●ご検討頂きありがとうございました
平和な午後の陽は、突然翳った。
人の行き交う通りの真ん中で、突然地響きとともにアスファルトが砕けて舞いあがる。漂う粉塵には血煙りが混じっていた。
人々が驚愕の表情ですり鉢状に砕けた穴を見ると同時、ビルの傍にいた人々の首が飛ぶ。
「失礼しますよ。ビジネスですので急いでおります」
血を噴いて倒れる人々を踏みつけ、飛び下りてきたスーツ姿の青年が一礼した。
「……ふざけやがって」
穴の縁に手をかけ、這い上がってきた血まみれの少年が唸り声をあげた。
弾かれたように悲鳴がこだまする。逃げ出す人々を尻目に、穴から這い上がった少年へ青年が笑顔で名刺を取り出した。
「大真面目ですよ。貴方のその斬新な武器を、当社でも取り扱いたいだけです。お話を聞いて頂けませんか……あ、改めて名刺を」
「斬新コーポレーション営業部の川島だろ? なんべんも言ってるけどな、生憎こいつは俺専用だ。あとしつこいんだよお前は、毎日毎日!」
優勝旗をアスファルトに打ちつけたのは五十嵐・威吹。獄魔覇獄でシン・ライリーの配下として戦ったアンブレイカブルは、腹部に食い込んだ名刺を引き抜いて地面に叩きつけた。
「そうですか、残念です」
川島という青年があっけらかんと嘆息すると、肩を竦めて企画書を取り出した。
「私は貴方への営業に時を費やしましたし、獄魔覇獄の際、部下が随分貴方に殉職させられました。契約が成立しないなら、その斬新な武器が他所に取られる前に貴方の首を頂かなくては、私も立つ瀬がないのです。ご理解下さい」
「ストーキングの挙句に文字通りのヘッドハントかよ。マジねーわ」
忌々しそうに威吹は舌打ちした。
連続の戦闘で疲弊し、傷は思った以上に深い。だがそんなことより、もう川島の顔を見るのが我慢ならない。
「……あー、なんかスッゲェあのクソまずいラーメン食いたくなってきた」
武人の町のラーメン屋を思い出し、威吹は獰猛に笑った。
ビルひとつを倒壊へ追いやった激突の果て。
ガラン。
優勝旗がアスファルトで跳ねて、消えていった。
●営業の名目での迷惑行為
なんとも複雑な表情で、埜楼・玄乃(中学生エクスブレイン・dn0167)は集まった灼滅者たちに予測の説明を終えた。
「武器が優勝旗だっただけで六六六人衆によるつきまとい事案発生とは、笑えん」
「最悪だなマジで」
宮之内・ラズヴァン(高校生ストリートファイター・dn0164)が腕を組んで唸った。
獄魔覇獄以来、威吹はこの営業部員に追い回されていたようだ。
両者は更に一般人を巻き込んで激突し、挙句に威吹が灼滅される。
「一般人の被害を防ぐのはもちろんだが、どうせ介入するなら戦果も欲しい。そこで私から提案させて貰う」
一つ、威吹が六六六人衆・川島に灼滅されるのを待って、川島を灼滅する。
二つ、威吹と共闘して六六六人衆・川島を灼滅する。
というのも、川島は威吹の灼滅にこだわるのだ。彼が生きている限り執拗に狙う。
だが灼滅できればとっとと撤退する。逃げられても撤退する。自分が危なくても撤退する。序列は不明だが、威吹との戦闘で怪我をしていて討ち取れる範囲内だという。
「五十嵐・威吹への対処は、直面する諸兄らに一任する」
共闘の後、威吹を灼滅してもいいし、そうしなくてもいい。言外にそれを匂わせ、玄乃はファイルを開いた。
威吹が川島に追われてビルの屋上に来るのが午後2時。
この時点でビルの屋上に近づけば、バベルの鎖に察知され、川島は威吹を追い立て別の場所へ移動してしまう。
屋上で戦闘が始まれば、そこから先は行動を起こしても察知されない。威吹が墜落してくるまで5分の猶予がある。だがビルの前は交通量の多い交差点だから、避難誘導は一人二人では追い付かない。
「避難誘導は俺も行って手伝おう。それが済んだら戦闘支援に回ることにする」
