マシラの妄執

    作者:三ノ木咲紀

     下弦の月が照らし出す、朽ちた神社の社殿の床が、ふいに盛り上がった。
     盛り上がった影は丸い。まるで膝を抱えてうずくまっていた背中のような丸い影は、やがてゆっくりと起き上がった。
     誰にも顧みられない、焼け落ちた社殿に立つ影は毛深い。上半身裸で全身を剛毛に覆われた姿は、まるで大猿のようだった。
     猿のような大男――マシラは、下弦の月を呆けたように見上げると、吼えた。
    「クソどもがぁぁぁぁっ! 殺す! 殺す殺す殺し尽くしてやる!」
     子供のように社殿の床を踏みつけるマシラに、人影が近づいた。
    「大丈夫、私にはあなたが見えます。灼滅されて尚、残留思念が囚われているのですね」
     近づく人影に、マシラはだらりと頭を傾げた。
    「何だクソアマ? 誰だか知らねぇが、俺の邪魔はさせねぇ」
    「私は『慈愛のコルネリウス』。傷つき嘆く者を見捨てたりはしません」
     慈愛のコルネリウスの言葉に、マシラは嗤った。
    「俺は、俺を捨てて封印したあのクソアマを探し出す! 探して、探して探して、そして……」
     マシラは口元を、下弦の月の形に歪めた。
    「今度こそ、全てから守ってやる」
     甲高い声で嗤うマシラに、慈愛のコルネリウスは頷いた。
    「……プレスター・ジョン、プレスター・ジョン、聞こえますか?  あなたに私の慈愛を分け与えましょう。眠りから目覚め、再び理想王として顕現なさい。その代わり、この哀れな子猿を、あなたの国に匿ってください」
     朽ちた社殿に、光が満ちていった。


    「慈愛のコルネリウスが、以前灼滅された六六六人衆のマシラに力を与えて、どっかに送ろうとしとるみたいや」
     教室に集まった灼滅者達を前に、くるみは腕を組んだ。
    「残留思念なんかに力は無いはずやけど、大淫魔スキュラが残留思念で八犬士のスペア作ろうとしとったし。高位のダークネスやったら、力を与えることはできる、っちゅーことやろなぁ」
     力を与えられた残留思念は、すぐに事件を起こすことはない。だが、このまま放置することはできない。
    「慈愛のコルネリウスが残留思念に呼びかけとるところに乱入して、作戦を妨害したってや」
     慈愛のコルネリウスは、強力なシャドウである為、現実世界に出てくることは出来ない。
     事件現場にいるコルネリウスは、幻のような実体をもたないものなので、戦闘力は無い。
     灼滅者達の介入後、すぐに消えてしまう。
     話しかけても、コルネリウスは灼滅者に対して強い不信感を持っているようで、交渉などは行えない。
    「それにマシラも、自分を灼滅した灼滅者を相当恨んどるみたいや。交渉による弱体化とか、してもあんま効果は期待できんやろ。戦闘を回避するんも、不可能や。しかも、コルネリウスの力のせいで、残留思念やけどダークネスに匹敵する戦闘力を持っとるで。もともと強いダークネスやし、油断だけはせんといてや!」
     マシラは以前と同じ能力を持っているが、目的がはっきりした分戦闘力が若干増加している。
     ポジションはジャマ―。
     殺人鬼と解体ナイフの一部のサイキック、シャウトを使用する。
    「慈愛のコルネリウスが、なんで残留思念に力を与えと取るのかは、正直わからん。分からんけど、危険な依頼な事だけは確かや。油断せんと、みんなで帰ってきたってや!」
     くるみはにかっと笑うと、親指を立てた。


    参加者
    佐々・名草(無個性派男子(希望)・d01385)
    森田・依子(深緋・d02777)
    天雲・戒(紅の守護者・d04253)
    霧凪・玖韻(刻異・d05318)
    森沢・心太(二代目天魁星・d10363)
    日凪・真弓(戦巫女・d16325)
    黒鐵・徹(オールライト・d19056)
    高柳・一葉(ビビッドダーク・d20301)

