途切れた祈り

■リプレイ

●闇夜に助く
　鹿児島の空気は東京よりも澄んでいて、思わず「おいしい！」と声が出てしまうほどだ。しかも今灼滅者達がいるのは交通量の少ない山奥。状況的にゆっくりおいしい空気を楽しんでいる暇はないけれど、動くごとに肺へと吸い込まれる空気が、身体を中から綺麗にしてくれる気がした。
　エクスブレインの示した道筋をしっかり守って殲滅者達は征く。これならばダークネス達に察知されずに済むはずだからだ。ダークネス達に察知されてしまっては、咲達三人の救助が困難になる可能性がある。そう、彼らは何としてでも三人を助けだそうと決心していた。
「家族兄弟は大切にしてやんなきゃな……ゾンビは火葬だ火葬」
　佐藤・司（高校生ファイアブラッド・d00597）は小声でぼそっとひとりごちる。三人兄弟の長男である彼は、姉弟達に親近感を持ったのかもしれない。同じく姉弟達にシンパシーを感じたのは緋嵜・征人（小さき大帝・d04086）。山道をしっかりと踏みしめながら思う。
（「母の快復を祈願する姉と弟達、か……それを餌食にするなど断じて許さんぞ、腐れ外道共。絶対、護ってやる」）
　口には決して出さないが、彼も家族が大好きなのだ。だから、護ると心に強く誓った。
（「こんな時間に願掛けをするほど思われるお母さんは幸せ者……」）
　なんとかぼんやりとしたランプの灯りで山道を進んでいるが、依頼でなければこんな時間にこんな山の上に来ようと思わなかっただろう。リーファ・シルヴァーニ（中学生ダンピール・d07947）は灯りの届いていない左右を見回す。きっと神社にも街灯すらないのだろうと思いながら。
（「それを邪魔するだけでなく死後も冒涜しようとするゾンビ達……は必ず倒す」）
　自分のような境遇になってしまう子はあるべきではないと思う。皆殺しなど以ての外だと心の中で強く思って。
「助けられる命なら助けてあげたいしなー」
　エクスブレインの言う通りの経路で移動しているのだが、何となくこんなしんとした場所では沈黙が下りてしまう。それを破るように心の声を漏らしたのは海藤・俊輔（小学生ストリートファイター・d07111）だった。その声で自ら沈黙を強いていた灼滅者達の心が少し軽くなって。勿論大声は出せないのは分かっているが。
「ええ。長子は下の兄弟を守るもの。同じ姉としてこんな理不尽な悲劇は見過ごせません。家族を、こんな事で離れ離れになんかさせません」
　答えた詩夜・沙月（紅華の守護者・d03124）は自らの境遇を省み、心の中で付け加える。
（「……一緒に居るのが、普通の家族なんですから」）
「夜中にゾンビとは、B級映画でも観てる気分ですね。なんにせよ、一般人に被害を出すわけにはいきませんし、全力で排除しますか」
　確かに映画でよく有りそうな光景だが、これが現実なのだからたまらない。
「頑張るニャ」
　天祢・皐（高校生ダンピール・d00808）と鍋島・たまき（陽だまり猫娘・d01398）も決意を新たにして頷き、足を進める。
「全員ケガを負わせずに帰してやりてえもんだ」
　鹿児島が母方の故郷だという古関・源氏星（オリオンの輝ける足・d01905）は一足早くこの地の空気に馴染んでいる気がする。すべてが上手く終わったら祖母の住む地元に寄っていきたいと思うのは、三人を守り切るという強い意志と家族への思いからか。
「社が見えてきました。灯りを消してください」
「はい」
　真っ暗闇の山道の移動は支障がありそうだったので、沙月のランプのみをつけて目的地を目指していたが、流石に社が近くなっては気が付かれるかもしれない。不安要素は全て排除しておきたい。皐の言葉で沙月はランプを消した。自然、一同に緊張が走る。
　物音を立てないように注意して、だができるかぎり急いで。一同は社の裏手へと出た。社の向こう側には人の気配がする。
「ねぇちゃあん……」
「二人共、私の後ろに、隠れて……」
　耳が痛くなるほどの静けさを乱すのは、ずるずるべちゃべちゃという耳障りな音。そして、怯える少年達とそれを守ろうとする姉の声。灼滅者達は頷き合い、そして駆け出した！

