恵方巻ぱーりぃ

    作者:芦原クロ

     都内某所。夜の住宅街で、2人の大学生が話し込んでいた。
     久し振りに再会したのだろう。2人は、数ヶ月分の出来事について話している。
    「あ、そういやさ、節分の日に恵方巻食った? 俺んとこ初めて食ったんだけど、美味いのなあれ」
    「あー……恵方巻か。節分以外に5月と8月と11月にそれぞれ、春、夏、秋の恵方巻って有って、うちの親、毎回作るんだよなー。だから恵方巻、あんまり好きじゃねーんだよ、俺」
    『……った……を、食べ……』
     不意に、女性の声が耳に届いた。しかし周囲を見回しても、誰も居ない。
     2人は首を傾げ合ったが、すぐに気の所為だろうと判断する。
    『私の作った、恵方巻を食べなさい!』
     今度はハッキリと聞こえた。同時に、学生1人が悲鳴を上げて尻もちをついた。
     地面から手が出ている。それが、学生1人の足を掴んで離さないのだ。
    「な、なんだコレ……!? お、おい、俺、夢見てんのか!?」
    「と……とにかく振り払えよ!」
     半ばパニック状態になる2人の目の前で、地面の中から湧くようにエプロン姿の女性が出現した。
     その女性には、鬼のような角と牙が生えていた。
     悲鳴を上げる学生2人の口に、恵方巻が無理矢理、突っ込まれた。

    「これは都市伝説だよ。鬼といっても、羅刹とは関係無いみたい」
     教室に集まった灼滅者たちに向けて、須藤・まりん(中学生エクスブレイン・dn0003)が説明する。
    「ある家庭で、お母さんが張り切って毎年、節分の日に恵方巻を作っていたんだ。張り切り過ぎて、恵方巻が年を重ねるごとに大きく作られるようになって……とうとう小学生のお子さんが今年の節分の日、喉に詰まらせてしまったんだ。お子さんは無事だったんだけど、恵方巻に対して恐怖を感じてしまったみたい」
     まりんは一息吐いてから、再び資料に視線を落とす。
    「子供って多感だから、怖い想いをするとどんどん想像が膨らんじゃったりするんだろうね。膨らんだ怖いイメージが子供たちの間で、噂となって広まったみたいだよ。都市伝説がエプロン姿なのは、きっとお母さんの名残だと思うよ。地面の中から出て来るのは、鬼は地獄に住んでいると思われているからだろうね」
     そう説明を終えてから、まりんは地図の一点を指差す。
    「夜に、この住宅街で恵方巻の話題をしていると都市伝説は現れるよ! 住宅街だから、人払いは必要だね。この都市伝説は、恵方巻を無理矢理口に突っ込んで来るだけなんだけど……一般人だったらショックだよね。今でも放心状態が続いている被害者が、既に何人か居るみたいなんだ」
     想像したのか、少し眼差しを遠くへ向けるも、すぐにまりんは灼滅者たちに視線を戻す。
    「都市伝説を倒せば、被害者も我に返るみたいだよ。頑張って、被害者の皆さんを救って!」


    参加者
    暁吉・イングリット(緑色の眼をした怪物・d05083)
    リーファ・エア(夢追い人・d07755)
    山田・透流(自称雷神の生まれ変わり・d17836)
    翠川・朝日(ブラックライジングサン・d25148)
    ドラグノヴァ・ヴィントレス(クリスタライズノヴァ・d25430)
    宮野・連(炎の武術家・d27306)
    上海・いさな(巫月・d29418)
    姫檜扇・時乃(煉獄の女帝・d32020)

