タタリガミの学園~人食いピアノ

    作者:波多野志郎

    「さぁ、とっととしてくれない?」
     そう苛立たしげに吐き捨てたのは、一人の女だった。その背中には、エレキギターのケースを背負い、HKTというTシャツを着たケバい化粧の女だ。
     そこは、夜の音楽室。音楽室の前でシクシクと泣きながら置いてあったのは、そこに置いてあるのよりも一回り小さいピアノである。ピアノが、泣いているのである。
    『あああ、うううう……』
    「とっととやんなよ、アタシはこういうくらしっくとか大嫌いなんだからさー」
     ゴツン、と鉄板入りブーツの爪先で泣くピアノを蹴飛ばした。ピアノはでたらめな音色を響かせながら、パラパラと張り付いたメモ帳を振った。
     そして、そこに新たな人食いピアノが誕生しようとしていた……。

    「九州の学校で発生していた、七不思議の都市伝説について重大な情報が手に入ったんすよ」
     湾野・翠織(小学生エクスブレイン・dn0039)は、そう厳しい表情で語り始める。何でも、武蔵坂学園以外の灼滅者組織の灼滅者が、九州のダークネス組織に拉致され闇堕ちさせられて利用されているというのだ。
    「その闇堕ちさせられた人達は、今も州の学校で都市伝説を生み出し続けさせられるみたいっす」
     これを放置すれば、被害は拡大する一方だ。そこで、彼らが都市伝説を生み出す為に九州の学校へと出向いてきた所を襲撃、救出する作戦を行なわれることとなった。
    「相手は闇堕ちした灼滅者とHKTの六六六人衆の二人っす」
     夜の学校、音楽室に向かう二人を廊下で迎撃して欲しい。光源などはいらない分、必ず巻き込まれる人が出ないようにESPによる人払いを徹底する必要がある。
    「七不思議、人食いピアノっていうのがその都市伝説らしいっす。うまく説得できれば、攻撃を鈍らせることができるっすよ」
     何にせよ、無理矢理闇堕ちさせられた灼滅者は犠牲者だ。自分達が救出に来た灼滅者である事を訴えて、信じてもらったうえで撃破すれば救出することができるだろう。
    「六六六人衆もいるので強敵っすけど、説得が効く分、どうにかできる手段はあるっす。どうか、灼滅者を助けてやって欲しいっす」


    参加者
    九条・龍也(真紅の荒獅子・d01065)
    天城・翡桜(碧色奇術・d15645)
    日凪・真弓(戦巫女・d16325)
    棗・螢(黎明の翼・d17067)
    時司・時雨(夜闇の魔法剣士・d29393)
    フェイ・ユン(侠華・d29900)
    アルフレッド・アレアシオン(クリスタルヒートハート・d30905)
    日輪・社(汝は人狼なりや・d32262)

