バラ園の木を切るなかれ

    作者:空白革命


     沖縄のある土地に、とても大きなバラ園がある。
     公に開かれている場所ではないが、自分が写真家だと紹介したところ快くうけいれてくれた。
     美しく整えられた園である。だがその中心に聳え立つ大樹。私が目当てにしていたのは、まさにこれだった。
     この土地に伝わる古い伝承について、である。
     庭の手入れを何十年も続けてきたという老人いわく、この木には『きいぬじ』があるという。それが何を示すものかは分からないが、私は……来月オカルト雑誌に載せるガセ記事のタイトルを『南島にてまつられる呪いの大樹!』とすることに決めた。
     なんでも、この木を切ると血が出るのだとか。
     なんともありがちだ。どうせ嘘だろう。私は老人の目を盗んで大樹へ近づいた。
     どうせ切っても血など出まい。カッターナイフで切り傷を作り、そこに赤い絵の具でも流しておけば十分だ。
     さあお仕事だ。
     取り出したナイフを木に思い切り突き立てた、その時。
     大樹は女とも子供ともとれない奇っ怪な声で泣き叫び、傷口から鮮血を吹き出したのだ。
    「あんた、何してんだ!」
     慌てて駆け寄ってくる老人。
     私は彼を突き飛ばすと、一目散にその場から逃げ出した。
     老人は起き上がることままならず、生き物のごとく飛んできたバラのツタに絡みとられ、ねじ切られるようにして破壊されていた。
     写真をとっている暇などない。次の犠牲者は自分かもしれないからだ。
     ふと、逃げる途中に大きな狼とすれ違った。ふと脳裏によぎる名前。
     あれが、『きいぬじ』か。
     

     五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)の説明によれば、スサノオによる『古ノ畏』発生は日本各地で起こっていることだという。
     人狼の宿敵でもあるスサノオ。彼らは古い伝承を都市伝説と同様のカラクリで実体化させる力を持っている。
    「今回の『きいぬじ』も、そうやって実体化した古ノ畏です。放置すれば確実に人命に関わります。どうか皆さんの力を貸してください」
     
     厳密には伝承の存在そのものではないにしろ、便宜上この古ノ畏を『きいぬじ』と呼称する。
     きいぬじは巨大な樹木と周囲のバラ園からなるサイキックモンスターで、樹木を本体、バラを補助体として使用する。
     本体の樹木はその場から大きくは動かないが、表面は硬く、自然法則を超越しているため当然ながらサイキックによるダメージ以外は通用しない。
     今回注意すべきはバラの方だ。
     バラは無限に再生し、無限に伸び、高速で動作する。こちらの動きを封じ、時として激しい攻撃を仕掛けてくるだろう。
     これらを適切に防ぎつつ本体にダメージを与え続け、きいぬじを倒すのだ。
    「少々厳しい任務かもしれません。ですが皆さんならやり遂げられると信じています。どうか、お気をつけて」


    参加者
    古室・智以子(中学生殺人鬼・d01029)
    彩瑠・さくらえ(望月桜・d02131)
    ユメ・リントヴルム(竜胆の夢・d23700)
    日輪・戦火(汝は人狼なりや・d27525)
    鳴海・歩実(人好き一匹狼・d28296)
    鏡峰・勇葵(影二つ・d28806)
    日輪・天代(汝は人狼なりや・d29475)
    正木・高瀬(火難除ける狼・d31610)

