自然の中でさ迷って

    作者:波多野志郎

    『チチッ』
     彼等は、さ迷っていた。自然というのは、ゆっくりと変化していくものだ。草木の配置、地面、川――それは、四季の移ろいこそあれど、大きく変化するものではない。
     しかし、時に自然は一瞬にしてその姿を変える事がある。地震や大雨による地滑りが、その一つだ。
     彼等――はぐれ眷属である鎌鼬の群れが、普段は人里離れた場所にいたのにさ迷い出てしまった理由がそれだ。大雨による地滑りで地形が変わり、人里近くまで降りてきてしまったのだ。
     それだけならば、まだよかっただろう。しかし、地滑りを調べに人がここに訪れてしまう。その結果、多くの血が流れようとしていた……。

    「何にせよ、面倒事っす」
     湾野・翠織(小学生エクスブレイン・dn0039)は、厳しい表情で口を開いた。
     今回、翠織が語り始めたのははぐれ眷属の群れの存在だ。
    「雨による地滑りが原因で、普段は山奥に居た鎌鼬の群れが人里近くまで迷い出てしまったんすよ」
     これだけならば、まだ良かった。しかし、鎌鼬の群れが地滑りで降りてきてしまったように、異変の確認に多くの人間がそこを訪れる事となる。そこで、悲劇が起きてしまうのだ。
    「そうなる前に、はぐれ眷属を倒して欲しいんす」
     今はまだ、二次災害の可能性を考慮して調査は行なわれていない。なので、普通に昼間に挑んでも人目を気にする必要はないだろう。
    「峠道まで土砂が降りてきてるので、峠道を昇っていけば遭遇できるっす。向こうはこっちに気づいたら、襲い掛かってくるっすから、不意を打たれないように注意して欲しいっす」
     数は、十三体と多い。一体一体は脅威ではなく、ただ数に任せて攻撃してくる。こちらは、一人一人の連携を活かして戦う必要があるだろう。
    「何にせよ、こうなっては危険な相手っす。犠牲が出てしまう前に、確実に対処して欲しいっす」
     不幸な事故ではある、しかし、そこから血が流れてしまう事態だけは避けなくてはならない。翠織は、そう真剣な表情で締めくくった。


    参加者
    小碓・八雲(鏖殺の凶鳥・d01991)
    遠間・雪(ルールブレイカー・d02078)
    敷島・雷歌(炎熱の護剣・d04073)
    南条・忍(パープルフリンジ・d06321)
    由比・要(迷いなき迷子・d14600)
    十文字・瑞樹(ブローディアの花言葉のように・d25221)
    名無・九号(赤貧高校生・d25238)
    ディエゴ・コルテス(未だ見果てぬ黄金郷・d28617)

    ■リプレイ


    「アレ?」
    「あ、やります」
     地図を上下に回し始めた由比・要(迷いなき迷子・d14600)に、名無・九号(赤貧高校生・d25238)はそれとなく地図を受け持った。
     森の中を通る峠道、それは唐突に途切れていた。地滑りによる土砂だ。それを遠目に見て、南条・忍(パープルフリンジ・d06321)は深呼吸する。
    「雨に濡れた土のにおい、いいよねー」
     山仕事も忍者の仕事――そう自認する忍にとって、この自然の空気は好ましいものだった。遠間・雪(ルールブレイカー・d02078)も、目をこらして鼻歌混じりに呟く。
    「鎌鼬か~。可愛かったら飼ってもいいかにゃ?」
     既に、何体かのはぐれ眷属、鎌鼬の姿は視認出来た。その姿に、敷島・雷歌(炎熱の護剣・d04073)はしみじみをこぼす。
    「棲み分けできてた、つう訳でもないんだろうが。まあある意味こいつらも被害者と言えなくもなさそうだが……何にせよ人に被害が出るなら止めなきゃならんな」
    「そうですね」
     九号は、そう相槌を打った。灼滅者達が地図を頼りに進むことしばし、土砂崩れの現場へとたどり着く。
    『チチッ!!』
     はぐれ眷属の群れもこちらに気付いていたのだろう、しかし、不意を打てないと判断したのか、警戒して間合いを測るように展開していた。それらを一瞥して、小碓・八雲(鏖殺の凶鳥・d01991)は言い捨てる。
    「お前達も悪意があって此処まで来たわけじゃないんだろうな……でも、理由どうあれ無条件に人を襲うなら殺してでも止めるしかない。だから元の場所に……サイキックエナジーに還れ」
     言葉の意味は理解していない、しかし、現われたのが明確な敵だと鎌鼬達も理解したのだろう。ざわり、と明確な殺気を放ってくるはぐれ眷族の群れに、ディエゴ・コルテス(未だ見果てぬ黄金郷・d28617)は低く言った。
    「テメェらに罪があるわけじゃねェが……、まァ互いに、運がなかったって事だろうな」
     ダッ! と鎌鼬達が、地面を蹴る。その動きに、十文字・瑞樹(ブローディアの花言葉のように・d25221)はスレイヤーカードを手に唱えた。
    「我は盾、皆を護る大盾也!」
     灼滅者達が、戦闘体勢を整えていく。その中で、要は柔和な笑みと共に囁いた。
    「ふふ、たくさんいるねぇ、どの子から遊んで貰おうか迷っちゃうねぇ。まとめて相手になってもらおっか」
    『チチチッ!!』
     人の世の理から外れた獣達が、襲い掛かってくる――ここに灼滅者とはぐれ眷属達の戦いの幕が上がった。


