはまっぴらだぜ」
     オレは巨乳のエロいねーちゃんが好きなんだ、と男が不機嫌を隠そうともせず吐き捨てるのを聞き流し、ゆっくりと弓を引いた。
     奏でられる旋律は低く床を這い、どろりとした闇となり――
     
    「九州の学校で発生していた七不思議の都市伝説について、重大な情報が得られたんだ」
     慎重に口にして、衛・日向(探究するエクスブレイン・dn0188)は集まった灼滅者たちを見回した。
     一連の事件は、武蔵坂学園以外の灼滅者組織の灼滅者が、九州のダークネス組織に拉致され闇堕ちさせられて利用されていたらしい。
     七不思議使いの灼滅者は、闇堕ちするとタタリガミというダークネスになる。現在も、闇堕ちさせられた灼滅者たちが、九州の学校で都市伝説を生み出し続けているようだ。
    「みんなにはその七不思議使いが都市伝説を生み出すために九州の学校へ出向いたところを襲撃して、その人たちを助けてもらいたいんだよ」
     夜明け前色の瞳をまっすぐに灼滅者たちへと向けて、エクスブレインは告げる。
     その視線に、灼滅者たちもまた彼をまっすぐに見据えた。
    「場所は、とある学校の音楽室。そこに闇堕ちした七不思議使いの少女と、護衛役の六六六人衆の男がいる。うん、『HKT』のTシャツを着た六六六人衆だ」
     音楽室はそれほど狭くない。放課後になれば音楽部が部活動の練習で使うために机や椅子を寄せてあり、戦闘の邪魔にならないだろう。翌日の朝練が済んだら授業ができるように元に戻すので、戦闘後に移動させる必要はない。
     敵の能力についてだけど、と鞄から資料を取り出す。
    「男のほうは、殺人鬼の能力に加えて闘気と長い棒を武器にしている。バトルオーラと妖の槍に似ている能力があるな。それから、タタリガミのほうは音楽を使うんだ」
    「音楽?」
    「コントラバスって知っているか? それを使って攻撃してくる」
     訝しげな表情を浮かべる灼滅者たちは、日向が差し出した資料を見て得心した。
     闇堕ちさせられタタリガミとなった少女は、『音楽室の怪』の姿を取っている。
     放課後、部活動が終わった頃。誰もいないはずの音楽室から低く呻くような音が聞こえ、好奇心に駆られて覗いた者を闇に引きずり込む。
     だから彼女の奏でる音色は闇となり、聞く者を捕らえようとする。
    「ただ、彼女は自分から行動を起こしているようじゃなくてさ。そうだな、うまく説得できれば戦いを回避できなくても、攻撃を鈍らせることぐらいはできると思う」
     元より望んだ闇堕ちではない。うまくやれば説得を受け入れてくれるかもしれない。
    「無理矢理闇堕ちさせられたんだ。どうにかして助けに来たことを信じてもらえれば、彼女を闇堕ちから救うことができるんじゃないかな」
     言って、でも、と眉を顰める。
    「ええと、さ。六六六人衆のほうに気を取られてもダメだし、タタリガミのほうに気を取られてもダメなんだ」
     六六六人衆の灼滅か、灼滅者が救出できれば成功。両方達成できればベストだろう。
     だが、両者に逃げられたり、六六六人衆に逃げられた挙句灼滅者を救出できなかった場合は。
    「そうならないことを信じているよ。大丈夫、みんな強いしさ」
     にこっと笑い、いってらっしゃい、と手を振って灼滅者たちを送り出した。


    参加者
    幌月・藺生(葬去の白・d01473)
    シェリー・ゲーンズボロ(白銀悠彩・d02452)
    笙野・響(青闇薄刃・d05985)
    神園・和真(カゲホウシ・d11174)
    久条・統弥(時喰みのディスガイア・d20758)
    姫川・小麦(夢の中のコンフェクショナリー・d23102)
    可罰・恣欠(リシャッフル・d25421)
    虹陽・深央(七色の灰・d31717)

    ■リプレイ


