その絶望推して知るべし

    作者:六堂ぱるな

    ●解禁日の悲劇
     今日はやっぱりオペラかな。
     大好きなケーキショップへ行くのははかれこれ半年ぶり。お店のケーキが美味しくて、つい食べ過ぎて、ちょっと体重がアレになってきたから頑張ってダイエットした。
     これで心おきなく、店長自慢のシュークリームもミルクレープも食べられる!
     浮き立つ気持ちで小さなお店の前まで来た彼女は、思わず足をとめた。
     下りたシャッターに貼り付けられた小さな告知。

    『閉店致します。長らくのご愛顧ありがとうございました』

     店の前に面した二階の窓から店長の奥さんが顔を出す。
    「ほまれちゃん?」
     その言葉が終らぬうちに、小柄な少女は蒼い筋肉に覆われた腕を振り上げてシャッターを叩き潰した。
     絶望に震える蒼い異形が、奥さんごと店を跡形もなく破壊するまであと5分。

    ●人外化も解禁
     デモノイド。
     その闇堕ちはもはや確定的であり、被害を防ぐためには闇堕ち後の介入が必須となる。事前の接触で闇堕ちタイミングが変われば、次はいつどこでデモノイドと化すか知れたものではない。
     ストレス社会と言われる現在、潜在危険度ピカイチのダークネスと言えよう。
    「あーなんだ、凄く気持ちはわかる気がするが」
     眉間を揉んで、埜楼・玄乃(中学生エクスブレイン・dn0167)はひといき入れた。
    「よって重要なのは、ターゲットである努力・星希(ぬりき・ほまれ)がデモノイドになってから接触することだ」
     そして次に大切なのは、まだ助かる可能性があるということ。
     人間の心に訴えかけ、人間に戻りたいという意識を持たせてKOできれば、彼女をデモノイドヒューマンとして救出できる。そのためにも、彼女に人を害させてはならない。
    「では具体的な話に入ろう」
     玄乃は資料を配り、眼鏡のブリッジを押し上げた。

     接触は件のケーキショップの前になる。午後2時半という時間のため、通行人は少なくない。巻き込まれないよう人払いは必要になるだろうが、問題は当のケーキショップにいる店長の奥さんだ。
     店の常連である星希とは顔見知りであり、親しいために警戒もしない。
    「店長の奥方への事前接触も、星希の闇堕ちタイミングに影響を及ぼす可能性がある。なんとかデモノイド化の後、店舗及び店長の奥方に被害がないよう抑え込み倒して貰いたい」
     救出する場合は説得が必要だ。人を害することがないよう注意しつつ、彼女に『人間に戻りたい』という想いを持たせなくてはならないだろう。
     星希デモノイドはデモノイドヒューマンのサイキックの他に、発達した右腕を振り上げ無敵斬艦刀に近いサイキックを使う。
    「閉店は店主の病気入院のためのようだ。残念ながら復帰の見込みはない」
     難しい表情でファイルを閉じ、玄乃は一行を見回した。
    「だが失われるものを嘆くだけでは生きられん。救出を狙うなら、これからを考えさせてやるとよいと思う」
     気をつけて行って貰いたい、と玄乃は話を結んだ。


    参加者
    住矢・慧樹(クロスファイア・d04132)
    皐月・詩乃(神薙使い・d04795)
    楠木・朱音(勲の詠手・d15137)
    肆矢・獅門(災骸回路・d20014)
    ルクルド・カラーサ(生意気オージー・d26139)
    山野・ぬい(おひさまろんど・d29275)
    三和・透歌(自己世界・d30585)