    ■リプレイ


     都市伝説が出現するポイントを訪れ、灼滅者たちは準備を始める。
    「本来ならば忌むべき行事ではないのですが……都市伝説化とは、怖いものですね」
     上海・いさな(巫月・d29418)がそう言いながら殺界形成を使い、一般人が近寄らないよう鋭い殺気を放つ。
    「ちと特殊な役割だ。楽しんで行くかねぇ」
     アウトドア用の折りたたみテーブルを置き、宮野・連(炎の武術家・d27306)が言う。
     広げたテーブルの上に、緑茶や皿、そして料理道具の包丁を置いている。
     戦闘よりも食べるほうを楽しむ気でいるのは、誰の目から見ても明らかだ。
    「恵方巻きでございますか。せっかく食べさせていただけるのなら、美味しく食べたいものでございますね」
     翠川・朝日(ブラックライジングサン・d25148)も賛同し、ドリンクやチョコ豆腐をテーブルの上へ追加してゆく。
    「今回は都市伝説の恵方巻を食す会という事で……まあ、間違ってないですよね」
     こくりと頷き、リーファ・エア(夢追い人・d07755)が言う。
    「恵方巻きを食べさせてくる鬼女ね」
     考え込むように呟く、ドラグノヴァ・ヴィントレス(クリスタライズノヴァ・d25430)。
     今回の都市伝説に対してなにか思うところが有るようで、眼光鋭く空中を見据えている。
    「子供が喉に詰まらせちゃうような危ない食べ物なら、法律で規制しちゃえばいいのに……」
    「……うぅむ、そこまで危険じゃないけど……恵方巻……ウチのばあちゃんも結構張り切って作るな」
     山田・透流(自称雷神の生まれ変わり・d17836)の突然の発言に、暁吉・イングリット(緑色の眼をした怪物・d05083)が答える。
     恵方巻は美味かった、と思い出しているイングリットの顔は無表情だが、声音はやや嬉しそうだ。
    「どうせ死ぬなら美味しいもの食べながら死にたいけど、恵方巻ってのがちぃっとばかし微妙だ」
    『微妙? 恵方巻のどこが微妙なの!?』
     姫檜扇・時乃(煉獄の女帝・d32020)が呟いた直後、地面から声が響いた。
     恵方巻を持っている手が、地面から飛び出している。
    「いや、嫌いじゃないけど。食べますけど」
     少し慌てた時乃が言葉を付け加えると、エプロン姿の都市伝説が地面の中から出て来た。
    「個人的に、角が生えてる女って嫌いなのよ」
     都市伝説の角を見て、ドラグノヴァが機嫌の悪そうな声を出す。
     人造灼滅者のドラグノヴァは、額に生やした立派な一角が有るが、それはドリルのように回転していた。
     どうやら機嫌が悪くなると、角が回るようだ。
    「キャラ被りっていやだよね!!」
     角が生えてる女が嫌いな理由を、ドラグノヴァは突拍子も無く言い放った。


    「キャラ被り? うぅむ、恵方巻が好きなところが被ってるのか……? 美味しい恵方巻ならみんな好きだと思うけど……それだとみんなキャラ被りだよな」
     イングリットが淡々とした物言いで、真顔で天然ぶりを見せた。
    『美味しい恵方巻、好き? それなら私が作った恵方巻、食べなさいっ!』
     都市伝説の狙いがイングリットに定められる。
     両手に恵方巻を構え、口元を目掛けて素早く投げた。
     突っ込まれないよう口をガードしたイングリットの前へと連が飛び出し、日本刀で恵方巻を見事に切り分けた。
     一口サイズに切り分けられた恵方巻が、連の持つ皿の上へ落ちてゆく。
    「まぁ、上出来だろ。ほらよ、一丁上がり」
    「イヴ……大丈夫か……」
     ナノナノのイヴは恵方巻を小さい口に突っ込まれてしまい、苦しそうだ。
    「すまねぇ、そっちは守れなかった。まぁ、次だ次」
     優しくイヴの頭を撫でて慰めるイングリットと、苦しそうに恵方巻を食べているイヴを交互に見、連があっさり謝る。
    「恵方巻……ここ最近よく見るようになりましたよね。恵方巻ロールケーキとかも出て……まあ商魂逞しいですけどおいしければオッケーですよね!」
     リーファはそう言い、箸を持つ。
    「被害者も出ている事ですし、さくっと解決が良いんでしょうけど……どんな味の恵方巻か気になりますよね!」
     言葉を続かせ、リーファは早速、切り分けられた恵方巻を食べ始めた。
    「恵方巻を口に無理矢理突っ込まれる恐怖……あなたにも教えてあげる」
     透流はそう宣言し、自作の巨大伊達巻を都市伝説の口に突っ込んだ。
    『むぐっ!?』
     苦しむ都市伝説を見て、連が笑う。
    「透流、なんでそこで伊達巻なのかねぇ」
    「えっと……宮野さん、恵方巻ってお正月に食べるおせち料理のひとつだよね?」
    「それは伊達巻。とりあえず、こっちが恵方巻だ」
     恵方巻を食べたことが無い透流は、素で勘違いし、無表情で不思議がる。
     説明よりも実際に食べたほうがはやいと判断した連は、切り分けた恵方巻を透流の口元に押し付けた。
    「あっ……美味しい。これが恵方巻なんだ」
     無表情のまま透流は一口サイズの恵方巻を食べ、感想を告げる。
    「私にも一つ、あっ、醤油もお願い致します」
     サウンドシャッターを展開してから朝日も便乗し、美味しそうに食べる。
    「ふむ、中々のお味でございますね、漆黒の泉によく合うでございます」
     普通の炭酸飲料を、朝日はあえて微妙な呼び方をした。
    「私は、熱くて濃い目の緑茶を持って来ましたが……漆黒の泉とは?」
     いさなが魔法瓶を片手に、朝日に向けて問う。
     朝日はいさなに頷きを返し、漆黒の泉と称した炭酸飲料を差し出した。
    「上海様、どうぞお飲みください。人数分、用意したでございます」
    「有難うございます。漆黒の泉……い、いただきます」
     黒色の炭酸飲料に、なぜか覚悟を決めるいさな。
     その後ろでは透流の伊達巻を食べ終えた都市伝説が復活し、時乃の口に恵方巻を無理矢理突っ込んだ。
    「(あー……これアレだ、撮影されてモザイクとかかけられるとやばいやつだよな)」
     などと考えながら時乃はなぜか色っぽい表情をし、サービスショットを見せていた。