「そうしてくれると助かる。とにかく戦闘範囲内に人を残さないように」
ラズヴァンの言葉に玄乃が頷いた。
幸い川島も威吹も、一般人の動向は目にも耳にも入っていない。周辺の一般人を避難させ、身を潜めていれば、こちらの希望するタイミングで戦闘に介入できるだろう。
川島は殺人鬼のサイキックと手裏剣甲のサイキックを使用する。
威吹はストリートファイターのサイキックとオーラキャノン、ヴォルテックス、レガリアスサイクロンが攻撃手段だ。
「以前威吹に接触した者がいるかもしれんが、彼は今、頭に血が昇っている。共闘を希望する場合は、諸兄らの説得が必要なので注意して欲しい」
説明を終え、玄乃は眼鏡のブリッジを押し上げた。
「六六六人衆を灼滅できるのが一番だが、諸兄らの安全が優先だ。くれぐれも注意して当たって貰いたい」
参加者 | |
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三兎・柚來(無垢な記憶の探求者・d00716) |
影道・惡人(シャドウアクト・d00898) |
式守・太郎(ブラウニー・d04726) |
栄・弥々子(砂漠のメリーゴーランド・d04767) |
立花・銀二(黒沈む白・d08733) |
白波瀬・雅(光の戦士ピュアライト・d11197) |
マリナ・ガーラント(兵器少女・d11401) |
鷹嶺・征(炎の盾・d22564) |
●五分間
長い軌道を描いてビルの屋上へと降り立った二人の影。
面倒そうな少年を追って青年が少年の足を深々と斬り裂く。ほつれた真紅の優勝旗が翻るやスーツの青年が一礼し、両者は激しい残響音を撒き散らして交わった。
「始まったぜ」
もっと高いビルの屋上からその光景を眺めながら、影道・惡人(シャドウアクト・d00898)は携帯片手に独りごちた。はるか下の地上で、携帯をしまった式守・太郎(ブラウニー・d04726)が血糊のついた包丁を取り出す。
「皆殺してやる!」
響き渡る非日常の叫び。
すかさず栄・弥々子(砂漠のメリーゴーランド・d04767)が強力な精神波を解き放つ。
「ナイフを振り回してる人がいるの、逃げてー!」
弥々子の言葉を裏付けるように、交差点の中央に太郎が包丁を振り回しながら走り出た。
「殺す殺す殺す殺す……!」
この上なくわかりやすい、学園の生徒ならばどこかの誰かを思い出す叫びがパニックを一気に広げた。全方位にぎらついた視線を向ける太郎からどっと人々が逃げ始める。
「さあ逃げましょう、ここは危険です!」
鷹嶺・征(炎の盾・d22564)が声を張り上げる。転んだお年寄りに手を貸しながら、立花・銀二(黒沈む白・d08733)も立ち竦む人たちへ叫んだ。
「急いで逃げてください!」
「あっちにみんな逃げてるから、一緒に逃げるんだおっ」
戸惑う女性たちへは、マリナ・ガーラント(兵器少女・d11401)が逃げ去る人の背を指して促す。威吹が落下してくる交差点を中心に散開し、白波瀬・雅(光の戦士ピュアライト・d11197)もパニックに陥っている男性の背を押し、交差点から遠ざける。
「こっちの交差点は危ないっす!」
悲鳴と怒号入り乱れる人々をさばきながら、三兎・柚來(無垢な記憶の探求者・d00716)はふと、ビルの上へ目をやった。
(「ずっと付け回されて攻撃されるって、フラストレーション溜まるね……これは、川島が悪い……」)
『通り魔』という目に見える危険を用意し、ビル周辺からはかなりの人を追い立てることができた。しかし逃げ散る大量の人たちに避難先を明確に指示するには、八人では少々手に余る。
「……ま、手は打ってるさ」
惡人は呟いた。避難誘導は仲間に一任してある。その間、両者の観察に徹し戦闘の癖を把握するのだ。