    ■リプレイ

    ●絶望のはじまり
     午後の街は今日一番の日差しを受け、いくらか気温が上がっていた。
     大きな鞄を手にしたエリスフィール・クロイツェル(蒼刃遣い・d17852)は店の手前で足を止め、努力・星希を待ち受けていた。店のほうへ目をやると、店の陰で待機している楠木・朱音(勲の詠手・d15137)がアイコンタクトを返す。
     彼が恐らく服が破損する星希を保護するための毛布を持参したと聞いて、山野・ぬい(おひさまろんど・d29275)が首を傾げた。
    「服持ってきたほうがよくないか?」
    「いや、女の子の着替えを男が持って来るのは駄目だろ、色々……」
     トホホな気持ちの朱音である。
     店の反対側の建物の陰では、肆矢・獅門(災骸回路・d20014)が油断なく通りへと目をやっていた。星希に同情できなくはない。
    「長く苦しい道程も、希望があれば頑張れるもの。それを奪われれば……絶望もするだろう」
    「なるほど。好きなものを喪失することへの絶望、ですか。私はそこまで好きなものは思い付きませんが、おそらく相当な衝撃なのでしょうね」
     なかなか興味深い。そう胸の内で続け、三和・透歌(自己世界・d30585)はだらりと店の外壁に身をもたせかけていた。
     店から少し離れた場所で佇むルクルド・カラーサ(生意気オージー・d26139)も、人待ち顔で街にとけこみ道の先を眺める。その瞳に星希の姿が映った。
     店のシャッター前で闇を纏い、一般人の知覚から隠れながら、住矢・慧樹(クロスファイア・d04132)は足取り軽くやってくる星希に戦々恐々としていた。
    (「これからこのコが殴りかかってくるのか……止められるかな俺……」)
     小柄な少女だがデモノイドと化せば話は別だ。見上げるほどの巨躯となり強大な力をふるうダークネスを思うと、ちょっとドキドキする。
     店の屋根の上で猫変身を使い箱座りしていた皐月・詩乃(神薙使い・d04795)は、星希が駐車場に駆けこんでくるのを見て身を起こした。
    (「うーん、私も甘いものは好きですし、半年ダイエットを頑張ったご褒美の心算でしょうから、落胆してしまう気持ちもわからなくはないのですが……」)
     ぴたりと星希の足が止まる。
     受けた衝撃を物語るように彼女の顔が青ざめ、蒼い異形の体組織が右腕で蠢き始めた。
    (「流石に堕ちてお店を壊し、奥さんも殺めてしまうのは大問題ですね……少し大人しくして頂きましょう」)
    「ほまれちゃん?」
     からから音をたてて二階の窓が開くと同時、詩乃は身を躍らせた。外壁に爪をたてて窓から二階の室内へ飛び込む。
     蒼い寄生体が膨れ上がった少女の腕が振りかぶられた瞬間、灼滅者たちは飛び出した。

    ●抗うものたち
     店の陰から飛び出したと同時、ぬいや獅門が一般人を寄せ付けぬための殺気を、朱音が周辺にいるものたちを威圧する風を解き放った。
    「ここから離れろ!」
     通行人たちがその迫力と蒼い異形に度肝を抜かれ、おっかなびっくりその指示に従い始めるのを見届けてから、エリスフィールが駐車場付近の音を断つ。迅速な人払いという点では、王者の風は不向きだったかもしれない。だが幸い、星希が変じたデモノイドは一般人などよりも余程注意を引くものを目の当たりにしていた。
     みしり。
     シャッターを叩き潰そうと振りおろした腕は、立ちはだかった慧樹が身体を張って守っていた。骨と防具が軋む鈍い音を聞きながらも、彼は蒼い腕を振り払った。
    「おーっし。遠慮はナシでいくぜっ!」
     すかさずデモノイドの周囲を、透歌の愛機ウェッジやルクルドの霊犬、田中・カラーサが挑発するように駆けまわる。近距離に一般人はおらず、それも殺界形成により遠ざかりつつあることをルクルドは確認した。
     そうした風景は幸い、店長の奥さんの目には入っていなかった。部屋に飛び込んだ猫を追って振り返ろうとして――彼女はくたりと床に崩折れた。詩乃の放った魂鎮めの風が彼女の意識を奪ったのだ。
    「申し訳ありません、少しお休みください」
     初老の婦人に囁きかけて、後ろにあったソファへ彼女を運ぶべく抱え上げる。