     静かな旋律が聞こえる。
     黄昏に染まる廊下を急ぎ教室の前に立つ。悲愴を帯びた低い音色は聞く者をいざなうかのようで、灼滅者たちは視線を交わすと一息にドアを押し開いた。
     満ちていた静謐を掻き払う音に旋律が止まり、室内にいた黒衣の少女と似合わないを着たTシャツの男が同時にこちらを見る。
    「やいやい、そこの巨乳好きなチンピラ! その子を開放しやがれなのです」
     ぴしっと幌月・藺生(葬去の白・d01473)が啖呵を切る。若干照れ屋でおっとりした性格の彼女には少々の勇気が必要だったが、武蔵坂の学生が拉致されて同じことされたらと思うとじっとしていられない。
    「可愛い女の子を無理やり闇墜ちさせた上に囲い者にしているなんて武蔵坂の正義が赦さないのですー」
    「別に囲っちゃいねーよ、俺をロリコンの犯罪者にするつもりか」
     『HKT』と大書されたTシャツの胸を掻きながら、意外に常識的な抗議が返る。
     翠玉の瞳をまっすぐに少女へ向け、虹陽・深央(七色の灰・d31717)は幾分か固い調子で言葉をかける。
    「君は音楽室の怪か。その演奏を聞く機会がこのような場面とは残念だ。次は是非、我が校の音楽室で奏でてもらいたいものだが、如何かな?」
    「……我が校?」
    「おい、お前ら」
    「ああ、そこな君……チンピラ殿に用は無い。早々にご退場願おうか。雑音は無粋だろう」
    「……ああ?」
     不快でも不機嫌でもなく、訝しむ様子で男が灼滅者たちを見回す。ちらと少女を見やると彼女は首を振った。
    「お姫様はお前らのことなんざ知らねーってよ」
     溜息交じりに言う男の傍で、巨大な弦楽器を抱える少女は灼滅者たちから視線を逸らす。
     感情を殺した表情に気付き、シェリー・ゲーンズボロ(白銀悠彩・d02452)は柔らかな光を湛える青い瞳を細めスレイヤーカードを掲げた。
    「『Alea jacta est』」
     解除コードと共に殲術道具が解放される。笙野・響(青闇薄刃・d05985)も艶やかな黒髪を掻き上げて殲術道具を解放し、仲間たちが彼女に続く。
    「――……」
     そっと口にし少女はスコアノートを撫でた。じり、と昏く重い気配をまとい、コントラバスへと指を這わせる。
     ごく低い音を一音爪弾くのを聞き、男が傍らに置いてあった長い棒状の得物を無造作に取り年端もいかぬ少女たちへと向き直り、
    「お前の相手はこっちだぜ!」
    「!」
     ざんっ!
     疾る衝撃をひと薙ぎに受け払った。攻撃を放った姿勢のビハインドを従え、神園・和真(カゲホウシ・d11174)がシールドを展開しながら挑発する。
     舌打ちした次の瞬間狙い撃つ魔弾をかわし、懐に滑り込んできた少女の一撃をぎりぎりかすめていなす。
     ふっと短く息を吐き、得物を構えて攻撃態勢を取りながらにぃと口元を歪めた。
    「つまりお前らは、このお姫様を奪いに来たってことか。王子様役はガラじゃねぇが、いいぜ。相手してやるよ」
    「私だってこんな王子様嫌だ」
    「……珍しく意見の合致を見たな」
     すました表情のタタリガミの少女と対照的に何とも言えない表情を浮かべる六六六人衆の男。
     ぎり、と妖の槍を掴む手に力を込め、久条・統弥(時喰みのディスガイア・d20758)は魔赤の瞳を眇めた。
     見ず知らずの人だけれど、助けられる命ならば絶対に……
    「絶対に助ける」
     強い言葉に、タタリガミが表情を揺るがせることはなかった。


     絃と弓が触れ合い、怨嗟めいて響いた。
     弾かれた旋律は闇色。どこか不安を喚起させる音色が灼滅者たちへと奔り、形なく搦め取られそうになる意思が深央の紡ぐ音色に奮い立つ。
    「おねえちゃん、きいて」
