タバコのポイ捨て火事の元

    作者:どうら熊

     夕暮れ時、雑木林の中を通る片側一車線の田舎道。そこを自転車で走っていた男が、道端にある何かに気付いてブレーキを掛けた。
     男が苦々しく見つめたのは、タバコの吸殻だ。
    「危ないなぁ」
     タバコの火は消えているが、近くには落ち葉が溜まっていて、風に吹かれてカサカサと音を立てている。もし引火すれば、雑木林にまで燃え広がっていたかもしれない。
    「そういえば……」
     男は噂を思い出した。何でも、車から火のついたタバコを投げ捨てていく奴が居るらしいと。しかも、落ち葉が溜まっている場所を目掛けてだ。
     そんな馬鹿なことをする奴が居るとは思えなかったが、実際に落ちている吸殻を見て、男は不安になった。
    「まさか、ね」
     寒気を振り払い、男は去っていった。
     しばらくして、誰もいない道に黒い自動車が入ってきた。普通の自動車だ。
     ただ、寒さの厳しいこの時期に、運転席の窓が開いていた。
     
    「あ、みんなもう、そろってる?」
     移動型血液採取寝台『仁左衛門』に取り付けた電気ポットに水を注ぎながら、天野川・カノン(中学生エクスブレイン・dn0180)は言った。ポットのスイッチを入れてから、灼滅者たちに向き直る。
    「実は、タバコを車からポイ捨てする都市伝説が現れるみたいなんだよね。で、火事になったら大変だから、灼滅して欲しいんだ」
     都市伝説が現場に現れるのは、夕暮れ時。道路はほぼ真っ直ぐで、街灯がぽつぽつとある。近くに人家などはなく、人通りは少ないようだ。
    「道路に誰かが居たりすると現れないみたい。ポイ捨てを見られたくないのかも」
     雑木林の中など、道路から見えない場所に隠れていれば問題ないそうだ。
    「で、都市伝説が現れたら、実際にタバコを捨てるまで待って欲しいんだよね」
     事前に止めようとすると、都市伝説はそのまま逃げてしまうらしい。
    「だから、ポイ捨ての現場を押さえる感じになるのかな?」
     現場を見られた都市伝説は、逃げずに襲い掛かってくるはずだ。
    「相手は車型の都市伝説だから、突進してくるよ。あとは、爆発炎上するタバコを投げつけて来るみたい」
     これらの攻撃は「ロケットスマッシュ」と「ブレイジングバースト」のサイキックだと見ていい。
    「で、みんなにはちょっとお願いがあるんだけど、戦闘が始まったら、雑木林には入らないで欲しいんだ」
     これは、雑木林に居る灼滅者を、都市伝説がタバコのサイキックで攻撃するような事があると、火事になってしまうからだという。
    「だから、戦場は道路上に限定する事になると思う」
     ちなみに、注意していれば灼滅者たちのサイキックが火事を起こすことは無いとの事。
    「さて、これで全部だったっけ?」
     カノンは資料に目を通して小さく頷き、居住まいを正した。
    「油断さえしなければ勝てる相手ですが、気をつけて任務に当って下さい」
     よろしくお願いしますとカノンが頭を下げると、丁度電気ポットの電子音が鳴った。
     そそくさとココアを作り始めたカノンだったが、ふと灼滅者たちの視線に気付いた。
    「あ、飲む?」
     現場は寒くなりそうだ。


    参加者
    裏方・クロエ(人生がキャスター・d02109)
    ヴァン・シュトゥルム(オプスキュリテ・d02839)
    満月野・きつね(シュガーホリック・d03608)
    リーグレット・ブランディーバ(ノーブルスカーレット・d07050)
    天城・優希那(の鬼神変は肉球ぱんち・d07243)
    一色・紅染(料峭たる異風・d21025)
    阿久津・悠里(キュマイラ・d26858)
    雨堂・亜理沙(赤錆びた白影・d28216)

