小さな絆に祝福を

    作者:春風わかな

     とある若い夫婦が暮らす一軒家。
     その二階の窓の外に、フワリと宇宙服のような衣装を着た少年が現れる。
     その部屋は夫婦の寝室だった。眠っているのは旦那と思われる男性と、お腹の大きな女性。そして部屋のあちこちに未開封の赤ちゃん用品やおもちゃが積みあがっている。
     宇宙服の少年はお腹の大きな女性に視線を合わせるとポツリと呟いた。
    「その絆、僕にちょうだいね」

     その日も、お腹が大きく軽快に歩けないことにわずかに苛立ちを感じながら、小咲・雪乃(こさき・ゆきの)はいつもの大型スーパーへと入る。
     買い物は休日にまとめてやるから平日は家でゆっくりしていなさい、と旦那は言っていた。だが、何をそんなに心配しているのだろうと雪乃は思う。今日食べる食事を毎日新鮮な食材で作るぐらい、専業主婦である自分にとっては当たり前のことなのに。
     ふと、食品コーナーに向かう途中にあった、手芸コーナーで足を止める。
    「(最近は赤ちゃん用の服とかばかり作ってたっけ……)」
     なぜそんな物を作ろうと義務感(?)にかられていたのか今では理解ができず、雪乃は自分用のワンピースや旦那用の室内履きのための布地をいくつか買い込むことにする。
     そして目的の食品コーナーへ。
    「(そういえば、あの人と2人で飲むお酒、最近ご無沙汰だったな……)」
     自分が飲まないので旦那も一緒に禁酒中だ。大好きなお酒を我慢しているのは可哀想だし、久々に2人で飲むのは悪くない。
     お酒の他に、最近控えていた料理を作るための食材を買い込み、4つになった袋を手にスーパーを出る。
     片手に2つずつ袋を握って最寄りのバス停から家の近くに止まるバスへ乗りこむが、空いている席は残念ながら1つもなかった。
     バスが揺れるたびに転びそうになるのを耐えながら、雪乃はふと思う。
    「(私、なんで赤ちゃんの為に、いろいろ我慢していたんだろう……?)」

    「赤ちゃんと、母親の絆が、奪われた――」
     いつもと変わらない様子で久椚・來未(中学生エクスブレイン・dn0054)がポツポツと抑揚のない声で視えた内容を告げた。
     絆のベヘリタスと関係が深いだろう謎の人物が、お腹に赤ちゃんのいる母親から絆を奪い、ベヘリタスの卵を産みつけたらしい。
     卵はダークネスや灼滅者なら目視できるが、触ったり攻撃したりはできず、約一週間後に卵は孵化するという。
     孵化した絆のベヘリタスは強力なシャドウであり、普通に戦えば敗戦は必死。だが、弱点もある。
     産みつけられた一般人が絆を結んだ相手に対してのみ、ベヘリタスは攻撃力が減少し、かつ、被るダメージが増加してしまうというのだ。
     つまり、灼滅者が卵を産みつけられた一般人と絆を結ぶことができれば、戦いを有利に進めることができ、さらに強力な絆を結ぶことができたなら、なおさら有利に戦いを進める事ができるらしい。
     結ぶ絆の種類は問わない。愛でも憎しみでも感謝でも侮蔑でも、そこは灼滅者たち次第ということだ。
    「一般人の名前は、小咲・雪乃(こさき・ゆきの)。20代後半の、普通の主婦」
     卵が孵化する前に雪乃に接触できるポイントは3つある。
     雪乃が買い物に行く大型のスーパーの手芸コーナー。
     同じく大型スーパーの食品コーナー。
     そして帰り道のバスの中。
     雪乃は料理と手芸が趣味らしいので、これを絆を結ぶ糸口にするのが良いだろうと來未は言う。
     それと帰りのバスに空席は一つも無い。赤ん坊への絆を失っている雪乃は気にしてないが、妊婦である事を考えると万が一転んだりでもすれば大変なことになるかもしれない。
     絆のベヘリタスが孵化するタイミングは午後3時過ぎ。
     その日の気温はたまたま春のように暖かく、雪乃は買い物から帰ってきて庭に干していた洗濯物を取り込むと、その山に埋もれるように庭先の縁側で昼寝をしてしまう。孵化するのはその時、雪乃が寝入ったタイミングだと言う。
     孵化した絆のベヘリタスの姿は、仮面をつけた巨大な黒いコウノトリのような姿をしている。
     戦闘になれば、シャドウハンターと日本刀に似たサイキックを使い、回復を優先するような戦い方をする。そして、もしも戦闘開始から10分経った場合、ソウルボードを通じて逃走してしまう。
     絆のベヘリタスを倒すことができれば、雪乃の失われていた赤ん坊への絆は取り戻される。
    「できれば、その後のフォローも、よろしく」
     むろん、絆の結び方によってはフォローが難しくなる場合もある。それでも來未は灼滅者たちならばできるだろうと教室を出ていく背中を見送るのだった。