    ■リプレイ

     社殿に満ちた光に、コルネリウスとマシラが振り返った。
    「コルネリウスさんは今晩は。あなたは……初めまして」
     灯りの点ったランプを手に、森田・依子(深緋・d02777)はコルネリウスに語り掛けた。
     現れた灼滅者達の姿に、コルネリウスはつい、とマシラに手を伸ばす。
     どこか輪郭の定まらなかったマシラの影が濃くなり、表情まではっきりと見て取れるようになる。
     マシラは与えられた力を確かめるように手を握ると、甲高い声で嗤った。
    「力だ! 俺は力を手に入れた!」
    「あなたは奪わず、与えるんだね。それとも、気づかせずに奪うのかな?」
     佐々・名草(無個性派男子(希望)・d01385)の言葉に、コルネリウスは眉をひそめた。
    「死んだダークネスに、再度、機会を与える。それは……慈愛?」
     交渉するではなく、静かに声を掛ける依子の声に、コルネリウスは背中を向けた。
     そのまま何も言わずに消えようとするコルネリウスに、黒鐵・徹(オールライト・d19056)の声が突き刺さった。
    「寝た子を起こして後の面倒は見ない。……君も、この子を捨てていくんですね」
     徹の声に、コルネリウスは一瞬立ち止まる。
     そのまま、何も言わずに立ち去るコルネリウスの影を踏むように、マシラは大きく足を踏み鳴らした。
    「黙れ! 奴が何者なのか、そんなのは関係ねえ! 俺は今度こそ、あのクソアマを見つけ出して守る! その前に、てめぇらの頭を踏み潰してやる!」
    「そっか、また出たんだね」
     高柳・一葉(ビビッドダーク・d20301)は、点灯した携帯照明"ごついんです"を足元に置きながら、かんざしを拾い上げた。
     社殿の最奥部、祭壇があったと思われる場所に供えられた、べっ甲のかんざし。
     下弦の月に照らされたかんざしに、マシラは目を見開いた。
    「てめぇ……!」
    「想いを、残してるんだね」
    「そいつを、よこしやがれ!」
     矢のように飛び出したマシラは、日本刀のような爪を大きく振りかぶった。
     一葉に向かって振り下ろされる爪の間に、日凪・真弓(戦巫女・d16325)が割って入った。
     日本刀のような形状のクルセイドソードを逆手に持ち、前腕に構えてヒッカキを受ける。
     猛烈な圧力が、真弓の腕を襲う。受け切れなかった爪が、クルセイドソードを回り込んで真弓の腕に深い傷を残した。
     間近に迫ったマシラは、狂おしいまでに飢えた目をしていた。
     もう一度母に会い、守る。その望みを叶えるためだけに、一時は六六六人衆の高位にまで登りつめた妄執。その狂気に、真弓は眉をひそめた。
    「コルネリウスも、また面倒なのを呼び起こしてくれますね……!」
     睨み合うマシラの体が、ふいに浮き上がった。
     抑圧から始まる克己への道。その長い道のりを象徴するかのように、名草のロケットハンマーが唸りを上げてマシラの腹に突き刺さる。
     一歩下がったマシラに、依子の螺穿槍が追い打ちをかけた。
     鋭く突き出された槍をバックステップで避けて、社殿中央に戻ったマシラを待ち構えていたかのように、森沢・心太(二代目天魁星・d10363)が鬼神変を放った。
     鬼神に変化した拳越しに感じるのは、なめし皮のような感触。
     渾身の一撃を致命傷には程遠くする防御力。さすがは元高位の六六六人衆といったところか。
    「いやー、強いですね。楽しい戦いになりそうですよ!」
     手ごたえのある相手に、心太は楽しそうに笑った。
     宙を舞ったマシラの体が、社殿の床に突き刺さった。
    「当該目標に対する全ての制限を解除する」
     解除コードと同時に放った霧凪・玖韻(刻異・d05318)のスターゲイザーが、正確にマシラの延髄を捉える。
     蹴りつける反動を利用して、マシラと距離を取り着地した玖韻は、包囲網の薄い場所をフォローするように移動した。
     むくりと身を起こすマシラに、猫の揺り篭を起動させた徹の祭壇が迫った。
     放たれる縛霊撃を、マシラは腕で受け止める。放たれる捕縛を無造作に振り払ったマシラに、更なる縛霊撃が迫った。
     一葉が放つ攻撃を避けたマシラは、おかしそうに肩をいからせて嗤った。
     余裕を見せるマシラを包囲しながら、天雲・戒(紅の守護者・d04253)は炎の翼を顕現させた。
     戒の背中に顕れた翼が、不死の癒しを前衛に与える。
     殺戮を繰り返す六六六人衆。理解できないその行動原理に、戒は静かに口を開いた。
    「お前は、永らくの封印から解き放たれても、すぐに灼滅された。だから恨みで誰かを殺さずにはいられない」
    「……黙れ」
     眉をひそめ、低く唸ったマシラに構わず、戒は続けた。
    「愚かだな。お前は邪悪だから封印された」
    「てめぇに、何が分かる!」
     くらくらする頭を抱えながら、マシラが咆えた。
     淡い光に包まれたクルセイドソードを油断なく構えながら、戒は力強く宣言した。
    「仮初の命も邪悪なり! 再び灼滅する!」
    「できるもんなら、やってみやがれ!」
     吐き出すように叫んだマシラは、手の中に嘆きを集めた。


