友の心を守るため

    作者:飛翔優

    ●猫はただ友を
     茜色の空へと向かい、雲が流れていく夕暮れ時。緑に乏しい寂しげな光景が広がる裏山で、高校一年生の少年宮本和俊は、寝転んでいる親友マサを見つめていた。
     空を眺めながら語らう内、気付いたら眠ってしまっていたマサ。無邪気なその寝顔は、親友相手に警戒などしていない証だろう。
    「……」
     和俊は自分の手を見つめ、握りしめる。
     口の端を持ち上げる。
     力を用い、ソウルボードへと入り支配する。その先駆けとして、この男は調度良い……と。
     ――みゃー!
     不意に、和俊の右足をいつの間にか姿を表していた猫が引っ張った。
     そんな事をしてはいけないとでも言うかのように。
     あるいは、マサを傷つけさせたりなどはしないとでも言うかのように。
     されど、和俊の瞳に迷いはない。うざったそうに猫を振り払い、マサの……。

    ●夕暮れ時の教室にて
     灼滅者たちを出迎えた倉科・葉月(高校生エクスブレイン・dn0020)は、静かな笑みをたたえたまま口を開いた。
    「宮本和俊さんという名前の高校一年生男子が、闇堕ちしてダークネス……シャドウになる事件が発生しようとしています」
     通常、闇堕ちしたならばダークネスとしての意識を持ち、人としての意識は掻き消える。しかし、和俊は人間としての意識を残しており、ダークネスになりきっていない状態なのだ。
    「現在、和俊さんの人間としての意識は猫のサーヴァントの姿となって、その悪行を止めようとしています。しかし、サーヴァントにダークネスを止めることは不可能なようで……」
     猫のサーヴァントが悪事を止めるのを諦めて消えてしまった場合、和俊は完全に闇堕ちしてしまうことだろう。
    「そうなる前に、シャドウを撃破し、和俊さんを救出してきて欲しいんです。……もっとも」
     間に合わず猫サーヴァントが消えてしまった場合、それ以上の悪事を重ねる前に灼滅することになるだろう。
     続いて、葉月は地図を広げとある街中の小さな山を示していく。
    「皆さんが赴く日の夕刻頃、和俊さんは……シャドウと化した和俊さんは、和俊さんの親友であるマサさんを連れて、この山へとやってきます」
     目的は、マサのソウルボードへと侵入し支配することだろう。
    「皆さんが到達するのは恐らく、マサさんが陽光に暖かさに当てられ眠りについた時……シャドウがソウルボードに入るための準備を始めたタイミング辺りですね」
     猫サーヴァントも常にシャドウを止めようと動いている。が、全て気にもとめられていない状態だ。
    「ですので、まずはシャドウを撃破して下さい。猫サーヴァントが残っている状態で撃破すれば、灼滅者として生き残るはずです」
     また、猫サーヴァントは灼滅者たちが和俊を救いに来たことが理解できれば、戦闘に参加せず灼滅者たちを応援してくれるだろう。
     一方、シャドウを殺しに来たと誤解した場合、シャドウ側に立って戦闘に参加してしまうだろう。
    「この辺りを留意して行動して下さい。最後に、シャドウの戦闘能力について説明しますね」
     シャドウ、八人ならば倒せる程度の力量で、妨害・強化特化。技は全てシャドウハンターの持つ力と同質、毒を与える漆黒の弾丸に、トラウマを引き釣り出す打撃、闇に身を浸し自らの力を高める……といったものになっている。
    「以上で説明を終了します」
     地図など必要な物を手渡し、締め括りへと移行した。
    「きっと、闇に落ちることなど望んでいない和俊さん。猫サーヴァントの行動がその証左……全力で抗っている証……なのだと思います。ですのでどうか、全力での救済を。何よりも無事に帰ってきてくださいね? 約束ですよ?」