●闇夜に舞う
　いち早く姉弟とゾンビの間に割り込んだのは司だった。ぐるりとゾンビたちを見渡して、叫ぶ。その表情は心なしか生き生きしているように見えた。
「こんな時に敵を斬って焼き尽くしてこその力だよなぁ……むざむざやらせっか！」
「三人には手出しさせません」
「守ってみせる……」
　続いて皐とリーファが武器を構えてゾンビの前に出る。灯りをつけて光源を確保するのも忘れない。
「えい、やーっ！」
　タッ……ピョーンッ、スタッ！
「きゃっ」
　空中２段ジャンプで登場した俊輔はまるで社を飛び越えてきたかに見えただろう。突然の登場に驚いた姉弟達だが、それが小さな少年だとわかるとほっと胸をなでおろして。
「ボクたちが来たからにはもう安心ー！」
　姉弟たちには彼らが正義の味方のように見えているのかもしれない。なぜこんな所に人が沢山……そんな疑問よりも、誰かが来てくれた、その安堵が大きいだろう。恐怖にひきつっていた表情が多少安堵を帯びている。
　ズササササッ！
　弧を描いてブレーキをかけるようにしながら突然現れた一輪バイクにびくっと姉弟達が肩を震わせる。ライドキャリバーから降りた源氏星は咲に向かって叫んだ。
「コイツに乗りなッ！！」
「え、あ、は、はいっ……！」
　突然の指示に驚いた咲だったが、源氏星には有無を言わせぬ迫力があって。咲は言われた通りにライドキャリバーに跨るが……。
「きゃっ、あっ！？」
「危ないっ！」
　一般人一人では上手く制御できないようで、ライドキャリバーごと倒れそうになる。それを征人がぎりぎりの所で支えた。
「あー、制御が難しいか。仕方ねえ」
　がしがしと頭を掻いて源氏星はライドキャリバーに跨る。咲を後ろに乗せて。
「これならいけるだろ。しっかりつかまってろよ。ガキンチョどもは任せたぞ、緋嵜！」
「ああ。おい、行くぞ！」
　双子を両手に半ば抱えるようにして、征人は源氏星を追う。社の前にたどり着いた源氏星はたまきが開けておいてくれた社の扉の中に、手を引いて連れてきた咲の背を押した。次いで追いついた征人が双子を押し込む。
「あ、あの……」
「勝手に出て来やがったら、キツ～イげんこつ食らわしちまうぜ」
　説明している暇はない。左拳を見せて脅すように告げた源氏星だったが、その表情は「任せろ」と語っているようで。閉じられる扉、暗闇の中、姉弟達は抱き合って恐怖が過ぎ去るのを祈るように待つことにしたのだった。

●闇夜に舞う
　ゾンビ達が突然現れた闖入者達に目標を奪われてぼけっと立っているはずはなく、男性型がリーファ達前衛に向けて十字架から光を放った。それに呼応するように女性型が2体、順に俊輔と皐を狙う。
　灼滅者の中でいち早く反撃に出たのは司だ。縛霊手に内蔵した祭壇を展開し、女性型達に結界を張る。
「こいつらの動きはなるたけ抑えっから殴るのは任せた！」
「任されました！」
　その声にいち早く呼応したのは沙月。女性型のうち1体がうつろな瞳を社に向けたのを見て、そのゾンビに狙いを定める。カミの力による風の刃が敵を切り刻む！
「やられてばかりじゃないよー。攻撃は最大の防御だー！」
　俊輔は沙月と同じ敵に接近し、死角から獣の爪のようにしたオーラで斬りつける。効き目は十分なようで、足を斬り付けられた敵は動きづらそうだ。続いてリーファが真紅のオーラを纏った巨大な刀で敵を切りつける。与えた傷から生命力を吸い取り、自らの傷を癒した。
「社は狙わせませんよ」
　涼しい顔で右手に巨大な刀を持っていた皐の顔つきが変わる。刀を両手で持ち、力強い踏み込みで縦に敵を切り裂く！
　超弩級の一撃とそこから滲み出るプレッシャーが、敵を押さえつけるかのようだ。反撃をしようとした女性型はふらついて体勢を崩し、攻撃にならない。
「光と共に在れば、絶対に大丈夫ですニャ！」
　姉弟達の避難を手伝っていたたまきが戻ってきて、解除コードを唱えた。するとそのの印象が不思議と変わる。先程ののほほんとしたものからキリッとした表情へ。それは気合の現れか。
　司の結界が効いているのか、沙月を狙った女性型の攻撃が失敗したその時、征人と源氏星も戻ってきた。
「待たせたな」
「行くぜっ！」
　これで全員揃った。後は全力で戦うだけだ。

