悪意の騎士と悪意の従者

    作者:波多野志郎

    『ガ、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
     下水道の中を、その咆哮が反響する。二体の蒼き異形――デモノイドだ。本来ならば通常の戦力にも満たない末調整品、だからこそこの『実験』に意味がある。
    『理解出来ませんわね? 何故、そのような真似を?』
    「あなたと私の見ている場所が違うから、でしょうね」
     出掛ける前、問いかけて来たパラジウムの問いに青年は今になって本音を返した。あの時に、どう適当に返したのかも覚えていない。本音を語るべき相手を、心得ているだけだ。
     ロード・クロム。ロード・ゲシュペンスト。そして、今は語らぬ人間の名を持つ者が、二体のデモノイド達へと告げる。
    「もしも、失敗作と呼ばれたお前達が生き延びたいというのならば、力で示せ、その存在意義を。私が――俺が、そのための力をくれてやる!」
     ミシリ! とクルセイドソードを引き抜いたロード・クロムは、悪意の騎士とも言うべき姿へと変身した。そして、右腕と一体化した刃を突きつけ、吼えた。
    「クロム、プラス、ジルコニア! 並びにクロム、プラス、チタン! 悪意を鎧えッ!」
     ガキガキガキ、と二体のデモノイドを金属が覆い、鎧となっていく。片方は重装甲、全てを受け止めて弾く重戦士。もう片方は、逆にスリムな女性的なラインを描く体躯の弓の使い手だ。
    「お前達が、ダークネスどもに弱者として切り捨てられるのならば、俺が拾って引き上げてやる。この舞台へな」
     ガシャン、と二体の悪意の従者の前に立ち、ロード・クロムは文様がごとき口を笑みの形へと歪め、言い捨てた。
    「行くぞ――クロムナイト」

    「……ロード・クロムって憶えてるっすか?」
     湾野・翠織(小学生エクスブレイン・dn0039)は、厳しい表情でそう語りだした。今や、朱雀門の主力の一人に数えられるまでになったデモノイドロード、未だ謎の多いレアメタルナンバーだ。
    「どうやら、今度も自分の力の実験のようなんすけど……」
     夜の繁華街、自身の力で強化した二体のデモノイド――ロード・クロム曰くクロムナイトを使って、虐殺を行なおうとしている。ただ、これは武蔵坂学園が現場に急行してくるのを見越した行動のようだ。
    「とはいえ、こっちが出なければ一般人が虐殺される訳で……罠とわかっていても、挑まない訳にはいかないっす」
     唯一の救い、あるいはそれこそが目的なのかもしれないが、クロムナイト達の元となったデモノイドは、失敗作と呼ばれ実力の低い者達だ。
    「とはいえ、ロード・クロムの能力で二体とも大幅に強化されてるっす。この時点で、ロード・クロムは手を出して来なくても強敵である事を覚悟して欲しいっす」
     ロード・クロムにとっては、これはあくまで実験だ。二体のクロムナイトがこちら相手にどこまで戦えるか? それを指し示すためのデモンストレーションなのだ。それを逆手に取れば、その場を切り抜けられるだろう。
    「一番いいのは両方を倒す事だとは思うんすけどね、片方でも倒せればロード・クロムは撤退するっす。戦況が厳しい、そう判断すればそうするのも手っす」
     戦場は、下水道の中だ。光源も必要となるだろう。二体のクロムナイトと戦う事を考えれば、かなり戦術を入念に練らなければこちらが押し切られるのは必定だ。
    「ロード・クロムが何を考えているかまでは不明っすけど、こちらとしてむ向こうの手札を知れる機会っす。一般人への虐殺を止める、それを第一に。その上で、敵の手の内を知るために、頑張ってほしいっす」
     クロムナイト化によってどれだけの強さを得る事が出来るのか? それを知るいい機会だ。翠織は、厳しい表情のままそう締めくくった。


