備えれば憂いなくなるかもしれない

    作者:泰月

    ●勉強会、または上泉摩利矢改善計画
    「3月に、期末テストがあるわよね――って、待って待って帰らないで!」
     期末テスト、と聞いて出て行こうとした一部の灼滅者を、夏月・柊子(高校生エクスブレイン・dn0090)は慌てて引き止めた。
     そうだよね。
     直前まで忘れていたいと思う人も、いるよね。
    「まあ、期末テストに備えて皆で勉強しない? って話なんだけど、実はもう1つ理由と言うか狙いがあってね……これよ」
     そう言って黒板にぺたんと貼ったのは、誰かの成績表。
     現代文、54点。古典、12点。数学、12点――と続くが、現代文の点数を越えている科目が1つもない。
    「これは……なんと言うか、ひどいな」
    「あ、私のじゃないわよ。これ摩利矢さんの」
     向けられた哀れみの視線に、柊子はさらりと返した。
     待て待て、公開されてるとは言え個人情報!
    「いや、別に減るもんじゃないし良いけど」
     と、口を挟んだのは当の本人、上泉・摩利矢(高校生神薙使い・dn0161)である。
     あの成績を、まるで気にしていないようだ。
    「そうなのよ……この人、気にしてないのよ……」
    「別に困らないしね」
     沈痛と言った様子の柊子に対し、どこ吹く風の摩利矢。
     なんだろう、この温度差。
    「うん、それでね。皆で勉強しないって言う話なのよ」

     要するに、摩利矢は勉強を苦にもしてないが、楽しさも感じていない。
     そこが問題点の1つではないかと、柊子は考えたらしい。
     そこで、授業とはまた違うテスト勉強を皆で集まってする事で、色々なテスト勉強の仕方を摩利矢が見て、刺激になって何かが変わるのでは――と。
    「だから、皆に摩利矢さんに勉強教えてあげて、と頼むつもりはないわ。それぞれのテスト勉強を優先でいいの。……私も自分のテスト勉強で手一杯だし」
     自分で言ってちょっと遠い目になる柊子。
     まあ、教えるにも、学年的に手が出ないと言うこともあるし。
     尤も摩利矢の場合、科目によっては中学レベルも怪しいかもしれないけれど。
    「あと、自分の部屋だと、参考書探していて何故か漫画や小説を手にしていたり、何故か部屋の掃除が始まってたりとか、あるでしょ?」
     さもありなん。
     教室ならそう言う誘惑もない、と言う利点があるわけだ。
     どの道、この武蔵坂学園の先生方は、例えどんな事件が起きても恐らくテストを実行に移してくるだろう。
     勉強しようがしまいが、その日はじわじわと近づいてくる。
     なら、休日に学校に集まってテスト勉強するのも、1日くらい良いかもしれない。


    ■リプレイ

    ●勉強会
     休日の武蔵坂学園の一室には、机の3分の2ほどの人数が集まっていた。
    「勝手に成績表見るなし! いいでしょ、ずっとキープってことは安定してるってことなんだよう!」
    「中2からずっとクラス40番台キープって、それは安定じゃなくて低迷だろ」
     ガタガタと、それぞれの思い通りに机を並び替えられるのは、休日ならでは。
    「上泉さーん! お久しぶりですー」
    「相変わらずのナイスバディで。どっかの誰かもこんくら……がふっ!」
    「ホント、二人は仲いいですねぇ……」
    「……うん、いつもの光景だね」
     ボディーブローで沈んだ1人を中心に、机を寄せ合う【刹那の幻想曲】の面々。
    「摩利矢さん、久し振り。皆にはもう会った?」
    「――緋織、久し振りだな。渡里達と御理には。小次郎と静菜はあっち」
     声をかけられた摩利矢が指差した先には7人分の机を並べる【梁山泊】の面々が。
    「よーっす、夏休み以来だな。また、よろしくな!」
     そんな中、摩利矢に誠がにかっと笑って声をかけた。
    「オレはベンキョーってすげー苦手なんだよなぁ……」
     でもさ、と誠は続ける。
     最近、本当に強い奴は腕っ節だけじゃなく頭も強いのだとわかったのだと。
    「だから苦手だけど頑張るようにしてるんだ。今日は折角なら、他の奴の勉強方法を見てみたいな」
     成程と頷く摩利矢の机に差し入れを置いて、誠は空いている机に向かって行った。