    ■リプレイ


     ガタンタガン、と一つのグランドピアノがキャスターで廊下を進む。隣にいるHKTというTシャツを着たケバい化粧の女は、決して押していない。むしろ、関わりあいたくないという顔で、離れているぐらいだ。
     勝手に動くグランドピアノとギターケースを担いでTシャツの女、そんな奇妙なコンビは不意に足を止めた。
    「ん? 何だよ、お前ら」
    「キミをあっちに行かせるわけにはいかないかな? ボクと遊ぼっか」
     女――HKTの言葉にそう答えたのは、フェイ・ユン(侠華・d29900)だ。HKTは、面倒くさそうに顔をしかめる。
    「ただでさえ、くらしっくと一緒で気がめいるってのに……半端者どもかい」
    「無理やり闇堕ちさせて、いいように使おうだなんて何考えてんだ貴様らは」
     憤りを隠せない、そういう口調の時司・時雨(夜闇の魔法剣士・d29393)に、HKTはギターケースからバイオレンスギターを取り出した。ド派手なピンク色、それに何故か刃までついた凶悪なフォルムだ。
    「アタシに聞くな、んなもん」
    (「灼滅者の救出とHKTの灼滅か。厳しい戦いになりそうだが、そんな状況を楽しく思う俺は………どっか壊れてるのかね」)
     目の前のHKTが強い、九条・龍也(真紅の荒獅子・d01065)はそれを肌で感じ取っても気負いはない。むしろ、龍也にとっては火が入るプラス要因にしかならなかった。
    「何にせよ、これ以上の狼藉は許しません」
    「あぁ、七不思議に関連する灼滅者組織か……どんな奴らか気になるからな。それを確かめるためにも、きちんと助けてやらねえとな!」
     天城・翡桜(碧色奇術・d15645)の言葉に、アルフレッド・アレアシオン(クリスタルヒートハート・d30905)も言い放つ。そして、棗・螢(黎明の翼・d17067)と時雨がスレイヤーカードを手に取った。
    「我が剣に蛇を、我が体に青き魔獣の力を……」
    「疾駆せよ白虎! 迅雷の道を!」
    『ああ、あああ、ああああああ』
     戦闘準備を整える灼滅者達に、人喰いピアノは調子外れの声を上げる。その声に、日輪・社(汝は人狼なりや・d32262)は凛と言ったのけた。
    「望まないことに力を使わされている。こんなことを見過ごすのは、日輪の戦士の名折れです。必ず、食い止めます」
    「何だい何だい、言葉面はご立派だねぇ? 半端者ども――」
     明確に、HKTの殺意が高まる――しかし、その殺気に怯む者はこの場にいない。
     日凪・真弓(戦巫女・d16325)は深呼吸を一つ、静かに名乗った。
    「日凪真弓――参ります……!」
    「黴臭いんだよ、そういうのはさぁ!!」
     ゴォ!! と廊下をHKTから溢れ出したドス黒い殺気、鏖殺領域が満たしていく。それを津波に耐えるように踏ん張った灼滅者達の元へ――。
    『あああああ、あああああああああああああああああああああああああ!!』
     ドォッ、と黒い殺気の中へと人喰いピアノが突っ込んだ。


    「はははははは! ピアノの音はしけてるが、うめき声だけはいいよなぁ、そいつ!」
     大笑いするHKTが、ふとその笑みを引っ込める。理由は明白だ、鏖殺領域を突っ切った龍也を見たからだ。
    「白き炎よ……どうか、皆を守る灯火に……!」
     ゴォ! と黒を焼き尽くすように、社の体から白い炎が吹き出す。社の白炎蜃気楼を身にまとい、龍也は直刀・覇龍を振り上げた。
    「どんな相手だろうと、ただ斬って捨てるのみ!」