    参加者
    狐雅原・あきら(アポリア・d00502)
    華宮・紅緋(クリムゾンハートビート・d01389)
    エリザベス・バーロウ(ラヴクラフティアン・d07944)
    エアン・エルフォード(ウィンダミア・d14788)
    神音・葎(月黄泉の姫君・d16902)
    龍造・戒理(哭翔龍・d17171)
    朔良・草次郎(蒼黒のリベンジャー・d24070)
    アガーテ・ゼット(光合成・d26080)

    ■リプレイ


    『ガ、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
     下水道の中を、その咆哮が反響していた。姿は見えなくともその声は聞こえる――神音・葎(月黄泉の姫君・d16902)は、凛と告げた。
    「誘いに乗らねばならないのは歯痒いですが……参りましょうか。鎧われた悪意を斬りに」
    「ああ、ロード・クロムが何を考えて動いているのか。ある意味では、俺達も試されているようなものだな、油断せずに行こう」
     葎の言葉に、エアン・エルフォード(ウィンダミア・d14788)がうなずく。仲間達と共に下水道を進みながら、アガーテ・ゼット(光合成・d26080)は一つの大きな罪の臭いを嗅いでいた。
    (「「絶対悪」はあるかもしれないわね……「絶対」を付けずとも「善」「悪」というものが何なのか分からない」)
     言葉にはしない。だが、自らの能力にも常に戸惑うアガーテにとって、それはあまりにも問いかけだ。
    『ガ、アアア、アアアアアアアアアアアアアアアアア――!!』
    「――来たか」
     三体のデモノイドは、そこにいた。戦闘にいた西洋甲冑がごとき姿のデモノイドロード、ロード・クロムへ狐雅原・あきら(アポリア・d00502)は笑って言った。
    「活きのいい実験体が来ましたヨー!」
    「ああ、ご苦労」
     あきらの軽口に、ロード・クロムは鷹揚にうなずく。その不遜な態度に、華宮・紅緋(クリムゾンハートビート・d01389)は言った。
    「こんばんは、ロード・クロム。ご招待ありがとうございます。できればもっと穏便にお願いしたかったですね」
     ロード・クロムの異形を前に、紅緋は真っ直ぐに視線を向けて言葉を続ける。
    「先輩は言いました。世界は遍く神の善に満たされていると。なら悪の存在は何故か。それは、「悪が存在している」のではなく「善が欠如している」から、と」
    「問答か、いいだろう。続けろ」
     だからこそ、ロード・クロムは紅緋の言葉を真っ向から受け止めた。
    「悪とは善というチーズに開いた穴のこと。単体では、決して独立して存在出来るものではありません。そして『絶対悪』とは、他者や世界だけではなく自分自身をも否定する故に、自ら滅ぶものだと――どうですか、ロード・クロム?」
    「なるほどな、その先輩とやらも中々に世界を穿って見ている。悪くない意見だが、こう訊ねておいてくれ」
     ロード・クロムの文様の口が、吊り上る。まさに、悪魔の笑みでロード・クロムはその問いを口にした。
    「『善を説く神が正しいならば、何故この世にダークネスが存在するのか?』――そして、『その神が、正しい証拠を持って来い』、とな」
    「I am Providence」
     エリザベス・バーロウ(ラヴクラフティアン・d07944)が、スレイヤーカードを開放する。黒くしなやかな黒猫を思わせる姿で、エリザベスは言った。
    「お前が絶対悪を名乗るのならば、私は仮にもヒーローを名乗る者としてそれを挫く。それだけだ」
    「ああ、それはシンプルで悪くない」
     ロード・クロムが後方へ一歩退いた。必然、後方にいた鎧に身を包んだ二体のデモノイドが前に出る形となる。
    (「『プラス、チタン』……レアメタルナンバーと接触した、って事か。目立った動きは見せねぇものの着々と戦力増強してやがる。……こいつらの情報網もなかなか侮れねぇモンがあるな」)
     朔良・草次郎(蒼黒のリベンジャー・d24070)は、目を細める。重戦士のデモノイドが前に出て、弓兵のデモノイドが弓を構える――龍造・戒理(哭翔龍・d17171)が鋭い視線で言い捨てる。
    「ディフェンダーとスナイパーか、来るぞ」
    「――やれ、クロムナイトども」
     ロード・クロムの声が、開始の合図だった。ヒュガガガガガガガガガガガガガッ!! と降り注ぐ弓兵の矢の雨、そこに重戦士が突撃する。
    『ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
     重戦士は、白光を宿した巨大な刃を豪快に葎へと振り下ろした。


