ワーカーホリック

■リプレイ

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「お客様、表情が明るいみたいですが、何か良い事があったんですか？」
　時田優也がそのステーキ屋に入ると、席へ案内すると先導する給仕の若い男性がそう聞いてきた。
「仕事が上手くいったお祝いに……あ、その席ですか？」
「え、ああ、はい。どうぞ」
　給仕――プラチナチケットを使いつつ給仕を装っていた影龍・死愚魔（ツギハギマインド・d25262）が、さりげなく仲間が待機する隣のテーブルへと時田を誘導して座らせる。本当はそのまま世間話を続けたかったが、給仕と客ではなかなか難しい。
　時田が座ったテーブルの横は若者たちが誕生会を行なっているようだったが、携帯で電話している少年が不承不承と言った感じで話していた。
「え、やっぱ来れねーのか。残念だけど、お大事にだよ」
　桜倉・南守（忘却の鞘苦楽・d02146）がぼやきつつ携帯をしまう。
「どうしても無理だってさ。料理どうしようか」
　南守の言葉に誕生会卓に座る６人がもめ始める。
「あの」
　その時だった、時田優也が隣の席から声をかけられたのは。
「急に来れない人が出来て、余っちまって。勿体無いし、良かったらめでたい日のお裾分けだと思って食べてもらえませんか」
「私がかい？」
　若者の突然の誘いに驚く時田だが。
「ありがとう、でも遠慮しておくよ。そういうのは身内だけの方が楽しいものだしね」
　あたり前だが普通に断られた。断れた場合にどうするという案があるわけでもなく、とりあえずは引き下がる南守。
　やがて誕生会もクライマックスへ。
　横をみればターゲットの時田もステーキを食べ終わり、食後のデザードを待っているようだった。
「特注ケーキ、御待たせしましたー！　皆様ごゆっくりどうぞー！」
　時田に聞こえるよう元気な声で、特別仕様のケーキを運ぶは四季・銃儀（玄武蛇双・d00261）。このケーキ、料理人顔向けの銃儀が厨房で職人に紛れて作ったものだ。味も豪華さも数割増しになっている。
「紅緋さん、お誕生日おめでとうございます！」
『おめでとー！』
　ブラックホールかとつっこみたくなるほど食べ続けていた花蕾・恋羽（スリジエ・d00383）が音頭を取り皆が祝福する（もっとも、誕生日会など生まれて初めての経験である鹿嵐・忍尽（現の闇霞・d01338）だけは、マネキンのように挙動不審のまま「めでたいでござる。良き日にござる」を繰り返していたが……）。
　誕生日を祝われる役の華宮・紅緋（クリムゾンハートビート・d01389）を中心に定番の歌を歌い、終わりと同時に紅緋が立てられた蝋燭を一気に吹き消す。
　そして、仲間たちの拍手が終わると、そばで控えていた店員の死愚魔や銃儀が、ケーキを切り分け周囲の客へとお裾分けを開始。
「今日は大切な友達の誕生日なんです！」
　驚くお客たちに向け、立ち上がったアナスタシア・ケレンスキー（チェレステの瞳・d00044）が大声で言い放つ。さらにＥＳＰのラブフェロモンを発動させ。
「アナたちと一緒に誕生日を祝って下さい！」
　アナの言葉にお客たちからも拍手とお祝いの言葉がとぶ。
「赤の他人ですけど……やっぱり誕生日ってめでたいものですよね」
　いつの間にか横に立っていた店員の死愚魔に同意を求められ、時田優也も顔を綻ばせ隣の席へ祝いの拍手を送る。そして、それを見逃す灼滅者達ではない。
　アナを中心に「せっかくですし」と誕生日席へと招き入れる。一般人である彼にラブフェロモンを併用する誘いを断れるほど強い意志と意味はなく、なし崩し的に同じテーブルへ。
「おめでとう、君のお祝いなんだね」
　席に着いた時田は、主賓である紅緋に向けて再度お祝いを口にする。
「私は華宮と言います。どうぞよろしくお願いします。えっと……お名前、聞いてもよろしいでしょうか？」
　紅緋の質問に快く名乗る時田。
「時田さん、ですか」
　それを皮切りに席に着く５人がそれぞれ自己紹介。
「時田さんはいつもこのお店なんですか？」
「いや、特別な時だけさ」
　紅緋の質問に笑って応える時田。
「特別ってことは、おじさんも誕生日、とか？」
　恋羽の言葉に、苦笑し「大きな契約が取れてね、そのお祝いだよ」と。
「それはおめでとうございます。……失礼ですがご家族はおられないのですか？」
「ああ、娘が２人ね」
「え、お子さんたちが？　それでは、こんな時間まで放っておくと寂しがったりしないですか？」
　紅緋の言葉に時田は不思議そうな顔をして「それがどうかしたかい？」と答える時田。その表情からは娘たちを心配している雰囲気は一切感じられない。
「時田殿、お子様の誕生日はいつでござる？」
　とっさに忍尽が別の質問をする。
「ああ、そういえば上の娘は今日が誕生日だったね、下の子はもっと先かな」
「それならば早く帰られた方が良いでござるよ？」
「なぜだい？」
　不思議そうに忍尽に聞いてくる時田。
「そ、それはもちろん。仕事の成功とお子様の誕生日、喜ばしき事は一緒に祝えば喜びも二倍でござろう？　今日中に家に帰ってお祝いするが良いでござる」
「うーん……実はね、私は娘達の誕生日は祝う必要が無いと思っているんだ」
　素直に忍尽の提案を否定する。
「で、でも、大切な人と過ごす誕生日はすごく楽しいことだし……」
　アナスタシアが少しオロオロしつつ言葉を続ける。
「それに、子供にとって一番大切な人は親だから」
「時田さんはさ、やっぱ家族で誕生祝をする方が良いと思うんだ」
　宝物であるハンチング帽の鍔を触りつつ南守もフォローする。
「そうだね」
　頷く時田、だが。
「しかし、私は娘達に興味が無くてね」
『………………』
　時田が娘に興味が無いのは絆を奪われたのが原因だ、その気持ちを取り戻す為には、ベヘリタスの卵を何とかするしかないのだ。
「時田さんは、何か趣味とかあるのでしょうか？」
　会話が止まったタイミングで別の話題を振る内山・弥太郎（覇山への道・d15775）に「ああ、実はボウリングが趣味でね……このあと――」
　趣味の話を振り少なからず会話を弾ませる弥太郎だったが、それが……灼滅者達のできる最後の抵抗だった。