    ●それぞれの勉強
    「そう言えば宗一と学校で会うのは初めてだよね。何だか不思議な感じ」
    「だな。学年も違うし俺も不思議な心地だ」
     幾つかの小物やお菓子を机に広げ、向かい合う花織と宗一。
    「え、ここは、こうなってこうじゃなかったっけ……?」
    「成程。さすが花さん」
     教科書を指す花織の答えがどこか自信なさ気であったが、宗一は深く気にせず頷いてルーズリーフに書き込んでいく。

     普段はかけない眼鏡をかけた三園が、恵の教科書を指差す。
    「恵。教科書に落書きなんて場合じゃないだろ」
    「えー。だって数学と英語は無理」
     根気良く真面目に教えるのが三園のスタイルだが、恵はダラダラやるスタイル。2人の集中力には差があるようで。
    「英語はまず単語を覚えたら、その後構文を覚える。SVOC構文なら……」
    「SVOCってなんだよ覚えても使わないだろ!」
    「使うかもしんないから覚えるんだろ! 少なくともテストでは使う!」
     恵に釣られてか、次第に三園の声も大きくなっていく。
    「私が覚えるのはアイマイミーマインだけだ。こじろーいずまいん。こじろーいずきしめんらぶ」
    「……そ、そういうこと言うと俺が照れんの分かってて言ってんだろ! やめろよ!」
    「やめない! 小次郎も言ってもいんだよ? マインって」
     じ、と真っ直ぐにこちらを見てくる恵に、三園は思わず言葉に詰まる。
    「……ゴホン。はい、次の問題解いて」
     小さな咳払い1つ。何とか勉強に軌道修正するのだった。

    「数学なんて訳の分からんものやる位なら俺はやらないって選択肢を選ぶッ! これは逃げではないッ、栄誉ある転進であるッ!」
     取り出されかけた数学せっと、を手で制し眞白は、きっぱりと宣言した。
    「もう、何で眞白君は転進決めるの早いかな……!」
     緋織は笑いながら、ほんの少しだけ口を尖らせる。
    「そんじゃあ英語を見るとすっかね」
    「……英語……筆記は……私の精神が、限界を迎えるまでの少しだけ、なら……」
     一転、怯えを浮かべた緋織に眞白がそれ以上強く出れる筈もなく、結局助け合う2人であった。

    「誰か理数系得意な人がいたら教えてーっ!」
     それは、数学と化学を何とかしたい春陽の切実な本音。
    「数学は得意ですけど高校は未知の領域で……あ、英語を教えて頂きたいです」
    「ボクは社会教えて欲しいかなー」
     夏樹もそう口にしてリコが声を上げるのも、頼れる仲間がいるからだ。
    「あ、南谷さん。理数系なら割と得意なので僕が教えますよ」
     最近は危ない教科もなくなった心太は、余裕が見える。
    「大学生ですから、教えられますよ。理系は得意です。……社会と英語は……」
    「じゃあ俺が社会と英語かな。まあ、なんだって教えられるよ。暗記ものがベースになるのは諦めてくれたまえよ」
     教科書があれば、と小声で付け足す静菜が目を逸らした2科目は、自信たっぷりな丹下がフォロー。
    「……暗殺技の技術説明しなきゃダメかな……流石にダメかな」
     大学生の夜那は、ノートPCを開いて次の課題と論文のテーマに悩んでいた。

    「よに逢坂の関はゆるさじ」
    「……『夜をこめて、鳥の空音は、はかるとも』だな」
     渡里の答えに、少し悔しそうに「当たり」と短く言って、晶は次の札を手に取る。
    「2人は何を勉強してるんだ?」
     そこに摩利矢が顔を覗かせた。
    「百人一首。まあ、勉強を兼ねた遊びよ」
    「うん、晶と勝負中だ。たこ焼き20個おごりを賭けてる」
     勝敗のラインが全問正解と聞いて、摩利矢は驚きで目を丸くさせた。
    「魔利矢も下の句を当てる方でやってみる?」
    「個人的には、いつか、こうなる魔利矢を見てみたいけど」
     晶がゲームに誘うと、渡里が『忍ぶれど……』で始まる札を見せた。
    「古典は意味も読み方も、現代文と全然違う所があって難しいよ」
     意味は調べてみると良いと言われ、難しい顔をした摩利矢に近寄るロップイヤー。
    「読み方を覚える作業は萎えるので『物語』から入りましょう」
     そう声をかけて来たのは、摩利矢も渡里も見知った顔、御理だ。
    「物語の筋を知って居れば自然と読み方のパターンが解るようになる筈です。そこで紙芝居にしてみました!」
     それは、御理が高校の分野で教えられる事がないか考えて、作ったもの。
    「判らない時にカンで選ぶのも良いけど、話の筋を知ってると違うと思うわよ」
     横で聞いていた晶も、少し助け舟に口を挟む。
    「テストには大抵、名場面しか出てきませんしね。それに古典には色々楽しい『物語』があるんですよ。例えば、古事記はダイナミックな神話大活劇、源氏物語は――」
     他にも枕草子、平家物語、御伽草子。
    「じゃあ鬼退治の話からにしようかな」
    「御伽草子ですね。では――」
     摩利矢が御理の語る物語に耳を傾け始めたのを見て、晶と渡里も勝負を再開した。

