何もかも壊れてしまえばいいと思った

    作者:飛翔優

    ●そんなことしちゃいけないと心の中で叫んでいた
     小学二年生の少年、佐々木彼方は倒れていた。
     階段の下、地面を背にして。
     空を、階段の上で焦った表情を浮かべている同級生たちを見つめながら。
     風の音を、やばいどうしようなどと話している同級生たちの声を聞きながら。
     体中の痛みを、特に後頭部が痛むのだと感じながら。寒さに震える体を抱くこともできずに……。
    「っ!」
     不意に、彼方の体がはねた。
     ダメだとでも言うかのように必至に腕を震わせるも、動くことはない。
     ただ、蒼く染まる。
     肥大化する。
     蒼の巨人……デモノイドへと変わっていく。
    「……」
     デモノイドはゆっくりと起き上がり、階段の上へと視線を向けた。
     驚き動けぬ彼方の同級生たちを見つめ、走りだす。
     お前たちが最初の獲物だとでも言うかのように。
     あるいは、ただただ目についた存在を壊すのだと。
     恐らくは、彼方の思いに耳を貸すこともなく……。

    ●夕暮れ時の教室にて
     灼滅者たちを出迎えた倉科・葉月(高校生エクスブレイン・dn0020)は、真剣な表情で口を開いた。
    「佐々木彼方さんという名前の小学二年生の男の子が、闇堕ちしてデモノイドになる……そんな事件が発生しようとしています」
     デモノイドとなった彼方は理性もなく暴れ回り、多くの被害を出してしまう。
     今ならば、デモノイドが事件を起こす前に現場に突入する事ができる。
    「なんとかデモノイドを尺目津市、被害を未然に防いで欲しいんです」
     また……と、葉月は表情を和らげた。
    「デモノイドとなったばかりの状態ならば、人の心が残っている事があります。その心に訴えかけることができれば、灼滅した後に、デモノイドヒューマンとして助け出す事ができるかもしれません」
     救出できるかどうかは、デモノイドとなったものが、どれだけ強く人間に戻りたいと願うかどうかにかかっている。
     少なくとも、デモノイドとなった後に人を殺してしまった場合、人間に戻りたいという願いが弱くなるので助けるのは難しくなってしまうだろう。
    「ですので、被害を極力少なくするように立ちまわって下さい」
     続いて……と、葉月は地図を取り出し郊外にある公園を指し示した。
    「皆さんが赴く当日、彼方さんはこの公園の階段から落下します。理由は……」
     佐々木彼方、小学二年生。心優しいが気が弱く、引っ込み思案で要領が悪い。それをネタに、同級生からいじめを受けていた。
     当日も同級生にからかわれ、小突かれた果てに階段から落下。頭を打ってデモノイドと化す……と言った流れを辿る。
    「幸い、公園には同級生の他に人はいません。対処は楽に済ませる事ができるでしょう」
     その上でデモノイドと対峙し、戦う事となる。
     また、救い出すためには説得や声掛けを行っていく必要もあるだろう。
    「具体的な言葉は任せますが……そうですね。彼方さんは心の底から同級生への復讐などを願っている、というわけではないと思います。平和的に解決できるならそれが一番で、その方法を思いつかないから耐えているのだとも……」
     それを頭に入れて、言葉を投げかけていくと良いだろう。
     その上で戦う事になるデモノイド。力量は八人ならば倒せる程度。
     攻撃特化な性質で、駄々っ子のように腕を振り回しか加護ごと周囲にいる者たちをなぎ払う、悲しみの叫び声を上げて一定範囲内を麻痺させる、掴んで叩きつけることによって二撃は受けられぬだろうダメージを与える、と言った行動を取ってくる。
    「以上で説明を終了します」
     地図などを手渡し、締め括りへと移行した。
    「本来、ダークネスになるなど考えようもない方……だと思います。その一方で、救いを求めているのだとも思います。ですのでどうか、全力での行動を。何よりも無事に帰ってきてくださいね? 約束ですよ?」


    参加者
    榎本・哲(狂い星・d01221)
    神夜・明日等(火撃のアスラ・d01914)
    御門・心(想イ人・d13160)
    袖岡・芭子(幽鬼匣・d13443)
    四季・彩華(ただ吹き流れる自由の銀風・d17634)
    白樺・純人(ダートバニッシャー・d23496)
    アルマ・モーリエ(アルマース・d24024)
    若桜・和弥(山桜花・d31076)

