「君の絆を僕にちょうだいね」
宇宙服めいたモノに身を包んだ少年は、そう呟き二十歳近い青年の額に手を伸ばす。
奪われたのは、少年期から大切に育んだ親友との絆。
●
うちは『厳格な祖父が中心』という、今時珍しく封建的で緊張感が支配する家だった。
そんな育ちのせいか、俺は「なんでも真面目に捕らえる冗談が通じない人」として距離を置かれがちだった。
――そんな俺を『崩してくれる』のが、陽司だった。
軽妙でいつも笑顔の中心にいるけれど、宿題忘れと遅刻も多くいい加減な人間。
そんな陽司は何故だかわからないけれどやたらと俺に構いに来た。
人の輪に引きずり込んで、俺が話の雰囲気を台無しにしてもフォローしてくれたり。
ある時「宿題写させてくれ」を断り諫めたら、ばつが悪そうに俯いた。
――実は家は全て病気で入院している兄中心に回っているから、色々と余裕がない、そう知ったのはその時だった。
その日、俺は彼を家に誘い夕食を共にとって、宿題も一緒にして、色々な事を話した。
両親は揃っているけれど、余り目をかけられていない事。沈みがちになる家族を前に冗談を口にするクセがついている事。
……俺に構いに来たのは「なんだか一般的な父親っぽくて」だった事。
「石動んちってばーちゃんやさしーし、じーちゃんこっええ。でもやっぱ、優しい」
泊まっていけ、土産持って帰れ、いつでも来い……余所の子だろうが容赦なく叱る祖父は陽司を散々どやすけど、帰りは必ず見送りそう口にした。
――俺みたいな朴念仁、だからこそ彼の支えとなれる……それが、誇り。自分を、生まれ育った家を嫌いにならずに済んだ救い。
だから、力になりたかったのに――どうしてだろう、ここ数日アイツの事が頭をよぎらない。
違和感は、ない。
なにしろ、中学高校と一緒だったけど、大学は別。逢おうと思わなければ逢わない仲なんだし。
これが、普通なんだ、きっと。
●
「こんなに大切な友情が引き裂かれるのは、見過ごせませんね」
……絆は大切なもの。
烏丸・碧莉(黒と緑の・d28644)は、胸に置いた華奢な手をぎゅうと握りしめ、灯道・標(小学生エクスブレイン・dn0085)へ翡翠の瞳を向ける。
「そうだね。碧莉さんがこの間孵化直後の絆のベヘタリスを灼滅して彼女達を修復したように、今回は彼らを救って欲しいんだ」
絆のベヘリタスと関係が深いであろう謎の人物が一般人から絆を奪い、ベヘリタスの卵を産み付けた。このまま孵化を見過ごすわけにはいかない。
ベヘリタスの卵を産み付けられたのは、石動・大悟(イスルギ・ダイゴ)という大学1年生の男性だ。
彼は中学時代からの親友、久保・陽司(クボ・ヨウジ)との絆を奪われた。
ベヘタリスの卵の特徴として、大悟と絆ある者に対して及ぼせる力は大幅に減ずる。向こうからの攻撃力は下がり、逆に絆ある者からの攻撃には脆くなる事があげられる。
「だからキミ達は産み付けられた大悟さんに接触して、できれば全員で絆を結んで欲しいんだ」
そうして初めて斃せる可能性が高いという事を、まずは念頭に置いて欲しい。
10分粘って撤退を狙うのもありだが、勢力を削ぐためにもできるだけ灼滅したい所だ。
皆に与えられた時間は2日。具体的に言うと、初日の朝、昼、夕方と2日目の朝、昼。
「2日目の夕方、帰り道で卵は孵化してしまうんだ」
その間に大悟に接触してどんな形でもいいから絆を結んで欲しい。
ちなみに絆の先にいる陽司は、兄の状態が思わしくなく病院に詰めているので接触はできない。
「大悟さんは、朝8時に家を出て、最寄り駅から電車に乗って9時前には大学構内にいるよ。そして夕方には大学を出て同じルートを使って帰宅する」
接触タイミングは、登下校時と大学のカフェで食事を取ったり講義の空き時間に寛いでいる時。
幸いにも大学は開放型で、一般人も普通に行き来できるカフェが併設されているので入り込むのは問題ない。
「彼との会話のとっかかりだけど……」
心理学を専攻。
