タタリガミの学園~トイレの向こう側

     真夜中の学校。
     女子トイレの前に立つのは、赤いスカートをはいたおかっぱ頭の少女。小学生くらいだろうか、その目は虚ろで暗い。
    「ちッ、ガキのお守りかよ……オイ、さっさと済ませちまえよ!」
     少女の傍らの男が吐き捨てた。頭には黒曜の角が生え、アロハシャツからのぞく二の腕には、不気味な刀の刺青。
     男に小突かれ、少女は嫌々、スマートフォンを額に当てた。
     すると、トイレの中から黒い闇が噴き出した……。

    「九州の学校で発生していた七不思議の都市伝説に関して、重大な情報が得られたぞ」
     神崎・ヤマト(中学生エクスブレイン・dn0002)が、真剣な顔つきで告げた。
     武蔵坂以外の灼滅者組織の灼滅者が、九州にあるダークネス組織に捕まって闇堕ちさせられ、今も九州の学校で都市伝説を生み出し続けている。
    「そこで、奴らが都市伝説を生み出しに九州の学校へ出張って来た所を襲撃、闇堕ち灼滅者の救出を行って欲しい」
     長崎のとある学校、真夜中の日が変わる頃、刺青羅刹の男と闇堕ち灼滅者……タタリガミが現れる。
     刺青羅刹はタタリガミの護衛役だが、荒事でないのが不満らしく、モチベーションは低い。周囲への警戒心も低いようだ。神薙使いのサイキックに加え、日本刀のサイキックで戦闘を行う。
     一方のタタリガミは、『華(はな)』という名前らしい。生み出す都市伝説はいわゆる『トイレの花子さん』にまつわるものらしく、おかっぱ頭で赤いスカートの少女の姿をしている。彼女は、ダイダロスベルトのサイキックを駆使する。
    「この華って子は、無理やり強制されているようだから、うまく説得できれば攻撃の手を鈍らせることは難しくないだろうな」
     加えて、自分たちが彼女を救出に来た灼滅者であると説明し、信用を得ることができれば、撃破することで華を救出することが可能だ。
    「この灼滅者を救うことができるかどうかは、お前たちの活躍次第だ。ここは一つ、頑張ってくれ!」
     皆を見回し、ヤマトは力強く締めくくった。


    参加者
    鏡・剣(喧嘩上等・d00006)
    高宮・琥太郎(ロジカライズ・d01463)
    廣羽・杏理(フィリアカルヴァリエ・d16834)
    大須賀・エマ(ゴールディ・d23477)
    村正・雨(錆びた妖刀・d23777)
    白里・菊香(流水菊花・d30011)
    天道・白野威(描き出すは筆のしらべ・d31873)