     フ、と葎は息を吐きながら、その場に踏みとどまる。表情はそこにない、しかし、射抜くような視線で紅をまとった葎は言い放った。
    「貴方達を外へ出すわけにはいかない。灰は灰に。闇は深き闇へ還せ」
     ダークネスを呪う禍言を発し、葎は舞う。葎の剣の切っ先が逆十字を切った瞬間、弓兵をギルティクロスを刻んだ。
    「私が神音さんを回復させるわ」
    「わかった、列回復は任された」
     後衛でアガーテはそう判断、ラビリンスアーマーによる布の防護を葎に与え、回復させる。そして、フォローに入った戒理が掲げたシールドを拡大させ、前衛を素早く回復させた。
     ビハインドの蓮華は、素早く弓兵へと霊障波を繰り出す。それを弓兵は、弓を刃に切り払った。
    「……クリスタライズってのは本当に厄介なモンだな。けどまぁ、観察できる良い機会でもあるし。じっくり見させてもらうぞ?」
     青黒い肌と六腕を持つ異形の人型となった草次郎は、ガガガガガガガガガガガガガガガガガガッ! とガトリングの乱射を弓兵へと叩き込もうと撃ち放った。しかし、それを重戦士が許さなかった。その重装甲の体を壁に、弾丸を受け止めていく――。
    「力を示し、自ら勝ち取る……そういう考えは嫌いじゃないよ」
     エアンが刻むギルティクロスが、弓兵を切り裂く。牽制に弓兵は寄生体の矢をばら撒くが、それを灼滅者達は素早く掻い潜って行った。
    「華宮・紅緋、これより灼滅を開始します」
     紅緋が手をかざした瞬間、ヒュゴォ!! と赤い旋風が巻き起こり、重戦士の巨体を揺るがす。その間隙に、あきらは生み出した漆黒の弾丸を弓兵へと投げ放った。
    「実験であればボクなら何時でも付き合ってあげますヨ?」
     ギギン! と弓兵の装甲が火花を散らす。そして、あきらへと襲い掛かろうとした重戦士に対して、しなやかな体で駆け抜けたエリザベスが死角から襲い掛かった。ザン! と猫の爪を連想させるBast & Sekhmetで重戦士の足を切り裂いたエリザベスは、自分達とデモノイド達へ向けられるロード・クロムの視線に気付く。
    (「悪を成さねば自己を保てない奴らを哀れに思う気持ちがないわけではない。絶対悪が必要だという奴の謂いにも成る程、一理あるのだろう」)
     だが、そんな想いを表には出すつもりはエリザベスには微塵もない。仮にもヒーローを名乗る今の私は、そういう存在だ――その自負を持って、エリザベスは告げた。
    「悪を名乗る哀れなものよ――我を恐れよ、ラヴクラフティアンを」
    「恐れ、か。ならば、問いたいもんだ」
     ロード・クロムが、口を開く。そして、問いかけた。
    「デモノイドとは、理性なき新たに生み出されたダークネスだ。しかし、その中から俺達のようなデモノイドロードが、確かに生まれた。その差が悪だと言うのなら、あるはずだ――その境界線を引ける、基準が」
    『オ、オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』
     理性なきデモノイド達が、咆哮する。その声の中、ロード・クロムは本音を紡いだ。
    「俺は求める、その基準を。絶対悪を――それさえあれば、デモノイドは本当の意味で独立した闇となれる。己を奪われる同胞に確個たる自我を、俺が望む絶対悪とは、そういうものだ」
    「――ならば、何故、朱雀門に組みをする?」
     戒理の疑問は、その場にいた者全員の疑問だ。弱兵の強化、それは集団戦向きな力であり脅威であると戒理は判断していた。しかし、真に倒すべきは、デモノイドを創り出した者と、それを利用しようとする朱雀門だと思っていた――。
    「クカカ」
    「てめぇ、最初っから朱雀門を利用するつもりで――」
     笑うロード・クロムに言いかけた草次郎の言葉が、重戦士と弓兵のデモノイドの攻撃に遮られた。肯定も否定も、ロード・クロムはしない――そして、問いかけの時間は終わりを告げた。
     あきらは、ニコリと微笑んでクロムへ言い放つ。
    「実験を楽しもうじゃないか、『悪意』さん?」
    「ああ、楽しもうぜ?」


