フローレンティナの望み

    作者:犬彦

    ●少女と彼の歪な関係
     目が覚めた時、フローレンティナは独りだった。
     ひとりは寂しい。部屋に置いてあったぬいぐるみを抱き締めてみても、寂しさは紛れない。誰かの温もりを求めた少女は屋敷から出て、『彼』と出会った。
     出会いは偶然。
     だが、少女と青年にとって、これは運命だった。
     彼は幼い少女の身の回りの世話を買って出てくれ、それからはなに不自由ない生活を送ることが出来た。少女も青年を『使用人』として迎え、仕えさせてやることにした。
     青年もそれを受け入れ、二人は屋敷で静かな時を過ごしていた。
     だが、少女達の関係は普通とは違う。
     それは――フローレンティナがヴァンパイアであるということ。

     ある日、少女は使用人に願った。
    「ねえ。ティナね、あたらしいおともだちが欲しいの」
     少女はぬいぐるみを抱き締めながら、寂しいのだと話す。彼女にとって歳の離れた青年はただの使用人であり、友達ではないのだ。
    「そうですねえ。ティナ様のその『お友達』もそろそろ汚くなってきましたし」
     その、と指したのはぬいぐるみ。
     愛らしいウサギだったらしいそれは、腹の部分が斬り裂かれ、腕ももげかけている。青年は暫し考え、どうするべきかと悩みはじめる。
     すると、フローレンティナはいいことを思いついたという風に表情を輝かせた。
    「そうだわ、近くからさらってくればいいのよ」
     その笑みは妖しく、無邪気ながらも狂気に満ちている。使用人は少女のおそろしい提案に驚くこともなく優しい微笑みを向けた。
    「分かりました。ティナ様の仰せの儘に」
     そして――青年はブレイズゲートの内部に取り込まれた町に赴く。
     幼きヴァンパイアはダークネスとして、常軌を逸脱した考えのもとに行動している。だが、それ以上に使用人となった青年も人としての倫理を捨て去っていた。
     フローレンティナの願いを叶えるためなら子供を攫うことに躊躇いなどない。
     ただ、彼女の望みの儘に――。
     それが青年自身の願いであり、今此処にいる理由だった。
     
    ●忠誠と栄華
     軽井沢の別荘地の一部がブレイズゲートになり、付近の子供が誘拐される事件が多発している。
     その犯人はフローレンティナという幼いヴァンパイア。そして、彼女を主とする強化一般人の仕業らしい。事前に調査に向かい、情報を持ち帰った灼滅者の話を聞き、君は仲間と共にブレイズゲートへ赴くことにした。

     この地域の中心となる洋館は、かつて高位のヴァンパイアの所有物だった。
     だが、そのヴァンパイアはサイキックアブソーバーの影響で封印され、配下のヴァンパイアも封印されるか消滅するかで全滅した。
     しかし、この地がブレイズゲート化した事で件のヴァンパイア達が甦ってしまった。一度は消滅した配下の一人である彼、あるいは彼女は別荘のひとつを占拠し、かつての暮らしと栄華を取り戻そうとしている。
     ヴァンパイア達はブレイズゲート外に影響するような事件を起こすわけではない。だが、その中に一般人が取り込まれているのならば放ってはいけない。
     敵の灼滅を決めた君達は件の屋敷へ向かう。
     無邪気を振り翳す幼い吸血鬼と、彼女に忠誠を誓う男を滅ぼす為に――。


    参加者
    神桜木・理(空白に穿つ黒点・d25050)
    一恋・知恵(命乞いのアッシュ・d25080)
    水無月・詩乃(天下夢想・d25132)
    神之遊・水海(うなぎパイ・d25147)
    空月・陽太(魔弾の悪魔の弟子・d25198)
    炎道・極志(可燃性・d25257)
    影龍・死愚魔(ツギハギマインド・d25262)
    アルフレッド・アレアシオン(クリスタルヒートハート・d30905)