    「ハハ!! そいつぁご機嫌だぁ!」
     クルン、とギターのネックを基点に回転させたHKTが、その斬撃をギターの刃で受け止める。だが、龍也は構わない――そのまま、HKTを押し切ろうと全体重を乗せて力を込めていく。
    「ちょこざいなんだよ!!」
     押してくる龍也に、HKTは敢えて引いた。追おうと踏み込む足を刈り、龍也の体勢を崩し――蹴り上げようとしたそこへ、螢が迫った。
    「棗・螢……参るよ!」
     ジャラララララララララララララララララッ! と海王の蛇腹剣が唸りを上げて、HKTに襲い掛かる。HKTは巻き付かれる寸前でバク転、潜り抜けた。
    「悪いけど君の相手は僕らだよ」
    「面倒臭いね!! ガキどもが!」
     そこへ、すかさず時雨が駆け込む。神剣「白虎迅雷」に破邪の光を宿し、鋭い斬撃を叩き込んだ。
    「好きにはさせねぇぜ? 好き勝手する気なら俺たちを倒してからにするんだな」
    「調子に乗るんじゃないよ!?」
     HKTが声を荒げて、前蹴りを放つ。それを時雨は腰を落としシールドで受け止め、振り返らずに告げた。
    「やりたくないことを無理にする必用はねぇ!そうさせようとするクズ野郎から今すぐ助けてやるから諦めんな!」
     螢達がHKTを抑えている間にも――人喰いピアノと灼滅者達の戦いは続いていた。
    「貴方はこんな事を強いられるのを望んでいるわけではないでしょう? 貴方が抗うのであれば、私たちはそのお手伝いが出来ると思います」
     切に、真弓は訴える。名も知らない灼滅者、仲間を救いたいのだと、想いを込めて。
    「いくよ! 絶対に助けるんだ!」
     ガシャン、と黄色標識にスタイルチェンジさせた交通標識をフェイは振るう。それに合わせて、ビハインドの无名は床を蹴った。その円月刀を大きく振りかぶると、横回転の遠心力を込めて人喰いピアノへと切りかかる!
    『あああ、うううううううう……』 
    「貴方自身の心に負けないで下さい……!」
     それに続き、真弓は炎に燃える刀を切り払い、それに合わせた鬼面の鎧武者――ビハインドの鬼斬丸森綱による斬撃が重なった。ザン! と真弓のレーヴァテインに焼き切られ、人喰いピアノはたまらず後退する。それに、アルフレッドは右手の包帯を解き、刃のように研ぎ澄まされた結晶へと異形化させた。
    「お前の力は、そんな所で使われるためのものなのかよ! ちげぇだろ! お前がもしそんな姿になっちまってる事を嘆いてるって言うのなら……オレが、オレ達が必ず助けてやる! だから抗い続けろ! お前も! 諦めるな!」
    『うううううううううううううう……!』
     駆けたアルフレッドの水晶の鉤爪が、的確に振るわれる。ギギギン! とアルフレッドの殲術執刀法を受けて、人喰いピアノが呻きを上げた。
    「いきましょう、唯織さん」
     翡桜の呼びかけに、ビハインドの唯織はドレスの裾をひるがえし駆けた。ギン! と黒とオレンジ色を基調とした縛霊手をかざして展開した除霊結界に動きの鈍った人喰いピアノへ、唯織の霊撃が叩き込まれた。
    「うっぜええええええええええええええ!!」
     ゴォ! とHKTは燃え盛る右回し蹴りで龍也を蹴り飛ばす。鋭い衝撃が体を駆け抜ける、その威力と的確な狙いに龍也は思わず笑みを浮かべ踏ん張った。
    「頭のネジ、外れてんじゃねぇぞ、コラァッ!!」
    「そう思うなら、簡単に抜かせると思うな」
     全力と全力――両者とも、全てを叩き付ける真っ向勝負となった。