    参加者
    アリス・バークリー(ホワイトウィッシュ・d00814)
    アリス・クインハート(灼滅者の国のアリス・d03765)
    千景・七緒(揺らぐ影炎・d07209)
    柊・司(灰青の月・d12782)
    オリキア・アルムウェン(翡翠の欠片・d12809)
    東堂・八千華(チアフルバニー・d17397)
    大鷹・メロ(メロウビート・d21564)
    シェスティン・オーストレーム(小さなアスクレピオス・d28645)

    ■リプレイ

    ●絆、紡ぐ
     お腹の大きな女性が買い物客で賑わう大型スーパーへと入っていく。女性の頭の上には紫と黒の気持ちの悪い卵がはっきりと見えた。――彼女が小咲・雪乃に間違いない。
     雪乃は手芸コーナーの前でふと足を止めると吸い寄せられるように布地が積まれたワゴンへと近づいて行った。そんな雪乃の隣に立ち、シェスティン・オーストレーム(小さなアスクレピオス・d28645)もワゴンの布へと手を伸ばす。シェスティンはわざと雪乃が取った空色の布を手に取り、あ、と小さな声をあげた。
    「あら、被っちゃったわね。どうぞ」
     快く譲ろうとしてくれた雪乃にシェスティンは慌てて顔の前で手を振る。
    「いえ、お姉さんが、先、でした、から」
     どうぞ、と布を差し出すシェスティンに礼を述べて雪乃は嬉しそうに布を抱えた。
    「お姉さん、自分で、服、作るん、ですか?」
     ポツポツと話すシェスティンを見て雪乃は可愛いコだなと思いつつ愛想良く笑顔で頷く。
    「ええ、春になるから新しいワンピースを作ろうと思ったの」
    「この、布で、作ったら、ステキ、ですね。お姉さん、似合い、そう」
     にこりと微笑むシェスティンに雪乃は長い髪を揺らしてありがとう、と手を振り別れを告げた。
    (「他に何か良いものはないかしら……」)
     大きなお腹で歩きにくそうに売り場を回る雪乃の前に手芸コーナーとは縁のなさそうな少年が所在なさげにウロウロしている。雪乃と目が合うと少年――柊・司(灰青の月・d12782)はぱっと顔を輝かせて近寄ってきた。
    「ちょっとすみません。助けていただけないでしょうか」
     姉に頼まれてワンピース用の布地を買いに来たが、どんな布をどのくらい買えばよいかさっぱり見当もつかず困っていると司は言う。
    「この生地とかで作れませんかね? もこもこしてて可愛いと思うんですが」
     ひょいと手を伸ばし司が手に取ったのは明らかに冬素材の布。天然混じりの発言に雪乃は苦笑交じりで首を横に振った。
    「その生地は冬用よ」
     雪乃に手伝って貰ったおかげで無事に布を選べた司はありがとうございましたと嬉しそうに頭を下げる。
    「あの……良かったら、この後お茶でもいかがですか? お礼もしたいですし……」
    「あら、ナンパ? 旦那が妬いちゃうわ」
     面白い少年だな、と思いつつ雪乃は気にしないでと手を振りレジへと向かった。
     必要な分の布地を買って包んでもらったのは良いが思ったよりも持ちづらい。足を止めて荷物を持ち直そうとした雪乃に突然声がかかる。
    「こんにちは。よかったらその荷物持ちましょうか?」
     アリス・バークリー(ホワイトウィッシュ・d00814)の申し出に雪乃はほっとしたような表情を浮かべた。
    「その身体だもの、気遣いは当然でしょう?」
    「私、普通だと思うけど」
     アリス・バークリーの言葉に雪乃は怪訝そうに自分の身体を見回す。アリス・バークリーは雪乃にあれこれ話かけるがさっぱり会話が続かない。赤ちゃんの話題をいくら振っても雪乃は「ええ」とか「はぁ」とか興味のなさそうな反応しかしないのだ。選んだ話題が悪かったか。これでは絆を結ぶのは難しいだろうという思いがちらりと頭をよぎる。
    「赤ちゃんに会えるの楽しみですね。お母さん似なら、きっとかわいい子でしょうね」
    「さぁ、どうでもいいわ」
     雪乃は食品コーナーの前へと来るとアリス・バークリーから荷物を受け取り、礼もそこそこにそそくさと人混みへと消えていった。