     下水道に、戦闘音が響き渡る。無数の光源が暗闇を払い、その中をエリザベスは黒猫のように駆け抜けた。
    (「――強い」)
     そう表現するしか、なかった。この二体のデモノイドは、それぞれが並みのダークネス一人に相当する戦力を確かに有している。
    (「あれが、元は弱兵……確かに脅威ね」)
     最後衛から戦況を把握するからこそ、アガーテは正確に状況が理解できた。二体を撃破するのは、困難だ。だからと言って、一体に集中すればもう一体が完全なフリーになる――現状、選択した作戦こそが最上だ。
    「バーロウさん、華宮さん、そっちをよろしく」
    「はい」
     アガーテの言葉に、紅緋の足元から影業『モンラッシェ』が立ち上がる。赤黒い影は刃となって、重戦士へと降り注いでいく――その中を、構わず重戦士は駆け抜けていった。
    『ガア、アアアアアアアアアアアアア――』
    「させるか」
     紅緋へたどり着く直前、エリザベスが目の前に立ち塞がる。音もなく降り立ったエリザベスは、Bast & Sekhmetを振るい、重戦士を切り裂いた。だが、ギギギン! と装甲で火花を散らしながら、重戦士はDMWセイバーでエリザベスの胴を薙いだ。
    「弓からも行くよ!」
     エアンの声にエリザベスが反応するよりも速く、弓兵のDCPキャノンを戒理が庇う。そこへ、弓兵が再行動――寄生体の矢を雨のように降り注がせた。
    「やすやすと逃がすわけにはいかねぇな」
     射た直後に移動しようとした弓兵へと、草次郎は妖冷弾の氷柱を全力で投擲する。そして、あきらもPSYCHIC HURTSの銃口を向けてガガガガガガガガガガガン! と爆炎を宿した銃弾を次々に撃ち込ん行った。
    「なかなか、やるみたいじゃない? ちょっと、弱そうだけどね!」
     あきらが楽勝さをアピールするのに軽口を叩いている間に、エアンはPercevalの輝きを砲弾へと変える。
    「今の内に、回復しておいてくれ」
    「わかったわ」
     エアンが弓兵にオーラキャノンを、叩き込む。ドォ! と鈍い爆発音が轟く中で、アガーテはエリザベスを祭霊光によって回復させた。それに、戒理はワイドガードを再び展開させる。
    「蓮華、今は重戦士へ」
     戒理の指示を受けて、蓮華が重戦士へと挑みかかっていく。ギ、ギギギン! と霊撃と刃がぶつかり合う――その間に、葎がヴァンパイアミストを漂わせ、前衛を回復させた。
    「凌ぎきりますよ?」
    「あぁ、数の利、チームワークはこちらにある……長期戦は覚悟の上だ。じっくり削っていこう」
     葎の言葉を、エアンが肯定する。焦って責めて、誰かが倒れれば取り返しがつかなくなっただろう――だが、最初から覚悟が決まっていれば、準備は出来る。だからこそ、二体のクロムナイト達の攻防に耐え抜く事が出来たのだ。
     危うい綱渡りだ、一手の狂いが状況を不利にする――だがそれは、逆に一手の妙手がこちらを有利にする事も意味していた。
    『ガ、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
     葎の一撃を重戦士は、強引に叩き込む。非実体化された巨大な刃が、葎の胴を薙ぐ――そこへ、弓兵は狙いをつけた。
     しかし、葎は動かない。
    「大丈夫、通じるようですね……」
    『が、は!?』
     背後から弓兵の攻撃を受けて、重戦士がよろめいた。催眠状態による誤射だ――その隙を、エリザベスは見逃さなかった。
    「集中狙いだ!」
    「はい! モンラッシェ!」
     エリザベスの足元から曖昧模糊としたクリーチャーを模した影が、紅緋の足元から赤黒い影の刃が弓兵へと放たれる。クリチャーに飲み込まれ、赤黒い影の刃に切り裂かれた弓兵に、あきらは漆黒の弾丸を射出した。
    「追い討ちもじゃんじゃんするよー!」
     ドン! と弓兵の胸をあきらのデッドブラスターが撃ち抜く。よろめいた弓兵に、エアンは魔導書を開き、大量の魔法光線――アンチサイキックレイを叩き込んだ。
    「行ける、このまま押し切ろう!」
     エアンの言葉に、仲間達が同意する。次の手番に回させない――ここが決め時だ、そう灼滅者達は全力を尽くす!
    「月は全てを紅に――!」
     紅の輝きと共に、鬼がごとく妖しく舞って葎は制約の弾丸を放つ。肩を撃ち抜かれた弓兵が、大きく体勢を崩した――そこへ、蓮華の霊障波と戒理の変形させた腕の砲塔から放った死の光線が重なった。
    「やれ――!」
    「おお、そろそろ潰させてもらおうかい」
     ガガガガガガガガガガガガガガンッ! と草次郎のガトリング乱射が、弓兵を穿っていく。まるで、風に煽られた紙人形のように弾かれた弓兵が壁に叩き付けられ、そのまま立ち上がる事はなかった……。