　ステーキ屋を出た時田優也はボウリング場へと消えていった。時田をボウリング場に向かわせない為には何かしら誘導する必要があるとエクスブレインに言われていたが、灼滅者達は会話を長く続けるという案しか用意しておらず、まして会話自体もイマイチだった為に時田を止める事はできなかったのだ。
　ボウリング場の出入り口が目視できる路地裏で、灼滅者８人は無言で時間が過ぎるのを待つ。ボウリングに行かせないだけなら、力づくで……またはＥＳＰを使えばなんとかなっただろう。それに先ほどの店での邂逅、ボウリングを一緒にやれば簡単に絆を結ぶことはできた。店だけで結ぶにしても悪感情の絆なら強烈に結べただろうし、そうでなくてもアナスタシアのようにＥＳＰを皆で使うのも良い手だったし、弥太郎のようにボウリングの話題を皆で行えば盛り上がることもできただろう……。しっかり相談できなかった事が悔やまれる。
　やがて時が流れて時田がボウリング場から出てくる。灼滅者達はその後を付け、そして――。
「バ、バケモノー！？」
　駅へと向かう途中で卵が割れ、目の前に突如現れた巨大な蜘蛛のような怪物に時田が悲鳴を上げる。紅緋がサウンドシャッターを、南守が殺界形成をそれぞれ発動させつつ、灼滅者達は目の前へと飛び出したのだった。