    参加者
    椎木・なつみ(ディフェンスに定評のある・d00285)
    龍海・光理(きんいろこねこ・d00500)
    冴凪・勇騎(僕等の中・d05694)
    小沢・真理(シュヴァルツシルト半径急接近・d11301)
    ティルメア・エスパーダ(カラドリウスの雛・d16209)
    ハノン・ミラー(ダメな研究所のダメな生物兵器・d17118)
    東堂・八千華(チアフルバニー・d17397)
    ディエゴ・コルテス(未だ見果てぬ黄金郷・d28617)

    ■リプレイ

    ●翼を持つ猫の願い
    「和俊さんそっちへ行っちゃダメだよ!」
     夕暮れ時を迎えた街中を見守るように鎮座している学校の裏山。町並みを一望できる場所に寝転んでいる少年マサを、闇にギリギリの所で抗っている宮本和俊を救うため、小沢・真理(シュヴァルツシルト半径急接近・d11301)がライドキャリバーのヘル君を和俊及び翼を持つ猫とマサの間に走らせた。
     慌てた様子で、和俊と猫は後方へと飛び退いていく。
     息つく暇も与えぬと、椎木・なつみ(ディフェンスに定評のある・d00285)が盾を掲げ跳躍。脳天をぶっ叩くかのような軌道で突撃した!
     サイドステップを踏まれ避けられてしまうも、印象づけるには十二分。着地し、立ち上がると共に和俊へと向き直った。
    「あら、ずいぶんと臆病なんですね。現実世界にいるシャドウなのに」
    「お前ら……」
     憎々しげな声を漏らす和俊を……シャドウを見据え、なつみは再び跳躍。
     急角度からの蹴りを放ち、左頬に掠めさせる事に成功。
     更には龍海・光理(きんいろこねこ・d00500)が踏み込んで、漆黒の刀身を持つ十字剣を横に薙いでいく。
     避けきれないと思ったか、シャドウが足を崩し地面を転がるように避けて行く。
    「ん……」
     そんな折、マサが声を漏らし起き上がっていく。
     目をこすり、見開いた。
    「え? え?」
    「……」
     マサへの対応は仲間に任せ、光理は戸惑う猫に視線を送りながらシャドウに剣を突きつけていく。
     敵だ、ということは理解したのだろう。シャドウは光理に指先を突きつけた。
    「この!」
    「っと」
     すかさずハノン・ミラー(ダメな研究所のダメな生物兵器・d17118)が割り込んで、撃ちだされた影弾丸を受け止めていく。
     笑みを浮かべながら、猫に視線を送っていく。
    「助けに来たのさ。手荒なのはご愛嬌。自分自身を失うのは嫌でしょ?」
     しばしの後、猫は頷いた。
     頷き返した上で、ハノンは再びシャドウへと視線を移していく。
    「そんじゃま、後は任せた。シャドウは抑えておくからさ!」
    「ちっせェ身体で頑張ったじゃねェか。あとは俺らに任せな」
     ディエゴ・コルテス(未だ見果てぬ黄金郷・d28617)もまた横に並び、槍の穂先をシャドウに突きつけていく。
     シャドウは忌々しげに灼滅者たちを、そして猫を睨みつけた後、未だ混乱したまま動けぬ様子のマサへと視線を……。