    ■リプレイ

    ●蒼の巨人が変えた未来
     穏やかな陽射しの降り注ぐ、広々とした公園の階段下。
     小学校二年生の少年、佐々木彼方は変貌した。
    「さあ、目覚めさせてあげよう、闇に堕ちかけた少年を」
     武装しながら、四季・彩華(ただ吹き流れる自由の銀風・d17634)は赤いスカーフをたなびかせ、青いロングコートをはためかせながら仲間と共に走りだす。
     デモノイドへと変わっていく彼方と、その同級生の間に向かい。
     到達した時、袖岡・芭子(幽鬼匣・d13443)は彼方へと……デモノイドへと意識を向けながらわけも分からず立ちすくんでいる同級生たちに告げていく。
    「ほら、君たち、悪い事をしたら大変な事になるんだよ。逃げなよ、大丈夫、どうにかしてあげる。でも、後で謝りなよ」
     返答はない。
     ただただバツが悪そうに顔を見合わせ、お前が悪いだのと罪をなすりつけ合っている。
     これ以上、言葉を交わす暇はないだろうと、灼滅者たちは人払いの力を用いて同級生たちを遠ざけた。
     後、榎本・哲(狂い星・d01221)はデモノイドへと視線を移し、ゆっくりと階段を降り始めていく。
    「さて、そんじゃ始めるとするかねぇ」
    「佐々木くん」
     白樺・純人(ダートバニッシャー・d23496)もまた落ち着いた調子で語りかけ、歩き出した。
    「僕ね、君のことすごいなって思うんだ。ひどいことされて、痛い思いして…それでもまだ、怒りに飲まれてしまわずに、こうして僕たちの声を聞いてくれるんだもの。本当にすごいし、かっこいいよ」
     最下段へ到達するとともに立ち止まり、猛禽類を思わせる鉤爪を砲塔へと変えていく。
    「ほら見て。僕も君と同じ力、持ってるんだよ。だからね、大丈夫。その力は抑えられるから。これからもずっと、優しくてかっこいい佐々木くんでいてほしいな」
     返答はない。
     ただ、灼滅者たちが人を整えるまで待ってくれていた。
     気配に威圧されたか、はたまた中で抑えていてくれるのか……後者であると信じ、灼滅者たちは救出のための戦いを仕掛けていく……。

    ●叫び声が轟いて
     駄々っ子のように振り回された、巨大な腕。
     右へ、左へと華麗なステップで回避しながら、芭子は語りかけていく。
    「君は優しいね、虐められても彼らを殺したい程憎んだりしていないもの。その優しさは強さだと思う。君は強い子なのに、そんな弱い心に飲まれたりしないよね。戻っておいでよ、大丈夫」
     いじめられていた上で、酷いことをされてなお相手を恨みきれない、かわいそうな子。こんな所で終わってしまうなんて悲しいし、もったいない。
     だから、助けたい。
     思いのままに、バベルブレイカーを構えながら近づいていく。
    「君が苦しいなら受け止めてあげる、君が壊したいっていうなら壊れるか試してみてよ。付き合ってあげるよ、鬱憤晴らし位ならさ」
     膝に突き立て、トリガーを引き、僅かに蒼き表皮を削っていく。
     揺るがぬさまを眺めながら、神夜・明日等(火撃のアスラ・d01914)はライフルの銃口を突きつけていく。
    「ライドキャリバー、猫のように暴れなさい。今まで溜め込んでいた闇の力を、吐き出させてあげるの!」
     ライドキャリバーが駆ける中、トリガーを引き鋭きビームを撃ち出した。
     鋼のボディをぶち当てられ、ビームを浴び、なおデモノイドは揺るがない。
     ただただ空を見上げた後、悲しいほどの叫び声を響かせた。
     内包された感情だけを読み取りながら、御門・心(想イ人・d13160)は微笑みを崩さない。
     叫び声が止むのを待ち、子どもをあやすように、諭すように、優しい声音を紡いでいく。
    「君はとっても強い子ですね」
     紡ぎながら、歩み寄る。
    「今、発散しちゃいなさい。溜め込んでるもの全部」
     思いを受け止めるため。
    「少しすっきりしたら、君さえよければ友達になりましょう」
     思いを伝えるため。
    「喧嘩するのも大事ですよ」
     意志ある行動を示すため、間合いへ踏み込む前に跳躍。
     ジャンプキックを、蒼き胸元へとぶち当てた。
     直後、背中側へと回りこんでいた若桜・和弥(山桜花・d31076)が拳に雷を宿し、脹脛に撃ち込んでいく。
    「……」
     戦闘前に両拳を眼前で強く打ち合わせ、それがどういう痛みを伴うのかを心に刻んだ。
     今なお感じた痛みが、暴力での解決を行うものが得る痛み。教えに反したことを忘れぬと、一撃一撃を心に留め置くための。
     その、想いも通じたか、デモノイドは再び叫び声を轟かせた。
     風圧と音色だけを受け取りながら、アルマ・モーリエ(アルマース・d24024)は声を上げていく。
    「彼方さんが彼らに苛められていた理由を聞きました。彼方さん自身はどうしたいのですか?」
     返答はない。
     ただ、叫び声は強くなり……。
    「前に進む為に私達と一緒に考えましょう。その為にも貴方は人に戻るべきです!」
     それこそが耐えている、押さえ込んでいる証だと断定し、アルマは交通標識を注意をうながすものへと変えていく。
    「……回復いきます!」
     前衛陣を治療するために……彼方を救うために、剣のように天へと掲げた。
     掲げられた道路標識は光を浴び、力を放ち前衛陣を包み込む。
     優しき力に抱かれて、前衛陣の痛みが和らいでいく。
     それすらも振り払うかの如き勢いで、デモノイドが駄々っ子のように腕を振り回した。
     避けながら、受け止めながら、灼滅者たちは救うための攻撃を続けていく……。