    「なるほど――潮時か」
     ロード・クロムの言葉に、重戦士が一歩退いた。葎の傷は、しっかりとアガーテが回復していた――誰かを落とせる確率は低い、そうロード・クロムは判断したのだろう。
     人間形態へと戻ったロード・クロムは、その眼鏡を押し上げながら薄い笑みを浮かべて言った
    「退くとしましょう。まさか、これ以上やって私を挑発しよう、なんて思わないでしょう?」
    「……そうね、これ以上は無意味ね」
     お互いに、と言うアガーテの判断に、ロード・クロムは満足げにうなずく。ここまで疲弊してなお戦おうというのなら、ロード・クロムも加勢に入りかねない。何にせよ、これ以上の戦いにお互いに意味を見出せない。
    「それなりの成果は見られました。このデモノイド達でも、私のクリスタライズがあればあなた方と十分に戦える、と」
     ロード・クロムは、そう踵を返した。重戦士も、それに従う。その背中に、戒理は言葉を投げかけた。
    「まぁ動機はどうあれ感謝しているぞ、お前が連れてきたから、もう救いようのなかったあいつは、これで楽になれた」
    「……ですか」
     ロード・クロムも振り返って、答える。微笑、でありながら、そこに感情を見せる事はない。その視線を真っ直ぐに受けて、戒理は続けた。
    「お前は前に言っていたそうだな、ここは地獄と。それは正しい。だが、絶望も希望も、所詮は己れで見つけるものだ。既に地獄の先に、俺は居る」
    「デモノイドヒューマンのあなたの言葉だ、確かにうなずける点はあるでしょう」
     しかし、無意味だ――そう言外に、ロード・クロムは切って捨てる。そのロード・クロムへ、あきらはあっけらかんと告げた。
    「そうそうメガネは赤フレームが似合ってますヨ?」
    「……ですか?」
     ロード・クロムは眼鏡を押し上げながら、そう一言だけ残して去って行った。その姿が消えて、あきらは伸びをしながら言った。
    「あー、疲れた」
    「彼女の待っている家に帰って、ゆっくり風呂にでも入りたいな」
     エアンも、しみじみとそうこぼす。とにかく、虐殺という最悪の結果は回避出来た。しかし、思わずにはいられない――これは、一つの始まりに過ぎないのだ、と……。

    作者:波多野志郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年2月24日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 25/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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