
「あの、原宿にクレープをタダで配ってる店があるらしいんですけど……」
宮儀・陽坐(餃子を愛する宮っ子・d30203)はこっそり内緒話をするように手を口元に当てて囁いた。
なんでも、移動車で原宿中を移動して少しずつファンを獲得しているらしい。当たり前だ、タダで食べられるとなったら大衆はこぞって行列を作るに決まってる。
だが、と陽坐は頭を抱えるように叫んだ。
「これ、ご当地怪人の仕業なんです!」
原宿の街角に行列ができている。
新しくてポップでおいしいクレープ屋さん――しかもタダ!!
「気にくわない……」
ぎり、と親指の爪を噛んで恨めしそうな顔をしている喫茶店のマスターだとか。
「商売あがったりだ!! くそっ、そのうち飽きると思ってたがあいつ意外と頭がまわる。メニューを入れ替えたりコラボしたりしてまだまだ売上伸ばしてやがる!!」
これは、原宿で長くアイス屋をやっている老舗店長の嘆き。
要はクレープ屋に客をとられて売上がだだ下がり。よくある手法だ。安売りをしかけて他店を潰してから値上げするという、あれである。
「そろそろ頃合いかしら?」
見た目は女子高生、ショートカットの髪を揺らしてぺろりと舌を出すごクレープ怪人。
「別に、クレープで売上出さなくてもいーのよ。宣伝費の代わりに価格を下げて、あとはマスコットキャラでも作ってグッズ収入を見込むの! いずれは海外進出してクレープで世界征服よ!!」
らん、ららんっ♪
解体ナイフで果物を剥きつつ、怪人は夢に心を馳せてうっとりと目を閉じた。
「ああ、グローバルジャスティス様……私頑張ります……!!」
「という、夢見がちなわりにえげつない経済攻撃を仕掛けてくる怪人なんですよね。情報をキャッチしちゃった以上、放っておけなくて。それに俺、原宿のその辺に好きな店があって……」
だから、頼む!
陽坐はぱんっ、と両手を合わせて頭を下げた。
「一緒に倒しにいって下さい、この通り!」
| 参加者 | |
|---|---|
![]() 石弓・矧(狂刃・d00299) |
![]() 桃野・実(水蓮鬼・d03786) |
![]() ディアナ・ロードライト(暁に輝く紅玉・d05023) |
![]() 黒蜜・あんず(帯広のシャルロッテ・d09362) |
![]() 雪椿・鵺白(テレイドスコープ・d10204) |
![]() 月夜・玲(過去は投げ捨てるもの・d12030) |
![]() ルーシー・ヴァレンタイン(食い逃げ・d26432) |
![]() 宮儀・陽坐(餃子を愛する宮っ子・d30203) |
●善悪の彼岸
「いやはや、これはえげつない」
石弓・矧(狂刃・d00299)は長蛇の列を誇る『それ』を遠目に観察して、眼鏡の位置を直した。行列が行列を呼び、人気が人気を呼んでソーシャルメディアでの口コミを介して爆発的な業績を叩き出す。
「まあ、上には上がいるわけで……まだ甘いだろ? と言いたいとこだけど」
うん、えげつないな。
本心は胸のうちに隠して、桃野・実(水蓮鬼・d03786)はこっそりと列の中に潜り込んだ。確かに商売として考えるのなら売上は至上主義。でなければ資本経済は成り立たない。が――。実はちらっと街を見渡した。クレープ屋の周囲にも店はあるが、こころなしか元気がない。ディアナ・ロードライト(暁に輝く紅玉・d05023)の脳内にも周辺の地理が頭に入っている。デザート系のお店はクレープ屋以外にもたくさんあるのに、客たちはこぞってこのクレープ屋に集まるのだ。
『今、ならんでるとこ!』
『新作グッズ購入!!』
彼らはこぞってスマートフォンを眺め、リアルタイムで呟いている。
そんな移動車を挟んでディアナは宮儀・陽坐(餃子を愛する宮っ子・d30203)と手分けして少しずつ殺界形成で人を散らしてゆくという作戦をとった。
「…………」
活気のない街並みに、陽坐は怒りと寂しさがないまぜになった感情を覚える。
(「もんじゃ怪人は鉄板からガイアパワーあふれてたけど……」)
果たして、経済攻撃で地元を潰してゆくクレープ鉄板に地元愛とガイアパワーは宿っているのか?