大学に入ってからは、親が多忙な子供達の面倒を見るボランティアにちょくちょく参加していた。
その時、子供達の多彩な相談に乗ったりもしていた。
「子供と言っても中学生まで網羅してた。あと、聞き役に徹した相談役は結果として言いたい事を吐き出せて評判はすこぶる良かったんだ」
その評判を聞きつけてやってきたというとっかかりは、年齢を問わず使えるはずだ。
あと、愛想は良くはないが面倒見はよいので、構内で迷子になったや落とし物をしたというのも見捨てず相手をしてくれる。
「なにごとも真面目に受け止めてしまう方、ですか……」
自身もその傾向がある碧莉は思う所在るのか、そう言ったっきり考え込む。
ベヘリタス灼滅後の話だけど、と標は言い置いて。
「病院通いで疲弊した親友陽司さんには、大悟さんの力が必要なはず。なのに結果として見捨てたなんて……きっと後悔するよ。できればさ、その辺りもフォローしてあげて欲しいな」
「真面目であるが故に、後ろ向きに考えて尻込みしてしまうかもしれませんね」
気を付けないと、と指を組む碧莉を穏やかに見た灯の瞳は、この場にいる灼滅者達へ向く。
「頼んだよ」
信頼を滲ませて、エクスブレインは閉じた手帳をしまい込んだ。
参加者 | |
---|---|
ポンパドール・ガレット(祝福の枷・d00268) |
伊丹・弥生(ワイルドカード・d00710) |
日野森・沙希(劫火の巫女・d03306) |
ヘキサ・ティリテス(火兎・d12401) |
霞代・弥由姫(忌下憬月・d13152) |
御手洗・花緒(雪隠小僧・d14544) |
志穂崎・藍(蒼天の瞳・d22880) |
烏丸・碧莉(黒と緑の・d28644) |
●1日目朝 サガシモノ
「あ……す、すみません」
「いや」
休講でとって返した所で、大悟は切りそろえた髪の少年、御手洗・花緒(雪隠小僧・d14544)とぶつかった。
首を竦め目を逸らす彼が直前に見せた射貫く眼差しは、今朝の祖父を思い出させる。
――最近、陽が来んが喧嘩でもしたのか?
「……ともだちからもらった、大事なものなんです」
「あ、ぁ。すまん」
ぼそぼそ声を聞き落としたとの詫びに落とし物をしたと返す。
「あなたにも、そういうひと……きっと、いるでしょう?」
「――探そう。形状を教えてくれるか?」
質問に質問で返す事で状況を無理に進めた、無意識に。そんな不躾構わぬ有様に花緒は彼の深層に潜む苦悩を感じ取る。
絆を奪われる――ある種、死より忌むべき状況に置かれている大悟を見出し、悲劇の進行を食い止めるべく最善を尽くすと密かに誓う。
歩いたルートを聞き大柄な上体を屈めて探す大悟、俯きついて行きながらペンの謂われをそれとなく口にした。
大切な物だと。
転校前いじめに近い扱いの自分を影から助けてくれた友人がくれたのだ、と。
「それは絶対に見つけないとな」
もう一度形を詳しく聞く大悟に、花緒は口元に小さな弧を描く。向けられた心遣いに絆が実るのを確かに感じたから
●1日目朝 ミライ
「失礼、こちらの学生さんでいらっしゃいますか?」
花緒と別れたタイミングで話しかけたのは霞代・弥由姫(忌下憬月・d13152)
落ち着いた物腰の弥由姫は、進路決定で見学に来た高校生と名乗ってもなんの違和感もない。
「俺で良ければ」
未来を手探りする誰かの役に立つのは悪くない。
「ああ、君はこのようなペンを見なかったか?」
花緒を気にかける彼への好感をおくびにも出さず、弥由姫は知らないと首を傾げた。
「心理学専攻の方だったとは、私もそちらを志望しておりまして……」
奇遇ですわねと、折り目正しい口調が花が綻ぶように緩む。
「将来は?」
この聡明さならば見据えているのだろうと問えば、
「当面は臨床心理士を目指そうと思っております」
気持ちよいぐらいはきはきと返る。
「なかなか複雑な家庭環境の友人が多いもので……」
「力になりたい、か」
「ええ。長く家族の介護をして精神的に疲れてしまっている子とか……」
――どうすれば気持ちを楽にしてあげられるのだろう?