    「基本的に7種の具材が入ってるって言いますけど、どんな具材が入ってるんでしょうね? これって結構家々で違ってるんで楽しみです。というわけで、突っ込まれた恵方巻は美味しく頂きます!」
     リーファはマイペースに言い、都市伝説が押し付けて来る恵方巻を自ら率先して食べにゆく。
     ドラグノヴァも転んでもただでは起きない精神で、口に突っ込まれた恵方巻を黙々と食べる。
    「海鮮恵方巻を突っ込みなさいよ。無いの?」
     食べ終えてから、ドラグノヴァは好物を要求する。
     都市伝説はそれに応え、今度は海鮮恵方巻をドラグノヴァの口の中へ突っ込む。
     そこに決まる、ドラグノヴァのカウンター。巨大な納豆巻を都市伝説の口の中へ、押し込んだ。
    「っていうか人の口にいきなり物突っ込むとかどういう神経してるのよ」
    「今のすごいね~。見事に決まったね~。あれは納豆巻かなー? どうして納豆なのかなあ」
     海鮮恵方巻を味わいながら食べつつも、都市伝説へ不機嫌そうに言うドラグノヴァへ、時乃が話し掛ける。
    「私の嫌いなものは納豆なの。急に口の中に嫌いなものをつっこまれたらムカつくじゃない?」
    「ヴィントレス様の熱いメッセージがこめられた、カウンター攻撃だったのでございますね」
     朝日が納得したようにこくりと頷き、時乃は可笑しそうに笑う。
    「なるほどね~。鬼さーん、今年の恵方巻おくれよー。ほら、そんな怖い面しないでさー」
    『恵方巻……食べなさい! もっと、もっと、もっと……ッ!』
     時乃が声を掛けると、都市伝説はカウンター攻撃に逆上したように勢いを増し、恵方巻を突っ込んでゆく。
    「食べる事自体は構いませんが、無理矢理突っ込むのはやめて頂きたいものですね。折角の美味しい食べ物も味わう事が出来ませんし」
     いさなを目掛けた恵方巻は、連によって上手に切り分けられる。
     それによって生まれた好機を逃さず、いさなは回復に専念する。
    「喉に詰まらせぬ様、お気をつけて下さいね」
    「大丈夫ではないでしょうか。小学生の子供でもございませんし」
    「ナノ……」
     いさなが注意を促し、朝日が冷静に返すと、か細い声が響く。
     イヴがまだ恵方巻を食べきれず、プルプル震えている。
    「宗近、イヴさんの回復をお願い!」
     ナノナノの鬼斬丸宗近に指示を出しつつ、いさながイングリットに眼差しを向ける。
    「違うよ、放置してたわけじゃない。イヴが頑張って食べたそうにしてたから、その心意気は大事にしてあげるべきかもって……」
     切り分けられた恵方巻を食べながら、イングリットは淡々と返す。
     そうしている内に、イヴはなんとか恵方巻を食べ終えたのだ。
    「よく頑張ったな、イヴ……偉いよ、美味しかったか?」
     褒めるイングリットに、イヴは嬉しそうに愛らしい声で鳴いた。
    「流石に食べ終わるまで無言って言うのは正直辛いですよね。大きいですし。顎、外れますよずっとやってたら! でも美味しいですよね」
     恵方巻を食べ終え、ふぅっと一息吐くリーファ。
    「風よ此処に」
     すぐに解除コードを唱えたリーファが、縛霊手で都市伝説を殴りつける。
    「都市伝説さん。あなたにはなんの恨みもないけれど、私がより強くなるためにと、これ以上の被害の拡大を防ぐためにここで倒させてもらう」
     リーファのライドキャリバー、犬が続くように突撃でダメージを重ねる。
     透流が闘気を雷に変え、拳に宿した。
    「鬼は外、福は内……!」
     腕を振り上げ、そう言いながら拳を叩き込む。
     すかさず朝日が捻りを加えた槍を突き出し、透流とのコンビネーションを発動させた。
    「お百姓さん……ごめんなさい……って都市伝説が生み出したモノだからまた別?」
     イングリットは胸の前で右拳を左の掌に合わせ、自分なりの戦闘前の儀式をしてから、鍛えぬかれた超硬度の拳を敵に撃ち込む。
    「都市伝説よりアイデンティティの一つを奪ったらどうなるのか……角をへし折ってくれるわ」
     それだけを確認するために、ドラグノヴァはあえて敵の角を狙い、炎の激しい蹴りを放つ。
     角が生えた女との、キャラ被りがどこまでも嫌いなようだ。
    『う……うう……恵方巻……私の、作った……』
     相次ぐ攻撃に都市伝説は弱り果てるが、不意にきょろきょろと周りを見回す。
    『あ……恵方巻のストックが、無くなった、わ……今から作るから……待っ……』
    「待つわけねぇだろ。一気に行くとすっか!!」
     連がツッコミを入れ、影で敵を飲み込む。
    「少々手荒ですが、御容赦を」
    「鬼なら、地獄の業火にも慣れっこかい?」
     いさなが放射した網状の霊力で敵を縛る。
     時乃が笑みと共に言葉を紡ぎ、体内から噴出させた炎を妖の槍へ宿し、炎を纏った攻撃で敵を貫いた。
    「恵方巻なんていうおめでたい時期に食べられる料理の都市伝説に生まれてきたのだから、次はもっと良い都市伝説に生まれ変わってくるといい」
    『う、ぐぐ……恵方、巻……』
     透流の声が掛かる中で、都市伝説は地面に倒れる。
     消えゆく都市伝説に向け、透流が言葉を続かせた。
    「……まあ、都市伝説さんに生まれ変わりなんてないんだろうけど」
    「もう少し……もう少し時期を読んで出てきて欲しかったですよ……」
    『恵方巻を食べ……もっと、もっと食べなさいいいいいい……ッ!』
     リーファが呟くと、都市伝説は大きな叫びを上げてから完全に消滅した。