    ●小休止
    「摩利矢さんは……椿さんにお料理を作ったりはしないの?」
     作ってきたさんどいっちを手に、緋織はそう摩利矢に訊ねた。
    「家庭科なら、栄養や状態に合わせた献立も学べるし、椿さんの成長にも良い物、作れるんじゃないかなあ」
    「ちゃんとした献立を学ぶことは絶対に無駄にならねェと思うぜ。それに、まぁ……自分が作った料理で御子サンが笑顔になったら、嬉しいだろうがよ」
     優しく告げた緋織に続いて、眞白も言葉を重ねる。
    「家庭科、栄養か……何でビタミンはあんなにいるんだろうね?」
     サンドイッチの相伴に預かりながら、摩利矢。意訳、覚え切れない。
    「でも、2人ともありがとう。料理は好きだし、頑張ってみるかな。電子レンジは良く爆発する強敵だけど」
     栄養学の前に、調理家電のイロハが先のようである。

    「一休みしましょう。クッキー焼いて来たです。上泉さんも一緒にどです?」
    「そうさせて貰うよ」
    「頂きます」
     ゆまに誘われた摩利矢が頷く横で、クッキーに素早く伸びる夜トの手。
    「待て待て俺も食う」
    「勉強やってると甘い物が欲しくなるからありがたいな」
    「そうですね。一息つきましょうか」
     律は少し慌てて、叶流と龍之介もノートを閉じて、それぞれ手を伸ばし始める。
     そして始まる休憩タイム。
    「高校になると、理科の科目が分かれるのよね。今でも試薬などの名前が難しくて頭に入らないのに……」
     ぽつりと叶流がもらした呟きで、苦手科目が話題になった。
    「数学が苦手ですね。公式はある程度覚えたつもりなんですけど、解いててどうにもピンと来ないんですよねぇ」
    「あ、判ります。物理式は平気なのに、どうして数学の公式は覚えられないんだろう」
     龍之介の言葉に、しみじみと頷くゆま。
    「国語、現文の点の取り方は、ある。文章問題は問題文より先に、文章を読むと良いと、聞いた。漢字問題より先にやると良い、とも」
     ぼそぼそ話す間も、夜トのクッキーを取る手は止まらない。
    「ただ俺は解き方を知っても問題を解く能力がない。感情を表現する力がないのに、何を思って書いたかなんて、判る訳が……」
    「知ってるだけでも違うと思うぜ? てか、ココって文系得意が多いのか……」
     そう口を挟んだ律は、理系得意の文系苦手。
    「私は次のテスト、0点更新ではなく、全ての科目でゾロ目を目指す所存です」
     ぼーっとしていたペーニャが、口を開く。
    「0点や一桁では美しさが足りませんし、ゾロ目なら並べた時に綺麗でしょう? と、言う事で摩利矢さんも面白い結果、目指してみませんか?」
    「面白い結果?」
     ペーニャに話を振られて、首を傾げる摩利矢。
    「歴史の偉人に落書きを施し、真面目な設問にネタで返す。点数は悪くなりますが、目指す世界も見えてくるのではないでしょうか?」
    「……成程、そんな考え方が」
    「何を目指させる気だぺーにゃん! 上泉サンも感心するトコじゃねー!」
     溜まらずつっこむ律。変な事吹き込むの、まさかの身内でした。
    「あ。クッキーもなくなりましたね。勉強再開。みんなー! 理数得意なりっちゃんに突撃せよー!」
    「神堂さん、数学得意なんだったらちょっと教えて貰えたら……」
    「理科教えて貰っていい? 化学式のところが良くわからなくて……」
     ゆまの指令に同時に腰を浮かせた龍之介と叶流は、そのまま顔を見合わせて。
    「……うん、僕は自分でやりますね」
    「……あ、一度に来られたらさすがに無理だよね。ごめん」
     そして同時に腰を下ろす。
    「しゃーねーな。律にーさんが順番に教えてあげましょう! ハイ、整列」
     それを見て、律は喉元まで出かかった言葉を飲み込んで、代わりに得意気な表情を浮かべた。
    「相羽さんも遠慮することないですよぅ! 武月さんも整列は早いもの勝ちです!」
    「あ、突撃ってそう言う事……」
     促すゆまを見て、摩利矢は握った拳を開いていた。