『手は打ってる』。それは八人の仲間だけの話ではなかった。
混乱の中に、一斉に散開して介入を始めた一団がいた。実に九十余名を数える、サポートに来た武蔵坂学園の生徒たちだ。避難先を見失いかけていた人々に明確な指示がとんだ。
「こっちじゃ、こっちに逃げねぇ!」
ガザ美やももの誘導で人々が流れを取り戻す。屋上から落下する空調の室外機を(パンチラで)蹴り飛ばした鉄子が、高所から誘導状況を確認する真熱と視線をかわす。惡人の依頼で集まった彼らだけではない。
「さて、いっちょやってやるか」
銀二の応援に来た治胡が呟くや、転んで動けない老婆を抱えて走り出す。
パニックテレパスを使う夜姫やルーシア、警備員を装った優歌や蓮二、天枷やユーヴェンスらも人々をビルから離すことに尽力した。
自ら炎を出して危機感を煽った阿久利や、狼の姿に戻った瑠乃鴉や白雪が人々を追い立て、由宇と狗姫、あずみや三ヅ星、紫王、イブ、采や千巻に奈落らが避難誘導に駆けまわる。先頭にたって人々を誘導する透、牡丹や祭莉と山吹、蒼真や恒汰、静佳やかじり、蘭らも一役かった。戸惑いながらクリスティも補助に奔走する。
避難方向の指示の為に千波が割り込みヴォイスを活用し、ホイッスルでいろはも効率的に誘導する。動けない一般人は雛菊やユーリー、リィザ、沙花に冬崖、葉らが自ら抱えて走り、国臣らがキャリバーを走らせた。
パニックを起こした人には花鶏の魂鎮めの風や、炯の王者の風、あるいは浪漫や夜桜らの強制輸送を敢行、状況を把握できない人には笙音が接触テレパスで避難を促す。
「みんながんばろー!」
シフォンの言葉で士気も上がる。マリナの無事を祈って静香は事前に水垢離もした。
『荒事屋・GG』の和守、色葉、無銘、竜鬼は避難誘導・怪我人の運搬・バリケードの準備と奔走。集められた車や資材を元に、ティルメアがバリケードを築き始めた。楓も手伝い、萌愛はロープを張り、朱音や錠、天摩は三角コーンも封鎖に用いる。【RiskBreaker】の八雲と耀も二人で封鎖できる拠点を築いて封鎖した。
一般人が迷い込まないようアリス、千波耶や一羽ら殺界形成もちが殺気を展開し始めると、敦真や空は事故等の説明で退け、胡散臭い演技を武器にクーガーが範囲を確保。遠間にアリッサや亞羽、極志に侑紀、マギや一夜が接近を阻む。川島が逃走した場合に備え、封鎖の為に瑠威や砂羽、菜々乃、巧に舞が手分けして配置についた。
それにしても、何故ダークネス同士の争いが絶えないのか。流希は考えていた。
長く、短い5分が過ぎ。
隕石でも落ちるような衝撃が、付近一帯を揺るがした。
●標的の少年
銀二が穿たれた穴の縁から身を乗り出すと、穴の底では五十嵐・威吹が唸っていた。その目が銀二とナノナノを捉え、ハートとか傷を癒す光とかが降ってくると訝しげに眉が寄る。
「なんだ、灼滅者?」
「お取り込み中ですが僕達もあのスーツの人倒したいのです! でもでも君と戦う理由はないので一緒に戦いましょう!」
「はあ?」
威吹が問い返すのへ、柚來も口を添えた。
「突然、ごめんね……いきなりで驚くかもだけど、共闘しない?」
「斬新な会社とは、こっちもちょーっと揉めてるんだおっ。セールスお断りならお手伝いするんだおっ」
穴から這い上がった威吹が不審げに柚來とマリナを眺める。そこへスーツの青年が飛び降りてきた。
「おや、もしやこれは競合相手でしょうか?」
川島・裂十至。途端に威吹の全身から、息も詰まるほどの怒気が噴き出した。
怖いなんて態度は出せない。弥々子は正面から共闘を呼びかけた。
「弥々子たちもあの六六六人衆を倒したい、の。あの人に付き纏われるの、もう嫌、でしょ? 一緒に戦えば、早く決着がつけられる、よ……!」
「ストーカー退治、協力します」