そんな共感が自然と湧き出すはずなのに、一向に現われぬ違和がやや木に掛かった。
●1日目昼 ナヤミ
「午後も休講とはついてないな」
響く声に顔をあげれば、黒髪のラフなボブカットの女性と目があった。
「ああ、失礼」
伊丹・弥生(ワイルドカード・d00710)は「なんとなく話しかけた」と名乗り笑う。
「なんとなく……は、ちょっと嘘かな」
「?」
「良かったら少し早い昼食としゃれ込まないか?」
――カフェにて。
参考書と首っ引きで勉強している赤髪の少年の脇を過ぎて、向かい合わせに腰掛ける。話題はやがて双方が目指す専攻の話へ至った。
「児童心理学を極めたいんだ。最近は共働きは当たり前だし、その分1人になる子も多い」
熱籠めて語る彼へ、弥生は「良かった」と弧を浮かべる。
「何か、焦ってる感じがしてな、それで誘ったんだ」
平らげたカツ丼のどんぶりを避け続ける。
「吐き出して楽になったらって……ああ」
顎で後方を示し「お客さん」と一言。
「大丈夫だったんでしょうか?」
「お邪魔じゃなかったですか?」
伺うような志穂崎・藍(蒼天の瞳・d22880)が日野森・沙希(劫火の巫女・d03306)へ「大丈夫」とぎこちなく笑い席を勧める。
「良かったぁ。口コミ聞いてて、藁にも縋る気持ちだったから」
相好を崩す藍と仲良く寄り添い座る沙希。2人を見守る烏丸・碧莉(黒と緑の・d28644)は、口元がチェックのマフラーで隠れてるのも手伝って、まるで観察しているようにも見えた。
「……私は」
もごもご。
失礼に当たると翡翠を見開き少女はマフラーを外す。
「2人には無理を言ってついてきたのです。相談にのってくださる方が、心理学を専攻されていると聞いて……」
素質、勉強方法のアドバイスが欲しいと添える。
「碧莉ちゃんは心理学に興味があるんです」
「それと今から相談する事は共通の友達の話なんです」
ね?
うん。
あうんの呼吸が仲良さを伺わせる。
……微笑ましいと同時に、欠落に胸がカラカラと虚しい音をたてた。
「よかったら聞かせてくれるか。話すだけでも整理できる事もあるから」
先程の弥生の台詞と似ていて、自分にも悩みが渦巻いているのだろうかと自問自答。
「えっと……私達には友達がいるんです」
「冗談ばっかり言って、一緒にいると周りが笑顔になるんです」
「うん。とても面白い子なんですけど……」
しゅん。
膝に手を置き俯く沙希、紙垂れがしゃらり涼やかな音をたてた。
「なんだか疎遠になってしまって」
沙希を元気づけるように手を重ね、藍も形の良い眉を寄せた。
「最近、うまくいかないんです」
大悟が更に水を向ければ、辿々しくも懸命に語られる『友達』の良さ、そして――抱える『事情』
……それは、偶然にも兄の看病に日々費やしている誰かに似ていた。
「いつも力付けてくれた彼女を手助けしたくって」
「どうすれば重しとならずに済むのかなって」
真剣な2人の後ろ、碧莉もこくりと小さな頭を揺らす。
「心理学を学びたいのは、そういう人の力になりたいからなんです」
「そうか。うん、烏丸さんは既に資質があると、思う」
自分もそうだった。
……そう、だった?
浮かぶはずの顔が不自然に茫洋としている、もどかしい。
「……きっと彼女は特別扱いされたくない」
それは俺がいつも陽司と向き合う時に1番に心がけていた、コト。
「普段通りに笑いあって、美味しい物を食べて……普段通りが、いいんだよ」
――それがどれほど掛け替えないかを知っているから、アイツの笑顔はキラキラと輝いていた。
けれど。
ああ、けれど。
――のっぺらぼうのノートを見せつけられるように、刻んでも刻んでもこの気持ちは上滑り。俺のモノじゃないように、軽い。
「…………」
不意に黙り顔を覆う大悟へ、少女達は奪われた絆の痛みを見出し気遣いを見せる。
「あの……大吾さんにもひょっとしてそういう人がいるんでしょうか?」
思い切って切り出した風の沙希の台詞は真っ直ぐ胸を貫いた。
「大悟さん」
苦しげな彼を見つめ碧莉は言葉を探ししばし黙り込む。
「……きっかけが資質なのだとしたら、大悟さんはその人をとても大切に想っていたのですね」
――絶対に取り戻します、もうしばらくのしんぼうですから。
●1日目夕方 タカラモノ
正門を出ていく人の流れに逆らうように駆け込んでくる赤い髪。
「あのっ、お昼にカフェにいた人ですよね?」
縋るようなポンパドール・ガレット(祝福の枷・d00268)の瞳に足が止まる。
「おれ、カフェに忘れ物して……」
「外見は?」
「ふせんがいっぱい貼ってある参考書です、すっげえ大事なものなんです!」
カフェに戻り店員にも確かめたが見つからずポンパドールは項垂れる。
「勉強できるトモダチが教えてくれていっぱい書きこみしてあって……」
努力の証し、いや、それだけではない思い出が詰まった宝物。
「それは辛いな、見つけないと」
ふと、アイツならこんな時なんとフォローするのだろうか、と浮かんですぐ消える。
念のためにと鞄を探り出すポンパドールを支えれば、間近の薄墨がぱちり。
「あ……あった」
震える手に収まる使い込まれた参考書、きらり破顔の彼は直後平謝り。
「見ず知らずのおれに、ホントありがとうございました! おれも困ってる人がいたら絶対手伝います、そう、お兄さんがとか!」
「いや、良かった。なくなっていなくて」
君の大切な物は、なくなっていなくて。俺の大切な者は……誰だ?