    「私もお茶請け作って持って来たんです。甘くて美味しいですよ」
     召し上がれ、と紅緋が差し出したのは、手作りの苺大福。
    「随分、熱心に勉強してたね?」
    「前回以上になるとは思えないんですが……何もせずにいても始まりませんから。次のテストが終わったら、もう中学生ですし」
     どんどん勉強は難しくなっていく。
     だからここが踏ん張りどころです、と紅緋は笑って自らも苺大福を口にした。

    ●再び勉強
    (「私達、どうして勉強をしているのでしょうか……」)
     沈思黙考。今の流希の状況を一言で言えばそうなる。
     大学に行けば専門的な学問になり、ここでの学習は無駄になるかもしれない。
     いや、学問の目的は『知らない事を知る事』なのだから全くの無駄ではないのか。
    (「だが、この数学の知識を一般社会で使う機会が、いつあるのだろうか……だが知らなければ……」)
     指先でペンが、頭の中で哲学的な思考が回り続ける流希であった。

    「どうだった、愛莉ちゃん?」
    「まさかあれ程、手強いとは……」
     しばらく摩利矢と差し向かいで話していたヴァーリは、悠里の問いに疲れた様子で首を振って、そのまま机に突っ伏した。
     テキスト代わりに海外の漫画の日本語訳と英語版を同時に見せて、比較しながら教えようと思ったのだが。
    「高3であの英語力とはな。予想以上に英語と比較に時間が掛かってしまい、ストーリーに入り込めなかったようだ」
    「うちも……和算パズル、鶴亀算と魔方陣はなんとかサポート出来たんだけど、鼠算の途中で1匹ずつ数え始めちゃって……」
     ヴァーリと悠里の溜息が重なり、次いで2人の視線が來鯉に向けられた。
    「ああ、僕は……まあ少しは何とかなった……かなぁ。流石に信長とか秀吉辺りの有名なのは覚えてたから、話は出来たよ。マイナーな逸話は着いて来れなかったけどね」
     崇田の3兄妹は、摩利矢に勉強の面白さを知って貰えば良いとと考えていた。その方向性は正解だが、小学生としては高い学力と言って良さそうな3人が用意した手段は、難易度が摩利矢にあっていなかったようだ。
     とは言え、摩利矢も判らないなりに3人が用意したものに取り組んだ。彼らの気持ちは伝わった筈である。悠里が渡した、鞠花のぬいぐるみと共に。

     摩利矢のそんな英語力は、アイリスも見ていた。
     英語はネイティブなアイリスでも、どこから教えたら良いか考え込むレベルだ。
    「……摩利矢さん、そんなにひどかったんですね」
    「……そうか。そんなに私はひどいのか」
     純粋にすごいなぁ、と思わず遠い目になったアイリスに釣られ、摩利矢も遠い目に。
     人生ケ・セラセラ。

     有無の考える勉学の狙いとは、学力よりも思考力の向上。
     発想発芽の道筋を敷くものだ。
    (「――だが、摩利矢君は理詰めが効く娘ではあるまい……と言うか何で傍から見ているだけでこんなに手強さを感じるんだ……解せぬ……」)
     怯んではいられない。せめて世界史地理くらい、何とかなって欲しい。
     灼滅者としても、利用価値はある筈だから。
     それには――現代文をもう少し。
    「摩利矢君、読みたい本とか無いのかね?」
     興味深いものから入れば好いと、有無が訊ねれば考え込む摩利矢。
    「あるいは小説の濫読とかどうでしょう」
     同じく現代文を延ばせば、と考えていた紅緋が口を挟む。
     ややあって、摩利矢は口を開いた。
    「逆にお勧めを聞いていいかな。出来れば眠くならない本を」