「ここが噂のクレープ屋さん?」
黒蜜・あんず(帯広のシャルロッテ・d09362)が列の客に話しかけると、「そうよ」という返事が返って来た。
「やっぱり! どんな味があるのかしら」
「いろいろあるわよ。初めてならオーソドックスにいちごクリームはどう? 今年っていちごの年なのよ!」
などと、楽しそうに紹介していた学生たちは不意に居心地悪そうに辺りを見回し始めた。
「どうしたの?」
「え、なんだかちょっと寒気がするっていうか……」
「私も。気分悪い……」
ひとり、ふたりと列を抜けていく。
忙しくクレープを焼いていた怪人は「あれー?」と客が散っていく様を見て不思議そうに首を傾げた。
「今日はお客さん少ないなあ?」
「そうなの? 取りあえずお勧めちょうだいな」
と、あんずは気を逸らすように話しかけた。
一緒に並んでいた雪椿・鵺白(テレイドスコープ・d10204)は、唇に指を当て、メニューを眺めながら首を傾げる。
「どれも美味しそう……」
「どれも美味しいのよ!」
怪人は自信満々に言った。
「ねーねー、ご当地クレープっていったら何何?」
マスコットのストラップを指でつつきながら、月夜・玲(過去は投げ捨てるもの・d12030)がたずねた。
「そうねえ、どれも限定だけどこのチョコバナナは少し前にブームがあってぇ……」
「ふむふむ? で、このマスコットはコラボなの? よく考えてるねー。地味にコツコツ、お客さん増やしたんでしょ?」
怪人は胸を張って「えっへん」と笑った。
「そうよ! 全部わたしひとりでやったのよ!!」
「へー」
ルーシー・ヴァレンタイン(食い逃げ・d26432)は感心したように相槌をうった。
「今流行りの売り方といえばそうだけど、他店はここまで徹底的に値下げできないよね……何か秘訣があるの?」
「それは企業秘密ってやつね」
「じゃあ、チェーン店とかもこれから出すのかな」
「それは悩みどころよ。あんまりどこでも食べられたら希少価値がなくなっちゃうから。はい、クレープできたわよ」
受け取ったルーシーは一口食べて、少し考え込んだ。
それまで怪人の経営術を素直に称賛しながら聞いていた実も、少し冷静になって「どう思う?」とルーシーに尋ねる。
「悪くはないけど……」
「なんか、結構普通。ねえ、これちゃんとこだわりもって作ってるの?」
すると、怪人はぎくりと肩をそびやかした。
「や、やーねえ。ちゃんと作ってるわよ! 値段抑えるために外国産の野菜やクリーム使ったり、一人じゃ手が回らないから冷凍を混ぜたりしてるけど」
「――それ、手抜じゃないですかっ!!」
人払いを終えて駆け付けた陽坐は、びしっと指差して言った。携帯が着信を告げて光っている。
「取りあえず俺にもイチゴください! そんで餃子クレープをメニューに追加……じゃなくて、このイチゴすごく冷凍ものっぽい感じですよ!」
「だから! この値段にするには仕方ないのよ。店員も私だけだからいちいち全部手作りしてらんないし……それでも客はうまいって話題にしてくれるんだからそれでいいのよ!!」
逆切れした怪人の手元で解体ナイフが翻る。
そう、世は資本主義。
いいものが売れるのではない。
売れたものがよいものなのだ!!
その時、がたん、と移動車が傾いた。
「きゃっ」
揺れで体勢を崩した怪人に漆黒の剣戟が襲いかかる――移動車をパンクさせていた矧だ。怪人は舌打ちして外に転がり出た。
「あんたたち、さては敵ねっ!」
「見破るのが遅かったな」
実の足元で霊犬のクロ助がすちゃっ、と刀を口に構える。
「お前、ご当地発展させたいのか潰したいのかはっきりしろ」
「なによ! いーじゃない、潰したお店のぶんもうちが原宿経済に貢献してあげるわよ!!」
怪人は開き直って、ナイフをくるくると手のひらで回した。ジャグリングのように。人の目を惑わせる手品師の見世物のように――……。
●クレープが導くもの
ガタンッ、ドンッ!!
戦いの余波でメニューや看板がコンクリートの上に崩れ落ちる。イチゴアイス食べたかったな、とディアナはレイザースラストを操りながら思った。
「刃」
主に応え、霊犬の刃は双眸を輝かせる。
前線で戦う鵺白は「ありがと!」と言ってビハインドの奈城を伴い怪人から仲間を守る盾となる。
「ものには限度ってものがあるのよ!」
ざあっ、と右手を薙ぎ払い展開するワイドガード。飛び出すあんずの、弧を描くように舞い散る観測者の煌めきはスターゲイザーによる初撃だ。
「なによ!」
怒って突っ込んでくる怪人を、今度はクルセイドスラッシュ――持ち替えた刃で迎撃する。そこへ矧の放つ妖冷弾がシュンッ、シュシュンッ!! と飛来した。
「俺も、頑張ります!」
連携して、陽坐もまた制約の弾丸を放つ。
「そんなものっ!」
力で言えばダークネスは灼滅者に引けを取らない。
だが――!