     自分達を取り囲むように動く鎌鼬達へ、忍は印を組んだ。
    「麓に降りてきた野生動物とは少し違うだろうけど、人を傷つける以上は戦うしかないね! 花粉に負けず、はりきって行こうっ!」
     ヒュゴッ! と冷気の嵐が吹き荒れる。ビキビキビキ、と忍のフリージングデスが大気を凍てつかせていく中、雷歌は龍砕斧を肩に担ぎ腰を落とした。
    「こいつを実践で使うのはこれが初めてだが……お前の力、どの程度か見せてもらうぜ、屠龍!」
     ゴォ! と「竜殺し」の象徴たる大斧を、雷歌は渾身の力で振り抜く! 龍翼飛翔、そのサイキックの名のごとくそれは龍を切り裂く龍翼の一閃だ。土砂ごと抉る豪快な一閃に吹き飛ばされる鎌鼬達、そこへ九号がひっそりと縛霊手を展開する。
    「いきます」
     ヴィン! と九号の除霊結界が、鎌鼬達を取り囲んだ。動きを止めた鎌鼬の一体へビハインドの紫電は間合いを詰め、下段からその刃を切り上げる!
    『チチッ!?』
    「殺意に……飲まれろッ!」
     ノーモーションから跳躍した八雲が、頭上から鎌鼬達へ鏖殺領域を叩き込んだ。音もなく黒い殺意が、雪崩のごとくはぐれ眷属達を飲み込んでいく――そこにディエゴはすかさず突進した。
    「ここは確実に、やらせてもらうぜェ!!」
     ズオ! と螺旋の軌道を描く槍が、鎌鼬を貫く。ディエゴは引き抜く動作で、そのまま鎌鼬を中へと放り投げた。
    「行くにゃ、バクゥ!」
     そこへ、雪が雷を拳に宿して跳躍する。ゴォ! と雪の抗雷撃がさらに高く鎌鼬を宙へと放り上げ、そこへ霊犬のバクゥがすかさず六文銭を射撃した。
    『チチ!?』
     鎌鼬は空中で身を捻り着地――しようとした、寸前だ。鎌鼬は確かに見た、要の柔和な笑みを。
    「ごめんね」
     ヒュオン、と花弁のように舞った無数の魔法の矢が、要の背後から放たれる! ヒュガガガガガガガガガガガガガガガ! と着地寸前の鎌鼬は次々に刺し貫かれ、地面に転がった。仲間がやられた姿を、鎌鼬達は視線で追う。
     そこに、瑞樹は飛び込んだ。似槍・武闘派淫魔シーリィの槍、その槍を握る手に力を込めて、ヴォン!! と瑞樹は旋風を伴う一閃で鎌鼬達を切り裂く!
    「さあ、来い……私達が相手だ!」
     すかさず陽炎を引き抜いて言い放った瑞樹を仲間ごと襲ったのは、黒い衝撃だった。ドォ! と鈍い衝撃と共に、三発のブラックウェイブが叩き込まれたのだ。
    『チチチッ!!』
     そして、ガガガガガガガガガガガガガガ!! 虚空ギロチンの刃が雨あられのように降り注いだ。一撃一撃は軽くても、数が数だ。そして、残った鎌鼬達が、鎌を振り上げて襲い掛かる!
    「その力の流れを……殺すッ!」
     斜め上からの鎌の一閃を、荒神切 「天業灼雷」の切っ先で受け止め八雲は受け流した。火花を散って交差する、RB社製のコンバットブーツでぬかるむ地面を強く蹴り、八雲は間合いを開けた。
    「こっちだぜ」
     しっかりと地面を踏みしめ、雷歌が仲間達を誘導する。ESP隠された森の小路が、森を拓かせる。雷歌は、しっかりと地面を踏みしめさせてくれるブーツと送り主に感謝した。
    「ちゃんと歩いて帰れるようにしないと、な」
    「体勢を立て直せ、チマチマでもきちィぞ、こいつァ」
     ディエゴが鎌鼬達と向き直り、そう声を張り上げる。連携などなくとも、既にその数が脅威なのだ。ただ、それぞれが個々で動いても量で圧倒してくる――だからこそ、灼滅者達と鎌鼬は激しく刃を交わした。