●
「“絆の”ベヘリタスが産まれました。華宮・紅緋、これより灼滅を開始します」
　紅緋が血の池のような赤黒い影を武器に纏って巨大蜘蛛へと突撃する。さらに紅緋と連携するようアナスタシアも地を蹴り。同じく影を纏わせた参式灼滅槌で殴りかかる。
　対するベヘリタスは微動だにせず、直撃。
「あまり効いてない……でしょうか」
　冷静に紅緋がつぶやくも、アナスタシアは不安を払拭するように。
「だとしても！　大切な絆を奪おうとしていているダークネスは、ぜったいバッチリ灼滅だよ！」
　前向きなアナスタシアの言葉に、紅緋は思わず胸に手を置き呟く。
「私は『家族』というものを知らずに育ちました。それでも、ベヘリタス『ザ・クラブ』が手を出してはいけないものに触れたことは分かります」
「紅緋？」
　心配そうに見つめてくるアナスタシアに、紅緋はコクリと頷き。
「『ザ・クラブ』の幼生、この場で確実に灼滅しましょう」
「うん！」
　覚悟を決める２人に、カカッと笑いながら開いた扇子を手にした銃儀が並び。
「その通りだ、悪ィ夢は今宵で終わる……いや、俺らが、終らせるッ！！」
　パチンと『悪夢』と書かれた扇子を閉じると、その足下から３匹の影蛇が鎌首をもたげ、蜘蛛の意識がそれた瞬後、そこに銃儀の姿は無い。
「カッ！　その仮面、真っ二つにしてやらァッ！」
　聞こえた声に仮面が上を見上げ。
　そこには和傘を広げた銃儀の姿。
「散れッ！　四季流・春ノ舞――『血桜』ッ！！」
　ガッ！
　頭上から繰り出された銃儀の槍が仮面にぶつかり少しだけ傷を付ける。
「まだまだ行きますよ」
　オーラを全快にした白き人狼の弥太郎が地を蹴り蜘蛛に接敵。瞬間、弥太郎の背中を駆けるようサイゾーが飛び出し、口に加えた斬魔刀で蜘蛛に突っ込めば、足下へ潜り込んだ弥太郎が右の蒼いクルセイドソードと左の斬艦刀を振りかぶり一気に胴体を斬りつける。
「俺も合わせるよ」
　背後からの死愚魔の声に、弥太郎が蜘蛛の足下をすり抜けると、二刀で切りつけたカ所に欠片をパズルのように集めた死愚魔の帯が突き刺さり、ズタズタに切り裂こうと暴れ回る。
「俺には良く分からないけどさ。誕生日っていうのは大切な事だろうし、忘れちゃうのは……ちょっと、ね」
　灼滅者の攻撃が一呼吸だけ止み、巨大な蜘蛛が呻きながら動き出す。
　８本ある脚のうち前２本をゆっくりと左右に伸ばしたかと思うと、ブンッとハサミのように高速で振るわれ前衛達を薙ぎ払う。
　土筆袴がアナスタシアを、豆大福が銃儀を、そして南守が紅緋を庇うが、誰もが吹き飛び背後のビルに叩きつけられた。
　恋羽が南守に祭霊光を飛ばし「豆大福も……痛いだろうけど、皆の回復を」と霊犬に浄霊眼を指示する。少しでも皆が戦いに集中できるように。だが……。

　巨大な蜘蛛は強かった。すでに霊犬の土筆袴も豆大福も仲間を庇い消滅し、同じく庇っていた忍尽と南守も今や魂の力で立っているのがやっとだ。
　忍尽が体の前で素早く印を結びながら忍び走りで蜘蛛との間合いを詰める。表情にこそ出さないが、心の中では土筆袴の仇討ちなる怒りが燃え、それを具現化するよう両足が真っ赤な炎に包まれる。
　轟ッ！
　忍尽の炎の足が蜘蛛の右前脚を蹴り上げる。
　僅かにバランスを崩す蜘蛛が、第二の右前脚を広げてバランスを取ろうと。
「その脚っ！」
　南守が氷で第二の右脚を打ち抜き氷漬けにする、大地に固定され脚が出ない蜘蛛、明らかにバランスを崩し右側にその巨体が倒れる。
　チャンス、そう思ったのも束の間、蜘蛛の後ろ脚４本がまるで別の指揮系統のように無茶な動きをし、その内２本が左右に伸ばされ――。
　狙われたのは弥太郎とその霊犬サイゾー、そして恋羽だった。
　ピタリと両脚が止まった瞬間、その鋭く太い脚先が弥太郎達の眼前へと迫る。
　……だが、蜘蛛の脚は霊犬こそかき消せど、弥太郎と恋羽には届かなかった。
「あとは、まかせたよ」
「くっ……無念」
　２人を庇った忍尽と南守が呟き、大量の血を吐き意識を失ったのだった。