     猛毒のナゲキの風が、前衛に襲い掛かる。
     恨みや悲しみが凝ったような風には、見覚えがある。あの猛毒の威力は、一撃でキャリーカート君を落としたほどだ。
     だが、弱点はある。一葉は前衛に向かって指示を出した。
    「散って! 風は広範囲には効果が薄くなるから!」
     一葉の声に、灼滅者達は即座に反応した。
     元々包囲するように展開していた前衛が、更に分散するように動く。広範囲に散った毒のナゲキはその威力を薄めながら、灼滅者達に迫った。
     ナゲキの毒を受けた依子は、衝撃を受けた瞬間駆け出した。
     攻撃を放った直後できる、一瞬の隙。
     その隙を逃さずに放たれたフォースブレイクが、マシラの肩を直撃した。
     肩関節にめり込むthe king of the forestの圧力に、左肩の関節が大きく外れる。奇声を上げたマシラは、依子をギラリと睨みつけた。
    「てめぇ……! 俺はただ、クソアマを探し出しただけだ! 邪魔をするな!」
    「想い残しの何かは、「今」を探して見つかるものなのでしょうか?」
     依子の問いかけに、マシラは無造作に上腕骨を押し込んだ。
    「見つかる! 見つける! これだけは譲らねぇ!」
    「……そのために、沢山人の命が奪われるなら、止めます」
     依子はマテリアルロッドを、マシラに突きつけた。
    「譲れないの」
     決意を込めた依子の視線を、マシラは高い声で嘲笑った。
     一葉を庇い大きなダメージを受けた真弓は、傷の痛みに行動が一瞬遅れた。
     猛毒の風が、真弓に襲い掛かる。とっさに防御態勢を取った真弓の前に、戒が躍り出た。
     ナゲキの風が戒を絡め取り、容赦なく責め立てる。
     傷口から染み込む、マシラのナゲキ。己への怨嗟と悲しみの声が神経を冒し、頭の中をかき乱す。
     それでも、戒は立ち上がった。分散し、ある程度薄まった毒に耐えながら、戒はクルセイドソードを構えた。
     主人と同時に、ライドキャリバーも走り出した。
     心太に向かった風を、竜神丸は真っ向から受け止める。
     毒に冒され、風に切り裂かれた竜神丸は、そのまま床に叩き付けられた。
     竜神丸の後ろから、心太の拳が唸りを上げた。
     竜神丸に一瞬感謝の視線をやった心太は、拳に込めた雷を、嘲笑うマシラに叩き込む。
     渾身の一撃に、マシラが大きくのけぞる。血を吐き、膝をつくマシラに、心太は静かに言った。
    「あなたにも、何か守りたいものがあったのでしょう。ですが、僕たちにも守るものがあるんです」
    「ハッ! なら、俺もてめぇも同じだ!」
    「自分の都合で捨てていく大人は、憎いですよねえ」
     無意識に己の首輪に手を触れた徹は、戒の頭上に祭壇を展開した。
     祭壇から溢れ出す光が、戒の傷を癒す。
     風が収まり、脳内をかき乱すようなナゲキが消え、戒は息を吐いた。
     戒の傷は完全には癒えないが、頭をかき乱すような頭痛は引いたようだ。
    「君の探し人は、もうこの世の何処にも居ません」
    「うるせえ! そんなわけがあるか!」
     逃げる隙を伺うようにしていたマシラは、徹の言葉に大きく反論した。
    「そんなこと、俺は認めねぇ! 俺は、必ず、探し出す!」
     吠えるマシラには構わず、抜身の日本刀がマシラの左肩を切り裂いた。
     一瞬で間合いを詰めた玖韻が、上段から雲耀剣を放ったのだ。
     マシラの叫びを意に介さず、無慈悲に振り下ろされた剣は、脆くなっていた肩関節を切り裂く。
     腕を押さえて後退するマシラを、玖韻は冷静に観察した。
     相手は高位の六六六人衆。だが今は力を減じ、灼滅されて尚残った思念にコルネリウスが与えた力で動いている。
    『またコルネリウスか。酔狂でやっているはずはないと思うが……。確かに意図が見えないな』
     マシラの動向を注意深く監視する玖韻は、少しだけ息を吐いた。
     かなりの頻度で残留思念に力を与えているが、無尽蔵と言うわけでもないだろう。
     此方の戦力を削ぐにしては、戦略性が見えなさすぎる。
     となると、残留思念が逆に倒されることで得るものがある、という事か。
     玖韻は頭を一つ振ると、自分の思考を断ち切った。
    「例え相手の益になっていたとしても、倒す以外の解決策が無い以上は仕方がない」
     ぽつりと呟いた玖韻の隣で、名草がダイダロスベルトを解き放った。
     膝をつき、肩で息をする真弓を、白いベルトが包み込む。包帯のように傷口を覆う癒しの力に、真弓は眉間の深い皺を少しほどいた。
     その様子に、名草は安堵の息を吐いた。
     少し、失う危険性が遠のいた。
     名草は顔を上げると、マシラを睨んだ。
    「君のように失う前に、全身全霊で、君を壊すよ」
     名草の決意に呼応するように、真弓が立ち上がった。
     ダイダロスベルトを鎧のように纏った真弓は、クルセイドソードを構えた。
    「ここで再度、打ち倒しましょう!」
     一気に駆け出した真弓は、クルセイドソードを振り下ろした。
     炎を纏った真っ直ぐな剣が、マシラを捉える。咄嗟に右腕を振り上げて防御したマシラに、ビハインドが霊撃を放った。
     大きくのけぞったマシラは、大きく腕を振り抜いて真弓を弾き飛ばした。
    「面白ぇ! もうしばらく相手してやるよ!」
     マシラは吠えると、落ちていたがれきを掴んで投げつけた。