    ■リプレイ


     乗客の少ないバスが止まる。石垣の前。
     ユメ・リントヴルム(竜胆の夢・d23700)は運転手に料金を払うと、服の裾をつまんで砂地に降り立った。
     低い石垣の先にはバラ園が広がっている。花鳥公園のそれではないので派手さはない。勿論ウェルイカムゲートもだ。
    「服が汚れそうだな」
    「いつものこと……だよ」
     同じくバスを降り、日輪・戦火(汝は人狼なりや・d27525)は周囲を見回した。隣に日輪・天代(汝は人狼なりや・d29475)がやってくる。
    「あ、天代……」
    「ねえ戦火、きいぬじって聞いたこと無い? なんだかここまででかかってるのよね」
    「キーヌシーのことかな」
     彩瑠・さくらえ(望月桜・d02131)に後ろから話しかけられて、二人は振り返った。
    「遠い親戚がこっちに住んでいてね、知ってたの。きっとなまって発音していたのね」
    「それなら。確か大樹の精霊をさす言葉だったわね」
    「それを歪めて実体化したのが、スサノオなの」
     古室・智以子(中学生殺人鬼・d01029)の後ろで扉が閉じ、バスが走り出していく。
    「花や木はただ生きているだけなのに。ゆるさないの……」
    「ですね」
     鳴海・歩実(人好き一匹狼・d28296)はポケットの中でカードを握った。
    「もう倒すことでしか止めてあげられない」
    「本当なら、見る人を幸せにしてくれるものなのにね」
     同じくカードを握る鏡峰・勇葵(影二つ・d28806)。
     正木・高瀬(火難除ける狼・d31610)もまたカードを天に放ると、自らをスサノオ形態へと変貌させた。
    「では、行きましょう」


     サイキック使いの戦いは人類のそれをはるかに凌駕する。高速で地を駆け空を舞い、前後左右に激しく入り乱れるものである。
     だがそんな彼らをもってして、古ノ畏『きいぬじ』と戦う現状はあまりに厳しかった。
    「花に――」
     智以子は鞭の如く放たれたツタを飛びかわし、前後左右から同時に襲いかかったツタの群れを払いのける。しかし払ったそばから腕や足に絡みつき、智以子は空中で体勢を固定されてしまった。
     締め付けた腕から僅かに血が滲む。
     それを見て、智以子の瞳に炎が燃えた。
    「花に血は似合わないの」
     かろうじて自由な腕でギターの弦を無理矢理ひっかいた。
     弦の音と共に無数の花が咲き乱れ、ツタを逆に侵食していく。
     智以子の横でがんじがらめにされていたさくらえもまた、ツタの束縛から解放された。
     とはいえ開放されたのはさくらえだけである。
     わずかに残ったツタを千切って捨て、さくらえは虚空から槍を抜いた。
    「大丈夫だよ、祓ってあげる。痛みも苦しみも、そして穢れも」
     槍で天を混ぜるように舞うと、足下から巨大な影業の蛇を召喚。清風をまとい、蛇は周辺のツタを次々と食いちぎっていく。
     これでなんとか……と言いたいところだが。キュア一回でのBS解除率は六割。乱暴な計算をするなら二回で八割、三回で九割といった具合である。
     しかしながらリスク調整は成されていて、中衛陣を完全に排除することで必要キュア回数を大幅に削減していた。前後二分型はこういった状況には最も有効な陣形なのだ。
    「さてと、狙うは本丸! かかれかかれー!」
     ユメはロッドを握り込むと、空中に放り投げた影業の球をビリヤードのように打ち放った。
     弾はツタとツタの間をすりぬけ大樹に命中。形状を変化させ、木の皮をめくり上げるように切り開いていく。だがきいぬじには自己キュア能力がある。追撃するなら今しかない。
    「くっ!」
     飛びかかろうと刀を握る天代。気持ちだけでは既に大樹を真っ二つに切り裂いているところなのだが、身体がそれについていかない。
     歯噛みする天代の肩を、戦火がそっと掴んだ。
    「大丈夫か、天代。あ、おちついて……今、たすけるから」
     戦火はグローブを強く握り込み、辺りのツタを次々と引きちぎる。
     自分よりずっと冷静な戦火の様子に思わず自省した。
    「(敵意に駆られて、私は何を……!)」
     改めて刀を握り込み、高速接近。からの大一文字斬り。
     めくれた傷口が更に深くなった。
    「行くよ」
     そうしてできた深い溝へ向け、歩実は弾丸のように飛び込んだ。
     腕にオーラを巻き付け、大樹の溝へと突っ込む。
     そして、ひっかくような乱暴さで破壊した。
    「古ノ畏にさえされなければ、こんな風には……ごめんね」
     今まさに生き物を傷付けている。胸の痛みを感じながらも、歩実は樹幹に連続して拳を叩き込んでいく。
    「よーし、じゃあ僕もっ!」
     腕をぐるぐると回し手斧を掴み取る勇葵。
     いざ攻撃にと思ったところで、後ろから声をかけられた。
    「すみません、先に助けてもらっても」
    「んっ?」
     振り向くと、高瀬が思い切りツタに絡め取られていた。
     そういえば彼の解除がまだだった。
     いけないいけないと頬をかき、勇葵は斧に清風を付与。高瀬にからんだツタをざくざくと断ち切っていく。
    「助かりました。では、早速」
     高瀬は身体を捻るようにふるわせてツタを払うと、勢いよく木の皮に噛みつき凄まじいパワーで食いちぎった。
     破片を放り捨て、荒い息を吐く高瀬。
    「いい調子です。このまま行きましょう」