真面目そうな征に真剣な顔でそう言われて、威吹が唸るような声をあげる。
「俺のケンカに嘴突っ込もうってのかよ。邪魔するってんなら」
「ケンカしにきたのではないのです!」
ぶきゅっと銀二にナノナノを顔面に押し付けられ、威吹が一瞬固まった。半泣きのナノナノがぽろりと路上に落ちる。
「悪意ある敵に襲われているなら、ダークネスも人間も関係無いっす。それにアンブレイカブルと戦うなら全力で戦って決着を付けたいっすしね」
「彼を逃がさないためにも共闘したいのです」
雅に渡された肉そぼろおにぎりを見下ろす威吹に太郎が真摯に言葉を重ねる。そこへ威吹には聞き覚えのある声がとんできた。
「五十嵐! なぁ、お前はこんなとこで倒れる男じゃねえだろ!」
バリケードの向こう、和泉が声を張り上げる。その傍らでエリスフィールが手を振っているのが見えた。
「君の強さは私も身を以て知っているが……今は君も完調ではない様子」
「初めまして。五十嵐……さん?」
遠慮がちな声に振り返ると、積み上げられた車の陰からみをきが顔を出していた。
「貴方が消えれば悲しむ人を俺は知っている。それに俺自身もあんな奴に負けるのは癪ですから」
威吹に語りかけるみをきの隣で、壱は困ったような顔をしていた。威吹を『守る』ことにはなりたくない。戦うことにもなりたくない。協力しに来たのだ。
「今は生き残る道を探そう! その旗に誓いがないとは言わせない!」
上空を箒で飛びながら左斗彌が絞り出した叫びに、一瞬、優勝旗を握る威吹の手がぎしりと音をたてた。おにぎりを思い切り頬張る。
「もー! 威吹君コンクリに穴あけてもー!」
端では銀二がナノナノと一緒に、威吹がめりこんだ穴に欠片を埋め戻している。おにぎりを飲み下してから、威吹は一人暇そうな惡人に声をかけた。
「おまえはそれでいいのかよ」
「ぁ? こいつらがやりてーってんだからしゃーねーだろ」
仲間のしたいようにさせてやると決めている。威吹の意向には正直興味がない。惡人の返答に、威吹は笑いだした。
「いいぜ、乗った!」
名刺入れから名刺を取り出しながら、川島がのんびりと顔をあげる。
「五十嵐さん。その旗が貴方専用だという言葉を確かめさせて貰います。覚悟はよろしいですか?」
「来いよ、ストーカー野郎が!」
優勝旗を構え直して威吹が笑った。灼滅者たちをも冷ややかに眺めて、川島がネクタイを緩める。
●介入開始
川島の体からどす黒い殺気が湧き出し、川島の気配を消しつつ灼滅者たちへと覆い尽くさんと立ちこめた。
翻った真紅の優勝旗が風を巻き上げ、渦を巻いて生命を蝕むどす黒い殺気を引き裂く。柚來を飲み込まんとした殺気は征が庇ったが、名の通り川島の『領域』がじわりと前衛たちを侵した。
旗を引き戻した威吹が地を蹴り、川島の鳩尾あたりへ拳を叩き込む。どぼ、という音の割には素早く川島が跳び退った。追いすがった弥々子の片腕が異形のそれと化すや打ち据え、腕をあげて受け止めようとした川島のがらあきの胴へマリナの激しいギターのビートが突き刺さる。彼を包みこむ殺気の一膜が剥がれた。
銀二の掲げる盾が広がり、加護の力が前衛たちを包みこむ。ナノナノからは征へハートが飛び、太郎からも更に仲間を包む盾がかかった。
惡人は距離を詰める征から身を翻す川島を仲間ごしにオーラキャノンで狙撃した。腹部を貫通する勢いでよろけた懐へ、冷たい微笑みを浮かべた征が踏み込んで盾ごと拳を叩きつける。次いで川島の横に回り込んだ柚來の腕がぼこりと蠢いた。
「……ストーカーは、犯罪……だよ」
「人聞きが悪いですね」
冷笑するのも構わず、鬼のそれと化した腕で殴りかかる。確かに入ったはずの打撃が、しかしどこか軽そうなのは何故なのか。
「光の戦士ピュア・ライト! 行くっすよ!」