　男性型の放った裁きの光が司を撃ちぬく。だがまだ動ける、大丈夫だ。女性型2体はうまく攻撃ができずにもどかしげにしている。司は弱っている敵にチェーンソーで傷を与え、踊りながらの沙月の攻撃は狙い過たず女性型全体を捉える。
「行くよー」
　わざわざ宣言した俊輔だったが、その宣言が不利になることはなかった。口にしたその瞬間彼はすでに敵の死角に回りこんでおり、その服ごと切り裂く。
「ふらふらしてる……」
　リーファの呟き通り、集中攻撃を受けていた敵はふらついていた。今が好機。遠慮せずにリーファは刀を振り下ろし、重い一撃を加える。
　どさぁっ……音を立てて女性型が一体倒れた。素早く次の標的を見極め、皐は両手に持った刀を振り下ろした。
　カタ……先ほど敵が倒れた音で不安になったのだろうか、社の扉が揺れる音が聞こえた。たまきは振り返らずにそのまま、口を開く。
「大丈夫ですニャ！　貴方達は絶対に吾輩たちが守ってみせますニャ！」
「絶対に守って見せます」
　沙月も声をかける。その間にたまきはプリズムのような光り輝く十字架を降臨させ、光線を放つ。その光線は女性型3体を貫いた。
　女性型の攻撃が源氏星を傷つける。だがその傷は浅い。源氏星はオーラを拳に集め、凄まじい連打を繰りだした。容赦無い打撃に合わせるようにして、ライドキャリバーが突撃をかける。
「外道、断つべし！」
　征人の裂帛の気合と共に巨大な刀が振り降ろされる。刀の柄を壊しかねないほど強く握りしめられた上でのその一撃は敵に大きな傷を与え、膝をつかせた。その隙をついて司が結界を張る。次いで沙月が放った風の刃がトドメとなって、二体目がどさりと倒れ伏した。