    「凍らせます、続いてください!」
     虚空に氷の牙を出現させ、樹幹に叩き込む高瀬。
     そこへ勇葵と歩が全く同時に飛びかかり、斧とバールをアシンメトリーフォームで振りかざした。
    「せーのっ!」
     攻城杭を打ち込むかの如く、樹幹に深くめり込む氷の牙。
     あまりの猛攻に耐えきれなくなったのか、きいぬじは悲鳴にも似た奇音を発した。
     周囲のいばらがめちゃくちゃに暴れて襲いかかるが、それをユメはひらひらと回避した。
    「悪いね。でもボクの仕事は君をぶちんめすこと!」
     同じくいばらを手刀や刀で切り払う天代と戦火
    「かなり効いてるみたいね」
    「う、うん……作戦通り……できてる」
     回復二枚、キュア四枚という充分ななBS対策……もさることながら、動順を意識して早い段階で防御ダウンやダメージ増加付与を図る作戦は、毎回BS解除ができるというきいぬじの特性をとらえた非常に有効なものだった。
     だが作戦の真価が問われるのは『最悪の事態』が発生した時である。
    「つっ!」
     さくらえの腕にいばらが巻き付き、そのまま全身をツタと共に拘束し始める。
     ツタは、それを打ち払おうとした智以子にまで浸食し、二人をがんじがらめにして固定した。
    「う……うごけないの」
     簀巻きレベルにまで行動を封じられている。これでは仲間のBS解除ができない。
     ツタは更にユメたちをはじめとする他のメンバーにも巻き付き、行動を封じていく。
     本作戦において全員の行動不能はそのまま敗北につながりかねない。石化が毎ターン3枚、トラウマとパラライズが毎ターン1枚ずつ加わっていけば、3ターンもした頃には手も足も出なくなっているだろう。
     が、しかし。彼女たちが立てた作戦は、行動優先上位者が動けなくなったくらいで潰えるものではない。
    「勇葵……い、いくよ!」
    「まかせて」
    「「清めの風!」」
     戦火はマントをはためかせ、勇葵は腕を大きく広げ、荒ぶる風を巻き起こした。
     自らを中心として渦がおこり、ツタというツタがねじ切られていく。
     本来ならずっと後になる筈の行動順をコンビネーション接続によって引き上げ、他の味方が行動する前に回復スキルを適用。ターン中何も出来なくなるリスクを回避しているのだ。
     ちなみに。うっかり他の仲間まで引き上げてしまうと折角先回りした分が無駄になってしまうので、接続先は限定している。
     もっと言えば、後衛メンバーは智以子・さくらえ・高瀬の三人だけなので、智以子とさくらえが行動不能になった時の緊急リカバリーを後衛だけに絞ってもよい。この場合次回の解除率が下がることになるが、安全に復帰することができる。
     いっぺんの隙も無い完璧な作戦……とまでは言わないが、必要充分以上の布陣ができていた。
    「いいぞいいぞー、押し切れる!」
     ツタから逃れたユメはロッドを振りかざした。
    「呪われし大樹を折るは人の想いが集まりしこの枝一振り!」
     思い切り殴りつけると、きいぬじは悲鳴をあげて身を震わせた。
     はらはらと枝や葉が落ちてくる。
     そろそろか。
     期を察した歩実は、バールを強く握り込んだ。
    「これが最後になるはず。一気にいきますよ!」
     強引な振り込みによって樹幹にバールを食い込ませると、てこの原理で皮を引っぺがした。
     ばっくりと割かれた樹幹から人間のような血が吹き出し始める。