反対側に踏み込んだ雅の拳が、鋼も打ち砕く力で難なく脇腹に捻じ込まれた。
「――さて」
その次の瞬間、川島は二人の包囲を軽々と抜けて威吹の背後に回り込んでいた。
半瞬遅れた威吹の拳が、雷光を帯びて川島へ向かう。
その拳が届くより早く川島の企画書が頸を狙って閃き、一瞬の空隙へ滑りこんだのは銀二だった。防具ごと引き裂かれて血がしぶく。重い一撃で膝が崩れかかるのを銀二はなんとか堪えた。
「おい?!」
威吹が驚きの声をあげた。まさか自分を庇うとは思いもしなかったのだ。
「おや、余計なことを」
威吹の拳を紙一重でかわした川島がごちる。銀二を飲み込むように前衛が前に出て、戦線は再び川島めがけて絞りこまれた。
「ここで必ず倒します!」
人に害を為す宿敵は滅ぼさなければならない。拳を握りこんだ太郎が吠える。叩きつけた盾の一撃は威吹から川島の注意を逸らすため。したたか顔を殴られた川島が不満げに表情を歪めた。
「失礼でしょう、貴方!」
サイドに回りこんだ雅が、足を折らんばかりの蹴撃を見舞う。その間に、マリナが銀二へ意志ある帯を滑らせた。銀二を守るようにくるりとひと巻きして揺れる。
避難誘導を終えたラズヴァンが、築かれたバリケードを越えて参戦してきた。
●営業活動終了
怒りを誘われていると気がついた川島は、威吹単体から威吹を含む列を攻撃する戦法へシフトした。最悪の場合は威吹を諦めて離脱、も視野にあるのだろう。ただの紙で出来ているはずの名刺が灼滅者を切り刻む。
まともに受けた柚來が吹き飛び、築かれたバリケードにぶつかって止まった。
「生きてるか!」
川島へオーラキャノンを放った威吹が傍らに並ぶ。やっぱり、威吹と並ぶと俺……小さい、かな、という考えが柚來の胸をよぎった。威吹の背は二十センチほど高い。
「小さくても……アンブレイカブルには負けない、よ」
「その意気だぜ!」
(「あ……でも、年齢は俺のが上……なのかな?」)
ラズヴァンの祭霊光でいくらか楽になりながらも、ちょっと気になる柚來。
相手との距離を稼いで退路を確保したい川島の意図は、既に惡人の察するところだった。既に退路の一つに立ち塞がっている。
「おぅ、そっち頼むぜ」
振り返ればもう一つ、目星をつけていたルートには柚來が陣取った。
「此処で逃げたら、今までの苦労が水の泡……だね?」
ぎり、と川島の歯が鳴る。その様子を見て、征が冷笑を浮かべて更に抉った。
「ろくな成果も出せずに時間だけ無駄にして、営業に向いていないのでは?」
征めがけて川島が襲いかかる。喉を狙って死角へ飛び込むことがわかっていても、防げないのが六六六人衆の攻撃だ。
「ストーカー滅ぶべし!」
過去を思い出して苛立ちのままに、征も血を噴く傷口を押さえながら影を操る。刃を備えた影の鎖がしゃらりしゃらりと音をたて川島に絡みつき自由を奪っていく。その襟首を掴んで、威吹が強引に投げにいった。川島の身体が首が折れかねない勢いで落とされる。
「ぐっ!」
「職務に忠実なのは結構ですが、灼滅者にやられたままで良いんですか? 獄魔覇獄以降斬新は負け続きですよね、裂十至君!」
川島が放つ名刺をかいくぐって愛用の白マフラーを靡かせ、太郎が『サンライトブレイド』を閃かせた。ざっくりと斬り裂かれた川島が顔を歪める。
「お仕事も出来ず灼滅者に負けたとあれば、クビですねクビ!」
深い傷を癒しながら銀二が笑うと、ナノナノがハートで主を癒す。銀二や柚來の傷の深さは今や深刻だ。威吹もあと二度攻撃を受ければどうなるかわからない。
(「また何も出来ないの? 無力な自分が憎いなら私の力を求めなさい」)
胸の内で囁きかける声に抗いながら、マリナは必死にギターの弦を爪弾いた。その傍らで雅の縛霊手が展開すると川島の動きを封じるため輝きを放つ。
動きを見極めながら位置取りを続ける惡人のガトリングが、薬莢を撒いて火を吐いた。