　征人と俊輔のトドメで女性型が全て倒れる頃には、程度の差はあれ傷を負っていない者はいなかった。たまきと沙月、司を中心に回復を行ったお陰で今のところ誰一人欠けてはいない。
　残っているのは男性型のみだ。今までの攻撃を見るに、エクスブレインの言う通り侮れない相手だということがわかる。灼滅者達は男性型ゾンビを見、気合を入れ直す。
「男なら拳（こっち）で来いよ、大将」
　源氏星が鍛えぬかれた拳で殴る。まるで硬い岩で殴ったかのようなその一撃に挑発にされたことがわかったのか、男性型は半分飛び出た瞳を源氏星に向ける。ライドキャリバーが横から突撃を仕掛けた。
　征人は血色のオーラを巨大な刀に宿し、敵を斬りつけた。吸い取った生命力が征人を癒す。司の結界が敵を捉えた。
「海藤くん、回復しますね」
「ありがとうー」
　沙月の符を受けて回復した俊輔は小さい体で素早く動き、敵の死角を狙う。リーファの小柄な身体のどこからそんな力が生まれるのだろう、巨大な刀を振り下ろす超弩級の一撃。
　皐が右手で持った刀の鍔元から切っ先へと左手を滑らすことで、刀に血色のオーラをまとわせた。そのまま駆け込み、斬る、吸い取る。たまきが放った裁きの光条が、皐のつけた刀傷を追うようにして敵を穿つ。それでもまだ、男性型ゾンビはこたえていないようだった。さすがに一対一であたっても勝てないと言われただけのことはある。
　敵の創りだした十字架から放たれた光線が前衛を狙う。すぐさま源氏星とライドキャリバーが反撃に走った。
「うおぉっ！」
　征人の裂帛の叫び。身体の中に入ったものを吐き出すようにして。
「死んでまで酷使され気の毒だが……燃え尽きろ！」
　司の噴出した炎を纏った武器は、斬りかかると同時にその炎を男性型へと移す。敵は炎を払うような動作を見せたが、この炎は簡単には消えない。
「風よ……」
　沙月の喚んだ浄化をもたらす風が前衛の者達を優しく撫でていく。その風は傷を癒し、悪い効果を濯いでくれた。
　すっきりとした所で俊輔が敵の服を破るほどの攻撃を深く叩きこみ、リーファの赤い逆十字が敵を引き裂く。皐の踏み込んだ一撃で初めて、敵がふらついて見せた。
「みんな頑張るニャ」
　たまきが暖かい光を源氏星にまとわせる。治癒の効果を持ったその光は、敵の次の攻撃に備えるために彼女を包む。
　男性型ゾンビは再び十字架を呼び出して光線を放った。源氏星とライドキャリバーが突撃する。その背を追いかけるようにして、沙月は再び浄化をもたらす風を喚んだ。風は前衛を癒していく。
「ありがとな！」
　征人がオーラの逆十字で敵を切り裂く。司がカミの力で生じた激しい風の刃を放つ。畳み掛けるように俊輔がオーラの獣の爪で斬り裂き、リーファが重い一撃を加える。
「これで終わりにしましょう」
　両手で刀を持った皐が踏み込みざまに縦に斬りつける。
「ヴ、ヴヴァ……」
　耳障りなうめき声を上げて、最後の敵が神社の土の上に崩れ落ちた。

●闇夜は戻る
　それぞれ傷を追っている。だがいずれも深手ではない。誰一人欠けなかったことに安堵して、一同は息をついた。
「もう大丈夫ですよ」
　沙月が社の扉を開けると、不安そうに抱き合っていた三人の瞳に安堵の光が灯る。
　バベルの鎖のお陰で偽装工作などは必要がないが、さすがに声をかけておくべきだろう。
「もうおうちに帰れるよー」
「厄は、祓った……お母さんの調子が良くなることを祈ってる」
　俊輔が笑顔で双子の頭をなでる。リーファの言葉に咲はありがとうございます、と涙を浮かべた。
「ゾンビ達は咲さんを狙っていたようですが、それはゾンビ達を従えているノーライフキングの命令かもしれませんニャ」
「わざわざ狙ってくるということは、灼滅者などの何かしら素質があるのかもしれませんね」
　後方でたまきと皐が言葉を交している。それを聞いてか聞かないでか、司は優しい瞳で咲を見て。
「よく頑張ったな。怖いもんはやっつけた。ゆっくり休め」
　そして双子に向かって笑う。
「ちび助共ー男なら姉ちゃんは助けてやんなきゃいけないかんな……いつかの為に強くなれよー」
「こんな悪夢、さっさと忘れてしまう事だ。……母さんを大事にな」
　征人の言葉はぶっきらぼうだがどこか優しさを秘めていて。それはきっと伝わっただろう。
「さあて、ラーメンでも食って帰るか」
　伸びをしながらいう源氏星の言葉に、咲も双子も笑った。
　笑えるなら、きっと大丈夫だ。
　八人は優しい瞳で姉弟達を見つめた。

作者：篁みゆ	重傷：なし 死亡：なし 闇堕ち：なし
種類： 公開：2012年9月17日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
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