    ■リプレイ

    ●対峙
     無線のノイズ混じりの音が微かに響き、屋敷の様子を伝える。
    「配置についたよ」
     件の部屋の窓外、空月・陽太(魔弾の悪魔の弟子・d25198)は屋敷内部に入り込んだ仲間に連絡を取った。それを受けた神之遊・水海(うなぎパイ・d25147)は傍の仲間に目配せを送り、怪力無双の力を使ってドアをぶち破った。
    「Ураааааааа!!」
     威勢の良い掛け声が響き渡り、其処へ一恋・知恵(命乞いのアッシュ・d25080)が続く。
    「燃え上がれッ!」
     更に窓側からは解除コードを口にした炎道・極志(可燃性・d25257)、陽太や影龍・死愚魔(ツギハギマインド・d25262)がガラスを突き破って部屋に飛び込んで来る。
     そして、奇襲を狙った知恵は駆けると同時に標識で使用人へと殴りかかった。
     死愚魔が想念の弾丸を打ち放ち、水無月・詩乃(天下夢想・d25132)もヴァンパイアが居る場所に目掛けて、雨紫光で以て魔力の奔流を打ち込む。
     だが――灼滅者が放った攻撃はどれも対象に傷を与えることはなかった。
     奇襲は失敗。其処には攻撃を躱し、悠々とティーセットを片付ける使用人がいる。
    「どうしてなの!?」
     攻撃が読まれていたのだと知り、水海は驚きを隠せずに問いかけた。
    「何方かは存じ上げませんが……会話が丸聞こえでしたよ」
     聞こえていたというのは無線通信のことだろう。
     その傍らにはボロボロのぬいぐるみを抱いているヴァンパイアの少女、フローレンティナの姿もあった。
    「わあ、おともだちがいっぱい。あそびにきてくれたのね」
     扉側と窓側、両方の灼滅者達を見渡すフローレンティナは嬉しそうだ。
     その奥に宿る狂気を肌で感じた知恵は敢えて笑みを返し、改めて敵に告げる。
    「御機嫌ようお嬢様、よかったら遊び相手になってくれないかな?」
    「うん、あそぼう」
     一見は無邪気な笑みが返ってくる様を見遣り、神桜木・理(空白に穿つ黒点・d25050)はやれやれと肩を落とす。
    「悪意があるのかないのか……いや、どうあれ戦うしかないか」
     奇襲は失敗したが、戦うことには変わりない。
     アルフレッド・アレアシオン(クリスタルヒートハート・d30905)は遊ぶために身構えた少女と使用人を見据え、強く言い放った。
    「ぶっとばしてやるぜ! 吸血鬼とその傀儡よ!」
    「さて、貴方達はティナ様をご満足させられるでしょうか」
     使用人は不敵な笑みを浮かべ、フローレンティナの前に立ち塞がる。
     双方の視線が交差し、そして――戦いは幕開けた。

    ●罪と報い
     ヴァンパイアに抱かれたぬいぐるみが示すのは、彼女が殺戮を好んでいること。
     今までに何人があのウサギのように斬り裂かれたのだろう。水海は白手袋をフローレンティナに叩きつける勢いで投げ、不快感をあらわにした。
    「お友達なんてお断りなの! 絶交なの!」
     あっかんべー、と舌を出した水海。
     その様子に使用人が眉を顰め、水海へ魔法弾を放った。しかし、即座に知恵のビハインドが七草美・穂麦が飛び出すことで痺れの魔力を肩代わりする。
     穂麦が攻撃を受けている間、知恵が斬弦糸で反撃代わりの一閃を見舞った。
    「ねえロリコンのお兄さん、誰かに依存するのって楽しい?」
    「人聞きの悪いことを。主に仕えることは依存とは言いませんよ」
     知恵の言葉をさらりと受け流し、使用人は薄く笑む。どうやらこの相手に挑発は通じないらしい。アルフレッドが魔帯を射出する中、己に螺旋の力を宿した詩乃も傘をくるりと回し、更なる一撃を男に向けた。
    「これ以上犠牲者が出る前に始末をつけなければいけませんね」
    「そうだね、残酷な遊びなんて許せない」
     詩乃の言葉に陽太が頷き、制約の弾丸を打ち放つ。
     その瞬間、使用人の身に痺れが走った。
    「今だ、一気に行くぜ!」
     隙を見い出した極志は男に集中攻撃をするべく呼びかけた。その声に理や死愚魔、アルフレッドが続き、次々に敵に痛みを与えていく。
     だが、其処にヴァンパイアが放つ逆十字の一撃が見舞われた。
    「この人たち、つよいのね。楽しくなってきちゃった」
     マイペースにくすくすと笑うフローレンティナ。理に向けられた一撃は水海が受け止めたが、その威力は尋常ではなかった。水海はすぐに祭霊の光で自らを癒し、極志も天魔の光臨陣を描いて補助に入る。
    「子供の癖になんて力だ……!」
    「ふふ、ティナだってつよいのよ。ねえ?」
     アルフレッドが思わず言葉にすると、フローレンティナは使用人に同意を求めた。対する男は「仰る通りです」と少女を肯定する。
     死愚魔は双眸を鋭く細め、使用人を強く見据えた。
    「ただ言う事を聞くだけっていうのは、使用人として失格じゃないかな?」
     詳しくは知らないけど、と付け加えた死愚魔に対して使用人は皮肉を込めた笑みを浮かべて返す。
    「おや、知らないのならば口を挟まないで頂きたいですね」
     これでも主人のおやつの量や食事のバランスには気を遣っており、言いなりではないのだと冗談めかした言葉が続けられる。そんなことを聞いているのではないと息を吐いた死愚魔は、虚の影法師を迸らせて対抗した。
     飄々とした男の態度に理は呆れと憤りの交じった感情を覚える。
     知恵も趣味が悪い輩だと断じ、溜息を吐いた。おそらく、少女と男は人の命を何とも思わぬまま、たくさんのものを踏みにじってきたに違いない。
     ならば――。
    「お前たちが人に与えてきた痛みと恐怖、それがどれほどのものか教えてやる」
     理は思いを言葉に変え、魔術杖を構える。
     そうして、其処から繰り出された魔力の奔流は男を貫き、大きな衝撃を与えた。

