その行き先は、誰も知らない

    作者:波多野志郎

     その地方の路線には、一つの噂話がある。深夜、電車が終わった後に線路を歩く獣の話だ。まるで無数の獣が一つになったような、曖昧な輪郭。ただ、線路に沿って、その獣は進むのみだ。
     その獣が何者なのか? 噂話にも出て来ない。行き先を失った動物霊の集合体だとか、多くの動物を殺して呪われた人の成れの果てだとか、その出自ははっきりしない。そして、終点に行き着いた後、どこに向かうのかもまったくの不明だ。
     しかし、見過ごせない確定情報はある。それは、線路を歩く獣に見つけられたら、その影の一つにされて連れ去られてしまうというものだった。
    『――――』
     今夜も、獣は線路の上を歩く――その行き先は、誰も知らない……。

    「連れ去られたら死ぬのと同じっすからね、見過ごせないっす」
     湾野・翠織(小学生エクスブレイン・dn0039)は、そう険しい表情で切り出した。
     今回、翠織が察知したのはとある都市伝説の存在だ。
    「深夜、電車が止まった後の線路を歩く獣の都市伝説っす。獣、と言っても姿形も曖昧なでっかい影って感じなんすけど」
     どうやって生まれたのか、どこに行くのか、それさえ曖昧な都市伝説だが、その過程だけは共通している。獣を目撃してしまった者を襲い、連れ去ってしまうというものだ。
    「万が一、この都市伝説を目撃してしまう人がいたら、命を奪われるっす。そうなる前に、対処して欲しいんすよ」
     翠織は、一枚の地図を取り出して線路の一部に線を引く。
    「夜、ここで待ち伏せておけば確実に遭遇出来るっす。光源は必須、もしもの時の人払い用にESPも必要っすね」
     敵は一体、線路を歩く影の獣だ。サイズは全体で六メートルほど、いくつもの動物の影が集まったような姿をしている。
    「とにかく、タフな相手っす。攻撃力とかはさほどではないんでダークネスほどじゃないっすけど、当たり負けしないように連携を考えるといいっす」
     翠織はそこで一度言葉を切ると、真剣な表情でこう締めくくった。
    「何にせよ、こんな曖昧な噂話で犠牲者が出す訳にはいかないっす。犠牲者が出る前に、しっかりと対処をお願いするっす」


    参加者
    姫乃木・夜桜(右ストレート・d01049)
    土御門・璃理(真剣狩る☆土星♪・d01097)
    比良坂・八津葉(時鶚の霊柩・d02642)
    高瀬・薙(星屑は金平糖・d04403)
    深束・葵(ミスメイデン・d11424)
    佐見島・允(フライター・d22179)
    八城・佐奈(白銀の姫君・d22791)
    響塚・落葉(祭囃子・d26561)

    ■リプレイ


     深夜――暗闇の向こう側へと、線路が続いていく。
    「線路は続くよどこまでもってね」
     肩をすくめて、深束・葵(ミスメイデン・d11424)はそう呟いた。確かに、闇の向こう――その行き先がどこなのか、おぞましい想像を掻き立てられる光景だった。