     闇雲に腕を振り回していたデモノイドが、不意に、哲の体を掴みとった。
     体を締め付けるような痛みを感じながら、哲は一人思い抱く。
     俺だったら、何の迷いもなくコロしていたと。なんでとっととやっちまわないんだ? ひと思いにやっちまえよと。
    「……まぁ、俺らがこうやって邪魔してるからっつーのはあるんだろうけどよ」
     静かな息を吐きだすとともに、両腕に力を込めた。
    「それにしたって……やんなかったつーことは、やりたくねぇんじゃねぇの」
     結論を下すとともに手を引き剥がし、着地。
     距離を取り、深呼吸を始めていく。
     追撃は許さぬと、心が赤い糸を横に薙いだ。
    「大丈夫です、安心して下さい。私達以外に、手を出させたりはしませんから。私達だけに、その力を向けて下さい」
     言葉に呼応したかデモノイドが心へ視線を向けた時、足元へと到達していた彩華がつま先に漆黒の戦杭を突き立てた。
     トリガーを引き穿孔させながら、静かな言葉を紡いでいく。
    「本当は、こんなことしたくないんでしょう? 彼方君。同級生達と分かり合いたいと思ってる、力じゃなく平和的に」
     返答はない。
     代わりに、デモノイドが振り払うような仕草をした。
     軽い調子で跳ね除けて、彩華は言葉を続けていく。
    「だからこんな、力で暴れ回るのはやめて彼らと話し合おう! 大丈夫、怖いなら、僕らがついててあげるから」
     彼方は望んでいるはずだから、平和的な解決を。
     同級生と分かり合うことを。
     そのためにも救済せんと、漆黒の戦杭を引き抜くとともに脚に蒼白い炎を走らせた。
     飛び退くついでにサマーソルト。デモノイドの顎を蹴りあげて、蒼き体を炎上させていく。
     更によろめいた所に、純人が素早く踏み込んだ。
     跳躍し、開いた胸元に鉤爪を叩き込んだ!
    「辛かったよね、苦しかったよね。大丈夫、大丈夫だよ。君を君のままで、助けだしてあげるからね」
     返事の代わりに、デモノイドは叫ぶ。
     嗚咽の代わりに、涙も流さず。ただただ、あらゆるものを吹き飛ばさん勢いで。
     アルマは再び交通標識を掲げ、落ち着いた声音で呼びかけた。
    「彼方さん……後もう少しの辛抱です……。頑張って!」
     願いを叶えるため、灼滅者たちは更なる攻撃を仕掛けていく……。