    ■リプレイ

    ●ポイ捨て無用
     夕暮れ時の田舎道。その両脇に広がる雑木林の中に、灼滅者たちはそれぞれ身を隠して都市伝説の出現を待っていた。
     目立たない様にしゃがみ込んだまま、裏方・クロエ(人生がキャスター・d02109)は、そばに浮いているナノナノの頭に携帯灰皿をそっと置く。
    「もっちー君、これが灰皿です。タバコはボクが拾ってパスしますので、上手くキャッチするのですよ」
     そんな風に打ち合わせをするクロエの所に、天城・優希那(の鬼神変は肉球ぱんち・d07243)が身をかがめてやって来る。
    「ささ、寒いですし温かいものをどうぞ~なのですよ」
     注がれたココアを受け取り、ふーふーしながらクロエが訊く。
    「みんなはどの辺に隠れてるんです?」
     優希那によると、道路を挟んだ反対側に二人、道路の先の方で左右に分かれて二人ずつ隠れているとの事。先の方に居るメンバーには紅茶を振舞ったようだ。
     向かい側にいる雨堂・亜理沙(赤錆びた白影・d28216)は、背の高い草の中で身を屈めていた。黒いフード付きコートを着て闇に溶け込んでいる。
     その慎重な様子を見て、満月野・きつね(シュガーホリック・d03608)も身じろぎせずに隠れていた。木の幹に背中を預けてしゃがんだまま、空を仰ぐ。
    (「ぁー……甘い物食べたい……!」)
     我慢し切れなくなってポケットのキャンディに手を伸ばしかけた時、車の音が近付いて来た。
     息を殺して様子を窺うきつねの前を、黒い車が通り過ぎる。
     直後、運転席から投げ捨てられたタバコが反対車線を越え、道路際に落ちた。近くにいたクロエが飛び出す。
     溜まった枯葉に向かって転がっていくタバコを寸前で拾い上げ、もっちー君にパス。飛んできたタバコに合わせてふわりと動き、頭に載せた携帯灰皿にすぽっと入れてみせるもっちー君。クロエが灰皿の蓋をパチリと閉めて始末完了。
    「さーんきゅ、これで集中して戦えるぜ!」
     きつねが礼を言いつつ車の後を追う。並んで走る優希那が、サウンドシャッターを使って戦闘に備えた。
    「これでご近所迷惑も大丈夫なのです!」
     二人に先行して飛び出した亜理沙は、ミラーの視界に入らない様に、車の後ろを避けるようにして追って行く。
     車は、後方の灼滅者たちに気付かずに走っていたが、前方の人影に気付いて急ブレーキを掛けた。ヘッドライトの明かりの先に人影が進み出る。
    「ここから先は通行止めですよ」
     ヴァン・シュトゥルム(オプスキュリテ・d02839)はそう言って眼鏡を外した。
     隣で、一色・紅染(料峭たる異風・d21025)が、愛槍である一尾を構え、呟く。
    「ポイ捨て、散歩中、に、よく見る、けど……。悲しく、なる、よね……」
     そして、反対車線側にも二人。
    「さあ、きちんと片付けてしまおう」
     阿久津・悠里(キュマイラ・d26858)と、
    「……面倒くさい都市伝説だ」
     リーグレット・ブランディーバ(ノーブルスカーレット・d07050)だ。
     止まっていた車が、タイヤを鳴らして急発進する。戦闘開始だ。

    ●田舎道での戦い
     車型の都市伝説が最初に狙ったのは、悠里だった。
     突進を避けきれず、縛霊手で受け止めるが、勢いに押されて弾かれる。
     入れ替わりに踏み込んだリーグレットが、車の正面にマテリアルロッドを押し当てた。
    「よき開幕の狼煙よ、上がれ」
     流し込まれた魔力の爆発によって、車は大きく押し返され、タイヤが空転する。
     そこへヴァンの放った魔法弾が飛来し、フロントガラスに命中。間髪入れず、紅染のレイザースラストも突き刺さる。
     体勢を立て直せないでいる都市伝説に対し、側面に回りこんでいた亜理沙が、這うような姿勢でタイヤを斬り付けると、車体がスピンし始めた。
     スピンする車体に悠里とライドキャリバーのイグゾーションが追いつき、殴りつけ、体当たりすると、成す術なく道路を滑っていく。
     その先には、WOKシールドを構えた優希那が居た。迫る車体にわたわたしながらも、腕をぐるぐる回して迎え撃つ。
    「ふえぇぇん、こっちに来ないでください~」
     目を閉じたまま放った、駄々っ子パンチの様なシールドバッシュが直撃し、勢いを殺された車体はその場で止まった。
     が、車は直ぐに動き出し、優希那を正面に捉えようと素早く向きを変える。まるで怒っているかの様だった。

