犬よ、犬よ

    作者:麻人

    「行かないか、動物園」
     炎帝・軛(アポカリプスの宴・d28512)は唐突にそう切り出した。授業前の教室。集まった灼滅者たちを見渡して、告げる。
    「高知土佐犬怪人が現れた」

     ご当地怪人とは間違ったご当地愛を振りかざして悪事を働くダークネスのことである。最終的には世界征服を目論んでいるという噂だが、やっていることと言えばとにかく――はた迷惑!!
    「…………」
     彼は今、西武線沿線にある動物園に来ていた。尻尾はズボンのなか。耳はフードで隠している。中高生くらいの少年に見えた。
    「学生1枚」
     入場券を買って、中に入る。
     迷わず彼――土佐犬怪人が向かったのは、ライオンのいる檻だった。
    「…………」
     にやり、と怪人は不敵な笑みを見せる。
    「こいつは強そうだ」
     目が合ったライオンは瞬時に敵だと認識したようだ。唸りをあげる。応えるように怪人も喉を鳴らした。一瞬即発の気配。
    「きゃー、ライオンかわいい!」
    「かわいくねーよ、こうやって食べちゃうんだぞ、がおー!!」
    「きゃー! 食べちゃダメ―!!」
     彼らの後ろを緊張感のないカップルが歩いていった。

    「どうやら自分の強さを証明するために、百獣の王に勝負を挑もうとしているようだな」
     軛が呆れたように言うのも無理はない。開園中の動物園でダークネスが暴れるような事があれば大事件だ。
    「止める」
     だから、と軛は協力を依頼する。
     なにしろ相手は強さを証明するために敵を求めているのだ。非常に好戦的であり油断すれば危ない。しなやかな動き、獰猛な牙と爪。そしてなにより、恐れを知らぬ性格は倒しきらない限り絶対に引くことはないだろう。

     つまり、これは正面きっての力比べ。
    「望むところだ」
     戦いこそが自らの証明であると言いきる少女は、真っ直ぐな瞳で告げた。 


    参加者
    百瀬・莉奈(ローズドロップ・d00286)
    アーネスト・シートン(動物愛好家・d11002)
    エルシャ・プルート(スケッチブックと百面相・d11544)
    外道・黒武(お調子者なんちゃって魔法使い・d13527)
    由比・要(迷いなき迷子・d14600)
    カリル・サイプレス(京都貴船のご当地少年・d17918)
    天神・緋弥香(月の瞬き・d21718)
    炎帝・軛(アポカリプスの宴・d28512)