     数分の時間が経った。
     一進一退の攻防が続き、マシラの顔に疲労が隠せなくなってきた時だった。
    「てめぇらと遊ぶのも、ここまでだ!」
     マシラは体を大きく沈ませると、跳躍すべく足に力を込めた。
     マシラが跳躍して真上に逃げようとした瞬間、名草が動いた。
     絶対に逃がさないという覚悟で戦いに臨んでいた名草は、マシラに飛びかかると、左足にしがみついた。
     突然のことに驚いて態勢を崩したマシラは、しがみつく名草を思い切り蹴とばした。
    「て、めえ! どけ! どきやがれ!」
    「逃がす、もんか!」
     思い切り蹴りつけて何とか逃れたマシラに、轟天が突進をかける。
     頭めがけて体当たりする轟天をギリギリで避けたマシラは、そのまま再跳躍する。
     さっきよりも低く飛び跳ねたマシラの動きに、ぴったりと付いた心太は、驚いたように目を見開くマシラに、にやりと笑った。
    「僕も、跳んだり跳ねたりの動きは得意なんですよ」
     同時に放たれる鬼神変。思い切り殴って床に叩き付けられたマシラは、フラフラになりながらも撤退を試みる。
    「貴方の妄執、ここで断たせて頂きます!」
     真弓はエアシューズを起動させると、足払いの要領でマシラの脛を狙った。
     放物線を描く攻撃が、マシラを転倒させる。
     そこへ、光を纏った剣が突き刺さった。
     クルセイドソードを構えた戒が、振り抜いた剣を鞘に納めながら口を開いた。
    「逃げるのか? お前は弱いな」
     戒の蔑んだ笑いを、マシラは睨みつけた。
    「俺は、弱い。だから、守れなかった」
     吐き出すような言葉を捨てたマシラは、立ち上がり包囲網の隙がないか注意深く見渡した。
    「逃げてやる! 逃げて、生き延びて、そして……!」
     駆け出したマシラに、徹が縛霊撃を放った。
     逃がさない覚悟で放たれた縛霊撃がマシラを縛り、その動きを阻害した。
    「逃がしはしません。ここで、再灼滅します!」
    「望む行先があるようですが、先へは行かせられません」
     依子は静かに宣言すると、Agincourtを起動した。
     流星の軌道が、マシラを捉える。
     右こめかみに突き刺さったエアシューズに呼応するように、左こめかみに衝撃が走った。
     玖韻が反対側から放ったスターゲイザーが、マシラの脳を激しく揺さぶる。
     冷静に足止めにかかった玖韻の脇を、キャリーカート君がすり抜けていく。
     なおも逃げようとするマシラの足元に、機銃が掃射される。足を止めたマシラに向かって、一葉が駆け抜けた。
     一年ほど前、この社で起きた最初の事件から、一葉はずっと関わってきた。
     戌姫の悲劇。目覚めたマシラ。純粋な妄執。
     様々な想いが脳裏に去来して、一葉は胸が詰まった。
    「マシラ。もう休んで良いの。お母さん達に、会いに行ってあげて!」
     妖の槍から放たれた一撃が、マシラの胸を貫いた。