    「これもタタリガミの生み出した都市伝説かしらね? 確かに線路の行き着く先は謎が多いと思うけど」
     比良坂・八津葉(時鶚の霊柩・d02642)は、目をほそめてそうこぼす。そして、首輪にライトを装着しておめかしした霊犬のシフォンが照らす闇に、八津葉は呟いた。
    「それにしてもエクスブレインさんの予知では、6メートルもあるそうだから…ちょっとした恐竜サイズよね」
    「さながら見物人を取り込んで進み続ける百鬼夜行でしょうか?一体どちらからいらしたのかは存じ上げませんが、この辺が終着点という事にしてしまっても構いませんよね」
     シフォンの頭を撫でながら、高瀬・薙(星屑は金平糖・d04403)がそう言ったその時だ。闇の奥から、ズル、ズル……と何かを引きずるような音に、冷や汗をかいて堪えていた佐見島・允(フライター・d22179)がビクリと震える。
    「ヒ――」
     ヒエッ、と叫びそうになるのを慌てて口を手で押さえて堪え、允はその異様な光景に息を飲んだ。姫乃木・夜桜(右ストレート・d01049)も、その闇の中から現われた姿に、しみじみと言い捨てる。
    「どんな噂立てたら、ンな訳の判らないケダモノ生まれるんだかねェ。人間サマの想像力にゃ、ダークネスも敵わないンじゃないのって思う時あるわよ、割とマジで」
     それはまさに、無数の獣が寄せ集まって出来た異形だった。法則性もなければ、節操もない。全長六メートルにも達する影が蠢く度に、中の獣が垣間見える――蠱毒の壺を思わせる、悪夢のような光景がそこにはあった。
    「こういう存在があやふやな都市伝説もいるのね……」
    「ふむ……線路を進み、何処かへ行く獣、とな。仲間を求めるのは、寂しいからかのう。……そうならば悲しげなやつではあるが、人を連れて行かせる訳にはいかぬ。このお話は、ここでおしまいにさせてもらうのじゃ!」
     しみじみとこぼす八城・佐奈(白銀の姫君・d22791)に、響塚・落葉(祭囃子・d26561)は影の獣を見上げ凛と言い放つ。そして、スレイヤーカードを手に取った土御門・璃理(真剣狩る☆土星♪・d01097)が、高らかに唱えた。
    「こんな噂が広まって増えちゃう前に早期駆除いたしましょう――魔砲少女、真剣狩る☆土星! 土星に代わって灼滅DEATH♪」
     きらん、と輝きに包まれ魔砲少女となっていく璃理に、影の獣は一瞬揺らぎ――ヴン、と無数の獣の影があふれ出した。
    『ア、ギャ、アアア、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァッ!!』
     影の獣達の咆哮が、ゴパァ!! と衝撃となって灼滅者達へと襲い掛かった。


     巻き上げられる砂利の中を、夜桜は一気に駆け抜けていく。
    「今晩はキメラさん。今夜は消えるにゃ良い夜よ?」
     ヒュオ! と懐へ潜り込むと夜桜は雷を宿したその拳を突き上げた。夜桜の抗雷撃が影を削る――その刹那、影から飛び出した犬の牙が夜桜へと襲い掛かる。
    「おっと、させぬぞ!」
     が、その犬の頭が真上から降り立った落葉の妖の槍が、抉り砕いた。しかし、影はまた形を失うだけだ。犬の、猫の、蛇の、鳥の――節操のない獣の頭が、爪が、翼が、影から溢れ出していく。
    「ヤベェよコレ、マジやべーって……」
     ホラー映画そのものの光景に、允はV-Speedを振るう。四角青地に翼機、いわゆる空港のマークがスタイルチェンジ、黄色標識となって仲間達を回復していった。
    「どんな雲でも影法師でも自然に掴んでしまうのが我々灼滅者じゃ。向かってくるものはなんたって受け止めるまでじゃ」
     葵の黄金色に煌めく回転砲とライドキャリバーである我是丸の機銃が、同時に銃弾の雨を影へと撃ち込んでいく。ガガガガガガガガガガガガガガガガガン! という稲妻の如き轟音と共に、影が次々の銃弾によって穿たれていった。
    『ァ、イギギギギギギギギギギギ、ガ、ガガガガガガガガガガ!!』
    「そこ……ね」
     蠢く獣の影、その境目を見極めた佐奈が駆ける。銀の髪をなびかせ、死角から駆け込んだ佐奈は影と影の輪郭を読み切り、刃を滑らせて切り刻んだ。そこへすかさず、シフォンが刃を突き立て、合わせたライドキャリバーの突撃が影の表面を散らした。
    「まずは、状況を整えるところから始めましょうか」
    「マジカル・クルエル・パレード! 聖なる導よ、導きを与えよ♪」
     薙がシールドを拡大させ前衛を包み、璃理が交通標識をと手にイエローサインで回復させる。
    「タフな相手に攻撃はミスしたくないわね」
     呼吸を整え、八津葉は自身の瞳にバベルの鎖を集中させていった。こちらの戦闘体勢は整った――線路の上で蠢く影の獣を、灼滅者達は取り囲んでいく。
    『アアアアアアア、ギギギギギギギギギ、ギャアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
     影の獣達が、騒ぎ立てる。目の前にいる者達を引きずり込み、仲間にしようと怨嗟を振りまく、その妄執を前に八津葉は静かに告げた。
    「いいわ、遊んであげる。祟りを鎮めるのも神宮女の仕事だもの」
     獣の群れが荒れ狂う――灼滅者達を飲み込むように、周囲を蹂躙した。