     戦闘が終わると、イングリットは開始時と同じく自分なりの儀式をする。
    「……って、片付いてるな」
     掃除をして帰るつもりだったが、恵方巻や残骸などは、跡形も無く都市伝説と共に消滅していた。
     サウンドシャッターを解除した朝日が、仲間たちに声を掛ける。
    「恵方巻きは消えてしまいましたが、おつまみにチョコ豆腐はいかがでしょうか」
    「みんなお腹いっぱいかなー? はっはっは、ボクはまだまだいけるよ!」
     大食いの時乃は、まだまだ食べられるといった様子で、チョコ豆腐を食べ始める。
    「恵方巻、都市伝説と一緒に消えちまうんだな。俺ももっと食っときゃ良かった」
     空になった皿を見てやや残念そうに言い、連もチョコ豆腐を食べた。
     殺界形成を解除し、いさなは魔法瓶に入れた緑茶を飲んで一息つく。
    「一口サイズのお菓子等ならまだしも、頬張る事が前提の恵方巻きを無理矢理突っ込まれるのは危険ですね。ナノナノならもっと危険です」
     いさながそう言い、鬼斬丸宗近に眼差しを向けて無事を喜ぶ。
     リーファは仲間たちに、恵方巻にどんな具が入っていたのかを聞きまわっている。
    「玉子にきゅうり……基本ですね。エビとツナマヨが入ってたんですか? 次はカニとアナゴ? えっ、焼肉も入っていたんですか」
     聞いては驚くリーファは、実は大食いの為、まだまだ食べたかったとばかりに溜め息を零した。
    「海鮮恵方巻きは美味しかったわ。嫌いな納豆巻きを都市伝説にもぶち込めたし、満足ね」
    「本来の節分を合わせて今年は2回も厄払いできたし……良い年になったらいいな」
     ドラグノヴァの感想に続き、透流が呟く。
     片づけを終えた灼滅者たちは、夜風を浴びながら晴れやかな気持ちで、その場を後にした。

    作者:芦原クロ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年2月25日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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