     姫川・小麦(夢の中のコンフェクショナリー・d23102)がリボンを成すダイダロスベルトでシェリーを鎧いながらタタリガミの少女へと訴える。
    「おんがくはだれかをおそうようなこわいものじゃないの。おねえちゃん、ほんとうはこんなおときらいでしょ?」
     少女はかすかにも表情を変えず絃を撫でた。
     次の音色を奏でようとする彼女へ虚ろを孕んだ武器を手に可罰・恣欠(リシャッフル・d25421)が迫り、避ける間もなく刃を躍らせる。
     黄昏色を乗せた刃光がその身体を斬り裂き鮮紅が舞う。
    「……『聴くと死ぬ曲』の噂を知っているか?」
     傷口を押さえながらタタリガミは言った。
    「歌詞の内容が不吉だとか、不安になるメロディだとか……悲恋を歌ったシャンソンは、そんな事実はないのに『世界中で大量の自殺者を出した』と言われる。その曲は誰かを傷付けるために作られたと思うか?」
     その言葉に、小麦は鮮やかな緑の瞳を瞬いた。
    「音楽は『こわいもの』だ。音は目に見えない。目を閉じて短調や低音を主旋律にした音楽を聴けば、不安に駆られることもある。噂だってそうだ。何でもないものがある時突然『こわいもの』になる」
    「それだけではないはずですよ」
     得物にこびりついた血を払って恣欠が言う。
    「曲が誰かを傷付けるなら、誰かを救う曲もあるでしょう」
     ひくり。弓を持つ手がかすかに震えた。
     視線を彷徨わせる少女に炎を纏う統弥の鋭い蹴りが放たれる。轟とした勢いの蹴撃を、タタリガミは弓の棹で受け止める。
    「これ以上命令に従う必要はないよ」
     ぎりぎりと拮抗しながらも、灼滅者は闇に堕ちた灼滅者へと語り掛けた。
    「君たちが苦しまない様に僕らは助けに来たんだ」
    「……助ける?」
    「そうです!」
     妖の槍にまとわせた冷気を撃ち出しながら畳み掛けるように藺生が続く。
    「お嬢さん、助けに来ましたよ。お名前はなんていうのですか? 従いたくない気持ちがあるのなら素直になるべきです」
     こちらにおいでなさい。
     その言葉に一瞬動きが鈍り、防ぐのが遅れた。辛うじて身を翻すが避けきれずに、氷柱に貫かれ抑えた悲鳴が上がった。
     影業を刃と化し六六六人衆へと疾らせ、シェリーもまた彼女へと告げる。
    「わたしも灼滅者だからお嬢さんの、望まない闇堕ちの辛さは分る心算だよ。だからこそ君とその尊厳を守りたいんだ」
    「わたしたちがこいつをぶっ飛ばすから、あなたは安心して帰っていらっしゃい」
     敵から目を離さず言い響の凶刃が駆けた。
     ふたりの少女の攻撃を受け、男は舌打ちしてタタリガミへと視線を投げる。彼女の心が揺らいでいるのは見て取れた。
     何か言おうと口を開き、しかし咄嗟にざっと飛び退った。半瞬遅れて、男がいた場所に闘気の奔流が襲い掛かり、避けたダークネスを深央のビハインドが追って攻撃を仕掛ける。
    「つくづく悪趣味な奴だよなお前らは、いたいけな少女を傷つけて満足かよ!」
     和真の糾弾に顔をしかめ、返答は得物を扱いて繰り出される旋撃。ずぁっと勢い任せに突き出された一撃を打ち払い、少女へと叫ぶ。
    「待っていて、すぐに助けるからな!」
     彼女の瞳に感情が揺れ、思いを払うように弓を引いた。ひどく攻撃的な音の洪水が藺生へと迸り、捕えようとする旋律に抗い振りほどく。
     タタリガミの少女の攻撃は、それまでよりも威力が落ちていた。元より強要されてのことなのだ。自ら望んでのことではない。
     度重なる攻撃と説得でその意志は大きく揺らいでいる。六六六人衆の男が叱咤しようとしても遮られ満足に意味を為さなかった。
    「くっ……」
     きり、と歯を食い縛りコントラバスを支える。否、コントラバスに支えられているのか。
    「コントラバスさんもかわいそうなの……」
     そっと小麦が口にする。少女は息を呑み、弓を持つ手に力を込めた。