    ■リプレイ

    ●冬の動物園
    「わー、ほんとにカップルばっかり」
     マフラーを巻き直して百瀬・莉奈(ローズドロップ・d00286)が言うのも無理はない。本当に小さな子供連れ以外は半分近く恋人同士なのでは? といった雰囲気の男女があそこにもここにもそこにも!
    「大学生ってもう春休みなのかにゃー?」
    「ああ、大学は単位制ですから。自分で時間割を決められるんですよ」
     と、アーネスト・シートン(動物愛好家・d11002)。
    「そうなの?」
    「はい。ですから、今日は講義が少ない人たちなんでしょう。もちろん、さぼっているという可能性もなくはないですが」
     なるほど……と首を傾げるエルシャ・プルート(スケッチブックと百面相・d11544)。まるで誰かの視線に気づいたような顔でスケッチブックにサインペンを走らせる。
    『動物園です!』
     まるでテレビ局のADが差し出すカンペのようだ。
    『向かうのはライオンの檻です。さて、どっちに……?』
     あっちだ、と声を上げたのは外道・黒武(お調子者なんちゃって魔法使い・d13527)である。案内板を携帯で撮影しているようだ。
    「えっと、今いる場所がここだから……」
     由比・要(迷いなき迷子・d14600)は唇に指を当て、きょろきょろと辺りを見回した。
    「中央広場がそこで、ライオンがあっち……ここまで誘導できるかな?」
    「やってみましょう」
     髪を耳にかけ直して、天神・緋弥香(月の瞬き・d21718)は走り出す。炎帝・軛(アポカリプスの宴・d28512)が頷いた。やれやれと肩を竦めながら―――。
    「調教開始だな」
    「闘犬用の配合種なんでしょ……危険過ぎるわ」
     緋弥香は呆れたような吐息をついた。
     そうですよ、とアーネストの眼鏡がキラリとひかる。
    「闘犬に使われる、結構噛み癖の悪い危険犬種です。どの道、放置はできませんね……おっと」
     すぐ近くで獣の吠え声がして、アーネストはつられたように顔を上げた。檻――というよりは透明な板で区切ってある。それを挟んでにらみ合う、百獣の王と少年。
    「やる気まんまんだな! よし、勝負……って、そういやこの中にどうやって入りゃいいんだ?」
     コンコン、と透明な柵を叩いている高知土佐怪人の前に「てりゃー!」とばかりに何かちっこいものが滑り込んできた。
    「な、なんだ!?」
    「貴船の申し子、カリル・サイプレス(京都貴船のご当地少年・d17918)なのです!」
    「おっ、おっ、おっ!!」
     ぐいぐいぐい、と怪人を檻から遠ざけるように体当たりしながらヒーローとして正々堂々と名乗りを上げるカリル。
    「ご当地ヒーローだと!?」
     灼滅者――噂には聞いたことがある。
     とっさに構える怪人の気を口笛で引いて、外道・黒武(お調子者なんちゃって魔法使い・d13527)はちょいちょいと手のひらを上向け、誘う。
    「へーい! ユー! 君、君君。あ、俺俺詐欺とかみたいな事じゃないからね?」
     さすがお調子者なんちゃって魔法使い。
     うさんくささマックスである!!
     黒武はさささっとライオンを背にかばい、怪人から見えなくする。ライオンが移動するので、合わせて蟹歩きのように左右に動く。妙な仕草だ……。
    「何やってんだお前、邪魔するなよ!!」
     もっともな突っ込みだが、要は花がほころぶような微笑みで受け流す。
    「あのさ、ライオンも確かに強いけど……僕たちじゃ駄目かな?」
    「僕たち?」
    「私達よ」
     緋弥香が当たり前のように言った。
     一歩、不自然にならないように下がると怪人はつられたようにそちらへ進んだ。緋弥香は神妙な顔つきで続ける。
    「動物園で牙を抜かれて温い生活しているライオンなんか倒しても誰にも認めて貰えませんわ……」
     その時、肩越しにライオンが不機嫌な唸り声をあげたので黒武は吹き出しそうになった。それに、と軛が口添える。
    「お前、ダークネスだろう。唯の動物に勝ったところで自慢になるのか」
    「はっ、言われてみれば……!!」
     どうやら怪人は本気で気づいていなかったらしい。
     闇に染まる瞳、四つん這いになって喉を鳴らす――戦闘態勢に入ったのだ。説得が効いたらしく、彼の興味はいま、ライオンから灼滅者達へと変わっていた。
    「なら、お前たちを倒す!!」
    「私達は可也強くてよ」
     力を解放し、白い指先で紫蘭月姫【緋】こと妖槍を掴みとる緋弥香。伏せたまぶたを再び開けた時には纏う雰囲気が僅かに変わる。
    「そうだよ! 莉奈たちは強いんだからっ」
     お揃いのマテリアルロッドとエアシューズを装備して、莉奈は軽く手を広げた。瞬間、戦場の音という音が外界から遮断される。サウンドシャッターだ。
    「よろしくね、ポチ」
     にっこりと微笑む要が表情とは裏腹に王者の風を発動。もし空から動物園を見下ろすことができれば、その途端、中央広場からライオンの檻にかけて波が引くように人がいなくなったことがわかっただろう。
    「誰がポチだ!」
    「ほら、お手お手」
    「ぐあーっ!!」
     怒り心頭の怪人に追い打ちをかけるアーネスト。
    「この一般的な生活の場では、噛み癖の悪い犬は危険だと判断されても仕方ないと思います。どの道、高知の怪人が埼玉に何の用でしょうかね?」
    「うるさいっ! 最近読んだSF小説の舞台が埼玉だったんだよ!」
     四つん這いで駆け出す怪人をさらりといなして、アーネストは自信ありげに言った。
    「私達はあなたより強いですよ。一般生物の枠から外れたもの同士、こちらに来てもらいましょう」
    「そうそう。こんな知恵が見たまんまな獣何かより……もっと楽しく遊べるような事してみないかい?」
     親指で後ろのライオンを示しつつ、黒武はカードを翻す。短く解除コードを詠唱。妖槍を肩に担ぎ、はっきりと宣戦布告した。
    「久々に扱う力だけど……まぁ、何とかなるか。そんじゃま―すぐに倒れてくれるなよ? 闇の愚者が」
     彼らは一斉に布陣を作り上げながら、戦いやすい広場へと誘導する――!!