    ■リプレイ

    ●タタリガミ・序
     夜の、学校。
     敵の逃亡などに備え、対策を済ませた村正・雨(錆びた妖刀・d23777)の瞳が、油断なく周囲を睨む。
     他の乱入者や、こちらを窺うような気配はない。タタリガミの救出に専念できそうなのは、幸いだった。
    「タタリガミなあ。なんか首のない巨人でも出てきそうな名前だよな」
     テレビで見た某を連想し、鏡・剣(喧嘩上等・d00006)が呟く。
    「無理に堕として、やりたくないコトさせるっていうのは受け入れらんねーなー」
    「うみゅ。無理やり働かせりゅなど、許すわけにはいかにゅ」
     元に戻してやりたいと思うのは、高宮・琥太郎(ロジカライズ・d01463)やシルフィーゼ・フォルトゥーナ(に跪け・d03461)を含め、皆同じ。
     そして、しんと静まり返った校舎に、靴音が響いた。
     まるで警戒心のない足取りの主は、アロハシャツの男、刺青羅刹。
     彼に伴われてトイレに近づく少女こそ、
    「来たな、今まさに旬のタタリガミじゃん」
     ライトを手にした大須賀・エマ(ゴールディ・d23477)と共に、飛び出す灼滅者たち。
    「なんだ、テメエら?」
     不良学生でも見るように、灼滅者たちを睨む羅刹。だが、外見はチンピラのそれでも、頭の回転は悪くないらしい。
    「ははあ、武蔵坂の……少しは面白くなってきたか? ほら、テメエもやるんだよ!」
     羅刹に背を叩かれ、華がのろのろとスマホを持ち上げた。画面から、闇の色をした帯が吐き出される。
     だが、灼滅者たちは武器を抜くことはない。
    「僕らは華ちゃんを助けに……灼滅者に戻しに来ました。君がこれ以上都市伝説を生み出す必要はありません」
     華に訴えかける廣羽・杏理(フィリアカルヴァリエ・d16834)。『七不思議使い』の組織が危機にあることも把握済だと付け加える彼に、琥太郎も続く。
    「オレらもキミらと同じ、灼滅者なんだ。キミ、自分の意志でそんなコトしてるんじゃないよね。やった結果がどうなるかも、想像はついてるんでしょ?」
     それでいいの? と問われても、華の返答はない。
    「捕らわれ無理やり協力させられておりゅ他の七不思議使い達も、儂らの仲間が助けに向かっておりゅ」
     シルフィーゼの言葉に、華がはっとした。しかしそれも一瞬、すぐに目を伏せてしまう。
     無理もあるまい。縁もゆかりもない相手が、自分を救いにわざわざ九州まで訪れるなど、そうたやすく信じられるものではない。
    「何吹き込んでも無駄だぜ。テメエらも知ってんだろ、闇堕ちしたモンは簡単に後戻りできねえってな……ッ!?」
     せせら笑う羅刹の鼻先に、拳が突き出された。
    「あっちはあっちの用があるんでな、俺たちは言葉よりこっちで話そうぜ」
     拳の主……剣が、犬歯をのぞかせる。
     空いた左手をぱきぽきと鳴らしながら、羅刹も笑みで応じる。
    「面白れえ、俺もガキのお守りにゃ飽き飽きしてたトコでよ」
     二者が睨み合う間も、説得は続く。
    「エマも、病院っていう灼滅者組織から合流したんだぜ」
     エマの脳裏に、過去がよぎる。自身のこと、かつて病院で起きたこと……思わず、言葉が詰まりそうになるが、それを決して悟られないよう、言葉を続ける。
    「どうだ、華?」
    「私はお友だちや、こうして一緒に戦う仲間が大好きですっ。だから、大好きな人がこんなことになってたら、すごく辛いし、嫌です! 華ちゃんにはそんな人、いないですか?」
    「っ」
     必死に訴え続ける白里・菊香(流水菊花・d30011)は、華の眉間に刻まれた苦悩を見逃すことはなかった。
     言葉は届いているはずだ。だから、続ける。
    「ただ、灼滅者に戻す為には、華ちゃんを攻撃しなきゃいけません」
    「絶対に助けるって約束する。だからちょっとだけ、キミも頑張ってみてくれないかな」
     華の瞳を見つめ、杏理と琥太郎が訴えると、トイレから少しずつ移動を始めた。
    「大丈夫、私たちを信じて、任せて」
     笑顔で語り掛けた天道・白野威(描き出すは筆のしらべ・d31873)の言葉に押されるようにして、華の足がゆっくりと動いた。