    「小麦、おねえちゃんのおなまえとすきなおと、おしえてほしいの。だからほんとうのおねえちゃんにもどってほしいの」
    「帰ってきてあなたのコントラバス、わたしに聴かせてほしいな」
     響のお願いに抗い絃に触れ、しかし統弥が継いだ言葉に離す。
    「信じてもらうしかないけど、助けたいという気持ちは本当だから」
     苦笑つつ続ける。
    「俗的なこと言うと、イケメンで優しい男性、武蔵坂にたくさんいるよ?」
    「武蔵坂は紳士がいっぱいいますので、かっこよくて優しい男の子いっぱい紹介してあげるのですよ」
     その話題に藺生も便乗して訴えた。少女の表情がかすかに動いたのは、多分イケメンとか紳士とかという単語に反応したからではない。
    「君もわたしたちと一緒に、自身の闇と戦って欲しい。何処に居ても助けに来る王子様が此処に居ること……どうか信じて」
     自身の『王子様』を思い浮かべてか、穏やかにシェリーが言うと同時に恣欠の一撃がタタリガミの身体を加減して打つ。
    「お嬢様、失礼します……少しの間、おやすみください」
     あくまでも紳士的に告げたその腕の中で、少女はぐったりと脱力する。
     灼滅される様子は、ない。
     仲間たちの間に、安堵に似た思いが交差する。
    「ああ、くそっ。だからガキの面倒は嫌なんだ」
     吐き捨て、男がぐるりと顔を巡らせた。
     それを逃走の素振りと判断してシェリーが短く伝え魔弾を撃ち放つ。気を取られていたダークネスは避け損ない、鋭く貫かれた傷から血が流れるのも構わず射手を睨んだ。
    「動かないでね」
    「逃がすものか」
     冷淡に告げ、深央の奏でる旋律が灼滅者たちを癒し、小麦が和真に癒しと護りを与えた。
    「ぜったいゆるさないの」
    「強制闇堕ち、そのうえ女の子を無理やり従わせるなんて、許せない行為だわ。タタリガミさんを連れて帰るのはもちろんだけど、こいつも刻まないとね」
     愛らしい少女が言うには不穏な言葉を聞きつけ男が顔をしかめた。
    「最近のお嬢ちゃんは物騒だな。そんなにお仲間を好き放題されたのが気に食わないってか?」
    「ええ。あと、私怨になるかもだけど貧乳差別」
     響が付け加えた理由に一瞬呆ける。
    「あ?」
    「自分の身体だから、世間でネタにされてるほど自分の胸が嫌いな人は少ないと思うけど、人に言われると、けっこう凹むんだからね。あなただって『小さいね』って言われたら嫌でしょう?」
    「女性の魅力を胸でしか判断できないのか? 貧乳だって素晴らしいじゃないか!」
     続く統弥の強い指摘にいっそう複雑な表情を浮かべ学生たちを見やる。
    「……俺が貧乳のロリ好きだったら、それはそれで嫌だろうが」
    「もちろん」
    「言っとくがエロい対象として見ないだけで、別にデカかろうが小さかろうが俺はどっちでも構わねぇぞ。重要なのはバラン」
     言いかけ、はっと正気に返った。
    「そんなことはどうでもいいんだよ! お前ら、どうしても俺を見逃そうって気はねぇな?」
    「当たり前だ!」
    「なら、やることはひとつだな」
     戦闘態勢を取り直し睥睨する。灼滅者たちが身構えるよりも早く距離を詰め、凶刃を奔らせた。
     ぞぐんっ! 防ぐ間もなく襲い掛かる斬撃に、ターゲットとなった深央はぼたぼたと血を滴らせる。
    「おねえちゃん!」
     押さえるには大きすぎる傷に小麦の治癒が飛び、緩やかに癒されていく。
    「お前らを殺して俺が逃げるか、お前らに殺されて俺が死ぬか――どっちだろうかね」
     男は不遜に口元を歪め唇を舐める。絶対的な勝算があるわけではないと、傷口から流れ続ける血が示唆していた。
     タタリガミとなった七不思議使いの少女を助け手に入れた灼滅者たちに後顧の憂いはない。