「お前はひとりだ」
こちらは、違う。
実は断言して、星々を散らせながら戦場を駆け抜けた。追いすがる生クリームビームは滑り込んだクロ助が代わりに引き受ける。
「任せて!」
追撃を防ぐように髪をなびかせ、玲は初手で食わらせたレーヴァテインの炎が冷めやらぬうちに今度は縛霊手を展開。
「ナノっ」
光臨する祖霊の霊魂がナノナノのしゃぼん玉と一緒になって戦場を輝きに包む。
「もうちょっと性格がよければ普通に見習いたいところだけどねー」
「ふんっ、性格悪いのなんてわかってるわよ!」
べーっ、だ!!
怪人は思いきりナイフを振り回して毒の風、ヴェノムゲイルを召喚!!
「っ」
ルーシーは顔を腕で庇い、祭霊光で毒を浄化する。その前に割り込むようにしてライドキャリバーがルーシーを守る。エンジンがうなりを上げて、フルスロットルを発動。
怪人はむすっとして言い放つ。
「あんたたち、しぶといのねっ!」
「……お前は、大事な事見落としてる」
ぼそり、と実が言った。
螺穿槍と解体ナイフが組み合い、鍔迫り合いを披露する。
「なんですって?」
「おいしくて便利だから原宿でクレープ流行った。お金優先ってばかりじゃないぞ」
「なによ、お説教ならいらないのよ! あたしは――」
ガキィンッ!!
ナイフで槍の穂先を跳ね飛ばして、跳躍。
怪人渾身のクレープキック――!!
「ジャスティス様のためにクレープを売り続けるのよ!!」
「実くん、下がってっ」
玲が正面から勝負を挑む。
「くっ」
さすがに、重い。
「総帥のためだなんて、普通にというか余計に放っておけないよね……」
「そうよ! 他人とは思えなくって複雑……とはいえ、このまま放っておくこともできないもの」
ディアナとあんずは後衛同士視線を交わしあって、同時にエアシューズで駆けた。まるでスキーのシュプールを描くように。ただし、片方は天の川で、片方は煉獄――!!
「クレープ・シュゼットにしてあげるわ?」
何となく、他人とは思えない。
その無意識の共感と反発をあんずは胸に秘めて、駆ける。
「ま、まぶしっ、それに熱っ!!」
スターゲイザーとグラインドファイアに翻弄された怪人は、さすがに一歩、二歩と後退して体勢を立て直そうとする。しかし囲まれている。そこにいた鵺白は、矧がレーヴァテインで怪人の背後から斬りかかると同時にギルティクロスを使用。
「十字架よ!」
「きゃあああっ」
怪人が膝を折った。
「今だ!」
陽坐は時を知って、「とうっ」と思いきり飛び上がった。
怪人のご当地愛が確かなものであるとするならば、競ってみようではないか!
「餃子用鉄板(軽くゴマ油)ダイナミック!」
「やる気ねっ、クレープ用鉄板(サラダ油)ダイナミック!!」
カカッ!!
空中で二人が交錯。
「くっ!!」
相撃ち――!!
だが、ルーシーは既にレッドストライクを放っていたし、ディアナのレイザースラストも標的を捉えて疾駆していた。
「きゃああああっジャスティスさまぁぁぁあああ!!」
最愛の名を叫びつつ、怪人は灼滅されてゆく。カラン、とアスファルトの上に落ちるナイフも少しずつ融けて消えていった。あとにはただ、主を失った移動車だけが残される。
「陽坐のお勧めのお店、あとで教えてね」
結局クレープを食べることができなかったディアナは彼の袖を引いてねだった。
「はい! 俺の新デザート餃子もよかったら試食してもらえませんか?」
「うん」
「……あたしも、それ少し気になる」
スイーツと聞いてルーシーが興味を引かれないわけがない。ちゃっかりマスコットのストラップを携帯に取り付けた玲はナノナノの頭を撫でてお疲れさま。
「どうする、クレープ食べて帰る?」
鵺白の言葉にもちろんあんずは頷いた。
「お菓子ならいくらでも入るわよ」
「怪我の酷い方もいませんしね。いいんじゃないですか」
仲間の傷の具合を確かめ、無事に頷いた矧が言った。ずっとクレープ屋に客を取られていた店はきっと、お客を歓迎してくれるに違いない。原宿に以前の平和が戻った瞬間だった。
| 作者:麻人 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
![]() 公開:2015年2月27日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 7/キャラが大事にされていた 0
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