●1日目帰り道 サプライズ
手持ちの地図と看板地図を見比べる少年は、唸り声をあげうさみみをぎゅうっと握りしめる。
「あ、なぁ兄ちゃん、道教えてくれねェ?」
にっと笑うヘキサ・ティリテス(火兎・d12401)は、イギリスから来たのだという。
「どれ、地図を見せてもらえるか?」
「サンキュー兄ちゃん! これから日本の親友の家に遊びに行くンだよ!」
この屈託のなさは誰かを想わせる……居心地は悪くない。いやむしろ、良い。
「随分と日本語が上手だな」
「手紙やテレビ電話でもよく話しててさ、うちにもよく来てくれンだ」
得意げに両手を広げてれば、後ろのおさげがしっぽのように元気よく跳ねた。
「今日は逆にオレが押しかけて驚かせてやるンだ!」
悪戯を仕掛けるわくわくが満面に灯る。
きっと、何度も友と逢う瞬間を考えて胸を躍らせていたのだろう。つられて笑みが浮かんだ。
「俺は驚かされる方だなぁ」
「お、兄ちゃんにはそういうダチがいンのか?」
「……そうだ、な」
ひどく平坦な自分の声に大悟自身が驚き怯む。
息飲む気配に気付かぬ素振りでベレー帽のうさみみをゆらりゆらり。
「にっひひ、大切にした方がいいぜェ?」
●1日目夜 ムスビメ
祖父母に就寝の挨拶をして布団に横たわれば、年下の彼ら8人の顔が天井に描かれた。
……花緒のペンもポンパドールの参考書のように見つかりますように。
……ヘキサは今頃友達と大騒ぎだろうなぁ。
……弥生には明日にでも礼を言わないと。
……弥由姫の知りたい情報を示せたのならばいいけれど。
……沙希と藍、碧莉は大切な友達とちゃんと話せただろうか?
(「ロクなアドバイスできやしなかったけどな」)
ただ耳を傾けるだけ。
でも、それが――。
急速に意識が萎む、これは眠気だと誤魔化して大悟は目を閉じた。
●2日目 悪意ノ孵化
休講もなく平凡に終わった1日。その帰路の途中で、大悟は突如非現実へと叩き込まれる……。
「兄ちゃん、しゃがめッ!」
「!」
「これ以上ダイゴの絆を弄ばせはしねェ!」
アスファルトを夕焼けよりなお赤く染めるヘキサの足が、身を屈めた大悟の頭上で炎連れ奔った。
『ギィーー!』
ヘキサが音零さず封じた空間に響き渡る耳障りな叫び。恐怖で顔しかめる大悟の手は碧莉の華奢な手包まれた。
「失礼します」
ぐい。
元いた場所には蟻の様な群体が滴り落ちて、アスファルトを飴のように融かした。
「あの看板の向こうに逃げてください」
「絶対にそこまでいかせませんですよ」
藍のラブフェロモンが安堵を誘い手を引く一方、背中合わせだった沙希がベヘリタスへ巨腕を叩き込む。
「約束果たしにきたよ、ダイゴ!」
仰け反った漆黒をポンパドールは獣めいた腕で薙いだ。
「下がって、ください」
花緒は横持ちの刃を押しつければ、アラタカ先生が咥えた日本刀を縫うように突き刺す。
確かな手応えにポンパドールと花緒は頷きあう。
粘液めいた黒を引き裂く弥生。脆くなった箇所へ弥由姫は炎の踵落とし。紅蓮は燻っていたヘキサのそれを絡め取り天焦がす勢いで燃え上がる。2日連続で逢った品行方正さからは想像もできぬ荒々しさだ。
先生の遠吠えと共にヘキサの肩口の傷が塞がった。
「サンキュー」
破顔に靄に霞む花緒がおずりと手をあげてぺこり。直後、置く手刀でトラウマ喚起。
「逃がしてしまうのももったいない……そう思わせる程の歯ごたえもないな」
片目を眇めた弥生は、悠然と回り込み裏拳からの連続パンチをしこたま喰らわせる。
「私のこの攻撃を、避けられますか?」
最終防衛ラインと敷いた大悟の傍で碧莉は剣を天へ掲げあげ祈る。鋭さ帯びた神の刃に刻まれ、黒が嘶くように天を舐めぬめった。