     ギギン! と金属がぶつかり合う音が、森の中に響き渡る。飛び掛る鎌鼬の斬撃を、八雲はノイエ・カラドボルグの切り上げて弾いた。身体能力任せのはぐれ眷族の斬撃だ。しっかりと技術を積み重ねた八雲にとって、対応するのは苦ではない。
    「久当流……外式、禍津日ッ!」
     ヒュオン! と影を宿したノイエ・カラドボルグの返しの刃が、鎌鼬を切り裂いた。地面を転がった鎌鼬を、雷歌が燃え上がる屠龍を手に駆け込む。
    「っおおおおおおおおおおおお!!」
     豪快な雷歌のレーヴァテインの一撃が、鎌鼬を両断した。完全に燃え尽きた鎌鼬を飛び越え、別の鎌鼬が雷歌の首筋を狙って鎌を振るうが、それを紫電の霊障波が撃墜する。
    『チチ!?』
    「いいパスだァ!」
     吹き飛ばされる鎌鼬、それに走り込んだディエゴが足を振りかぶった。ザン! とパスを受けたサッカー選手のような蹴りが、ボールよろしく鎌鼬をグラインドファイアで蹴り砕く!
     ゴォ! と火の粉を撒き散らしながら、ディエゴは横へ跳ぶ。ガガガガガガガガガガガッ! とそこへ、刃が降り注いだのだ。
    『チチチ!』
    「回復なら任せろにゃー! バリバリ!」
    「みんな、がんばって!」
     すかさず雪と忍のイエローサインが、仲間達を回復させた。加え、バクゥも浄霊眼で回復をサポートする。
    「ふふ、何を探してるの? できるんなら教えてあげたいけど……、君たちの探し物は、多分もうきっとないからね。これ以上――、なおも進むというのなら、従って貰うよ、人の世の理に」
     笑みと共に殴り飛ばした要の異形の怪腕、鬼神変の一撃が鎌鼬を吹き飛ばした。その鎌鼬へ、瑞樹が陽炎に破邪の白光を宿して駆ける――!
    「確実に、落とさせてもらう……!」
     放たれた陽炎の薙ぎ払いが、鎌鼬を切り飛ばす。その両断された鎌鼬を見て、忍はカウントした。
    「これで、5体目!」
    「いえ、六体目です」
     ポソリ、と九号が訂正する。密かに九号が一体、倒していたのだ。それに忍は、うなずいた。
    「順調だね」
     ――この戦い、決して楽ではない。サーヴァントを含めてなお、数に差があったのだ。使って来るサイキックが範囲攻撃が多い事もあり、その積み重ねは馬鹿にならなかった。だからこそ、瑞樹や九号が怒りを付与し鎌鼬達の攻撃を集めていたのは大きい。攻撃の位置が集中するからこそ、後衛のメディックは回復に専念できた。
    「俺もかなり楽をさせてもらってるね」
     スナイパーである要は、着実にダメージを重ねていった。ディフェンダーが守りきり、クラッシャ-が豪快に削る――個々の戦力で灼滅者達が勝っているからこそ、その連携は上手く機能した。
     数の差、それだけが鎌鼬達の利点だ。一体一体確実に落とし、その差が埋まっていけばこの利点は当然のように失われる。数が並んだ時点でパワーバランスは傾き、もう逆転はありえない――序盤を凌ぎきった、その時点で灼滅者達が有利になっていくのは当然の事だった。
    「畳み掛けるぜ!」
     雷光がごときオーラを両手に宿し、雷歌が踏み込む。下から突き上げるアッパーが鎌鼬を仰け反らせ、二発のジャブが距離を測り、連続のストレートが鎌鼬を地面から引き剥がした。それを、紫電の斬撃がなぎ払った。
    『チチ!?』
     鎌鼬が、吹き飛ばされる。そこを狙って駆け込んだのは、忍だ。
    「行くよ!」
     グルン! と体全体で回転するように、大上段から赤色標識にスタイルチェンジした交通標識が振り下ろされた。ザン! と忍のレッドストライクが、空中で鎌鼬を切り裂いた。
    『チチチ!!』
    「それは許しません」
     残った鎌鼬達が、散ろうとする。しかし、それを九号の除霊結界が、バチン! とその動きを封じた。
    「隙有りにゃあ!!」
     駆け込んだ雪の赤い一閃とバクゥの斬魔刀が、鎌鼬を十字に切り刻む。残るは、二体――その内の一体へ、黄金の輝きをまとったディエゴが閃光のように降り立ち跳び蹴りを叩き込んだ。
    「やれェ!!」
    「うん」
     笑みのまま、ディエゴのご当地キックに重ねられた要の神薙刃が、鎌鼬を吹き飛ばす。耐え切れず鎌鼬はそのまま落下、立ち上がる事はなかった。
    『チチチ!!』
     最後の一体、鎌鼬は疾走する。しかし、その前に瑞樹が立ちふさがった。
    「逃がすか……!」
     下段から放たれる炎に包まれた陽炎の切り上げ、瑞樹のレーヴァテインが鎌鼬を捉える。炎に捲かれながら、鎌鼬が宙へと放り上げられる――そこへ、八雲が真っ直ぐに踏み込んだ。
    「久当流……追の太刀、緋雨刀嵐ッ!」
     ヒュガガガガガガガガガガガガガガガ! と連続で繰り出された荒神切 「天業灼雷」の刺突が、鎌鼬を刺し貫いていく。それが止めだ、道に迷ったはぐれ眷族の群れは、こうして灼滅された……。