    ●歪に崩れる
     男の体勢が崩れ、僅かな疲弊が見えた。
    「使用人の君。君がおとなしく首を差し出すなら、彼女は見逃してあげてもいいよ?」
     陽太は其処に揺さぶりをかけるべくカマをかけてみる。無論、そんな心算は微塵もない。しかし、それを聞いた使用人は怒りを滲ませた。
    「嘘を吐かないでください」
     灼滅者の狙いは男ではなく、ヴァンパイアだ。逆はあったとしても陽太の言葉が叶えられるはずがないことを使用人は感じ取っていたらしい。
    「なら、二人とも卸し斬りにしてやるから大人しくしとくんだな!」
     アルフレッドは右腕を水晶の剣へと変じさせ、鋭い斬撃で以て使用人を斬り裂いた。
     その衝撃で男は血を吐き、床が汚れる。
     すぐさま詩乃や理も追撃に走り、死愚魔も更なる一撃を撃ち込んだ。知恵は弱りはじめた使用人を見遣り、穂麦に指示をして霊撃を解き放たせる。
    「仕える相手を間違ってるし、使い方も間違ってるし、悪いけど――」
     穂麦の一撃が相手を打ち貫く中、知恵は素早く男の背後に回り込んで交通標識を掲げる。そして、振り下ろす一撃と共に静かな言葉を向けた。
    「君はここでさようなら、だね」
     刹那、赤い衝撃を受けた男の断末魔が響き渡る。
    「く、ここまでか……。申し訳ありません……ティナ、様……」
     使用人だった男はその場に伏し、血だまりの中に沈んだ。それがもう動かぬことを確認した極志は、ヴァンパイアへの攻撃の機を感じ取る。
    「ヒャッハァ! 後はお前だけだ!」
     笑顔を浮かべて炎を纏った極志は縛霊手による一撃を見舞おうと駆けた。
     少女は配下を倒されて動揺しているだろう。何気なくそう予想していたのだが――。
    「なぁんだ、しんじゃったの?」
     何でもないことのようにフローレンティナが呟き、極志の攻撃を躱す。
     少女の言葉に込められていたのは落胆でも怯えでもなかった。残念がるでもなく、ただありのままの事実を受け止めただけ。
     感情のない感想にぞっとしたのものを覚えた水海は思いの丈を言い放った。
    「貴女みたいな人は大嫌い! その人は貴女を大切に思ってたはずなのに!」
    「ダークネスの手先と言えど、人間らしさがその方にはありました。ですが……」
     水海の憤る言葉に続けて、詩乃も思いを零す。
     使用人はフローレンティナを守るために立ち回っていた。数度ではあるが、言葉を交わした中にも人らしさが見えていた。だが――目の前のヴァンパイアには到底、人が持ち得る通常の感情が宿っていない。
     死愚魔はそれがダークネスなのだと改めて察し、骸骨型の影を放つ。
    「主、ね……この子にそんな魅力あったのかなぁ」
     男がこの少女の何処に仕えるべき感情を持ったのか。彼が死した以上、その答えは永遠に知れぬまま。だが、死愚魔が重きを置くのはそんなことではない。
     ただ、悪しきダークネスを滅ぼす。
     目晦ましの如く死愚魔が影を操る最中、陽太は影越しに敵に魔弾を撃ち込む。
    「どこから攻撃が飛んでくるか読めないだろう?」
    「まあ、そういうあそびかたもあるのね」
     魔力の一閃を受けながらも、ヴァンパイアはくすくすと笑った。あくまで戦いも遊びの範疇なのだろう。フローレンティナが紅蓮の斬撃を放つと、知恵がそれを庇う。
     仲間の体力が奪われていく中、極志は癒しに専念した。
     その間にも、灼滅者とヴァンパイアの一歩も譲らぬ戦いが繰り広げられていく。
     幾度かの攻防の後、不意にフローレンティナの放った赤き逆十字が前衛を擦り抜け、アルフレッドに舞い飛んだ。
    「まずいな、油断はしてなかったんだが……!」
    「大丈夫か」
     思わず揺らいだアルフレッドに理が気遣いの言葉を掛ける。
     だが、アルフレッドにとってはそれは理に対抗心を燃やす要因になった。
    「負ける訳にはいかねぇ! あいつにナメられるのだけは気に入らねぇからな!」
     痛みを振り払ったアルフレッドは地を蹴りあげ、敵に向けて炎の蹴撃を見舞う。対抗された理も密かに負けじと全力を振るい、二人の攻撃はヴァンパイアに大きな痛みと衝撃を与えていった。
    「もう、いたいいじゃない」
     流石のフローレンティナも血霧を発生させ、自らを癒す。
     しかし、水海がそうはさせない。
    「どっせい!」
     鋼鉄の如き拳を少女に打ち込んだ水海はこれ以上敵が有利に動けぬように立ち回った。敵は強いが、後ろで支えてくれる仲間も、共に皆を守る仲間だっている。
     きっと勝てる。
     そう信じて戦い続けることを心に決め、水海は拳を握った。