    ●心を強く
     治療役たるアルマが奮戦し、足りない時はカバーし合った。
     デモノイドの動きも鈍かったからだろう、順調に攻撃を重ねることができていた。
     傷だらけの蒼い体
     左腕は動かすことが億劫なのか、だらりと下がったまま意味ある行動を取っていない。
     追い詰めることができている証だと、芭子は風を招きながら声を上げていく。
    「大丈夫、もう少しで元に戻れるよ。だから、頑張って」
     言葉をかき消すかのように、デモノイドは叫んだ。
     全身で感じながら、明日等は負けぬほどの声で呼びかける。
    「いじめっ子にも自身の闇にも負けたままでいいの!」
     正気に戻ってもらえるように。
     自身の闇に負けて諦めたりなどさせないために。
    「抱えてばかりにも限界はあるわ。だから、私達にぶつけなさい、これからも!」
     両腕を広げた後、オーラを右手に集わせていく。
     ライドキャリバーが鋼のボディをぶちかましていく様を眺めながら、静かに腰を落としていく。
    「だから、受け止めなさい、私達の想いも! 大丈夫、もうすぐ戻ってこれるわ!」
     腕を真っ直ぐに突き出して、オーラの塊を撃ち出した。
     胸元に浴びよろめくその巨体の左足に、彩華が漆黒の戦杭を撃ち込んでいく。
     穿ち貫き、頷いた。
    「手応えあり、後少しで……」
    「終いだ……!」
     呼応した哲が、蒼き背中に紅蓮のオーラを纏いし拳をぶち当てた。
     腕を振りぬきながら、静かに瞳を細めていく。
    「おや……?」
     視線の先、デモノイドが動くことを止めていた。
     変化する……戻る様子がなかったから、和弥が穏やかな足取りで近づいていく。
    「ねえ、君はどうありたい? 今この瞬間の話じゃなくて、その後の事」
     尋ねながら立ち止まり、脚に触れた。
    「もっと友達と話がしたい、もっと仲良くなりたい、とかさ。方法が思い浮かばないとか、そういうのはいいんだ。君の想いを教えて」
     顔を上げ、瞳を見据えていく。
    「その闇が耳を貸さなくても、私達がそれを聞く。私達が、それを助ける」
     ――お願い……僕を……!
     返事はない。
     ただ、叫び声を効いた気がしたから、和弥は脚を抱きしめた。
     腰に力を入れ、流麗な動きでデモノイドを転ばしていく。
     弾み動かなくなっていくその体を、優しく抱きしめていく。
    「……良かった」
     和弥の腕の中、デモノイドは彼方へと戻っていく。
     風に乗り、聞こえてくるのは静かな寝息。
     伝わってくるのは鼓動と熱、彼方が生きている証。
     灼滅者たちは安堵の息を吐きながら、介抱へと移行する……。

    「逃げたみたいですね」
     彼方を介抱するさなか、周囲を片付けるさなか見回っていた心が同級生はいないと告げていく。
     頷き返し、純人は住宅街の方角へと視線を向けていく。
    「そうだね」
     ただ冷たく言い捨てて、静かな溜め息を吐いていく。
     それからしばらくして、彼方は目覚めた。
     灼滅者に見守られながら、陽射しをいっぱい浴びたベンチの上で。
     目覚めた彼方は、状況が理解できないのかきょろきょろと周囲を見回した。二言、三言灼滅者たちと言葉を交わすにつれておぼろげに理解したのか、ポロポロと涙をこぼしながら謝り始めていく。
     遮るように、明日等は方に手を置いた。
     真っ直ぐに瞳を見据えながら、ただ一言だけ伝えていく。
    「頑張ったね」
    「え……」
     灼滅者たちが救おうと願っても、彼方の意志がなければ叶わない。
     彼方の頑張りがなければ、今こうして元に戻ることなどなかった。
     重ねられていく労いに、でも……と彼方は俯いていく。
     静かな溜め息を吐いた後、和弥が優しく語りかけた。
    「こういう時は、ありがとう、ですよ」
    「え……?」
    「ごめんなさい、じゃなくて、ありがとう。そのほうが、私達も嬉しいんです」
     微笑みかけたなら、彼方が戸惑いながらもありがとう、と感謝の言葉を口にする。
     一呼吸分の間を置いた後、更なる言葉を紡ぎだす。
    「あの……僕、強くなりたいんです! お兄さんお姉さんたちみたいに……心を、強く。そうすればきっと、もっと良い方法が見つかると思うんです。だから……?」
     一生懸命言葉を探していく彼方の頭に、アルマが優しくてを乗せた。
    「……さて、学園に帰りましょうか。このままでは風邪をひいてしまいますしね。……あなたも、来ますか?」
    「……はい!」
     そのまま彼方の手を引いて、仲間たちとともに歩き出す。
     少年を未来に導くため、光ある場所へと誘うため。
     心が強くなれば、視野も広がる。そうすればきっと、もっと良い手段を選べるようになるはずだから……。

    作者:飛翔優 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年2月23日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 5
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