    ●タタリガミ・破
    「おい、何勝手に!?」
     灼滅者の方へと歩き始めた華を、羅刹がとがめた。
    「テメエがしくじれば、俺だってタダじゃ済まねえんだぞ……!」
    「お兄さん、見かけと違って、弱虫さんなんですね……」
    「なんだと?」
     菊香の言葉に、羅刹が敏感に反応する。
    「お主も、こんな狭い場所でやりあうよりも広い場所で思い切りやりたいであろう?」
     明らかな挑発。シルフィーゼたちの顔を見れば、それは一目瞭然。だとしても、
    「いいだろ。群れなきゃ戦えねえ奴らに、遅れを取るものかよ!」
     華を追うように、羅刹が廊下を駆ける。
     彼らが誘導されたのは、教室だった。集会などに使用されるのであろう、椅子や机の類は後方に追いやられている。
     ここなら、存分に果たせる。羅刹を討ち、華を解放する戦いを。
    「こっからは本気だぜ、羅刹さんよ!」
     拳に雷撃を宿らせ、剣が羅刹に殴り掛かる。
     水を得た魚、とはこのことか。その表情と動きは、羅刹以上に生き生きとして見えた。
     剣の拳を、鞘で受ける羅刹。背後から迫る琥太郎のダイダロスベルトは、刀が抑える。
     そして、霧をまとったシルフィーゼの後ろから、エマの指輪が光を放つ。
    「付いて来たってことは、エマたちを信じてくれたと思っていいよな、華!」
     光の弾丸は、羅刹の右肩に穴を穿つが、彼は傷を顧みることすらしない。
    「ははッ、ガキもお守りもしてみるもんだ! こんな戦いができるとはよお!」
     羅刹が笑う。闘争を求めるは、羅刹の血の定めか。
     刀に、窓より差し込む月の光が跳ね返る。その冴え冴えとした輝きは衝撃となって、灼滅者を薙ぎ払う。
     仲間を飛び越え、杏理が羅刹に槍をねじ込む。見た目こそ純銀製の羽根ペンだが、
    「鋭さはキミが感じた通りだよ」
    「はッ、痛かねえな!」
     力任せに槍を引き抜くと、ぼたたっ、と床に鮮血が滴る。
    「嫌がる人を無理やり闇堕ちさせるなんてひどいです。華ちゃんや、華ちゃんを心配する人にしっかり謝ってくださいね、羅刹さん!」
     菊香の編んだ法陣が、仲間に加護を与える。
     そんな灼滅者たちの連携を目の当たりにした華の瞳が、きゅっと細められた。その色は……悲しみ。
    「私を心配する人なんて……いない……」
    「ウソだな。しかも、悲しいウソだ」
    「……ッ!」
     雨が羅刹と交戦しつつ、華の言葉を否定する。
    「正直、君のことはよく知らない。けれど、君と同じく闇堕ちした者の話なら、聞いたことがある」
     雨は語る。幾人もの灼滅者が闇に堕ちつつも、仲間たちの奮闘によってこちら側へと引き上げられたことを。
    「……なら、それを証明して」
    「やってみせますっ。でも、それには華ちゃんの協力も必要なんです」
     懇願するような菊香の眼差し。
    「私は……ぐっ」
     苦悶が、華の口からこぼれる。闇の意志が、彼女の体を動かす。
     華の身にまとう漆黒の帯が、全方位に向けて射出される。
     虚空を走る闇……だが、剣が身を投げ出した。
     腕、肩、足……増える傷の数に比例して、どう猛な笑みがどんどん深くなっていく。
     そんな剣の頭上に、六連の勾玉が駆け付けると、小さな球へと弾けた。
    「道返玉……力削ぐ盾に」
     白野威の祈りとともに、小光球が傷を塞いでいった。