     戦いは、エクスブレインの指示通り、道路上での戦いとなった。雑木林への引火を警戒して路上に留まる灼滅者たちに、都市伝説は走り回りながら攻撃を繰り返した。
     運転席の窓から伸びた手が、爆裂するタバコを投げ付けようと振りかぶる。
     狙われたリーグレットは飛び退いて距離を空けようとするが、背後が雑木林である事に寸前で気付き、足が止まる。
     まずいと思った時には、既に目の前にタバコが迫っていた。甘んじて受けようと身を硬くしたリーグレットだったが、爆発の瞬間、閃光に割り込む影があった。
     爆発の煙が晴れると、そこには亜理沙が居た。
    「ふふ、さすがに迫力がありますね」
     そんな亜理沙に、リーグレットは、
    「すまない」
     と言って、からかう様にライトを点滅させている都市伝説へと歩き出す。
    「なぁ、こんな事で満足するなよ都市伝説。どうせするならこれくらい派手な事をしてくれないと……」
     リーグレットの体から炎が噴き上がり、振り上げた手に収束していく。
     ただならぬ雰囲気に気圧された都市伝説が、慌てて距離を取ろうとする。が、距離を詰める方が一瞬早かった。
    「この私が出てまでの止め甲斐が無いだろう?」
     静かな声とは裏腹に、振り下ろされた炎は激しかった。
     衝撃で吹き飛び、炎上する車体。
     その炎を見たクロエが、
    「燃えているのは――恋の炎?!」
     そう言って車に近付くや否や、
    「んなわけあるかぁぁぁ!」
     と、炎を拳圧で消そうとするかのような連打。良く分からないが、彼女の魂はRB団と共にあるようだった。RB団の覆面は伊達ではないという事か。
    「恋も炎もまとめて鎮火ですよ」
     理不尽に殴られた感のある都市伝説だったが、その怒りは他の者に向けられた。
     優希那によるシールドバッシュを何度も受け、その効果によって頻繁に彼女を狙うようになっていったのだ。
     投げ付けられた爆裂タバコを、雑木林に近付かないように逃げ回り、上手く避ける優希那。だが、回数が増せば被害は避けられない。
    「回復は任せてっ!」
     その負担を減らそうと、きつねがラビリンスアーマーを使い、優希那の守りを固めていく。
     一見、防戦よりのスタンスだが、この戦法で生まれるチャンスが幾度かあった。
     それは、都市伝説が突進攻撃を仕掛けようとした時に、怒りに囚われた場合。突進が届かない位置に居る優希那を無理に攻撃しようとして、攻撃の機会を逃してしまうのだった。 
     もたついて動かない都市伝説を見るや否や、悠里は弾かれたように飛び出し、その勢いのままボンネットの上に飛び乗った。立ち上がり、悠然と運転席を見下ろす。
    「さて、自然破壊と女子に煙を向けた罪で略式法廷だ……判決は灼滅。異論は認めない」
     慌てて振り落とそうとする都市伝説。悠里は一瞬早く空中へ逃れ、炎を纏った踵をボンネットへと叩き込む。
     車体の前面をへこまされてもなお、都市伝説は走り回って抵抗を続けた。
     だが、灼滅者たちの守りは堅く、回復の手も十分に足りていた。
     爆裂タバコを受け、その煙で咳き込む紅染に、きつねがイエローサインで癒しを与え、炎を消す。
    「みんな、全力で攻撃に徹してくれよなっ」
     そう言って応援するきつねの隣では、もっちー君がイグゾーションをふわふわハートで癒した。
     攻防を続ける内、明暗がはっきりと分かれていった。都市伝説によるプレッシャーや炎が上手く効果を発揮できないのに対し、灼滅者たちは相手を弱体化させ、自分たちを強化する事が出来ていた。決着は間近だった。
     都市伝説が、苦し紛れに優希那に爆裂タバコを投げ付けた。
    「きゃっ……」
     避けようとして、足を滑らせて転ぶ優希那。
     それに気付いたヴァンがタバコの前に身を投げ出し、爆風を背中で受ける。
    「天城さん、大丈夫ですか?」
     と、無事を確認してから、都市伝説に向き直る。
    「そろそろ終わりにしましょうか……」
     そう言うが早いか、ヴァンは立ち込めたままの煙を突っ切って、都市伝説の傍をかすめる様に走り抜ける。
     直後、車体の助手席側が一直線に裂けた。
     脅威を感じてか、ヴァンに向き直ろうとする都市伝説。
     その運転席の開かれた窓に、日本刀が突き込まれた。
    「そろそろ廃車になっていただきましょう」
     亜理沙が日本刀を引き抜きながら車体の屋根を切り裂く。
     都市伝説はバックで急発進し、亜理沙を振り払ってそのまま距離を取る。
     後退していくその先には、マテリアルロッドを携えた紅染が待ち構えていた。
     紅染は都市伝説が近付いてくるタイミングに合わせ、淀みの無い動きでロッドをふわりと振り上げ、振り下ろす。
     ロッドの先端がトランク部中央に触れた瞬間、爆発が起こった。反動で車体が跳ね上がり、紅染の頭上をくるくると回って越えていく。狙い澄ました一撃が、より一層の威力を引き出したようだ。
     紅染の背後で、車体前部から道路に突き刺さるように落下した。
    「タバコ……ごほごほ、って、なるから、嫌い、です」
     振り返った紅染がそう言うと、都市伝説はバランスを失って引っくり返り、そのまま灰となって消えた。

    ●撤収作業
    「皆様お疲れ様でした。お怪我の具合は如何でしょう?」
     戦闘後、優希那が皆の無事を確認していると、眼鏡を掛けなおしたヴァンが、周囲が少し荒れている事に気付いた。
     皆で手分けして片付けをする中、きつねがタバコのポイ捨てについて、
    「林とかに燃え移ったら、住む場所とか無くなっちまうだろ……ええと……キツネとかさ……」
     と話していると、近くで聴いていた数名が思わずきつねの顔を見つめて、頭上にハテナを浮かべた。
    「……いや、俺じゃなくて動物の方のキツネのことだからな!?」
     という一幕もありつつ、片付けは終了した。
    「では、お疲れ様でした」
     と、ヴァンの挨拶によってその場で解散となると、リーグレットは空飛ぶ箒を使って上空へ上がった。
     眼下には田舎の景色が広がっている。畑や田んぼ、人家の明かりがぽつぽつとある。今の所、火事の起きそうな気配は無く、静かなものである。
     リーグレットは気の済むまで空を飛び、帰還した。

    作者:どうら熊 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年3月6日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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