    ●強さと誇り
    『三秒後に戦闘始まります』
     まるでCM入り前を知らせるように、エルシャはあらぬ方向へプレートを出しつつスターゲイザーで戦場を飛び回る。
     星々が瞬く天の川を突き抜ける怪人の突進。
    「わっ!」
     すんでのところで回避した莉奈の周囲を生きた蛇のように蠢くレイザースラストが飛翔、怪人の肩口を貫いた。
    「がおっ!!」
     それでも止まらない。
     アーネストの打ち込む制約の弾丸、黒武の突き出す螺穿槍の穂先をくぐり抜けて疾駆する軌跡が炎を巻き起こして熱く燃え盛った。それを煽る――否、打ち消すのは要の風だ。清めの風が纏いつく炎から彼らの身を守り、保護する。
    「ヴァレン!」
    「おんっ!!」
     しっかり者の霊犬・ヴァレンは瞳を輝かせて幼い主人を援護。
     だから安心して盾になれる。
    「ヒーローとしてみんなを守ってみせるのですよ……!!」
    「やれるもんならやってみろ!!」
     正面から襲いかかる怪人の牙を受け止める、カリルの縛霊手。
    「くっ……」
     押しつぶされそうになる寸前、影でできた狼の群れが怪人を逆に襲撃した。彼は驚いた顔で飛びずさる。髪を白炎の色に染めた軛が佇み、影業を操っていた。僅かに対抗心のような色が瞳に浮かんでいる。
    「さて、どちらが強いかな」
    「……強さを証明する相手としては十分そうだな」
     にやっと怪人は笑って認めた。
     次々と襲いくる攻撃を正面から受け止め、思いきり力を解放する!!
    「っ」
     軽やかな足取りで爪を避け、緋弥香は涼しげな顔のまま言った。
    「今、何かなさったのかしら? その程度の攻撃しかできなくって……」
    「なら、これでどうだ!!」
     ぐるんっ、と思いきり体をひねって回転する怪人の周囲に竜巻のようなものが出現した。――レガリアサイクロン!!
    「気をつけろ」
     後方から軛が声を上げた。
    「にゃー!」
     猫のように顔を振って莉奈はシャウト。その間にもアーネストは淡々と呪文を紡ぎ、準備を整えていく。
    「ん?」
     不自然な身体の重さに怪人が気づいた時には遅い。
    『そこです』
     時を見計らったエルシャは身長よりも大きいのではないかと思うほど巨大なバベルブレイカーを掲げ、突っ込んだ後だった。
    「ぐはっ!!」
     正確に急所を撃ち抜かれた怪人はさすがに堪えたらしく、腹を抑えて膝を折りかけた。
    「力を望む、ねぇ……まぁ、力を望むんなら当然別の力が現れるって事を覚悟しておくんだな。例えば――」
     怪人の懐に潜り込んだ黒武が耳元でささやく。
    「暗い、昏い……それこそ冥き光(ヤミ)の深奥に幽閉された禁絶外法の力とか、ね」
    「なっ……」
     次の瞬間、怪人はまずいドッグフードの山に囲まれていた。
    「い、いやだ……そいつは確かにプロテイン増量だが、ひどく……まずい……!!」
     トラウナッックルの生み出す幻影に本気でおびえ、悲鳴をあげる。後ずさり、エルシャがまき散らしたグラインドファイアの炎にまかれて更に叫んだ。
    「いまならいけそう……お座りっ!」
    「きゃうんっ」
    「えっ」
     躾けられていたトラウマが効いたのか、怪人は要の指示に従って思わずお座りしてしまった。
    「はっ、ついうっか……ごふっ!!」
    「失礼! これでも手加減したのですが……」
     緋弥香は紅蓮斬の残滓を纏ったまましれっと呟き、軽やかに着地。その後ろから一直線に軛が突っ込む。途中でカリルと合流して、弾丸のように跳躍。
    「くっ」
     怪人は迎撃せんと身構えかけるが、身体が動かない。
    「なんだと!?」
    「さて、そろそろきつくなる頃ですね」
     すべては計算通り――アーネストは穏やかに告げた。
    「そろそろ終わらせてもらいますよ」
     うん、と莉奈が頷いた。
     握りしめたマジカルロッドに魔力が漲る――天真爛漫な微笑みとは裏腹に凶暴なまでの、火傷しそうなほどに激しい奔流。
    「莉奈、強い人好きだよ」
     でもね、と思いきりそれを振り回した!!
    「莉奈たちはもーっと強いの!」
    「がっ……」
     脳天ぶっとばされた怪人が体勢を立て直す前に、影が落ちる。跳躍していたカリルと軛の攻撃がとどめとなって怪人を仕留めた。
    「貴船キーック!!」
    「闇へ還れ」
     爆散する怪人の背後で、着地を決めた借りると刀をおさめた軛は互いを讃えるように視線を酌み交わす。
    「やはり、本来なら犬は温厚で、人間の友であるべきですね」
     アーネストはしみじみと言って、戦闘態勢を解いた。

    「トラの赤ちゃんかわいいにゃー!」
     モニターに映されたホワイトタイガーの子どもに莉奈ははしゃいだ声をあげる。隣では要もじっと見入って、子どもが少し動く度に目を瞬かせ、莉奈と一緒に指を差したりして楽しんだ。
    「次はペンギンを見ませんか。中にも入れるらしいですよ」
     動物好きのアーネストは案内図を手に率先して動物園をめぐる。
    「騒がしくしてごめんなさい……」
     去り際、緋弥香はライオンに向かって謝ったのだが彼は機嫌が悪かったらしくぷいっと奥へ引っ込んでしまった。
    『一件落着』
     エルシャはプレートを差し出して、にっこりと微笑んだ。
    「そういうことだな」
     と、軛は無表情のまま同意。
     まだ手ごたえの残る手のひらをそっと握りしめた。

    作者:麻人 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年2月23日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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