    ●終わりの終わり
     やがて、戦いは更なる激しさを宿してゆく。
     血が散り、刃が空気を斬り裂き、放たれる影が敵を覆う。ヴァンパイアの猛攻によって穂麦が消滅してスレイヤーカードに戻り、知恵と水海も残る力は少ない。
     だが、庇い庇われの立ち回りで何とか仲間達は立ち続けていた。そして、漸くフローレンティナにも陰りが見え始める。
    「あれ、何だかおかしいの……くらくらする、よ?」
     少女は自分の力が弱っていることに不思議そうに首を傾げた。
     おそらくあと少しで倒せると判断した陽太は感情を削ぎ落とし、冷たい声で告げる。
    「さあ早く絶望しろ、ダークネス」
     陽太が放つ制約の弾丸がフローレンティナの動きを止め、戦いの終わりを引き寄せていった。知恵は息を吸い、好機を見出す。
    「――さあ、最期まで遊ぼう? 飽きても泣いても喚いても、やめてあげないけどね」
     冷淡にも聞こえる言葉を向け、知恵は斬弦の糸で敵を穿った。
     かくり、と少女の身体が操り人形のように揺れる。
     其処へ詩乃が解き放つ閃光百裂拳が命中し、極志も燃える帯を射出して力を削り取っていった。
    「その残酷さは許すわけにはいかないな。砕けろッ!」
    「慈悲なんて与えてやらねぇ。死ぬまで殺す!」
     続いて腕の水晶剣を振るったアルフレッドがフローレンティナに更なる痺れを宿し、動きを完全に縛った。
     動けぬ少女に、後は渾身の力を打ち込むのみ。
     いたいけにも見える幼い姿を瞳に映した理は、容赦などしてはいけないと決意を抱く。
    「ここで消えていけダークネス!」
     瞬間、迸る魔力がフローレンティナを貫いた。
     それでも、少女が死に至るには僅かに足りない。更に震える腕をあげたヴァンパイアは未だ笑っていた。何かの攻勢に出るのかと詩乃が身構えたが、少女はただ唇をひらいただけだった。
    「ふふ、うふふ。たのしい、たのしいあそび、だったわ……」
    「そう、それなら楽しいまま死んでいくといいよ」
     狂った吸血鬼の言葉を聞いた死愚魔は静かに頷く。そして、暗き想念を集わせた漆黒の弾丸が放たれ、戦いの終わりを闇が包み込んだ。

     館の主は倒れ、部屋に静寂が訪れる。
    「ご冥福をお祈りします……」
     水海は両手を重ね、これまでの犠牲者に黙祷を捧げた。知恵も倣って冥福を願い、ヴァンパイア達の所業を思い返す。
    「ほんと、この辺のヴァンパイアはさいっあくだね」
     犠牲になった者のことを思えばやりきれなかったが、これでもうこのヴァンパイアが起こす事件は発生しない。それが唯一の救いだと感じ、詩乃は瞳を伏せた。
    「……さあ、帰るか」
     理は皆を誘い、洋館の出口を示す。
     やり切れぬ思いを抱えた彼の後に続き、極志やアルフレッド達も屋敷を後にした。
    「罪に対しての当然の報いだったね」
     陽太は最後に屋敷を振り返り、一言だけそっと呟く。
     亡骸は何れ消え、此処であった出来事もいつかは風化するだろう。後に残ったのは、崩れたまま歪な笑みを浮かべ続けるぬいぐるみだけだった。

    作者:犬彦 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年3月22日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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