    ●絆、作る
     主婦と思われる女性客を中心に賑わう食品コーナーを雪乃は慣れた足取りで売り場を回りながらカートに商品を乗せていく。そんな雪乃の傍であれこれ話す少年少女が3人。
    「ホワイトデーのお返しって何あげたらいいんだ?」
     悩む千景・七緒(揺らぐ影炎・d07209)にアリス・クインハート(灼滅者の国のアリス・d03765)がにこりと微笑んだ。
    「ギモーヴやラングドシャクッキーとかどうでしょう?」
    「そうそう、やっぱり女の子は甘いものが好きだーよっ! あっ……!」
     話に夢中になっている振りをしつつ大鷹・メロ(メロウビート・d21564)はすれちがいざまちょこんと雪乃の肩にわざと腕をぶつける。
    「スミマセン……!」
     慌ててぺこりと頭を下げるメロに雪乃は愛想よく首を横に振った。
    「大丈夫よ、気にしないで」
     それじゃ、と歩き出そうとする雪乃を制するように七緒が「あの」と声を掛ける。
    「おねーさん、素人でも作れそうなお菓子ってないですか?」
    「え?」
     突然の質問に雪乃はぱちぱちと瞬きをしつつ、ちょこんと首を傾げた。ぱっと思いついくものはあったが、彼は何のためにお菓子を作ろうとしているのだろう。答えに迷う雪乃にアリス・クインハートが目的を説明する。
    「私達、この方のホワイトデーのお返しを一緒に考えてるんです♪」
    「そういえば、もうすぐホワイトデーね」
     なるほど、と大きく頷き雪乃は再びホワイトデーのためのお菓子に良いものはないかと考え込んだ。
    「やっぱ大好きな人には特別な物あげたいじゃん? だから、手作りがいいなって思うんだけどさ、ボク料理苦手だし……」
    「大丈夫だーよっ! 手作りってだけでポイント高いの、よっ」
     照れくさそうに視線を逸らす七緒を励ましながらメロは雪乃にも同意を求める。
    「お姉さんも、そう思いますよーねっ?」
    「もちろん。苦手なのに頑張ってくれたなんてすごく嬉しいわ」
     雪乃はきっぱりと頷くと「あ」と声をあげる。良い物を思い付いたらしい。
    「マカロンなんてどうかしら」
     雪乃の言葉にわぁっと女子2人は盛り上がった。
    「マカロン、手作りできたらスゴイと思うの、よっ……!」
    「見た目も可愛いですし、色々作れて楽しいと思います♪」
     だが、七緒の顔色は冴えない。さっぱり作れる気がしない。
    「え、なんか難しそう……ボクに作れるかな」
     不安気な七緒に雪乃はふわりと優しい笑みを浮かべると大丈夫、と力強く頷く。
    「心配しないで。案外簡単だし、後でいいレシピも教えてあげるわ」
    「ありがとう、おねーさん」
     お菓子の話や料理の話、ホワイトデーの話など。4人は会話を弾ませながら材料を買うために製菓コーナーへと向かうのだった。