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　チェーンソーを響かせ死愚魔が牽制し、その隙に倒れたアナスタシアを恋羽が敵から引き離す。そういえば一般人の時田がどうなったのかも気にもなるが、今は蜘蛛の相手で手一杯だし、何にせよ戦闘中の時田について注意していた者もいないので今は無事に逃げてくれたと信じるしかない。
　ガチンッと硬質的な音がしたと思うと、死愚魔がチェーンソーを手放して仲間の列へと飛び退く、見ればチェーンソーが蜘蛛の堅い脚に食い込んだまま止まっていた。
　だが、それを見て最後の力を振り絞るは銃儀。閉じた扇子を頭上に向けると螺旋を描きつつ足元から３匹の影蛇が昇竜し、それはやがて一本へと纏まる。
「カカカッ！　食らいなッ！」
　銃儀は掲げた手を振り下ろすと同時、扇子をバッと開く。そこに書かれた文字は『大太刀』。
　メギョッ！
　チェーンソーが食い込んでいた傷に影蛇が纏まり作られた大太刀が振り下ろされ、鈍い音と共に蜘蛛の脚をへし折る。
「カッ！　幾ら堅くとも、一点集中は効くだろッ！」
『ォォォオオオオッ！』
　蜘蛛が叫び声を上げ、銃儀の前でゆっくりと左右の無事な脚を持ち上げる。
　咄嗟に気づいた紅緋が赤き影を伸ばして縛り上げるが、蜘蛛の動きは止まらない。
　惨ッ！
　横薙ぎに腹を切り裂かれ銃儀は意識を失う。
　一方、紅緋は強化した腕で受け止めようとするも。
「く……ッ」
　蜘蛛の力に耐えられず衝撃で意識が遠のいていく。
　ふと、出発前にエクスブレインが言っていた事が思い出される。
『１人闇堕ちしたぐらいじゃ、かなわないかもしれない』
　それはつまり、絆を結ばず倒すには２人闇堕ちするぐらいでなければ……それほどの、強敵……――。

　今回、彼らは『撤退』について考えていなかった。それはつまり全員が戦闘不能になった場合『最悪の結末』すらあり得る。
　ドドッ！
　蜘蛛の脚が後列の２人に突き刺さる。
「父と娘の絆を奪う……ベヘリタス、本当に、許しません」
　脚から身を抜き、魂の力だけで肉体を動かし魔力を宿した霧を発生させ自らと弥太郎の傷を癒す恋羽。
　一方の弥太郎は、腹に刺さった脚を掴んだまま離さない。
「娘さんのことを……大切にしてあげてくださいねと……そう、言う、ためにも……」
　弥太郎は痛みに耐えつつ戦神降臨で自らを癒す。
　弥太郎の感覚が確かなら、そろそろ……。
　ブンッ。
　強引に弥太郎を振り払うと、巨大な蜘蛛はギクシャクと３人の灼滅者から離れる。そして。
『ォォォ……』
　空気に溶けるようにその姿を消していく。弥太郎の目測通り、時計の針は戦いから１１分目に入っていた。敵はソウルボードを渡り撤退したのだ。
　ダークネスの重圧が消えると共に、立っていた恋羽と弥太郎と死愚魔を疲れがどっと襲い、思わずその場にへたり込む。
　もしも難易度がもっと上だったら、敵がクラッシャーだったら……その時は『最悪の結末』で幕を閉じていたかもしれない。それをなんとか耐えきったのは、僅かでも絆を結べた者がいた事、敵の戦術に対して灼滅するという目的には合致していなかったが、逆に耐えるという意味では今回の布陣が幸をそうしたこと。それらの積み重ねでこの結末へと辿り着いたと言える。
　灼滅者達が悪夢のような戦いを繰り広げた場所に、プレゼント用のぬいぐるみが誰かの返り血を浴びたまま転がっていた。だが、それを届ける相手は……。

作者：相原あきと	重傷：アナスタシア・ケレンスキー（チェレステの瞳・d00044） 四季・銃儀（玄武蛇双・d00261） 鹿嵐・忍尽（現の闇霞・d01338） 華宮・紅緋（クリムゾンハートビート・d01389） 桜倉・南守（忘却の鞘苦楽・d02146）  死亡：なし 闇堕ち：なし
種類： 公開：2015年3月5日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 3／感動した 0／素敵だった 2／キャラが大事にされていた 4
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