    「細かい所まで全て暗記するより、要するにこういう事、という本筋をまず探していくと良いですよ」
     身内に教えるのが一段落ついた静菜が、摩利矢に苦手科目を覚えるコツを教える。
    「それをなるべく短く纏めて……要するに、カンニングペーパーを作る要領です」
    「カンペか。悪い方法じゃないよ。教科書なりノートなりから、書き込むごく一部を取捨選択。その切っていいかどうかを判断するには理解が必要だ」
    「そうそう。"使おうと準備したら見なくてもしっかり覚えていた"というお話を、聞いた事があるのですよ」
     さらに丹下も説明に加わり、ふんふんと頷く摩利矢の後ろでは春陽もこっそり、成程と頷いていたり。
    「僕のコツは、何かしら目標とか楽しみを設定してモチベーションを上げる事ですね。例えば大事な人と遊ぶ約束をするとか、美味しいものを食べるとか」
    「うん、頑張ったら美味しいサプライズが待ってたりすると、ボクもやる気になるかな。あと、褒めて貰ったり……まあ、鞠花と一緒に話してて、困らないくらいにはしとくといいんじゃない?」
     コツを話しながら、リコの視線は夏樹をチラリ。
    「リコ、こっち見ないの!」
     感じた視線に、夏樹が首筋を隠す。
    「歴史はごろ合わせで年号覚えちゃえば、結構いけるわよ? いいくに(1192)作ろう鎌倉幕府、みたいな」
    「副頭領、君は歴史が得意なのだね」
     春陽の言葉に反応して声を上げたのは、丹下だ。
    「でもな、今は鎌倉幕府は1185年成立なんだよ……確かに一昔前は1192だったんだが。古いものが得意ということか」
    「え、ええと、上泉さんは、春には大学生だっけ。進路はもう考えてるのかしら?」
     揚げ足を取られ、春陽は誤魔化すように話題を変える。
    「学部は良く考えた方がいいよ。ぶっちゃけた話、学部次第だけど、大学進学すれば数学とか化学だとか関係なくなるからね」
     そこに、黙って聞いていた夜那が大学生としての意見を述べる。
    「そうねぇ……どういうことに興味があるのかな? 覚えるのも、それに絡めるとか」
    「興味……料理かな。後は、身体を動かすことなら何とかなるから、そう言う学部にしようかと思ってる」
     丁度いいですね、と心太が手を挙げる。
    「料理は材料も大事ですから。残り時間で、生物の農業に関わる部分を重点的に頑張りましょう、魔利矢さん」
     次のテストで出ると良いね。

     ぱたりと教科書を閉じた宗一は、いつの間にか花織がしょんぼりと机に突っ伏しているのに気付いた。
    (「勉強疲れか? なんぞ息抜きに楽しいことでも……」)
     彼女の頭の中で白旗が舞っている事まで気付いていないようだったが、しばし考え、ノートの最後のページに何かを描き始めた。
    「なぁに? ……美術のお勉強?」
     書き取りとは違う音に顔を上げた花織は、猫と独楽の絵を見つける。
    「これか? 花さん一緒に暮らしてるだろ?」
     最初の猫は、花織の飼猫だ。ネコ、コマと言う事は。
    「お絵かきしりとりかぁ、ふふ、懐かしい。えと、一緒にー……」
     そこまで言いかけて、答えを言葉にしちゃ駄目だった、と思い出す。
    「じゃあね次はね――」
     花織の口元が綻ぶのに釣られたか、宗一も頬を緩ませ――夕日に照らされたノートの上に、可愛らしい絵が次々と増えて行く。

    ●勉強会終了、そして――
     ジリリリッ!
     鳴り響いたベルの音が、約半日の勉強会の終了を告げた。
    「皆、お疲れ様。色々とありがとう。上手く言えないけど――次のテストは今までより頑張れそうだ。半分以上、カンになりそうだけど」
    「摩利矢もたこ焼き行く? あいつの奢りよ」
     勝負が着いたらしい晶が、ベルを止めて笑みを見せた摩利矢を誘う。
    「あれ? 俺の文系は……?」
     中には律の様に時間が足りなかった者もいたようだが、数日後には、この日も含めたこれまでの勉強の成果が試される事になる。

    作者:泰月 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年3月7日
    難度:簡単
    参加:30人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 10
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