    ●絆、結ぶ
    (「やっぱり買い過ぎちゃったわね……」)
     バスを待ちつつ、雪乃はどさりと買い物袋を下ろしてふぅと溜息をつく。さりげなく雪乃の後ろに並んだオリキア・アルムウェン(翡翠の欠片・d12809)と東堂・八千華(チアフルバニー・d17397)は雑談をしながら雪乃に声を掛ける機会を伺っていた。
     バスの到着に気付き足元の荷物を持ち上げた雪乃にオリキアが「あの」と遠慮がちに声をかける。
    「荷物が多くて大変そうー! ボク達持つよっ」
    「え?」
     雪乃が返事をするよりも早く、両手の荷物がふっと軽くなった。オリキアと八千華が荷物を持ってくれたのだ。
    「両手ふさがったままバスに乗るの、大変ですもん。あ、バス来ましたよ」
     乗りましょう、と八千華に促されるままに雪乃は到着したバスへと乗り込む。混雑したバス内で雪乃を手すりに掴まらせ、オリキアと八千華は彼女が転ばないように注意しながらあれこれと話しかけた。
    「この布、すごくキレイな色ですね。何作るんですか?」
    「春物のワンピースを作ろうかと思って……」
    「すごーい! 自分でお洋服作れるんだー。ボク、最近編み物してるんだー」
    「私もこの前までやってたわ。何作ってるの?」
    「うーん、まだ始めたばっかりなんだけどねー……」
     趣味の話が出来るのは嬉しいようで、雪乃も楽しそうに雑談に応じてくれる。
     バスを降りても話は尽きず、気が付けばそこは雪乃の家の前。
    「結局家まで荷物も持って来てもらっちゃって……どうもありがとう」
    「気にしないでください。私たちもちょうどこっちに来るつもりだったんで」
    「ボク、今日はお話いっぱいできて楽しかったー。今度編み物教えてねー♪」
     2人は家へと入っていく雪乃を見送ると仲間たちと合流するために歩き出した。

    ●絆、取り返す
     雪乃の家の周りで灼滅者たちはべヘリタスの卵が孵化するのを待つ。ちらりと時計を見遣れば時刻は午後3時を過ぎたところ。そろそろかと家の中の様子に意識を向けると縁側で取り込んだ洗濯物に埋もれるように眠り込んだ雪乃の頭上の卵にピシリと亀裂が入った。
    「孵化するっ!」
     いち早く気付いた七緒を先頭に灼滅者たちは庭へ侵入し、すぐさまアリス・バークリーと八千華がESPを展開し戦闘態勢を整える。
    『グゲェェェ……』
     おどろおどろしい声をあげて灼滅者を見つめるのは不気味な仮面をつけた黒いコウノトリ。コウノトリは灼滅者たちを敵とみなすとバサリと翼をはためかせ漆黒の弾丸を放った。その軌道を読み誰よりも速く動いたのは――。
    「フラム!」
     メロの声に霊犬のフラムは小さな声で一鳴きして大丈夫だと応える。すぐさまシェスティンが指にはめたELjusktで傷を癒す。
    (「また、会えたね」)
     眠る雪乃にちらりと視線を向け、司は心の中で再会を喜んだ。
    「親ってのは、最後の最後で自分を守ってくれる人です」
     コツコツと古めかしい朱塗りの槍でリズムをとりながら司はコウノトリへと攻撃するチャンスを伺う。
    「その絆を奪うなんて、いけませんね」
     ガッと勢いよく地を蹴り、アーネスティアを一閃。と、同時に反対側から飛び出したオリキアもまた勢いよく妖の槍を振るいコウノトリの翼を薙ぎ払った。
    「奪った絆は、返して頂きます……!」
     アリス・クインハートの胸元にハートが浮かびあがると同時にその小さな身体に力がみなぎるのを感じる。
    『キェェェエ』
     再びコウノトリが不気味な鳴き声を上げると翼をはばたかせた。放たれた衝撃波は後衛に襲いかかる。
     八千華は痛みに顔が歪むのと同時にパキンと何かが壊れるような音が聞こえた気がした。攻撃を受けたことでエンチャントが破壊されたのだろう。だが、ここは気にせず攻撃を続けることにする。
    「絶対に逃がさないんだから!」
     回復は癒し手であるシェスティンに任せ、他の者たちは果敢に攻め続けた。
    「ボク、料理はサッパリだけど、こっちはちょっと自信あるよ」
     いつの間にか死角に回り込んでいた七緒がコウノトリの足を狙って斬撃を放てば。
    「わざわざコウノトリの姿をとるなんて、悪趣味にも程があるわね」
     アリス・バークリーの足元から伸びた銀色の影から湧き出た無数の魔物の腕がコウノトリを包み込む。
     腕から逃れようとコウノトリは身をよじり鳴き声をあげた。器用に翼を振るい拘束から逃れると同時に傷を回復する。
     戦いは一進一退。灼滅者たちに与えられた時間は10分間。ただ、時間だけが静かに流れていく――。