     開かれた隙をよく狙う高瀬。
    「これで、どうですか!」
     ブレス(特殊詠唱)によって放たれた光線が命中。樹幹を貫通し、はるか後ろのバラ園を吹き飛ばしていく。
     苦し紛れに放ったれたいばらやツタだが、智以子とさくらえがカウンターで影業を展開。きいぬじのツタと同じ速度で展開された花と茎がツタを阻み、きいぬじまでのトンネルを構築した。
     刀を鋭く構えて突撃する天代。
    「滅ぼすわ。私の罪も、あなたも!」
     逆袈裟に放たれた刀は樹幹を切断し、軽い地響きと共にバラ園へと沈めた。
     周囲を真っ赤に染め上げつつ、力なくしおれていくツタやいばら。
     天代は赤い雨の中で、静かに刀を鞘に収めた。
     さくらえの舞いが終わり、鈴の音がやむ。
     あれほど降り注いでいたきいぬじの血はもうどこにもなく。
     あれほど彼らを拘束していたツタやいばらはどこにもなく。
     あれほど強く聳え立っていた大樹はどこにもなく。
     あたり一面に広がっていたのは、倒れた大樹と枯れた花。
     誰も手入れをしなくなった薔薇園のみだった。
    「……」
     いばらだらけになった茂みに、躊躇無く腕を突っ込む智以子。
     傷だらけになった腕を引き抜くと、その手には根の突いた茎が握られていた。
    「それは?」
    「育ててみるの」
    「ふうん……」
     首をこきりと慣らすユメ。
     振り向けば、途中で切断されて倒れた大樹がある。上部分は半分以上枯れていて、ただでさえ色を失っていたバラ園に突っ込んでいる。
    「これじゃあバラ園も台無しだ。花も木も終わりかな」
    「いいえ……」
     さくらえは木の切断面に触れると、目を細めた。
    「まだこの木、生きています」
    「……」
     はたと気づいて辺りを見回す歩実。
    「バラも根が生きているということは……また花をつけますかね」
    「うん、季節がくればきっとね」
     にっこりと笑う勇葵。
     切られても折られてもまた美しく生きることが出来る。
     それが木であり花である。
     人間形態にチェンジした高瀬は深く息をつくと、まだバラの香りの残る空気を吸い込んだ。
     戦火と天代もまた、一見死んだように見えるバラ園を眺めている。
     かつての人々は、傷つき折れれば死ぬさだめだった。
     だが花や木は長い年月をかけて再生し、かつての美しさを取り戻す。
     人間よりもずっと長く生き、ずっと大きく育つ。
     そんな姿を人々は畏怖し……きいぬじを作った。
    「大樹への畏れ……か」
     技術が発展するにつれ、木々は自然に増えるものではなくなっていった。意図して植樹をしなければ保てなくなり、それでも増え続ける人口に応じて木々は刈られていく。
     大地をアスファルトで多い、木よりも大きく堅い建造物が建ち並び、いずれ人々の町からは緑が消え、幻想の一部となるだろう。
     人々はいずれ、木への畏れを忘れていくだろう。

    作者:空白革命 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年3月19日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 4
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