    『あああああああ、うううううううううううう……!』
     むせびなく人喰いピアノへと、翡桜は訴え続けた。
    「安心して下さい。私たちは貴方と同じ、貴方を助けに武蔵坂学園というところから来た灼滅者です。だいぶそのHKTの方とは嗜好が違ってらっしゃるようですが、そんなに虐げられるようにして泣きながら演奏するのなんて楽しくなくないですか? 自分の意思をしっかり持って、此方へ戻ってきて下さい。私達が、今そのお手伝いをしますからね」
     人喰いピアノは調子外れの演奏と共に、がむしゃらに暴れまわる。だからこそ、その動きから見て取れた。
    (「ああ、戦ってくれているのですね?」)
     闇堕ちされた灼滅者もまた、その心で戦ってくれているのだ。ならば、自分達がすべき事は一つだ。
    「頑張ってください、もうすぐですよ!」
     翡桜の壁を蹴ってからの跳び蹴り、スターゲイザーが人喰いピアノを強打する。ぽぽぽろん、と奇妙な音色をさせた人喰いピアノへ、唯織は優雅にその手をかざし霊障波を放った。
     がごん! と人喰いピアノがキャスターでごろごろと廊下を滑っていく。そこに待ち構えていたのは、真弓とフェイだ。
    「参りましょう」
    「うん!」
     真弓の鋭い居合いの一閃と、フェイの豪快なレッドストライクの一撃が滑る人喰いピアノを止めた。そして、そこへ大上段からの鬼斬丸森綱と横回転の无名の霊撃が叩き込まれる!
    「う、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
     そこへ、アルフレッドが一気に駆け込む。燃えるフライングニールキック――アルフレッドのグラインドファイアが直撃した。
    「ったく、本当使えない玩具だねぇ!! だから、嫌だったんだ!!」
    「ふざけた事ばっかり、言ってるな!」
     吐き捨てるHKTに、時雨が吼える。ヒュガガガガガガガガガガガガガガガガガガッ!! と、時雨は周囲に浮かべた魔法の矢を一気にHKTへと射撃していった。
    「いいか! 自分をしっかりもて!俺たちの思いはあんたを救うことで一致位してるからな。信じられなきゃ俺を斬れ!」
    「好き勝手言ってんのは、どっちだい!!」
     フッと時雨の眼前から、HKTが掻き消える。消えた、そう思わせるほどの見事さで、死角へと滑り込んだのだ。死角から放たれるギターの一撃、それを庇ったのは螢だ。
    「そこ、頭が高いね。海王の前に平伏すが良いよ」
    「あぁ!? 半端も――」
     HKTが文句を言い切る前に、ヴン! と螢の除霊結界が上から押し付ける――そこへ、龍也が踏み込んだ。
    「打ち抜く! 止めてみろ!」
    「ぐ、舐めんなあああああああああああああああああああああ!!」
     龍也の雷を宿した拳と、HKTの拳が激突する。お互いがお互いを弾き合う、そんな激突の間に、社は祭霊光で螢を回復させた。
    「僕達はあなたを助けに来ました。望まぬ音から救いに! あなたの仲間のところへも、僕らの仲間が来ています。信じてください」
    (「説得は得意じゃないんだが、上手く行ってくれよ」)
     社の説得を聞きながら、龍也は口元を笑みに歪めて構え直す。HKTを抑えながらの戦い、それは想像以上に過酷なものだった。それを支えたのは、社の回復とそれをフォローする者達の活躍だ。
    「僕だって日輪の戦士です……! やるべきことを、必ず成し遂げます!」
     絶えず戦場を小柄な体躯で駆け回る社のそれは、獣のそれだ。しかし、肉食動物の獰猛さを抑えるそれは、野生のものよりも狩猟のそれだ。
    「ボク達は味方だよ! って言っても今のキミに何処まで届くか分からないけどね。必ず助けるよ、待っててね!」
    『ああああああああああああ、うううううううううううう……』
     フェイの呼びかけに、不意にガタンと人喰いピアノの動きが止まった。それに、HKTが舌打ちする。
    「はん、そろそろ潮時だね――あばよ!」
    「待――」
    「いけません! 順番を間違えないで下さい」
     廊下の奥へと逃げていくHKTを反射的に追おうとした龍也は、翡桜の言葉に押し留まった。HKTには、まだ余裕があった――これ以上追い詰めてしまえば、こちらの首が絞まっていただろう。
    「よし、いくよ、みんな!」
     フェイが无名と共に駆け込む。動かなくなった人喰いピアノへと、フェイの制約の弾丸と无名の霊障波が同時に炸裂した。ドォ! と鈍い爆発音を立てるそこへ、獲物を狙う狼のごとく疾走した社が畏れを宿した縛霊手を下から切り上げる!
    「お願いします!」
    「おお!!」
     浮いた人喰いピアノに、アルフレッドが水晶の爪を振るった。ガ、ギギギギギギギギギギギギギン! とアルフレッドの殲術執刀法に切り刻まれた人喰いピアノへ、時雨が続く。
    「絶対に、救い出してやるからな!!」
     神剣「白虎迅雷」によるクルセイドスラッシュが、人喰いピアノの黒いボディを大きく切り裂いた。がらんがらん! と着地した人喰いピアノへ、翡桜が回転させ遠心力を込めたマテリアルロッドを叩き込み、同時に唯織が霊撃を放つ!
    「もうすぐですよ、頑張ってください」
     ぐえあんぐわんと震える人喰いピアノを撫でて、そう翡桜は慰める。頑張る、とでも言うのだろうか? 人喰いピアノは音色で答えた。
    「動かないでくれるかな? 次で終わりにするから」
     螢の海王の蛇腹剣が、人喰いピアノに巻き付き締め上げる。そこへ、真弓と鬼斬丸森綱、そして龍也が駆け込んだ。
    「これにて……終幕です」
    「牙壊!! 瞬即斬断!!」
     放たれる、三つの居合い――その三連撃が、人喰いピアノを切り刻んだ。ぽろろん、そんな澄んだ音色を残して、人喰いピアノは掻き消えていった……。


    「ふ、あ……あ、ありがとうござい、ました」
     ぺこり、と頭を下げたのは、ふんわりとウェーブした黒髪の少女だった。その少女に、時雨は先ほどまでの自分の熱血振りを思い返して赤面しつつ語り掛ける。
    「俺たちの学園へ来ないか?他の仲間を助けるために力を貸して欲しい」
    「どうせなら、ちゃんとしたピアノの演奏聞きたいかな!」
     時雨とフェイの言葉に、少女はぼんやりとだが、笑みをこぼして首肯した。その姿に、翡桜は胸を撫で下ろす。
    「本当、救えてよかったです」
     翡桜の呟きに、アルフレッドは一人窓の外に広がる夜空を見上げた。
    「勝てた、か……。オレも少しはやるようになったと思っていいのかね……?なあ、……」
     アルフレッドは、誰にも届かない誰かの名前へと呼びかける。答えはない、しかし、確かに自分の手は誰かを救えたのだと、目の前の光景が教えてくれた……。

    作者:波多野志郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年2月20日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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