     うつぶせに倒れたマシラは、よろよろと上体を起こした。
     マシラの爪先が、光の粒になる。マシラはそれに構わずに、上体を腕で引きずるように前進した。
    「俺は……諦め、ねえ! 何度でも、何度でも蘇って……!」
    「お母さん達は、ここにいるよ」
     一葉は拾ったかんざしを、マシラに手渡した。
     マシラは目を見開くと、かんざしを奪った。
     そのまま背中を丸め、かんざしを抱き込む。
     泣いているようにも見える背中を、徹はそっと抱いた。
    「沢山の女と君自身を苦しめた妄執は、僕が貰っていきます。だから、もう眠りに就いて。ママの下へおかえりなさい」
     母が子を守るように優しく抱かれたマシラは、絞り出すような声を出した。
    「いちどで……! 一度でいいから、会いたい! どこにいるんだ、かあさ……!」
     マシラの体が、光の粒となる。
     輝きながら下弦の月へと昇っていく。
     光がすべて消えた時、社殿の床にはべっ甲のかんざしが一つ、残されていた。
     依子は社殿に手を合わせる。
     此処であった悲しいことが、もう繰り返されませんように。
     立ち去り際、心太は社殿を振り返った。
     焼け落ち、朽ちた社殿には、今は何の気配も感じられない。
    「それにしても、コルネリウスから見たらここにいた残留思念は、彼だけだったのでしょうか?」
     心太の呟きに、誰も答えない。心太は下弦の月を見上げた。
    「でも、もしそうだとしたら、ここに有ったという嘆きと悲しみは、なくなったのかもしれませんね」
     言葉を乗せて、風が吹き抜ける。

     誰にも顧みられない、山奥の朽ちた神社の片隅には、べっ甲のかんざしが埋められていた。
     ずっと一緒にいられるように。
     祈りを乗せたかんざしは、今も土の中で静かに眠っている。

    作者:三ノ木咲紀 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年3月10日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 7/感動した 2/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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