    ●タタリガミ・急
     羅刹、そして華との攻防は続く。
    「少し痛いが、耐えてくれぬかの」
     ロリータドレスのフリルをはためかせ、華に斬りかかるシルフィーゼ。その刃が断つのは、彼女の心を覆い隠す闇。
    「そう、もう少しの辛抱だぜ」
     エマの霊糸に腕を縛られ、羅刹の剣閃のリズムが乱れる。そこへ、琥太郎の蹴撃が決まる。
    「女の子に無理強いさせてるっつーのが何より気に入らないな」
    「道具をどう使おうと勝手だろうがよ!」
     羅刹は琥太郎の足をつかみ、壁へと放り投げるが、剣の連打が体を撃ち抜く。
    「そらそら、もっと楽しもうぜ、楽しい喧嘩をよ!!」
    「言われるまでもねえ!」
     自らに癒しの力をかけ、体を動かす羅刹。しかし、それが一時しのぎに過ぎない事は、彼自身がよく理解していよう。
    「ここまでとはな……だが、俺に負けはねえ!」
     慣れた動きで、刀を納める羅刹。
     次の瞬間、再び閃く一太刀。それは、空気の粒さえ断ちながら、灼滅者の肉を裂く。
     だが、攻撃の成否も確かめず、羅刹が取った次の行動は、
    「負けはねえ、と言った!」
     灼滅者に背を向けることだった。
     しかし、窓側は灼滅者たちに押さえられている。ドアから逃走しようとするが、手を掛けた直後、スモークが生じた。雨の仕込んだトラップだ。
    「こんな小細工で!」
     構わず、羅刹が駆ける。だが、白野威がそれを阻む。
    「穢れよ、こっちには行かせないわ!」
     そして、杏理の両の足から放たれた蹴りが、羅刹の見た最後の技となった。
    「キミの見た目は結構好きだけど、不良は嫌いでね」
    「誰が……不良だ……」
     着地する杏理の背後で、どおっ、と羅刹が倒れる。
     一拍遅れて、得物の日本刀が傍らに突き刺さった。
     これで華を縛るものが、1つなくなった。
    「さあ、あなたはどうするの……ッ!?」
     呼び掛けた白野威が、息を呑んだ。
     華の瞳が、訴えていた。「自分を止めてほしい」……と。
     直接かけられた言葉だけではない。自分、そして羅刹との戦いぶりが、華の心に届いたのだ。
     ならば、それに応じぬ理由はない。菊香が結界で華を押しとどめると、炎の拳で帯を打ち払う剣。
    「断神……魔を調伏する輝きを!」
     白野威の石剣が、火花を散らして帯をなぞり、華へと一撃を叩き込む。
     羅刹との戦いを終え、祈るように戦いを見守る琥太郎。華へ呼びかけ続ける雨。
    「上だけではなく下からもいくぞ」
     武器ばかりに注意を払っていた華に、シルフィーゼが忠告するように言った。その直後、火炎をまとった蹴り上げが来る。
     精彩なく舞う帯を、杏理が槍の柄で打ち払えば、菊香が銀爪で切り裂く。
     赤い血ではなく黒い闇があふれた瞬間、華が両腕を開いた。今だ、と。

    ●タタリガミ・結
     白野威は仲間と視線を交わすと、机を踏み台として飛び込む。
    「剣業、裂空!」
     鮮やかなる兜割り。
     華を守っていた黒の帯、そして彼女自身を包んでいた闇が……弾けた。

    「私、は……」
     目を開けた華を見て、灼滅者たちが胸を撫で下ろす。
     長机に横たえられたのは、もはやタタリガミではない。
     年の頃は同じ小学生。ただ、花子さんスタイルから脱したその姿は、ショートカットの活発そうな少女のものだった。
     ずっと手にしていたスマホも消えている。それもまた、タタリガミの一部だったのだろう。
    「あなた達に迷惑を……いいえ、これまでも」
     生み出した都市伝説を思い、唇を噛む華。けれど、
    「助けるって言ったでしょう?」
     顔を上げた華の前には、杏理たち灼滅者の顔。そのどれもが、彼女の帰還を歓迎していた。
    「ありがとう……」
     ぺこりと下げられた小さな頭。ようやく華自身の肉声を聞けた気がして、灼滅者たちは顔を見合わせ、笑みをこぼした。
     場の空気が和んだのを感じたエマは、
    「つーか、夜の学校って怖くねぇ? とっとと帰るぞ」
    「折角の長崎だ、チャンポンを食べていくのもいいだろう」
     使用せずに済んだ仕掛けを回収し終え、雨が言う。白野威も狼フードを被り直し、皆に続く。
    「おっ、おい、エマ置いてかねぇでくれよ」
     明るい口調で騒ぐエマを見て、華がくすりと笑った。
     それは華が初めて見せた、年相応の……そして、心からの笑み。
     灼滅者たちが得た、勝利の証だった。

    作者:七尾マサムネ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年2月20日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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