    『アアアアアアアアアアアア、ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
     ――深夜の線路で、激闘は続く。ただ、獣は襲い掛かっていく。影の一つ一つが必死だ、追いすがってくる獣の群れに飲み込まれ薙は息を飲んだ。
    「……ッ!?」
     体が、重い。まとわりつく水が、薙を深い深い水底へと誘おうとする。その重さに薙の膝が折れそうになった瞬間だ。
    「マジカル・クルエル・リザレクション! 聖なる息吹よ、癒しの祝福を与えよ」
     クルクルと剣をバトンのように回した璃理のセイクリッドウインドが、吹き抜けていく。その風にトラウマが掻き消されていくのを感じて、改めて薙は深呼吸した。
    「水に落とされるのは御免ですよ、くわばらくわばら……」
     シフォンによる浄霊眼の眼差しを受けて、薙は魔力の霧を広げていく――薙のヴァンパイアミストを抜けて、佐奈が影の獣へと飛び込んだ。
    「――ッ」
     鋭い呼気と共に、オーラを宿した佐奈の拳が振るわれていく。右ストレートからの左フック、リズミカルに上下へと振り分ける佐奈の閃光百裂拳が、浮かぶ獣達を殴打して、粉砕していった。
    『シャアア!!』
     佐奈の頭上から、影の獣の中から伸びた影の蛇がその牙を剥く。しかし、その牙が佐奈に届くより速く、夜桜のコークスクリューブローが消し飛ばした。
    「流石デカブツ、殴り甲斐あり過ぎね!」
     夜桜が、地面を蹴って後方へと跳ぶ。そこへ、ガガガガガガガガガガガガ! と無数の獣の爪が半瞬遅れで降り注いだ。抉られる地面に、夜桜は小さく言い捨てる。
    「ってか、マジでしぶといわねコイツ……」
    「じゃが、わかった事もあるぞ?」
     落葉は、呟く。ESP接触テレパスでは、何も返答も反応もなかった。しかし、これだけは理解出来た。
    「群れのようではあるが……お主は結局はひとりきりじゃな」
     飛び掛る影の犬を落葉は跳躍からのスタゲイザーで砕き、即座に再行動、燃え盛る炎の蹴りで焼き切る! どれだけダメージを追おうと、見向きもしない。個にして群、群にして個――そういう存在なのだ、この影の獣は。
    「厄介じゃな、じゃがそうとなればやる事はひとつじゃの」
     ガガガガガガガガガガガガガガッ、と葵の撃ち放つ爆炎の銃弾が影の獣を穿ち燃やし、そこへ我是丸とライドキャリバーが併走して突撃した。影の獣の巨体が、後退しようとする――しかし、それを允が許さない。
    「終電過ぎてんぜお客サン、悪りーけどこっから先は通行止めっつー事で!」
     允のV-Speedが、『WRONG WAY』へとスタイルチェンジ――魔法陣も浮かんだそれを力任せに振り下ろした。ザン! と允のレッドストライクに、影が切り裂かれ炎が散る。
    「炎にでも巻かれりゃちっとは輪郭ハッキリするんじゃねって思ったけど――」
     蠢く影は、輪郭が安定しない。のた打ち回りながら、無数の獣の形が浮かんでは消えるその姿は、出来の悪い影芝居を思わせた。
    『アアアアアアアアアアアアア、ギギギギギギギギギギギギ――』
    「本当に、行き先がないのね」
     呟き、八津葉が右手を振り下ろす。ヒュガッ! と夜闇を切り裂いて、八津葉のレイザースラストが猫の頭を消し飛ばした。
    (「残らず粉砕する――それだけじゃな、これは」)
     葵はそう考えながら、猿神鑼息を手に駆ける。落葉が言った通り、無数の獣の影が寄り集まったように見える、それだけだ。その本質は、孤独――ただの一個に過ぎない。だからこそ、この巨大な影を残らず粉砕してしまえばいい、それだけの話だった。
    『アアアアアアアアアアアアアア、ギイイイイイイイイイイイイイ――!!』
     ゴヴァ!! と巨大な蛇の影が、佐奈へと襲い掛かる。佐奈は、その蛇の影へと自ら飛び込んでいった。
    「ここ――」
     佐奈の銀の髪が、音もなく広がる。放たれたのは燃える後ろ回し蹴り――佐奈のグラインドファイアが相殺すると同時に、影の獣を大きく切り刻んだ。それに、佐奈は大きく跳躍する――そこへ、葵が猿神鑼息を乱射、我是丸が機銃を掃射した。
    「今じゃ!」
    「ええ!!」
     ザザザザザザザザザザザザザ! と夜桜が滑り込み――その炎に拳を宿し、下から上へ跳ねるように飛び起きると右ストレートを叩き込む!
    『ァ、ギ、ギギ、ッガガガガガガガガガガガガガガガッ!?』
     グラリ、とこの戦いで初めて巨大な影が揺らいだ。そこへ、薙の影が刃となって走り、その影にじゃれ付くように続いたシフォンが斬魔刀を影の獣へと突き立てる。
    「シフォン!」
     薙の呼びかけに、シフォンは影の獣を足場に跳躍した。直後、再行動した薙の投擲した妖冷弾が深々と突き刺さった。
    「まだまだァ!!」
     そこへ、高く跳んだ允の跳び蹴りが影を穿つ。ゴォン! と鈍い炸裂音――允のスターゲイザーが、影の獣の形を大きく歪ませた。のた打ち回るように引こうとする影の獣、しかし、歌声がそれを遮る。
    「かごめかごめ……籠の中の獣は いついつ出やる?」
     回り込んだ八津葉が、右手をかざした。そして、自分の向けられる無数の視線に八津葉は告げる。
    「いいえ、貴方は出られない「その行き先は、誰も知らない」――後ろの正面は私よ。獣さん」
     ドン! と一条の光線が、影の獣を貫いた。ミシミシ、と軋みを上げながら苦悶するようにくねる影へ、ガガガガガガガガガガガガガガガ! とライドキャリバーの機銃掃射が降り注ぐ。そのライドキャリバーの上から、璃理は羽ばたくように跳躍した。
    「マジカル・クルエル・エクストリーム! 逝くよ、灼滅サターーンキィィィィック!!」
     璃理の炎の跳び蹴りと、低く駆け込んだ落葉の切り上げの斬撃が重なる。璃理の変身ヒロインの必殺技と、落葉の非実体化した魂のみを断ち切る斬撃が、同時に影の獣を捉えた。
    『ア、アアア、ア――』
     かすれた声と共に、影が掻き消えていく。落葉は剣を振り払い、静かに囁く。
    「安らかに眠るが良いよ」
     その声が届いたかどうかはわからない、ただ、行き先を見失いさ迷っていた影の獣にとってここが最終地点となった――それだけは、確かだった……。