     視線を遮るように、真理がマサを抱きしめた。
    「え……え?」
    「大丈夫、心配ないよ。和俊さんは無事だから、だから大丈夫、心配ない」
     子どもに言い聞かせるように何度も、何度も言葉を繰り返しながら、今の和俊は和俊ではない。元の和俊に戻すために、翼を持つ猫の力を……和俊の人としての心を借りて一度叩きのめさなければならない、と伝えていく。
    「そ、そんなこと、信じられるわけ……」
     訝しげに瞳を細め真理を引き剥がそうとしたマサを、猫が前足を使って引っ張った。
     猫はマサの視線を受けながら、奇妙なダンスを始めていく。
    「それは俺んちの猫の……まさか、本当に和俊なのか……?」
     恐る恐る灼滅者たちを、そして真理を見ていくマサ。
     にっこり笑顔で返していく真理。
     概ねの理解は得られただろうと、冴凪・勇騎(僕等の中・d05694)は申し出る。
    「できればこの場から離脱して欲しい。この場は危険なのでな」
     学園に来てから、友情がどれだけ大事なのかを知った。だから、二人の友情が壊れる事がないように、元々の和俊自身が望まぬ形で友人を傷つけずに済むように、できる限りの事をしたい。
     それ故での申し出だが、マサは首を横に降る。
    「危険なのはわかった。けどよ、親友の一大危機に自分だけ逃げるなんて……」
     マサが視線を向ける先、シャドウが光理に向かって影の弾丸をぶっぱなした。
     光理は碧き呪符で叩き落とし、十字剣を掲げ大地を蹴る。
    「上手くわたくしたちに惹きつける事ができていますね」
    「おうよ! ……ま」
     同意しながら、ディエゴはマサへと視線を向けた。
    「いきなり全面的に信用しろっつっても難しいかもしれねェがよ、大丈夫。俺達は負けねェ。テメェと、そこのテメェの親友……纏めて助けてやっから安心しな!」
     力強く笑った後、黄金郷を旨とするビームをシャドウに浴びせていく。
     マサが唇を結んだ時、真理が猫へと……和俊へと提案した。
    「みんなの言う通り、私たちは和俊さんと親友のマサさんを助けるために来たの。だから……そうね、猫の姿でも和俊さんは必至に抗ってるんだよね。今その闇の心をとめるからその間こっちで一緒にマサさんを守って欲しいの」
    「そうだな……」
     マサの瞳を見据えていた勇騎は微笑み、和俊へと問いかけた。
    「守れるか、親友を。俺たちは手伝うことしかできない。だから……」
     強い光を放つ瞳とともに、和俊はしっかりと頷いた。
     攻撃範囲外へと導かんと、マサを誘導し始めていく。
     その背中に、東堂・八千華(チアフルバニー・d17397)が語りかけた。
    「さ、それじゃああそこにいる貴方を取り戻そうか」
     色々と先を越される形となったが、救いたいという思いに違いはない。
     この力は、むやみやたらに振るえば誰かを不幸にする力だから。
     そんなこといけないってわかってるから猫は……和俊は抗っていたのだから。
    「大丈夫、友達のマサさんも守る。力ずくにはなるけど……必ず無事で、取り戻す!」
     決意の言葉と共に心を闇へと浸し、クラブのスートを浮かべていく。
     煌めくオーラに抱かれながら走りだし、螺旋状の回転を加えた槍刺突を繰り出した。
     一方、ティルメア・エスパーダ(カラドリウスの雛・d16209)は交通標識を注意をうながす表記に切り替え掲げていく。
    「大丈夫。絶対助けるよ、お友達も、……和俊さんも」
     言葉と共に、前衛陣に加護を与えていく……。