    「ええと、杉の木は流されていないよね? はぐれ眷属もそうだけど、ボクは花粉も遠慮したいな!」
     忍は周囲を見回したが、どうやら杞憂で終わったようだ。季節だけではなく、最近降り続いた雨もあるだろう――日差しはもう、春を感じさせるものだ。
    「この森のどこかに、彼らの居場所があったのかな、ちょっと見てみたかったねぇ」
    「わりと景色もいいし、サンドイッチでも持ってまた来たいところだね」
     柔和な笑みと共に告げた要の言葉に、忍もそう笑みと共に答える。そのやり取りに、ふと思いついたという表情で雪が口を開いた。
    「そういえばこういう自然ならマツタケとかないかにゃ?」
     周囲を探し始める雪の姿に、仲間達も笑みをこぼす。雷歌は生々しい土砂崩れの跡を見やって、しみじみと呟いた。
    「早いとこ復旧するといいな」
    「はぐれ眷属は退治できた。後は二次災害が起こらず無事に作業が終わることを祈ろう」
     瑞樹も、真剣な眼差しでうなずく。瑞樹の言葉に、ディエゴも言い捨てた。
    「そうだなァ、コレで人が怪我したってんなったら、連中も倒された意味がねェからなァ」
     そうなれば、自分達の行ないが正しかったのかどうか揺らいでしまう――その事までは口に出さず、ディエゴは己の胸の内にしまった。その答えを出すには、もっと自分の中で考えるべきだと思ったからだ。
    「任務完了……さて、帰りも山道だ。遅くなる前に帰ろうか。まだこの時期の山は夜は冷え込むしな」
     八雲の言葉に、仲間達は峠道を歩き出す。そして、思い出したように忍は言った。
    「ところでボク、あえて翠織どのに聞かなかったんだけど……帰りのバスってあるのかな?」
    「あ」
     その答えは、ほどなく出る。ただ、灼滅者達は自分達が守った自然を十分に堪能して、帰路についた……。

    作者:波多野志郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年3月14日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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