    「我慢した後の幸福が奪われた。こんなに悲しいことはありませんよね」
     田中と共に慧樹の傷を符で癒しながら、ルクルドがしみじみ首を振る。警戒色を帯びた『シグナルボード』をかざし仲間に加護を加えながら、エリスフィールがデモノイドに語りかけた。
    「絶望の淵に沈む前に、少々耳を拝借。今の君、視界が随分変わった様に思えぬだろうか?」
     戸惑ったようにデモノイドが周囲を、次いで店を見やる。
     明らかにいつもと違う視点、異形と化した自身に驚いたのか咆哮した。
    「気付いたなら重畳。が、心配あるな。元に戻る方法も無論ある。私達の話を落ち着いて聞いて欲しい」
    「好きな物を我慢し続けた末、それが叶わなかったショックは分からなくもない。だがな、店主さんも病に倒れた末の無念の閉店だったんだ。そこは汲んでやってくれないか?」
     話しかけながら朱音は『双金冠白鋼棍』を操った。演武のように回る純白の鋼身が加速して異形の体に突き込まれる。ぶんぶん丸の機銃をかわす動きに遅れず、『明慧黒曜』を回転させて蒼い巨躯を突き放し、慧樹は複雑な表情で訴えた。
    「たくさん我慢したのに、サイテーだったな。でもさ、他にも美味しいケーキ屋さんいっぱいあるんだと思わないか? そーゆーの探していくのって楽しそうじゃない?」
     店と星希との間に割り込むように位置どった獅門が、後列から怒りを誘うビームを放つ。
    「君の苦しみは尤もだが、どうか分かってほしい。何かの悪意があったわけではない。どうしてもそうしなければならない事情があったのだと」
     うるさいとでも言いたげにデモノイドが振り回す腕を透歌と同時にかいくぐり、獅門はため息をついた。
    「……とは言うものの、それで納得するのも難しいだろうか。ならば、君の怒りも嘆きも今ここで吐き出していくと良い」
    「好きなもののために頑張ってきたのですね。折角ですし、それを無駄にせず食べ比べなんかもいいかもしれません」
     透歌はウェッジと連携して挟撃。唸る機銃が自由をいささか奪った隙に、非物質化した透歌のクルセイドソードがデモノイドの攻撃力を削ぐ。
    「味はがんばれば残せるが、ホマレが堕ちるはそこでおしまい! 堕ちたらぜったいかわいいなくなる! うまいもんも食えんくなる! もったいない!」
     ぬいのビハインドであるばばが扇を開いた。一さし舞うと藤の花弁が散り、放たれた衝撃がデモノイドを襲う。小さな身体には不釣り合いなほどの妖の槍を操り、ぬいは螺旋を描く刺突を仕掛けた。
     生きていれば絶対楽しいことはある。『かわいいなくなる未来』と、『かわいくてうまいもん食べれる未来』だったら、うまいもん食える未来の方がいいなあと思うのだ。
     駐車場にできたデモノイドの包囲網へ、ふわりと詩乃が飛び降りてきた。
    「すみません、遅れた分は働きで取り戻しますね」

    ●絶望を乗り越えろ
     デモノイドからの打撃を慧樹と獅門で引きつけ、徹底的に庇い合う戦法は、人数が多い今回有効に働いた。
    「甘く見るな? これ位じゃ、止まらないぞ寄生体!」
    「シルヴァリア、それを通すな!」
     前衛を襲う大振りの一撃を躱す朱音。慧樹を庇って斬撃によろめくビハインドに、ルクルドがダイダロスベルトで防御を兼ねた回復をかけつつ声を張り上げた。
    「こうも考えられます! まだ、自分のダイエットは不完全だったんだ! この有様は自分にとっての試練なんだと!」
     その怒り、絶望の発散が暴力ではいけない。むしろ何がしか健全な方向でなければ!
     相棒である田中が怯まずぴんと耳を立て、彼と共に癒しの力を奮う。
    「その怒りや絶望を脂肪燃焼にぶつけるのです!」
    「半年ぶりに来た貴方の事を覚えていたお店、一時の衝動で壊してしまって良い程度のものなのでしょうか」
     衝撃で身を蝕む氷弾を撃ちながら、詩乃が精一杯の声をかけた。
    「店長と奥さんが時を積み重ねた大事なお店なのではないですか……?」
     びくりと蒼い体が震える。星希の意識が目覚めかけているのだろう。連携して慧樹も構えた漆黒の刃の大槍の穂先から氷弾を撃ち込み訴える。
    「怒ってないで、一緒に新しい店探しに行こうぜ! おススメケーキ紹介してよ!」
    「ケージュ、だいじょうぶか?」
     怪我の重い慧樹をぬいが心配そうに眺め、集気法で癒した。剛剣【アルヴァード】の無骨な長剣の刃を清冽な光が滑り抜け、獅門の熾烈な斬撃が更に畳みかける。
    「君の気が済むまで、最後まで付き合おう。そうしたら……一緒に新しい味を探しに行こう」
    「有名なお店、隠れた名店、実はコンビニのものも悪くはなくて……よければご一緒に甘味巡り、してみませんか?」
     ウェッジの機銃で追い込んだデモノイドに『Gloomy Day』で殴打を浴びせ、動きを縛る霊力を起動しつつ透歌が提案した。
    「そんなにケーキが好きなら、自分で作ってみるってのはどうだ? 上手く作れたケーキを店主さんに差し入れたら、きっと喜んでくれるぜ。まずはこっち側に帰ってくると良い。今なら充分間に合うからさ」
     腕を振り回す間合いから距離をとり、呼びかけながら朱音の『Totenbuch』が閃いた。死者の冥福と神への賛嘆を連ねた聖布は鋭くデモノイドの体を引き裂いて戻る。
     エリスフィールが構えた寄生体の砲門が傲然と唸りをあげた。直撃を受けたデモノイドが仰け反って咆哮する。怒りに任せた戦艦斬りは空を切り、泳いだ身体に慧樹が高速回転する杭を捻じ込んだ。衝撃が氷の浸食を招き、ぶんぶん丸の機銃掃射が脚に次々と弾痕を穿つ。
     シルヴァリアの霊撃でたたらを踏んだデモノイドは、明らかに動きが鈍くなっていた。
     ルクルドが意を決して回復を中断し、風の刃を放つ。ざっくりと切り裂かれた寄生体に田中が斬魔刀で追い討ちをかけた。ばきばきと音をたて、氷が寄生体を蝕んでいく。
    「ここのがいちばん好きなら、テンチョーのちょうしいい時つくり方おしえてもらおう! そっちのがぜったい楽しいぞ!」
     ぬいの言葉に一瞬、デモノイドの動きが止まった。宙を舞ったぬいは延髄に体重を乗せた蹴撃を加えた。呼吸を合わせたばばの霊障波が鳩尾を抉る。
    「ちょっと熱いケド、我慢してくれよっ!」
     槍の間合い。炎を噴いた慧樹の『明慧黒曜』に引き裂かれ、よろけた胸を詩乃から滑り出た意志ある帯が深々と貫いた。
     突然デモノイドの体が傾いた。ずしり、と駐車場のアスファルトに膝がめりこむ。
     距離を詰めていた朱音は、咄嗟に跳び退って建物の陰に置いておいた鞄を手にとった。急いで毛布を引っ張り出して広げ、崩れ落ちる体を受け止めると安堵の笑みを浮かべた。
    「お帰り。そして……ようこそ、かな」
     荒れ狂っていた蒼い寄生体はなりをひそめ、少女は穏やかに目を閉じていた。