「灼滅者ごときが……!」
怒りをむき出しにした川島の叫びにも、惡人は眉ひとつ動かさなかった。
「感情は戦闘の前と後にだけありゃいんだ、今は欠片もいらねぇ」
もはや生還は望めない。
威吹だけは灼滅せずにおかない、川島の斬撃は頸をフェイントに心臓めがけて放たれた。力を振り絞った一撃は胸を深々と抉り、激突の勢いで威吹がバリケードに突っ込む。
そんな渾身の一撃の後の隙を灼滅者たちは見逃さなかった。
距離を詰めた銀二の蹴撃に、散った火花から炎が灯る。肝臓を抉るように蹴り込まれた踵の勢いで体勢が崩れた川島に、弥々子の繰り出した螺旋を描く槍の一撃が突き刺さる。
「また厄介事になる前に、キッチリ灼滅させてもらう……ね」
泳ぐ身体の中心を、柚來の放ったオーラキャノンが貫いた。
川島が愕然と己の体にあいた穴を見下ろし、次の瞬間彼の体は小さな紙屑となって一瞬で散った。
●またいつか
バリケードにめり込んでいた威吹が発掘されたのは、それから5分後のことだった。征にいくらか体力を回復して貰って、威吹は深々と息をついた。
「お疲れ様でした。威吹さんもストーカーされていて大変でしたでしょう。そういえば、シン・ライリーさんはどうされてますか?」
征に問われて初めて、威吹があっという顔で固まった。
「俺、獄魔覇獄の後半からあのストーカーに追っかけられてたから、シンに顔出してねえんだ。やべー、祭りが終わったにしても一度挨拶しねえと」
立ちあがった威吹へ、太郎が表情を引き締めて声をかける。
「双方ぼろぼろなので、喧嘩は日を改めて行いましょう」
「今度会った時は、正々堂々……戦おうね」
柚來もこくこくと頷きながら太郎に続く。やるならベストな状態で真っ向勝負がしたい、その想いはこの場の少なからぬ者が抱いていた。
「そーだな。マジで一遍やろうぜ」
傷を癒され、庇われての戦い。
威吹の灼滅と同時に川島が撤退する危険があったから、生命の危険があったから。
灼滅者には理由があるにしても、不壊者の矜持を揺るがすものには違いない。強者との戦いの果ての死ならば受け入れられる。
けれど。
「正直むちゃくちゃむかついたけど、一応ありがとなって言っとくぜ。俺はもっと鍛えて、もっと強くなる。おまえらに金輪際、庇わなきゃなんて思わせないように鍛え直す」
優勝旗を肩に担いで威吹が笑った。ダークネスである彼の選択は、とてもシンプルだ。
「次はどこかで会ったとき、なの」
弥々子におう、と返した威吹が軽く地を蹴った。バリケードを飛び越え、少し低いビルの屋上へと身を運ぶ威吹に、セラフィーナが小さな包みを放る。包みをあけた威吹が、うなぎパイと飲料を見て破顔した。
「じゃあな!」
サポートに来ていた顔見知りたちへも手を振り、威吹は姿を消した。
「シン・ライリーの手掛かり、ないっすかねえ」
ぽつりと雅が呟いた。とある神社が気になっていた。
さて、バリケードを撤去し、一帯の封鎖を解かねばなるまい。
斬新コーポレーションの六六六人衆、川島・裂十至の灼滅は、かくて成った。
立ち去った威吹を追う術は今はないが、これが最後の邂逅となることだけはないだろう。
鮮烈に、今も、時は動き続けている。
作者:六堂ぱるな |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2015年2月26日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 17/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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