    ●あるべき姿を取り戻せ!
     和俊を、そしてマサを逃がす形となったシャドウ。
     忌々しげに瞳を細め、口を開く。
    「戯言を。我は闇、和俊の」
     言葉を遮るように、ティルメアは交通標識を禁止を意味する表記に切り替え殴りかかった。
     左肩へと叩き込みながら、静かな想いを巡らせていく。
     ほぼ、救済のための行動は完了した。
     後は、目の前のシャドウを倒すだけ!
    「それでは、行きましょう。できるだけ早く、和俊さんを救い出すために」
    「ええ、行きましょう。和俊さんに、正しい力の使い方も教えるためにも」
     いち早く呼応した八千華は加速する。
     足に炎を宿していく。
     ティルメアが飛び退くタイミングでシャドウの懐へとスライディングで入り込み、下からすくい上げるかのようなサマーソルトキック!
     打ち上げられたシャドウに向かい、なつみが盾を掲げながら跳躍。
     顔面にぶち当て、シャドウを下にする形で着地した!
    「ぐ、この!」
     怒りに燃えるシャドウの拳は、オーラを二重、三重に重ねて受け止めた。
     それでもなお力を込め貫かんとした拳を、横合いに回り込んだヘル君の機銃が押し返していく。
     首尾よく退避していくなつみには、真理が柔らかな光を注ぎ込んだ。
    「大丈夫。和俊さんとマサさんだけじゃない。私達も、誰一人として倒れさせたりなどしません!」
    「さぁ戻ってくるんだ。まだやってないことだってあるでしょう。ここでシャドウに飲まれちゃ全部パーだよ、パー」
     呼応する形で、右腕を刃に変えたハノンが飛び込んだ。
     立ち上がらんとしたシャドウの左肩を抑えつけ、手首を返して首筋を打ち据えていく。
    「ぐ……」
     倒れたまま転がりながら、シャドウは狙いも付けずに影の弾丸を撃ち出した。
     光理は帯で容易く打ち払い、サファイアが填め込まれている白銀の杖を掲げていく。
    「畳み掛けて、決めてしまいましょう」
    「続いてくれ」
     魔力の矢が降り注ぐ中、勇騎がシャドウの懐へと踏み込んだ。
     錫杖で体の中心を軽く突き、魔力を爆発させていく。
     シャドウの体が跳ね上がる。
     小さなうめき声を上げながら、それでも体勢を整え直そうともがいていく。
     着地する事はかなわない。
     ディエゴが受け止め、抱え上げたから。
    「ちっせェ身体で頑張ったアイツと、騙し討ちしかできねェテメェ。どっちが強ェかは言うまでもねェわな」
     遥かな空へと放り投げ、自らもシャドウに向かって跳躍。
     夕焼けを背負う形で黄金郷を掲げるキックを放ち、シャドウを大樹へとふっ飛ばした。
     大樹が激しく揺れる中、ディエゴは着地しシャドウへと歩み寄っていく。
    「あ……」
     遠くで、マサが驚くような声を上げていた。
     視線は向けず、ディエゴはシャドウを……和俊を引っ張りあげていく。
    「ん……」
     小さな声を上げた後、和俊はゆっくりをまぶたを開けた。
     救い出すことができたのだと、ディエゴは肩を貸しながら仲間の、マサの下へと向かっていく……。

    ●新たな旅立ち
     合流の後、各々の状態を確かめていたなつみは安堵の息を吐きだした。
    「けが人はいないみたいですね。無事に済んで良かったです」
    「ああ、本当にありがとう。お陰で助かった」
     頭を下げていく和俊。
     笑いながら、その背中を叩くマサ。
    「最初、あんたたちを見た時は何事かと思ったし、いきなり猫が消えちまった時はどうしたのかと思ったが……無事ですんでよかったぜ、ほんと」
     真剣味を帯びた締め括りに、頷き返し笑う和俊。
     優しく見守りながら、勇騎は提案する。
    「ところで、俺達は武蔵坂学園って所に所属してるんだが……」
     改めて世界の事、ダークネスの事、灼滅者の事、学園の事を説明。
     締め括りとして、八千華が問いかけていく。
    「私、貴方に力の正しい使い方、教えたいな。ねぇ、一緒に来ない?」
    「……」
     和俊は力強く頷いた。
     視線をマサへと移し、笑いあいながら、労いを受け取り変わらぬ友情をかわしていく。
     ひと通りのやり取りが済み、ひとまず学園へ……となった頃合い。ティルメアは向かう方角を指し示しながら、微笑んだ。
    「それじゃ、行こうか。和俊さんの……マサさんの親友で、オレたちの友達の新たな門出へ」
    「……ああ、よろしく頼む!」
     力強い言葉とともに、歩き出していく和俊。
     その背中を、やり取りの一部始終を見守っていたハノンは、しっかし……と肩をすくめていく。
    「またカワイイ、マジックキャットと良い勝負なサーヴァントが来たと思ったら、消えちまうとは。ま、あんたの心かどっかには残ってるんろうが……」
     翼を持つ猫は、和俊の心のようなもの。
     あるべき姿を取り戻せば、元通りになってしまったのも必然か。
     しかし、きっとまた出会えるはず。きっと、そう遠くない未来に出会えるはず。
     灼滅者たちは新たな仲間の門出を導くため、新たな友人との出会いに期待をよせて、マサを家へと送り届けた上で武蔵坂学園へと向かっていく。
     親友を守り、闇に抗い続ける事ができた和俊なら、きっと……。

    作者:飛翔優 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年2月16日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 6
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