     存分に実力を発揮し戦う彼らに、背水の陣となったダークネスはじりじりと押されていく。
     畳みかけられる攻撃に回復が追い付かず、攻撃を仕掛けても回復される。消耗していく一方だった。
    「ちぃッ……!」
     二人のビハインドの攻撃を辛うじて避け、攻勢に転じようと姿勢を変える。
    「女の子を傷付けたことと、芸術を汚したこと。その身で贖うんだな!」
     和真の放つ影が鋭刃となり男に襲い掛かる。避けることを捨て全身を斬り刻まれながら灼滅者との距離を詰め、闘気を纏った拳を掲げ藺生へと肉薄し、しかし繰り出された渾身の一撃は滑らかに受け流された。
    「これで終わりなのです」
     アメジストの瞳に捕えられ、至近距離で力が爆発する。
     がはっ! 血を吐き、ダークネスはぐらりと姿勢を崩して倒れ込んだ。
     なおも立ち上がろうと足掻くが、力尽きてどうと伏せ、そしてそれきり動くことはなかった。


    「大丈夫? 立てる?」
     目覚めた少女を案じて統弥が問うと、彼女は小さく頷いた。
     まだ意識がはっきりとしていないのだろうか? ゆっくりと立ち上がり、
    「王子様、いいぇお姉様ぁー!!」
    「お姉様!?」
     がしっ!! と力強くシェリーに抱きつき大袈裟に声を上げる少女に、一同の視線が別の意味で集まる。
     今までの陰鬱な様子はどこへか、初対面の相手に臆することなくはしゃぐ彼女はまるで別人だ。そう言えばエクスブレインからもらった資料には、彼女は本来明るい性格の子だとあった。
     唐突のことに藺生がおろおろとし、響と和真が落ち着かせる。
    「俺は神園和真。君の名前を聞かせてくれないか?」
    「あ、ぼくは……」
     訊かれて、少し澄ました表情で慎ましい胸に手を添えて名乗る名前は、鈴の音に似た響きを持っていた。
    「ぼくを助けてくれてありがとう。……それから、ごめんなさい」
     本当に申し訳なさそうに謝罪し深々と頭を下げる。そしてぱっと顔を上げてコントラバスを振り返り、状態を確かめ大きく傷ついていないと分かるとそっと安堵の息を吐く。
    「よければ、君の演奏を聴かせてもらえないだろうか」
    「え?」
     深央の申し出に少女はぱちぱちと瞬きし、じゃあ少しだけ、と。
    「そうだね、じゃあ古い様式の……」
     言いながら奏でる旋律はサラバンド。高度な技巧を要求される作曲家の手による組曲のうちの一曲を難なく演奏してみせた。
     余韻が黄昏に溶けると誰からともなく拍手が起こり、はにかんでお辞儀をする。
    「わたしも音楽好きなんだ。友達になれるかな?」
    「もちろんだよ!」
     響の言葉に力いっぱい頷き、わたしもと言い募る小麦に笑いかけた。
    「さて、この後どうする? 一緒に来る?」
     統弥の問いにはこくりと首を傾げた。
    「武蔵坂……だっけ。うーん……そうだね、悪い人たちじゃなさそうだし」
     かっこよくて優しいイケメンいっぱいいるって言うし。くすっと笑う。
     と。
    「それでは参りましょうか、お嬢様」
     言って恣欠が差し出す手をまじまじと見つめ、それから恐る恐る手を取った。
    「ふわぁ……意外と恥ずかしいね」
     ちょっと憧れてたけど、と照れて笑って。
     七不思議使いの少女は、武蔵坂学園の灼滅者たちと共に黄昏の音楽室を後にした。

    作者:鈴木リョウジ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年2月20日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 8/キャラが大事にされていた 0
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