    「さすがにレールが壊れてたらどうしようもなかったけど……」
     改めて周囲を見回して、佐奈は気付く。あれほど荒れ狂っていた影の獣は、レールには一切被害を及ぼしていなかったのだ、と。彼らにとって、この線路はいかなる意味を持っていたのか……? もう、その答えは誰にもわからない。
    「マジで動物や人の霊っつー事もあんのかな……」
     もしそーならマジ成仏して下さい、と允は線路を拝む。そして、見通せない闇の向こうへと続く線路を見て呟いた。
    「ずっと歩いて行ってみたくなる感じは分かる気するな」
    「――さぁ夜も遅いし寒いのですね。コンビニでも寄って帰りましょうか?」
     補導されないように気をつけましょう♪ と冗談めかしていう璃理に、仲間達もようやく笑みを見せる。夜桜は笑みと共にこぼれた息が白い事に気付いて、小さく身を震わせた。
    「夜はまだ寒いしね~」
    「影の代わりというのも何ですが……」
     薙が、カンテラを掲げて夜の線路を歩き出す。彼らの作るいくつもの影を見やって、八津葉は呟いた。
    「この話は終わるけど覚えてあげるわよ。私は永遠にね……」
     影が、歩いていく。影の獣は、行き着く先を知らなかったろう。しかし、その影達は知っている――自分達が帰るのは、彼らの帰るべき場所なのだ、と……。

    作者:波多野志郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年3月10日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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