    ●生まれた希望
     意識を取り戻した星希の恐縮ぶりたるや、かなりのものだった。
    「悪い夢だったら良かったのに……」
     耳まで赤くなった彼女の述懐は愛する店の閉店はもちろんだが、大暴れした時の記憶がわずかながら残っているせいでもあろう。
    「ケーキ食えないだけであーなっちまうのか。女ってそういうモノなの?」
     不思議そうに慧樹が首を捻ると、星希がぶんぶん首を振りながら必死の弁解をした。
    「ち、違うの、閉店はショックだったし、ケーキ我慢してたからそれもあったんだけど、なんか色々ビックリしちゃってぷつーんって」
     所かわって別のケーキショップだ。星希の着衣がたいへんなことになっているので、人払いが効いているのを幸い、店の陰でエリスフィールが持参した服に着替えさせた。
    「まあ趣味に合わぬかも知れぬが、緊急処置だ」
    「ううん、ありがとう。道歩けないところだった」
     感謝しきりで店の陰から出てきた星希が、改めてシャッターの貼り紙を見て肩を落とす。
     と、その目の前にひょいと手品のように、ルクルドが焼き菓子を差し出した。
    「やっぱり食べられないなんて可哀そうですしね」
     ぱっと星希が嬉しそうな笑顔を見せる。
     結局彼女の身に起きたことを説明するのも兼ね、星希おすすめ、ロールケーキが美味しいケーキショップへ移動。一行は一通りお茶なりケーキなりを楽しんでいた。
    「お店紹介してくれてアリガト! お礼にケーキ、奢るよ!」
    「ほんと? 嬉しい!」
     慧樹の言葉に星希がわーいと素直な歓声をあげた。
    「彼の言うように、自分で作って見るのも良いかもしれないな」
    「それも良いやもな。この朱音殿も料理が上手い。学園に来た暁には、彼にお菓子作りを習うのも良いやも知れぬ」
     獅門とエリスフィールの言葉に朱音がえっという顔になった。多分に戸惑いが大きい。
    「お菓子作り、教えて下さい!」
     期待に目を輝かせた星希に振り向かれ、朱音が更に困った表情でじわりと椅子を引く。そこでそっと透歌が口を開いた。
    「店長さんのお見舞いにも行ってみてはどうでしょう」
    「そういえば、ぬいちゃんさっきいいこと言ってた!」
    「そうそう、テンチョーに教えてもらうのもいい!」
     ケーキを食べていたぬいが、えいやーとフォークを振り上げて笑顔を返す。
     矛先が逸れて安堵の息をつく朱音を、詩乃は微笑んで眺めていた。店長が培った味を彼女が覚えれば、積み重ねられたあの店の歴史は途絶えても味が残って行く。それはただ星希を救出できた以上に意味のあることだろう。
     一同へぺこりと頭を下げて、顔をあげた星希はいっぱいの笑みを浮かべた。
    「助けてくれて、本当にありがとう!」

     時とともにあらゆるものが失われていくけれど、途切れず続いていくものはある。
     それは血の絆であったり、受け継がれる何かであったり、形こそ違うけれど。
     必ず何かを失う絶望を超えて、誰かを守り導いていく。

    作者:六堂ぱるな 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年3月6日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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