掌から零れ燃えさかる炎を押しつける沙希が身をひいた刹那、藍のロッドが漆黒へと突き刺さる。呼吸ぴったりのコンビネーションにたまらぬとあがる悲鳴。
続き、優雅な所作で落ちる弥由姫の流星、幾重にも結ばれた戒めにベヘタリスは諦めたように小刻みに身を震わせた。
ポンパドールのサイドの髪が元気な仔猫のようにひょこり。
絆が効いているのか損傷は軽い、ここは――炎を。
地面から巻き上げた炎に煌々と炙られる黒を見上げ、ヘキサは親指の腹を噛み切った。
「見せてやるぜ、火兎の牙ァ!」
呼応するように滴る血は炎となりて火兎の玉璽へ着火、夥しい熱は悪夢の幼子の存在を完膚無きまでに灼き消した。
●未来 紡ぎ直し
……化け物は断末魔をあげて空気に融けるように消え去っていく。
「大悟さん、ありがとうございました」
「いつも通りにお話したら、驚く程素直にお話できました」
暗雲に陽を翳すように、2人の少女が優しい笑顔で頭を下げる。
「大悟さんもうまくいきます」
「大丈夫です、きっと」
志穂崎さんと日野森さんの励まし耳に、瞳は間近で揺れる淡色の紫髪に囚われる。
「陽司さんもきっと大悟さんを必要としているのです」
烏丸さんの告げる名にどきりと胸が跳ね上がった。
「彼の元に行ってあげて下さい」
「大学の心理学で何を学んだ? 後悔する前に自分の思いを相手にぶつけてみてもいいんじゃないか?」
そうだ、俺がこの道を志したきっかけは陽司を支える知識が欲しかったからだ。
弥生に頷けば、ヘキサ君のくりっとした目が瞬いた。
「迷子はウソだけどな、親友がいるのはマジだぜ」
ただ素直に笑いあいたい願い、それを実現するヘキサ君が今は眩しい。
「今行かなければ、一生傷跡を遺します。踏み出すのは、貴方の為だけでは無いのです」
弥由姫をはじめ、まだ踏み出せない俺を真摯に励ましてくれる。
「これからの絆の為に……今、行ってあげて下さい。」
「世の中に、手遅れなんて事は……余りないと思い、ます」
御手洗君の視線は戦いで乱れた毛を整える愛犬へ、けれど気持ちは俺に向いていると、わかる。
「ヨージもホントに『何で一緒にいてくれなかったんだよ』って思ってるかもしれないけど」
だからこそ、これから。
ポンパドール君は俺のスマフォを指さして軽妙にウインク。
「いっぱいチカラになってあげなよ!」
――ああ、そうだ。
――これから、だ。
ぱしゃんと後悔が弾けた。
それは皮肉にも、先程頭で弾けた殻の音にも似ていたけれど、そんな事はどうでもいい。
「ありがとう。礼はまた追って」
目の前の彼らへ深々と頭をさげて、俺は駆けだしていく。
『今どこにいる? ごめん、逢って謝りたい』
走りながら打ったメールは即座に返信がきた。
『おー、生きてたかー。良かったわー』
茶化すようないつもの返事がこんなに嬉しいだなんて……ああ。
――ありがとう。
8人と陽司への声は人の行き来の激しい駅ではかき消える、だからちゃんと伝えなきゃならないな。
作者:一縷野望 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2015年3月8日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 1/感動した 2/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 5
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