     司がコウノトリの脳天めがけて夕暮れ色の杖を振り下ろした。殴りつけると同時に体内に魔力が流れ込み身体の中で爆ぜる。
     お返しと言わんばかりに翼をはためかせるコウノトリの衝撃波はオリキアのビハインドであるリデルが盾となってくれたので司は無傷。
     消えゆくリデルへ労いの視線を向けるオリキアは、あることに気付いて思わずはっと息を飲む。巻き添えを喰う形となった前衛の仲間たちの中では一目でわかるほどにアリス・バークリーの傷が深い。
    (「これが雪乃さんとの絆の差……」)
     確認したかったことは出来た。朦朧とする意識の中でアリス・バークリーは魂の力を振り絞ってゆっくりと立ち上がる。
    「アリスお姉さん、しっかり、です……」
     急いで回復しようとしたシェスティンを制し、アリス・バークリーはコウノトリを睨み付けた。
    「逃がさないわ……あなたはここで灼滅する」
     その時、メロの手元でアラームが鳴り響いた。戦闘開始から7分が経過したことを告げる合図。――ここから先は回復をせず全員で総攻撃をする。
    「みんな、7分経過だーよっ!」
     メロは仲間たちに声をかけると同時に紅花染めの帯を射出した。意思を持った和服用の帯は無駄のない滑らかな動きでコウノトリの左羽を貫くと敵は口元を歪ませ呻き声をあげる。
     回復に専念していたシェスティンも白衣の裾をなびかせ手にしたプロトタイプ怪談蝋燭から炎の花を飛ばして攻撃へと転じた。
     灼滅者たちの猛攻で一度は傷を癒すことを優先したコウノトリだったが、敵の手数を減らすべきと判断したのか衝撃波を放つ。この攻撃には耐え切れず、灼滅者たちを守ってくれていたフラムとウィングキャットのイチジクが消えてゆく。そして、アリス・バークリーも再びぱたりと倒れ込み今度は立ち上がることは出来なかった。
     だが、灼滅者たちの勢いは止められない。
    「その親子にとっての大切な絆、返してもらうよ!」
     八千華は槍を握る手にぐっと力を込めて突き出した。螺旋の如く捻じりを加えて突き出された槍がコウノトリの身体に深く突き刺さる。
    「そうだよっ、雪乃と赤ちゃんの絆、絶対取り返すんだよー!」
     大鎌を振りかぶったオリキアが八千華に追随し断罪の刃を振り下ろした。
     慌ててコウノトリは回復を試みるがすでに回復できないダメージの蓄積が溜まっている。攻撃を重視した作戦を採ったことの結果といえよう。
    「ハートの鎚の一撃、お受け下さい!」
     アリス・クインハートがスート・ザ・ロッドに小さなハート細工の施された金色の鍵をカチリと差し込むと電子音声と共にロッドが変形する。トランプ兵達の指揮杖で思い切りコウノトリを殴りつけるとぐらりとその身体が傾いた。
     残された時間はあと僅か。全ての力を振り絞り灼滅者たちは手にした武器を振るう。
    (「絆ってさ、悩んだり喜んだりしながら一緒に育てていくものでしょ」)
     Juno Lunaを握りしめるとジェット噴射でコウノトリの懐へと飛び込んだ。そして一瞬で見極めた『死の中心点』を貫く。
    「ワケわかんない力で横からかっぱらって良いもんじゃないよ」
    『ギョェェェ』
     悲鳴ともとれる呻き声をあげコウノトリは苦しそうにもがいた。一歩、二歩。足を引きずるように灼滅者から離れソウルボードへと逃げようとするが目的は叶わず。静かにその姿はドロドロと溶けてゆく。消えゆくコウノトリの姿を見送りシェスティンは柔らかく呟いた。
    「さよなら、です」

    ●絆、再び
    (「いけない、私ったら……!」)
     気が付けばすっかり洗濯ものも冷たくなっている。
     慌てて雪乃がぱっと飛び起きるとバスタオルがぱさりと落ちた。誰かが掛けてくれたのかとも思ったが、この家には雪乃以外いない。だが。
    「あら……?」
     テーブルに置かれた美味しそうな魚料理が客人がいたことを告げている。
    「ママったら、寝起きだからぼんやりしているのかしらね」
     大きなお腹をそっと撫でて話しかければお腹の中の住人がトントンと優しく蹴って応えた。
     この家に新たな家族が増える日が来るのは、もう間もなく。
     雪乃は夕飯の準備をするためにゆっくりと台所へと入っていった。

    作者:春風わかな 重傷:アリス・バークリー(ホワイトウィッシュ・d00814) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年3月14日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 7
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